説明

微量元素濃度測定方法、微量元素濃度測定試薬、及び、鉄並びに銅のマスキング方法

【課題】
本発明は、原材料コストの低い鉄及び銅以外の微量元素測定方法、当該方法に使用する試薬、及び、鉄並びに銅のマスキング方法を提供することを課題とする。
【解決手段】
亜鉛と錯体を形成し、かつ錯体形成前後で吸光波長がシフトするキレート剤を含有する試薬を用いて試料中の亜鉛濃度を比色測定する方法であって、前記試薬は、デフェロキサミンをさらに含有するものであり、試料1Lに対して、0.25〜1.5mmolのデフェロキサミンを含む前記試薬を添加する工程を含む亜鉛濃度測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微量元素濃度測定方法、当該方法に用いる試薬、及び、鉄並びに銅のマスキング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
患者の入院が長期にわたると、当該患者は床ずれを起こすおそれがある。床ずれとは、体の一部分への血流が不十分となり、しだいに皮膚や筋肉がくずれていく症状をいう。近年、医療機関では、患者の床ずれの状態を管理する体制が求められている。
【0003】
一方、血中の亜鉛の濃度は、患者の床ずれの状態の指標となることが知られている。このことから、近年、医療機関からの血中の亜鉛濃度を測定する試薬の需要が高まりつつある。
【0004】
血中の亜鉛の測定技術は、古くは1980年代前半から存在する(例えば、特許文献1参照)。特許文献1では、血中の亜鉛の濃度を、キレート剤を用いて測定する技術が開示されている。血中の亜鉛の濃度を、キレート剤を用いて測定する技術分野において、正確に亜鉛濃度を測定するためには、血中の鉄及び銅によるキレート剤の影響を抑制するが、亜鉛には影響の少ない化合物又は組成、いわゆるマスキング剤を選定することが鍵となる。ところが、特許文献1の記載からも明らかなように、亜鉛測定試薬に、例えば、クエン酸塩、縮合リン酸塩及びフッ化ナトリウムなどの鉄のマスキング剤と、サリチルアルドキシム、2−メルカプトベンゾチアゾール及びジチオカルボキシザルコシンなどの銅のマスキング剤を個々に添加しただけでは、十分な測定結果が得られないという課題が当時存在していた。
【0005】
係る課題を解決すべく、特許文献1では、亜鉛測定試薬に鉄のマスキング剤と、銅のマスキング剤を個々に加えた上、さらに1種又は2種以上の界面活性剤を共存させた亜鉛測定試薬が開示されている。
【0006】
しかしながら、特許文献1の試薬は組成が複雑であり、その製造が煩雑になるという新たな課題が浮上していた。しかし、当時は血中の亜鉛の濃度を測定する試薬の需要はなかったために、亜鉛測定試薬の研究開発はこれ以上なされていないようである。この事は、特許文献1の公開から昨今に至るまで、血中の亜鉛の濃度を測定する技術において目新しい技術は開示されていないことからも伺える。
【0007】
その上で、上述したとおり、血中の亜鉛の濃度が患者の床ずれの状態の指標となることが知られてからは、血中の亜鉛測定の研究開発競争が再発した。例えば、特許文献2では、マスキング剤として2−ピリジルアミノフェノール誘導体又はその塩が好適であることを開示している。特許文献2の亜鉛測定試薬は、組成が単純であるため、上記特許文献1における課題は解決していると言える。
【0008】
しかしながら、特許文献2に開示されている試薬は、マスキング剤の含有量が多く、原材料のコストが高いという問題がある。
【0009】
【特許文献1】特開昭59−030061号公報
【特許文献2】国際公開公報2007/097468号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、原材料コストの低い鉄及び銅以外の微量元素測定方法、当該方法に使用する試薬、及び、鉄並びに銅のマスキング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、
[1] 微量元素用キレート剤を含有する試薬を用いて生体から採取した試料中の鉄及び銅以外の微量元素濃度を比色測定する方法であって、
前記試薬は、デフェロキサミン又はその塩をさらに含有するものであり、
