説明

建築構造物の診断方法

【課題】建築構造物における回転運動の影響を除去して、その残余耐震性能を正確に評価することのできる建築構造物の診断方法を提供する。
【解決手段】加速度センサとジャイロセンサとを備えた地震計を用い、加速度センサの出力から建築構造物の並進変位成分を求める共に、ジャイロセンサの出力から建築構造物のロッキング成分および/またはねじれ成分を求め、上記並進変位成分からロッキング成分および/またはねじれ成分の影響を除去して前記建築構造物のゆがみを評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、地震波を受けた建築構造物のゆがみを簡易に、しかも精度良く評価することのできる建築構造物の診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地震発生後における建築構造物の残余耐震性能を診断する場合、一般的には建築構造物に設置した地震計を用いて観測される揺れから該建築構造物のゆがみを評価することにより行われる。ちなみに地震計としては、専ら加速度センサが用いられ、複数の地震計(加速度センサ)を建築構造物の基礎部と上層階とにそれぞれ設置して地震波が加わったときの揺れを観測する。そして地震計(加速度センサ)の出力を2階積分することでその計測点での絶対変位を算出し、仮定した振動モードの下で建築構造物の地震波に対する応答変形量を求める等してその評価が行われる(例えば特許文献1を参照)。
【特許文献1】特開2003−344213号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら従来における建築構造物の残余耐震性能の診断は、専ら、図6(a)にその概念を示すように建築構造物1の基礎部2と上層階3とにそれぞれ設置した2つの地震計4,5により、地震波が加わったときにおける各計測点での加速度を計測しているだけである。これ故、例えば図6(b)に示すように地震波によって建築構造物1にロッキング現象のような回転運動が加わると、各計測点での加速度を正確に評価することができなくなると言う問題がある。即ち、建築構造物1に回転運動6が加わると、前記地震計4,5はその回転運動を含めた加速度を検出することになる。すると地震計4,5の各出力から求められる建築構造物1の相対加速度に誤差が生じることになり、該建築構造物1の残余耐震性能を正確に評価することができなくなる。
【0004】
本発明はこのような事情を考慮してなされたもので、その目的は、建築構造物に回転運動が生じた場合であっても該建築構造物の相対変位やゆがみ等を簡易に、しかも精度良く求め、その残余耐震性能を正確に評価することのできる建築構造物の診断方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上述した目的を達成するべく本発明に係る建築構造物の診断方法は、建築構造物に設置した複数の地震計の出力を分析して上記建築構造物の残余耐震性能を診断するに際して、前記地震計としてその設置場所における前記建築構造物の変位を検出する加速度センサと、上記設置場所における前記建築構造物の回転を検出するジャイロセンサとを用い、
前記加速度センサの出力から前記建築構造物の並進変位成分を求める共に、前記ジャイロセンサの出力から前記建築構造物のロッキング成分および/またはねじれ成分を求め、前記建築構造物の並進変位成分から前記建築構造物のロッキング成分および/またはねじれ成分の影響を除去して前記建築構造物のゆがみを評価することを特徴としている。
【0006】
具体的には前記建築構造物の並進変位成分は、設置場所を異にする複数の加速度センサによりそれぞれ検出される特定方向における加速度から前記建築構造物の上記特定方向における相対加速度、相対速度、相対変位を算出することにより求め、また前記建築構造物のロッキング成分および/またはねじれ成分については、前記ジャイロセンサにより検出される特定方向への回転を示す角速度から求めることを特徴とする。
【0007】
尚、前記加速度センサおよびジャイロセンサは、少なくとも前記建築構造物の基礎部と上層階とにそれぞれ設置することが望ましい。
【発明の効果】
【0008】
