説明

心疾患治療剤

【課題】心臓における酸化ストレスを軽減することができ、酸化ストレスに引き続いて生じる心筋細胞のアポトーシスを抑制することができる医薬を提供する。
【解決手段】CCN1タンパク質又はCCN1タンパク質をコードする遺伝子を有効成分として含む虚血性心疾患、心不全、又は心筋症などの心疾患の予防及び/又は治療のための医薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は心疾患の予防及び/又は治療のための医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化ストレスは急性心筋梗塞における虚血再潅流障害や慢性心不全におけるリモデリングなど急性及び慢性の心臓病において心機能障害の重要な因子となっている。従って、心臓における酸化ストレスとそれに引き続いて生じる心筋細胞のアポトーシスを抑制することは心疾患の予防や治療手段として有望である。
【0003】
一方、CCN1 (Cyr61: cysteine rich 61と呼ばれる場合もある)はCCNファミリーに属する6種類の蛋白質(Cyr61, CTGF (connective tissue growth factor), NOV (nephroblastoma overexpressed), WISP-1, WISP-2, 及びWISP-3)の一つであり、43kDの分泌蛋白である。このCCN1については、ガン関連の遺伝子としていくつかの報告がある(非特許文献1ないし3)。また、CCN1が細胞外基質に結合して血管新生作用を発揮することが知られている。より具体的には、CCN1が血管内皮細胞の増殖及び遊走を促進すること(非特許文献4)、CCN1がラット角膜において血管新生を生じること(非特許文献5)、及びCCN1のcDNAを下肢動脈閉塞ウサギに投与すると血行が改善すること(非特許文献6)が報告されている。また、最近、CCN1が虚血性心疾患の心臓で発現上昇することが報告されている(非特許文献7)。しかしながら、CCN1の心筋細胞に対する直接作用や心臓における血管新生作用については報告はなく、CCN1を虚血性心疾患などの心疾患の治療に利用する試みも全く報告されていない。
【非特許文献1】Oncogene, 21, 8178, 2002
【非特許文献2】J. Biol. Chem., 279, 53087, 2004
【非特許文献3】Clin. Cancer Res., 11, 7243, 1005
【非特許文献4】Mol. Cell. Biol., 16, 1326, 1996
【非特許文献5】Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95, 6355, 1998
【非特許文献6】Hum. Gene Ther., 13, 1461, 2002
【非特許文献7】Circulation, 109, 2227, 2004
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は心疾患の予防及び/又は治療のための医薬を提供することにある。より具体的には、心臓における酸化ストレスを軽減することができ、酸化ストレスに引き続いて生じる心筋細胞のアポトーシスを抑制することができる医薬を提供することが本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、発生期の心臓に発現する分泌因子をコードする遺伝子をクローニングする過程でCCN1タンパク質が胎生期の心臓に特異的に発現していることを見いだした。この知見はCCN1タンパク質が胎生期において心臓や冠動脈の形成に関与している可能性を示している。本発明者らは心臓におけるCCN1タンパク質の役割をさらに研究したところ、CCN1タンパク質が心筋細胞を酸化ストレスから保護してアポトーシスを抑制しており、心臓においても血管新生作用を発揮し、心機能の改善作用を有することを見出した。本発明は上記の知見を基にして完成された。
【0006】
すなわち、本発明により、CCN1タンパク質又はCCN1タンパク質をコードする遺伝子を有効成分として含む心疾患の予防及び/又は治療のための医薬が提供される。上記発明の好ましい態様によれば、心疾患が虚血性心疾患、好ましくは狭心症又は急性心筋梗塞である上記の医薬、及び心疾患が心不全又は心筋症である上記の医薬が提供される。
