説明

微量検体のためのインキュベーター

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、DNA関連分野において汎用されているPCR法のようなプログラマブル・インキュベーターにおいて、反応容器(インキュベーター)の温度の制御をより容易かつ正確に行えるインキュベーターに関する。
【0002】
【従来の技術と発明の背景】
酵素反応等の化学反応を行う上で、その温度を正確に制御することは、最適な反応条件を保ち、その最適な反応収量、反応効率を達成する上で非常に重要なことである。そのため、至適温度条件を経時的に変化させる場合、コンピューターで温度制御されたインキュベーターを使用して反応の初めから温度条件とそれを達成する時間を予めセットしておくことが多い。特に最近では、PCRによるDNAの増幅が盛んに行われ、その需要が益々増加している。さらに、遺伝子診断やゲノムプロジェクトにおいて、コストやスペースさらには労働量を上げずに、反応数を大幅に増やす必要性が増している。そのため、反応混合物(検体)の容量を減らして、より多数のサンプルを同時に処理できる方法に対する要望がある。
【0003】
多数の微量検体の温度制御を並行して行うには以下のような問題がある。
(1)反応温度を比較的高温にする必要がある場合、検体の量が微量であるため、検体中の溶媒(通常は水)が蒸発して反応がそれ以上進行しなくなることがある。これは、検体を収納しているテストチューブの上部の温度が検体の温度より低いため、テストチューブの上部の壁面に蒸発した水蒸気が液化してしまうためである。
(2)そこで検体からの水の蒸発を防止するために、ミネラルオイル等を検体上に重層することが行われる。しかるに、検体の量がより微量になると、ミネラルオイルの下の検体をサンプリングすることが困難になる。
【0004】
このような問題を解決する手段として、検体を収納しているテストチューブの上部の温度を水の沸点以上の温度に維持して、テストチューブの上部の壁面への液化を防止することが提案されている。図2に示すように、テストチューブ30内の検体を加熱するためのヒーター32以外にテストチューブの上部を加熱するヒーター32(ホットボンネット)を備えたインキュベーター33が知られている(DNA engine、MJ research 社製) 。具体的には、テストチューブの上部を加熱するヒーター32は約105℃に維持されている。
このインキュベーター33は、通常500μlのテストチューブを用い、かつ約50μlの検体について良好に使用されている。
しかるに、前述のように、より少ない検体量でより多数の検体を一度に処理しようとする場合、検体量を上記50μlより少ない量、例えば、0.5〜25μl程度とすることが望まれる。
さらに、多数の検体を一度に並行して処理する場合、テストチューブの使用は煩雑であり、テストチューブ以外の多数の検体を一度に並行して処理できる反応容器の使用が望まれる。
【0005】
そこで本発明者らは、一定の厚みのプレートに一定の深さの孔(ウエル)を多数設けたマイクロタイタープレートを用いたインキュベーターの作成を試みた。その結果、上記テストチューブを用いる場合には、個々のテストチューブの温度を独立に制御することが可能であるが、マイクロタイタープレート全体について、しかも各孔中の検体の温度をむらなく正確に制御することが必要であることが判明した。即ち、マイクロタイタープレート中の各孔中の検体の温度が正確に制御されないと、孔によって所望の反応が進行しないという問題があることが判明した。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
そこで本発明の目的は、マイクロタイタープレートを用いたインキュベーターであって、検体の温度を正確に制御することが可能なインキュベーターを提供することにある。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明のインキュベーターは、反応混合物を収納するための複数の孔を有する基板からなる反応容器と
前記反応容器の温度を変化させるための少なくとも1つの温度コントローラーを有し、
前記孔に収納された反応混合物の温度を経時に変化させて前記反応混合物の反応を進行させるためのインキュベーターであって、
前記反応容器と前記温度コントローラーとの間に、前記反応容器と前記温度コントローラーとの間の熱の伝導を促進する手段を介在させることを特徴とするインキュベーターに関する。
【0008】
本発明のインキュベーターの1つの実施態様として、
温度コントローラーが1対の温度コントローラー(1)及び温度コントローラー(2)からなり、
温度コントローラー(1)は反応容器の孔に収納される反応混合物の温度(1)を制御し、
温度コントローラー(2)は、反応容器の孔の開口を封鎖する部材の孔の内壁であって、かつ前記反応容器に収納される反応混合物の液面と対向する面の温度(2)を制御するものであり、