このような建築構造物の診断方法によれば、建築構造物に設置する地震計として加速度センサとジャイロセンサとを用い、地震波が加わったときの上記建築構造物の並進変位成分を上記加速度センサの出力から求めると共に、上記建築構造物の回転成分であるロッキング成分および/またはねじれ成分を前記ジャイロセンサの出力から求めるので、前記建築構造物の並進変位成分から前記ロッキング成分および/またはねじれ成分の影響を簡易に除去して前記建築構造物のゆがみ等を精度良く評価することができる。しかもジャイロセンサを用いて前記建築構造物の回転成分を直接検出するので、例えば建築構造物に数多くの加速度センサを設置し、これら加速度センサの各出力を互いに関連付けて解析して前記建築構造物の回転成分を求める等の煩わしさがない。
【0009】
特にジャイロセンサを有効に活用しているので地震計の設置場所を増やすことなく、加速度センサおよびジャイロセンサの設置場所においてその並進変位成分と回転成分とを一括して検出することができ、また建築構造物内において複数の地震計を接続するケーブルの敷設本数を少なくすることができるので、そのセンシングコストを低減し得る等の効果が奏せられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、図面を参照して本発明の一実施形態に係る建築構造物の診断方法について説明する。
図1は本発明に係る診断方法を適用した建築構造物診断システムの概略構成図で、10a,10bは建築構造物1の基礎部(例えば地上階の床面)2および上層階(例えば2階の床面や屋上)3にそれぞれ設置した地震計を示している。これらの各地震計10a,10bは、それぞれその設置場所における前記建築構造物1の並進変位を検出する加速度センサ11と、上記設置場所における前記建築構造物1の回転を検出するジャイロセンサ12とを備えて構成される。
【0011】
尚、加速度センサ11は、図2に示すようにその観測点(設置部位)における互いに直交する3軸(x軸,y軸,z軸)方向の各変位Xa,Ya,Zaを各軸方向に生じた加速度として検出するものである。またジャイロセンサ12は、図2に示すように上記3軸における各軸廻りの角回転Xg,Yg,Zgをそれぞれ検出するものである。ちなみにジャイロセンサ12は、内部素子を振動させ、そこに加わった回転(角速度)によるコリオリ効果により上記振動素子に発生する別の向きの振動を検出することで上記角速度を検出する振動形ジャイロである。尚、上記内部素子としては音叉形振動子やビーム形振動子、或いはリング型振動子等が挙げられるが、この種の振動子は外部からの衝撃やこの衝撃に起因する振動の影響を受け易いので、角振動だけを検出し得るジャイロセンサを用いることが望ましい。また好ましくはノイズレベルが低く、安定して角振動を検出し得るジャイロセンサを用いることが望ましい。
【0012】
さて上述した加速度センサ11とジャイロセンサ12とを備え、建築構造物1の設置部位(計測点)での3方向の並進変位Xa,Ya,Za、および角回転Xg,Yg,Zgをそれぞれ検出する地震計10a,10bの各出力は、マイクロコンピュータ等からなる診断装置20に与えられる。この診断装置20は、前記各加速度センサ11の出力から前記建築構造物1の変位を検出する変位計測手段21と、前記各ジャイロセンサ12の出力から前記建築構造物1の回転運動であるロッキング成分および/またはねじれ成分を検出するロッキング/ねじれ計測手段22とを備える。更に診断装置20は、上記変位計測手段21にて求められた前記建築構造物1の並進変位成分(並進変位Xa,Ya,Za)から、前記ロッキング/ねじれ計測手段22にて求められた前記建築構造物1のロッキング成分および/またはねじれ成分(Xg,Yg,Zg)の影響を除去して前記建築構造物1のゆがみ等の、真の変位成分を評価するゆがみ評価手段23を備えて構成される。
【0013】
即ち、この診断装置20においては、前述した加速度センサ11によって検出される複数の計測点における建築構造物1の並進変位から該建築構造物1のゆがみ量等を分析し、その分析結果に従って前記建築構造物1の残余耐震性能を診断するに際して、前記ジャイロセンサ12によって検出される前記計測点での角運動、つまり回転成分から求められる前記建築構造物1のロッキング成分やねじれ成分を除去することで、該建築構造物1の真のゆがみを評価するものとなっている。
【0014】
さて地震による建築構造物1の振動(揺れ)を解析する場合、一般的には3次元立体を適当な集中質点とばねとに置き換えた質点ばねモデルが用いられる。この質点ばねモデルを用いれば、質点の変位応答から3次元モデル(建築構造物)の歪みや応力度を簡単に計算することができる。ちなみにこの種の質点系の運動は、通常、並進3成分の観測によって把握することができ、専ら、水平2軸(x軸,y軸)と上下1軸(z軸)の加速度センサを用いることで計測することができる。しかし構造物の運動を精緻に計測するには非常に多くの観測点が必要となる。