試料1Lに対して、0.25〜1.5mmolのデフェロキサミン又はその塩を含む前記試薬を添加する工程
を含む微量元素濃度測定方法、
[2] 微量元素用キレート剤を含有する試薬を用いて生体から採取した試料中の鉄及び銅以外の微量元素濃度を比色測定する方法であって、
前記試薬は、デフェロキサミン又はその塩を含有する第1の試薬と、前記キレート剤を含有する第2の試薬を備え、
試料1Lに対して、0.25〜1.5mmolのデフェロキサミン又はその塩を含む前記第1の試薬を添加する工程
さらに、第2の試薬を添加する工程
を含む[1]に記載の微量元素濃度測定方法、
[3] 微量元素が、亜鉛である[1]に記載の微量元素濃度測定方法、
[4] 前記微量元素用キレート剤が、2−(5−ブロモ−2−ピリジルアゾ)−5−(N−プロピル−N−3−スルホプロピルアミノ)フェノール又は2−(5−ニトロ−2−ピリジルアゾ)−5−(N−プロピル−N−3−スルホプロピルアミノ)フェノールである[3]に記載の微量元素濃度測定方法、
[5] 生体から採取した試料中の鉄及び銅以外の微量元素濃度を比色測定するための試薬であって、
前記試薬は、微量元素用キレート剤及びデフェロキサミン若しくはその塩を含むものであり、
試料1Lに対して添加する試薬における前記デフェロキサミン又はその塩の含量が、0.25〜1.5mmolとなるように調製されたものである
ことを特徴とする微量元素濃度測定試薬、
[6] 生体から採取した試料中の鉄及び銅以外の微量元素濃度を比色測定するための試薬であって、
前記試薬は、検体に前記第1の試薬を添加し、次いで、前記第2の試薬を添加するものであり、
前記試薬は、デフェロキサミン又はその塩を含有する第1の試薬と、前記微量元素用キレート剤を含有する第2の試薬を備え、
試料1Lに対して添加する前記第1の試薬における前記デフェロキサミン又はその塩の含量が、0.25〜1.5mmolである
ことを特徴とする[5]に記載の微量元素濃度測定試薬、
[7] 鉄及び銅以外の微量元素が、亜鉛である[5]に記載の微量元素濃度測定試薬、
[8] 前記微量金属用キレート剤が、2−(5−ブロモ−2−ピリジルアゾ)−5−(N−プロピル−N−3−スルホプロピルアミノ)フェノール又は2−(5−ニトロ−2−ピリジルアゾ)−5−(N−プロピル−N−3−スルホプロピルアミノ)フェノールである[7]に記載の微量元素濃度測定試薬、
及び、[9] 試料中における鉄及び銅をマスキングする方法であって、
試料1Lに対して、0.25〜1.5mmolのデフェロキサミン又はその塩を含む溶液を添加する工程
を含む鉄及び銅のマスキング方法に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の微量元素測定方法、当該方法に使用する試薬、及び、鉄並びに銅のマスキング方法は、原材料コストが従来公知のものと比較して極めて低い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、微量元素用キレート剤を含有する試薬を用いて生体から採取した試料中の鉄及び銅以外の微量元素濃度を比色測定する方法に関する。比色測定においては、試料中における鉄及び銅による影響を抑制するために、試料1Lに対して、いわゆるマスキング剤として、0.25〜1.5mmolのデフェロキサミン又はその塩を含む試薬を添加する。
【0014】
本発明において「微量元素」とは、生体、とりわけヒトにとって微量ではあるが、その必須性が確認されている元素をいう。このような元素としては、例えば、アルミニウム、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、ゲルマニウム、ヒ素、セレン、モリブデン、カドミウム、スズ、ヨウ素、バリウム、水銀、タリウム及び鉛などが挙げられる。但し、本発明の必須要件とされるマスキング剤(後述する)は、特定の条件下で試料中におけるマスキングする微量元素は鉄及び銅であることから、本発明における測定対象としての微量元素は、鉄及び銅以外の微量元素である。さらに、本発明は、ヒト血液中の亜鉛測定の分野における課題を解決するアプローチからなされたものであるため、測定対象としての微量元素は、主に亜鉛である。しかしながら、鉄及び銅のマスキングという作用は、測定対象としての微量元素と微量元素用キレート剤との錯体形成に影響を及ぼすものではないと考えるのが通常であるから、本発明における微量元素は必ずしも亜鉛に限定されるものではない。