熱伝導促進手段を温度コントローラー(1)と反応容器との間、温度コントローラー(2)と反応容器との間、または温度コントローラー(1)及び温度コントローラー(2)と反応容器とのそれぞれの間に設けるインキュベーターを挙げることができる。
【0009】
【発明の実施の態様】
本発明のインキュベーターにおいては、反応容器と温度コントローラーとの間に、反応容器と温度コントローラーとの間の熱の伝導を促進する「熱伝導促進手段」を介在させることが特徴である。反応容器と温度コントローラーとは、通常密着させることが難しく、両者の密着が不良であると、反応容器の検体の温度制御が良好に行われず、その結果、所望の反応生成物が得られなくなる。本発明では、両者の間に「熱伝導促進手段」を介在させることで上記問題を解決している。
【0010】
「熱伝導促進手段」としては、例えば、柔軟性でかつ熱伝導性のシートを挙げることができる。柔軟性を有することにより、反応容器と温度コントローラーとの密着を維持できる。また、熱伝導性であることで、反応容器と温度コントローラーとの間の熱の移動を促進し、検体(反応混合物)の温度制御をより正確に行うことができる。
【0011】
「柔軟性でかつ熱伝導性のシート」としては、例えば、熱伝導性樹脂製シートを挙げることができ、熱伝導性樹脂製シートとしては、例えば、が熱伝導性シリコーンシートを挙げることができる。熱伝導性シリコンシートは、例えば、放熱ゴムシートとして信越シリコーンから市販されており、電子部品の放熱材料として使用されている柔軟性と高い熱伝導性とを有するものである。また、「柔軟性でかつ熱伝導性のシート」として、柔軟性グラファイトシートを挙げることもできる。柔軟性グラファイトシートは、松下電器産業からパナソニックグラファイトシートとして市販されているもので、柔軟性と高い熱伝導性とを有するものである。
【0012】
以下本発明のインキュベーターを図1に基づいて説明する。図1に示すインキュベーターは、1対の温度コントローラーを有し、かつ一方の温度コントローラーと反応容器との間に熱伝導促進手段を有する態様である。
本発明のインキュベーター1は、反応混合物(検体)10を収納するための複数の孔11を有する基板12からなる反応容器13と前記反応容器13の温度を変化させるための少なくとも1つの温度コントローラーを有する。図1においては、1対の温度コントローラー(1)及び(2)21、22を有する。
【0013】
複数の孔を有する基板12が金属製であることが、コントローラーの温度を反応混合物(検体)10に反映させやすく、反応の制御がより正確にできるという観点から好ましい。但し、反応混合物、特に酵素活性に対する金属の阻害作用を防止したり、或いは内壁の濡れ特性を改質する目的で、前記孔の内壁は、ポリマー等で表面コートすることもできる。
【0014】
また、基板12に形成されている孔は、底が封鎖されていて反応用の空間を形成しているものであることができる。またそれ以外に、基板12に形成されている孔が基板12を貫通していて、基板12と積層する温度コントローラー(1)で直接、または温度コントローラー(1)との間に介在させる熱伝導促進手段または適当な中間シートやフィルムによって、底を形成して反応用の空間を形成するものであることもできる。前記孔が貫通孔である場合、貫通孔を有する基板を反応媒体や試薬等含む溶液に浸漬することで、前記溶液を多数の孔に一度に供給することができるという利点がある。
【0015】
本発明のインキュベーターは、検体の量が少なくても良好に反応を行うことができるものであり、従って、容量の少ない反応に特に好ましく使用できる。しかし、容量の大きい範囲においても同様に適用できるものであり、反応容器に設けられる孔の容量に何ら制限はない。但し、微量検体向け(少量の検体を多数処理する)という観点からは、反応容器の容量が1〜100μlの範囲、好ましくは1〜50μlの範囲〔その中に収納される反応混合物(検体)の容量は0.5〜50μlの範囲、好ましくは0.5〜20μlの範囲〕であることが適当である。但し、反応容器の容量及び反応混合物(検体)の容量はさらに減少させて小型化することも可能であり、例えば、反応容器及び反応混合物(検体)をマイクロチップ化してnl(ナノリットル)オーダーで行うインキュベーターを作成することも可能である。
【0016】
温度コントローラー(1)21は、1つまたは複数の部分からなることができ、例えば、ペルチェ素子を用いることができる。温度コントローラー(1)21は、前記反応容器13の孔に収納される反応混合物10の温度(1)を制御する。図1においては、温度コントローラー(1)21は、熱伝導促進手段であるシートを介して反応容器13と接触している。
温度コントローラー(2)22は、1つまたは複数の部分からなることができ、例えば、ペルチェ素子を用いることができる。温度コントローラー(2)22は、前記反応容器13の孔の開口14を封鎖する部材(図示せず)の孔の内壁を構成する液面の温度(2)を制御するように前記反応容器13と接している。
