説明

抗体産生細胞の作製方法

【課題】 抗体産生能を獲得したB細胞を再現性よく取得できる手法を確立し、安定したモノクローナル抗体の作製方法を提供すること。
【解決手段】 頚部又は背部に抗原を投与して免疫されたマウスより腫大したリンパ節を採取し、当該リンパ節より得られた細胞を細胞融合に供することを特徴とするマウスモノクローナル抗体を産生する抗体産生細胞の作製方法を提供する。前記の免疫方法によりマウス各部位のリンパ節が腫大することから、これらのリンパ節をB細胞源とすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は研究、診断、医療等の分野において有用なマウスモノクローナル抗体の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モノクローナル抗体は単一の抗体産生細胞に由来する抗体である。モノクローナル抗体は単一の抗原決定基を認識する抗体分子の集団であることから、種々の物質を高い特異性で感度よく検出する手段として優れており、研究、診断、医療分野に不可欠なツールとなっている。
【0003】
モノクローナル抗体を産生する抗体産生細胞は、所望の抗原で免疫された動物より採取したB細胞又はB細胞を含む細胞群をミエローマ細胞と融合させ、得られた融合細胞(ハイブリドーマ)の集団より前記抗原を認識する抗体を産生する細胞株を単離することにより作製される。従来はB細胞の起源として脾臓が使用されてきたが、近年ではハイブリドーマ作製にリンパ節由来リンパ球を使用する方法が普及してきている。中でも腸骨リンパ節を使用する方法は抗原の投与(免疫)が1回で済み、かつ免疫から2週間程度で細胞融合操作が可能であるなど、優れた特徴を有するとされている。
【0004】
当該方法によれば、例えばラットでは、抗原を後肢足蹠に投与することにより、短期間に腸骨リンパ節を腫大させ、これをハイブリドーマ作製の材料とすることができる(特許文献1、非特許文献1)。マウスの場合にはラットと同じ操作、すなわち後肢足蹠への抗原投与では投与抗原量の問題があり、腸骨リンパ節の腫大が起こらないため、抗原投与部位として尾の付け根(尾根部)の筋肉内を選択する必要があるとされている(マウス腸骨リンパ節法:特許文献2、非特許文献2)。また、非特許文献3にはマウスへの抗原投与部位については、尾根部筋肉内に針先を1cm程度入れてエマルジョンを注入する、と記載されている。
【0005】
【特許文献1】特開平6−209769号公報
【特許文献2】特開2007−20547号公報
【非特許文献1】Cell Structure and Function、第20巻、151−156頁、1995
【非特許文献2】Acta Histochemistry and Cytochemistry、第39巻、89−94頁、2006
【非特許文献3】生化学、第78巻、1092−1094頁、2006
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
動物の免疫応答は、使用する個体の性質(種、性別、年齢、健康状態)の影響を大きく受ける。また抗原によっては個体に免疫反応を引き起こす作用の低いものもあり、免疫された個体において十分なリンパ節の腫大が見られない場合が多い。このため、安定してモノクローナル抗体を作製するためには、抗体産生能を獲得したB細胞を再現性よく取得できる手法を確立する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意研究の結果、マウスの頚部又は背部に抗原を投与した場合には、マウスの各部位のリンパ節に腫大が見られることを見出した。これに対し、前出のように尾根部から針を入れ、1cm先の筋肉内にエマルジョンを注入した場合(以下、尾部投与という)には腸骨リンパ節以外のリンパ節の腫大はほとんど認められなかった。さらに、マウスの頚部又は背部への抗原投与で得られた腫大リンパ節をB細胞源として、前記抗原を認識するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマが作製可能であることを確認し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、
