説明

慢性腎臓病の予防又は治療用組成物

【課題】生体への安全性が高く、のみやすさ等の摂取容易性にすぐれ、慢性腎臓病の予防又は治療に効果的な組成物を提供すること。
【解決手段】アルギン酸塩を含有し、慢性腎臓病(CKD)の予防又は治療用組成物を提供する。好ましくは上記アルギン酸塩は、ナトリウム塩又はカリウム塩である。上記組成物の予防又は治療の対象となる慢性腎臓病は、そのリスクを有する対象もしくは糖尿病の有無とは無関係にCKDと診断された患者である。また上記アルギン酸塩は、好ましくは慢性腎臓病の予防上又は治療上有効な量投与される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、慢性腎臓病の予防又は治療用組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
1.慢性腎臓病(CKD)について
腎臓病患者の増加は、年々世界規模で深刻化している。2002年に米国腎臓財団が、新しく「慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease=CKD)」という概念を提唱し、CKDの予防や改善に向けた取組みが始まっている(例えば特許文献1)。例えば特許文献2には、食物繊維とポリフェノールを併用した糖尿病および/または糖尿病性腎症を予防、改善、治療する組成物が開示されている。
【0003】
CKDとは、腎障害を示す所見や腎機能低下が慢性的に続く状態である。具体的には、以下(1)、(2)のいずれかを満たす病態として定義されている。
(1)3ヶ月以上続く腎組織や尿・生化学・画像検査での、腎臓病が疑われる異常所見(特に微量アルブミン尿、蛋白尿の存在)
(2)3ヶ月以上、糸球体濾過量(GFR:腎臓の働きを表す単位)が60ml/分/1・73m(正常100ml/分/1・73m)未満
【0004】
CKDは、初期には自覚症状はないものの、放置したままにしておくと、末期腎不全となって、人工透析や腎移植を受けなければ生きられなくなってしまうという深刻な状態に陥る可能性がある。末期腎不全は全世界的に増え続けており、CKDの早期の段階でいかに予防・治療するかが課題となっている。
【0005】
さらに、CKDでは、心臓病や脳卒中などの心血管疾患をも併発しやすいことが明らかになっており、いかにCKDを治療し、心血管疾患を予防するかが大きな問題となっている。
【0006】
2.アルギン酸塩について
アルギン酸は天然の海藻に含まれる多糖類の一種であって、β−D−マンヌロン酸と、そのC−5エピマーであるα−L−グルロン酸の2種の単糖を構成単位とする物質である。その塩の一つであるアルギン酸ナトリウムは、増粘剤やゲル化剤、安定剤等の食品添加物として古くから利用されている。
【0007】
また医薬分野においては、消化性潰瘍用剤、薬剤の放出を制御したり錠剤の溶解性を調整するための成分として使用されている(例えば特許文献3等)。また、食物繊維の一種であるアルギン酸ナトリウムは、便秘改善剤としても知られている(特許文献4等)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2009−514986号明細書
【特許文献2】国際公開第2006/082643号
【特許文献3】特開平08−092105号明細書
【特許文献4】特開2000−060487号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者らは、食品や医薬への添加物として知られているアルギン酸ナトリウムが、慢性腎臓病(CKD)関連症状を予防し、軽減する効果があることを見出した。特に、アルギン酸塩の摂取により、尿中総蛋白質量又は尿中アルブミン量の上昇が抑制され、場合によっては低減することにより、CKD関連症状を予防し、軽減する効果があることも見出した。
【0010】
本発明は、生体への安全性が高く、のみやすさ等の摂取容易性にすぐれ、CKDの予防又は治療に効果的な組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
すなわち本発明は、アルギン酸塩を含有する、慢性腎臓病(CKD)の予防又は治療用組成物に関する。
【0012】
ある好ましい実施形態においては、上記組成物は、CKDの予防用組成物であり、上記予防用組成物は、CKDのリスクを有する対象に対して投与される。
上記CKDのリスクを有する対象とは、例えば、
