説明

微生物触媒の培養法

【課題】アクリルアミド等の有用物質の製造プロセス全体としてのエネルギー効率に優れた、微生物触媒となる細菌の培養法を提供する。
【解決手段】ニトリルヒドラターゼ活性を持つ、ロドコッカス属細菌のような、微生物触媒となる細菌を培養するに際し、本培養培地に接種する培養液の容量を、本培養容量の0.5〜5%(容量)とする、細菌培養方法。
本培養終了時の乾燥菌体濃度Cと培養液の粘度μとが、8<C/μ<20の関係にある細菌の培養液。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物触媒を、効率良く、且つその後の菌体回収工程における操作性の良い菌体液として製造することが可能な方法に関する。本発明は、例えば、工業的に好適に利用可能なニトリルヒドラターゼ活性のある培養菌体に、特に好適に適用可能である。
【背景技術】
【0002】
省エネルギー、省資源、低公害プロセスなどの特徴を持つ生化学反応を、有用物質の生産等に有効利用するなどの観点から、近年、微生物またはその酵素を触媒として利用しようとする動きが盛んになってきている。このような微生物またはその酵素を触媒として利用する反応は、例えば、従来の化学反応に比べて、以下のような特徴を有する。
【0003】
(1)常温、常圧、中性付近のpH領域といった温和な反応条件下で優れた触媒作用が得られること。
【0004】
(2)基質に対して優れた選択性があること。
(3)反応の立体特異性があること。
【0005】
このような微生物触媒を用いる反応の一例として、ニトリルヒドラターゼを用いる反応が挙げられる。このニトリルヒドラターゼは、ニトリル類を水和して対応するアミド類を生成させる酵素として知られており、アクリロニトリルからアクリルアミドを製造するに際し、既に工業的に使用されている。
【0006】
ニトリルヒドラターゼを産生する微生物としては、例えばノカルジア(Nocardia)属〔特開昭54−129190号公報を参照〕、ロドコッカス属(Rhodococcus)〔特開平2−470号公報を参照〕、リゾビウム属(Rhizobium)〔特開平5−236977号公報を参照〕、クレブシエラ属(Klebsiera)〔特開平5−30982号公報を参照〕、エアロモナス属(Aeromonasu)〔特開平5−30983号公報を参照〕、アグロバクテリウム属(Agrobacterium)〔特開平8−154691号公報を参照〕、バチルス属(Bacillus)〔特開平8−187092号公報を参照〕、シュードノカルディア(Pseudonocardia)〔特開平8−56684〕等に属する細菌が知られている。何れの公報にも、ニトリルヒドラターゼ酵素活性を産生する上記細菌の培養方法が、記載されている。
【0007】
また、より高収量かつ短時間に高活性なニトリルヒドラターゼを有する培養菌体を得る方法として、培養時の溶存酸素濃度を制御する方法(特開2002−17339;特許文献1)や培養時の炭素源として、ケト糖を利用する方法(WO 01/070936;特許文献2)が提案されている。
【0008】
最近では、このような生体微生物触媒を用いた有用化学物質の生産は、一般的な化学合成法と比較して消費するエネルギーが少ない等の、上記した種々の優れた特徴が更に重視される傾向が強まり、環境にやさしいプロセスとして更に脚光を浴びている。このため、生体微生物触媒を用いた有用化学物質の生産方法については、更なる改良・効率化の観点から鋭意研究されている。
【0009】
【特許文献1】特開2002−17339号公報
【特許文献2】WO 01/070936号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、有用物質の製造プロセス全体としてのエネルギー効率に優れた、微生物触媒となる細菌の培養方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは鋭意研究の結果、有用物質の製造プロセス全体としてのエネルギー効率を高めるためには、培養工程の後処理工程における効率(特にエネルギー効率)が極めて重要であることを見出した。
【0012】
本発明の細菌の培養法は、上記知見に基づくものであり、より詳しくは、微生物触媒となる細菌を培養するに際し、本培養培地に接種する前培養液の容量を、本培養容量の0.5〜5%(容量)とすることを特徴とするものである。
【0013】
上記構成を有する本発明においては、本培養培地に接種する前培養菌液の容量を、本培養容量の0.5〜5%(容量)とすることにより、培養液粘度の低い培養液を得ることができ、工業的観点からバランスの良い、菌体濃度と、培養液粘度の低い培養液を得ることができる。このような有利なバランスに基づき、本発明においては、良好な分離性およびエネルギー効率を得ることができる。