[1]頚部又は背部に抗原を投与して免疫されたマウスより腫大したリンパ節を採取し、当該リンパ節より得られた細胞を細胞融合に供することを特徴とするマウスモノクローナル抗体を産生する抗体産生細胞の作製方法、
[2]抗原の投与部位が皮下又は筋肉内である[1]の抗体産生細胞の作製方法、
[3]腋下リンパ節、鼠径部リンパ節、又は腸骨リンパ節より選択される腫大リンパ節から得られた細胞を細胞融合に供する[1]の抗体産生細胞の作製方法、
[4]前記[1]〜[3]いずれかの方法により抗体産生細胞を作製する工程、及び前記抗体産生細胞の産生するモノクローナル抗体を採取する工程、を包含するモノクローナル抗体の製造方法、及び
[5]抗体産生細胞をマウス腹腔内に移植し、マウス腹水よりモノクローナル抗体を採取することを特徴とする[4]のモノクローナル抗体の製造方法、
に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の免疫方法によればマウスの各部位の腫大リンパ節を得ることができ、これを細胞融合に使用することができる。したがって、使用するマウスの状態や抗原の免疫原性に問題のある場合でも、モノクローナル抗体の作製に必要な感作B細胞を取得できないリスクが極めて低減される。本発明の方法はマウスモノクローナル抗体のより確実な作製に大きく貢献することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明に使用される抗原には特に限定はなく、当該抗原を認識するモノクローナル抗体の取得が望まれる任意の抗原であってよい。抗原は単独でもしくは複数の抗原を混合して使用することができる。抗原は、好ましくは適切なアジュバントと混合してマウスに投与する抗原溶液(エマルジョン)とし、マウスの免疫に使用する。
【0011】
マウスの免疫は、抗原溶液をマウスの頚部又は背部に注射することにより実施される。本発明において背部に抗原を投与する場合の好適な態様においては、マウスの背部のうちの耳より後ろ側で、かつ胴体中央よりも前側の部分に抗原溶液が投与される。抗原は背骨を挟んで左右2か所に投与することが好ましく、更に前記の2か所に加えて背骨上に投与してもよい。投与部位は皮下及び筋肉内から選択すればよいが、皮下投与が簡便であり、更に皮内投与でもよい。
【0012】
抗原溶液はマウスの免疫に通常使用される量が投与される。前記投与量は抗原の濃度やマウスの体重等を考慮して設定すればよく、例えば、マウス1匹あたり50〜300μL、好ましくは100〜200μLが投与される。
【0013】
本発明の方法では、通常、免疫は1回のみでよいが、追加免疫を行うことは妨げられない。
【0014】
免疫より(追加免疫を実施した場合には初回の免疫より)10日を経過した頃よりマウスの腋下、鼠径部、腸骨等のリンパ節の腫大が起こる。本発明では免疫より10〜25日、好ましくは12〜18日後に腫大したリンパ節を選択・採取する。したがって本発明は特定のリンパ節の使用に限定されるものではない。なお、本発明の方法によれば通常、腋下リンパ節は他のリンパ節に比べて大きく腫大することから、好適には腋下リンパ節が使用される。さらに、異なる部位の腫大リンパ節由来の細胞を合わせてもよい。
【0015】
採取したリンパ節より適切な方法で細胞を分散させ、次いで得られた細胞を洗浄する。細胞の分散は公知の方法、例えばステンレスメッシュ等を使用して実施できる。この細胞には抗体産生能を獲得したB細胞(感作B細胞)が含有されており、これを以下の細胞融合操作に使用する。
【0016】
融合にはマウス、ラット、ヒト等由来のミエローマ細胞を使用することができる。細胞融合の手法は当業者に公知であり、例えばG.ケラー(G.Kehler)「Nature、第256巻、第495頁(1975)」に記載の方法、又はこれに準ずる方法により実施すればよい。例えば、30〜50%ポリエチレングリコール(PEG、分子量1000〜6000)中でリンパ節由来の細胞とミエローマ細胞とを約1〜3分間程度反応させることにより両細胞を融合させることができる。こうして、不死化した抗体産生細胞であるハイブリドーマを作製することができる。
【0017】
細胞融合により得られたハイブリドーマはスクリーニングに付される。前記の抗原もしくはそのエピトープを認識する抗体は、免疫に使用された抗原もしくは当該抗原と同じエピトープを有する物質を使用したELISA法等により検出することができる。こうして所望の抗体を産生する細胞を選択し、さらに細胞のクローニングを実施することにより、単離されたハイブリドーマ株を樹立することができる。