【0015】
本発明における試料としては、例えば、血液、汗、涙、尿、骨髄液及び脳髄液などが挙げられる。ここで、本発明は、血液中の微量元素測定の分野における課題を解決するアプローチからなされたものであるため、試料としては、主に血液である。但し、鉄、銅及び測定対象としての微量元素は、生体のいずれの部分にも存在しうるものであるから、本発明における試料は、必ずしも血液に限定されるものではない。
【0016】
また、試料の由来は、例えば、マウス、ウサギ、ヒツジ、ウマ、ウシ、ブタ、サル及びヒトなどが挙げられる。ここで、本発明は、ヒト由来試料の微量元素測定の分野における課題を解決するアプローチからなされたものであるため、試料としては、主にヒトである。但し、鉄、銅及び測定対象としての微量元素は、どの生体であっても存在しうるものであるから、本発明における試料の由来は、必ずしもヒトに限定されるものではない。
【0017】
本発明において「微量元素用キレート剤」とは、上記の微量元素と錯体を形成する化合物をいう。さらには、当該化合物と微量元素との錯体形成前後において、吸光波長がシフトする化合物をいう。また、「比色測定」とは、このシフトされた波長における吸光度変化により微量元素の濃度を測定する測定をいう。診断分野における比色測定は、特段の事情がない限りは、日立製作所社製の自動分析装置により実施される。このことは、もはや周知の事項である。
【0018】
尚、微量元素用キレート剤は、基本的な作用として、測定対象としての微量元素だけでなく、さらには鉄及び/又は銅とも錯体を形成する。このようなキレート剤としては、
(i) 測定対象としての微量元素が亜鉛である場合は、2−(5−ブロモ−2−ピリジルアゾ)−5−(N−プロピル−N−3−スルホプロピルアミノ)フェノール(以下、Br−PAPSと称す)、2−(5−ニトロ−2−ピリジルアゾ)−5−(N−プロピル−N−3−スルホプロピルアミノ)フェノール(以下、Nitro−PAPSと称す)、3,3’−ビス[N,N−ビス(カルボキシメチル)アミノメチル]−o−クレゾスルホンフタレイン・2ナトリウム塩(以下、XOと称す)及び1−(2−ヒドロキシカルボニル−フェニル)−5−(2−ヒドロキシ−5−スルホフェニル)−3−フェニルフォルマザン・ナトリウム塩などが、
(ii) 測定対象としての微量元素がアルミニウムである場合は、4−(2−ピリジルアゾ)レゾルシノール(以下、PARと称す)及びXOなどが、
(iii) 測定対象としての微量元素がクロムである場合は、8−[N,N−ビス(カルボキシメチル)アミノエチル]−4−メチルウンベリフェロン(以下、カルセインブルーと称す)及びXOなどが、
(iv) 測定対象としての微量元素がマンガンである場合は、PAR及びXOなどが、
(v) 測定対象としての微量元素がコバルトである場合は、Br−PAPS、Nitro−PAPS、2−ニトロソ−5−(N−プロピル−N−スルホプロピルアミノ)フェノール(以下、Nitroso−PSPAと称す)、カルセインブルー及びXOなどが、
(vi) 測定対象としての微量元素がニッケルである場合は、Br−PAPSNitro−PAPS、Nitroso−PSPA及びPARなどが、
(vii) 測定対象としての微量元素がヒ素である場合は、アルセメート(ジエチルジチオカルバミック酸・銀塩などが、
(viii) 測定対象としての微量元素がセレンである場合は、2,3−ジアミノナフタレン及びXOなどが、
(ix) 測定対象としての微量元素がモリブデンである場合は、XOなどが、
(x) 測定対象としての微量元素がカドミウムである場合は、PAR、5,10,15,20−テトラフェニル−21H,23H−ポルフィネートテトラスルホン酸・ジスルフィド酸・4水和物(以下、TPPSと称す)及びXOなどが、
(xi) 測定対象としての微量元素が鉛である場合は、TPPS及びXOなどが