また、本発明により、CCN1タンパク質又はCCN1タンパク質をコードする遺伝子を有効成分として含む心機能改善剤、CCN1タンパク質又はCCN1タンパク質をコードする遺伝子を有効成分として含む心臓の血管新生促進剤、酸化ストレスからの心臓の保護剤であって、CCN1タンパク質又はCCN1タンパク質をコードする遺伝子を有効成分として含む保護剤、酸化ストレスに起因する心臓のアポトーシスの抑制剤であって、CCN1タンパク質又はCCN1タンパク質をコードする遺伝子を有効成分として含む抑制剤が提供される。
【0007】
さらに、本発明により、心疾患の予防及び/又は治療方法であって、ヒトを含む哺乳類動物にCCN1タンパク質を投与する工程を含む方法、好ましくはCCN1タンパク質を心臓に局所投与する工程を含む方法が提供される。また、心疾患の予防及び/又は治療方法であって、ヒトを含む哺乳類動物にCCN1タンパク質をコードする遺伝子を含むベクターを投与する工程を含む方法も本発明により提供される。この発明の好ましい態様によれば、上記ベクターを心臓に局所投与する工程を含む方法が提供される。
さらに、上記の医薬の製造のためのCCN1タンパク質又はCCN1タンパク質をコードする遺伝子の使用も本発明により提供される。
【発明の効果】
【0008】
本発明の医薬は、例えば虚血性心疾患のような心疾患の予防及び/又は治療のための医薬として有用である。特に、本発明の医薬は心筋細胞を酸化ストレスから保護してアポトーシスを抑制する作用を有しており、心臓においても血管新生作用を発揮して心機能を改善する作用を有するので、心筋梗塞などの虚血性心疾患を有効に治療することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の医薬の有効成分であるCCN1タンパク質はCyr61(cystein-rich 61)タンパク質としても知られており、ヒトCCN1タンパク質のアミノ酸配列はGenPept NP_001545記載されている。また、CCN1タンパク質をコードする遺伝子(以下、CCN1遺伝子と呼ぶ場合がある)の存在も知られており、ヒトCCN1遺伝子の核酸配列はGenBank NM_001554に記載されている。従って、該タンパク質及び遺伝子の情報はいずれも当業者に利用可能である。
【0010】
本発明の医薬の有効成分としては、哺乳類動物由来の野生型CCN1タンパク質のほか、上記野生型CCN1タンパク質のアミノ酸配列において1個又は数個のアミノ酸が置換、挿入、及び/又は欠失しており、哺乳類動物の生体内において野生型CCN1タンパク質と実質的に同様な作用を発揮できる改変CCN1タンパク質を用いてもよい。本発明の医薬をヒトに適用する場合には、ヒト由来の野生型CCN1タンパク質、又はヒト由来の野生型CCN1タンパク質のアミノ酸配列において1個又は数個のアミノ酸が置換、挿入、及び/又は欠失しており、ヒトの生体内においてヒト由来の野生型CCN1と実質的に同様な作用を発揮できる改変CCN1タンパク質を用いることが好ましい。本明細書において「CCN1タンパク質」と呼ぶ場合には、野生型CCN1タンパク質及び改変CCN1タンパク質の両者を包含する。
【0011】
本明細書において1から数個のアミノ酸の欠失、置換及び/又は付加を有するアミノ酸配列に言及する場合、「1から数個」の範囲は特には限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1から5個、特に好ましくは1から3個程度である。上記の改変CCN1タンパク質のアミノ酸配列は野生型タンパク質のアミノ酸配列に対して例えば70%以上の相同性を有しており、好ましくは80%以上、さらに好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%、特に好ましくは95%以上の相同性を有する。
【0012】
本発明の医薬の有効成分としては、哺乳類動物由来の野生型CCN1遺伝子のほか、上記野生型CCN1タンパク質のアミノ酸配列において1から数個のアミノ酸が置換、挿入、及び/又は欠失しており、哺乳類動物の生体内において野生型CCN1タンパク質と実質的に同様な作用を発揮できる改変CCN1タンパク質をコードするDNAを用いてもよい。本発明の医薬をヒトに適用する場合には、ヒト由来の野生型CCN1遺伝子、又はヒト由来の野生型CCN1タンパク質のアミノ酸配列において1個又は数個のアミノ酸が置換、挿入、及び/又は欠失しており、ヒトの生体内においてヒト由来の野生型CCN1タンパク質と実質的に同様な作用を発揮できる改変CCN1タンパク質をコードするDNA(以下、改変CCN1遺伝子と呼ぶ場合がある)を用いることが好ましい。本明細書において「CCN1遺伝子」と呼ぶ場合には、野生型CCN1遺伝子及び改変CCN1遺伝子の両者を包含する。