(1)血尿陽性、
(2)高血圧症、
(3)耐糖能障害
(4)糖尿病、
(5)脂質異常症、
(6)肥満、及び
(7)喫煙
からなる群から選ばれる少なくとも1種類の症状又は習慣を有する対象である。
【0013】
別の好ましい実施形態においては、上記組成物は、CKDの治療用組成物であり、CKD患者に対して投与され、糖尿病の有無とは無関係に慢性腎臓病に対し治療効果を発揮するものである。
【0014】
上記CKD患者とは、糖尿病の有無によることなく、例えば、
(1)血中尿素窒素(BUN)高値、
(2)尿中総蛋白質高値、
(3)尿中アルブミン高値、及び
(4)糸球体濾過量(eGFR)低値
からなる群から選ばれる少なくとも1種類の症状を有する患者である。
【0015】
上記アルギン酸塩は、好ましくはナトリウム塩又はカリウム塩である。
【0016】
好ましい態様において、上記アルギン酸塩は、慢性腎臓病の予防上又は治療上有効な量投与される。上記予防上又は治療上有効な量は、例えば動物一日当たりの摂取飼料中のアルギン酸ナトリウム粉末量に換算して0.5質量%以上に相当する量である。好ましくは、上限は5質量%である。
【0017】
好ましい態様において、上記組成物は、1日あたり0.025〜0.075g/kgのアルギン酸塩が、ヒトに対して経口投与されるように用いられることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明の組成物を摂取することにより、アルギン酸アルカリ金属塩の働きによって、尿中総蛋白質量を低減させることができる。尿中総蛋白質量を低減させることにより、腎臓にかかる負荷を減らすことができ、その結果、CKDの進行を止め、CKDの予防・治療を促進することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】実施例における糖尿病性腎症ラット又はマウスの尿中アルブミン量を比較したグラフである。
【図2】実施例における糖尿病性腎症ラット又はマウスの尿中総蛋白質量を比較したグラフである。
【図3】実施例における糖尿病性腎症ラット又はマウスの血中グルコース量を比較したグラフである。
【図4】実施例における糖尿病性腎症ラット又はマウスの腎湿重量(最終屠殺時)を示した図である。
【図5】実施例におけるアデニン誘発CKDラットの尿中アルブミン量および尿中総蛋白質量を比較したグラフである。
【図6】実施例におけるアデニン誘発CKDラットの血中グルコース量(最終屠殺時)を比較したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に本発明を詳述する。
上述の通り、アルギン酸とはβ−D−マンヌロン酸と、そのC−5エピマーであるα−L−グルロン酸の2種の単糖を構成単位とする物質である。本発明のCKDの予防又は治療用組成物に含まれるアルギン酸塩とはその塩である。
【0021】
アルギン酸塩の種類は特に限定されないが、ナトリウム塩又はカリウム塩が好ましく、ナトリウム塩が特に好ましい。アルギン酸ナトリウム、アルギン酸カリウムは水溶性でもあり、市販されており入手が容易であるため、好ましい。例えば、アルギン酸ナトリウム塩及びアルギン酸カリウム塩は、株式会社フードケミファ、株式会社キミカ、富士化学工業(株)、Kelco社(UK)、Sigma社(US)、PRONOVA biopolymer社(ノルウェー)等より市販されている。
【0022】
また、本発明で使用されるアルギン酸塩は、低分子量のものから高分子量のものまで適宜使用することができる。
【0023】
上記組成物の予防又は治療の対象は、CKDのリスクを有する対象もしくは糖尿病の有無とは無関係にCKDと診断された患者である。
【0024】
CKDの予防または治療のために必要とされるアルギン酸塩の量は、対象および患者の年齢あるいは状態等に伴って変化し、最終的には、医師または臨床医の裁量にある。
【0025】
本願発明の薬剤の有効な投薬量は、例えば、患者の年齢、体重および全身もしくは臨床的な状態、治療される症状の程度または投与のスケジュールなどに依存して変化する。治療有効用量は、当業者に公知である従来的な手順によって経験的に決定することができる。例えば、The Pharmacological Basis of Therapeutics、GoodmanおよびGilman編等を参照のこと。例えば、有効用量は、細胞培養アッセイまたは適切な動物モデルのいずれかで最初に見積もることができる。動物モデルはまた、適切な濃度範囲および投与の経路を決定するために使用されてもよい。このような情報は、ヒトにおける投与のための有用な用量および経路を決定するために使用することができる。治療用量はまた、匹敵し得る治療薬剤についての投薬量との類似性によって選択することもできる。
