説明

応力腐食割れの加速試験方法

【課題】 塩化物に起因して大気中あるいは水溶液などで発生する応力腐食割れに対して、その特性を短期間で評価し得る応力腐食割れの加速試験方法を提供する。
【解決手段】 孔食を抑制する作用を持つ薬剤と塩化物イオンClとを含み、かつpHが4〜9である水溶液中に、応力を負荷した試験片を設置し、当該試験片に通電し電解作用により試験片が破断するまでの時間を測定することで応力腐食割れ試験を加速して行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、応力腐食割れ試験方法に関し、詳細には応力腐食割れ試験を比較的短期間で行うべく、応力腐食割れ試験を加速して行うための応力腐食割れの加速試験方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking)は、環境の腐食作用と負荷される応力の機械的作用とが重畳されて、金属材料が破壊に至る現象である。応力腐食割れは、金属材料、環境及び応力の三者がある特定の条件を満足する時に発生するものであり、様々な組み合わせで発生することが知られている。
【0003】
応力腐食割れは、その作用応力が金属材料の強度(=実環境ではなく実験室などで通常評価される破壊の限界)以下であっても発生する。従って、構造物の設計強度を定める場合には、応力腐食割れの限界応力を正確に把握する必要があり、その特性評価技術は実用上極めて重要である。また、応力腐食割れの抑止策を講じる場合にも、応力腐食割れの実験室的な特性評価技術が必要不可欠である。
【0004】
応力腐食割れの試験方法としては、定荷重法や定ひずみ法などが知られており、JISやASTM(American Society for Testing Material)などで規格化されている。例えば、アルミニウム合金の応力腐食割れ試験方法はJIS H8711に規格されている。
【0005】
一方、特開2002−333399号公報(特許文献1)には、被試験部材又はその模擬材より切断して鏡面研磨加工を施した板状部材に、一方の上面端部を同一面上に密着するまでほぼ180度折り返してなる塑性変形部(高応力部)と、前記板状部材と同一素材よりなるくさび状部材を前記上面端部と前記上面との密着面間に挿入してなる弾性変形部(低応力部)と、を設けた応力腐食割れ試験片を用いる応力腐食割れ試験方法が開示されている。
【特許文献1】特開2002−333399号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、JISやASTMなどで規格化されている応力腐食割れ試験方法による応力腐食割れ試験では、試験期間が長く、特に長い場合には数万時間と非常に長い期間が必要である。このため、構造物設計に必要な限界負荷応力の把握に時間がかかりすぎるという問題があり、迅速な材料開発の妨げにもなっていた。
【0007】
また、上記特許文献1に提案の応力腐食割れ試験方法では、試験片を構成する板上部材を折り返し、上面同士が近接する小さな隙間部分を生じるように形成し、腐食環境を厳しく構成しているので、試験時間を短縮し得ることが期待できるが、前記試験片では材料に塑性変形領域が形成されて金属組織が変化するため、弾性領域の負荷応力で使用する場合の応力腐食割れ特性とは必ずしも相関しないという問題がある。
【0008】
本発明は、上記の事情に鑑みてなしたものであって、その目的は、塩化物に起因して大気中あるいは水溶液などで発生する応力腐食割れに対して、その特性を短期間で評価し得る応力腐食割れの加速試験方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明(請求項1)に係る応力腐食割れの加速試験方法は、孔食を抑制する作用を持つ薬剤と塩化物イオンClとを含み、かつpHが4〜9である水溶液中に、応力を負荷した試験片を設置し、当該試験片に通電し電解作用により試験片が破断するまでの時間を測定することで応力腐食割れ試験を加速して行うものである。
【0010】
本発明(請求項2)に係る応力腐食割れの加速試験方法は、上記請求項1記載の応力腐食割れの加速試験方法において、試験片をアルミニウム合金とするものである。ここで言うアルミニウム合金とは、1000系、2000系、3000系、4000系、5000系、6000系、7000系、8000系、及び前記以外の系統のアルミニウム合金を意味するものである。