【0014】
他方、前述した従来技術においては、本培養培地に接種する前培養液の容量を変えることで本培養後の培養液粘度が変化することは知られておらず、したがって、本培養に植え継ぐ接種する前培養菌液の容量を本培養容量の0.5〜5%(容量)とすることで本培養後の培養液粘度の減少が可能となることも、当然に知られていなかった。
【0015】
すなわち、前述した従来技術における培養方法は、如何にしてより多くの目的酵素を短時間に製造するかの観点に集中して検討されて来たものであり、培養終了後の菌体の処理の効率化に関しては、これまで全く検討されて来なかった。
【0016】
本発明者の知見によれば、培養された有用な目的酵素を含有する菌体は、通常は、遠心分離や膜分離装置により、培養液から分離され、その後の目的により洗浄および濃縮される。しかしながら、微生物菌体の多くは培養中にたんぱく質や多糖類等の高分子物質を分泌するため、培養液の粘度が上昇し、遠心分離を使用する場合には菌体の沈降性が悪化し、分離するために大量のエネルギーと時間を要し、また膜分離を利用する場合であっても、膜分離のろ過性が悪化しろ過圧をかけるために、より多くのエネルギーと時間を要することとなっていたと推定される。
【発明の効果】
【0017】
微生物触媒となる細菌を培養するに際し、本培養培地に接種する前培養液の容量を、本培養容量の0.5〜5%(容量)とすることにより、本培養後の培養液粘度が減少し、後工程での菌体分離効率を高めることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を更に具体的に説明する。
【0019】
(細菌)
本発明において微生物触媒となる細菌とは、有用化学物質の生産に用いられる微生物触媒となり得る細菌である限り、その種類等は特に制限されない。
有用化学物質の生産に用いられる微生物触媒となり得る細菌としては、例えば工業的に大量生産されている微生物触媒であるニトリルヒドラターゼを有する細菌が特に好適に使用可能である。
【0020】
(ニトリルヒドラターゼ)
二トリルヒドラターゼとは、ニトリル基を水和反応によりアミド基に変換する能力を有する酵素である。
(ニトリルヒドラターゼ活性を有する細菌)
ニトリルヒドラターゼ活性を有する産生する細菌としては、ノカルジア(Nocardia)属、ロドコッカス(Rhodococcus)属、リゾビウム(Rhizobium)属、クレブシエラ(Klebsiera)属、エアロモナス(Aeromonasu)属、アグロバクテリウム(Agrobacterium)属、バチルス属(Bacillus)、シュードノカルディア(Pseudonocardia)属等が知られている。さらに詳しくは、特公昭56−17918号に記載のノカルジア(Nocardia)sp.N−775、特公平06−55148号に記載のロドコッカス・ロドクロウス(Rhodococcus rhodochrous)J−1、特開平05−30982号に記載のクレブシエラ(Klebsiella)sp.MCI2609、特開平05−30983号に記載のエアロモナス(Aeromonas)sp.MCI2614、特開平05−30984号に記載のシトロバクター・フロンディ(Citrobacter freundii)MCI2615、特開平05−103681号に記載のアグロバクテリウム・リゾゲネス(Agrobacterium rhizogenes)IAM13570およびアグロバクテリウム・トゥメファシエンス(Agrobacteriumfaciens)、特開平05−161495号に記載のキサントバクター・フラブス(Xanthobacter flavas)JCM1204、エルウィニア・ニグリフルエンス(Erwinia nigrifluens)MAFF03−01435、特開平05−236975号に記載のエンテロバクター(Enterobacter)sp.MCI2707、特開平05−236976号に記載のストレプトマイセス(Streptomyces)sp.MCI2691、特開平05−236977号に記載のリゾビウム(Rhizobium)sp.MCI2610、リゾビウムsp.MCI2643、リゾビウム・ロティ(Rhizobium loti)IAM13588、リゾビウム・レグミノサーラム(Rhizobium legminosarum)IAM12609およびリゾビウム・メリオティ(Rhizobium merioti)IAM12611、特開平05−15384号に記載のキャンディダ・グイリエモンディ(Candida guilliermondii)NH−2、パントエア・アグロメランス(Pantoea