挙げられる。測定対象としての微量元素が亜鉛である場合は、測定感度がよい観点から、Br−PAPS及びNitro−PAPSが望ましい。
【0019】
但し、上記微量元素用キレート剤は、測定対象としての微量元素と錯体をするだけではなく、鉄や銅とも錯体を形成することがある。したがって、本発明では、試料中の微量元素を測定する場合にあっては、試薬には鉄や銅の影響を抑制する化合物、いわゆるマスキング剤を共存させることが必須となる。
【0020】
本発明における試薬は、鉄及び銅に対するマスキング剤として、デフェロキサミン又はその塩をさらに含有するものである。本発明において「デフェロキサミン」とは、IUPAC名でN’−[5−(アセチル−ヒドロキシアミノ)ペンチル)−N−[5−[[4−(5−アミノペンチル−ヒドロキシアミノ)ペンチル]−N−[5−[[4−アミノペンチル−ヒドロキシアミノ)−4−オキソブタノイル]アミノ]ペンチル]−N−ヒドロキシブタンジアミド(N'-[5-(acetyl-hydroxyamino)pentyl]-N-[5-[[4-(5-aminopentyl-hydroxyamino)-4-oxobutanoyl] amino]pentyl]-N-hydroxybutanediamide)、又は、N’−[5−(アセチル−ヒドロキシ−アミノ)ペンチル]−N−[5−[3−(5−アミノペンチル−ヒドロキシ−カルバモイル)パンタノイルアミノ]ペンチル]−N−ヒドロキシ−ブタンジアミド(N'-[5-(acetyl-hydroxy-amino)pentyl]-N-[5-[3-(5-aminopentyl-hydroxy-carbamoyl)propanoylamino]pentyl]-N-hydroxy-butanediamide)と称する化合物をいい、CAS No.が70−51−9で表される化合物をいう。デフェロキサミンは、鉄の排泄を促進する注射剤(主に、ノバルティスファーマ社製のデスフェラール(登録商標)が挙げられる)の原材料化合物であって、下記化学式1に示す構造を有する化合物をいう。
【0021】
【化1】

【0022】
本発明において「その塩」とは、デフェロキサミンと塩を形成できる化合物であれば特に限定されるものではない。例えば、ギ酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、フマル酸、シュウ酸、酒石酸、マレイン酸、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸並びにp−トルエンスルホン酸等の有機酸、及び、塩酸、臭化水素酸、硝酸、硫酸、リン酸並びにメシル酸などの無機酸が挙げられる。現在、市販されているデフェロキサミンの塩のほとんどがメシル酸塩である。一般的には、メシル酸デフェロキサミンを、単にデフェロキサミンと称することもあるが、本発明においては、メシル酸デフェロキサミンは、あくまでデフェロキサミンの1つの塩であることを留意されたい。尚、メシル酸デフェロキサミンは、例えば、シグマ・アルドリッチ社より購入することができる。
【0023】
本発明の最大の特徴部分は、従来技術の技術における試薬に添加するマスキング剤の量と比較して、試薬に添加するマスキング剤、つまり、デフェロキサミン又はその塩の量がが、少量である点にある。具体的には、試料1Lに対して、0.25〜1.5mmolのデフェロキサミン又はその塩が添加される。ここで、「試料1Lに対して」とは、実際に試料1Lを生体から採取するものであると解釈してはならない。あくまで、デフェロキサミン又はその塩の量を規定するための基準を「試料1L」に設定したにすぎない。ここで、試料1Lに対して、0.25mmolよりも低い量のデフェロキサミン又はその塩を添加した場合は、単純に鉄及び銅のマスキング効果が得られにくくなる。一方、試料1Lに対して、1.5mmolよりも高い量のデフェロキサミン又はその塩を添加した場合は、原因は不明であるが、銅のマスキング効果が得られなくなるという現象が発生する。この現象は、後述する実施例及び比較例によっても実証されている。この現象は、当業者の技術常識からしても予測し得ないことである。