【0013】
例えば、上記改変CCN1遺伝子として、野生型CCN1遺伝子に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAを用いることができる。そのようなDNAは野生型CCN1遺伝子の核酸配列において1から数個の塩基が置換、挿入、及び/又は欠失する塩基配列を有する場合がある。「1から数個」の範囲は特には限定されないが、例えば、1から40個、好ましくは1から30個、より好ましくは1から20個、より好ましくは1から10個、さらに好ましくは1から5個、特に好ましくは1から3個程度である。ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAとしては、野生型CCN1遺伝子の塩基配列と一定以上の相同性を有するDNAが挙げられ、例えば70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは93%以上、特に好ましくは95%以上、最も好ましくは98%以上の相同性を有するDNAが挙げられる。
【0014】
本明細書において「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列」とは、例えば、野生型CCN1遺伝子DNAをプローブとして使用し、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法、又はサザンブロットハイブリダイゼーション法等を用いることにより得られるDNAの塩基配列を意味しており、例えば、コロニー又はプラーク由来のDNA又は該DNAの断片を固定化したフィルターを用いて、0.7〜1.0 MのNaCl存在下、65℃でハイブリダイゼーションを行った後、0.1〜2×SSC溶液(1×SSC溶液は、150 mM塩化ナトリウム、15 mMクエン酸ナトリウム)を用い、65℃条件下でフィルターを洗浄することにより同定できるDNA等を挙げることができる。ハイブリダイゼーションはMolecular Cloning: A laboratory Manual, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY.,1989(以下、「モレキュラークローニング第2版」と略す場合がある)等に記載されている方法に準じて行うことができる。
【0015】
野生型CCN1タンパク質若しくは上記改変タンパク質、又は野生型CCN1遺伝子若しくは改変CCN1遺伝子の取得方法は特に限定されない。上記刊行物に記載された野生型CCN1タンパク質のアミノ酸配列情報又は野生型CCN1遺伝子の核酸配列情報を利用して適当なブローブやプライマーを調製し、それらを用いて真核生物のcDNAライブラリーをスクリーニングすることにより野生型CCN1遺伝子を単離することができる。例えば、PCR法により野生型CCN1遺伝子を取得することもできる。真核生物由来の染色体DNAライブラリー又はcDNAライブラリーを鋳型として使用し、野生型CCN1遺伝子を増幅できるように設計した1対のプライマーを用いてPCRを行うことができる。PCRの反応条件は適宜設定することができ、例えば、94℃で30秒間(変性)、55℃で30秒〜1分間(アニーリング)、72℃で2分間(伸長)からなる反応工程を1サイクルとして、例えば30サイクル行った後、72℃で7分間反応させる条件などを挙げることができる。次いで、増幅されたDNA断片を、大腸菌等の宿主で増幅可能な適切なベクター中にクローニングすることができる。
【0016】
上記のプローブ又はプライマーの調製、cDNAライブラリーの構築、cDNAライブラリーのスクリーニング、並びに目的遺伝子のクローニングなどの手法は当業者に周知かつ慣用であり、例えば、モレキュラークローニング第2版、Current Protocols in Molecular Biology, Supplement 1〜38, John Wiley & Sons (1987-1997)等に記載の方法に準じて行うことができる。
【0017】