agglomerans)NH−3およびクレブシエラ・ニュウモニアエ・スブスピーシス・ニュウモニアエ(Klebsiella pneumoniae subsp. pneumoniae)NH−26T2、特開平06−14786号に記載のアグロバクテリウム・ラジオバクター(Agrobacterium radiobacter)SC−C15−1、特開平07−25494号に記載のバチルス・スミシー(Bacillus smithii)SC−J05−1、特開平08−56684号に記載のシュードノカルディア・サーモフィラ(Pseudonocardia thermophila)ATCC19285、特開平09−275978号に記載のシュードノカルディア・サーモフィラ(Pseudonocardia thermophila)JCM3095等を挙げることができる。
上記の中でも好適な細菌として、現在工業的に使用されているロドコッカス(Rhodococcus)属を上げることができる。
【0021】
(形質転換体)
また、細菌よりクローニングしたニトリルヒドラターゼ遺伝子を導入した形質転換体も、「ニトリルヒドラターゼ活性を有する細菌産生する微生物」として本発明の対象となる。
【0022】
例えば、宿主として大腸菌(Escherichia coli)を用いたUSP(米国特許)第5807730号に記載のMT−10822株(FERM BP−5785)がある。
【0023】
(細菌微生物の培養)
工業的に細菌を培養する場合、凍結保存、凍結乾燥保存、あるいは寒天培地プレート、寒天培地スラントなどの状態で冷蔵保存されている少量の生存している種菌から、1〜数回、培養のスケールアップを行い、最終的に必要量の培養液を得る。
例えば、前記のように保存されている種菌少量(1白金耳、あるいは数μL〜数mL)を、数mL〜数百mLの培地に接種して培養。その培養液を数Lの培地に接種して培養。そしてさらにその培養液を数十L〜数百Lの培地に接種するというように、1〜数回に渡って培養量をスケールアップしていく。
【0024】
本発明においては、前述したように、微生物触媒となる細菌を培養するに際し、本培養培地に接種する前培養液の容量を、本培養容量の0.5〜5%(容量)とすることが特徴である。ここに、本発明でいう「本培養」とは、最終的に有用な目的酵素を大量に発現させた菌体を、必要な菌体濃度になるように得る培養であり、この本培養培地に接種する「前培養」とは、その本培養に接種する菌体を得るための培養である。
【0025】
したがって、本発明において、本培養に接種する前培養液の容量を、本培養容量の0.5〜5%(容量)とすることは、本培養開始時の培地容量の0.5〜5%容量の前培養液を本培養培地に接種することをいう。
【0026】
(培養条件等)
本発明でいう培養において、その培養方法、培養装置、培地原料、培養条件はなんら制限されず、いわゆる通常の通気攪拌槽での回分培養からエアリフト型培養槽での連続培養であってもよい。培地原料も、培養の対象たる細菌が利用できるものであれば特に制限はないが、より多くの酵素を発現させるために最適な条件を検討することが一般的である。
【0027】
培養条件は、例えば、溶存酸素を通常0.1ppm以上に保ちつつ、pHは通常5〜10(好ましくは7〜9)とし、温度は通常25〜50℃(好ましくは30〜40℃)で1〜3日間培養することが好ましい。
本培養終了液の乾燥菌体濃度は、特に限定されるものではないが、工業的な使用目的の為には10g/L以上、更には20g/L以上が好ましい。また、本培養終了液の粘度は4mPa・s未満が好ましい。前記菌体濃度と粘度の最適な条件は下記の通りである。
8<C/μ<20 C:乾燥菌体濃度(g/L)、 μ:培養液粘度(mPa・s)
本発明において、培養液の乾燥菌体濃度は、下記のように定義される。
乾燥菌体濃度 = ((a)/(A) − (b)/(B))
(A):培養液(菌体分散状態のもの)精秤量 [L]
(a):(A)の乾燥後重量 [g] (乾燥条件は120℃で3時間)
(B):清澄液 精秤量 [L]
(清澄液:培養液を遠心分離し、その上清液を更に0.45μmでろ過処理後のろ液)
(b):(B)の乾燥後重量 [g](乾燥条件は120℃で3時間)
【0028】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの例のみに限定されるものではない。
【実施例】
【0029】
(実施例1)
(1)微生物菌体の培養
(i)前培養条件:
培地組成:フルクトース 2%(w/v)、ポリペプトン 5%(w/v)(日本製薬株式会社)、酵母エキス 0.3%(w/v)(オリエンタル酵母工業株式会社製)、KH2PO4 0.1%(w/v)、K2HPO4 0.1%(w/v)、MgSO4・7H2O 0.1%(w/v)、pH 7。
