説明

感覚器障害モデル動物

【課題】 感覚器障害モデル動物、その作製方法及びそれを用いて医薬品の候補物質をスクリーニングする方法を提供すること。
【解決手段】 青年期に視覚剥奪操作及び/又は薬物投与がなされ、大脳皮質の体性感覚野における経験依存的AMPA受容体シナプス移行が促進されていることを特徴とする感覚器障害モデル動物。その作製方法及びそれを用いて医薬品の候補物質をスクリーニングする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、感覚器障害モデル動物に関し、より詳細には、感覚器障害モデル動物、その作製方法及びそれを用いて医薬品の候補物質をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ある一つの感覚器系が障害を受けたときに残っている感覚器系において可塑的な変化が起こりその能力の向上などが見られることをCross modal plasticityという。人間をはじめ多く実験動物においてもその例は報告されているが、その分子メカニズムは未だ明らかではない(非特許文献1-4)。シナプス長期増強(Long-Term-Potentiation:LTP)はシナプス可塑性の細胞レベルのメカニズムと信じられてきている(非特許文献5, 6)。最近の研究においてLTP誘導時にGluR1 を含むAMPA受容体がシナプスに挿入され、シナプス強度が持続すると考えられている(非特許文献7-10)。In vivoにおいても、ひげ経験によりGluR1が発達期のバレル皮質シナプスへの移行するということが明らかになっている(非特許文献11, 12)。
我々は先行研究として発達期(生後12日-14日)のバレル皮質において、ひげ経験により4層から2/3層にかけて形成されるシナプスにGluR1が移行するということ明らかにしている(非特許文献12)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、感覚器障害モデル動物、その作製方法及びそれを用いて医薬品の候補物質をスクリーニングする方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
今回我々は青年期(生後21日-23日)において正常ラットはGluR1のシナプスへの移行が見られなかったが、ラットの視覚を剥奪することによりバレル皮質第II/III層においてGluR1がシナプスへ移行するということを発見した。
視覚を剥奪されたラットのバレル皮質においてセロトニン分泌量が有意に増加しており、セロトニン受容体の拮抗薬をバレル皮質に投与することによりGluR1のシナプスへの移行が阻害された。さらに視覚を剥奪することによりバレル皮質第II/III層のひげ-バレルの機能的マップがシャープになっており、これはGluR1がシナプスへ移行したためということが示された。
これらの結果から視覚機能の剥奪がセロトニンを介した経験依存的GluR1のシナプスへの移行促進によりひげ‐バレルの機能を向上させるということが明らかになった。本発明は、これらの知見に基づき、完成されたものである。
本発明の要旨は以下の通りである。
(1)青年期に視覚剥奪操作及び/又は薬物投与がなされ、大脳皮質の体性感覚野における経験依存的AMPA受容体シナプス移行が促進されていることを特徴とする感覚器障害モデル動物。
(2)内向き整流を示す組換えAMPA受容体を発現するベクターが大脳皮質の体性感覚野に注入されている(1)記載の感覚器障害モデル動物。
(3)AMPA受容体がGluR1である(1)又は(2)に記載の感覚器障害モデル動物。
(4)動物がげっ歯類であり、大脳皮質の体性感覚野がバレル皮質である(1)〜(3)のいずれかに記載の感覚器障害モデル動物。
(5)大脳皮質の体性感覚野における細胞外セロトニンレベルが増加している(1)〜(4)のいずれかに記載の感覚器障害モデル動物。
(6)大脳皮質の体性感覚野の機能的mapが鋭敏化している(1)〜(5)のいずれかに記載の社会的隔離モデル動物。
(7)動物がラットであり、青年期になされる視覚剥奪操作が生後21〜23日における視覚剥奪である(1)〜(6)のいずれかに記載の感覚器障害モデル動物。
(8)視覚剥奪が2日以内の期間でなされる(7)記載の感覚器障害モデル動物。
(9)青年期になされる薬物投与がセロトニン受容体のアゴニストの投与である(1)〜(8)のいずれかに記載の感覚器障害モデル動物。
(10)セロトニン受容体が5HT2A受容体である(9)記載の感覚器障害モデル動物。
(11)5HT2A受容体のアゴニストが1-(2,5-dimethoxy-4-iodophenyl)‐2-aminopropaneである(10)記載の感覚器障害モデル動物。
(12)動物がラットであり、青年期になされる薬物投与が生後21〜23日における1日あたり1.5-2.5 mMの局所投与での1-(2,5-dimethoxy-4-iodophenyl)‐2-aminopropaneの投与である(11)記載の感覚器障害モデル動物。
(13)シナプス長期増強が誘導されている(9)〜(12)のいずれかに記載の感覚器障害モデル動物。
(14)青年期に視覚剥奪操作及び/又は薬物投与を行い、大脳皮質の体性感覚野における経験依存的AMPA受容体シナプス移行を阻害することを含む、感覚器障害モデル動物の作製方法。
(15)(1)〜(13)のいずれかに記載の感覚器障害モデル動物に被験物質を投与することを含む、感覚器障害後の残った感覚器の機能向上に有効な物質のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0005】
本発明により、感覚器障害モデル動物を作製することができるようになった。本発明のモデル動物を用いて、AMPA受容体シナプス移行促進因子を同定したり、感覚器障害者のリハビリテーション促進新規治療法を開発することができる。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【図1−1】視覚剥奪によりGluR1は青年期(P21-P23)のバレル皮質4-2/3層のシナプスへ移行する。(A)実験手順 (詳細は後述の実施例参照). (B)(左) 青年期(P21-P23) intactもしくは視覚を剥奪されたラット(VD)のGFP-GluR1を発現するウィルスに感染した細胞と非感染細胞におけるシナプス応答の例 (-60mV と+40mVで保持し50回連続試行における平均). (右) 内向き整流指数のグラフ (RI: -60mVにおける応答/ +40mVにおける応答) GFP-GluR1 を発現している神経細胞(黒)のRI指数は近傍の非感染細胞 (白)のRI指数により補正した。
