説明

抗体製造方法

【課題】 プロテインAのような人体に対して抗原性や高い生物学的活性を示すリガンドではなく、生物学的安全性に優れるリガンドを用いた抗体製造方法であり、かつ、抗体の安定性に応じて、変性や凝集を引き起こさない温和な条件下で実施可能な抗体製造方法を提供すること。
【解決手段】 リガンドとの相互作用を利用して抗体を含有する医薬原料溶液から医薬品としての抗体を得る抗体製造方法において、医薬原料溶液を、微酸性乃至弱酸性で塩を含む条件下、または中性かつ塩を含まない条件下で複素環式芳香族アミノ酸リガンドを有する不溶性担体に接触させることにより、抗体をリガンドに吸着させる第一工程、リガンドへの非吸着成分を除去する第二工程、微酸性乃至弱酸性で第一工程よりも低濃度の塩を含む溶出液、または微塩基性の溶出液を不溶性担体に接触させることにより、吸着抗体をリガンドから解離させる第三工程、をこの順番に含むことを特徴とする抗体製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬品としての抗体を得る製造方法に関するものであり、医薬原料溶液から目的抗体を精製する工程を含む抗体製造方法に関する。
【技術背景】
【0002】
抗体は、それが認識し、結合する標的物質に対する特異性の高さから、研究用試薬や臨床検査試薬として極めて有用である。ことに近年においては、遺伝子組換え技術などのバイオテクノロジーを利用して種々の治療用抗体が開発され、従来治療が困難であったリウマチや癌などの分野において、画期的な治療薬として医療技術の進歩に大きく貢献している。これらは一般に抗体医薬と称されている。また、抗体は動物の体液からも精製することが可能であり、ヒトの血漿から精製された抗体はガンマグロブリン製剤と称され、医薬品として使用されている。
【0003】
医薬品としての抗体製造においては、ヒトや免疫した動物の血液や腹水などの体液あるいは抗体産生能を持つ細胞の培養液が原料として使用される。これらの医薬原料溶液には、目的とする抗体以外に様々な蛋白やDNA等の不純物が含まれているため、精製工程において、古くは分別沈殿やイオン交換等の古典的手法を駆使して精製が行われていた。さらに、抗体の精製度をより高め、しかも生産性も高めるために、クロマトグラフィーを利用した分離技術も導入され、数多く検討されてきた。例えば、イオン交換クロマトグラフィーや疎水クロマトグラフィー、あるいはそれらの組合せがあるが(例えば、特許文献1)、これらの方法では、溶液のpHを大きく変化させる、あるいは種々の塩を添加する等して吸着や解離を行うため、最終製品とする前に溶液から不要な成分を除去する必要があった。しかも、その割には精製度が特に高まるものでもなく、後述する特異的結合による方法には到底比肩するものではなかった。
【0004】
これをさらに発展させたものがアフィニティ分離技術であり、アフィニティ分離は目的物に親和性の高いリガンドを有する担体を用いるので、抗体の回収率や生産性の点では非常に優れた技術である。
抗体の精製工程にもアフィニティ分離が積極的に導入されており、アフィニティリガンドとして近年重要な役割を果たしているのが、スタフィロコッカス属黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)由来のプロテインAである。プロテインAは、抗体、すなわち免疫グロブリンのFc領域に対して高い特異性と親和性を有することから、これを担体のリガンドに用いた抗体精製方法が知られている(例えば、特許文献2)。プロテインAは、中性条件下で抗体のFc領域に高い親和性を示すため、医薬原料溶液から抗体を精製する際には、プロテインA等をリガンドとする不溶性担体に医薬原料溶液を接触させて抗体を特異的に吸着させる。そして、中性の生理的溶液で非吸着成分を洗浄し、除去した後、酸性の生理的溶液で吸着抗体をリガンドから解離させると、抗体が高率に回収できることが良く知られている。
【0005】
このように、プロテインA等を用いた抗体の精製方法は、結合特異性に優れるという長所があるものの、抗体を高率に回収するにはpH3付近(pH2.5〜4.0未満)という低いpH条件が必要となる。低いpH条件はウイルス不活化工程も兼用できるという利点もあるので、低pHに対して頑健なモノクローナル抗体を精製する場合には有効な方法といえる。しかしながら、低pHで変性して失活する抗体には適用できなかった。また、たとえ低pH下で適用できたとしても、低pH下では抗体の高次構造が変化しやすいため、失活には至らなくても凝集体の生成を引き起こす場合があることが知られている(非特許文献1)。この抗体凝集体は、ヒトに投与した場合に抗原性を示すことが懸念されているので、こと治療用抗体の製造においては、後段の精製工程による凝集体の除去および残留量のモニタリングが求められる(非特許文献2)。
