説明

成分濃縮大豆レシチンの製法

【課題】人が摂取した場合の安全性を損なうおそれなしに、ステロール配糖体ならびにその脂肪酸エステル類が濃縮された大豆レシチンを製造する。
【解決手段】ペースト状大豆レシチンあるいは脱脂大豆レシチンを、エタノールを用いて熱時抽出し、抽出液を冷却して析出物を分取することにより、ステロール配糖体ならびにその脂肪酸エステル成分を高濃度に含む大豆レシチンを製造する。抽出に使用するエタノールとしては、濃度95%〜100%の熱エタノールが好ましく、冷却温度は5℃以下であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、健康食品あるいは食品添加物として市販されているペースト状の大豆レシチン(以下単に「レシチン」ともいう)や粉末状の脱脂大豆レシチン(以下単に「脱脂レシチン」ともいう)等について、食品としての安全性を損なわない緩和な操作のみを加えることにより、生理活性成分の含有量を数倍に濃縮する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
大豆レシチンは、大豆油を製造する過程において得られる不純物としてのガム状物質を脱水乾燥して得られる。このようにして得られるレシチンは、主成分であるリン脂質のほかに約3〜4割程度の大豆油を含む液状であり、通常液状レシチンあるいはレシチンペースト等として市販されている。この液状レシチンをアセトン抽出等の処理を行って脱脂すると主成分であるリン脂質含量の高い粉末状のレシチンが得られ、これは脱脂レシチンあるいは粉末レシチン等と称して食品添加物等として利用されている(菰田衛、レシチン その基礎と応用、幸書房(1991)ほか)。
【0003】
レシチンの主成分であるリン脂質類は界面活性作用を有することから、乳化剤として食品、化粧品、医薬品を初め、各種の工業用品に応用されている。
また、リン脂質類は生体内において、生体膜の構成成分として、その形態と機能の調整作用を有すると考えられている。そのため、脂質代謝の改善、動脈硬化の改善、肝疾患の改善、神経機能の改善等多くの生理作用が期待され、ペースト状レシチンのままで、健康サプリメントとして使用されている(原健治、生理活性脂質の生化学と応用、幸書房(1993)ほか)。
【0004】
レシチン中には通常、主成分として各種のリン脂質類が約60〜70%含まれる他に、不純物として大豆油が30〜35%、ステロール類が2〜5%、糖類が5%程度含まれるとされる(菰田 衛、レシチン その基礎と応用、幸書房、1991ほか)。健康サプリメントとして応用されているレシチンの多くは、このレシチンに他のサプリメント成分、例えばビタミンE等が添加されたものである。
【0005】
本発明者は、レシチン中に不純物として含まれるステロール配糖体類(以下「SG」ともいう)に着目した。そのステロール成分は、主としてβ−シトステロール、スティグマステロール、カンペステロールの3種から成り、配糖体の糖成分はグルコースであることが知られている。またレシチン中には、このグルコースの6位水酸基に、植物油由来の高級脂肪酸、例えばパルミチン酸、リノール酸、オレイン酸等がエステル結合した形のステロール配糖体エステル類(以下「ESG」ともいう)も含まれている。
【0006】
これらのSGやESGは、止血作用、血管補強作用、抗ショック作用、消炎作用(特公昭54−11369号公報、特開昭51−86114号公報、特開昭51−86115公報等)、癌細胞増殖抑制作用(神戸学院大・栄養・食品栄養:水品善之ほか、第60回日本栄養・食糧学会大会発表)、のほか、血中脂質低下作用、肥満防止作用(特開平7−107939号公報、特開平7−118159号公報)等の医薬として有用な作用を有することが知られている。
【0007】
一般的にSGやESGは多くの植物中に含まれ、特に油糧植物から植物油を抽出・精製する過程で出るガム状物質、いわゆる粗製レシチン中に多く含まれている。
本発明者は多数の油糧植物についてSGとESGの含有量を調べた結果、他のゴマや菜種等の植物と異なり、大豆のみがESG含有量が特異的に高いことを見出し、本発明の対象物質を大豆のレシチンに限定した。ESGはSGよりも分散性に優れているため生体利用率が高いほか(特公昭55−23246号公報)、より強い血管補強作用を有している(特公昭54−11369号公報)点で、SGよりもサプリメントとして優れた特質を有している。
