説明

感磁性ワイヤの製造方法

【課題】 製造に際して用いる母材のロット誤差や加工過程において生じる製造誤差などによる製品不良を解消し、所定の出力特性を有する感磁性ワイヤを効率良く安定して製造すると共に、特に出力特性として対称励磁による安定した対称出力を得ることが可能な感磁性ワイヤを製造する技術を提供する。
【解決手段】 母材であるワイヤ素材に複数段階の伸線加工を施す過程に複数回の熱処理を施して所定の線径としたベースワイヤを作製し、このベースワイヤに左右の捻り回転を順次加えてテストワイヤを試作し、試作したテストワイヤの出力特性を検査にて確認し、検査結果から得たテストワイヤの出力特性に基づき必要に応じて捻り回転方向や捻り回転数を補正してベースワイヤに左右の捻り回転を順次加えて所定の出力特性とした感磁性ワイヤを製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は大バルクハウゼンジャンプ現象を起し得る感磁性ワイヤの製造方法に関するものであり、より詳しくは製造に際して用いる母材のロット誤差や加工過程において生じる製造誤差などによる製品不良を解消し、所定の出力特性を有する感磁性ワイヤを効率良く安定して製造すると共に、特に出力特性として対称励磁による対称出力を安定して得ることが可能な感磁性ワイヤを製造する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
大バルクハウゼンジャンプ現象を起し得る感磁性ワイヤについては、古くはウィーガンドワイヤをはじめ種々の構造あるいは製造方法が提案されており、パルス発生装置や計測装置および検知装置あるいはスイッチなどに利用すべく研究開発が行なわれている。
【0003】
図6は大バルクハウゼンジャンプ現象を起し得る感磁性ワイヤの従来の一般的な構造を示す側断面図である。感磁性ワイヤ1の中心部はハード層2と称する比較的強い保磁力を有する磁性層となっており、外周部はソフト層3と称する比較的弱い保磁力を有する磁性層となっており、このように感磁性ワイヤ1はハード層2をソフト層3が取り巻いた状態の構造となっている。
【0004】
図7は感磁性ワイヤ1の作動状態を示す概略図である。先ず(a)において強い配向磁界4を作用させてハード層2とソフト層3を共に同じ方向Aに磁化する。次いで(b)において比較的弱い反対方向Bのセット磁界5を作用させてソフト層3のみを反対方向Bに磁化してセット状態とする。この時に検出コイル6には比較的低いパルス状の出力−pが得られる。そして(c)において更に反対方向Aの比較的強いリセット磁界7を作用させるとソフト層3の磁化方向が急激に反転してハード層2と同じ方向Aとなる。この時に検出コイル6には比較的高い急峻なパルス状の出力+Pが得られる。
このように、磁性体の磁化方向が急激に反転する現象を大バルクハウゼンジャンプ現象と称している。
【0005】
従来の感磁性ワイヤ1にあっては、このように比較的弱いセット磁界5と比較的強いリセット磁界7を交互に作用させることにより、検出コイル6に比較的低いパルス状の出力−pと比較的高い急峻なパルス状の出力+Pが交互に現れることから、これを非対称励磁による非対称出力と称している。
【0006】
【特許文献1】 特公昭55−15797号公報
【特許文献2】 特公昭61−28196号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このように従来の感磁性ワイヤ1にあっては非対称励磁により非対称出力を得ることとなるのは、主としてハード層2の一軸異方性が強いことが理由として考えられるが、特に比較的高い急峻なパルス状の出力+Pのみを以って利用する場合には比較的安定した出力特性が得られるという特徴がある。
しかし、非対称励磁の実際においては強さの異なる2種類の磁石を交互に配置して用いなければならずコストが嵩むことや、また、非対称出力の実際においては片側の出力+Pのみを利用することから信号数が少なく、例えば励磁の交番速度が遅い場合などには不向きであるなど、種々の問題があった。
このことから、対称励磁による安定した対称出力を可能とする感磁性ワイヤの実現が、従来より切望されていた。
【0008】
一方、感磁性ワイヤの製造については一般的に、母材であるワイヤ素材を所定の線径にするために複数段階の伸線加工が必要であるほか、熱を加えて組織を変化させる熱処理も必要であり、また、更に捻り加工や引張り加工あるいは圧縮加工や曲げ加工などの塑性加工を施す必要もあるなど、複雑で多段階の加工を必要とするのであるが、確実に所定の出力特性とすることは決して容易なことではなかった。
