説明

微生物及びナフタレンカルボン酸化合物の製造方法

【目的】アルキルナフタレン類のアルキル基の全てあるいは一部を酸化する際に芳香環の開裂反応等の不要な反応を伴うことのない微生物と、この微生物によりアルキルナフタレン化合物を酸化してナフタレンカルボン酸化合物を製造する方法とを提案する。
【構成】本発明菌は、脂肪族炭化水素,有機酸類,その塩,アルコール類,ケトン類,糖類のうちの少なくとも1つを炭素源として生育可能で、アルキルナフタレン類に対し強い酸化力を示す微生物である。本発明菌をアルキルナフタレン化合物を含む培地で培養し、あるいは本発明菌の休止菌体又は菌体成分をアルキルナフタレン化合物と接触させて、ナフタレンカルボン酸化合物を製造する。不要な反応を伴わないこと、及びアルキルナフタレン化合物を資化することがないことのため、原料の損失がなく、高純度,高効率でナフタレンカルボン酸化合物を製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、微生物及び、この微生物によりアルキルナフタレン化合物を酸化してナフタレンカルボン酸化合物を製造する方法に関する。
【0002】
【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】ナフタレンカルボン酸化合物は、高機能性樹脂原料、農薬原料あるいは合成中間体等として有用な化合物であり、中でも2,6−ナフタレンジカルボン酸、ナフチル酢酸は特に有用である。この2,6−ナフタレンジカルボン酸は、現在、化学合成法により製造されている。ところで、2,6−ナフタレンジカルボン酸を高機能性樹脂原料として用いる場合、同一芳香環上に官能基が複数個導入されたものが混入していると重合度を低下させるため、純度の高い2,6−ナフタレンジカルボン酸を必要とする。しかし、化学合成法では、他の異性体の副生を伴うばかりでなく、高温高圧反応であるため、官能基の転移が生起し易く、純度の高い2,6−ナフタレンジカルボン酸を得ることが極めて困難である。しかも、化学合成法は、上記のように高温高圧反応であり、爆発の危険性があることに加えて、大量のエネルギーを消費する等の問題もある。また、ナフチル酢酸については、エチルナフタレンを化学酸化させた場合、エチル基のα炭素が酸化されてしまい、ナフチル酢酸は得られない。
【0003】これらの問題を解決する方法として、微生物を用いたいわゆる微生物酸化法により、上記の2,6−ナフタレンジカルボン酸あるいはナフチル酢酸を製造する方法が考えられる。微生物酸化法は、常温常圧で反応を生起させることができる上、官能基の転移が殆どないという優れた特長を有している。しかし、これまでに報告されている微生物による2,6−ジメチルナフタレンの酸化は、多くの場合、片方のメチル基が酸化されて6−メチル−2−ナフトエ酸が生成された後、ナフタレン環の開環反応が進んでしまい、2,6−ナフタレンジカルボン酸は生成されていない(例えば、E.A.BARNSLEY APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY,VOL.54,No.2 Feb.1988年,428〜438頁参照)。
【0004】また、微生物酸化反応により2,6−ナフタレンジカルボン酸を製造する方法として、2,6−ジメチルナフタレンを単一炭素源として生育するシュードモナス エスピー(Pseudomonas sp.)D−186株を用いる方法が提案されている(特願平1−215580号公報参照)。しかし、この方法では、微生物が2,6−ジメチルナフタレンを資化するため、2,6−ナフタレンジカルボン酸への酸化反応の他に、芳香環の開裂反応等の不要な反応を伴い、原料の損失が生じ、生産性が低い。
