説明

心身医学的な指標を用いた心身医学的敏感肌の識別・評価方法

【課題】本発明の課題は、これまで明確にされていなかった敏感肌のタイプを、皮膚科学的な特性を有する敏感肌、または心身医学的な特性を有する敏感肌に識別する方法を提供することである。
【解決手段】心身医学的指標を用いることによって、皮膚科学的な検査では異常がないにもかかわらず、敏感肌の症状を呈する心身医学的敏感肌の存在を見出し、更にこれらの心身医学的指標が心身医学的敏感肌の程度と相関することを見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、敏感肌を皮膚科学的敏感肌または心身医学的敏感肌に分類する方法に関する。更に本発明は心身医学的敏感肌の程度及び/または改善度を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の敏感肌の評価は、皮膚バリア機能が低下していること、皮膚の感覚刺激性を評価するスティンギング試験の結果が高得点であること、電流刺激閾値(CPT)が低いこと、角層中のIL-1ra/IL-1α ratioが高値であること、角層中のSCCA1量が高値であることなどが利用されてきた。これらの中で1999年の日本皮膚科学会で議論されたように、皮膚科学者と香粧品科学者の皮膚科学的な敏感肌の定義としてはまず、角層バリア機能が低下しているということが敏感肌の皮膚科学的な特性の1つのコンセンサスとして提唱された(非特許文献1:官地良樹、日本皮膚科学会雑誌109(3)549, 1999)。角層バリア機能の評価は、一般的に経皮水分蒸散量(transepidermal water loss; TEWL)が汎用されてきた。
【0003】
また本発明者らのこれまでの研究によれば、ストレス等の心理状態とTEWLまたは角層水分量の間に有意な相関が認められたことから、心理状態が敏感肌に関与しているという知見が得られている(非特許文献2:敏感肌の皮膚特性とストレスの関与について, Fragrance Journal, 10, 2002、非特許文献3:心理状態が敏感肌の皮膚生理機能に及ぼす影響の検討, 日皮会誌109(3),462, 1999)。更にアトピー性皮膚炎に不安等の心理状態が関与していることも発表されている(非特許文献4:橋爪秀夫、STAIによる不安度とアトピー性皮膚炎活動性パラメーター、MB Derma, 58, 53-56, 2002)。
【0004】
しかしながら自分が敏感肌であると申告する者の中には、TEWLをはじめとする皮膚科学的な生理指標が正常であることが少なくない。このような皮膚科学的素因に由来しない敏感肌は、自己申告以外の識別手段が存在せず、また有効な処置方法も確立されていないのが現状であった。このような背景の中で、皮膚科学的素因に由来しない別のタイプの敏感肌の存在の究明、及びかかる別のタイプの敏感肌を皮膚科学的な敏感肌と明確に区別するための識別方法の確立が望まれていた。
【0005】
【非特許文献1】日皮会誌109(3),549, 1999
【非特許文献2】Fragrance Journal 10 2002
【非特許文献3】日皮会誌109(3),462, 1999
【非特許文献4】MB Derma, 58, 53-56, 2002
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、これまで明確にされていなかった敏感肌のタイプを、皮膚科学的な特性を有する敏感肌(以下、皮膚科学的敏感肌という)、または心身医学的な特性を有する敏感肌(以下、心身医学的敏感肌という)に識別する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、皮膚科学的敏感肌の指標の1つであるTEWLが正常であるにも拘わらず、敏感肌であると申告する者になんらかの心身医学的な特性があると仮定し、種々検討を行ったところ、皮膚科学的な検査ではなにも異常がないのにヒリツキ、痒み、チクチク感等の敏感肌の症状を呈する心身医学的敏感肌の存在を見出した。更にここで見出された心身医学的敏感肌の程度は心理状態とよく相関することを見出した。よって心身医学領域の検査が心身医学的敏感肌の診断に役立つものと考えるに至った。
【0008】
本発明の構成は次の通りである。
〔1〕自ら敏感肌であると申告する者の肌のタイプを、皮膚科学的敏感肌、または心身医学的敏感肌に識別する方法であって、以下のステップ
a)皮膚科学的指標を用いて前記申告者の肌状態を測定し、
b)心身医学的指標を用いて前記申請者の不安尺度を測定し、そして