【0015】
一方、構造物の振動には、複数の質点が同じような動き方をする剛体的な運動も含まれる。この場合の剛体の運動は並進3成分、回転3成分の計6自由度となる。しかし剛体的挙動に着目した場合には、その観測点を低減することができる。例えば建築構造物1における柱の傾斜に着目すると、剛体としての変形が小さい場合には上記柱の傾斜は梁・柱モデルで近似することができる。しかし剛体の変形が大きく上記柱の両端がヒンジ化するような場合には、図3(a)に示すように柱31の傾斜角θを計測することが重要となる。この場合、一般的には2つの加速度センサを用いて柱31の両端の変位u1,u2を計測し、その相対変位を柱31の高さで割ることによりその角度を求めることができる。しかし前述したジャイロセンサを用いれば、1点の観測だけで柱31の傾斜角θを求めることができる。
【0016】
また構造物のロッキング運動は、図3(b)に示すようにその基礎32の回転運動がその上部の構造物(例えば柱31)に影響を及ぼす。特に上記基礎32の回転は、上部の構造物における基礎32からの高さhが高くなるに従って大きな影響を及ぼし、その変位応答を増大させる。ちなみにロッキング運動を正確に把握するには、例えば図3(b)に示すようにその基礎32をなす水平面内の2点における変位u1,u2を計測し、上記2点間の相対変位をその2点間の距離で割れば良い。しかし前述した柱31の場合と同様にジャイロセンサを用いることで、1点の計測だけで上述したロッキング運動を計測することができる。
【0017】
更に構造物のねじれ振動については、例えば図3(c)に示すように4点での変位u1,u2,u3,u4をそれぞれ計測すれば良い。しかしその上下の各辺(基礎32と梁33)が固定されているとすれば、これらの各辺(基礎32と梁33)の回転角を2つのジャイロセンサを用いてそれぞれ計測すれば、これらの回転角差から上記構造物のねじれ角を求めることができる。このねじれ振動については、壁面の場合でも同様である。
【0018】
このように構造物の運動、特にロッキング振動やねじれ振動については、ジャイロセンサを用いることにより加速度センサを用いる場合のように数多くの計測点を設定することなく、その回転角(角速度)を容易に計測することが可能となる。従って建築構造物1の基礎部(例えば地上階の床面)2および上層階(例えば2階の床面や屋上)3にそれぞれ設置され、前述したように加速度センサ11とジャイロセンサ12とを備えた地震計10a,10bを用い、上記各計測点での並進変位とロッキング/ねじれをそれぞれ計測すれば、建築構造物1のロッキング成分および/またはねじれ成分の影響を効果的に除去して上記建築構造物1のゆがみを精度良く評価することができる。そしてその残余耐震性能を正確に診断することが可能となる。
【0019】
特に本発明においては建築構造物1に地震波が加わったときの該建築構造物1のロッキング振動とねじれ振動とが連成していることに着目している。更には建築構造物1に地震波が加わったとき、建築構造物1には並進運動の或る成分と角運動の成分とが連成して複雑な振動が生じるが、この振動もまた、例えば水平変位のサイクルの運動成分と、その一定サイクルに従う角運動成分とが重なっていることに着目している。そしてこれらの各振動成分については、前述したようにジャイロセンサ12の出力からそれぞれ分析することが可能である。
【0020】
従って建築構造物1が複雑に振動する場合であっても、上述したロッキング運動の影響を除去して前記建築構造物1の並進変位を簡易に、しかも正確に評価することが可能となる。具体的にはロッキングが生じた場合の相対変位については、例えば図4に示すように建築構造物1の上層階3に設けた地震計10bにて計測される変位がXbであり、また上記建築構造物1の基礎部2に設けた地震計10aにて計測される変位Xaであるとき、その相対変位Xrについてはジャイロセンサ11により計測されるロッキング回転θと前記上層階3の高さをhとから
Xr=Xb−Xa−h・sinθ
として補正することができる。ちなみに上記ロッキング回転θが大きい場合には、ロッキングによる変位分[h・sinθ]を差し引かないと上記相対変位Xrの誤差が過大となる。尚、このような相対変位の補正と同様にして相対速度や相対加速度の補正も可能であることは言うまでもない。
【0021】