【0026】
本願発明の組成物の特定の投与の様式および投薬レジメンは、担当の臨床医によって、その症例の詳細(例えば、疾患、含まれる疾患状態、および治療が予防的か否か)を考慮に入れて、選択される。治療は、数日間から数ヶ月間、または数年間さえの期間にわたって、毎日の、または一日複数回の用量のアルギン酸塩を含んでもよい。
【0027】
本発明の好ましい態様においては、1日あたり0.025〜0.075g/kgのアルギン酸塩が、ヒトに対して経口投与されるように用いられる。また投与期間は、患者の病状により特に限定されないが、通常、数週間〜数ヶ月間である。
【0028】
上記アルギン酸塩は、実験動物の場合、有効量として、例えば動物1日当たりの摂取飼料中のアルギン酸ナトリウム粉末量に換算して0.5質量%〜5質量%が投与される必要がある。すなわちこの場合、アルギン酸塩として1日あたり0.05〜7.8g/kg体重が投与されることとなる。一方、ヒトにおいて、慢性腎臓病(CKD)の予防又は治療を行う上では、実験動物における有効量より低用量でも効果がある傾向がある。
【0029】
上記アルギン酸塩の有効量、投与時期及び期間は、有効成分が植物起源であり、且つ毒性の低い物質であることは明らかである(食品安全委員会 添加物評価書 アルギン酸及びその塩類(アルギン酸ナトリウム、アルギン酸アンモニウム、アルギン酸カリウム、アルギン酸カルシウム))ことから、特に制限はない。
【0030】
本発明の組成物は、血糖値を変動させることなく、CKDの予防又は改善効果を示す。即ち、アルギン酸ナトリウム投与下、血中グルコース値を変動させることなく、CKDの進展抑制効果を有する。例えば実施例に示すように、糖尿病性腎症(糖尿病(I型)性腎症(重症))、又はアデニン誘発CKDラットに本願発明の組成物を投与した場合、アルギン酸塩非投与群に比べて、血糖値が変化しないことが確認された。また、糖尿病性腎症(糖尿病(I型)性腎症(軽症)や糖尿病(II型)性腎症)の動物モデルに本願発明の組成物を投与した場合、アルギン酸塩投与期間中に、20%以上の血糖値の低下を認めないことが確認された。このことから、実施例において認められた糖尿病性腎症或いはCKDの病態進行抑制効果は、血糖値の変動との関連は無いと考えられる。
【0031】
従って、本願発明の組成物は、糖尿病性腎臓病の予防又は治療のためのみならず、非糖尿病性腎臓病の患者の予防又は治療にも効果を発揮する。非糖尿病性腎臓病である、とは、下記糖尿病の基準は満たさないものの、慢性腎臓病(CKD)の条件を満たす場合をいう。
【0032】
本願明細書及び特許請求の範囲において、糖尿病を患っているか否かは、糖尿病学会等の基準等に従って判断される。例えば、空腹時血糖値が126mg/dL以上、75g−経口ブドウ糖負荷試験2時間値200mg/dL以上、随時血糖200mg/dL以上のいずれかが、別の日に行った検査で2回以上確認された患者をいう。
【0033】
また本願明細書及び特許請求の範囲において、上述のように、以下(1)、(2)のいずれかの条件を満たす場合を慢性腎臓病(CKD)であるという。
(1)3ヶ月以上続く腎組織や尿・生化学・画像検査での、腎臓病が疑われる異常所見(特に微量アルブミン尿、蛋白尿の存在)
(2)3ヶ月以上、糸球体濾過量(GFR:腎臓の働きを表す単位)が60ml/分/1.73m(正常100ml/分/1.73m)未満
【0034】
本発明の組成物は、慢性腎臓病の予防又は治療に有用である。具体的には、本願発明の組成物は、尿中アルブミン量又は尿中総蛋白質量の上昇抑制効果を示す。例えば、本願実施例に示すように、糖尿病性腎症モデル動物の場合、アルギン酸塩投与期間中の尿中アルブミン量が、非投与群を100%とした場合、それよりも38%以上(最大75%)低い、又は尿中総蛋白質量が16%以上(最大75%)低い。また例えば、アデニン誘発CKDラットの場合、アルギン酸塩投与期間中の尿中アルブミン量が、非投与群を100%とした場合、それよりも32〜35%低い、又は尿中総蛋白質量が34〜36%低い、といった効果を示す。
【0035】