言い換えれば、この現象を逆手にとり、本発明の試薬においては、従来技術と比較して少ないマスキング剤の含有量を実現することができるのである。ちなみに、特許文献1における試薬(実施例1)のマスキング剤の量は、実験例1の例において換算すると、試料1Lに対して、クエン酸3ナトリウムだけでも16.8molも存在する。また、特許文献2における試薬(実施例1)のマスキング剤の量は、その例において換算すると、試料1Lに対して、ビス−トリスプロパンは7.5molも存在する。また、特許文献2における発明の詳細な説明においても、試料1Lに対して、ビス−トリスプロパンは5〜50mmol存在することが好ましい旨の記載がある。このことからも、本発明のマスキング剤の量は、従来技術におけるマスキング剤の量と比較して、極めて少量であることが明らかである。
【0024】
本発明の試薬は、微量元素用キレート剤及びデフェロキサミン若しくはその塩を含むものであれば、いわゆる一試薬系であってもよく、また、二試薬系であってもよい。但し、キレート剤による比色測定は、マスキング剤による試料中の鉄及び銅の影響を抑制してから測定することが好ましい上、上述の日立製作所社製の自動分析装置が二試薬系に対応するものであることから、本発明の試薬は二試薬系であることが望ましい。いずれの試薬においても、試料1Lに対して添加するデフェロキサミン又はその塩の含量が、0.25〜1.5mmolとなるように調製することは言うまでもない。例えば、試料20〜30μLに対して、デフェロキサミン若しくはその塩を含む試薬150μLを添加する場合は、当該試薬におけるデフェロキサミン若しくはその塩の濃度は0.05〜0.2mMの範囲で調製される。尚、上述の日立製作所社製の自動分析装置で測定可能とするよう、試薬を二試薬系にする場合は、例えば、当該装置にセットする試料の好適な量は10〜30μL、第一試薬の好適な量は150〜180μL、第二試薬の好適な量は75〜90μLである。
【0025】
試薬におけるキレート剤の濃度は、従来公知の濃度設定であればよく、特に限定されるものではない。例えば、試薬におけるキレート剤の濃度は、試料1Lに対して、10〜500mmol、好ましくは10〜50mmolとなるように調製する。
【0026】
また、上述した試薬においては、さらに、TritonX 100(商品名)、Brij35(商品名)、並びにラウリル硫酸ナトリウムなどの界面活性剤及び/又はアジ化ナトリウムなどの安定化剤を添加してもよい。但し、銅及び鉄を有する化合物は添加しないように注意し、試薬の組成が複雑にならないようにすることが好ましいことは言うまでもない。
【実施例】
【0027】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。但し、本発明はこれらの実施例に限定して解釈してはならない。
【0028】
実施例1〜4
第一試薬として、メシル酸デフェロキサミンの炭酸緩衝溶液を調製した。メシル酸デフェロキサミン濃度は、0.05(実施例1)、0.1(実施例2)、0.15(実施例3)及び0.2(実施例4)mMとなるようにそれぞれ調製した。一方、第二試薬として、Nitro−PAPS濃度0.15mMの炭酸緩衝溶液を調製した。
【0029】
実施例5〜8
キレート剤が異なっても、本発明の効果は変わらないことを確認するために、キレート剤の異なる試薬を調製した。具体的には、実施例1〜4の第二試薬のNitro−PAPSを、Br−PAPSに置き換えた以外は各実施例に従って試薬を調製した。
【0030】
比較例1
第一試薬として、炭酸緩衝溶液をそのまま用いた。一方、第二試薬として、Nitro−PAPS濃度0.15mMの炭酸緩衝溶液を調製した。
【0031】
比較例2〜5
第一試薬として、メシル酸デフェロキサミンの炭酸緩衝溶液を調製した。メシル酸デフェロキサミン濃度は、0.5(比較例2)、1.0(比較例3)、2.0(比較例4)、及び10.0(比較例5)mMとなるようにそれぞれ調製した。一方、第二試薬として、Nitro−PAPS濃度0.15mMの炭酸緩衝溶液を調製した。
【0032】
比較例6〜10
実施例5〜8に対応して、比較例に関しても、新たに試薬を調製した。具体的には、比較例1〜5の第二試薬のNitro−PAPSを、Br−PAPSに置き換えた以外は各比較例に従って試薬を調製した。