また、改変CCN1遺伝子は、例えば、アミノ酸配列の情報に基づいて、化学合成、遺伝子工学的手法、又は突然変異誘発などの当業者に既知の任意の方法で作製することができる。例えば、野生型CCN1遺伝子に対して変異原となる薬剤と接触作用させる方法、紫外線を照射する方法、又は遺伝子工学的手法等を用いて上記DNAを入手することができる。遺伝子工学的手法の一つである部位特異的変異誘発法は特定の位置に特定の変異を導入できる手法であることから有用であり、例えば、モレキュラークローニング第2版、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジー等に記載の方法に準じて行うことができる。
【0018】
野生型CCN1タンパク質又は改変CCN1タンパク質の取得方法は特に制限されないが、典型的には、上記の方法により野生型CCN1遺伝子又は改変CCN1遺伝子を取得して、このDNAを適当な発現系に導入して発現させることにより取得することができる。野生型CCN1遺伝子又は改変CCN1遺伝子は、適当なベクター中に挿入して使用することができる。ベクターの種類は特に限定されず、例えば、自立的に複製するベクター(例えばプラスミド等)、あるいは宿主細胞に導入された際に宿主細胞のゲノムに組み込まれ、組み込まれた染色体と共に複製されるベクターなどを利用できる。好ましくは発現ベクターを用いることができ、発現ベクターにおいて野生型CCN1遺伝子又は改変CCN1遺伝子は転写に必要な要素(例えばプロモーター等)が機能的に連結されていることが望ましい。プロモータは宿主細胞において転写活性を示すDNA配列であり、宿主の種類に応じて適宜選択することができる。
【0019】
細菌細胞で作動可能なプロモータとしては、バチルス・ステアロテルモフィルス・マルトジェニック・アミラーゼ遺伝子(Bacillus stearothermophilus maltogenic amylase gene)、バチルス・リケニホルミスαアミラーゼ遺伝子(Bacillus licheniformis alpha-amylase gene)、バチルス・アミロリケファチエンス・BANアミラーゼ遺伝子(Bacillus amyloliquefaciens BAN amylase gene)、バチルス・サブチリス・アルカリプロテアーゼ遺伝子(Bacillus Subtilis alkaline protease gene)若しくはバチルス・プミルス・キシロシダーゼ遺伝子(Bacillus pumilus xylosldase gene)のプロモータ、又はファージ・ラムダのPR若しくはPLプロモータ、大腸菌の lac、trp、若しくはtacプロモータなどが挙げられる。
【0020】
哺乳動物細胞で作動可能なプロモータの例としては、SV40プロモータ、MT-1(メタロチオネイン遺伝子)プロモータ、またはアデノウイルス2主後期プロモータなどがある。昆虫細胞で作動可能なプロモータの例としては、ポリヘドリンプロモータ、P10プロモータ、オートグラファ・カリホルニカ・ポリヘドロシス塩基性タンパクプロモータ、バキュウロウイルス即時型初期遺伝子1プロモータ、又はバキュウロウイルス39K遅延型初期遺伝子プロモータ等がある。酵母宿主細胞で作動可能なプロモータの例としては、酵母解糖系遺伝子由来のプロモータ、アルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子プロモータ、TPI1プロモータ、ADH2-4cプロモータなどが挙げられる。糸状菌細胞で作動可能なプロモータの例としては、ADH3プロモータまたはtpiAプロモータなどがある。
【0021】
また、上記発現ベクターにおいて野生型CCN1遺伝子又は改変CCN1遺伝子は必要に応じて適切なターミネータに機能的に結合されてもよい。発現ベクターは転写エンハンサ配列(例えばSV40エンハンサ)などの要素を有していてもよい。上記発現ベクターは、該ベクターが宿主細胞内で複製することを可能にするDNA配列を有していてもよい。その一例としては、宿主細胞が哺乳類細胞の場合におけるSV40複製起点が挙げられる。
【0022】
発現ベクターは選択マーカーを含有してもよい。選択マーカーとしては、例えば、ジヒドロ葉酸レダクターゼ(DHFR)若しくはシゾサッカロマイセス・ポンベTPI遺伝子等のようなその補体が宿主細胞に欠けている遺伝子、又は例えばアンピシリン、カナマイシン、テトラサイクリン、クロラムフェニコール、ネオマイシン、若しくはヒグロマイシンのような薬剤耐性遺伝子を挙げることができる。野生型CCN1遺伝子又は改変CCN1遺伝子、プロモータ、並びに所望によりターミネータ及び/又は分泌シグナル配列などをそれぞれ連結し、これらを適切なベクターに挿入する方法は当業者に周知である。
【0023】