尚、前記反応容器13の孔11の開口14を封鎖する部材は、例えば、複数の孔を同時に封鎖できるという観点から、シートまたはフィルムであることが適当である。また、温度コントローラー(2)22と反応容器13との間に熱伝導促進手段であるシートを介在させる場合、孔11の開口14を前記熱伝導促進手段であるシートにより封鎖することもできる。
【0017】
但し、反応混合物から発生する水蒸気が容器外に流出することを実質的に防止しつつ行うことが、反応の進行に有利である場合、反応容器13の孔11の開口14は、反応混合物が実質的に密封された状態になるように封鎖することが好ましい。水蒸気の容器外への流出を防止することで、反応を良好に行うことができる。ある程度以上の水蒸気が容器外へ流出し、乾燥してしまうと、反応は停止してしまうことがある。
【0018】
上記本発明のインキュベーターを用いて、反応容器の孔に収納された反応混合物の温度を経時に変化させて前記反応混合物の反応を進行させることができる。但し、本発明のインキュベーターは、そこでインキュベートする反応混合物に含まれる成分やそこで進行する反応については全く制限はない。反応温度を経時に変化させる反応であれば良い。酵素反応等の生体系の反応を例示することができる。さらに、酵素反応の例としてPCR法を例示することができる。また、反応混合物の反応は、温度コントローラー(1)の温度の経時変化を周期的に行う反応であることができ、その例としてPCR法を挙げることができる。
【0019】
本発明のインキュベーターを用いて反応を行う場合、反応容器内の反応混合物の温度(1)と、前記空間に接する反応容器の内壁の少なくとも前記反応混合物の表面と対向する液面の温度(2)とを、温度(2)が温度(1)より高くなるように、かつ温度(1)と温度(2)が連動して変化するように制御することが、反応混合物(検体)の温度を正確に制御するという観点からより好ましい。即ち、温度(1)が上がれば、それに連動して、温度(2)も上がり、逆に温度(1)が下がれば、それに連動して、温度(2)も下がるように温度制御を行うことが好ましい。
【0020】
但し、温度(1)と温度(2)との温度差は、常に一定である必要はなく、ある幅をもってその範囲内にあれば良い。また、温度(1)と温度(2)との温度差が大きすぎると、温度(1)の制御が難しくなり(温度(1)が設定より高くなりすぎて)、反応を良好に進行させにくくなる。一方、温度(1)と温度(2)との温度差が小さいと、特に温度(1)が高温で、水蒸気圧が高くなると、検体中の水分の消失を招き易い。そこで、例えば、温度(1)と温度(2)とは、温度(1)と温度(2)との温度差が1〜30℃の範囲内、好ましくは2〜20℃の範囲内に維持されるように連動して変化させることが適当である。
【0021】
【実施例】
以下本発明を実施例によりさらに説明する。
以下の実施例では、PCR反応を例にとり、図1に示す本発明のインキュベーター(RIKEN GS-384) を用いた。また、従来の機種として、MJ research 社製DNA engineを用いた。
実施例
PCR反応液
PCRは、鋳型DNAとしてヒト甲状腺刺激ホルモンのβ鎖のcDNAクローンであるBS750を用いた。インサートDNAのサイズは680bpである。反応液は、BS750を10pg、dNTP(dGTP、dCTP、dATP、dTTPそれぞれ)50μM、10x EXバッファー(25mMTAPS緩衝液、50mM KCl、2mM MgCl2 、1mM 2−メルカプトエタノール)1μl、プライマーL220とプライマー1211(L2205'TAACAATTTCACACAGGAAACA3'、1211:5'ACGTTGTAAAACGACGGCCAGT3'、それぞれ)0.2pmole、EX Taq(5U/μl)を加え、滅菌蒸留水にて全量が10μlとなるように調製する。
【0022】
但し、RIKEN GS-384を使用する場合、反応容器は、アルミ板(厚み約4mm)に開けられた直径3mm、深さ3mmの孔(容量約21μl)として、上記PCR反応液を収納した。
DNA engine用には、PCR反応液の調製を5倍のスケールで行い、最終量が50μlとなるようにした。また、テストチューブとしては500μlの容量のものを用いた。
【0023】
PCRサイクルと電気泳動による増幅の検出
94℃、3分間インキュベートした後、〔94℃1分間−55℃1分間−72℃1分間〕を35サイクル繰り返す。その後、72℃10分間インキュベーションし、4℃で保存する。
【0024】
〔94℃1分間−55℃1分間−72℃1分間〕の温度調整の際、MJ research 社製 DNA engineでは、熱伝導促進手段を用いず、RIKEN GS-384の場合には、熱伝導促進手段を用いない場合と、熱伝導促進手段として熱伝導性シリコーンシート(放熱ゴムシートTC−Aタイプ、信越シリコーン製)または熱伝導性カーボングラファイトシート(パナソニックグラファイト、松下電器産業製)を反応容器13と温度コントローラー(1)21との間に介在させた場合(本発明のインキュベーター)の3通りを行った。