【図1−2】(A)(左) 青年期(P21-P23) intactもしくは視覚を剥奪されたラット(VD)のGFP-GluR1ctを発現するウィルスに感染した細胞と非感染細胞におけるバレル皮質4層−2/3層のシナプス応答の例。(右) AMPA受容体を介したシナプス応答のグラフ。GFP-GluR1 を発現している神経細胞(黒)のシナプス応答は近傍の非感染細胞 (白)の応答により補正した。注目すべき点として視覚を剥奪した動物ではGFP-GluR1ct発現細胞においてシナプス応答の減少が見られたがintactの動物ではみられなかった。(B)intactもしくは視覚を剥奪されたラットのバレル皮質2/3層におけるシナプス応答。(右) AMPA受容体を介した応答に対するNMDA受容体を介した応答の比のグラフ。注目すべき点として視覚を剥奪されたラットのAMPA受容体を介した応答に対するNMDA受容体を介した応答の比がintactラットに比較して増加していた。
【図1−3】(左)ひげを刈り取られた状態の青年期(P21-P23) intactもしくは視覚を剥奪されたラットのGFP-GluR1を発現するウィルスに感染した細胞と非感染細胞のバレル皮質2/3層のシナプス応答の例。注目すべき点として感染細胞と非感染細胞における内向き整流に差は見られなかった。(右) 内向き整流指数のグラフ。GFP-GluR1 を発現している神経細胞(黒)のRI指数は近傍の非感染細胞 (白)のRI指数により補正した。
【図1−4】(A)実験手順。21日齢においてラットの両目を縫合して視覚を剥奪し、23日齢においてLTP実験を行った。LTPはバレル皮質4層−2/3層間において形成されるシナプスにおいて、5Hzの刺激(3min)と20mVシナプス後電位によるペアリングプロトコールにより誘導した。(B)(左) intactもしくは視覚を剥奪されたラットのLTP誘導刺激前と後におけるシナプス応答の例(右)LTP誘導刺激後30分から40分におけるシナプス応答の平均値。LTPはintactの動物では誘導することができたが、2日間視覚を剥奪した動物ではLTPがみられなかった。このことは視覚剥奪によりシナプスにおけるAMPA受容体数が飽和しLTPがoccludeしたといえる。(C)(左) intactもしくは2日間視覚を剥奪されたラットのGFP-GluR1を発現するウィルスに感染した細胞と非感染細胞のバレル皮質2/3層のシナプス応答の例。注目すべき点として感染細胞と非感染細胞における内向き整流に差は見られなかった。このことは2日間の視覚剥奪によりGluR1はもはやシナプスへ移行しなくなるといえる。(右) 内向き整流指数のグラフ。GFP-GluR1 を発現している神経細胞(黒)のRI指数は近傍の非感染細胞 (白)のRI指数により補正した。
【図2−1】視覚剥奪によるGluR1のバレル皮質シナプスへの移行はセロトニンを介している。(A) Intactもしくは視覚を剥奪されたラットのバレル皮質2/3層と視覚野における細胞外セロトニンレベルはマイクロダイアリシス法により測定した。視覚剥奪によりバレル皮質2/3層における細胞外セロトニンレベルが増加したが視覚野においてはそれが見られなかった。(B) (左) ketanserinを注入した青年期(P21-P23) intactもしくは視覚を剥奪されたラット(VD)のGFP-GluR1を発現するウィルスに感染した細胞と非感染細胞におけるシナプス応答の例。注目すべき点として感染細胞と非感染細胞における内向き整流に差は見られなかった。(右) 内向き整流指数のグラフ。GFP-GluR1 を発現している神経細胞(黒)のRI指数は近傍の非感染細胞 (白)のRI指数により補正した。
【図2−2】Intactもしくは視覚を剥奪されたラットのバレル皮質2/3層におけるin vivoマイクロダイアリシス法により測定した細胞外ドーパミンレベル。視覚剥奪によりバレル皮質2/3層における細胞外ドーパミンレベルの増加は見られなかった。
【図3】セロトニンは GluR1のシナプスへの移行を促進する。(A)(左) DOIを注入した青年期(P21-P23) intactもしくは視覚を剥奪されたラット(VD)のGFP-GluR1を発現するウィルスに感染した細胞と非感染細胞におけるシナプス応答の例。注目すべき点として感染細胞において非感染細胞に比較して内向き整流の増加がみられた。(右) 内向き整流指数のグラフ。GFP-GluR1 を発現している神経細胞(黒)のRI指数は近傍の非感染細胞 (白)のRI指数により補正した。(B) シナプス可塑性はDOI存在下(左下)もしくは非存在下(左上)で1Hzの刺激(3min)と-40mVシナプス後電位によるペアリングプロトコールにより誘導した。EPSCのamplitudeはペアリングする前のベースラインの平均値で補正した。(右)可塑性誘導刺激後30分から40分におけるamplitudeの平均値。注目すべき点としてこのプロトコールはDOI非存在下ではLTDが観察されるが、DOI存在下ではLTPが観察された。
【図4】視覚剥奪は機能的ひげ-バレルマップをシャープにする。(A)Surround whiskerの刺激によるバレル皮質2/3層における応答(スパイク数)はPrincipal whisker を刺激した時の応答により補正した。注目すべき点としてPrincipal whisker を刺激した時の応答に対するSurround whiskerの刺激による応答が視覚を剥奪した動物のバレル皮質において有意に低いということがみられ、このことから視覚剥奪したラットのマップがシャープになっていることが示される。(B)Principal whisker を刺激した時の応答に対するSurround whiskerの刺激による応答がGFP-GluR1ct発現させたラットにおいてGFPを発現させた動物に対して有意に高いということがみられた。このことからGFP-GluR1ct発現させた動物においてマップの鋭敏化が起こっていないということが示される。
