説明

手技訓練用血管モデル

【課題】 模擬血管を切開したときに、他の器具を併用することなく実際の血管の切開状態に近似させることができ、医師や医学生が一人で簡単に、且つ、実際に近い状態で手技訓練を行えるようにすること。
【解決手段】 模擬血管11と、この模擬血管11を支持する台座12とを備えて手技訓練用血管モデル10が構成されている。模擬血管11は、少なくともその一部が台座12に埋設され、台座12には、模擬血管11を外向きに引っ張る方向の残留応力が存在した状態となっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、手技訓練用血管モデルに係り、更に詳しくは、外科手術時における血管に対する各種処置を訓練するために用いられる血管モデルに関する。
【背景技術】
【0002】
心臓血管外科は、他の一般外科と異なって、手技のミスが術中死の直接的原因となる可能性の高い分野であり、手術に際しては高度に熟練した技術が求められる。このような心臓外科手術の一つとして、冠動脈バイパス手術がある。この冠動脈バイパス手術は、心臓の周囲に張り巡らされた冠動脈の一部が狭窄したときに、当該狭窄部位の末梢側と他の血管部位との間をグラフトと呼ばれる代替血管で連結することで、血流を確保する手術法である。
【0003】
若手医師にとっては、臨床現場で経験を積むことが困難な中で、前述したような手技の向上のためには、効率的に訓練できる環境が必要となる。ここで、手技訓練としては、熟練した技術を持つ外科医の指導の下、若手外科医がブタの心臓をヒトの心臓に見立てて行う訓練がある。ところが、このような動物の臓器を用いた訓練は、生体組織を用いているため、保管上の手間や衛生面上の問題があるばかりか、倫理上の問題もある。従って、このような問題から、手術手技訓練には、生体組織ではなく、人工的な訓練用ツールを用いることが要請されている。
【0004】
ところで、動物の組織を模したゲル状物の表面近くに模擬血管を封入してなる血管モデルが知られている(特許文献1参照)。この血管モデルは、注射針や採血針を刺す手技練習に用いられるが、前述した冠動脈バイパス手術の訓練に転用することも考えられる。
【特許文献1】特開平11−167342号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、冠動脈バイパス手術の訓練として、前記特許文献1の血管モデルを使用した場合、実際に近い状態で訓練を行えないという不都合がある。すなわち、実際の血管は、生理的状態において、常に血圧による外向きの圧力すなわち内圧を受けており、当該内圧に釣り合うように血管組織に残留応力が存在している。このため、吻合に際して血管壁を血管の軸線方向に切開すると、当該切開部分が前記残留応力により血管の円周方向に拡開することになる。ところが、前記血管モデルでは、実際の血管と異なり前記残留応力が模擬血管にないことから、当該模擬血管の血管壁を切開しても、単なるスリットが出来るに過ぎず、当該切り込みを円周方向に拡開させるような力が作用しない。つまり、実際の手術時には、血管の切開部分が拡開した状態で運針、結紮、吻合等の処置が行われることから、前記血管モデルをそのまま使用しても、実際の状態に即した訓練を行うことが困難である。そこで、前記血管モデルを使って実際の状態に即した訓練を行おうとすると、血管の切開部分を拡開させるための器具が別途必要となって、当該器具による適切な拡開状態の調整が必要になり、医師や医学生は、手術手技訓練を簡単に行うことができない。
【0006】
本発明は、このような課題に着目して案出されたものであり、その目的は、模擬血管を切開したときに、他の器具を併用することなく実際の血管の切開状態に近似させることができ、医師や医学生が一人で簡単に、且つ、実際に近い状態で手技訓練を行うことができる手技訓練用血管モデルを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)前記目的を達成するため、本発明は、模擬血管と、この模擬血管を支持する台座とを備えた手技訓練用血管モデルにおいて、
前記模擬血管は、少なくともその一部が台座に埋設され、
前記台座には、前記模擬血管を外向きに引っ張る方向の残留応力が存在する、という構成を採っている。
【0008】
(2)ここで、前記残留応力は、前記模擬血管を軸線方向に切開したときに、当該切開部分の円周方向の幅が前記模擬血管の外径の30%〜70%の範囲内で拡開可能な大きさに設定されることが好ましい。
【0009】
(3)また、本発明は、模擬血管と、この模擬血管を支持する台座とを備えた手技訓練用血管モデルにおいて、
前記台座は、前記模擬血管の少なくとも一部が埋設された第1部材と、この第1部材に重ね合わされた第2部材とを備え、