【0025】
さらに、表1に示すように、PCR反応液が鋳型DNAとプライマーとを含む場合(レーン1〜4)、PCR反応液が鋳型DNAを含まない場合(レーン5〜8)、PCR反応液がプライマーを含まない場合(レーン9〜12)についてそれぞれPCR反応を行い、反応後、PCR反応液を0.8%アガロースゲルを用いて1X TBEバッファー中にて電気泳動に供した。そのパターンを図3に図面に代わる写真として示す。
【0026】
図3の電気泳動写真から、PCR反応液が鋳型DNAまたはプライマーを含まないレーン5〜12については、PCR増幅産物のスポットが見られない。また、熱伝導促進手段を用いないRIKEN GS-384の場合(レーン2)には、PCR増幅産物のスポットが見られず、反応の進行が良好に行われなかったことを示す。
それに対して、反応液量か10μlであるにも係わらず、熱伝導性シリコーンシートまたは熱伝導性カーボングラファイトシートを用いてPCRを行ったレーン3及び4(本発明の方法の実施例)では、5倍量のPCR反応液を用いたDNA engineの場合(レーン1)と同様のPCR増幅産物のスポットが見られ、良好にPCR反応が進行していることが分かる。
【0027】
【表1】




【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明のインキュベーターの概略図。
【図2】 従来のインキュベーターの概略図。
【図3】 実施例のPCR産物のアガロースゲル電気泳動パターンを示す図面に代わる写真。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
反応混合物を収納するための複数の孔を有する基板からなる反応容器と前記反応容器の温度を変化させるための少なくとも1つの温度コントローラーを有し、
前記孔に収納された反応混合物の温度を経時に変化させて前記反応混合物の反応を進行させるためのインキュベーターであって、前記反応容器と前記温度コントローラーとの間に、前記反応容器と前記温度コントローラーとの間の熱の伝導を促進する手段(以下、熱伝導促進手段という)を介在させ、かつ、
前記温度コントローラーが1対の温度コントローラー(1)及び温度コントローラー(2)からなり、温度コントローラー(1)は反応容器の孔に収納される反応混合物の温度(1)を制御し、温度コントローラー(2)は、反応容器の孔の開口を封鎖する部材の孔の内壁であって、かつ前記反応容器に収納される反応混合物の液面と対向する面の温度(2)を制御するものであり、熱伝導促進手段を温度コントローラー(1)と反応容器との間、温度コントローラー(2)と反応容器との間、または温度コントローラー(1)及び温度コントローラー(2)と反応容器とのそれぞれの間に設けることを特徴とするインキュベーター。
【請求項2】
温度(1)と温度(2)とを、温度(2)が温度(1)より高くなるように、かつ温度(1)と温度(2)が連動して変化するように制御する請求項記載のインキュベーター。
【請求項3】
反応容器と温度コントローラーとの間の熱伝導促進手段が柔軟性でかつ熱伝導性のシートである請求項1または2に記載のインキュベーター。
【請求項4】
柔軟性でかつ熱伝導性のシートが熱伝導性樹脂製シートである請求項記載のインキュベーター。
【請求項5】
熱伝導性樹脂製シートが熱伝導性シリコーンシートである請求項記載のインキュベーター。
【請求項6】
柔軟性でかつ熱伝導性のシートが柔軟性グラファイトシートである請求項記載の方法。
【請求項7】
複数の孔を有する基板が金属製である請求項1〜のいずれか1項に記載のインキュベーター。
【請求項8】
反応容器の孔が2つの開口を有する貫通孔又は一つの開口を有する孔であり、前記シートにより孔の開口を封鎖する請求項3〜7のいずれか1項に記載のインキュベーター。
【請求項9】
温度コントローラーがペルチェ素子である請求項1〜のいずれか1項に記載のインキュベーター。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【特許番号】特許第3686917号(P3686917)
【登録日】平成17年6月17日(2005.6.17)
【発行日】平成17年8月24日(2005.8.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平8−142676
【出願日】平成8年6月5日(1996.6.5)
【公開番号】特開平9−322755
【公開日】平成9年12月16日(1997.12.16)
【審査請求日】平成14年10月16日(2002.10.16)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(591032910)株式会社サイニクス (2)
【参考文献】
【文献】特開平05−168459(JP,A)