【0006】
一方、プロテインA等を用いた抗体の精製工程には、不溶性担体のリガンドにプロテインAを用いること自体のリスクが幾つか存在する。第一に、プロテインAは微生物由来のタンパク質であるがゆえ、精製操作中に担体から脱離したプロテインAが最終製品中に有意な量で混入した場合、この抗体医薬がヒトに投与されると、感受性の高い患者でアナフィラキシー様の症状を引き起こす可能性がある(非特許文献3)。したがって、抗体医薬の製造工程にプロテインAを用いる場合、工程の後段でのプロテインAの除去のバリデーションや残留量の厳密なモニタリングがなされるべきである(非特許文献4)。なお、前記した低pHによる問題については、弱酸性付近の緩衝液を用いてプロテインAリガンドから吸着抗体を解離させる方法も工夫されてはいるが(特許文献3)、そもそもプロテインAを用いる以上、最終製品への混入のリスクや、そのための除去や残留量のモニタリングの必要性の問題は何ら解決できない。
【0007】
第二に、プロテインAのリガンドに特に細胞培養液を直接供給する場合、培養液中に存在するプロテアーゼの作用により、プロテインAが切断されることがある。その結果、抗体結合能の低下ばかりではなく、フラグメントやプロテインA自体の最終製品への混入が懸念される。
【0008】
第三に、プロテインAは蛋白質であるが故にアルカリ性の条件に対して耐性が低く、他のいわゆる合成リガンドを用いたクロマト工程で汎用されるアルカリ洗浄方法を使用することができない。このため、プロテインAによる分離工程専用に、商品名「Tween(登録商標)」、商品名「Triton−X(登録商標)」あるはSDSといった界面活性剤を用いた特別な洗浄方法を別途用いる必要がある。
【0009】
以上のことから、画期的な治療機会を提供できる治療用抗体の製造工程において、プロテインAという異種蛋白の混入の懸念がない、低分子リガンドを用いた新たな精製技術が必要とされている。そこで、アフィニティ分離の範疇でありながら、プロテインAに依らない抗体の精製方法も数多く検討されており、プロテインAの模倣リガンドを用いたものや、スクリーニング等により得られた抗体結合性の高い低分子リガンドを用いたものとに大別される。
【0010】
前者については、プロテインAの抗体Fc領域への結合部分を模倣して有機化学的に合成された低分子リガンドを用いた抗体精製方法が挙げられ(例えば、非特許文献5)、後者については、リガンドにベンジル化エタノールアミン等の芳香族化合物を用いた方法や(特許文献3)、新しい分離原理として注目される親硫性吸着クロマトグラフィーを応用してリガンドにスルファミド化合物を用いた方法(特許文献4)が挙げられる。
【0011】
しかしながら、このようなリガンドでは、抗体の結合や解離時に温和な溶液条件を適用できる可能性がある反面、人体の構成成分ではない合成化合物である点が問題である。このような合成化合物が混入した抗体医薬がヒトに投与されると、血中でアルブミン等のキャリアタンパクに結合して抗原性を獲得することがあり、感受性の高い患者でアナフィラキシー様の症状を引き起こす可能性を免れないからである。したがって、工程の後段で混入物の除去や残留量の厳密なモニタリングが必須となる。
【0012】
そこで、このような人工リガンドではなく、ヒトを含めた生体構成成分として一般的なアミノ酸をリガンドとして、担体として分離膜を用いたアフィニティ膜分離を用いると、タンパクを含む水溶液から目的タンパクを効率よく精製できることが知られている(例えば、特許文献5,6および非特許文献6)。
より具体的には、特許文献5には、フェニルアラニン、ヒスチジンあるいはトリプトファンを固定化した膜にpH8の牛血清IgG溶液を供給すると、透過液側に該グロブリンを検出しないことから膜に結合したことが示されている。しかし、ここでは単にタンパクを捕捉したことが示されているに過ぎず、回収方法については何も記載されていない。一方、特許文献6には、フェニルアラニンをより均一に固定化した膜にpH7.2の牛血清IgG溶液を供給することが、非特許文献6には同じくpH7.4で供給することがそれぞれ記載されており、いずれも1M塩化ナトリウム含有50%エチレングリコール溶液を用いると、結合した抗体を高率に回収できることが示されている。