【0005】また、上記のような不要な反応を伴わない方法として、微生物による共酸化法が挙げられる。この方法で2,6−ジメチルナフタレンを酸化する場合、微生物は生育のために2,6−ジメチルナフタレンを消費することはない。従って、2,6−ジメチルナフタレンのメチル基を酸化する以外の反応は起こらないと考えられる。これまでに、ノカルデア・コラリナ(Nocardiacorallina)A−6株を、n−ヘキサデカンを炭素源として培養し、2,6−ジメチルナフタレンを共酸化法により酸化した報告(R.L.RAYMOND et al., APPLIED MICROBIOLOGY,Vol.15,No.4,July,1967年857〜865頁)がある。しかし、この場合も、6−メチル−2−ナフトエ酸にまでにしか酸化されておらず、2,6−ナフタレンジカルボン酸は生成されていない。また、ナフチル酢酸については、石油軽質留分中に多量に含まれているエチルナフタレンを微生物共酸化してナフチル酢酸を生成するという報告は、これまで見当たらない。
【0006】本発明は、以上の実情下において、2,6−ジメチルナフタレン、エチルナフタレンに限らず他のアルキルナフタレン類のアルキル基の全てあるいは一部を酸化する際に、芳香環の開裂反応等の不要な反応を伴うことのない微生物と、この微生物を含む特定の微生物により、このような不要な反応を伴うことなく、アルキルナフタレン化合物を酸化してナフタレンカルボン酸化合物を製造する方法とを提案することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明者等は、上述の目的を達成するために研究を重ね、幾多の微生物をスクリーニングした結果、或る種の微生物を、2,6−ジメチルナフタレン、エチルナフタレン等のアルキルナフタレン類と共に培養すれば、芳香環の開裂反応等の不要な反応を全く生起することなく、2,6−ナフタレンジカルボン酸、ナフチル酢酸、その他のアルキル基が酸化されたナフタレンカルボン酸化合物を、高純度かつ高濃度で製造することができるとの知見を得た。
【0008】本発明は、上記の知見に基づいてなされたもので、その1つは、脂肪族炭化水素,有機酸類,その塩,アルコール類,ケトン類,糖類のうちの少なくとも1つを炭素源として生育可能で、アルキルナフタレン類に対し強い酸化力を示すことを特徴とする微生物(以下、本発明菌という)を要旨とする。他の1つは、本発明菌をアルキルナフタレン化合物を含む培地で培養することを特徴とするナフタレンカルボン酸化合物の製造方法(以下、本発明第1方法という)を要旨とする。また、本発明は、本発明菌の休止菌体又は菌体成分をアルキルナフタレン化合物と接触させることを特徴とするナフタレンカルボン酸化合物の製造方法(以下、本発明第2方法という)をも要旨とする。
【0009】以下、本発明菌及び本発明第1,第2方法の詳細を説明する。先ず、本発明菌の詳細を説明する。本発明菌は、2,6−ジメチルナフタレンの他に、1−メチルナフタレン,2−メチルナフタレン等のモノメチルナフタレン類、1,2−ジメチルナフタレン,1,4−ジメチルナフタレン,1,5−ジメチルナフタレン,2,3−ジメチルナフタレン,2,7−ジメチルナフタレン等のジメチルナフタレン類、1−エチルナフタレン,2−エチルナフタレン等のモノエチルナフタレン類等の各種のアルキルナフタレン類のアルキル基の全てあるいは一部をカルボキシル基まで酸化してナフタレンカルボン酸類を生産する強い酸化酵素を持ち、かつ芳香環の開裂反応等の不要な反応を生起しない、言い換えれば、芳香環の開裂反応等に必要な酵素を持たない微生物であって、上記した脂肪族炭化水素等を炭素源として生育可能であり、この一例として工業技術院微生物工業技術研究所に微工研菌寄第11753号(FERM P−11753)として寄託されたものを挙げることができる。
【0010】本発明菌のスクリーニングは、一般的な微生物の生育に必要な栄養源を含む培地で微生物を培養し、その中にアルキルナフタレン類を添加しておき、培養液中にナフタレンカルボン酸類が生産さているか否かを確認することによって行われる。この場合、アルキルナフタレン類のアルキル基に対して強い酸化力を有する微生物を効率的に得るために、アルキル化合物の一例としてn−パラフィンを炭素源として加えておき、その資化性の強さをアルキル基に対する酸化力の指標とすることができる。また、得られた微生物の中から効率的にアルキルナフタレン類をナフタレンカルボン酸類に酸化できる微生物、すなわちアルキルナフタレン類のアルキル基を酸化する能力は有するが、アルキルナフタレン類を資化(消費)する能力は有しない微生物をスクリーニングすることが好ましい。