c)ステップa)で測定した肌状態が敏感肌傾向にあり且つステップb)で測定した不安尺度が正常域である前記申告者を皮膚科学的敏感肌、及びステップa)で測定した肌状態が正常域であり且つステップb)で測定した不安尺度が不安状態にある前記申告者を心身医学的敏感肌とすること、
を含んで成る方法。
〔2〕心身医学的指標を用いて心身医学的敏感肌の程度を評価する方法。
〔3〕心身医学的な指標を用いて心身医学的敏感肌の改善度を評価する方法。
〔4〕前記皮膚科学的指標がTEWLである、〔1〕に記載の方法。
〔5〕前記心身医学的指標がPOMSまたはSTAIである、〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
敏感肌のタイプを、皮膚科学的敏感肌または心身医学的敏感肌に識別することによって、個々の敏感肌に適したスキンケアや生活指導を可能にする。
【0010】
本発明により新たに見出された心身医学的敏感肌を改善するための化粧料、薬剤及び/または香料等のスクリーニング、並びに生活指導法及び/または美容法を確立することを可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明に係る敏感肌の識別方法は、これまで明確にされていなかった敏感肌のタイプを皮膚科学的な敏感肌と心身医学的な敏感肌に識別することを特徴とする。詳細には、自ら敏感肌であると申告する者に対し皮膚科学的指標を用いて肌状態を測定する。次に、当該申告者に対し心身医学的指標を用いて不安尺度を測定する。両測定の結果、肌状態が敏感肌傾向にあるが不安尺度が正常域である申告者を皮膚科学的敏感肌と認定し、また肌状態が皮膚科学的指標では正常域であるが不安尺度において不安状態にある申告者を心身医学的敏感肌と認定する。
【0012】
本発明に係る心身医学的敏感肌の評価方法は、本発明に係る識別方法によって心身医学的敏感肌であると認定された者の敏感肌の程度(敏感さの重症度)やその改善度を、心身医学的指標を用いて評価することを特徴とする。
【0013】
本発明に係る自ら敏感肌であると申告する者、または申告者とは、モニター会社を通して募集された自分が敏感肌であると自覚するボランティア、現在の皮膚トラブルを回避するために自ら皮膚科外来を訪れた者、または現在の皮膚トラブルを回避するために自ら化粧品のカウンセリングを受けた者など、制限されずに含み得る。
【0014】
本発明に係る敏感肌の皮膚科学的な指標としては、皮膚内側から外界に蒸発する水分量でバリア機能を評価するTEWLが高値であること、角層水分量が低値であること、皮膚の感覚刺激性を評価するスティンギング試験の結果が高得点であること、電流刺激閾値(CPT)が低いこと、角層中のIL-1ra/IL-1α ratioが高値であること、角層中のSCCA1量が高値であること、角層の最外層の未熟なコーニファイドエンベロープ(Cornified envelope)の割合が高いこと、最外層の角層形態が小さいこと(面積が小さい)、角層細胞の有核率が高いこと、または、最外層の角層が剥離形状の固まりで採取されるなどのスコアが高いこと等々が考えられるが、その値の閾値は季節によって異なるため、厳密に規定されるものでなく、また好適にはこれらの指標は適宜組み合わされて用いられ得る。TEWLを用いる場合の敏感肌の基準域は季節によっても異なるが概ね、女性の頬で石鹸洗顔後30分の測定で25g/m2・h以上であるか、または概ね50名以上の多数の敏感肌申告者群のTEWL測定値を5分割した際の最も高い5分位の集団に含まれる場合に敏感肌傾向にあるとされる。
【0015】
本発明に係る心身医学的指標は、医学の分野、特に精神科、神経科、心療内科、スポーツ医学などで対象の心の状態を知る目的で用いられる心理状態を数値化できる任意の指標であってよい。例えば、STAI(State Trait Anxiety Inventory)やPOMS(Profile of Mood States)の心身医学的指標を用いるのが簡便であると考えられるが、Taylor(テイラー)によって発表されたMAS(Manifest Anxiety Scale)、CAS不安測定検査、不安尺度として数値化できる心身医学的指標、それに準ずるアンケート形態、またはその他の医薬品開発の領域で抗不安剤の評価などにおいて用いられる心身医学的指標等も用いてよい。評価にあたっての閾値もその指標によって異なるので、厳密に規定されるものでないが、これらの不安尺度の指標の高低や、後述のように敏感肌であるとの申告者群の測定値を5分割した際の最も高い5分位の集団に含まれる等で評価が可能である。例えばSTAIを用いる場合は、特性不安(A-TRAIT)の得点が65以上で不安状態であるとされる。好適な心身医学的指標は、STAI及び/またはPOMSであり、より好適にはSTAIである。
【0016】