【0008】
これらのSG及びESGのうち、SGについては、レシチンあるいは大豆油精製工程で出るガム質等から高純度のSGを抽出する方法が知られている(特開昭51−86114号公報、特開昭51−86115号公報ほか)。また、ESGについても大豆油やごま油の製造工程から出る沈殿物、ガム質、及びそれらを乾燥したレシチンから、低級アルコール、ヘキサン等の有機溶媒ならびにシリカゲル等の吸着剤を用いる方法により抽出する方法が知られている(例えばT.Kiribuchiら、Agr.Biol.Chem.,31巻8号、770〜778頁(1966)、特開平7−107939号公報)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特公昭54−11369号公報
【特許文献2】特開昭51−86114号公報
【特許文献3】特開昭51−86115号公報
【特許文献4】特開平7−107939号公報
【特許文献5】特開平7−118159号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】菰田衛著、「レシチン その基礎と応用」幸書房、1991年発行
【非特許文献2】原健治著、「生理活性脂質の生化学と応用」幸書房、1993年発行
【非特許文献3】Agr.Biol.Chem.,31巻8号、770〜778頁(1966)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前記したように、レシチンはすでに、主成分であるリン脂質の有効性が期待された健康サプリメントとして使用されている。しかしながら、レシチン中のSGやESGの生理活性に着目したサプリメントの類はいまだ開発されてはいない。この理由としては、SGやESGが本来レシチン中の不純物として存在しており、その含有率が5%程度に過ぎないことが挙げられる。
【0012】
本発明者は、SG及びESGが前記したような生理活性を有していることから、これらを含有する健康サプリメントの開発を企図した。ここで重要なことは、すでに健康サプリメントあるいは食品添加物として応用されているレシチンあるいは脱脂レシチンについて、食品としての安全性を損なうことがなく、しかも低コストで大量処理が可能な方法により、レシチン中のSG、ESG等の含有量を数倍に上げることである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は上記の条件を満たす種々の処理法を検討した結果、溶剤としてエタノール溶液のみを使用し、エタノール溶液の温度差等による分別抽出を行うという、出発物質の安全性に全く影響を及ぼすことのない方法により、レシチン中のSG、ESG等の濃度を数倍にまで上げることに成功し、本発明を完成した。
【0014】
すなわち、本発明は以下の特徴を有する製法に関するものである。
1.ペースト状大豆レシチンあるいは脱脂大豆レシチンを、エタノール溶液を用いて熱時抽出し、抽出液を冷却して析出物を分取することを特徴とするステロール配糖体成分濃縮大豆レシチンの製法。
2.抽出に使用するエタノール溶液が、濃度95%〜100%のエタノール溶液であり、抽出温度が70℃以上であり、かつ冷却温度が5℃以下である1.記載の製法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、大豆レシチン中のSG、ESGの含有量を数倍に上げることができる。本発明の製法は、食品としての安全性を損なうことがなく、低コストでの大量処理が可能である。
本発明で使用するエタノール溶液は、全て完全に回収再使用が可能であり、コスト的にも極めて有利である。
本発明で得られる成分濃縮大豆レシチンは、健康サプリメント原料として有用である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を実施するための形態について説明する。
【0017】
本発明は、ステロール配糖体成分(すなわちSG及びESG)が濃縮された大豆レシチンの製法に関するものである。
【0018】
レシチン中に含まれる各種のリン脂質類を分画・精製する目的でレシチンをアルコールで処理することは公知の技術であるが、レシチン中に含有されるSGやESGを濃縮・精製する目的でレシチンをアルコール処理することは、これまで行われていない。公開された唯一の類似の技術としては、特開平7−107939号公報に記載の技術があるが、この公報中ではレシチン類のアルコール抽出を室温からせいぜい3,40℃の温度範囲で行っているほかに、有機溶剤としてヘキサンを使用し、シリカゲルを用いたカラムクロマトを行うことによりレシチン類からのSGやESGの濃縮・抽出を行っている。