【0033】
したがって、実施例1〜8及び比較例1〜10におけるそれぞれの第一試薬中のマスキング剤の濃度及び第二試薬中のキレート剤の種類は、表1に示す通りとなる。
【0034】
【表1】

【0035】
参考例1:鉄の影響を測定するための試料液
試料液の基本液として、亜鉛が約100μg/dL含有されている血清を用いた。この血清に所定量の塩化鉄四水和物を添加したものを試料液とした。具体的には、血清に添加した鉄の濃度を0、100、200、300、400及び500μg/dLに調製した6種類の鉄含有試料液(本発明における試料に相当)を調製した。
【0036】
参考例2:銅の影響を測定するための試料液
塩化鉄四水和物を塩化銅二水和物に置き換えた以外は、参考例1と同様に6種類の銅含有試料液を調製した。
【0037】
したがって、参考例1及び2におけるそれぞれの添加した金属及びその濃度は、表2に示す通りとなる。
【0038】
【表2】

【0039】
実験例1:鉄の影響に関する検討(試料液:20μL、キレート剤:Nitro−PAPS)
参考例1の各試料液中の亜鉛濃度の測定の際における、鉄の影響について評価した。測定装置は、日立製作所社製の自動分析装置(7170)を用いた。そして、参考例1の試料液20μL、実施例1〜4及び比較例1〜5のいずれかの第一試薬150μL、さらには実施例1〜4及び比較例1〜7のいずれかの第二試薬75μLを装置にセットした。本実験例における、試料液1Lに対するマスキング剤の量を表3に示す。
【0040】
【表3】

【0041】
そして、比色測定を開始した。測定値は、試料液に第一試薬が添加された時から約5分後の570nmのキレート剤の吸光度から660nmのキレート剤の吸光度を差し引いた吸光度を基準とし、第二試薬が添加された時から約5分後の570nmのキレート剤の吸光度から660nmのキレート剤の吸光度を差し引いた吸光度を測定するようにプログラミングした。
【0042】
実験例2:銅の影響に関する検討(試料液:20μL、キレート剤:Nitro−PAPS)
参考例2の各試料液中の亜鉛濃度の測定の際における、銅の影響について評価した。評価するにあたっての測定は、参考例1の試料液の代わりに、参考例2の試料液を用いたこと以外は、実験例1と同様に行った。したがって、本実験例における、試料液1Lに対するマスキング剤の量は、表3に示す通りである。
【0043】
実験例1における結果を図1に、実験例2における結果を図2に示す。図1における縦軸は、実験例1における参考例1の鉄無添加の試料液の測定値を基準とした時の誤差をプロットした。一方、横軸は、鉄の濃度をプロットした。また、実験例2における参考例2の銅無添加の試料液の測定値を基準とした時の標準誤差をプロットした。一方、横軸は、銅の濃度をプロットした。
【0044】
図1から明らかなように、いずれの実施例及び比較例1を除く比較例において、鉄の影響による誤差は少なくとも2.5%以下に抑えることができた。一方、図2から明らかなように、比較例1を除く比較例においては銅の影響による誤差が大きく見られた。これに対し、実施例においては銅の影響による誤差は、少なくとも2%以下に抑えることができている。そして、マスキング剤としてのデフェロキサミン又はその塩を全く添加しない場合、つまり比較例1においては、鉄の影響を大きく受けることが図1に示す結果より明らかとなっている。このことから、試料液に添加したマスキング剤としてのデフェロキサミン又はその塩は、少量でなければ、その効果を奏しないことが明らかとなった。
【0045】
実験例3:鉄の影響に関する検討(試料液:30μL、キレート剤:Nitro−PAPS)
実験例1における試料液の量を変化させることにより、相対的に試料1Lに対するマスキング剤の量も変化した場合についても検討した。具体的には、試料液を20μLから30μLにした事以外は実験例1と同様に行った。つまり、試料液1Lに対するマスキング剤の量は、表2に示す通りとなる。
【0046】
【表4】

【0047】
実験例4:銅の影響に関する検討(試料液:30μL、キレート剤:Nitro−PAPS)