【0011】
本発明(請求項3)に係る応力腐食割れの加速試験方法は、上記請求項1又は2記載の応力腐食割れの加速試験方法において、孔食を抑制する作用を持つ薬剤が、
NO:0.1〜10%、
SO2−:0.1〜10%、
CrO2−:0.1〜10%、
CHCOO:0.1〜10%、
:0.1〜10%
より選ばれる1種又は2種以上とするものである。
【0012】
本発明(請求項4)に係る応力腐食割れの加速試験方法は、上記請求項1〜3のいずれか記載の応力腐食割れの加速試験方法において、通電を、電流密度0.1〜10mA/cmで10分間以上定電流通電を行った後、0.001〜0.1mA/cmに電流密度を変更して通電するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る応力腐食割れの加速試験方法によれば、短期間で応力腐食割れを評価できるため、応力腐食割れが懸念される環境における構造物設計や材料開発の迅速化が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態に係る応力腐食割れの加速試験方法を図面を参照して説明する。図1は、本発明に係る応力腐食割れの加速試験方法に適用される装置の概念図である。
【0015】
容器1には、詳細を後記する、孔食を抑制する作用を持つ薬剤と塩化物イオンClとを含み、かつpHが4〜9である水溶液2が収容されている。この水溶液2中に、応力腐食割れ試験片となる応力を負荷した試験片3と当該試験片3の対極となる電極4とを挿入し、これら試験片3と電極4とを電源5に接続する。この接続により試験片3は電解作用を受け、応力腐食割れが加速される。
【0016】
以下、本発明に係る応力腐食割れの加速試験方法について詳細に説明する。
【0017】
(1)水溶液中の孔食を抑制する作用を持つ薬剤について
孔食を抑制する作用を持つ薬剤とは、当該薬剤を添加した塩化物水溶液中に応力腐食割れ試験片を浸漬した場合の孔食個数もしくは最大孔食深さのいずれかが、単味の塩化物水溶液中に比べて20%以上低減し得る薬剤のことである。例えば、アルミニウム合金を応力腐食割れ試験片とする場合には、当該薬剤を添加した30℃の3%NaCl水溶液中に試験片を100時間浸漬した場合の孔食個数もしくは最大孔食深さのいずれかが、単味の3%NaCl水溶液中に比べて20%以上低減される薬剤のことである。これに該当する薬剤としては、NO:0.1〜10%、SO2−:0.1〜10%、CrO2−:0.1〜10%、CHCOO:0.1〜10%、H:0.1〜10%などが挙げられ、これらの中ではNOおよびHが、孔食抑制作用が大きいことから最も好ましく、その理由は、孔食が起ったサイトを不動態化させて孔食の進展を効果的に抑制するためと思われる。また、これらの薬剤は、塩化物イオンによる応力腐食割れの発生および進展を助長する作用を有し、1種又は2種以上を複合で用いることができる。
【0018】
水溶液中に上記薬剤を含ませる理由は、応力腐食割れ試験片の応力腐食を加速し破断するまでの時間を早めるためには、粒界を早くたくさん生じさせる必要があるが、孔食が生じると粒界が生じなくなる。そこで、粒界を生じさせるために、孔食を抑制する作用を持つ薬剤を含ませ、試験片に粒界を早くたくさん生じさせるためである。
【0019】
(2)水溶液中の塩化物イオンClについて
応力腐食割れは様々な材料と環境の組み合わせで発生することが知られているが、特に塩化物イオンを含む環境で発生する場合が多い。塩化物イオンは、海洋・海浜環境は言うまでもなく、海岸から遠く離れた田園地帯においても海塩粒子として飛来するし、融雪剤などにも含有されているため、広範囲において構造物を形成する構造材料は塩化物と接触して、応力腐食割れの危険性に曝されることが不可避である。塩化物イオンは水分を媒介して多くの金属材料に接触すると、金属塩化物を形成して、その金属塩化物の加水分解反応によって塩酸(HCl)が生成して、材料を浸食し、破壊に至らしめると考えられる。
【0020】
上記のようなことから、水溶液中には塩化物イオンClを含ませるものであるが、その水溶液中の塩化物イオンの濃度は、Clとして0.5%〜10%が推奨される。その理由は、Clが0.5%未満では、加水分解反応によるHCl生成量が少ないので、溶液中の水分で容易に中和されてしまい、応力腐食割れが再現できない。Clが10%を越えると、試験片表面での金属塩化物濃度が局所的に飽和濃度を超えて、表面に析出し、析出した金属塩化物が腐食の電気化学反応の障壁となって逆に応力腐食割れが起こりにくくすることが懸念されるためである。