【0019】
ヘキサンは言うまでもなく炭化水素系の有機溶剤であり、製品中への残留等の問題に加え、コストの問題もあって、その使用は健康サプリメントの製造にあたって望ましいものではない。また、シリカゲルカラムクロマトをレシチン類について工業的なスケールで実施するのもコストや設備的な制約から現実的ではない。
【0020】
本発明者らは、現に健康サプリメントとして使用されているレシチンから、安全性に問題がないと思われる方法、すなわちエタノールのみを使用する分別抽出・沈殿法について操作条件を幅広く検討した。
【0021】
まず、レシチンからSG,ESGを効率よく抽出できる条件を探索した結果、高濃度のエタノール溶液を用いて、高温で抽出(熱時抽出)すれば、SG類を効率よく抽出できることを見出した。ここでエタノールの濃度は95〜100%とすることが望ましい。本発明では、エタノールの濃度を99〜100%に設定することも可能であるが、コスト面等を考慮すると、濃度95〜97%のエタノール溶液が実用上最も有利である。
【0022】
熱時抽出におけるエタノール溶液の温度は、適宜設定することができるが、一般的な設備で実施することを考慮すれば、エタノールの沸点を勘案し、70℃以上(好ましくは70〜80℃)の範囲で行うのが簡便である。この場合、エタノール量はレシチンに対し10倍量程度が必要となる。加圧容器等を使用して100℃程度の高温で抽出を行えば、原料レシチンに対してエタノール溶液量を5倍程度に抑えることができる。なお、上記温度範囲よりも低い温度(特に60℃以下)では抽出効率が著しく低下し、ほとんど実用に供し得ない。
【0023】
なお、レシチンとして、食品添加物として使用されている脱脂レシチンを用いた場合でも全く同様に、エタノール溶液(好ましくは濃度95〜100%、より好ましくは濃度95〜97%のエタノール溶液)を使用して熱時抽出を行うことにより、SG類を効率的に抽出できる。
【0024】
以上のようにして得られた抽出液からエタノールを蒸発すれば、SG類を7〜8%の濃度で含む画分が得られるが、サプリメントとして使用するにはなお一層の濃縮が望ましい。
【0025】
本発明者は、上記抽出液からSG類を高濃度に含む画分を得るため、エタノール濃度の調整、濃縮、冷却等の種々の操作を試みた。その結果、上記抽出液のエタノール濃度を熱時に95%以上に調整し、次いで抽出液を5℃以下(望ましくは−10〜0℃)に冷却することにより、SG類を高濃度に含有する分画物が沈殿することを見い出した。
この場合、エタノール濃度を希釈すれば室温程度でもSG類は沈殿するが、その他の夾雑物の混在も増加し好結果を与えない。
エタノール濃度が高すぎると、マイナス10℃を下回るまで冷却しないと特にSGの回収率が低下する場合があるため、エタノール溶液の濃度は95〜97%程度とすることが望ましい。このような濃度であれば、冷却温度を概ね0℃程度とすることができ、最も有利に実施し得る。
【0026】
上記操作により、SG及びESGを合計10〜15%含有するレシチンが得られ、健康サプリメントとして十分使用することができるが、要すれば上記操作を再度繰り返すことにより、SG及びESG含量を20%以上に高めたレシチンを製造することができる。
【0027】
本発明では、原料のレシチンを前処理することができる。前処理としては、原料のレシチンを、濃度97%以上のエタノール溶液を用いて0℃〜室温程度の低温で抽出する方法等を採用することができる。このような前処理を行うことにより、混在する大豆油類の多くを除くことができ、そのような脱脂レシチンを使って上記操作を行うと、SG及びESG含量は一回の操作で15%以上となる。
【0028】
また、上記前処理と同様の脱脂操作(濃度97%以上のエタノール溶液を用いて0℃〜室温程度の低温で抽出する方法等)は、本発明による成分濃縮後のレシチンについて行うこともできる。その場合、SG及びESGの含量12%濃度のものが15〜18%にまで濃縮される。
【0029】