【0013】
確かに、これらの条件は、従来のプロテインAによる精製条件に比較して温和なpHで実施可能であるから、プロテインAに起因する問題は解消されている。しかしながら、結合した抗体の回収にエチレングリコールの濃厚溶液を用いる点は、医薬品の製造工程に適用する上で大きな障害となる。エチレングリコールは、生体内で代謝されると毒性化合物に変化することと、きわめて高濃度かつ高粘度で用いられるため、最終製品への残留を無くすことは到底困難だからである。アフィニティ分離においては、このように、目的物をリガンドに吸着できても解離させるのに様々な好ましくない添加剤を必須とする場合が多く、医薬品のように人体に投与される物質の生成に利用する場合は、リガンド設計だけではなく、吸着や解離に用いる溶液組成まで慎重な配慮が必要となる。
【0014】
以上述べたとおり、プロテインAに依らない抗体の精製方法についても種々検討が成されているが、医薬品としての品質、安全性あるいは工業的な生産性の全てを満足できる抗体製造方法はこれまで知られていなかった。
【特許文献1】特開平7−267997号公報
【特許文献2】欧州特許第310719(B1)号公報
【特許文献3】国際公開2006/043896(A1)号パンフレット
【特許文献4】国際公開2007/064281(A1)号パンフレット
【特許文献5】特開平4−16219号公報
【特許文献6】特開平8−290066号公報
【非特許文献1】Journal of Pharmaceutical Sciences, 96(2007),1-26
【非特許文献2】1195106984296_0.pdf
【非特許文献3】Staphylococci and Staphylococcal infections 2 (Eds. C.S.F. Easmon and C.Adlam), pp. 429-480, Academic Press Inc., London 1983.
【非特許文献4】1195106984296_1.pdf
【非特許文献5】Nature Biotechnology, 16(1998),190-195
【非特許文献6】Journal of Chromatography, 585(1991),45-51
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
医薬品としての抗体を工業的に製造するにあたり、従来よく知られるプロテインAを用いた精製方法や、あるいはプロテインAを用いない精製方法における前記諸問題に鑑みて、本発明は以下を目的とする。すなわち、プロテインAのような人体に対して抗原性や高い生物学的活性を示すリガンドではなく、生物学的安全性に優れるリガンドを用いた抗体製造方法であり、かつ、抗体の安定性に応じて、変性や凝集を引き起こさない温和な条件下で実施可能な抗体製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、前記課題を解決するために、種々の吸着体や精製方法について鋭意研究を重ねた。その結果、医薬原料溶液から抗体を高率に回収するために、特定のアミノ酸リガンドを用いることの有用性を見出した。さらに、単なるリガンドの選定だけではなく、そのリガンドへの抗体の吸着と解離にあたり、従来知られていない特定の溶液条件を適用することにより、医薬原料溶液からの目的抗体の回収率がきわめて高くなる精製方法を見出し、以って本発明を完成した。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)リガンドとの相互作用を利用して抗体を含有する医薬原料溶液から医薬品としての抗体を得る抗体製造方法において、医薬原料溶液を、微酸性乃至弱酸性で塩を含む条件下、または中性かつ塩を含まない条件下で複素環式芳香族アミノ酸あるいは複素環式芳香族アミノ酸のオリゴマーをリガンドとして有する不溶性担体に接触させることにより、抗体をリガンドに吸着させる第一工程、リガンドへの非吸着成分を除去する第二工程、微酸性乃至弱酸性で第一工程よりも低濃度の塩を含む溶出液、または微塩基性の溶出液を不溶性担体に接触させることにより、吸着抗体をリガンドから解離させる第三工程、をこの順番に含むことを特徴とする抗体製造方法。
(2)医薬原料溶液が体液または細胞培養液である前記(1)に記載の抗体製造方法。
(3)複素環式芳香族アミノ酸がトリプトファンである前記(1)または(2)に記載の抗体製造方法。
(4)微酸性乃至弱酸性がpHにして6.9以下3.0以上であり、微塩基性がpHにして7.1以上9.0以下である前記(1)〜(3)の何れかに記載の抗体製造方法。