【0011】このスクリーニングの一例を以下に説明する。微生物の増殖に必要な培地成分に炭素源としてn−パラフィンを添加して調製した培地を試験管に分注し、滅菌した後、採取土壌を添加し、振盪培養する。この培養液を、上記の培地を上記と同様に分注し滅菌した別の試験管に加えて、上記と同様に振盪培養する。この後、培養液を希釈又は無希釈で寒天培地等に撒き、培養する。出現したコロニーを拾い、上記の培地に移し、上記のアルキルナフタレン類を加えて、更に振盪培養する。この培養液の上清を、例えば高速液体クロマトグラフィ(以下、HPLC)で分析し、アルキルナフタレン類をナフタレンカルボン酸類に変換する強い酸化力を持つ菌株を選別する。また、得られた菌株の中から炭素源としてアルキルナフタレン類だけを含有する培地では生育しない菌株を選別することにより、アルキルナフタレン類のアルキル基を酸化するが、資化する能力は有しない微生物を得ることができる。この菌株は、上記のアルキルナフタレン類のみでも、またナフタレンカルボン酸類のみでも生育せず、これらの物質よりも微生物が容易に資化できる他の炭素源で生育可能で、かつアルキルナフタレン類をナフタレンカルボン酸に酸化する能力を有する。
【0012】このようなスクリーニング操作に用いる上記の培地には、生育炭素源としてのn−パラフィンの外に、一般的な培地成分が添加される。このn−パラフィンとしては、少なくとも炭素数8〜20のものを1種又は2種以上混合して使用される。炭素数が8未満であると、その溶媒効果により阻害が強く生育が悪くなり、また気化による損失も多く、20を越えると微生物の生育時に固体であり培地に充分に混合せず、生育速度が低下する等の問題がある。なお、炭素数が20を越えたものでも、微生物の生育は可能であるため、炭素数20〜30程度のものを併用してもよい。また、一般的な培地成分としては、窒素源として、例えばアンモニア,塩化アンモニウム,燐酸アンモニウム,硫酸アンモニウム,炭酸アンモニウム,酢酸アンモニウム,硝酸アンモニウム,硝酸ナトリウム,尿素等の無機窒素化合物や、酵母エキス,乾燥酵母,ペプトン,肉エキス,コーンスティープリカー,カザミノ酸等の有機窒素源を用いることができる。また無機塩類として、例えばカリウム,ナトリウム,鉄,マグネシウム,マンガン,銅,カルシウム,コバルト等の各塩類等を用いることができる。更に、培養条件としては、培地のpH約3〜9,好ましくは約5〜7,温度約5〜40℃,好ましくは約20〜36℃,時間約3〜14日間,好気的条件下とすることが望ましい。上記のスクリーニング操作によって得られた本発明菌は、以下のような菌学的性質を有する。
【0013】(A)核染色本菌株を核染色したが、核膜の存在は認められなかった。本菌株は原核生物である。
(B)コロニーの観察ISP2寒天培地上でのコロニー群にポック形成が見られた。
(C)形態ISP2寒天培地:太さ2〜3μmの糸状菌無機寒天培地 :太さ1〜2μmの糸状菌(*実施例1の表2に示す組成の無機寒天培地)
(D)グラム染色陽性(E)イソプレノイドキノンの分析メナキノンタイプ(MK)のイソプレノイドキノンが存在する。
【0014】以上の菌学的性質により、本菌株は放線菌であると判断される。更に、本菌株を同定するために、菌学的性質を調べた。本発明菌は、以下のような菌学的性質を有している。
【0015】(a)形態胞子形成菌糸の分枝法及び形態・分枝法:単純分枝・形態:直状胞子の数:4〜5胞子程度の連鎖胞子の表面構造及び大きさ・表面構造:楕円形・大きさ:0.5〜1.0μm×1.5〜2.0μm鞭毛胞子の有無:観察されない胞子嚢の有無:観察されない