一方、アセトン等の溶剤を使用して脱脂操作を行い粉末状とした脱脂レシチンが食品添加物として市販されている。このものには当初約7%のSG及びESGが含まれているが、本品を使用して本発明の濃縮操作を行うと1回の操作で約12〜15%、2回操作で20%と、通常のペースト状レシチンの場合と同様に目的物を濃縮することができる。また、脱脂レシチンを使用した場合は目的物のロスが少なく、2回操作後の回収率を70%以上とすることができる。
【0030】
ステロール配糖体成分は前記したように、種々の有用な生理作用を有しているが、一般に生体への吸収性が悪く、特にSGは生体利用率が著しく低いことが知られている(特公昭55−23245、特公昭55−23246等)。
これに対し、本発明で得られるステロール配糖体成分を高濃度に含有するレシチン中には、リン脂質類のほかに依然として大豆油成分が含有されており、いわばステロール配糖体成分が界面活性剤としてのリン脂質を介して大豆油中に分散されたような状態となっている。このような状態のステロール配糖体成分は、あたかも医薬品として製剤化されたかのような状態であり、人体に摂取された場合の生体利用率が改善され、サプリメントとして極めて有利に応用可能なものである。
【実施例】
【0031】
以下に実施例を示し、本発明の特徴をより明確にする。
【0032】
SG、ESGの定量にはHPLC(高速液体クロマトグラフ)を使用した。標品としては、既知の方法に従いシリカゲルカラムクロマト法によって、レシチンより精製したESGならびにSGを使用した。
カラムはL−column ODS,4.6x150mm、移動層としてはESGの場合は95%ethanol、SGの場合は95%methanolを使用した。
ESGは流速1ml/minで保持時間9〜13minの間に特徴的な4本のピークとして検出される。また、SGは流速1.5ml/minで保持時間15minと18minの特徴的な2本のピークとして検出される。
【0033】
実施例−1
ペースト状の液体レシチン(レシチン 大豆由来、和光純薬工業)50gを97%のエタノール500mlと共に加熱還流下(約80℃)に1時間激しく攪拌し、熱時に不溶の沈殿物を分離した。溶液を室温まで放冷した後、0℃の氷室に放置した。24時間後、上澄を分離し沈殿物を取り減圧下に乾燥することにより、飴状の成分濃縮レシチン20gを得た。本生成物におけるSGとESGの含量は、両者合わせて14%であった。
【0034】
実施例−2
実施例−1に準じた方法で得られた成分濃縮レシチン(SGとESGの含量10.5%)25gを、95%エタノール250mlと加熱還流下(約80℃)に1時間激しく攪拌し、熱時に不溶物を分離した後、溶液部を0℃で24時間冷却した。上澄を除き沈殿物を取り、乾燥して褐色飴状の目的物12gを得た。本生成物におけるSGとESGの含量は合わせて18%であった。
【0035】
実施例−3
実施例−1と同じペースト状の液体レシチン10gを、99%エタノール100mlと共に室温にて30分間激しく振盪後、遠心分離にて不溶物を分取した。不溶物(約5g)に95%エタノール70mlを加え、加熱還流下(約80℃)に30分間激しく攪拌し、熱時上澄を分取した。上澄を0℃まで冷却して沈殿物1.3gを得た。SG及びESGの含量は合わせて16%であった。
【0036】
実施例−4
実施例−3に準じた方法で得られた成分濃縮レシチン(SGとESGの含量15%)3.0gを、97%エタノール30mlと攪拌下に加熱還流(約80℃)し、不溶物を除いた上澄を−5℃で24時間冷却した。沈殿物を取り乾燥することにより、飴状の目的物2.1gが得られた。SG及びESGの含量は22%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペースト状大豆レシチンあるいは脱脂大豆レシチンを、エタノール溶液を用いて熱時抽出し、抽出液を冷却して析出物を分取することを特徴とするステロール配糖体成分濃縮大豆レシチンの製法。
【請求項2】
抽出に使用するエタノール溶液が、濃度95%〜100%のエタノール溶液であり、抽出温度が70℃以上であり、かつ冷却温度が5℃以下である請求項1記載の製法。

【公開番号】特開2011−229513(P2011−229513A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−115778(P2010−115778)
【出願日】平成22年4月27日(2010.4.27)
【出願人】(303059613)特定非営利活動法人 大阪シニアー創造学院 (2)