上記実験例3に対応して、参考例2の各試料液中の亜鉛濃度の測定の際における、銅の影響についても評価した。評価するにあたっての測定は、参考例1の試料液の代わりに、参考例2の試料液を用いたこと以外は、実験例3と同様に行った。したがって、試料1Lに対するマスキング剤の量は、表4に示す通りとなる。
【0048】
実験例3における結果を図3に、実験例4における結果を図4に示す。図3からも明らかなように、いずれの実施例及び比較例1を除く比較例においても鉄の影響による誤差は、2%以下に抑えることができた。一方、図4から明らかなように、比較例1を除く比較例においては銅の影響による誤差が大きく見られた。これに対し、実施例においては鉄の影響による誤差は、2%以下に抑えることができている。このことからも、試料液に添加したマスキング剤としてのデフェロキサミン又はその塩は、試料1Lに対して、少なくとも0.25〜1.5mmolの範囲の量を添加すれば、その効果を奏することが明らかとなった。
【0049】
実験例5:鉄の影響に関する検討(試料液:20μL、キレート剤:Br−PAPS)
実験例1におけるキレート剤を変えた場合であっても、本発明の効果を奏することを確認する検討を行った。具体的には、実験例1におけるNitro−PAPSを、Br−PAPSに用いたこと以外は、実験例1と同様に行った。この場合における、試料液1Lに対するマスキング剤の量は、表3に示す通りとなる。
【0050】
実験例6:銅の影響に関する検討(試料液:20μL、キレート剤:Br−PAPS)
上記実験例5に対応して、参考例2の各試料液中の亜鉛濃度の測定の際における、銅の影響についても評価した。評価するにあたっての測定は、参考例1の試料液の代わりに、参考例2の試料液を用いたこと以外は、実験例3と同様に行った。したがって、試料1Lに対するマスキング剤の量は、表3に示す通りとなる。
【0051】
実験例5における結果を図5に、実験例6における結果を図6に示す。図5からも明らかなように、いずれの実施例及び比較例1を除く比較例においても鉄の影響による誤差は、1%以下に抑えることができた。一方、図6から明らかなように、比較例1を除く比較例においては銅の影響による誤差が大きく見られた。これに対し、実施例においては鉄の影響による誤差は、6%以下に抑えることができている。このことからも、本発明の効果は、少量のデフェロキサミン又はその塩によるものであって、キレート剤が影響するものではないことが明らかとなった。
【0052】
実験例7:鉄の影響に関する検討(試料液:30μL、キレート剤:Br−PAPS)
実験例3における試料液の量を増加させることにより、相対的に試料1Lに対するマスキング剤の量が減少した場合についても検討した。具体的には、試料液を20μLから30μLにした事以外は実験例3と同様に行った。つまり、試料液1Lに対するマスキング剤の量は、表2に示す通りとなる。
【0053】
実験例8:銅の影響に関する検討(試料液:30μL、キレート剤:Nitro−PAPS)
上記実験例7に対応して、参考例2の各試料液中の亜鉛濃度の測定の際における、銅の影響についても評価した。評価するにあたっての測定は、参考例1の試料液の代わりに、参考例2の試料液を用いたこと以外は、実験例7と同様に行った。したがって、試料1Lに対するマスキング剤の量は、表4に示す通りとなる。
【0054】
実験例7における結果を図7に、実験例8における結果を図8に示す。図7からも明らかなように、いずれの実施例及び比較例1を除く比較例においても鉄の影響による誤差は、1%以下に抑えることができた。一方、図8から明らかなように、比較例1を除く比較例においては銅の影響による誤差が大きく見られた。これに対し、実施例においては鉄の影響による誤差は、5%以下に抑えることができている。このことからも、試料液に添加したマスキング剤としてのデフェロキサミン又はその塩は、試料1Lに対して、少なくとも0.25〜1.5mmolの範囲の量を添加すれば、その効果を奏することが再度確認された。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の微量元素測定方法、当該方法に使用する試薬、及び、鉄並びに銅のマスキング方法は、原材料コストが従来公知のものと比較して極めて低い。特に、本発明を利用する亜鉛測定試薬は、今後、入院患者の床ずれを調べるための診断用医薬品として普及するであろう。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】実験例1における結果を示す図である。