【図5】(左)青年期(P21-P23) intactもしくは視覚を剥奪されたラット(VD)のGFP-GluR1を発現するウィルスに感染した細胞と非感染細胞のバレル皮質2/3層−2/3層間(lateral pathway)のシナプス応答の例。注目すべき点として感染細胞と非感染細胞における内向き整流に差は見られなかった。(右) 内向き整流指数のグラフ。GFP-GluR1 を発現している神経細胞(黒)のRI指数は近傍の非感染細胞 (白)のRI指数により補正した。
【図6】(左) AIDAを注入した青年期(P21-P23) intactもしくは視覚を剥奪されたラット(VD)のGFP-GluR1を発現するウィルスに感染した細胞と非感染細胞におけるシナプス応答の例。注目すべき点として感染細胞において非感染細胞に比較して内向き整流の増加がみられた。 (右) 内向き整流指数のグラフ。GFP-GluR1 を発現している神経細胞(黒)のRI指数は近傍の非感染細胞 (白)のRI指数により補正した。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0008】
本発明は、青年期に視覚剥奪操作及び/又は薬物投与がなされ、大脳皮質の体性感覚野における経験依存的AMPA受容体シナプス移行が促進されていることを特徴とする感覚器障害モデル動物を提供する。
【0009】
本発明の感覚器障害モデル動物は、ヒト以外の動物であればよく、ラット、マウス、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、サルなどの哺乳動物を挙げることができ、ラット、マウス、ハムスター、モルモット、ウサギなどのげっ歯類が好適である。経験依存的AMPA受容体シナプス移行が促進されているかどうかを検討するためには、ラットのヒゲ−バレル皮質の系を使うと便利であることから、本発明者らはラットを用いて実験を行った(後述の実施例参照)。バレル皮質は直径100〜400μ程度の細胞の塊から構成される。それぞれのバレルは1本のヒゲに対応して反応し、ヒゲとバレルとの間には整然としたマップが形成される。ヒゲ−バレル皮質の系は、ヒゲを切ることによって簡単に感覚入力をコントロールすることができる。このようなバレル構造は、ラット、マウス、ハムスター、モルモットなどの多くのげっ歯類に見られる。
【0010】
本発明において、これらの動物の青年期に視覚剥奪操作及び/又は薬物投与がなされる。視覚剥奪操作及び/又は薬物投与は、青年期、好ましくは、機能的ひげ−バレルのマップが完成している後期発達期になされるとよい。
【0011】
視覚剥奪操作は、大脳皮質の体性感覚野における経験依存的AMPA受容体シナプス移行が促進されるのに適した視覚剥奪操作であればよく、例えば、両眼を縫いつける操作などを挙げることができる。動物がラットである場合、青年期になされる視覚剥奪操作は、生後21〜23日に両眼を縫いつけ視覚を奪う操作であるとよい。視覚剥奪による大脳皮質の再構築は視覚剥奪を開始してから2日間で終止するということが明らかになった(後述の実施例参照)ことから、視覚剥奪操作は2日でなされれば十分であろう。他の動物については、当業者であれば、ラットの場合に準じて、大脳皮質の体性感覚野における経験依存的AMPA受容体シナプス移行が促進されるのに適した視覚剥奪操作条件を見出すことができるであろう。
【0012】
薬物投与は、大脳皮質の体性感覚野における経験依存的AMPA受容体シナプス移行を促進できる薬物の投与であればよい。このような薬物としては、1-(2,5-dimethoxy-4-iodophenyl)‐2-aminopropane、これらの薬理学的に許容される塩などのセロトニン受容体(例えば、5HT2A/2C受容体)のアゴニストを例示することができる。投与方法は、薬物の種類に応じて適宜選択すればよく、例えば、腹腔内注射などを挙げることができる。投与量は、動物及び薬物の種類に応じて適宜調製するとよい。例えば、動物がラットであり、青年期に投与する薬物が1-(2,5-dimethoxy-4-iodophenyl)‐2-aminopropane又はその薬理学的に許容される塩である場合、青年期になされる薬物投与は、生後21〜23日における1日あたり1.5-2.5 mM/g体重(好ましくは、2 mM/g体重)の投与量での1-(2,5-dimethoxy-4-iodophenyl)‐2-aminopropane又はその薬理学的に許容される塩の投与であるとよい。他の動物又は他の薬物については、当業者であれば、ラットに1-(2,5-dimethoxy-4-iodophenyl)‐2-aminopropane又はその薬理学的に許容される塩を投与する場合に準じて、大脳皮質の体性感覚野における経験依存的AMPA受容体シナプス移行が促進されるのに適した薬物投与操作条件を見出すことができるであろう。
【0013】
大脳皮質の体性感覚野における経験依存的AMPA受容体シナプス移行が促進されているかどうかの検討は、Takahashi, T., Svoboda, K., and Malinow, R. (2003). Experience strengthening transmission by driving AMPA receptors into synapses. Science (New York, NY 299, 1585-1588.に記載の方法を用いて行うことができる(後述の実施例参照)。簡単に説明すると、内向き整流を示す組換えAMPA受容体を発現するベクター(例えば、ウイルス)を動物の大脳皮質の体性感覚野(例えば、げっ歯類のバレル皮質)に注入して、発現させ、その後適当な時間(後述の実施例では、2日間)ほどおいてから脳スライスを作製し、そのスライスを用いた電気生理学的解析(Y. Hayashi et al., Science 287, 2262 (Mar 24, 2000).)を行う。もし内向き整流を示す組換えAMPA受容体がシナプスに挿入された場合、挿入されていないシナプスに比べてより内向きの整流を示すようになる。AMPA受容体は、グルタミン酸受容体の1つであり、数種類が存在するが、C末端の構造により2つのグループに分けられる。GluR1,4は長いC末端を有しており、GluR2.3は短いC末端を持っている。内向き整流を示す組換えAMPA受容体は、GluR1であることが好ましい。