【0021】
(3)水溶液のpHについて
水溶液のpHが低くなる、すなわちHイオン濃度が高くなると試験片への水素原子の侵入が起こって、水素脆化割れを生じるため、試験片の応力腐食割れ特性を正確に評価できない場合がある。応力腐食割れの評価において、このような水素脆化割れの影響をなくすためにはpHが4以上であることが好ましい。また、pHが高すぎるとアルカリ脆性割れを生じて、材料の応力腐食割れ特性を正確に評価できない場合がある。このようなアルカリ脆性割れの影響をなくすためにはpHが9以下であることが好ましい。このような理由から、水溶液のpHは4〜9が推奨される。
【0022】
(4)試験片の材質と応力負荷について
試験片は、応力腐食割れを生じる金属材が対象であればその材質は特に限定されるものではないが、本発明を成すに至った開発過程では主にアルミニウム合金を対象として開発しており、鋼などの他の応力腐食割れを生じる金属材にも十分適用可能と考える。なお、本実施形態における定量的な条件については、アルミニウム合金を対象としては十分適用可能である。
【0023】
試験片への応力負荷方法についても特に限定されるものではない。この応力負荷方法については、従来一般的に使用されているU字曲げ試験片、Cリング試験片、3点曲げ試験片、4点曲げ試験片などにボルト締め付けで所定の応力を負荷する応力付加方法を用いることが可能である。また、必要に応じて切り欠きを形成した丸棒や板状試験片に引張試験器などの荷重負荷装置によって応力を負荷することも可能である。
【0024】
(5)試験片への通電方法について
試験片への通電方法は、電解作用が得られる構成であれば特に限定されるものではないが、複数回の試験を行って結果を比較する場合の条件統一として、適当な不溶性対極(例えば、白金など)を用いて定電流電解する方法か、あるいは照合電極(例えば、銀−塩化銀電極など)を用いて定電位電解する方法が推奨される。
【0025】
上記試験片への通電方法において、定電流電解時の電流は、試験片の材質によって推奨値は異なるが、0.001〜10mA/cm程度の値が好適である。また、定電位電解時の電位も、試験片の材質によって推奨値は異なるが、定常腐食電位+50〜500mV程度の値が好適である。また、前記定電流電解の場合、初期に0.1〜10mA/cmと比較的大きな電流密度で定電流電解を行った後に0.001〜0.1mA/cmに電流密度を変更して行うことが望ましく、応力腐食割れがさらに促進される。これは、初期の高電流による電解で表面が局部的に活性化されるためである。このような局部的な活性化には10分間以上の時間が必要である。あまり長時間にわたって高電流で電解すると、試験片全面が活性化されて全面腐食が顕著となってかえって応力腐食割れが発生しにくくなるので、電解時間は2時間以内が推奨される。
【0026】
(6)水溶液の温度について
水溶液の温度は特に限定されるものではないが、実機相当の温度もしくは室温〜50℃が推奨される。水溶液の温度が、低すぎる場合には応力腐食割れのき裂進展が遅いので促進には不利であるが、高すぎる場合には溶液の蒸発などの問題があるため冷却を要することになる。
【実施例】
【0027】
以下、上述した本発明に係る応力腐食割れの加速試験方法の実施例を比較例と共に説明する。
【0028】
(実施例1)
7000系アルミニウム合金(Al−4.5%Zn−1.5%Mg)を試験材料として、JIS H8711に記載されているJ2BのCリング試験片(板厚3.04mm、外径38mm)を作成し、ボルト締め付けにより種々の応力を負荷した応力腐食割れ試験片を準備した。この試験片では頂点(応力最大点)を挟んで幅10mm以外はシリコンシーラントで被覆し、ボルトナットなどが電解されないようにした。この試験片を、図1に示す構成を備える試験装置を用いて応力腐食割れの加速試験を行った。試験は、8%NaCl+3%NaCrOを含む水溶液(温度:30℃、pH:5.0)中において、電流密度5mA/cmにて定電流電解を行い、試験面に割れが認められるまでの時間を測定して行った。水溶液のpH調整にはHClを用いた。試験結果は図2に示す通りで、負荷応力が350MPaと高い場合には1000s以内と非常に短時間で破断に至り、割れ限界応力は約200MPaであった。ただし、試験は10sを過ぎた時点で終了とした。
