説明

強酸含有廃液中のモリブデンの回収方法

【解決課題】加熱装置や冷却装置を全く必要とせず、省エネルギーに適した、簡便かつ安価な方法により、強酸含有廃液中のモリブデンを効率よく回収する。
【解決手段】モリブデンが溶存する強酸含有廃液に水酸化カルシウムを添加することにより強酸含有廃液のモリブデンを回収することを特徴とする強酸含有廃液中のモリブデンの回収方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は各種工業分野において発生する廃液においてモリブデンを溶存する強酸含有廃液を対象として、この廃液中のモリブデンを固形分として有効に回収する方法に関し、特に自動車の前照灯などに使用する照明用のタングステンフィラメントの製造時に発生する強酸含有廃液(強廃酸)から廃液中のモリブデンを簡便かつ安価に固形分として回収する方法として有用である。
【背景技術】
【0002】
上記タングステンフィラメントの製造に際しては一般にモリブデンを芯材としてこの芯材にタングステン線を巻き線加工し、その後硝酸と硫酸の混酸(硝酸:硫酸=1:3〜4)を用いてこの芯材を溶解処理して、コイル状のタングステンフィラメントと成す工程が採用されている。このため本製造時には高濃度のモリブデンを溶存する廃酸廃液が発生し、かかる廃液中に含まれるモリブデンは希少金属であるためこれを工業的に有利に回収する方法の開発が注目されつつある。
【0003】
従来、該廃液(酸を主成分としているため以下、廃酸ということがある)中のモリブデンを回収する方法として、硝酸及び硫酸を含有する廃酸を加熱蒸発して硝酸を分離し、硝酸分離後の残留濃縮液を冷却してモリブデン化合物を析出させ、その後モリブデン化合物と硫酸をろ過等の固液分離によりモリブデン化合物と硫酸を回収するこの方法(特許文献1)や、硝酸および硫酸を含有する廃酸を加熱蒸発して硝酸を分離し、硝酸を分離後の残留濃縮液からモリブデン化合物を析出させて固液分離し、分離後のモリブデン化合物を300℃以上の温度で加熱処理する方法(特許文献2)などが提案されている。
【0004】
しかしながら、これらの方法は何れも廃液中の硝酸を蒸発分離すべく廃液の加熱を行なうため加熱装置が必要であると共に硝酸分離後の濃縮残留液からモリブデン化合物と硫酸とを固液分離するに際し、モリブデン化合物を析出させるべく残留液の冷却を行なうため冷却装置も必要とすることから、その実用化にあたっては設備的にもエネルギー的にも不利であり、簡便かつ安価にモリブデンを回収することができないという問題を有していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−12325号公報
【特許文献2】特開2006−327870号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記従来の問題を解消し、硝酸などを蒸発分離するための加熱装置やモリブデン化合物の析出分離のための冷却装置などを全く必要とせず、省エネルギーに適した、簡便かつ安価な方法により、強酸含有廃液中のモリブデンを回収することをその解決課題としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するための具体的手段として、以下のモリブデン回収方法を提案するものである。
【0008】
(1)モリブデンが溶存する少なくとも硫酸を含む強酸含有廃液に、Ca、Sr及びBaから選ばれる金属の水酸化物を添加することにより前記強酸含有廃液のモリブデンを回収することを特徴とする強酸含有廃液中のモリブデンの回収方法。
【0009】
(2)強酸含有廃液に水酸化カルシウムを50g/l〜900g/l添加することを特徴とする上記(1)に記載の強酸含有廃液中のモリブデンの回収方法。
【0010】
(3)強酸含有廃液に水酸化カルシウムを300g/l〜650g/l添加することを特徴とする上記(1)に記載の強酸含有廃液中のモリブデンの回収方法。
【0011】
(4)強酸含有廃液が照明用のタングステンフィラメントの製造時に発生したものであることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の強酸含有廃液中のモリブデンの回収方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、硝酸などを蒸発分離するための加熱装置やモリブデン化合物の固液分離のための冷却装置などを必要とせず、省エネルギーに適した、簡便かつ安価な方法により、強酸含有廃液中のモリブデンを効率よく回収することができる。また、廃液中の硝酸も事前蒸発させることなく、これを回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施例における廃酸への水酸化カルシウム(Ca(OH))の添加量と、モリブデン回収率の関係を示すグラフ。
