説明

心疾患マーカー標品およびその製造法

【課題】 心筋マーカーとして特に重要なcTn及びBNPを同時に、かつ、安定的に含有し、免疫測定における測定用管理物質としても使用可能な標品を提供すること。
【解決手段】 カゼイン系タンパク質及びベンズアミジン誘導体を共存させたことを特徴とする心筋トロポニン及び脳性ナトリウム利尿ペプチド含有標品により、前記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心筋トロポニン(Cardiac Troponin、以下cTnと記載する)及び脳性ナトリウム利尿ペプチド(Brain Natriuretic Peptide、以下BNPと記載する)含有標品及びその製造方法に関するものである。本発明の標品は、例えば免疫測定において心疾患マーカーとしてcTn及び/又はBNPを測定する場合の、測定用管理物質として有用である。
【背景技術】
【0002】
ミオグロビン、クレアチンキナーゼMB(CKMB)、cTn(心臓に由来するcTnI、cTnT及びcTnCの3つのサブユニットが存在する)又はBNPといった種々の心疾患マーカーが知られるようになり、臨床検査の分野において広く測定されている(非特許文献1)。
【0003】
種々の心筋マーカーの中でも、cTnは、最新のガイドライン(日本循環器学会の急性心筋梗塞(ST上昇型)の診療ガイドライン、急性および慢性心筋炎の診断・治療に関するガイドライン、欧州心臓学会/米国心臓病学会の心筋梗塞診断基準のガイドライン等)において急性冠症候群(Acute Coronary Syndrome、ACS)における心筋障害の指標とされている。またBNPは、心不全の鋭敏なバイオマーカーであり、心不全の診断のみならず、その予後評価や治療判定に広く利用されている。このため、心疾患マーカーの中でもcTnとBNPの測定は心疾患の診断において特に重要である。
【0004】
cTnやBNPの測定方法としては、免疫測定が広く普及している。免疫測定でcTnやBNPを測定する場合、測定を実施する者や測定を実施する装置、更には測定を実施した日時等が異なっても同一濃度のcTn等が存在する場合には同一の結果が得られるような精度管理が重要である。このため、従来から既知濃度のcTnや既知濃度のBNPを含有する標品である測定用管理物質が使用されているが、測定管理用物質にはその中に含有されるcTn又はBNPが安定であること(測定管理用物質についてcTn又はBNPの免疫測定を行った場合、経時的な測定値の変化が少ないこと)、そして免疫測定における抗原や抗体との反応を妨害しないこと、が求められる。
【0005】
種々の心疾マーカーの中でも特にcTnとBNPの重要性が高まっていることから、利便性を向上するためにもcTnとBNPの両者を含む測定管理用物質を提供すべきであるが、従来報告されているcTnを安定的に存在させることができる条件と従来報告されているBNPを安定的に存在させることができる条件(特許文献1)には相違があり、cTnとBNPの両者を含む測定管理用物質は未だ報告されていない。特にBNPは、ガラス吸着し易く、ガラス製容器で保存等した場合、ポリスチレンやポリプロピレン製容器で保存等した場合と比較して前記した経時的な測定値の変化が大きくなるという課題もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−091398
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】THROMBOSIS and Circulation Vol.13 No.2 2005 81(189−193)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで本発明の目的は、心筋マーカーとして特に重要なcTn及びBNPを同時に、かつ、安定的に含有し、免疫測定における測定用管理物質としても使用可能な標品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記目的を達成するために本発明者らは鋭意検討をおこなった結果、本発明を完成するに至った。前記目的を達成する本発明は、カゼイン系タンパク質及びベンズアミジン誘導体を共存させたことを特徴とするcTn及びBNP含有標品である。また前記目的を達成する本発明は、カゼイン系タンパク質及びベンズアミジン誘導体を添加することを特徴とする、cTn及びBNP含有標品の製造方法である。以下、本発明を詳細に説明する。
【0010】
本発明は、cTn及びBNPの両者を含む標品である。本発明でいう標品とは、酵素免疫測定法(EIA)、放射免疫測定法(RIA)、蛍光免疫測定法(FIA)又は発光免疫測定法(LIA)等で使用される測定用管理物質や検量線作成用の標準品としても使用される、厳密に管理された濃度のcTnやBNPを含有するもの以外に、単にcTnやBNPを含有するものであっても良い。測定用管理物質として使用されるものについては、cTnが0.2から50ng/mLの範囲に、BNPが20から2000pg/mLの範囲に管理されたものを例示することができる。また標品の形態については、溶液状のもの、凍結されたもの更には凍結後に乾燥されたもののいずれであっても良い。中でも本発明は、凍結乾燥状態で供され、使用にあたって溶解される凍結乾燥状態の測定用管理物質に対して特に好ましく適用される。
【0011】