組換えAMPA受容体は、GFP(green fluorescence protein(緑色蛍光タンパク質))などで標識されていることが好ましい。MalinowらはLTPを誘導する刺激によりAMPA受容体がシナプスへ移行し、シナプスにおけるAMPA受容体の数が増えることがシナプス長期増強のメカニズムであるという仮説を立てた。組換えAMPA受容体のシナプスへの移行を調べる方法としてMalinowらは「電気生理学的標識」という方法を開発した( Y. Hayashi et al., Science 287, 2262 (Mar 24, 2000).)。通常の場合、生体内のAMPA受容体は膜電位が負のときも正のときもイオンがチャンネルを通過することができる。したがっていずれの場合もシナプス前神経の刺激に対する反応が観察されるが、組換え受容体は膜電位が負のときのみイオンがチャネルを通過する。これを内向き整流(inward rectification)と言う。もしこの内向き整流を示す組換え受容体がシナプスに挿入された場合、挿入されていないシナプスに比べてより内向きの整流を示すようになる。MalinowらはまずSindbis virusを用いてin vitroの培養海馬スライスに組換えAMPA受容体を発現させ、LTP誘導時にC末端が長いAMPA受容体であるGluR1がシナプスへ移行するということを発見した( Y. Hayashi et al., Science 287, 2262 (Mar 24, 2000).; S. Shi, Y. Hayashi, J. A. Esteban, R. Malinow, Cell 105, 331 (May 4, 2001).; S. H. Shi et al., Science 284, 1811 (Jun 11, 1999).)。一方、C末端が短いAMPA受容体であるGluR2はLTP誘導刺激がない状態においてもconstitutiveにシナプスへ移行するということを見出した( S. Shi, Y. Hayashi, J. A. Esteban, R. Malinow, Cell 105, 331 (May 4, 2001).)。さらにMalinowらはLTP誘導刺激依存的にシナプスへ移行したGluR1がその後GluR2受容体によって置き換わることを見出した( S. Shi, Y. Hayashi, J. A. Esteban, R. Malinow, Cell 105, 331 (May 4, 2001).)。Malinowらはこれらの知見をもとにTwo-pathways モデルを提唱した。このモデルにおいてはまずLTP誘導刺激によりGluR1がシナプスに移行することによってシナプス応答の上昇を引き起こす。その際GluR1がある種のタンパク質をシナプスに運ぶことによってAMPA受容体がシナプスに滞在するためのslotを増やすと考えられる。その後シナプスに移行したGluR1はその他の膜タンパク質同様細胞内に取り込まれていくが、GluR1が消失したslotにはconstitutiveにシナプスへ移行するGluR2が置き換わって挿入される。GluR2はその後もconstitutiveなturnoverを繰り返し、LTPを維持していく。このモデルは記憶の獲得とその維持を細胞レベルで記述している見事なモデルと言えるだろう( R. Malinow, R. C. Malenka, Annu Rev Neurosci 25, 103 (2002).; J. J. Zhu, J. A. Esteban, Y. Hayashi, R. Malinow, Nat Neurosci 3, 1098 (Nov, 2000).)
本明細書において、「経験依存的AMPA受容体シナプス移行」とは、感覚入力依存的にAMPA受容体がシナプスへ移行する現象のことをいい、その例としては、げっ歯類のヒゲを介した感覚的経験がバレル皮質においてAMPA受容体をシナプスへ移行させることなどが挙げられる。
【0014】
動物の青年期に視覚剥奪操作及び/又は薬物投与を行い、大脳皮質の体性感覚野における経験依存的AMPA受容体シナプス移行を促進することにより、シナプス長期増強が誘導されること、大脳皮質の体性感覚野(ラットの場合、バレル皮質)の機能的mapが鋭敏化されることが確認された(後述の実施例参照)。また、大脳皮質の体性感覚野における細胞外セロトニンレベルを測定したところ、視覚を剥奪した動物はintactの動物に比較して高いレベルのセロトニンを放出していることが検出された(後述の実施例参照)。
【0015】
また、本発明は、青年期に視覚剥奪操作及び/又は薬物投与を行い、大脳皮質の体性感覚野における経験依存的AMPA受容体シナプス移行を阻害することを含む、感覚器障害モデル動物の作製方法も提供する。
【0016】
さらに、本発明は、青年期に視覚剥奪操作及び/又は薬物投与がなされ、大脳皮質の体性感覚野における経験依存的AMPA受容体シナプス移行が促進されていることを特徴とする感覚器障害モデル動物に被験物質を投与することを含む、感覚器障害後の残った感覚器の機能向上に有効な物質のスクリーニング方法を提供する。
【0017】
被験物質は、いかなる物質であってもよく、例えば、タンパク質、ペプチド、多糖、オリゴ糖、単糖、脂質、低分子化合物、核酸(DNA、RNA、オリゴヌクレオチド、モノヌクレオチド等)などを挙げることができる。これらの物質は、天然物であっても、化学的又は生化学的に合成された物であってもよく、また、遺伝子工学的に生産された物であってもよい。
【0018】
スクリーニングは、例えば、以下のような手順で行うことができる。青年期の視覚剥奪操作(例えば、両眼を縫いつけ視覚を奪う操作)及び/又は薬物投与(例えば、1-(2,5-dimethoxy-4-iodophenyl)‐2-aminopropane投与)を終えた後に、モデル動物に被験物質を適当な投与量・投与方法で投与し、適当な期間飼育した後、大脳皮質の体性感覚野における経験依存的AMPA受容体シナプス移行が促進されているか否かを測定する。測定方法は前述の通りである。被験物資を投与しない動物と比較して、大脳皮質の体性感覚野における経験依存的AMPA受容体シナプス移行が有意に促進されていれば、感覚器障害後の残った感覚器の機能向上に有効な物質であると判定される。
【実施例】
【0019】
以下の実施例により、本発明を具体的に説明する。なお、これらの実施例は、説明のためのものであって、本発明の範囲を限定するものではない。