前記第1部材は、前記模擬血管に外向きの引張力が作用する状態で前記第2部材に重ね合わされる、という構成を採っている。
【0010】
なお、本特許請求の範囲及び明細書において、特に明示しない限り、「軸線方向」とは、模擬血管の軸線に沿う方向を意味し、「円周方向」とは、模擬血管の外周に沿う方向を意味する。
【0011】
また、「上」、「下」、「左」、「右」は、特に明示しない限り、図2の位置を基準として血管モデルを見たときの「上」、「下」、「左」、「右」を意味する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、模擬血管の血管壁を軸線方向に切開したときに、模擬血管に作用する外向きの引張力により、切開部分が円周方向に拡開されることになり、所定の器具を併用することなく、実際の血管を軸線方向に切開したときの切開状態に近似させることができる。従って、医師や医学生が一人で簡単に、且つ、実際に近い状態で手技訓練を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。
【0014】
図1には、本実施形態に係る手技訓練用血管モデルの概略斜視図が示され、図2には、図1のA−A線に沿う断面図が示されている。これらの図において、血管モデル10は、冠動脈バイパス手術の訓練用として用いられるものであり、ほぼ直線状に延びる模擬血管11と、心筋の一部分に相当して模擬血管11を支持する台座12とを備えて構成されている。なお、この血管モデル10の用途としては、冠動脈バイパス手術の訓練用に限らす、血管吻合手技全般を含む他の血管処置の技術を向上させる訓練に用いることもできる。
【0015】
前記模擬血管11は、シリコーン等、所定の弾性材料によりチューブ状に形成されており、実際の血管と同程度の強度に設定された血管壁14と、その内部の空間15とからなる。
【0016】
前記台座12は、シリコーン等、所定の弾性材料を複数重ね合わせることによって得られたほぼ直方体状の積層体である。この台座12は、模擬血管11のほぼ下半分が埋設された図1中上側の第1部材17と、第1部材17の同図中下側に重ね合わされた第2部材18とからなる。
【0017】
前記第1部材17は、ほぼ直方体をなし、その上面の左右ほぼ中央で長手方向に延びるように模擬血管11が埋設されている。この第1部材17の内部には、模擬血管11を外側に引っ張る方向の残留応力が存在している。従って、メスにより模擬血管11の血管壁14を軸線方向に切開すると、当該切開部分が円周方向に拡開することになる。
【0018】
この残留応力としては、一例として、以下の値が設定される。模擬血管11の内径を2.0mm〜3.0mmとし、模擬血管11の血管壁14を0.2mm〜0.8mm程度とし、台座12を縦70mm、横40mm、高さ10mmのシリコーン製(ヤング率E=1.0×10−2N/mm)としたときに、残留応力は、0.67×10−2N/mmに設定される。
【0019】
前記第2部材18は、第1部材17とほぼ同一の平面サイズを有する直方体状に設けられ、第1部材17とほぼ同一の材質で作成されている。この第2部材18の上面に、第1部材17の下面が貼り合わされることで、第1部材17と第2部材18とが一体化された台座12が得られる。この際、第1部材17に対し、模擬血管11に外向きの引張力を作用させる外力が付加された状態で、第1部材17及び第2部材18を貼り合わせることで、前述した残留応力が台座12に存在することになる。
【0020】
具体的には、次の手順で、第1部材17及び第2部材18が貼り合わされる。
【0021】
先ず、図3(A)に示されるように、左右幅の等しい第1部材17及び第2部材18を用意する。次いで、同(B)に示されるように、第1部材17を左右方向に引っ張って、左右幅が原寸の1、11倍程度になるように伸張した状態にし、その状態を保ったままで第1部材17と第2部材18とを貼り合わせる。そして、図3(C)に示されるように、第2部材18の左右端よりも外側にはみ出た第1部材17の領域(同図中破線内の領域)を切断することで、台座12が得られる。このようにして得られた台座12は、第1部材17に左右方向の引張力が付加された状態で、当該第1部材17が第2部材18に固定されているため、第1部材17の内部には、左右方向の外向きの残留応力が存在した状態になり、これに伴って、当該第1部材17に埋設された模擬血管11には、外向きの引張力が作用した状態となる。
【0022】
以上では、台座12内に残留応力を存在させるために、第1部材17に作用させた引張力を利用しているが、その変形例として、図4に示されるように、曲げによる固体表面の伸縮を利用することもできる。
【0023】