【0016】(b)各培地における生育状態■シュクロース・硝酸塩寒天培地・生育状態:中程度の生育、黄色、平面状・コロニー裏面の色:淡褐色・気菌糸の形成:僅かに形成、クリーム色・拡散性色素:生産しない■グルコース・アスパラギン寒天培地・生育状態:中程度の生育、クリーム色、盛り上がった生育・コロニー裏面の色:淡褐色・気菌糸の形成:不良・拡散性色素:生産しない■グリセリン・アスパラギン寒天培地・生育状態:弱い生育、白色、平面状・コロニー裏面の色:白色・気菌糸の形成:僅かに形成、白色・拡散性色素:生産しない■スターチ寒天培地・生育状態:弱い生育、クリーム色、へそ状・コロニー裏面の色:淡褐色・気菌糸の形成:不良・拡散性色素:生産しない■チロシン寒天培地・生育状態:中程度の生育、白色、平面状・コロニー裏面の色:白色・気菌糸の形成:良好、白色・拡散性色素:生産しない■栄養寒天培地・生育状態:良好な生育、クリーム色、盛り上がった生育・コロニー裏面の色:白色・気菌糸の形成:僅かに形成、白色・拡散性色素:生産しない■イースト・麦芽寒天培地・生育状態:中程度の生育、クリーム色、平面状・コロニー裏面の色:淡褐色・気菌糸の形成:不良・拡散性色素:生産しない■オートミール寒天培地・生育状態:中程度の成育・コロニー裏面の色:白色・気菌糸の形成:不良・拡散性色素:生産しない
【0017】(c)生理学的性質■生育温度範囲:15〜36℃■ゼラチンの液化(グルコース・ペプトンゼラチン培地上):液化する■スターチの加水分解(スターチ寒天培地上):陽性■脱脂牛乳の凝固、ペプトン化:凝固しない、ペプトン化する■メラニン様色素の生成(チロシン寒天培地及びペプトン・イースト鉄寒天培地上):生成しない
【0018】(d)各炭素源の同化性(プリドハム・ゴドリーブ寒天培地上)
■L−アラビノース:利用するが、生育弱い■D−キシロース :同上■D−グルコース :同上■D−フラクトース:同上■シュクロース :同上■イノシトール :同上■L−ラムノース :同上■ラフィノース :同上■D−マンニット :同上
【0019】(e)糖の分析グルコース :存在するマンノース :存在するリボース :存在しないラムノース :存在しないガラクトース:存在するアラビノース:存在するキシロース :存在しないマジュロース:存在しない
【0020】(f)ジアミノピメリン酸(DAP)の分析LL−DAP :存在しないmeso−DAP:存在する(g)ミコール酸の分析ミコール酸:存在しない(h)GC(グアニン・シトシン)コンテントGCコンテント:60%
【0021】以上の菌学的性質からバージェイズ マニュアル オブ システマティックバクテリオロジー(Bergey’s manual of Systematic Bacteriology)に基づき検索を行ったところ、本菌株に類似の属としてノカルディア(ocardia)とアクチノシネマ(Actinosynnema)が見出された。これらの性質を表1に比較して示す。なお、表1中、本菌株の一例をH−503として示す。
【0022】
【表1】


【0023】表1より判るように、本菌株は、類似の属であるノカルディア及びアクチノシネマとは明らかに異なる属である。また、形態的にも、ISP2寒天培地上で2〜3μmの太さの糸状菌は今まで報告されておらず、本菌株は新菌であり、現在知られているどの属にも属さないと判断される。以上の菌学的性質から、本発明菌は、新規な微生物であると認められ、工業技術院微生物工業技術研究所に微工研菌寄第11753号(FERM P−11753)として寄託されている。
【0024】次に、本発明の第1,第2方法の詳細を説明する。本発明第1方法では、上記の生育炭素源と、アルキルナフタレン化合物、好ましくは炭素数1〜10の低級アルキル基、より好ましくはメチル基,エチル基,プロピル基を少なくとも1つもつナフタレン化合物とを含む培養液に、本発明菌を接種するか、あるいは上記の生育炭素源を含む培養液に本発明菌を接種後、所定の期間経過後に上記のアルキルナフタレン化合物を添加する。但し、アルキルナフタレン化合物のナフタレンカルボン酸化合物への変換反応は、菌体が充分生育した後に生じる反応であり、一方アルキルナフタレン化合物の多くは昇華性を有するため、培養初期からアルキルナフタレン化合物を添加しておくと、アルキルナフタレン化合物の若干量が昇華し、原料の損失となることがある。アルキルナフタレン化合物の添加量は、培地に対し、約0.01〜10重量%、好ましくは約0.1〜5重量%が適している。