健康な腎臓では、その構成単位である糸球体が、バリアーの働きをして、血液中のアルブミン又は蛋白質が尿中に漏れ出ないように機能している。一方、CKDのように、腎臓の糸球体が障害を受け、そのバリアー機能が破綻した状態では、通常では漏出しないような量のアルブミンや、より大きな分子量の蛋白質が大量に漏出する。次いで、糸球体を通り抜けたアルブミンや蛋白質は、尿細管に到達する。尿細管はこれら大量の蛋白質(アルブミン、トランスフェリン・鉄イオン、補体、リポ蛋白など)を再吸収して、血液中に回収する働きを有する。CKD患者の尿細管において、この再吸収が続くと、尿細管細胞障害が生じ、次いで尿細管間質障害が引き起こされ、CKDの病態が亢進する。即ち、アルギン酸塩投与により、糸球体機能の低下抑制又は尿細管間質障害抑制による、CKDの予防又は治療効果が期待できると考えられる。
【0036】
本発明の組成物は、溶液、懸濁物、粉末、固体成型物などのいずれでもよい。剤型としては、液剤、錠剤、カプセル剤、トローチ、粉末剤、顆粒剤、ドリンク剤、注射剤、貼付剤、坐剤、吸入剤などの医薬品;栄養補助食品(サプリメント);食品、保健用食品、食品素材、食品添加物、飲料、飲料水、清涼飲料、嗜好飲料、アルコール類等の飲食品;及び飼料や餌料など、生体機能の改善効果を必要とするものすべてに使用することができる。
【0037】
本発明の組成物が医薬品である場合には、薬学的に許容される他の添加剤(甘味剤、矯味剤、香料、乳化剤、安定化剤、充填剤、防腐剤など)を、本発明の組成物の効果を損なわない範囲で配合することができる。特に限定されないが、上記添加剤の例としては、ステビオシド、ソーマチンなどの甘味剤、クエン酸、ココア末などの矯味剤、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルなどの界面活性剤、メチルパラベン、エチルパラベン、プロピルパラベン、ブチルパラベンなどの防腐剤、EDTA(エチレンジアミンテトラアセテート)、エリソルビン酸、BHT(ジブチルヒドロキシトルエン)などの安定化剤、軽質無水ケイ酸などの充填剤などが挙げられる。これらの成分は単独で配合してもよく、また2種以上を組み合わせて配合してもよい。
【0038】
また本発明の組成物が飲食品である場合には、食品上許容される他の添加剤、例えば糖質、炭水化物、色素類、酸化防止剤、香料、甘味料、乳化剤、保存料、調味料等を配合することもできる。またビタミン類やミネラル等の他の栄養補助成分を含んでもよい。食品は液状または固形の任意の形態で食することができる。
【0039】
本発明の組成物は、機能性食品、栄養補助食品、サプリメント又は健康食品類としても用いることができる。栄養補助食品或いは機能性食品の例としては、特に限定されず、糖類、脂肪、微量元素、ビタミン類、香料などが配合された流動食、半消化態栄養食、成分栄養食、ドリンク剤、カプセル剤、経腸栄養剤などの加工形態を挙げることができる。上記各種食品には、栄養バランス、風味を良くするために、更にアミノ酸、ビタミン類、ミネラル類などの栄養的添加物や組成物、香辛料、香料、色素などを配合することもできる。
【0040】
本発明の組成物は、家畜、家禽、ペット類の飼料用に応用することができる。例えば、ドライドッグフード、ドライキャットフード、ウェットドッグフード、ウェットキャットフード、セミモイストドックフード、養鶏用飼料、牛、豚などの家畜用飼料に配合することができる。飼料自体は、常法に従って調製することができる。
これらの治療剤および予防剤は、ヒト以外の動物、例えば、牛、馬、豚、羊などの家畜用哺乳類、鶏、ウズラ、ダチョウなどの家禽類、は虫類、鳥類或いは小型哺乳類などのペット類、養殖魚類などにも用いることができる。
【0041】
本発明の組成物の製法は、一般的な食品または医薬品の製法を適用することができる。
【0042】
本発明の組成物は、尿中総蛋白質量の上昇抑制剤としても機能する。尿中総蛋白質量の上昇とは、主として腎臓の糸球体障害に伴う腎機能障害を反映し、例えば、尿中に蛋白質が150mg/日以上持続的に排泄されるような場合をいい、腎臓の障害が考えられる。尿中総蛋白質量の定量方法は、例えばピロガロール・レッド法等が用いられる。
【0043】
また、尿中総蛋白質量の上昇抑制効果は、腎機能障害の進行抑制或いは改善を示唆するもので、現状では、第一選択として、レニン・アンジオテンシン拮抗薬、或いは利尿薬等の血圧コントロール薬剤を投与し、腎臓への負担を軽減することによりなし得る。糖尿病性腎症においては、上記血圧コントロールに加えて、インスリン投与や各種血糖降下薬投与による血糖コントロールが重要であることが知られている。