上記発現ベクターを適当な宿主に導入することによって形質転換体を作製することができ、該形質転換体を培養して野生型CCN1タンパク質又は改変CCN1タンパク質を調製することができる。宿主細胞は上記遺伝子を発現できる限り特にその種類は限定されない。例えば、細菌(例えば、Escherichia属、Bacillus属等)、酵母(Saccharomyces属、Pichia属、Candida属等)、動物細胞(CHO細胞、COS細胞等)、昆虫細胞(Sf-9細胞、Hi-five細胞等)等を用いることができる。培養時の培地としては液体培地が適当であり、当該培地中には培養する形質転換細胞の生育に必要な炭素源、窒素源等が含まれることが特に好ましい。所望によりビタミン類、成長促進因子、血清などを添加することができる。宿主細胞への発現ベクターの導入方法としては、例えば、エレクトロポーレーション法、リン酸カルシウム法、又はリポフェクション法等の適宜の方法を用いることができる。
【0024】
得られた野生型CCN1タンパク質又は改変CCN1タンパク質は常法に従って精製して、本発明の医薬の有効成分として用いることができる。精製手段としては、例えば、溶媒抽出法、硫安等による塩析法、脱塩法、有機溶媒による沈殿法、ジエチルアミノエチル(DEAE)セファロース等のレジンを用いた陰イオン交換クロマトグラフィー法、S-Sepharose FF(ファルマシア社製)等のレジンを用いた陽イオン交換クロマトグラフィー法、ブチルセファロース、フェニルセファロース等のレジンを用いた疎水性クロマトグラフィー法、分子篩を用いたゲルろ過法、アフィニティークロマトグラフィ一法、クロマトフォーカシング法、等電点電気泳動等の電気泳動法等の手法を単独あるいは組み合わせて用いることができるが、これらに限定されることはない。
【0025】
上記の野生型CCN1タンパク質又は改変CCN1タンパク質を有効成分として含む本発明の医薬は、通常の蛋白質製剤の調製方法に従って製剤化することができる。野生型CCN1遺伝子若しくは改変CCN1遺伝子又はそれらを組み込んだ発現ベクターを有効成分として含む本発明の医薬も、当業界で利用可能な手段で製剤化して用いることができる。野生型CCN1遺伝子若しくは改変CCN1遺伝子を含む本発明の医薬としては、上記の発現ベクターのうち、ヒトを含む哺乳類動物の生体内において野生型CCN1タンパク質又は改変CCN1タンパク質を効率的に発現することができるベクターを用いることができる。このベクターには、遺伝子発現のために必要な配列や遺伝子発現を促進する各種の配列を適宜の順番で組み込むことが好ましい。目的の遺伝子を生体内、好ましくは特定の臓器や組織内において発現させる遺伝子治療は当業界で種々行われており、それらの遺伝子治療方法に準じて上記発現ベクターを含む本発明の医薬を用いることにより、CCN1タンパク質又は改変CCN1タンパク質を生体内、好ましくは心臓内で発現させ、効率的な遺伝子治療を行うことができる。
【0026】
本発明の医薬は、心筋細胞を酸化ストレスから保護してアポトーシスを抑制する作用を有している。また、本発明の医薬は、心臓において血管新生作用を発揮し、心機能を改善する作用を有する。従って、本発明の医薬は、各種の心疾患の予防及び/又は治療のための医薬として用いることができる。特に好ましい適用対象は心筋細胞に強い酸化ストレスを負荷する心疾患であり、より具体的には虚血性心疾患、例えば狭心症や急性心筋梗塞などが挙げられる。また、急性心筋梗塞に対して行われる経皮的冠動脈形成術(PTCA)や経皮的冠動脈インターベンション(PCI)などのバルーンカテーテル又はステントなどを用いた治療における血流再開通時の酸化ストレスの軽減、PTCAやPCIの施術後に高い頻度で発生する再狭窄の予防、冠動脈大動脈バイパス手術(CABG又はOPCAB)における血流再開通時の酸化ストレス軽減のために本発明の医薬を好適に使用することができる。さらに、本発明の医薬は心臓における血管新生作用及び心機能改善作用を有していることから、心筋症(肥大型心筋症、2次性心筋肥大、拡張型心筋症、拘束型心筋症など)、心筋炎、心不全、心内膜炎(細菌性心内膜炎など)、心臓弁膜症(僧帽弁閉鎖不全など)、心膜炎(急性心膜炎、慢性収縮性心膜炎など)、先天性心疾患(心房中隔欠損、心室中隔欠損など)、心臓性喘息、肺性心などの心疾患の予防及び/又は治療に本発明の医薬を用いることができる。もっとも、本発明の医薬の適用対象は上記の疾患に限定されることはない。
【0027】