【0020】
〔実施例1〕
Results & Discussion
我々は先行研究として発達期(生後12日-14日)のバレル皮質において、ひげ経験により4層から2/3層にかけて形成されるシナプスにGluR1が移行するということ明らかにしており(12)、今回我々は機能的ひげ‐バレルのマップが完成している後期発達期(生後21日-23日)において通常のひげ経験がGluR1をバレル皮質2/3層のシナプスに移行するかどうかを検討した。
GFPにより標識された組み換え型のGluR1のシナプスへの移行を検出するため我々は‘電気生理学的標識法’(8, 14)を用いた。この手法は細胞の膜電位が正のときの外向きの電流が内在性の受容体に比べてほとんど無い(内向き整流)ホモメリック受容体を形成するGFP-GluR1の過剰発現により、GFP-GluR1を含むシナプスはGFP-GluR1を含まないシナプスより高い内向き整流を示す(-60mVにおける応答 に対する +40mVでの応答の比)というものである。
我々は21日齢のラットのバレル皮質2/3層にGFP-GluR1を組み込んだヘルペスウィルスをインジェクションし、36時間後急性スライスを作成してから4層から2/3層の錐体細胞のシナプス電流をホールセル法により記録した(図1-1A)。AMPA受容体を介した応答は薬理学的に単離したものを測定した。ひげがintactな動物において感染細胞の内向き整流の増加がみられなかったことからこの日齢において経験依存的なGluR1のシナプスへの移行はもはや起こらないということが示された(図1-1B)。これに一貫したものとして、内在性のGluR1を含む受容体もひげがintactな動物においてシナプスに移行しないということも示された(図1-2A)。
次に21日-23日齢の4層から2/3層にかけて形成されるシナプスへのGluR1移行における視覚剥奪することの効果を検討するため、両眼の瞼を縫いつけ視覚を奪いその後すぐにバレル皮質にGFP-GluR1を組み込んだウィルスをインジェクションした。このような処置によりGFP-GluR1発現細胞において非感染細胞に比べて有意な内向き整流の増加が見られた(図1-1)。このことからこの日齢のバレル皮質では視覚を剥奪された状態においてGFP-GluR1がバレル皮質4-2/3層のシナプスへ移行するということが示された。さらに視覚剥奪により内在性のGluR1を含む受容体もシナプスに移行するということも示された(図1-2)。また視覚を剥奪した動物のひげを切り取ることによりGluR1のシナプスへの移行が起こらなくなったことから、視覚剥奪によるバレル皮質におけるGluR1のシナプスへの移行はひげ経験依存的であるということも示された(図1-3)。これらのことから21日-23日齢において視覚剥奪によりGluR1がバレル皮質4-2/3層のシナプスへ移行するということが明らかになった。
視覚を剥奪してから2日後においてLTPの誘導が阻害されるということから、視覚剥奪によるGluR1のシナプスへの移行はシナプスにおけるAMPA受容体の数を視覚剥奪から2日間で頭打ちにするということが示された(図1-4A,B)。このことに一貫して、21日齢において視覚剥奪を開始した動物は23日-25日齢においてGluR1のシナプスへの移行は見られなかった(図1-4C)。このことから視覚剥奪による大脳皮質の再構築は視覚剥奪を開始してから2日間で終止するということが明らかになった。
視覚剥奪によるバレル皮質におけるGluR1のシナプスへの移行はどのようなものを介しているのだろうか?先行研究においてセロトニンがバレル皮質の発達において重要な働きをするといわれている(15-17)。さらにはセロトニン受容体の活性化が扁桃体におけるLTPを促進する(18)ということから我々は、セロトニンがバレル皮質4-2/3層におけるGluR1シナプスへの移行を促進するのではないかという仮説を立てた。
最初に我々はin vivoマイクロダイアリシス法により視覚剥奪したラットもしくはintactラットのバレル皮質における細胞外セロトニンレベルを測定した。
視覚を剥奪した動物はintactの動物に比較して高いレベルのセロトニン放出を検出した(図2-1A)。視覚野におけるセロトニンについては視覚を剥奪した動物とintactの動物において差は見られなかった(図2-1A)。さらにバレル皮質におけるドーパミンについては視覚を剥奪した動物とintactの動物おいて同程度であった(図2-2)。
次に視覚剥奪によるGluR1のシナプスへの移行をセロトニンが仲介しているかどうかを調べるため、21日齢のバレル皮質2/3層にセロトニン2A(5HT2A)受容体のアンタゴニストであるketanserinをGFP−GluR1の組み込まれたヘルペスウィルスと同時に注入した。そして視覚を剥奪し、23日齢において脳スライスを作成した。ホールセル記録により感染細胞、非感染細胞において内向き整流に差が見られなかったためGFP-GluR1のシナプスへの移行は阻害されたということが示された(図2-1B)。このことから視覚剥奪によるGluR1のシナプスへの移行はセロトニンが仲介しているということが示された。
ここでもしGluR1のシナプスへの移行が視覚剥奪されたラットのバレル皮質において増加したセロトニンにより促進されているのならば、intactラットの通常のひげ経験で過剰のセロトニンの投与によりGluR1をシナプスへ移行させることができると考えられる。このことを確かめるため、21日齢のバレル皮質2/3層に5HT2A受容体のアゴニストであるDOIをGFP-GluR1の組み込まれたヘルペスウィルスと同時に注入した。ラットの両目はintactの状態で36時間後脳スライスを作成し、4層から2/3層におけるシナプス伝達をホールセル法により記録した。GFP-GluR1を発現している神経細胞において内向き整流の増加がみられたため、GFP-GluR1がシナプスへ移行しているということが示された(図3A)。このことからバレル皮質において増加したセロトニンがこの日齢において2/3層に発現している5HT2A受容体(19)を介してGluR1のシナプスへの移行を促進しており、結果として視覚剥奪による経験依存的なGluR1のシナプスへの移行が起こるということを示している。