【0044】
しかしながら、いずれの手法も高カリウム血症、低血糖或いは腎機能障害等の重篤な副作用を生じる可能性が高い。一方で、本願発明におけるアルギン酸塩による治療は、副作用の少ない食物由来成分として、医薬品、食品添加物等に広く用いられ、安全性の高い方法であると考えられる。
【0045】
本発明の組成物は、尿中アルブミン量の上昇抑制剤としても機能する。尿中アルブミン量の上昇とは、主として腎臓の糸球体障害に伴う腎機能障害を反映し、例えば、尿中にアルブミンが30mg/日以上持続的に排泄されるような場合をいい、微量アルブミン尿と定義され、腎臓の障害が考えられる。尿中アルブミン量の定量方法は、例えば抗アルブミン抗体を用いた免疫比濁法やELISA法が用いられる。
【0046】
尿中アルブミン量の上昇の抑制は、腎機能障害の進行抑制或いは改善を示唆するもので、ヒトの場合、その方法は一般的には尿中総蛋白質量抑制と同様であることから、アルギン酸塩による治療は、同様に副作用の少ない手法であると考えられる。
【0047】
ある好ましい実施形態においては、上記組成物は、慢性腎臓病の予防用組成物であり、慢性腎臓病のリスクを有する対象に対して投与される。本願明細書及び特許請求の範囲において「慢性腎臓病のリスクを有する対象」とは、
(1)血尿陽性、
(2)高血圧症、
(3)耐糖能障害、
(4)糖尿病、
(5)脂質異常症、
(6)肥満、及び
(7)喫煙
からなる群から選ばれる少なくとも1種類の症状又は習慣を有する対象をいう。
【0048】
本願明細書及び特許請求の範囲において「血尿陽性」とは、尿に赤血球が混入した状態であり、例えば尿試験紙法で測定した場合、血尿約2+以上の場合をいう。血尿2+とは、尿中のヘモグロビン濃度が0.12mg/dL以上であることをいう。血尿は、腎・泌尿器系疾患の診断および治療のために重要な症候であり、末期腎不全の予測因子である。すなわち、血尿はCKDのリスク因子の一つに位置付けられる。
【0049】
本願明細書及び特許請求の範囲において「高血圧症」とは、日本腎臓学会の「CKD診療ガイド」等で示されるように、例えば収縮期血圧130mmHg、かつ/又は、拡張期血圧80mmHg以上であることをいう。本願明細書及び特許請求の範囲に記載の「高血圧症」状態は、末期腎不全への進行が速い。すなわち、高血圧はCKDのリスク因子の一つに位置付けられる。測定方法は、例えば腕帯型水銀血圧計により行う。
【0050】
本願明細書及び特許請求の範囲において、「糖尿病の患者」とは、糖尿病学会等の基準等に示されるように、例えば空腹時血糖値が126mg/dL以上、75g−経口ブドウ糖負荷試験2時間値200mg/dL以上、随時血糖200mg/dL以上のいずれかが、別の日に行った検査で2回以上確認された場合をいう。
【0051】
本願明細書及び特許請求の範囲において、「耐糖能障害」とは、糖尿病或いは正常型いずれにも属さない、糖尿病に陥りやすい状態をいう。正常型とは空腹時血糖が110mg/dL以下且つ75g−経口ブドウ糖負荷試験2時間値140mg/dL以下を満たすものをいう。
【0052】
本願明細書及び特許請求の範囲において、「脂質異常症」とは、動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007年版等に示されるように、例えば、総コレステロール220mg/dL以上、LDLコレステロール140mg/dL以上、HDLコレステロール40mg/dL未満或いはトリグリセリド150mg/dL以上のいずれかの場合であることをいい、脂質異常症を合併すれば、CKDの発症が多くなることが予測される(尿蛋白が増加するほど脂質代謝異常の合併が多くなる)。すなわち、脂質異常症はCKDのリスク因子として位置付けられる。
【0053】
本願明細書及び特許請求の範囲において、「肥満」とは、例えば、体格指数(BMI)25kg/m以上であることをいう。大規模疫学調査によると、肥満では蛋白尿が出現しやすく、糖尿病を除外しても、蛋白尿やCKDの発症に対する有意な危険因子であることから、肥満はCKDのリスク因子として位置付けられる。
【0054】
本願明細書及び特許請求の範囲において、「喫煙の習慣を有する」とは、米国で行われた大規模コホート研究(NHANES II)等から、一日20本以上の喫煙を行うことをいう。同喫煙行為は、透析導入に至るリスク因子として位置付けられる。
