説明

心筋活動電位測定用プローブ及び心筋活動電位の測定方法

【課題】心臓の運動に起因するノイズの発生を抑制する、心筋活動電位測定用プローブ及び心筋活動電位の測定方法を提供すること。
【解決手段】導線と、前記導線を被覆する被膜とを有する可撓性の被覆導線と、心筋に刺し入れられる刺入電極を有し、前記刺入電極が、前記被覆導線の先端に固定され、且つ前記導線に電気的に接続されていること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心筋活動電位測定用プローブ及び心筋活動電位の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
心臓に係る研究や医薬品の開発にとって、心筋の活動電位の測定は重要である。心筋細胞の活動電位は、心筋の細胞膜に微細ガラス電極を吸着させるパッチクランプ法により測定することができる。一方、複数の心筋細胞が集合した心筋組織の平均的活動電位(以下、心筋活動電位と呼ぶ)は、心筋組織に微細ガラス電極を刺入する方法や、心筋組織に電極を押し付けた後吸着させるフランク法(Frank法)により測定することができる。しかし、これらの方法を、呼吸運動や拍動により運動している心臓に適用することは困難である。
【0003】
このような状況に鑑み、本発明者は、針状の電極を心筋に刺入することにより、運動中の心臓の活動電位を測定する方法を開発した。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Junko Saito, Shinichi Niwano, Hiroe Niwano, Takayuki Inomata, Yoshihiro Yumoto, Kazuko Ikeda, Kimiatsu Inouo, Jisho Kojima, Minoru Horie, and Tohru Ishuzumi, "Elecrical Remodeling of Ventricular Myocardium in Myocarditis -Studies of Rat Experimental Autoimmune Mycarditis-", Ciculation Journal Vol.66, 97-103, 2002.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、この方法でも、実験動物の心臓の運動により、刺入電極が心筋組織内でその刺入経路に沿って揺れ動き、刺入電極と心筋組織の電気的接触が不良になりやすい。刺入電極と心筋組織の間に接触不良が起きると、測定信号にノイズが誘起され、心電図(心筋活動電位と時間の関係を表すグラフ)のSN比(signal to noise ratio)が劣化する。このノイズは、心臓の研究に重要な単相性活動電位(monophasic action potential; MAP)の測定にとって、極めて有害である。
【0006】
そこで、本発明の目的は、呼吸運動や心臓の拍動に起因するノイズ発生を抑制する、心筋活動電位測定用プローブ及び心筋活動電位の測定方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、本発明の第1の観点によれば、導線と、前記導線を被覆する被膜とを有する可撓性の被覆導線と、心筋に刺し入れられる刺入電極を有し、前記刺入電極が、前記被覆導線の先端に固定され、且つ前記導線に電気的に接続されている心筋活動電位測定用プローブが提供される。
【0008】
また、本発明の第2の観点によれば、導線と、前記導線を被覆する被膜とを有する可撓性の被覆導線と、心筋に刺し入れられる刺入電極を有し、前記刺入電極が、前記被覆導線の先端に固定され、且つ前記導線に電気的に接続されている心筋活動電位測定用プローブの前記刺入電極を、運動中の心臓に刺し入れる第1の工程と、前記被覆導線の第1の部位に力を加えて前記先端を前記心臓に押し当てて、前記先端と前記第1の部位の間で、前記被覆導線を撓ませる第2の工程と、前記先端と前記第1の部位の間を撓ませたまま、前記被覆導線の第2の部位を固定する第3の工程と、前記心臓を有する生体に装着した参照電極と前記刺入電極の間の電圧を測定する第4の工程を有する心筋活動電位の測定方法が提供される。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、呼吸運動や心臓の拍動に起因するノイズの発生を抑制した、心筋活動電位の測定が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実施の形態の心筋活動電位測定用プローブの断面図である。