【図2】実験例2における結果を示す図である。
【図3】実験例3における結果を示す図である。
【図4】実験例4における結果を示す図である。
【図5】実験例5における結果を示す図である。
【図6】実験例6における結果を示す図である。
【図7】実験例7における結果を示す図である。
【図8】実験例8における結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微量元素用キレート剤を含有する試薬を用いて生体から採取した試料中の鉄及び銅以外の微量元素濃度を比色測定する方法であって、
前記試薬は、デフェロキサミン又はその塩をさらに含有するものであり、
試料1Lに対して、0.25〜1.5mmolのデフェロキサミン又はその塩を含む前記試薬を添加する工程
を含む微量元素濃度測定方法。
【請求項2】
微量元素用キレート剤を含有する試薬を用いて生体から採取した試料中の鉄及び銅以外の微量元素濃度を比色測定する方法であって、
前記試薬は、デフェロキサミン又はその塩を含有する第1の試薬と、前記キレート剤を含有する第2の試薬を備え、
試料1Lに対して、0.25〜1.5mmolのデフェロキサミン又はその塩を含む前記第1の試薬を添加する工程
さらに、第2の試薬を添加する工程
を含む請求項1に記載の微量元素濃度測定方法。
【請求項3】
微量元素が、亜鉛である請求項1に記載の微量元素濃度測定方法。
【請求項4】
前記微量元素用キレート剤が、2−(5−ブロモ−2−ピリジルアゾ)−5−(N−プロピル−N−3−スルホプロピルアミノ)フェノール又は2−(5−ニトロ−2−ピリジルアゾ)−5−(N−プロピル−N−3−スルホプロピルアミノ)フェノールである請求項3に記載の微量元素濃度測定方法。
【請求項5】
生体から採取した試料中の鉄及び銅以外の微量元素濃度を比色測定するための試薬であって、
前記試薬は、微量元素用キレート剤及びデフェロキサミン若しくはその塩を含むものであり、
試料1Lに対して添加する試薬における前記デフェロキサミン又はその塩の含量が、0.25〜1.5mmolとなるように調製されたものである
ことを特徴とする微量元素濃度測定試薬。
【請求項6】
生体から採取した試料中の鉄及び銅以外の微量元素濃度を比色測定するための試薬であって、
前記試薬は、検体に前記第1の試薬を添加し、次いで、前記第2の試薬を添加するものであり、
前記試薬は、デフェロキサミン又はその塩を含有する第1の試薬と、前記微量元素用キレート剤を含有する第2の試薬を備え、
試料1Lに対して添加する前記第1の試薬における前記デフェロキサミン又はその塩の含量が、0.25〜1.5mmolである
ことを特徴とする請求項5に記載の微量元素濃度測定試薬。
【請求項7】
鉄及び銅以外の微量元素が、亜鉛である請求項5に記載の微量元素濃度測定試薬。
【請求項8】
前記微量金属用キレート剤が、2−(5−ブロモ−2−ピリジルアゾ)−5−(N−プロピル−N−3−スルホプロピルアミノ)フェノール又は2−(5−ニトロ−2−ピリジルアゾ)−5−(N−プロピル−N−3−スルホプロピルアミノ)フェノールである請求項7に記載の微量元素濃度測定試薬。
【請求項9】
試料中における鉄及び銅をマスキングする方法であって、
試料1Lに対して、0.25〜1.5mmolのデフェロキサミン又はその塩を含む溶液を添加する工程
を含む鉄及び銅のマスキング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−210434(P2009−210434A)
【公開日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−53993(P2008−53993)
【出願日】平成20年3月4日(2008.3.4)
【出願人】(000135036)ニプロ株式会社 (583)
【Fターム(参考)】