【0055】
本願発明の組成物をCKDのリスクを有する対象に投与することで、血中尿素窒素上昇、尿中総蛋白質量または尿中アルブミン量の上昇、糸球体濾過量(eGFR)の低下を伴うCKDの発症抑制が期待出来る。
【0056】
ある好ましい実施形態においては、上記組成物は、慢性腎臓病の治療用組成物であり、CKD患者に対して投与される。本発明の組成物の投与対象である慢性腎臓病患者とは、糖尿病を患っていても、患っていなくてもよい。また本願明細書及び特許請求の範囲において「慢性腎臓病患者」とは、日本腎臓学会等の基準に従い、例えば、
(1)血中尿素窒素(BUN)高値、
(2)尿中総蛋白質高値、
(3)尿中アルブミン高値、及び
(4)糸球体濾過量(eGFR)低値
からなる群から選ばれる少なくとも1種類の症状を有する患者をいう。
【0057】
本願明細書及び特許請求の範囲において、「血中尿素窒素(BUN)高値」とは、腎機能障害による尿中へのBUN排泄障害を示唆する所見であり、例えば、20mg/dLを超える場合をいう。BUNは、ウレアーゼ・グルタミン脱水素酵素法等の方法で測定される。
【0058】
本願明細書及び特許請求の範囲において、「尿中総蛋白質高値」とは、糸球体を中心とする腎臓機能障害を示唆する所見であり、例えば150mg/dayを超える場合をいう。尿中総蛋白質ピロガロール・レッド法等の方法で測定される。
【0059】
本願明細書及び特許請求の範囲において、「尿中アルブミン高値」とは、微量アルブミン尿と定義されるもので、尿中総蛋白質値と同様に糸球体を中心とする腎臓機能障害を示唆する所見であり、例えば30mg/dayを超える場合をいう。尿中アルブミンは、免疫比濁法やELISA法等で測定される。
【0060】
本願明細書及び特許請求の範囲において「糸球体濾過量(GFR)低値」とは、腎臓の糸球体の障害を示唆する所見であり、例えば、90mL/min/1.73m未満の場合をいう。例えば血清クレアチニンの年齢および体表面積補正により下記式にて算出される。
GFR(mL/分/1.73m)=194×血中クレアチニン−1.094×年齢−0.287
(女性は×0.739を乗じる)
【0061】
血清クレアチニン値の逆数の時間変化は,慢性腎不全進行の指標として用いられる。指数関数的に上昇する血清クレアチニンの推移を見るとき、血清クレアチニン値の逆数を時間に対してプロットすると直線関係が得られることから、その傾斜がネフロンの崩壊、つまりCKDの進行速度の目安となる。従ってこの値(傾斜の傾き値)が負で大きい場合にはCKDの進行が速く、小さい場合はCKDの進行は遅いことになる。
【実施例】
【0062】
実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらにより限定されないことはいうまでもない。
【0063】
実施例1:糖尿病(I型・II型モデル)性腎症モデル、及び非糖尿病性進行性CKDモデルを用いた検討
<試験内容>
下記表1に示す要領で、2種類の糖尿病性腎症モデル動物、及び1種の非糖尿病性進行性CKDモデル動物を作成し、それぞれのモデル動物に対してアルギン酸ナトリウム(以下、AL−Na)を含有する粉末の混合飼料を投与した。
【0064】
下記動物モデルの内、I型糖尿病性腎症ラットは、それぞれヒトにおけるインスリン依存型糖尿病を原疾患とした場合の病態モデルである。II型糖尿病性腎症マウスは、ヒトにおけるインスリン非依存型糖尿病を原疾患とした場合の病態モデルである。アデニン誘発CKDラットは、ヒトの非糖尿病性進行性CKDの病態モデルである。また、投与量は、I型糖尿病ラット(重症または軽症)の場合、混合飼料の0.9質量%、II型糖尿病マウスの場合、混合飼料の5質量%、アデニン誘発CKDラットの場合、混合飼料の0.5質量%である。
【0065】
【表1】

【0066】
取得データ
(1)実験前後の動物体重、摂餌量およびAL−Na投与群における一日あたりのAL−Na摂取量
(2)尿中パラメータ
(i)総蛋白質量、(ii)アルブミン量
(3)血中グルコース濃度
(4)組織学的データ
【0067】
(表1の注釈)
1 ストレプトゾトシン投与1週間後から尿中アルブミン排泄が増大し、形態学的には、糸球体容積の増加、糸球体基底膜肥厚やメサンギウム増加が認められるという動物モデル。