【0025】このときの培地としては、上記した有機酸(例えば、酢酸等)、該有機酸のナトリウム塩やカルシウム塩等、アルコール類(例えば、1−,2−,3−ペンタノールや1−,2−,3−ヘキサノール等)、ケトン類(例えば、ジエチルケトン,メチル−n−プロピルケトン,t−ブチルメチルケトン,メチルエチルケトン等)、糖類(例えば、グルコース,D−アラビノース,D−キシロース,D−グルコース,D−フラクトース,シュクロース,イノシトール,L−ラムノース,ラフィノース,D−マンニット,ガラクトース等)を生育炭素源とし、これに前述のアルキルナフタレン化合物、及び前述のスクリーニングで使用したものと同様の一般的な培地成分を添加したものが使用される。また、このときの培養条件は、上記した本発明菌の培養条件と同様とすればよい。
【0026】本発明第2方法では、本発明菌の休止菌体又は菌体由来の酵素や他の菌体成分を、アルキルナフタレン化合物、好ましくは炭素数1〜10の低級アルキル基、より好ましくはメチル基,エチル基,プロピル基を少なくとも1つもつナフタレン化合物と接触させる。上記の休止菌体は、本発明第1方法と同様の培地を使用し、同様の培養条件で培養したものをそのまま用いるか、あるいは遠心分離等で固液分離して用いる。なお、固液分離した菌体は、更に、燐酸緩衝液等の溶液で洗浄し、該溶液に懸濁させて使用することもできる。また、菌体由来の酵素や他の菌体成分は、常法により精製したものを使用することが望ましい。例えば、上記した菌体の懸濁液を、超音波破砕機,フレンチプレス,高圧ホモジナイザ等により破砕処理して得られた菌体破砕物を、遠心分離等により固液分離した後、カラム精製,電気泳動等の一般的精製手段により精製酵素としたものを使用する。
【0027】更に、これらの休止菌体や菌体成分は、固定化したものを使用することもでき、固定化したものを使用することによって、効率良く反応を行うことができる。この固定化は、アルギン酸カルシウム法,ポリアクリルアミドゲル法,ポリウレタン樹脂法,光架橋樹脂法等の常法により行うことができる。これらの休止菌体や菌体成分に、上記のアルキルナフタレン化合物を、燐酸緩衝液中で接触させると、酸化反応が生じてナフタレンカルボン酸化合物が製造される。このときの反応条件は、本発明第1方法の場合の条件と同様とすればよい。また、休止菌体又は菌体成分の添加量は、いずれも少な過ぎると上記の酸化反応が生じず、逆に多過ぎると不経済となるため、いずれも培地に対し、約0.01〜20重量%とすることが好ましい。この反応において、エネルギ−源として、メタノール,エタノール,水素,ニコチン酸アミドアデニンジヌクレオチド(NAD),ホルムアルデヒド,蟻酸等の電子供与体を適宜添加するのが好ましい。
【0028】以上のようにして得られる本発明第1方法の培養液あるいは本発明第2方法の反応液中のナフタレンカルボン酸化合物は、常法により精製することができる。例えば、2,6−ナフタレンジカルボン酸は、培養液又は反応液を濾過,遠心分離等により固液分離し、得られた溶液に塩酸,硫酸等の酸溶液を加えて酸性とすることにより、2,6−ナフタレンジカルボン酸を回収することができる。また、溶剤抽出等の方法によっても回収することができ、この場合は、カラムクロマトグラフィ等の公知の精製方法を適宜併用することができる。
【0029】
【作用】本発明菌は、2,6−ジメチルナフタレン,2−メチルナフタレン,2−エチルナフタレン,その他各種のアルキルナフタレン類のアルキル基の全てあるいは一部をカルボキシル基まで酸化する強い酸化酵素を持ち、かつ芳香環の開裂反応等に必要な酵素を持たない微生物である。このため、本発明菌は、従来の化学酸化法や微生物酸化法に比して、高効率でアルキルナフタレン類を酸化する作用を有し、微生物酸化法に広く応用される。