本発明の医薬の適用方法は特に限定されないが、一般的には静脈内投与、皮下投与、筋肉内投与、吸入などの非経口的な全身投与や心臓への注射による局所投与などを採用することができる。もっとも、投与経路は有効成分の種類、心疾患の種類や症状などのに応じて適宜選択可能であることは言うまでもない。本発明の医薬は一般的には1又は2種以上の製剤用添加物を用いて非経口投与形態の医薬組成物として調製することができる。製剤用添加物の種類は特に限定されず、一般的にタンパク質製剤又は核酸製剤の調製に用いられる製剤用添加物を選択して、必要に応じて適宜組み合わせて用いることができる。
【0028】
好ましい製剤形態として凍結乾燥状態の用時調製可能な注射剤又は点滴剤、あるいは静脈内投与形態の溶液状の注射剤又は点滴剤などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。注射剤の製造のための製剤用添加物としては、例えばpH調節剤、緩衝剤、等張化剤、溶解補助剤、無痛化剤、安定化剤、防腐剤、又は抗酸化剤などを挙げることができ、凍結乾燥形態の医薬の製造のためには上記の製剤用添加物のほかさらに賦形剤などを用いることができるが、これらに限定されることはない。本発明の医薬の有効成分を含むコーティングをバルーンカテーテルや留置ステントに施して上記有効成分が冠動脈内で徐々に放出されるようにしてもよく、あるいは開胸手術中に本発明の医薬を心臓に直接塗布することもできる。また、心臓内に本発明の医薬が特異的に集積するように任意のドラッグデリバリーシステムを利用することもできる。
なお、本発明の医薬の投与量は特に限定されず、心疾患の種類、予防又は治療の目的、患者の年齢、症状、体重、性別などにより適宜選択できるが、一般的には一日あたり1mg〜20mg程度である。
【実施例】
【0029】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
例1:ラット培養心筋細胞におけるCCN1の心筋細胞保護効果
活性酸素の産生による酸化ストレスは、急性心筋梗塞における再潅流障害や慢性心不全におけるリモデリングの過程で心筋障害を引き起こす重要な因子となっていることが示されており、心筋細胞を酸化ストレスから保護することは心機能の維持、改善という観点から重要である。そこで、CCN1の酸化ストレスからの心筋細胞保護効果について検討した。なお、以下の実験に用いたCCN1リコンビナントタンパク質は改訂第3版タンパク質実験ノート(羊土社、2004)等に記載された方法で調製した。
【0030】
生後2〜3日のラット新生児の心臓にコラゲナーゼ及びトリンプシン処理を行って初代培養心筋細胞を作製した。血清を含む培地で24時間、さらに血清を含まない培地で24時間培養した後、2 μg/mlのCCN1又はPBSを加えて24時間培養した。これらに200 mMのH2O2を添加して酸化ストレスを加え、24時間後にcalceinとPIを用いて生細胞と死細胞を染め分けて生細胞の比率を数えた。結果を図1に示す。心筋細胞の生存率はコントロール(PBS)では21%であったが、2μg/mlのCCN1を加えた心筋細胞では69%であり、CCN1は酸化ストレス下において心筋細胞の生存率を有意に上昇させることが示された。また、H2O2を加えて24時間後にTUNEL染色を行ってアポトーシスを起こしている細胞数を数えた。結果を図2に示す。TUNEL陽性細胞はコントロールで42%、CCN1添加で23%でありCCN1は酸化ストレスによる心筋細胞のアポトーシスを有意に抑制することが示された。
【0031】
さらに、CCN1によって誘導される心筋細胞内シグナルをウェスタンブロット法で解析した。心筋細胞を分離後、血清を含む培地で24時間、さらに血清を含まない培地で24時間培養した後、2μg/mlのCCN1又はPBSを加えて30分及び60分後に細胞を溶かして蛋白を分離し、ウエスタンブロットにてAkt、ERK、リン酸化Akt、及びリン酸化ERKの量を比較した。結果を図3に示す。CCN1により心筋細胞でAktとERKのリン酸化が促進されることが判明した。
【0032】
そこで、CCN1による酸化ストレス下での心筋細胞生存作用がこれらのシグナルを介して伝達されるかどうか調べるために、CCN1とともにPI3K-Aktの阻害薬であるwortmannin、MEK-ERKの阻害薬であるPD098059を加えて、CCN1の生存作用に対する効果を検討した。心筋細胞を分離後、血清を含む培地で24時間、さらに血清を含まない培地で24時間培養した後、2μg/mlのCCN1、CCN1+100μM wortmanin (PI3K-Aktの阻害薬)、CCN1+30μM PD98059(MEK-ERKの阻害薬)、又はPBSを加えて24時間培養した後、200 mMのH2O2を添加して酸化ストレスを加え、24時間後にcalceinとPIを用いて生細胞と死細胞を染め分けて生細胞の比率を数えた。その結果、CCN1による心筋細胞生存効果はAktとERKの両者、特にAktを介して発揮されていることが明らかとなった(図4)。