【図2】本発明の実施例における水酸化カルシウム(Ca(OH))の添加量と、固形分中のモリブデン含有量の関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、前記タングステンフィラメントの製造時に発生する硫酸と硝酸の混酸を主成分とする強酸廃液のように、少なくとも硫酸を含む強酸含有廃液中に高濃度に溶存しているモリブデンを、前述した加熱装置や冷却装置などを用いずに固形分として分離できる方法がないかどうか、鋭意、検討を行なった結果、この廃液に特定の物質を添加し、この物質と廃酸との化学反応を利用して前記課題を達成できるではないかとの着想を得た。そして、かかる着想に基づき、種々の物質について、調査、研究を重ねたところ、Ca(カルシウム),Sr(ストロンチウム)及びBa(バリウム)から選ばれる金属の水酸化物、すなわち水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム及び水酸化バリウムが、これに有効な添加物であることを知見し、また後述する実施例における実験を通じて、これを実証、確認し、本発明を完成するに至った。
【0015】
以下、本発明について上記添加物として水酸化カルシウムを例にとり、その原理、作用を含めてより具体的に説明して行くことにする。
【0016】
前述のように、タングステンフィラメントの製造時に発生する廃液の主成分は、硝酸(HNO3)と硫酸(HSO)であり、pH=−1以下の強酸性を示す。
【0017】
また、モリブデンは、モリブデン酸イオン(HMoOなど)として溶存している。
【0018】
そこで、かかる廃液に水酸化カルシウム(Ca(OH))を添加すると、この水酸化カルシウムが廃液中の硫酸と化学反応を起こし、次式(1)に示す通り、硫酸カルシウム(CaSO)と二酸化炭素(CO)及び水(HO)を生成する。
【0019】
SO+Ca(OH) → CaSO+CO+2HO ・・・式(1)
そして、生成した硫酸カルシウムは水に不溶性であるため、沈澱して固化する。このとき、廃酸中のモリブデン酸イオンがこの硫酸カルシウム中に捕集されて一緒に沈殿する現象、所謂共沈が起こり、モリブデンは、この硫酸カルシウムとの共沈物として固化する。すなわち、本発明において廃酸に添加された水酸化カルシウムは、モリブデン酸イオンを共沈させるキャリヤー(担体)として作用する。
【0020】
しかも、前記(1)式の反応は、大きな発熱を伴う。このために、水酸化カルシウムの添加、反応後の廃液の温度を40〜100℃の高温に上昇させることができ、これによってモリブデン酸イオンの硫酸カルシウムとの共沈が効果的に促進される。
【0021】
この他に、水酸化カルシウムは強酸である廃酸に塩基としての作用を示すことから、モリブデン酸イオンの平衡がHMoO生成側に傾き、HMoOが加水分解することで不溶性MoOも一部生成する。ただ、不溶性MoOの生成量はわずかであり、固化した固形物中のほとんどのモリブデンは主として上記共沈によるものである。
【0022】
従って、廃液に水酸化カルシウムを添加、反応させた後に生成した沈澱、固化物をろ過などの方法により固液分離することにより、モリブデン含有量の高い固形分を得ることができ、廃液中に溶存する高濃度のモリブデンを有効に回収することができる。
【0023】
また、廃液の個液分離後の分離液(濾過後のろ液)は硝酸が含まれているためこれそのまま液体で回収することができる。なお、この硝酸は生成した水により希釈されているため、液体回収後に適宜水を蒸発させて濃硝酸とすることもできる。
【0024】
このように、本発明では、硫酸を含む強酸含有廃液に水酸化カルシウムを添加して、両者の化学反応を利用して、廃液中のモリブデンを固形物として容易に回収できるため、従来のような特別な加熱装置や冷却装置を用いる必用がなく、設備面、省エネルギー面において有利であり、実用化に優れた方法ということができる。
【0025】
そして、このようにして得られたMo含有固形分は、周知のモリブデン製錬の際のモリブデン含有原料あるいはその原料の一部として使用され、最終的に鉄鋼用のモリブデン添加剤などとして有用なフェロモリブデン等のモリブデン含有製品とすることができる。