2 肥満動物であるKKマウスにAy遺伝子(肥満・高血糖、体毛色、致死(Ay/Ay)などの多面性を持つ遺伝子)を導入したモデル。顕著な微量アルブミン尿、糸球体基底膜肥厚、糸球体の肥大、メサンギウム基質の増生が認められるが、2〜20週齢の間でクレアチニンクリアランス低下はしない(過剰濾過状態)という動物モデル。
3 アデニンを経口摂取することで、腎臓の尿細管腔あるいは間質にアデニンの代謝物(2,8−dihydroxyadenine)が蓄積し、異物肉芽腫の形成、尿細管の閉塞あるいは尿細管上皮細胞の壊死等が起こり、腎機能が著明に低下する動物モデル。
【0068】
<試験結果>
(1)実験開始および終了時の動物体重、摂餌量およびAL−Na投与群における一日あたりのAL−Na摂取量
AL−Naの摂取量は、摂餌量にAL−Na混合濃度を乗じて得られた数値を動物体重1kgあたりの値に補正することで算出した。なお表2〜表5よりわかるように、動物の体重および摂餌量に対して、AL−Naの影響は観察されなかった。
【0069】
表2〜表5は、各実施例における実験前後の動物体重、摂餌量およびAL−Na投与群における一日あたりのAL−Na摂取量である。
【0070】
【表2】

【0071】
【表3】

【0072】
【表4】

【0073】
【表5】

【0074】
(2)尿中パラメータ(図1、図2、図5)
I型糖尿病ラットの場合、重症および軽症いずれの試験においても、対照群に比べて、AL−Na投与群における尿中アルブミンおよび総蛋白質量が有意に低値となる結果を得た。
II型糖尿病マウスの場合も、対照群に比べて、AL−Na投与群における尿中アルブミンおよび総蛋白質量が明らかに低値の傾向を示した。
アデニン誘発CKDラットの場合、対照群に比べて、AL−Na投与群において尿中アルブミンが有意に低値を示し、尿中総蛋白が低値傾向を示した。
【0075】
(3)血中グルコース濃度(図3、図6)
I型糖尿病ラット(軽症)およびII型糖尿病マウスの場合、対照群に比べてAL−Na投与群でやや低い傾向を示したが、I型糖尿病ラット(重症)の場合、対照群とAL−Na投与群は同等で推移した。
アデニン誘発CKDラットの場合、試験終了時点で、無処置群、対照群およびAL−Na投与群間で差が無かった。
【0076】
(4)組織学的データ(図4)
<腎湿重量(最終屠殺時)>
I型糖尿病ラットでは、重症および軽症いずれの場合も、AL−Na投与群において対照群に比べて低い傾向を示した。またII型糖尿病マウスでも、対照に比べてAL−Na投与群で有意に低かった。
【0077】
実施例2:ヒトに対する5質量%AL−Na溶液の効果
血清中のクレアチニン濃度が、軽度〜中等度高値のヒトに対して、AL−Naの5質量%溶液をある期間投与し、下記データが得られた。
【0078】
患者No.1
年齢64歳、男性。AL−Na溶液投与前3ヶ月間の血中クレアチニン濃度は、一ヶ月間隔で順に1.18、1.45、1.63mg/dLで推移していた。AL−Na溶液を一日80mL、3ヶ月間投与した所、投与開始後3ヶ月までの血中クレアチニン濃度は、一ヶ月間隔で順に1.60、1.83mg/dL、1.37mg/dLで推移した。
【0079】
患者No.2
年齢61歳、男性。AL−Na溶液投与前3ヶ月間の血中クレアチニン濃度は、一ヶ月間隔で順に1.09、1.15、1.47mg/dLで推移していた。AL−Na溶液を一日90mL、3ヶ月間投与した所、投与開始後3ヶ月までの血中クレアチニン濃度は、一ヶ月間隔で順に1.83、1.30mg/dL、1.28mg/dLで推移した。
【0080】
患者No.3
年齢75歳、男性。AL−Na溶液投与前3ヶ月間の血中クレアチニン濃度は、一ヶ月間隔で順に1.10、1.11、1.27mg/dLで推移していた。AL−Na溶液を一日60mL、1ヶ月間投与した所、投与開始後3ヶ月までの血中クレアチニン濃度は、一ヶ月間隔で順に1.04、0.90mg/dL、0.95mg/dLで推移した。
【0081】
患者No.4
年齢67歳、男性。アルギン酸ナトリウム溶液投与前3ヶ月間の血中クレアチニン濃度は、一ヶ月間隔で順に0.85、0.88、0.97mg/dLで推移していた。アルギン酸ナトリウム溶液を一日60mL、2ヶ月間投与した所、投与開始後2ヶ月までの血中クレアチニン濃度は、一ヶ月間隔で順に1.02、1.02mg/dLで推移した。
【0082】
患者No.5