さらにセロトニンが内在性のGluR1を含むAMPA受容体のシナプスへの移行を促進しているかということを検討するため、シナプス可塑性におけるセロトニンの増加の影響を試験した。今回我々は23日齢のintactの動物において急性スライスを作成し、バレル皮質2/3層においてDOI存在下もしくは非存在下でシナプス可塑性の誘導を試みた。1Hzの刺激と-40mVシナプス後電位によるペアリングプロトコールを用いた。このプトロコールによりDOI非存在下においてはLTDが誘導されるが、DOI存在下においてLTPが観察された(図3B)。このことからセロトニンは5HT2A受容体を介してGluR1のシナプスへの移行を促進しMetaplasticityを引き起こすということが示された。
視覚剥奪によるGFP-GluR1のバレル皮質4-2/3層のシナプスへの移行はラットのひげと2/3層のバレルカラムとの機能的関係をよりシャープにしていると考えられる。このことを確かめるため、バレル皮質2/3層の受容野における機能について視覚を剥奪した動物とintactの動物おいて測定した。我々は麻酔下の動物でin vivoシングルユニット記録により機能的ひげ-バレルのマップを評価した。23日齢においてひげ刺激による誘発されるスパイク数を測定した。ここで最も高い反応を示すひげをprincipal whiskerとした。今回Principal whisker を刺激した時の応答に対するその周囲のひげであるSurround whiskerの刺激による応答が視覚を剥奪した動物のバレル皮質において有意に低いということがみられた。つまりバレル皮質2/3層の機能的受容野が視覚剥奪によりシャープになったということが示された(図4A)。
さらにGluR1のシナプスへの移行によりひげーバレルの機能的マップがシャープなっているのかということを確かめるため、GluR1のシナプスへの移行を阻害するコンストラクトである(図1-2A) (12, 14) GFPタグのついたGluR1のcytoplasmic tail (GFP-GluR1ct)とGFPを21日齢の視覚を剥奪したラットのバレル皮質2/3層に発現させ、23日齢においてin vivoシングルユニット記録を行った。Principal whisker を刺激した時の応答に対するSurround whiskerの刺激による応答がGFP-GluR1ct発現させた動物のバレル皮質においてGFPを発現させた動物に対して有意に高いということがみられた。つまり視覚剥奪によりひげーバレルの機能的マップの改善はGFP-GluR1ctの発現により阻害されたということが示された(図4B)。このことから視覚機能を剥奪された動物においてみられたひげーバレルの機能的マップの鋭敏化はGluR1のシナプスへの移行依存的であるということが明らかになった。
今回我々は視覚剥奪によるGluR1のシナプスへの移行が結果としてバレル皮質2/3層のひげーバレルの機能的マップの鋭敏化させるということを示した。先行研究において視覚経験を剥奪することによりバレル皮質2/3層におけるAMPA受容体を介したminiature EPSCを減少させるという報告がある(4)。正味のAMPA受容体を介したシナプス伝達がこの領域で視覚剥奪により減少することは4層から2/3層にかけて形成されるシナプス伝達を強化し、それによりひげーバレルの機能的マップの鋭敏化が起こると考えられる。実際、視覚剥奪によるGluR1の2/3層から2/3層にかけて形成されるシナプスへの移行は見られなかった(図5)。
5HT2A受容体のアゴニストの投与によりintactラットにおいてGluR1を含むAMPA受容体のシナプスへの移行が見られたため、GluR1を含むAMPA受容体のシナプスへの移行の促進はセロトニンにより5HT2A受容体を介して起こるということが示された。先行研究においてひげを1本だけ残し他は切り取ってしまうsingle-whisker experienceにより残ったひげに対応するバレル皮質2/3層のシナプス応答が強化され、この現象はmGluR1を活性化することにより起こるという報告がある(20)。しかしながら今回mGluR1のアンタゴニストを投与しても視覚剥奪によるGluR1のシナプスへの移行は阻害することはできなかった(図6)。5HT2A受容体がmGluR1と同じ下流シグナル経路を共有することにより、セロトニンシグナルが今回のようなコンディションにおいてmGluR1の代わりに利用されるのかもしれない(21,22)。背側縫線核からのセロトニン作動性神経は様々な脳領域に投射するため(23)、視覚野やバレル皮質といったような異なった皮質領域を含む協調的再構築の制御にはグルタミン酸系よりも有用と考えられる。
【0021】
Materials and Methods
動物
Long-Evans系統ラット21-23日齢を用いた。これらの動物は12時間の明暗条件下、食物と水は自由に摂取可能な状態で飼育した。すべての実験手続きは横浜市立大学実験動物使用ガイドラインを厳格に遵守し行われた。
バレル皮質へのウィルスのin vivoインジェクション
GFPタグの付加されたAMPA受容体サブユニット(GluR1-GFP, GluR1-ct-GFP,)とヘルペスウィルス作成は先行研究であるRumpelらの報告(27)をもとに行った。21日齢においてラットにketamine/xylazineによる麻酔を施した。その後頭皮を切開し、頭蓋骨を露出した。歯科用ドリルを用い、Bregma縫合より2mm後方、正中縫合より5mm外側の頭蓋骨を穿孔し、ガラスピペット(先端径 ~12μm)によりウィルス溶液をバレル皮質に注入した。術中ラットはヒートパッドにより体温を保持され、術後ラットの体の動きが戻ってきたところでホームケージに戻した。ラットの視覚のはく奪はウィルスの注入直後に行われた。
薬物投与
DOI (2,5-dimethoxy-4-iodoamphetamine)、セロトニン5HT2A、5HT2C 受容体作動薬, ketanserin, 5HT2A、5HT2C 受容体拮抗薬、もしくは 代謝型グルタミン酸受容体拮抗薬A IDA は生後21日齢においてGFP-GluR1を発現するヘルペスウィルスの注入と同時に注入された。(DOI:2mM, ketanserin:1mM, AIDA:1mM). LTPの実験において, DOI ( 20μM) はバスアプライにより投与された。
電気生理学