【図2】実施の形態の心筋活動電位の測定方法に使用する、心筋活動電位測定システムの構成を説明する図である。
【図3】心筋活動電位測定用プローブを、実験動物の心臓に装着する工程を説明する図である。
【図4】実施の形態により測定したMAPを説明する図である。
【図5】比較例の心筋活動電位測定用プローブを、実験動物の心臓に装着する工程を説明する図である。
【図6】比較例により測定したMAPを説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面にしたがって本発明の実施の形態について説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれらの実施の形態に限定されず、特許請求の範囲に記載された事項とその均等物まで及ぶものである。尚、図面が異なっても対応する部分には同一符号を付し、その説明を省略する。
【0012】
(1)心筋活動電位測定用プローブの構成
図1は、本実施の形態の心筋活動電位測定用プローブ2の断面図である。
【0013】
本実施の形態の心筋活動電位測定用プローブ2は、図1に示すように、導線4と、導線4を被覆する絶縁性の被膜6とを有する可撓性の被覆導線8を有している。ここで、導線4は、例えば、複数のニッケル・コバルト合金の細線又は複数の銅線を縒り合わせて形成した縒り線である。また、被膜6は、例えば、ポリウレタン又はシリコーンで形成した被膜である。被覆導線8の可撓性(一端が固定された状態で押されると曲がり、押す力が取り除かれると形状が元の直線状に戻る性質)は、このポリウレタン又はシリコーンの弾力性による。このような被覆導線8としては、例えばペースメーカのリード線がある。この被覆導線8の長さは、例えば、0.1〜2.0mである。
【0014】
また、心筋活動電位測定用プローブ2は、心筋に刺し入れられる刺入電極10を有している。本実施の形態の刺入電極10は、図1に示すように、白金又はタングステン製の導電性の針である。ここで、刺入電極10は、導線4の先端に半田又は圧着スリーブにより電気的に接続されている。また、刺入電極10は、熱収縮チューブ12により、被覆導線8の先端に固定されている。
【0015】
ここで、刺入電極10の長さは、例えば、1〜5mmである。また、刺入電極10の直径は、0.1〜0.4mmである。このように、本実施の形態の刺入電極10は、微細な電極である。但し、実験動物が大型の場合には、刺入電極は、より大型であってもよい。
【0016】
また、心筋活動電位測定用プローブ2は、被覆導線8の終端に設けられた接続端子(プラグ)14を有している。この接続端子14の電極16には、導線4の終端が、電気的に接続されている。
【0017】
(2)心筋活動電位の測定方法
次に、図1の心筋活動電位測定用プローブ2を用いた、心筋活動電位の測定方法を説明する。図2は、本実施の形態の心筋活動電位の測定方法に使用する、心筋活動電位測定システム18の構成を説明する図である。尚、図2には、測定対象である実験動物34や実験台32も図示されている。
【0018】
図2に示すように、本方法に用いる心筋活動電位測定システム18は、上述した心筋活動電位測定用プローブ2と、参照電極19が先端に設けられた被覆導線20からなるケーブル22とを有している。尚、参照電極は、例えば、ステンレス・フック電極である。
【0019】
また、心筋活動電位測定システム18は、心筋活動電位測定用プローブ2の接続端子16及びケーブル22の終端に設けられた接続端子24が接続される、生体用増幅器(polygraph)26と、生体用増幅器26に接続されたアナログデジタル変換機28と、アナログデジタル変換機28に接続されたコンピュータ30を有している。
【0020】
本実施の形態の心筋活動電位の測定方法は、このシステムを用いて、以下の手順に従って行われる。
【0021】
(i)実験動物の処置
まず、実験台32の上で実験動物(マウス、ラット等)34の胸を開き、その心臓36を露出させる(図2参照)。その後、ケーブル22の先端の参照電極19を、実験動物34の胸壁の皮下組織に固定する。すなわち、心臓36を有する生体(実験動物34)に参照電極19を装着する。その後、例えば粘着テープ(図示せず)により、ケーブル22を、実験台32に固定する。
【0022】
(ii)刺入工程
図3は、心筋活動電位測定用プローブ2を実験動物の心臓に装着する工程を説明する図である。尚、図3では、実験動物の体(心臓は除く)は、省略されている。