【0026】
また、廃酸に添加する水酸化カルシウムは、50g/l〜900g/(lはリットルを表す)とすることが好ましい。50g/l未満であると、生成する固形分が少なく、従ってモリブデンの回収率も低くなる。900g/lより多くしても、添加のためのコストが増えるだけで、モリブデンの回収率の向上は期待できないとともに、共沈化合物中のカルシウム含有量がいたずらに増すだけで、固形分中のモリブデン濃度が低くなるからである。
【0027】
さらにより好ましくは、廃酸に添加する水酸化カルシウムは、300g/l〜500g/lとするのが良い。この範囲では、固形分へのモリブデン回収率は約60%以上、固形分中のモリブデン濃度は約6%以上になり、水酸化カルシウムの添加コストを低くして、廃酸中のモリブデンを極めて有効に回収することができる。
【0028】
また、以上においては、モリブデン回収するための強酸含有廃液への添加物として水酸化カルシウムについて説明したが、水酸化ストロンチウム、水酸化バリウムについても、下記(2)、(3)式の反応により、水酸化カルシウムと同様な作用を有し、本発明の目的、効果を達成できることが確認できた。
【0029】
SO+Sr(OH) → SrSO+CO+2HO ・・・式(2)
SO+Ba(OH) → BaSO+CO+2HO ・・・式(3)
【実施例】
【0030】
フィラメント廃酸は、 硝酸(HNO):160g/l、硫酸(HSO):550g/lの強酸を主成分とし、モリブデン含有量:70g/l、タングステン含有量:0.5g/l、鉄含有量:20g/lを含むフィラメント廃酸(常温)を対象として以下のようなモリブデンの回収実験を行なった。
【0031】
これらの実験結果を表1に示す。表1には各実験例の廃酸への添加物の添加量、モリブデンの回収率、固形分中のモリブデン含有量と合わせて、添加物の添加、攪拌後の廃酸温度の測定結果についても掲載した。
【0032】
【表1】

【0033】
実験例1〜5では、廃酸100mlに水酸化カルシウムを10、30、40、50、60g添加後、攪拌し、ろ過にて固液分離を行った。ろ液中のモリブデン濃度をICP発光分析法にて測定し、分析値とろ液の量から、ろ液中に含まれるモリブデン量を算出した。固形分中のモリブデン量は、廃酸100mlに含まれるモリブデン量(7g)から前記で算出したろ液中のモリブデン量を差し引いて求め、固形分としてのモリブデン回収率を算出した。モリブデン回収率は31〜92%であった。また、固形分は、乾燥後、乳鉢で均一にすりつぶした後、EPMA法により成分の含有量を調査した。固形分中のモリブデン含有量は3.5〜10.2%であった。固形分を粉末X線回折法により調査した結果、結晶成分としてCaSOと微量のMoOが検出された。固形分中に回収されたモリブデンは、主にCaSOと共沈していると考えられる。
【0034】
実施例6は水酸化ストロンチウム(含む結晶水)を、実施例7は水酸化バリウム(含む結晶水)を、それぞれ廃酸に添加した場合であり、前記実施例と同じ要領で調査の結果、水酸化ストロンチウムによるモリブデン回収率は26%、同固形分中のモリブデン含有量は5.1%、また水酸化バリウムによるモリブデン回収率は27%、同固形分中のモリブデン含有量は5.1%と、いずれも水酸化カルシウムと比べると低いものの、十分に実用に値する回収が可能であることがわかる。この実施例6及び7で回収された固形分を粉末X線回折法により調査した結果、実施例6の固形分では結晶成分としてSrSOと微量のMoOが、また実施例7の固形分では結晶成分としてBaSOと微量のMoOがそれぞれ検出された。固形分中に回収されたこれらのモリブデンは、主にSrSOまたはBaSOと共沈していると考えられる。
【0035】
実験例8〜10では、水酸化カルシウム以外のカルシウム化合物として塩化カルシウムを用いた例で、廃酸100mlに同塩化カルシウムを10、30、40g添加後、攪拌し、ろ過にて固液分離を行った。前記実施例と同じ要領で調査の結果、モリブデン回収率及び固形分中のモリブデン含有量はともに0%であった。また、固形分を粉末X線回折法により調査した結果、結晶成分としてCaSOが検出された。MoOは全く検出されなかった。
【0036】
添加した塩化カルシウムは下式(4)の反応で硫酸カルシウムを生成したと考えられるものの、この反応は、前述の式(1)に比べて大きな発熱を伴わないばかりか、標準反応熱が184KJで吸熱反応であるため、廃酸の温度が上昇せず、モリブデン酸イオンは溶存したままで硫酸カルシウムに捕集されず、この結果、共沈しなかったと推察される。