ウィルス注入から36時間後、ラットはイソフルレンガスによる麻酔下で脳を摘出され、脳は氷冷状態のダイセクションバッファー(25.0mM NaHCO3, 1.25mM NaH2PO4, 2.5mM KCl, 0.5mM CaCl2, 7.0mM MgCl2, 25.0mM glucose, 110.0mM choline chloride, 11.6mM ascorbic acid, 3.1mM pyruvic acid、5%CO2/95%O2)に素早く移した。脳スライスは300μmの厚さでダイセクションバッファー中において薄切され、薄切した脳スライスは5%CO2/95%O2でバブルした人工脳脊髄液(22-25℃, 118mM NaCl, 2.5mM KCl, 26.2mM NaHCO3 , 1mM NaH2PO4, 11mM glucose, 1.3mM MgCl2, 2.5mM CaCl2, Ph7.4)の中に保存した。その後脳スライスを記録チェンバーに移し0.1mM picrotoxin、4μM 2-chloroadenosineを含む人工脳脊髄液(22-25℃)で還流した。Rectification実験においてNMDA受容体拮抗薬である0.1mM D,L-APVを人工脳脊髄液に添加した。パッチピペット(3-7 MΩ)に細胞内液(115mM cesium methanesulfonate, 20mM CsCl, 10mM HEPES, 2.5mM MgCl2, 4mM Na2ATP, 0.4mM Na3GTP, 10mM sodium phosphocreatine, 0.6mM EGTA at PH7.25)を充填し、バレル皮質2/3層(脳表より150 - 500 μm)の感染細胞、非感染細胞においてホールセル記録法を行った。タングステン刺激電極は記録する細胞から200-300μm下方の第4層に置いた。記録は2つの細胞から同時に行い、刺激強度は10pA以上の応答を両方の細胞が示す強度に設定した。
-60mVと+40mV におけるAMPA受容体を介したシナプス応答の50-100回の平均を求め、その比を内向き整流比(rectification index)とした。Paired 記録実験においては、ホールセル法により近傍の50μm以内の感染細胞(GluR1-ct-GFP)と非感染細胞における応答を同時に記録した。AMPA/NMDA比は- 60mVにおける応答のピークの値と刺激の開始点から50ms後の+40mV における応答の比から求めた。
長期増強(long-term potentiation-LTP)を解析する実験において、視覚を剥奪された動物もしくはintactの動物から得られた脳スライスは5%CO2/95%O2でバブルした人工脳脊髄液(22-25℃, 118mM NaCl, 2.5mM KCl, 26.2mM NaHCO3 , 1mM NaH2PO4, 11mM glucose, 1.3mM MgCl2, 2.5mM CaCl2, Ph7.4)の中で維持された。AMPA受容体を介した-60mVにお蹴る応答を2つの経路から刺激頻度を0.33Hzにおいて記録した。一方の経路においてLTPはポストシナプスの膜電位を+20mVに脱分極させ、90秒間プレシナプスを5Hzで刺激するペアリングプロトコールにより誘導した。control pathwayであるもう一方の経路の応答の変化が50%以上の場合においてその実験は除外した。
In vivoマイクロダイアリシス
視覚を剥奪したもしくはintactのラットに麻酔下において脳定位的にステンレス製のガイドカニューラ(外径0.51 mm; AG-4, Eicom)をバレル皮質に植え込んだ。カニューラはBregma縫合より2mm後方、正中縫合より5mm外側、0,2mmの深さで挿入した。
マイクロダイアリシス実験を行う2時間前に膜長1mmの透析プローブ(外径0.31mm;AI-4-1, Eicom).をガイドカニューラの中に挿入した。2チャンネルのシーベル装置(SSU-20, Eicom)をプローブの入り口部分と出口部分に取り付け、人工脳脊髄液(147 mM NaCl; 4 mM KCl; 1.2 mM CaCl2; 0.9 mM MgCl2)を1.2μl/minの流速でマイクロダイアリシスポンプ(CMA/102, Carnegie Medicin, Stockholm, Sweden).を用い流入させた。マイクロダイアリシス実験は無麻酔、非拘束下で行った。2時間のサンプリング系の安定化後、6サンプル(36μl each)を30分毎計3時間サンプルバイアル(36μlの40mM酢酸 と200μl EDTAの混合液を含む ).に回収した。サンプルは定量実験まで-70℃において保存された。
5HTの定量
透析液中の5HTの濃度は高速液体クロマトグラフィー(EP-300; Eicom)により定量された。72μlのサンプルそれぞれはプレカラム(AC-ODS, Eicom)に移動相(0.1M phosphate buffer at pH 6.0, 0.13 mM EDTA, 2.3 mM sodium-1-octanesulfonate, and 20% methanol)とともに導入された。5HTは分離カラム(CA5-ODS, Eicomにより分離され、電気化学検出器(ECD-300, Eicom)により検出された。電極の電位はAg/AgCl参照電極から400mVに設定され、電極における電流の変化をデータプロセッサ(Chromatocorder 12; System Instruments)により記録した。5HTの濃度は標準液におけるピーク面積を参照し計算した。
In vivo記録
23日齢において、ラットをウレタン(31.25mg/kg, body weight)により麻酔し、上記と同様にバレル皮質上の頭蓋骨を穿孔した。同心円電極(Rhodes Medical)は脳表から200-400μm下方に挿入し、反対側のひげ1つずつを圧電素子に固定した金属針により刺激した。ひげ刺激により誘発されるスパイク応答はPowerlab4/25 (AD instruments)により記録した。ひげ刺激後5-50msに発生するスパイク数を計測し、それを応答の基準として扱った。
【0022】
References
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23. R. P. Vertes, J Comp Neurol 313, 643 (Nov 22, 1991).