【0023】
本工程では、図3(a)のように、刺入電極10を、被覆導線8の、刺入電極10に近い部位P1を持って、運動中の心臓36に刺し入れる(刺して入れる)。
【0024】
(iii)撓ませ工程及び固定工程
次に、部位P1より後方の部位P2を把持し、部位P1から手を離す。その後、この部位P2に力を加えて被覆導線8の先端38を心臓36に押し当てて、先端38と部位P2の間で、被覆導線8を撓ませる(図3(b)参照)。
【0025】
次に、先端38と部位P2の間を撓ませたまま、部位P2より少し後方の部位を、例えば粘着テープ40により、実験台32に固定する(図3(b)参照)。その後、更に後方の部位を粘着テープ40aで固定して、被覆導線8を確実に実験台32に固定する。
【0026】
以上のように、被覆導線8は、運動中の心臓36に刺入電極10を刺入し、被覆導線8の一部分(部位P2)に力を加えて刺入電極10を心臓36に押し当てた時に、先端38と上記一部分(部位P2)の間で撓むように形成されている。
【0027】
ところで、心臓36は、常に拍動している。更に、心臓全体が、実験動物の呼吸に合わせて揺れ動いている。このような心臓36の運動に追随できない場合、刺入電極10は、刺入経路に沿って心筋組織内を動き回ることになる。
【0028】
しかし、本実施の形態によれば、被覆導線8の撓みにより、その先端38が常に心臓36に押し当てられるので、刺入電極10は、心臓の運動に追随して移動する。従って、刺入電極10が、心筋組織内を動き回ることはない。すなわち、刺入電極10は、心筋組織に対して固定されている。
【0029】
(iv)活動電位の測定工程
次に、参照電極19と刺入電極10の間の電圧を、生体用増幅器26で増幅する。次に、この電圧を、アナログデジタル変換機28でデジタル信号に変換する。その後、このデジタル信号をコンピュータ30が取り込み、そのハードディスク(図示せず)に記録する。この電圧の記録は、実験動物に対する実験(例えば、医薬に対する反応を調べる実験)の間継続する。以上により、参照電極19と刺入電極10の間の電圧を測定する。
【0030】
コンピュータ30は、実験中及び実験後、操作者の指令に応答して、ハードディスクに記録した、上記電圧に対応するデータをグラフ化し、その表示画面又はプリンタ(図示せず)に出力する。
【0031】
生体用増幅器26は、通過帯域の遮断周波数を所望の値に設定できる、バンドパスフィルタを有している。通常の心筋活動電位の測定では、低周波側の遮断周波数を例えば50Hzに設定し、高周波側の遮断周波数を300Hzに設定する。低周波側の遮断周波数を50Hzに設定した場合、細胞膜の脱分極に伴う急激な心筋活動電位の変化は測定できるが、細胞膜の再分極に伴う緩やかな心筋活動電位の変化を測定することはできない。
【0032】
このような再分極に伴う緩やかな心筋活動電位の変化は、低周波側の遮断周波数を、例えば、0〜5Hzに設定することにより測定することができる。このような方法で測定される心筋活動電位は、単相性活動電位(monophasic action potential; MAP)と呼ばれ、近年その重要性が注目されている。
【0033】
図4は、本実施の形態により測定したMAPを説明する図である。測定時のバンドパスフィルタの低周波側の遮断周波数は5Hzであり、高周波側の遮断周波数は300Hzである。横軸は時間であり、縦軸は心筋活動電位である。
【0034】
図4に示すように、本実施の形態により測定したMAPは、SN比の高い明瞭な心電図である。
【0035】
心筋組織と刺入電極10の間の電気的接触が良好でないと、商用交流電源等(例えば、周波数50Hz)からのノイズが、生体用増幅器26の入力信号に誘起される。ところで、MAPの測定では、上述したように、低周波側の遮断周波数を数Hz以下に設定する。このため、商用交流電源等からの低周波ノイズが生体用増幅器26の入力信号に重畳されると、生体用増幅器26は、このノイズを除去することができず、そのまま増幅してしまう。その結果、ノイズの多いMAPが、測定されてしまう。
【0036】
しかし、本実施の形態によれば、撓んだ被覆導線8により、その先端38が常に心臓36に押し当てられている。このため、心臓36の運動に追随して動くので、刺入電極10は、心筋組織内を動き回ることはない。すなわち、刺入電極10は、心筋組織に対して固定されている。従って、心筋組織と刺入電極10の間の電気的接触は常に良好であり、殆どノイズが発生しない。故に、MAPのSN比が、高くなる。
【0037】
(3)比較例