そもそも感磁性ワイヤを作製するにあたり、出発材料として用いる母材であるワイヤ素材は市販のものを調達するのであるが、その成分や組成および線材加工について凡そ均一で一定であることが好ましく、極力均一で一定のものを用いるのであるが、しかし、実際には製造ロット毎に成分や組成および加工状態は厳密には均一で一定ではなく、バラツキがあるのが通常であり、いわゆるロット誤差がある。
また、このワイヤ素材を用いて感磁性ワイヤを作製するにあたっては、上述したような複雑で多段階の加工について厳密に一定とすることは極めて難しく、いわゆる製造誤差が生じるのが通常である。
しかしながら、感磁性ワイヤを工業的に安定して生産し供給するためには、このロット誤差や製造誤差による製品不良を解消することが必須であり、その方策が切に求められていた。
【0009】
本発明は、このような従来の技術に着目してなされたものであり、製造に際して用いる母材のロット誤差や加工過程において生じる製造誤差などによる製品不良を解消し、所定の出力特性を有する感磁性ワイヤを効率良く安定して製造すると共に、特に出力特性として対称励磁による安定した対称出力を得ることが可能な感磁性ワイヤを製造する技術を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記のような課題を解決するために、本発明の感磁性ワイヤの製造方法は、母材であるワイヤ素材に複数段階の伸線加工を施す過程に複数回の熱処理を施して所定の線径としたベースワイヤを得る伸線・熱処理工程と、ベースワイヤに左右の捻り回転を順次加えてテストワイヤを作製する試作工程と、試作したテストワイヤの出力特性を確認するテストワイヤ検査工程と、検査結果から得たテストワイヤの出力特性に基づき必要に応じて捻り回転方向および/または捻り回転数を補正してベースワイヤに左右の捻り回転を順次加えて所定の出力特性とした感磁性ワイヤを作製する製造工程、とからなることを基本とするものである。
また、製造工程において作製した感磁性ワイヤをテストワイヤとし、テストワイヤ検査工程と製造工程を適宜繰返すものであるほか、特に対称励磁した場合に対称出力が得られる出力特性を所定の出力特性としたものである
【発明の効果】
【0011】
本発明はこのような製造方法としたことにより、製造に際して用いる母材のロット誤差や加工過程において生じる製造誤差などによる製品不良を解消し、所定の出力特性を有する感磁性ワイヤを効率良く安定して製造することが可能となると共に、特に出力特性として対称励磁による安定した対称出力を得ることが可能な感磁性ワイヤを製造することができる。
即ち、不可避的にロット誤差を有している母材であっても、この母材を用いて通常所定の伸線・熱処理工程によりベースワイヤを作製し、このベースワイヤを用いて通常所定の試作工程によりテストワイヤを作製し、このテストワイヤの出力特性をテストワイヤ検査工程により確認し、そして検査結果から得たテストワイヤの出力特性に基づき必要に応じて捻り回転方向や捻り回転数を補正してベースワイヤに左右の捻り回転を順次加えて感磁性ワイヤを製造することにより、最終工程である製造工程にて調整しながら確実に所定の出力特性とすることができるものである。また、これにより対称励磁による安定した対称出力を得ることが可能な感磁性ワイヤを製造することも可能となるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【実施例】
【0012】
図1は本発明の実施例を示す伸線・熱処理工程の詳細表であり、バイカロイ合金(鉄−コバルト−バナジウム)/線径1.0φのワイヤ素材を母材として使用し、最終的に線径0.250φとしたベースワイヤを得たものである。
伸線加工については、通常一般的に用いられる各種線径のダイスを順次使用し、通常行なわれる一般的な複数多段工程を経て所定の線径である0.25φとするものであるが、ここで、線径0.50φ、線径0.3112φ、線径0.2657φ、線径0.250φとした各段階で、それぞれ熱処理を施しており、都合4回の熱処理加工を施している。
熱処理加工については、線状材料に対する加熱処理方法として一般的な水素雰囲気中電気炉挿通方式を用いており、表に示す温度および加熱時間の数値は実測値である。
本発明においては、このように複数段階の伸線加工を施す過程において複数回の熱処理加工を施すことにより、最終段階で所定の線径としたベースワイヤの組織内部にある程度の不整合あるいは歪みおよび内部応力を意図的に残留させるようにしたものであり、このことは、後述する捻り加工について重要な前処理となるものである。