(5)第一工程における塩濃度が130mM以上である前記(1)〜(4)の何れかに記載の抗体製造方法。
(6)不溶性担体が粒状体、繊維集合体、多孔質膜の何れかである前記(1)〜(5)の何れかに記載の抗体製造方法。
(7)抗体がウシ、マウスなど哺乳動物由来あるいは、ヒトIgGとのキメラ、及びヒト化抗体である前記(1)〜(6)の何れかに記載の抗体製造方法。
(8)抗体がヒトIgGである前記(7)に記載の抗体製造方法。
(9)抗体をリガンドから解離させる際に解離促進剤を併用する前記(1)〜(8)の何れかに記載の抗体製造方法。
(10)凝集抗体と非凝集抗体とを含む医薬原料溶液から非凝集抗体を選択的に得る前記(1)〜(9)に記載の抗体製造方法。
(11)リガンドとの相互作用を利用して抗体を含有する医薬原料溶液から医薬品としての抗体を得る方法において、凝集抗体と非凝集抗体とを含む医薬原料溶液を、微酸性乃至弱酸性で塩を含む条件下、または中性かつ塩を含まない条件下で複素環式芳香族アミノ酸あるいは複素環式芳香族アミノ酸のオリゴマーをリガンドとして有する不溶性担体に接触させることにより抗体をリガンドに吸着させる第一工程、リガンドへの非吸着成分を除去する第二工程、微酸性乃至弱酸性で第一工程よりも低濃度の塩を含む溶出液、または微塩基性の溶出液を不溶性担体に接触させることにより吸着抗体をリガンドから解離させる第三工程、をこの順番に含むことを特徴とする凝集抗体と非凝集抗体とを分離して非凝集抗体を製造する方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、細胞の構成成分として元来保有しているアミノ酸をリガンドとして用いることにより、プロテインAのような人体に対して抗原性や高い生物学的活性を示すリガンドではなく、生物学的安全性に優れるリガンドを用いることができる。そして、複素環式芳香族アミノ酸リガンドにおいて、抗体の結合と解離時の溶液条件を微妙に制御することにより、幅広いpH条件下において抗体の変性や凝集を引き起こさない温和な条件下で精製を実施でき、しかも目的抗体の回収率にも優れるという効果を奏する。
さらに本発明によれば、目的とする抗体とそれ以外の成分の分離のみならず、目的抗体の中でも凝集体と非凝集体とをシャープに分離できることができるため、抗原性が懸念される抗体凝集体を排除した目的抗体を得ることができる。
これらの結果、異種タンパク質、人工合成化合物あるいは抗体凝集体の混入のない医薬品として、きわめて有用な抗体を効率よく得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明でいう抗体とは、生化学における一般的な定義のとおり、脊椎動物の感染防禦機構としてBリンパ球が産生する糖タンパク分子(ガンマグロブリンまたは免疫グロブリンともいう)のことであるが、特に本発明では、医薬品としてヒトに対して使用できるものをいう。すなわち、ウイルス等の病原微生物の混入が実質的に認められず、投与対象であるヒトの体内にある抗体と実質的に同一の構造を有するものである。
本発明において、ヒトIgGとのキメラとは、可変領域はマウスなどのヒト以外の生物由来であるが、その他の定常領域をヒト由来の免疫グロブリンに置換したものをいい、ヒト化抗体とは可変領域のうち、相補性決定領域(complementarity-determining region: CDR) がヒト以外の生物由来で、その他のフレームワーク領域 (framework region: FR) をヒト由来としたものをいい、免疫原性はキメラ抗体よりもさらに低減されたものである。
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【0019】
抗体の種類については、医薬品として適用できるものであればよく、クラス(アイソタイプ)やサブクラスは特に限定されない。例えば、定常領域の構造の違いにより、IgG,IgA,IgM,IgD,IgEの5種類のクラスに分類されるが、各免疫グロブリンの何れであってもよい。ヒト抗体においては、IgGにはIgG1〜IgG4の4つのサブクラスがあり、IgAにはIgA1とIgA2の2つのサブクラスがあるが、これも特に限定されない。なお、医薬品として適用可能であれば、Fc領域を結合した抗体関連タンパクも本発明でいう抗体の範疇である。
【0020】