本比較例の心筋活動電位測定用プローブの構成は、上記実施の形態の心筋活動電位測定用プローブ2の構成と略同じである。但し、本比較例の被覆導線は、銅の縒り線を、ポリ塩化ビニールで被覆した被覆導線である。この被覆導線は、電気装置の内部配線に広く用いられている電気ケーブルである。この被覆導線は非可撓性なので、外力が加えられると折れ曲がり、元の形状には戻らない。
【0038】
図5は、本比較例の心筋活動電位測定用プローブ2aを、実験動物の心臓36に装着する工程を説明する図である。尚、図5では、実験動物の体(心臓は除く)は、省略されている。
【0039】
まず、上記実施の形態と同様に、心筋活動電位測定用プローブ2aの刺入電極10を、被覆導線8の、刺入電極10に近い部位P3を持って、心臓36に刺入する(図5(a)参照)。心筋活動電位測定用プローブ2aは、測定を行っていない時には、折り畳まれた状態で、しまわれている。従って、被覆導線8aは、図5(a)に示すように、所々折れ曲がっている。
【0040】
次に、部位P3より後方の部位P4を把持し、部位P3から手を離す。その後、この部位P4に力を加えて被覆導線8aの先端38を心臓36に軽く押し当てる(図5(b)参照)。この時、被覆導線8aは撓まない。
【0041】
次に、図5(b)に示すように、部位P4より少し後方の部位を、例えば粘着テープ40により、実験台32に固定する。その後、更に後方の部位を粘着テープ40aで固定して、被覆導線8aを確実に実験台32に固定する。
【0042】
図6は、本比較例により測定したMAPを説明する図である。測定条件は、上記実施の形態と同じである。横軸は時間であり、縦軸は心筋活動電位である。
【0043】
図6に示すように、本比較例により測定したMAPは、大きなノイズを含む、SN比の低い心電図である。
【0044】
本比較例では、上述したように、被覆導線8aは撓まない。このため、心臓36の運動に被覆導線8が追随できずに、刺入電極10が心筋内で動き回ってしまう。その結果、心筋組織と刺入電極10の間の電気的接触が不良になり、生体増幅器26の入力信号にノイズが誘起されて、SN比の低いMAPが測定されてしまう。
【0045】
以上の実施の形態では、MAPの測定に、本発明は適用されている。しかし、本発明は、他の心筋電位の測定にも適用できる。例えば、低周波側の遮断周波数を50Hz程度にして、通常の心電図を測定してもよい。
【0046】
また、以上の例では、測定対象は実験動物である。しかし、本発明を人体に適用して、例えば、心臓病の診断に必要なデータを収集してもよい。
【符号の説明】
【0047】
2・・・心筋活動電位測定用プローブ
4・・・導線
6・・・被膜
8・・・被覆導線
10・・・刺入電極
20・・・被覆導線
38・・・先端

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導線と、前記導線を被覆する被膜とを有する可撓性の被覆導線と、
心筋に刺し入れられる刺入電極を有し、
前記刺入電極が、前記被覆導線の先端に固定され、且つ前記導線に電気的に接続されている、
心筋活動電位測定用プローブ。
【請求項2】
請求項1に記載の心筋活動電位測定用プローブにおいて、
運動中の心臓に前記刺入電極を刺入し、前記被覆導線の一部分に力を加えて前記刺入電極を前記心臓に押し当てた時に、前記被覆導線が、前記先端と前記一部分の間で撓むことを、
特徴とする心筋活動電位測定用プローブ。
【請求項3】
導線と、前記導線を被覆する被膜とを有する可撓性の被覆導線と、心筋に刺し入れられる刺入電極を有し、前記刺入電極が、前記被覆導線の先端に固定され、且つ前記導線に電気的に接続されている心筋活動電位測定用プローブの前記刺入電極を、運動中の心臓に刺し入れる第1の工程と、
前記被覆導線の第1の部位に力を加えて前記先端を前記心臓に押し当てて、前記先端と前記第1の部位の間で、前記被覆導線を撓ませる第2の工程と、
前記先端と前記第1の部位の間を撓ませたまま、前記被覆導線の第2の部位を固定する第3の工程と、
前記心臓を有する生体に装着した参照電極と前記刺入電極の間の電圧を測定する第4の工程を有する、
心筋活動電位の測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−115319(P2011−115319A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−274499(P2009−274499)
【出願日】平成21年12月2日(2009.12.2)
【出願人】(598041566)学校法人北里研究所 (180)