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明のモデル動物は、AMPA受容体(GluR1を含む)シナプス移行促進因子の同定、感覚器障害者のリハビリテーション促進新規治療法の開発などに利用することができる。
また、本発明により、視覚剥奪などの感覚器障害による、大脳皮質体性感覚野におけるAMPA受容体シナプス移行促進の分子メカニズムが解明できるようになった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0024】
【非特許文献1】D. Bavelier, H. J. Neville, Nat Rev Neurosci 3, 443 (Jun, 2002).
【非特許文献2】N. Sadato et al., Nature 380, 526 (Apr 11, 1996)
【非特許文献3】J. P. Rauschecker, B. Tian, M. Korte, U. Egert, Proc Natl Acad Sci U S A 89, 5063 (Jun 1, 1992).
【非特許文献4】A. Goel et al., Nat Neurosci 9, 1001 (Aug, 2006).
【非特許文献5】M. S. Rioult-Pedotti, D. Friedman, J. P. Donoghue, Science 290, 533 (Oct 20, 2000)
【非特許文献6】S. Maren, Annu Rev Neurosci 24, 897 (2001).
【非特許文献7】I. Song, R. L. Huganir, Trends Neurosci 25, 578 (Nov, 2002).
【非特許文献8】Y. Hayashi et al., Science 287, 2262 (Mar 24, 2000).
【非特許文献9】M. Passafaro, V. Piech, M. Sheng, Nat Neurosci 4, 917 (Sep, 2001).
【非特許文献10】R. C. Malenka, M. F. Bear, Neuron 44, 5 (Sep 30, 2004).
【非特許文献11】R. L. Clem, A. Barth, Neuron 49, 663 (Mar 2, 2006).
【非特許文献12】T. Takahashi, K. Svoboda, R. Malinow, Science 299, 1585 (Mar 7, 2003).

【特許請求の範囲】
【請求項1】
青年期に視覚剥奪操作及び/又は薬物投与がなされ、大脳皮質の体性感覚野における経験依存的AMPA受容体シナプス移行が促進されていることを特徴とする感覚器障害モデル動物。
【請求項2】
内向き整流を示す組換えAMPA受容体を発現するベクターが大脳皮質の体性感覚野に注入されている請求項1記載の感覚器障害モデル動物。
【請求項3】
AMPA受容体がGluR1である請求項1又は2に記載の感覚器障害モデル動物。
【請求項4】
動物がげっ歯類であり、大脳皮質の体性感覚野がバレル皮質である請求項1〜3のいずれかに記載の感覚器障害モデル動物。
【請求項5】
大脳皮質の体性感覚野における細胞外セロトニンレベルが増加している請求項1〜4のいずれかに記載の感覚器障害モデル動物。
【請求項6】
大脳皮質の体性感覚野の機能的mapが鋭敏化している請求項1〜5のいずれかに記載の社会的隔離モデル動物。
【請求項7】
動物がラットであり、青年期になされる視覚剥奪操作が生後21〜23日における視覚剥奪である請求項1〜6のいずれかに記載の感覚器障害モデル動物。
【請求項8】
視覚剥奪が2日以内の期間でなされる請求項7記載の感覚器障害モデル動物。
【請求項9】
青年期になされる薬物投与がセロトニン受容体のアゴニストの投与である請求項1〜8のいずれかに記載の感覚器障害モデル動物。
【請求項10】
セロトニン受容体が5HT2A受容体である請求項9記載の感覚器障害モデル動物。
【請求項11】
5HT2A受容体のアゴニストが1-(2,5-dimethoxy-4-iodophenyl)‐2-aminopropaneである請求項10記載の感覚器障害モデル動物。
【請求項12】
動物がラットであり、青年期になされる薬物投与が生後21〜23日における1日あたり1.5-2.5 mMの局所投与での1-(2,5-dimethoxy-4-iodophenyl)‐2-aminopropaneの投与である請求項11記載の感覚器障害モデル動物。
【請求項13】
シナプス長期増強が誘導されている請求項9〜12のいずれかに記載の感覚器障害モデル動物。
【請求項14】
青年期に視覚剥奪操作及び/又は薬物投与を行い、大脳皮質の体性感覚野における経験依存的AMPA受容体シナプス移行を阻害することを含む、感覚器障害モデル動物の作製方法。
【請求項15】
請求項1〜13のいずれかに記載の感覚器障害モデル動物に被験物質を投与することを含む、感覚器障害後の残った感覚器の機能向上に有効な物質のスクリーニング方法。

【図1−1】
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【図1−2】
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【図1−3】
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【図1−4】
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【図2−1】
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【図2−2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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