【0030】また、本発明第1方法では、上記した本発明菌が、脂肪族炭化水素,有機酸,有機酸の塩,アルコール類,ケトン類,糖類のうちの少なくとも1つを生育炭素源として増殖する際に、本発明菌が生成する酵素や他の菌体成分の作用により、アルキルナフタレン化合物のアルキル基の全て又はその一部のみを酸化して、ナフタレンカルボン酸化合物を製造する。このとき、本発明菌は、アルキルナフタレン化合物を資化することがないため、アルキルナフタレン化合物を酸化して製造したナフタレンカルボン酸化合物を、これ以上酸化したり、分解したりすることはない。よって、本発明第1方法によれば、高収率でナフタレンカルボン酸化合物を製造することができる。また、本発明第2方法では、本発明菌の休止菌体又は菌体成分を、アルキルナフタレン化合物に接触させる。すると、酸化反応が生じて、ナフタレンカルボン酸化合物が生成される。このとき、アルキルナフタレン化合物が資化されたり、生成されたナフタレンカルボン酸化合物がこれ以上酸化されたり、分解される等の不要な反応は生じない。よって、本発明第2方法によっても、高収率でナフタレンカルボン酸化合物を製造することができる。
【0031】
【実施例】
実施例1表2に示す培地成分を、蒸留水1リットルに溶かして培地1を調製した。この培地1のpHは7.0であった。
【0032】
【表2】


【0033】上記のpH7.0の培地1を、内径21mmの試験管に10ml入れ、121℃で15分間滅菌した後、室温に冷却した。これに、石油精製施設にて採集した1000種類の土壌を夫々0.5gと、生育炭素源としてn−ヘキサデカンを0.1ml加え、試験管振盪培養装置により、30℃,250rpmにて7日間往復振盪培養した。この培養液の夫々を、上記と同様に培地1を分注、滅菌した別の試験管に、3白金耳植え継ぎ、上記と同様に7日間振盪培養した。この培養液の夫々を滅菌水により10〜10倍の範囲で希釈した後、培地1に更に寒天を1リットル当たり15g加えて調製した寒天平面培地2に塗布し、n−ヘキサデカンを0.1ml加え、30℃で7日間培養した。出現したコロニーを白金耳で拾い、上記の培地1に移し、n−ヘキサデカン0.1mlとアルキルナフタレン類として2,6−ジメチルナフタレン5mgを加え、30℃,250rpmにて7日間振盪培養した。この培養液の上清を、HPLCにて分析し、2,6−ジメチルナフタレンを6−メチル−2−ナフトエ酸や2,6−ナフタレンジカルボン酸に酸化する強い酸化力を持つ菌株を選別した。更に、選別した菌株は、上記の培地1に白金耳で植え継ぎ、炭素源として2,6−ジメチルナフタレン5mgを加え、上記と同様に7日間培養した。その結果、炭素源として2,6−ジメチルナフタレンのみを加えた場合には生育しない菌の中で最も2,6−ナフタレンジカルボン酸の生成量の高いものとして、微生物FERM P−11753を得た。
【0034】実施例2実施例1の培地1を内径21mmの試験管に10ml入れ、微生物FERMP−11753を接種し、同時にアルキルナフタレン化合物として2,6−ジメチルナフタレン5mgと、生育炭素源としてn−ヘキサデカン0.1mlとを添加し、試験管振盪培養装置により、30℃,250rpmにて7日間培養した。この培養液の上清を、HPLCにて分析したところ、150mg/lの2,6−ナフタレンジカルボン酸と、100mg/lの6−メチル−2−ナフトエ酸とが生成されていた。
【0035】実施例3アルキルナフタレン化合物として2,6−ジメチルナフタレンの代わりに、1−メチルナフタレンを5mg添加する以外は、実施例2と同様にして培養したところ、培地中に0.3mg/lの1−ナフトエ酸が生成されていた。
【0036】実施例4アルキルナフタレン化合物として2,6−ジメチルナフタレンの代わりに、2−メチルナフタレンを5mg添加する以外は、実施例2と同様にして培養したところ、培地中に120mg/lの2−ナフトエ酸が生成されていた。
【0037】実施例5アルキルナフタレン化合物として2,6−ジメチルナフタレンの代わりに、1−エチルナフタレンを5mg添加する以外は、実施例2と同様にして培養したところ、培地中に1.8mg/lのα−ナフチル酢酸が生成されていた。
【0038】実施例6アルキルナフタレン化合物として2,6−ジメチルナフタレンの代わりに、2−エチルナフタレンを5mg添加する以外は、実施例2と同様にして培養したところ、培地中に89mg/lのβ−ナフチル酢酸が生成されていた。