【0013】
図2は本発明の実施例を示す試作工程の詳細表であり、上記にて作製したベースワイヤのうち3mを試作材料として用い、捻り加工を施しテストワイヤを作製したものである。
この捻り加工については、通常一般的に用いられるダイスをベースワイヤの一端側および他端側にて各々捻り回転用チャックおよび固定用チャックとして用い、表に示すように先ず右回転、次いで左回転、そして再度右回転の順に捻り回転を施している。
【0014】
ここで、左右の捻り回転を順次繰返して加えることについては、基本的にベースワイヤに塑性変形および塑性加工硬化をもたらすことに他ならないのであるが、その中心部と外周部の磁性体としての特性のバランスについて、独自の経験則に基づくものであるほか、更に前述した前処理に基づくものである。
【0015】
独自の経験則とは、捻り回転を加えたベースワイヤの中心部は外周部に比して塑性変形量は少なく塑性加工硬化も小さいが保磁力および一軸異方性は外周部に比して大きくなること、および、外周部は中心部に比して塑性変形量は多く塑性加工硬化も大きいが更に逆方向の捻り回転を加えると塑性変形量は戻されて少なくなり塑性加工硬化は更に大きくなること、そして、逆方向の捻り回転を加えた中心部も塑性変形量は戻されて少なくなり塑性加工硬化は大きくなるが外周部に比せば小さいこと、などの知見によるものである。
【0016】
また、伸線・熱処理工程においてベースワイヤの組織内部にある程度の不整合あるいは歪みおよび内部応力を残留させるようにしたことを重要な前処理として位置付けるのは、引抜き加工の特質として中心部よりも外周部に多く不整合あるいは歪みおよび内部応力が残留するが、熱処理により外周部の不整合あるいは歪みおよび内部応力を緩和し中心部の不整合あるいは歪みおよび内部応力を残留させることとなり、このようなベースワイヤに捻り回転を加えることにより特に中心部の塑性加工硬化が外周部に比して大きくなるとの知見によるものである。
【0017】
図3は本発明の実施例を示すテストワイヤ検査工程の結果を表すグラフであり、上記にて作製したテストワイヤについて実際に励磁して出力特性を確認したものである。
検査は、長さ30.0mmのテストワイヤを長さ10.0mm/3000ターンの検出コイル中に配置し、作用磁界として長さ9.0mm×幅5.0mm×板厚2.5mmの磁石4個を交互極性にて円周配置し定速度回転して交番作用させ、検出コイルに現れる出力を経時測定した。尚、検出コイルの側面と磁石側面との距離は8.0mmとした。
グラフに示されるように、このテストワイヤの出力特性としては+側−側両出力ともに出力レベルはある程度高いものであるが、出力+Pに比して出力−pの絶対値が平均的に小さく、+側−側の出力のバラツキが大きくやや不安定であること、などが確認できる。
【0018】
図4は本発明の実施例を示す製造工程の詳細表であり、上記のテストワイヤ検査工程の検査結果から得た出力特性に基づき捻り回転数を補正してベースワイヤに左右の捻り回転を順次加えて感磁性ワイヤを作製したものである。
この捻り加工については、表に示すように先ず右回転、次いで左回転、そして再度右回転の順に捻り回転を施しているが、1回目の右回転および2回目の左回転の回転数はテストワイヤを作製した試作工程と同数値とし、3回目の右回転の回転数を補正して2500回転としている。
ここで、3回目の回転数を3000回転から2500回転に補正したことについては、以下に説明する独自の経験則に基づくものである。
この独自の経験則とは、前述の如き伸線・熱処理工程を前処理として作製したベースワイヤに捻り回転を加えた場合、その回転数が多ければ出力が大きくなり非対称性が強くなり安定性は弱くなり、回転数が少なければ出力が小さくなり対称性が強くなり安定性が強くなる、という知見によるものである。尚、安定性とは出力値の均一性である。
従って、テストワイヤは出力レベルとしてはある程度高いが出力+Pに比して出力−pの絶対値が平均的に小さく+側−側両出力ともにバラツキが大きくやや不安定であることから、これを安定した対称出力とすべく捻り回転数をやや減少する補正を行なったものである。
【0019】
図5は上記製造工程にて製造した感磁性ワイヤの検査結果を表すグラフであり、+側の出力+PVと−側の出力−PVの絶対値が略等しく、それぞれの出力が略均一で相当大きな出力値を示しており、製造工程にて捻り回転数を補正したことにより十分な出力と安定した対称出力が得られたことが確認できる。
【0020】