またねじれが生じたときの相対変位の補正については、例えば図5に示すように上層階3に設けた地震計10bにて計測されるx軸方向の変位をX、y軸方向の変位をYとしたとき、そのねじれ回転の角をψとして、基礎部2に設けた地震計10aのx軸方向へのベクトル合成変位mを
m=Xcosψ+Xsinψ
として表すことができる。そして前記基礎部2に設けた地震計10aのx軸方向への変位Xaに対する相対変位Xrについては、
Xr=m−Xa=Xcosψ+Ysinψ−Xa
として表すことができる。従って前述したロッキングの場合と同様にねじれが生じた場合であっても、そのねじれ成分を補正して相対変位Xrを正確に求めることができる。
【0022】
このように本発明方法においては、ジャイロセンサ11により計測される角回転(角運動)に従って建築構造物1のロッキング成分やねじれ成分を求め、建築構造物1の並進変位成分から上記ロッキング成分および/またはねじれ成分を差し引く(除去する)ので、その相対変位を正確に求めることができる。特にジャイロセンサ12を用いて建築構造物1の角運動を直接的に検出するようにしているので、従来のように計測点を増やす必要がない。従ってそのセンシングコストを安価に抑え得る等、その実用的利点が多大である。
【0023】
尚、本発明は上述した実施形態に限定されるものではない。ここでは2つの地震計10a,10bを建築構造物1の基礎部2および上層階3にそれぞれ設置する例について示したが、その設置数や設置場所については建築構造物1の構造に応じて定めれば良いものである。またまたジャイロセンサ12自体についても、種々の振動子を用いたものを適宜用いることができる。その他、本発明はその要旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の一実施形態に係る建築構造物の診断方法を適用した建築構造物診断システムの概略構成図。
【図2】加速度センサおよびジャイロセンサによりそれぞれ検出される並進変位と回転成分をそれぞれ示す図。
【図3】構造物の振動で問題となる剛体運動を模式的に示す図。
【図4】ロッキングが生じた場合の相対変位の補正方法を示す図。
【図5】ねじれが生じたときの相対変位の補正方法を示す図。
【図6】建築構造物に設置した地震計により検出される並進成分と、ロッキング振動が生じたときの問題を示す図。
【符号の説明】
【0025】
1 建築構造物
10a,10b 地震計
11 加速度センサ
12 ジャイロセンサ
20 診断装置
21 変位計測手段
22 ロッキング/ねじれ計測手段
23 ゆがみ評価手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
建築構造物に設置した複数の地震計の出力を分析して上記建築構造物の残余耐震性能を診断するに際して、
前記地震計として、設置場所における前記建築構造物の変位を検出する加速度センサと、設置場所における前記建築構造物の回転を検出するジャイロセンサとを用い、
前記加速度センサの出力から前記建築構造物の並進変位成分を求める共に、前記ジャイロセンサの出力から前記建築構造物のロッキング成分および/またはねじれ成分を求め、前記建築構造物の並進変位成分から前記建築構造物のロッキング成分および/またはねじれ成分の影響を除去して前記建築構造物のゆがみを評価することを特徴とする建築構造物の診断方法。
【請求項2】
前記建築構造物の並進変位成分は、設置場所を異にする複数の加速度センサによりそれぞれ検出される特定方向における加速度から前記建築構造物の上記特定方向における相対加速度、相対速度、相対変位を算出することにより求められるものであって、
前記建築構造物のロッキング成分および/またはねじれ成分は、前記ジャイロセンサにより検出される特定方向への回転を示す角速度から求められるものである請求項1に記載の建築構造物の診断方法。
【請求項3】
前記加速度センサおよびジャイロセンサは、少なくとも前記建築構造物の基礎部と上層階とにそれぞれ設置されるものである請求項1に記載の建築構造物の診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−39507(P2008−39507A)
【公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−212077(P2006−212077)
【出願日】平成18年8月3日(2006.8.3)
【出願人】(000220262)東京瓦斯株式会社 (1,166)
【出願人】(000220000)東京ガス・エンジニアリング株式会社 (15)
【出願人】(000006666)株式会社山武 (1,808)