【0039】実施例7アルキルナフタレン化合物として2,6−ジメチルナフタレンの代わりに、2,3−ジメチルナフタレンを5mg添加する以外は、実施例2と同様にして培養したところ、培地中に0.5mg/lの2,3−ナフタレンジカルボン酸が生成されていた。
【0040】実施例8アルキルナフタレン化合物として2,6−ジメチルナフタレンの代わりに、1,2−ジメチルナフタレン、1,3−ジメチルナフタレン、1,4−ジメチルナフタレン、1,5−ジメチルナフタレン、1,6−ジメチルナフタレン、1,8−ジメチルナフタレン、2,3−ジメチルナフタレン、2,7−ジメチルナフタレンを各々5mg添加する以外は、実施例2と同様にして培養を行った後、培養液を遠心分離し、上清をC18カラム(ウォーターズ社製商品名“セップパック”使用)にて吸着処理し、メタノールにて溶出した成分を常法に従いジアゾメタンにてメチル化し、GC/MS(ガスクロマトグラフィ/マススペクトル)(ヒューレット・パッカード社製商品名“HP5890シリーズII”と“HP5971”四重極質量分析計)にて分析した。このときの分析条件は、表3の通りとした。
【0041】
【表3】


【0042】上記の分析の結果、全ての基質に対して、モノカルボン酸のメチル化物及びジカルボン酸のメチル化物に対応するピークが得られた。得られた分析結果の代表例として、2,3−ジメチルナフタレンを基質とした場合の結果を、参考のためにオーセンティク(標品)のピークと併せて、図1及び図2に示す。なお、図1が本発明の製造方法により生産されたモノカルボン酸のメチル化物に対応するマススペクトルで、図2が本発明の製造方法により生産されたジカルボン酸のメチル化物に対応するマススペクトルである。
【0043】比較例1アルキルナフタレン類に対し強い酸化力を持つ微生物としてロドコッカス属に属する微生物であるロドコッカス・エスピー(Rhodococcus sp.)ATCC19070株を用いる以外は、実施例2と同様にして培養して2,6−ナフタレンジカルボン酸の生産を試みたが、2,6−ナフタレンジカルボン酸の生成は認められなかった。
【0044】実施例9生育炭素源として表4に示す組成からなるパラフィン混合物を0.1ml使用した以外は、実施例2と同様の操作を行った。この結果、130mg/lの2,6−ナフタレンジカルボン酸を製造することができた。
【0045】
【表4】


【0046】実施例10生育炭素源としてエタノールを0.1ml使用した以外は、実施例2と同様の操作を行った。この結果、90mg/lの2,6−ナフタレンジカルボン酸を製造することができた。
【0047】実施例11生育炭素源として酢酸ナトリウムを0.1g使用した以外は、実施例2と同様の操作を行った。この結果、75mg/lの2,6−ナフタレンジカルボン酸を製造することができた。
【0048】実施例12生育炭素源としてグルコースを0.1g使用した以外は、実施例2と同様の操作を行った。この結果、100mg/lの2,6−ナフタレンジカルボン酸を製造することができた。
【0049】実施例13実施例1と同様にして調製した培地8リットルを、内容量10リットルの醗酵槽に入れ、121℃で15分間滅菌した後、室温に冷却した。これに、微生物FERM P−11753を接種し、同時に2,6−ジメチルナフタレン8gと、生育炭素源としてn−ヘキサデカン80mlとを添加し、30℃,500rpmで7日間培養した。培養中、菌の生育と共に培養液のpHの低下が認められたので、2Nの水酸化ナトリウムをチュービングポンプにて供給し、pHを6.0に保持した。7日間経過後、培地中の2,6−ナフタレンジカルボン酸をHPLCで分析したところ、950mg/lの2,6−ナフタレンジカルボン酸が製造されていた。
【0050】実施例14培養中のpH6.0への保持を、15%アンモニア水と6NのHClの添加により行った以外は、実施例13と同様にして、培養時間による2,6−ナフタレンジカルボン酸の製造状況を調べた。この結果は、表5に示す通りであった。なお、表5の結果をグラフ化して図3に示した。