【0029】
また、比較のため上記と同じ試験片を大気暴露試験(神戸市、海岸からの距離約5km)に供し、破断までの時間を測定した。試験結果は図3に示す通りである。この大気暴露試験では割れに至るまでに長時間を要しており、上記本発明が評価期間の点で短く有利であることがわかる。また、本発明の試験で求められる割れ限界応力は大気暴露試験で求められるそれと同じ値を示し、本発明の応力腐食割れ試験で設計に必要である限界応力を評価できることが明らかである。
【0030】
(実施例2)
2種類の2000系アルミニウム合金(材料A:Al−4.3%Cu−0.80%Si−0.65%Mn、材料B:Al−5.5%Cu−0.30%Pb−0.25%Bi)と2種類の7000系アルミニウム合金(材料C:Al−5.2%Zn−0.80%Mg−0.20%Cr、材料D:5.5%Zn−2.6%Mg−1.8%Cu)を用いて、本発明の応力腐食割れ試験および大気暴露試験により割れ限界応力を測定した。試験片は上記(実施例1)と同じ要領で作成したものである。電解条件は、10%NaCl+2%NaNO+1%CHCOONaを含む水溶液(温度:40℃、pH:7.5)を用い、電流密度は初期に10mA/cmにて定電流電解を30分間行い、その後電流密度を0.1mA/cmに変更して定電流電解を継続して、試験面に割れが認められるまでの時間を測定した。水溶液のpH調整にはNaOHを用いた。大気暴露試験は上記(実施例1)と同じ暴露場(神戸市、海岸からの距離約5km)にて行った。試験結果は図4に示す通りである。
【0031】
図4より明らかなように、試験片のそれぞれの割れ限界応力は非常に良く相関しており、本発明の応力腐食割れ試験で短時間(10s以内)で評価した材料間の序列は大気暴露によるそれと一致し、実環境における応力腐食割れ特性(優劣)を正しく判定できることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明に係る応力腐食割れの加速試験方法に適用される装置の概念図である。
【図2】本発明に係る応力腐食割れの加速試験方法による試験結果であって、負荷応力と割れに至った時間との関係を示す図である。
【図3】比較例となる大気暴露での応力腐食割れ試験方法による試験結果であって、負荷応力と割れに至った時間との関係を示す図である。
【図4】本発明に係る応力腐食割れの加速試験方法と比較例の大気暴露による応力腐食割れ試験方法との割れ限界応力を比較して示す図である。
【符号の説明】
【0033】
1:容器 2:水溶液 3:試験片
4:電極 5:電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
孔食を抑制する作用を持つ薬剤と塩化物イオンClとを含み、かつpHが4〜9である水溶液中に、応力を負荷した試験片を設置し、当該試験片に通電し電解作用により試験片が破断するまでの時間を測定することで応力腐食割れ試験を加速して行うことを特徴とする応力腐食割れの加速試験方法。
【請求項2】
試験片が、アルミニウム合金である請求項1記載の応力腐食割れの加速試験方法。
【請求項3】
孔食を抑制する作用を持つ薬剤が、
NO:0.1〜10質量%(以下、単に%と記す)、
SO2−:0.1〜10%、
CrO2−:0.1〜10%、
CHCOO:0.1〜10%、
:0.1〜10%
より選ばれる1種又は2種以上である請求項1又は2記載の応力腐食割れの加速試験方法。
【請求項4】
通電が、電流密度0.1〜10mA/cmで10分間以上定電流通電を行った後、0.001〜0.1mA/cmに電流密度を変更して通電する請求項1〜3のいずれか記載の応力腐食割れの加速試験方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2006−234421(P2006−234421A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−45895(P2005−45895)
【出願日】平成17年2月22日(2005.2.22)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】