【0018】
好ましくは、複数のハイブリドーマ株について産生される抗体の抗原認識の特異性、抗原に対する親和性、抗体の産生量等を調べ、目的にかなうハイブリドーマ株、すなわちモノクローナル抗体産生細胞が選択される。
【0019】
以上に示した、本発明の方法で得られたモノクローナル抗体産生細胞を培養してその培養物中に産生された抗体を採取し、所望のモノクローナル抗体を製造することができる。前記の細胞よりモノクローナル細胞を取得する方法としては、当該細胞をイン・ビトロで培養する方法、当該細胞を動物、例えばマウスの腹腔内に移植して腹水中にモノクローナル抗体を産生させる方法等が例示されるが、これらに限定されるものではない。さらに、こうして得られるモノクローナル抗体含有試料(培養液上清、腹水等)より公知の方法、例えば硫安塩析や各種クロマトグラフィーを利用して精製されたモノクローナル抗体を得ることができる。
【実施例】
【0020】
以下に、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明は以下の実施例の範囲のみに限定されるものではない。
【0021】
実施例1 抗原投与部位によるリンパ節腫大
フロイント完全アジュバントを使用し、キーホールリンペットヘモシアニンを1mg/mLの濃度で含むエマルジョンを作製した。2匹を1群とした3群のBALBcマウスを準備し、このエマルジョンを150μL/shot/bodyの条件で各群にそれぞれ頚部皮下投与、頚部筋肉内投与及び尾部投与を行った。投与12日後にマウスを開腹してリンパ節の腫大状況を確認した。腋下リンパ節、鼠径部リンパ節、腸骨リンパ節の腫大の状況を表1に示す。表中−は腫大が認められなかったことを、±は若干の腫大が認められたことを、+は腫大が認められたことを、++は腫大が大きいことを、それぞれ示す。なお、頚部筋肉内投与群ではマウス1匹が死亡したため、本群の結果はマウス1匹のみの観察結果である。
【0022】
【表1】

【0023】
本試験により、腋下リンパ節や鼠径部リンパ節の腫大に頚部への抗原投与が有用であることが認められた。なお尾部より上の背部への抗原投与も頚部投与と同様な結果を示す。
【0024】
実施例2 ハイブリドーマの作製
(1)抗原免疫
サーモコッカス・リトラリス由来のリボヌクレアーゼH(RNaseH)を抗原として使用した。WO 02/22831号国際公開パンフレットに記載された方法で精製したRNaseHをフロイント完全アジュバントと混合し、RNaseHを1mg/mLの濃度で含むエマルジョンを作製した。3匹1群のBALBcマウス2群を用意し、1群には前記のエマルジョンの尾部投与を、またもう一群には頚部皮下投与を、それぞれ実施した。投与量は100μL/shot/bodyとした。
【0025】
免疫より14日後にマウスを開腹し、腫大したリンパ節を採取した。腸骨リンパ節に関しては両群に明瞭な差は見られなかった。尾部投与群では1匹で腋下リンパ節、1匹で鼠径部リンパ節が腫大していた他は、腸骨リンパ節以外のリンパ節の腫大は認められなかった。一方、頚部投与群ではどのマウスでも腋下リンパ節が腸骨リンパ節よりも大きく腫大していた。また、1匹では前記両リンパ節に加えて鼠径部リンパ節も大きく腫大していた。
【0026】
(2)細胞融合
頚部投与群の腋下リンパ節及び尾部投与群の腸骨リンパ節をそれぞれ無血清培地(RPMI1640培地)に分散して洗浄した後、細胞融合用ミエローマ(P3U1)と5:1(リンパ節細胞:ミエローマ)の割合で混合した。細胞混合物を遠心分離して上清を除き、細胞ペレットを調製した。この細胞ペレットにRPMI1640培地に溶解して調製した50%PEG溶液を一定速度で、軽い振とうを加えながら添加して混合し、次いでRPMI1640培地20mLを同様に一定速度で加え、40mLにフィルアップし、この操作で細胞融合を実施した。
【0027】
(3)HAT選択
(2)で得られた融合細胞は10%のウシ胎児血清を含有する100mLのRPMI1640に懸濁し、これを10枚の96ウェルプレートに100μL/ウェルずつ分注した。翌日よりエス・クロン クローニングメデューム(三光純薬社製)にHAT(H:ヒポキサンチン、A:アミノプテリン、T:チミジン)を加えたもの(HAT培地)に培地を交換して10日間の培養を行った。この間、融合日の翌日を含めて3回の培地交換をこのHAT培地で行った。この培地で成長してきた細胞はde novo合成系を持ちかつ不死化した融合細胞である。