標品に含有されるcTnとしては、cTnI、cTnT、cTnC、cTnIとTのダイマー、cTnIとCのダイマー、cTnTとCのダイマー又はcTcIとTとCのトリマーから選ばれる1種以上のものであれば、上記いかなる形態であってもカゼイン系タンパク質及びベンズアミジン誘導体の共存による安定化の効果を得ることができる。標品に含有されるcTn及びBNPともに、ヒトに由来するものに限定されるものではなく、例えばラット、ブタ、イヌ又はウナギ来のcTnやBNPであっても良く、またかかる生体由来の抽出精製物等のほか、化学合成物や遺伝子組換え技術による製造物等であってもカゼイン系タンパク質及びベンズアミジン誘導体の共存による安定化の効果を得ることができる。また更に、例えばBNPにおいては、例えば−S−S−結合により形成されるリング部位を有する誘導体等であっても良い。本発明におけるBNP誘導体の一例として、いわゆるPro BNPやNT−Pro BNPを例示できる。また更には、例えば一次構造における各アミノ酸残基の含有比率が類似しているANPやCNP等もまた、本発明におけるBNP誘導体として例示できる。
【0012】
カゼイン系タンパク質としては、植物由来カゼインや牛乳カゼイン等の種々のカゼインやカゼインナトリウムを使用することができる。市販されているものでは、例えば免疫測定用固相のブロッキング剤として流通しているもの(商品名ブロックエース、DSファーマバイオメディカル株式会社製)等を使用しても良い。カゼイン系タンパク質は、標品中のcTn及びBNP濃度を勘案して共存量を決定すれば良いが、例えば本発明の標品を測定用管理物質として使用する場合、一般にcTnが0.2から50ng/mL、BNPが20から2000pg/mLの範囲であることから、溶液状態では好ましくは終濃度が1から10%、特に好ましくは1から3%となるように共存させることが例示できる。
【0013】
ベンズアミジン誘導体としては、ベンザミジン(塩酸塩)、アミノベンザミジン、4−メトキシベンザミジン等を例示することができる。ベンズアミジン誘導体は、標品中のcTn及びBNP濃度を勘案して共存量を決定すれば良いが、例えば本発明の標品を測定用管理物質として使用する場合、一般にcTnが0.2から50ng/mL、BNPが20から2000pg/mLの範囲であることから、溶液状態では好ましくは終濃度が1から100mM、特に好ましくは5から20mMとなるように共存させることが例示できる。
【0014】
本発明の標品は、カゼイン系タンパク質とベンズアミジン誘導体に加えて、目的に応じて例えばウシ血清アルブミン等の保剤、例えばアスコルビン酸やビタミンE等の抗酸化剤、例えばカルボキシメチルセルロース等の結合剤、例えばセルロース又はポリエチレングリコール等の湿潤剤、例えば合成食用色素等の着色剤、例えばポリビニルピロリドン等の懸濁化剤、例えばアルキルスルホン酸等の乳化剤、例えばグリセリン等の溶解補助剤、例えばリン酸塩又はトリスヒドキシルアミン塩酸塩等緩衝剤、例えばD−ソルビトール又は塩化ナトリウム等の等張化、例えばトライトンX−100又はツィーン20等の界面活性剤を含有していても良い。上記例示したような剤の一種又は二種以上を更に共存させる場合には、例えば標品を測定管理用物質として使用するのであれば抗原抗体反応を阻害しないことを確認するなど、本発明の標品の用途を勘案することが好ましい。更に本発明では、それらの安定性を確保できる限り、cTn又はBNP以外の心筋マーカーであるミオグロビンやCKMBを含有することができる。
【0015】
本発明では、例えばcTnとBNPを含有する溶液とカゼイン系タンパク質及びベンズアミジン誘導体を含有する溶液を混合すること等により、前記標品を製造する。この操作に際しては、BNPのガラスへの吸着を防ぐ目的で、ポリスチレンやポリプロピレン製容器を使用するか、又は、ガラス製容器を使用するのであればまずカゼイン系タンパク質及びベンズアミジン誘導体を含有する溶液をガラス製容器に投入し、その後にcTnとBNPを含有する溶液を添加することが好ましい。なお、カゼイン系タンパク質及びベンズアミジン誘導体を共存させることにより、BNPのガラスへの吸着をも低減することが可能である。
【0016】
以上のようにして製造した本発明の標品については、その後、凍結し、また必要に応じて更に乾燥しても、その安定性が失われることはない。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、カゼイン系タンパク質とベンズアミジン誘導体を共存させるという極めて簡便な操作によって、診断の分野等で重要性を増しつつあるcTn及びBNPの両者を含有する標品を長期間に渡って安定的に維持することが可能になる。しかも、液状はもとより、凍結した状態や凍結乾燥した状態であってもカゼイン系タンパク質とベンズアミジン誘導体を共存させることによる効果は失われないため、種々の形態の標品を提供することが可能になる。また更に、BNPのガラスへの吸着を抑制し、従来BNPの保存のためには使用し難かったガラス容器を使用することも可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。なお、各例中、カゼイン系タンパク質としては免疫測定用固相のブロッキング剤として一般に流通しているもの(商品名ブロックエース、DSファーマバイオメディカル株式会社製)を使用した。
【実施例】
【0019】
実施例1
2wt%のカゼイン系タンパク質を含む20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)に、最終濃度がそれぞれ40pg/mL、0.5ng/mL、50ng/mL又は10ng/mLとなるようにBNP、cTnI、ミオグロビン及びCKMBを添加して、溶液Aを調整した。この溶液Aに対して、最終濃度がそれぞれ5mM又は10mMになるようにベンズアミジン塩酸塩を添加して溶液B及び溶液Cを調整した。
【0020】
溶液AからCのそれぞれ2mLをガラス製容器に分注して凍結乾燥した後、40℃で7日間保存した。その後、凍結乾燥物に蒸留水2mLを加えて溶解しBNP、トロポニンI、ミオグロビン、CKMB濃度を測定した。結果を表1に示す。なお表1中、「濃度百分率」は、以下の式1に基づいて計算したものである。
【0021】
【数1】