【0030】
培養方法:500ml容三角フラスコに、培地を100ml分注して綿栓をし、121℃、20分間オートクレーブで滅菌した。このようにして滅菌した後の培地に、ロドコッカス ロドクロウスJ−1株(FERM BP−1478)を接種して、30℃で48時間振とう培養した。
【0031】
(ii)本培養条件
(培地組成)
<初期培地>:
酵母エキス 0.2%(w/v)、KH2PO4 0.1%(w/v)、K2HPO4 0.1%(w/v)、MgSO4・7H2O 0.1%(w/v)、CoCl2・6H2O 0.002%(w/v)、硫安 0.025%(w/v)、フルクトース 2%(w/v)、尿素 2%(w/v)、エタノール 0.4%(v/v)、プルロニックL61 0.1%(w/v)(旭電化工業株式会社)、pH7。
【0032】
<後添加培地>:
フルクトース 20%(w/v)、エタノール 5%(v/v)、硫安 6%(w/v)、pH6.5。
【0033】
培養方法:3リッター容ミニジャーファーメンター(高杉製作所社製)に、上記組成の初期培地2リッター分注し、121℃、20分間オートクレーブで滅菌した。但し、フルクトース、エタノールおよび尿素は、別途、アドバンテック東洋株式会社製、0.45μm(ミクロン)の濾紙を使用して無菌的に濾過処理して培地に加えた。尚、培養20時間目から、後添加培地を20ml/hrの流速で培養終了まで添加した。
【0034】
(iii)前培養液の接種と本培養
上記により得た前培養液2mLを無菌的環境下でに本培養培地に接種し(本培養容量の1%(容量)に相当)、槽内圧力0.098MPa、攪拌数600rpm、通気量1vvm、pH7、温度30℃で制御しつつ、44時間培養しを行った。、その結果、ニトリルヒドラターゼ活性を有した本培養終了液を約2.5L得た。尚、菌体濃度は32g(乾燥菌体)/Lであった。
【0035】
(2)本培養終了液の菌体濃度および粘度の測定
上記により得られた本培養終了液50mLを遠心分離機を用いて遠心分離し、遠心上清20mLを得た。これを、直径47mmφ、0.45μm孔径の膜(セルロース混合エステルタイプ、アドバンテック東洋株式会社製)を用いてろ過し、菌体を含まない清澄液を得た。
本培養終了液1mL、前記清澄液10mLをそれぞれ正確に秤量してアルミホイルシャーレに広げ、120℃で3時間乾燥させた。乾燥前後の重量変化から、本培養終了液は43g/L、清澄液の乾燥残分は11g/Lであったことから、菌体濃度は43−11=32g/Lと測定された。
続いて本培養終了菌液500mLを25℃に制御しながら、B型粘度計を用いて(BLアダプタを使用し60rpmで)培養液の粘度を測定したところ、3.2mPa・Sであった。
【0036】
(3)微生物培養菌液のろ過性評価
(1)の(iii)で得られた本培養終了菌体液を、直径142mmφ、0.2μm孔径の膜(セルロース混合エステルタイプ、アドバンテック東洋株式会社製)を用いて、0.15MPaでの定圧ろ過を行い、60分間後のろ過量を測定したところ、260mLをろ過できた。
【0037】
(実施例2、3および4)
本培養へ接種する前培養液の容量を、実施例2においては10mL(0.5%容量相当)、実施例3においては50mL(2.5%容量相当)、実施例4においては100mL(5%容量相当)としたこと以外は、実施例1と同様な方法によって実施した。本培養終了時の菌体濃度も同等で有意な差異は見られなかった。本培養終了液粘度の測定結果を下記の表1に示す。
【0038】
(比較例1、2)
本培養へ接種する前培養菌液の容量を、150mL(7.5%容量相当)、200mL(10%容量相当)としたこと以外は、実施例1と同様な方法によって実施した。培養終了時の菌体濃度も同等で有意な差異は見られなかった。培養終了液粘度の結果を表1に示す。また、比較例1の培養液は、実施例1同様ろ過性評価を実施したところ、154mLであった。
【0039】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物触媒となる細菌を培養するに際し、本培養培地に接種する前培養液の容量を、本培養容量の0.5〜5%(容量)とすることを特徴とする細菌微生物の培養方法。
【請求項2】
前記微生物触媒が、ニトリルヒドラターゼ活性を有する細菌であることを特徴とする請求項1に記載の培養方法。
【請求項3】
前記微生物細菌が、ニトリルヒドラターゼ活性を有するロドコッカス属細菌であることを特徴とする請求項2に記載の培養方法。
【請求項4】
本培養終了時の乾燥菌体濃度Cと培養液の粘度μとが以下の関係にある細菌の培養液。
8<C/μ<20