この方法は、図4(A)に示されるように、相互に形状の相違する第1部材17及び第2部材18を貼り合わせて、同(B)に示されるように、直方体状の台座12を製造する方法である。すなわち、貼り合わせ前の第1部材17は、ほぼ水平面状の底面21と、この底面21に連なって相互に内向きに傾斜する平面状の側面22と、これら側面22の上端部分から下方の模擬血管11に向って円弧状に湾曲する上面23とを備えている。一方、貼り合わせ前の第2部材18は、ほぼ水平面状の底面25と、この底面25の左右両側から上方の左右方向中央部分に向って円弧状に湾曲する上面26とにより構成されている。そして、図4(A)に示されるように、第1部材17の左右両側を下向きに曲げながら、当該第1部材17の底面21を第2部材18の上面26に沿って貼り合わせる。このようにして得られた台座12は、図4(B)に示されるように、第1部材17の内部に、左右方向の外向きの残留応力が存在した状態になり、これに伴って、当該第1部材17に埋設された模擬血管11には、外側への引張力が作用した状態となる。
【0024】
従って、このような実施形態によれば、模擬血管11は、外向きの引張力が作用している状態で台座12に固定されているため、医師や医学生等の訓練者が模擬血管11を切開したときに、その切開部分が素早く拡開し、実際の血管の切開状態に近い切開状態が得られることになる。従って、血管を拡開させるための特別な器具を併用せずに、切開を伴う血管処置訓練を実際の状態に即して手軽に行うことができる。
【0025】
なお、台座12としては、前記実施形態の形状及び材質に限定されず、模擬血管11の原形を保ちながら、当該模擬血管11に外側への引張力を付与となる程度の残留応力が存在する限り、模擬血管11の保持態様も含めて種々の変形が可能である。従って、例えば、第1部材17及び第2部材18で構成する必要はなく、前記残留応力が存在する限り、単一若しくは三以上の部材にて構成することも可能である。
【0026】
また、前記残留応力の大きさとしては、模擬血管11を切開したときに、当該切開部分における模擬血管11の円周方向の幅が、実際の血管の切開時の状態に合わせ、模擬血管11の外径の30%〜70%の範囲内に拡開可能となる大きさに設定するとよい。
【0027】
その他、本発明における部材の構成は図示構成例に限定されるものではなく、実質的に同様の作用を奏する限りにおいて、種々の変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本実施形態に係る血管モデルの概略斜視図。
【図2】図1のA−A線に沿う断面図。
【図3】(A)は、本実施形態の台座を作成する前の状態を示す断面図であり、(B)は、(A)の状態から、第1部材を引っ張った状態を示す断面図であり、(C)は、(B)の状態から、第1部材と第2部材とを貼り合わせて、第1部材の左右はみ出し領域を切断した状態を示す断面図である。
【図4】(A)は、変形例に係る台座を作成する前の状態を示す断面図であり、(B)は、(A)の状態から、第1部材を曲げた状態で、当該第1部材を第2部材に貼り合わせた状態を示す断面図である。
【符号の説明】
【0029】
10 血管モデル
11 模擬血管
12 台座
17 第1部材
18 第2部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
模擬血管と、この模擬血管を支持する台座とを備えた手技訓練用血管モデルにおいて、
前記模擬血管は、少なくともその一部が台座に埋設され、
前記台座には、前記模擬血管を外向きに引っ張る方向の残留応力が存在していることを特徴とする手技訓練用血管モデル。
【請求項2】
前記残留応力は、前記模擬血管を軸線方向に切開したときに、当該切開部分の円周方向の幅が前記模擬血管の外径の30%〜70%の範囲内で拡開可能な大きさに設定されていることを特徴とする請求項1記載の手技訓練用血管モデル。
【請求項3】
模擬血管と、この模擬血管を支持する台座とを備えた手技訓練用血管モデルにおいて、
前記台座は、前記模擬血管の少なくとも一部が埋設された第1部材と、この第1部材に重ね合わされた第2部材とを備え、
前記第1部材は、前記模擬血管に外向きの引張力が作用する状態で前記第2部材に重ね合わされていることを特徴とする手技訓練用血管モデル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−316343(P2007−316343A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−145981(P2006−145981)
【出願日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)
【Fターム(参考)】