【0022】
【表1】

【0023】
表1からは、溶液B及び溶液C(カゼイン系タンパク質とベンズアミジン塩酸塩を共存させた標品)では溶解後4℃7日間保存してもBNP、cTnI、ミオグロビン、CKMBともに濃度百分率は90%以上を示しており、これらの心筋マーカーが安定であることが分かる。
【0024】
比較例 1
5wt%の牛血清アルブミンを含む20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)に、最終濃度がそれぞれ100pg/mL、5ng/mL、100ng/mL又は100ng/mLとなるようにBNP、cTnI、ミオグロビン及びCKMBを添加して、溶液Dを調製した。ゲリセートペプトンを含む20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)に対し同様にして溶液Eを、カゼイン系タンパク質を含む20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)に対し同様にして溶液Fを、それぞれ調製した。
【0025】
溶液DからFのそれぞれ2mLをガラス製容器に分注して凍結乾燥した後、4
℃で7日間保存した。その後、凍結乾燥物に蒸留水2mLを加えて溶解しBNP、トロポニンI、ミオグロビン、CKMB濃度を測定した。結果を表2に示す。表2中、「濃度百分率」は、以下の式2に基づいて計算したものである。
【0026】
【数2】

【0027】
【表2】

【0028】
表2からは、溶液F(カゼイン系タンパク質を共存させた標品)ではBNP、トロポニンI、ミオグロビン、CKMBが40℃で7日目保存しても濃度百分率は90%以上と比較的良好であるが、特にBNPに関しては、実施例1における結果を下回ることが分かる。
【0029】
以上の結果から、カゼイン系タンパク質又はベンズアミジン誘導体のいずれも共存していない標品では、BNP、トロポニンI、ミオグロビン、CKMBを安定に保存できないことが分かる。またカゼイン系タンパク質単独でも一定の効果が得られるものの、その安定性の向上効果は、カゼイン系タンパク質とベンズアミジン誘導体を共存させた効果には及ばないことが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カゼイン系タンパク質及びベンズアミジン誘導体を共存させたことを特徴とする心筋トロポニン及び脳性ナトリウム利尿ペプチド含有標品。
【請求項2】
カゼイン系タンパク質及びベンズアミジン誘導体を添加することを特徴とする、心筋トロポニン及び脳性ナトリウム利尿ペプチド含有標品の製造方法。