STAIとは、Spielbergerの不安の特性・状態理論に基づいて作られた質問紙法である。Spielbergerは、不安を特性不安と状態不安に分けることを提唱した。即ち、状態不安(State anxiety, A-STATE)とは、緊張と懸念という主観的で意識的に認知できる感情及び自律神経の興奮状態であり、生体の一過性状態であるのに対し、特性不安(Trait anxiety, A-TRAIT)とは、比較的安定化した不安傾向の個人差である。前者をあがり症度合い、後者を生まれつきの神経の太さと言い換えることができる。両者は互いに関連するとされているが、不安傾向が強い者がある時点において強い不安をもっているとは限らない。従って、個々を区別することは重要であり、両者を区別して定量的に測定する方法のひとつとして、STAIが有用である。前述の通り、状態不安は例えばある緊張性の刺激に対する一過性の不安尺度であり、アトピー性皮膚炎等の疾患では健常人と比べると、生まれつき不安性向が強い、つまり特性不安尺度が高いことが知られている。敏感肌も生まれつきの要素が高く、遺伝的な素因が深く関連しているために、不安尺度についても生まれ持った素因を識別する特性不安の測定がより好ましい。STAIはアンケート形式で回答するもので、40の設問からなる。これを採点して加算合計点をそれぞれA-STATE値及びA-TRAIT値とする(橋爪秀夫、STAIによる不安度とアトピー性皮膚炎活動性パラメーター、MB Derma, 58, 53-56, 2002)。本発明においては、好適にはA-TRAIT得点が採用され、得点が65以上で不安状態であるとされる。
【0017】
POMSとは、McNairらによって米国で開発された気分や情緒を定量的に評価できる質問紙法である。このPOMSは65項目の質問から構成され、緊張−不安(Tension-Anxiety: T-A)、抑うつ−落ち込み(Depression-Dejection: D)、怒り−敵意(Anger-Hostility: A-H)、活気(Vigor: V)、疲労(Fatigue: F)、混乱(confusion: C)の6種の尺度の得点として表される(敏感肌の皮膚特性とストレスの関与について, Fragrance Journal, 10, 2002)。本発明においては、好適にはT-A(緊張−不安)得点が採用される。
【0018】
上記のTEWL値やSTAI得点の基準のみでなく、種々の敏感肌皮膚特性として認識されている指標や心身医学的指標での代替が可能であり、本発明の不安尺度を指標とした心身医学的な敏感肌の識別・評価方法の採り得る形態が限定されるものではない。
【実施例】
【0019】
1.敏感肌と申告するボランティアを用いた試験概要
モニター会社を通して募集した自分が敏感肌であると感じている女性75名、健常肌25名を含む女性100名のボランティアを対象とした。ボランティアは恒温恒湿室での測定に際し、メークを落とし、洗顔料にて洗顔し、その後、30分後に頬部位(目じりと小鼻の交点部位)についてバリア機能の1つの指標であるTEWLをVAPO meterを用いて測定した。また、ホランティアは測定までの30分の待ち時間に自らの敏感肌の度合いに関するアンケートならびにSTAIの回答をした。
【0020】
2.敏感肌群と健常肌群の特性不安値の比較
STAIの特性不安(A-TRAIT)値を敏感肌群と健常肌群で比較したところ、図1に示すように敏感肌群において有意に高い値を示すことが明らかとなった。
【0021】
3.敏感肌群と健常肌群のTEWL値(経皮水分蒸散量)の比較
顔面のTEWL値を敏感肌群と健常肌群で比較したところ、図2に示すように敏感肌群において有意に高い値を示し、バリア機能の低下が示唆された。
【0022】
4.敏感肌群内の皮膚科学的な敏感肌群と心身医学的な敏感肌群との識別
以上の実験結果より、敏感肌群は健常肌群よりもバリア機能の低下が有意に存在し、STAIの特性不安値も高いことが示された。この敏感肌群をさらに詳しく解析した。すなわち、75名の敏感肌群を5分位に分割し、TEWLが高値を示す上位15名とSTAIで高値を示す上位15名を抽出し、それぞれの分布を調査した。その結果は図3と表1に示す。
【表1】

【0023】
TEWL高値群、STAI高値群の両群に属する集団(度数)とSTAI高値群のみに属する群間の出現度数とカイ二乗検定結果を示した。これらの統計学的解析より両群に属する者は各々の群のみに属する者とその出現頻度に差があることが示され、これらの群は異なると判断できる。このことは、皮膚科学的敏感肌群と心身医学的な敏感肌群の集団は区別できることを意味する。
【0024】