尚、テストワイヤの検査結果において、出力が過多あるいは過小である場合や非対称性や対称性が強すぎる場合、あるいは安定性が低すぎる場合などには、捻り回転数の増減による補正の他にも、捻り回転の左右方向の回数を増減する補正も可能であり、種々多様な組合せによる補正が可能であるほか、製造工程にて製造した感磁性ワイヤを更にテストワイヤとして検査し、補正し直して製造することも無論可能である。
また、この実施例では対称出力とすべく補正を行なったものであるが、非対称出力とする事も無論可能である。
更に、感磁性ワイヤの工業的な生産の実際においては、幾つかの製品種類について使用材料や製造工程を標準化することが必定であり、使用する母材の材質や線径および製造する感磁性ワイヤの線径や出力特性あるいは励磁方法などに応じて、予め伸線・熱処理工程の内容を前処理として相応しい内容に設定しておくことや、これに対応して試作工程の内容も相応の設定としておくことも可能で重要なことである。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明の感磁性ワイヤの製造方法は、このように伸線・熱処理工程や試作工程の内容を予め相応の内容に設定しておくことや製造工程にて補正して調整することにより、確実に所定の出力特性とすることができるものであり、また、これにより対称励磁による安定した対称出力を得ることが可能な感磁性ワイヤを製造することも可能となるものである。
製造に際して用いる母材のロット誤差や加工過程において生じる製造誤差などによる製品不良を解消し、所定の出力特性を有する感磁性ワイヤを効率良く安定して製造することが可能となることから、工業的な生産の実際において極めて有効で有益なものである。
特に、対称励磁による安定した対称出力を得ることが可能な感磁性ワイヤは、作用磁界としての磁石を1種類とすることができコストを低減できるほか、+側と−側の両側に絶対値の略等しい出力が交互に得られるため信号間隔が1/2で信号数が2倍となり精度が倍増することから、例えばセンサーなどにおいて励磁の交番速度が遅い場合にも有利に利用することができるなど、利用範囲や利用可能性が各段に広がるものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明の実施例を示す伸線・熱処理工程の詳細表である。
【図2】 本発明の実施例を示す試作工程の詳細表である。
【図3】 本発明の実施例を示すテストワイヤ検査工程の結果を表すグラフである。
【図4】 本発明の実施例を示す製造工程の詳細表である。
【図5】 図4に示す製造工程にて製造した感磁性ワイヤの検査結果を表すグラフである。
【図6】 大バルクハウゼンジャンプ現象を起し得る感磁性ワイヤの従来の一般的な構造を示す側断面図である。
【図7】 図6に示す感磁性ワイヤ1の作動状態を示す概略図である。
【符号の説明】
1 感磁性ワイヤ
2 ハード層
3 ソフト層
4 配向磁界
5 セット磁界
6 検出コイル
7 リセット磁界

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大バルクハウゼンジャンプ現象を起し得る感磁性ワイヤの製造方法であって、母材であるワイヤ素材に複数段階の伸線加工を施す過程に複数回の熱処理を施して所定の線径としたベースワイヤを得る伸線・熱処理工程と、ベースワイヤに左右の捻り回転を順次加えてテストワイヤを作製する試作工程と、試作したテストワイヤの出力特性を確認するテストワイヤ検査工程と、検査結果から得たテストワイヤの出力特性に基づき必要に応じて捻り回転方向および/または捻り回転数を補正してベースワイヤに左右の捻り回転を順次加えて所定の出力特性とした感磁性ワイヤを作製する製造工程、とからなる感磁性ワイヤの製造方法。
【請求項2】
製造工程において作製した感磁性ワイヤをテストワイヤとし、テストワイヤ検査工程と製造工程を適宜繰返すものである請求項1に記載の感磁性ワイヤの製造方法。
【請求項3】
対称励磁した場合に対称出力が得られる出力特性を所定の出力特性としたものである請求項1または請求項2のいずれかに記載の感磁性ワイヤの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−114857(P2006−114857A)
【公開日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−329749(P2004−329749)
【出願日】平成16年10月18日(2004.10.18)
【出願人】(391003015)株式会社野毛電気工業 (20)
【出願人】(504419335)
【出願人】(504419140)