これらの実験結果より、CCN1は血管新生作用に加えて酸化ストレス下における心筋細胞生存効果をあわせもつタンパク質であることが示された。
【0033】
例2:CCN1の心筋梗塞モデルにおける心機能改善効果
CCN1の虚血性心疾患における効果を検討するためにラット心筋梗塞モデルを用いた実験を行った。ラットの前下行枝を結紮し4週間後に心エコー検査を実施して期待したサイズの心筋梗塞ができたラット(50匹中の20匹)を選別し、それらをランダムに2群(CCN1群及びPBS群)に分けて、全身麻酔下に再開胸し、CCN1群(10匹)には100μgのCCN1を含んだゼラチンシートを心臓表面に広げ、PBS群(10匹)にはPBSのみを含ませたゼラチンシートを心臓表面に広げて手術を終了した。手術4週間後、全身麻酔下で心臓エコー検査、ミラーカテーテル検査を実施した。これらの検査後、安楽死させて心臓を取り出し組織検査を行った。
【0034】
心臓エコー検査は胸壁から左室拡張期径、左室収縮期径、駆出率、左室中隔厚、左室自由壁厚を測定した。ミラーカテーテル検査は、ラット頸動脈から左心室までカテーテルを挿入し、心臓の収縮能、拡張能の指標であるdP/dt、-dP/dtをはじめ各種パラメーターを測定した。組織検査ではH&E染色で形態を調べるとともに、抗von Willebrand 因子抗体で血管内皮細胞を染色し、梗塞部に近接する部位での毛細血管密度(capillary density)を測定した。血管密度はCCN1投与群で有意に高くなっていることが示され(図5)、CCN1の投与により心臓における血管新生が促進されることが明らかとなった。さらに、ミラーカテーテル検査では収縮機能、拡張機能の指標であるdP/dt及び-dP/dtはCCN1投与群で有意に高く(図6)、CCN1投与によりコントロール群に比べ有意に心機能が改善していることが示された。
以上の結果から、CCN1が虚血性心疾患において心臓血管新生を促進し、さらに心機能を改善することが示された。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】CCN1存在下における心筋細胞の生存率を示した図である。
【図2】CCN1により心筋細胞のアポトーシスが抑制されていることを示した図である。
【図3】CCN1によって誘導される心筋細胞内シグナルをウェスタンブロット法で解析した結果を示した図である。
【図4】CCN1の心筋細胞保護効果はおもにAktの活性化を介していることを示した図である。
【図5】CCN1により虚血心臓において血管新生が促進されることを示した図である。
【図6】CCN1の心機能改善作用を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
CCN1タンパク質又はCCN1タンパク質をコードする遺伝子を有効成分として含む心疾患の予防及び/又は治療のための医薬。
【請求項2】
心疾患が虚血性心疾患、心不全、又は心筋症である上記の医薬。
【請求項3】
虚血性心疾患が急性心筋梗塞又は狭心症である上記の医薬。
【請求項4】
CCN1タンパク質又はCCN1タンパク質をコードする遺伝子を有効成分として含む心機能改善剤。
【請求項5】
CCN1タンパク質又はCCN1タンパク質をコードする遺伝子を有効成分として含む心臓の血管新生促進剤。
【請求項6】
酸化ストレスからの心臓の保護剤であって、CCN1タンパク質又はCCN1タンパク質をコードする遺伝子を有効成分として含む保護剤。
【請求項7】
酸化ストレスに起因する心臓のアポトーシスの抑制剤であって、CCN1タンパク質又はCCN1タンパク質をコードする遺伝子を有効成分として含む抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−1646(P2008−1646A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−173567(P2006−173567)
【出願日】平成18年6月23日(2006.6.23)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】