年齢84歳、女性。血中クレアチニン濃度は、AL−Na溶液投与3ヶ月前で1.72mg/dL、投与1ヶ月前で3.39mg/dLであった。AL−Na溶液を一日30mL、2ヶ月間投与した所、投与開始後3ヶ月までの血中クレアチニン濃度は、一ヶ月間隔で順に1.66、1.93、1.88mg/dLで推移した。
【0083】
患者No.6
年齢82歳、女性。AL−Na溶液投与前3ヶ月間の血中クレアチニン濃度は、一ヶ月間隔で順に1.15、1.11、1.05mg/dLで推移していた。AL−Na溶液を一日30mL、1ヶ月間投与した所、投与開始後2ヶ月までの血中クレアチニン濃度は、一ヶ月間隔で順に1.11、1.05mg/dLで推移した。
【0084】
上記全6名の、血中クレアチニン濃度の逆数値を縦軸、時間を横軸としたプロットの傾き(クレアチニン逆数値−時間傾き)を算出し、投与前3ヶ月と投与後2ヶ月の間で比較した所、傾きの上昇が認められた。すなわち、AL−Na溶液を投与した所、慢性腎臓病(CKD)の病態が改善する結果が得られた。
【0085】
【表6】

【0086】
実施例2より導かれる結論
・ヒトにアルギン酸塩を投与した場合でも慢性腎臓病の病態を改善する効果を得られることが示唆された。
・一般的なヒトの体重を60kgと仮定した場合、追加実施例で投与されたAL−Naの投与量は25〜75mg/kg体重/日と算出される。
・先行文献(特許文献2)の明細書中に記載されたアルギン酸塩の有効な投与量は100mg/kg体重/日。従って、上記実施例2においては、先行文献に記載の量よりも低用量でも有効であることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明の組成物は、糖尿病性か非糖尿病性に関わらず、また糖尿病の病態とは無関係に、慢性腎臓病に対し予防又は治療の効果がある組成物である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルギン酸塩を含有する、慢性腎臓病の予防又は治療用組成物。
【請求項2】
前記組成物は、慢性腎臓病の予防用組成物であり、
該予防用組成物は、慢性腎臓病のリスクを有する対象に投与されるものであり、
前記慢性腎臓病のリスクを有する対象は、
(1)血尿陽性、
(2)高血圧症、
(3)耐糖能障害、
(4)糖尿病、
(5)脂質異常症、
(6)肥満、及び
(7)喫煙
からなる群から選ばれる少なくとも1種類の症状又は習慣を有することを特徴とする請求項1記載の組成物。
【請求項3】
前記組成物は、慢性腎臓病の治療用組成物であり、
前記組成物は、慢性腎臓病患者に投与され、糖尿病の有無とは無関係に慢性腎臓病に対し治療効果を発揮するものであって、
前記慢性腎臓病患者は、糖尿病の有無によることなく、
(1)血中尿素窒素高値、
(2)尿中総蛋白質高値、
(3)尿中アルブミン高値、及び
(4)糸球体濾過量低値
からなる群から選ばれる少なくとも1種類の症状を有することを特徴とする請求項1記載の組成物。
【請求項4】
前記アルギン酸塩は、ナトリウム塩又はカリウム塩である請求項1〜3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
前記アルギン酸塩は、慢性腎臓病の予防上又は治療上有効な量投与される
請求項1〜4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項6】
前記予防上又は治療上有効な量が、動物一日当たりの摂取飼料中のアルギン酸ナトリウム粉末量に換算して0.5質量%以上に相当する量である、請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
1日あたり0.025〜0.075g/kgのアルギン酸塩が、ヒトに対して経口投与されるように用いられることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか一項に記載の組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−236820(P2012−236820A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−100285(P2012−100285)
【出願日】平成24年4月25日(2012.4.25)
【出願人】(000174541)堺化学工業株式会社 (96)
【出願人】(511108219)
【出願人】(511108220)
【Fターム(参考)】