【0037】
SO+ CaCl → CaSO + 2HCl ・・・ 式(4)
また、実施例11及び12は、本発明の規定外の金属の水酸化物である水酸化マグネシウム及び水酸化ニッケルを添加した例であるが、これらの場合ではモリブデン回収率、固形分中のモリブデン含有量はいずれも0であった。
【0038】
実験例13では、廃酸100mlに水酸化カルシウムを2g添加後、攪拌し、ろ過にて固液分離を行った。この場合は、はモリブデン回収率は6%で固形分中のモリブデン含有量は1.5%であった。モリブデンは回収できたが、水酸化カルシウムの添加量が少ないために、モリブデン回収率が低く、固形分中の含有量も低い。
【0039】
実験例14では、廃酸100mlに水酸化カルシウムを100g添加後、攪拌し、ろ過にて固液分離を行った。この場合は、モリブデン回収率は95%で、固形分中のモリブデン含有量は1%であった。モリブデン回収率は80%と高いが、添加した水酸化カルシウムの量が多いために、固形分中のモリブデン含有量は少ない。
【0040】
図1及び、図2はこれらの実験に基づく表1の結果のうち、本発明の実施例(実験例1〜5、13、14)における廃酸への水酸化カルシウム(Ca(OH))の添加量(g/100ml廃酸)とモリブデン回収率(%)の関係、及び水酸化カルシウム(Ca(OH))の添加量(g/100ml廃酸)と固形分中のモリブデン含有量(%)の関係をそれぞれ図示したグラフである。
【0041】
図1から モリブデン回収率を20%以上確保するためには水酸化カルシウムの添加量を50g/l以上とする必要があることが分かる。また、900g/lを越えて添加してもモリブデン回収率はさらに上昇する傾向はないと見られるため、本発明における水酸化カルシウムの添加量は50g/l〜900g/lとすることが好ましい。さらに、モリブデン回収率を約60%以上とするためにはその添加量を300g/l以上にすれば良いことも図1より読み取れる。
【0042】
また、図2から、固形分中のモリブデン含有量を約6%以上とするためには水酸化カルシウムの添加量を50g/l〜500g/lとすれば良いことが分かる。
【0043】
従って、モリブデン回収率と固形分中のモリブデン含有量の両者を勘案すれば、廃酸への水酸化カルシウムの添加量は300g/l〜500g/lとすることがより好ましいといえる。
【0044】
なお、上記本発明例に係る実施例は、水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム及び水酸化バリウムをそれぞれ単独で廃酸に添加した例であるが、これらの炭酸を二種以上複合添加してもかまわないことは言うまでもない。
【0045】
以上、実施例を含めて、本発明について詳述したが、請求項に挙げた水酸化カルシウム以外の物質であっても、それが廃液中の強酸と化学反応を起こして主沈殿物を生成し、且つモリブデン酸イオンを共沈させるキャリヤーであれば本発明の技術思想の範囲内であるといえるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モリブデンが溶存する少なくとも硫酸を含む強酸含有廃液に、Ca、Sr及びBaから選ばれる金属の水酸化物を添加することにより前記強酸含有廃液のモリブデンを回収することを特徴とする強酸含有廃液中のモリブデンの回収方法。
【請求項2】
前記強酸含有廃液に水酸化カルシウムを50g/l〜900g/l添加することを特徴とする請求項1に記載の強酸含有廃液中のモリブデンの回収方法。
【請求項3】
前記強酸含有廃液に前記水酸化カルシウムを300g/l〜500g/l添加することを特徴とする請求項1に記載の強酸含有廃液中のモリブデンの回収方法。
【請求項4】
前記強酸含有廃液が照明用のタングステンフィラメントの製造時に発生したものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の強酸含有廃液中のモリブデンの回収方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−38159(P2011−38159A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−187360(P2009−187360)
【出願日】平成21年8月12日(2009.8.12)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】