【0051】
【表5】


【0052】実施例15アルキルナフタレン化合物として2,6−ジメチルナフタレンの代わりに、2−エチルナフタレンを16g添加し、培地のpHを6.5とする以外は、実施例13と同様にして培養し、処理し、分析したところ、1820mg/lのβ−ナフチル酢酸が生成されていた。
【0053】実施例16表6に示す培地200mlを、500ml容の坂口フラスコに入れ、121℃で15分間滅菌した後、室温に冷却した。これに、微生物FERM P−11753を接種し、30℃,110rpmで3日間振盪培養した。この後、遠心分離機にて菌体を集菌し、pH7.0の酢酸緩衝液で2回洗浄した。洗浄した菌体を、上記の緩衝液200mlに、660nmにおける吸光度が4.0となるように懸濁させ、2,6−ジメチルナフタレンを100mg添加した後、電子供与体として1Mエタノール水溶液を0.1ml加え、30℃,250rpmにて24時間反応させた。この結果、反応液中に、250mg/lの2,6−ナフタレンジカルボン酸が製造されていた。
【0054】
【表6】


【0055】
【発明の効果】以上詳述したように、本発明菌は、アルキルナフタレン類のアルキル基に対して強い酸化力を有するため、従来の化学的酸化法や微生物学的酸化法に代えて、アルキルナフタレン類のアルキル基のみを微生物学的に酸化する技術において広く適用することができる。また、本発明第1,第2方法は、本発明菌を使用するため、ナフタレン環の開環反応が生起したり、本発明菌によってアルキルナフタレン化合物が資化されることがなく、従って原料の損失のない高効率でのアルキルナフタレン化合物からのナフタレンカルボン酸化合物の製造方法を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の2,3−ジメチルナフタレンを基質として得た生成物(モノカルボン酸のメチル化物)のマススペクトルの一例を示すグラフである。
【図2】本発明の2,3−ジメチルナフタレンを基質として得た生成物(ジカルボン酸のメチル化物)のマススペクトルの一例を示すグラフである。
【図3】本発明の2,6−ナフタレンジカルボン酸の製造状況の一例を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 脂肪族炭化水素,有機酸類,その塩,アルコール類,ケトン類,糖類のうちの少なくとも1つを炭素源として生育可能で、アルキルナフタレン類に対し強い酸化力を示すことを特徴とする微生物。
【請求項2】 工業技術院微生物工業技術研究所に微工研菌寄第11753号(FERM P−11753)として寄託されたことを特徴とする請求項1記載の微生物。
【請求項3】 請求項1記載の微生物をアルキルナフタレン化合物を含む培地で培養することを特徴とするナフタレンカルボン酸化合物の製造方法。
【請求項4】 請求項1記載の微生物の休止菌体又は菌体成分をアルキルナフタレン化合物と接触させることを特徴とするナフタレンカルボン酸化合物の製造方法。
【請求項5】 微生物が工業技術院微生物工業技術研究所に微工研菌寄第11753号(FERM P−11753)として寄託されたものであることを特徴とする請求項3,4記載のナフタレンカルボン酸化合物の製造方法。

【図1】
image rotate


【図2】
image rotate


【図3】
image rotate


【公開番号】特開平5−15365
【公開日】平成5年(1993)1月26日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平3−289301
【出願日】平成3年(1991)10月8日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成2年11月14日 社団法人日本醗酵工学会主催の「平成2年度日本醗酵工学会大会」において文書をもつて発表
【出願人】(590000455)財団法人石油産業活性化センター (249)
【出願人】(000105567)コスモ石油株式会社 (443)