【0028】
(4)スクリーニング
イムノプレート(ナルジェヌンク社製)に、免疫原であるRNaseHの5μg/mL PBS(リン酸緩衝生理食塩水)溶液を50μL/ウェルで添加し、4℃で一晩放置してRNaseHを物理吸着させた。翌日、抗原溶液を捨てて50% Blocker Casein(ピアス社製)を200μL/ウェルになるように加え、室温(20〜30℃)で1時間放置してブロッキング操作を行った。その後、ブロッキング溶液を捨て、抗原プレートとして以下の操作に用いた。
【0029】
上記(3)で得られた各群960ウェルの融合細胞培養物のうち、959ウェルの培養上清(原液使用)をナンバリングした上で抗原プレートに投入し、一次反応を室温(20〜30℃)で1時間行った。反応が終了した各ウェルをPBSで3回洗浄し、次いでペーパータオルで充分に液を切った。検出には、抗マウスIgGラットモノクローナル抗体カクテル−ペルオキシダーゼ標識抗体を使用した。前記標識抗体の1μg/mL溶液を50μL/ウェルで添加し、室温(20〜30℃)で1時間反応させた。その後、標識抗体液を捨て、ウェルをPBSで4回洗浄した。ペーパータオルに打ち付けて洗浄液を充分に除き、次いでペルオキシダーゼ基質であるABTS[2,2’−アジノビス(3−エチルベンゾチアゾリン−6−スルホン酸)]溶液(ピアス社製)を50μL/ウェルで投入して室温で15〜30分発色させた。反応終了後、等量の150mM シュウ酸を加えて反応を停止させて肉眼及びプレートリーダーで陽性株を確認した。96ウェルプレート10枚の反応からプレートリーダーにおける405nmの吸光度が0.1を超えるウェルを陽性ウェルとして選択した。尾部投与群では317ウェル、頚部投与群では291ウェルが陽性であり、両群は実質的に同等の結果を示した。
【0030】
以上の試験でRNaseH結合抗体の産生が認められたハイブリドーマを両群からそれぞれ50株を選抜し、各細胞株の培養上清によるRNaseH活性の阻害について試験した。この結果、有意にRNaseH活性を阻害するものが両群に数株ずつ確認された。このことより、両群のハイブリドーマで産生されている抗体のバリエーションにも大きな差はないことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明により、抗体産生能を獲得したB細胞を含有する腫大リンパ節をより確実に取得する方法が提供される。前記方法で取得された腫大リンパ節を使用して細胞融合を実施することにより、従来よりも効率よく抗体産生細胞を取得することができる。本発明の方法は、マウスモノクローナル抗体の作製に非常に有用な技術であり、種々の分野に利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
頚部又は背部に抗原を投与して免疫されたマウスより腫大したリンパ節を採取し、当該リンパ節より得られた細胞を細胞融合に供することを特徴とするマウスモノクローナル抗体を産生する抗体産生細胞の作製方法。
【請求項2】
抗原の投与部位が皮下又は筋肉内である請求項1記載の抗体産生細胞の作製方法。
【請求項3】
腋下リンパ節、鼠径部リンパ節、又は腸骨リンパ節より選択される腫大リンパ節から得られた細胞を細胞融合に供する請求項1記載の抗体産生細胞の作製方法。
【請求項4】
請求項1〜3いずれか記載の方法により抗体産生細胞を作製する工程、及び前記抗体産生細胞の産生するモノクローナル抗体を採取する工程、を包含するモノクローナル抗体の製造方法。
【請求項5】
抗体産生細胞をマウス腹腔内に移植し、マウス腹水よりモノクローナル抗体を採取することを特徴とする請求項4記載のモノクローナル抗体の製造方法。

【公開番号】特開2009−284771(P2009−284771A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−137882(P2008−137882)
【出願日】平成20年5月27日(2008.5.27)
【出願人】(302019245)タカラバイオ株式会社 (115)
【Fターム(参考)】