TEWLの上位15名に入る群(以下TEWL高値群)とSTAI(特性不安得点)で高値を示す上位15名(以下STAI高値群)とで両方の群に含まれる者は3人であり、TEWL高値群、STAI高値群のみの者はそれぞれ12名であった。ここで、この両群に含まれる3人とSTAI高値群のみに属する12名との全敏感肌ボランティア(75人)に対する割合をカイ二乗検定で比較したところ、有意な差が認められた。
【0025】
5.皮膚科学的敏感肌もしくは心身医学的敏感肌群が高値の敏感肌群とその他の敏感肌群での自己申告敏感肌尺度(アンケート得点)の比較
図3において、皮膚科学的敏感肌もしくは心身医学的敏感肌群が高値の敏感肌群(27名)とその他の敏感肌群(48名)においてボランティア記載の敏感肌の尺度評価得点、すなわち、1.非常に敏感、2.敏感、3.やや敏感という敏感性を両群で比較した。その結果を表2に示した。
【表2】

【0026】
TEWL高値群あるいはSTAI高値群の両群に属する集団(N=27)とその他の敏感肌群(N=48)のボランティアに敏感肌スコアの差の検定を示した。この統計学的解析より、両群間では敏感性のアンケート尺度に差があることが示された。すなわち、TEWL高値群あるいはSTAI高値群の両群に属する集団では敏感性が高い。このような皮膚科学的敏感肌指標あるいは心身医学的敏感肌指標が高値の敏感肌群を被験者にすることによって、種々のスキンケアや美容法施術の効果をその敏感性の得点の低下をもって判断でき、敏感肌改善効果の評価方法にも応用が可能である。
【0027】
6.「心身医学的な敏感肌」の程度(重症度)を評価する方法および、その程度(重症度)を用いて敏感性の低下(敏感肌の改善)を評価する方法
STAIの特性不安(A-TRAIT)値とボランティア記載の敏感肌の尺度評価得点、すなわち、1.非常に敏感、2.敏感、3.やや敏感、4.普通という敏感性を散布図にプロットした(図4)。すなわち、この図は特性不安得点と敏感性は有意に相関関係にあることを示している。つまり、「心身医学的な敏感肌」の程度(重症度)はSTAIの特性不安の得点で類推できる。この得点の多寡、特に敏感肌集団を五分位に階層わけした際の最も高い敏感肌集団を被験者にして、スキンケア・香料・美容施術法などを評価した際にはこのSTAI得点の低下が敏感性の改善効果の評価指標として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】敏感肌群と健常肌群のSTAIの特性不安(A-TRAIT)値を比較した図である。両群間には統計学的に有意な差が認められた。
【図2】敏感肌群と健常肌群のTEWL値を比較した図である。両群間には統計学的に有意な差が認められた。
【図3】全敏感肌群におけるTEWL高値群、STAI高値群の分布度数を示した図である。TEWL、STAIの両パラメーターの上位5分位での比較では、両群に属するボランティアは3名のみであった。
【図4】STAIの特性不安(A-trait)値とボランティア記載の敏感性評価得点の散布図である。両者は順位相関係数の有意性の検定から有意に関連性があることが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自ら敏感肌であると申告する者の肌のタイプを、皮膚科学的敏感肌または心身医学的敏感肌に識別する方法であって、以下のステップ
a)皮膚科学的指標を用いて前記申告者の肌状態を測定し、
b)心身医学的指標を用いて前記申請者の不安尺度を測定し、そして
c)ステップa)で測定した肌状態が敏感肌傾向にあり且つステップb)で測定した不安尺度が正常域である前記申告者を皮膚科学的敏感肌、及びステップa)で測定した肌状態が正常域であり且つステップb)で測定した不安尺度が不安状態にある前記申告者を心身医学的敏感肌であるとすること、
を含んで成る方法。
【請求項2】
心身医学的指標を用いて心身医学的敏感肌の程度を評価する方法。
【請求項3】
心身医学的な指標を用いて心身医学的敏感肌の改善度を評価する方法。
【請求項4】
前記皮膚科学的指標がTEWLである、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記心身医学的指標がPOMSまたはSTAIである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2009−106492(P2009−106492A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−281526(P2007−281526)
【出願日】平成19年10月30日(2007.10.30)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】