さらに、抗体は由来や製造方法によっても分類することができ、天然のヒト抗体や遺伝子組換え技術により生産された組換えヒト抗体、あるいはモノクローナル抗体やポリクローナル抗体の何れであってもよい。これらの抗体の中でも、抗体医薬としての需要や重要性が現時点で最も大きいことから、ヒトIgGへの適用が特に有意義である。また、後述する特定のリガンドと特定の液性による本発明の抗体精製条件は、ヒトIgGの精製に最適である。
【0021】
医薬品としての抗体は、大略、以下の工程を経て製造される。すなわち、細胞培養工程、細胞分離工程、精製工程、ウイルス除去工程、濃縮・液交換工程、ボトリング工程という順番である。勿論このフローに限定されるものではなく、付加的な工程が挿入されたり、各工程の一部が入れ替わることもある。上記は、細胞培養法によって目的抗体の生産を行う場合の代表的フローであるが、ヒトの体液から目的抗体を精製する場合は、細胞培養工程と細胞分離工程を経ずに体液が精製工程に投入される。
【0022】
ここで、ヒトの体液とは、血液、血漿、血清、リンパ液、腹水、胸水、あるいはそれらの混合液、それらに生理的食塩水、緩衝液、無菌水等の生理的溶液を加えた希釈液、血液製剤等を全て含む。また、細胞培養後、細胞分離工程を経て精製工程に投入される液は、目的抗体が細胞外へ放出または分泌された後、細胞が濾過や沈殿によって分離された溶液である。これに生理的溶液を加えた希釈液であってもよい。あるいは、これらが次段落でいう粗精製を経た溶液であってもよく、例えば、イオン交換やクロマトグラフィー等で回収された溶液であってもよい。本発明においては、このように精製工程のうち、特に特定のアミノ酸リガンドを用いる精製工程に投入する直前の抗体含有溶液を特に医薬原料溶液と総称する。
【0023】
前記精製工程には、一段階の本精製、粗精製と本精製、あるいは複数の粗精製と複数の本精製との組合せという幾つかの精製パターンが含まれるが、本発明では特に限定する必要はない。粗精製として、本発明の特定リガンドを利用した精製の前後に、異なる分離様式、例えば種々のクロマトグラフィーや膜分離等に基づく精製を加えることもできる。
【0024】
本発明においては、この精製工程が、「医薬原料溶液を、微酸性もしくは弱酸性で塩を含む条件下、または中性かつ塩を含まない条件下で複素環式芳香族アミノ酸リガンドを有する不溶性担体に接触させることにより、抗体をリガンドに吸着させる第一工程」と、「リガンドへの非吸着成分を除去する第二工程」と、「微酸性もしくは弱酸性で第一工程よりも低濃度の塩を含む溶出液、または微塩基性の溶出液を不溶性担体に接触させることにより吸着抗体をリガンドから解離させる第三工程」という三種の工程をこの順番に含んでいることが重要である。その限りにおいては、付加的な工程を間に挿入することや、第一工程と第二工程とを交互に繰り返した後に第三工程に進む方法や、第一工程〜第三工程を数サイクル繰り返す等の変法も適宜実施してよい。
【0025】
まず、第一工程について説明する。
第一工程における重要な第一点はリガンドの選定である。ここでいうリガンドとは、不溶性担体の表面に化学的に固定化された目的抗体に対する結合部位である。本発明では、リガンドにアミノ酸を用いるが、周知のとおりアミノ酸はヒトも含めた生体の基本的な構成分子である。したがって、プロテインAが有する抗原性や比較的強い生理活性という、ヒトに対する異種タンパクに特有の生物学的諸問題は回避される。一例として、トリプトファンの場合は、マウスへ腹腔内投与した場合のLD50は4.8g/kgであり、通常には考えられない膨大な量で初めて毒性が認められる類のものである。
【0026】
本発明者らは、アミノ酸リガントについて検討したところ、中でも複素環式芳香族アミノ酸を用いると、温和なpHかつ安全性に優れる生理的溶液を用いた吸着および解離条件において、目的抗体を高率に回収できることを見出した。複素環式芳香族アミノ酸の代表例は、ヒトの必須アミノ酸であるトリプトファンおよびヒスチジンであるが、これらは、芳香族部位の疎水性とヘテロ原子のプロトン供与性等の作用を併せ持つものである。詳細な理由は定かではないが、単なる芳香族アミノ酸では(例えば、フェニルアラニン)抗体の吸着率が低かった知見から、側鎖がこのように複数作用を有することが、抗体分子との吸着や解離が高率に成される点に寄与しているのかも知れない。より好ましくは、トリプトファンリガンドである。
【0027】
リガンドの長さについては特に限定する必要はなく、複素環式芳香族のモノアミノ酸やそのオリゴマーであってもよい。後者については、複素環式芳香族アミノ酸が数個結合したオリゴペプチドであってもよく、他のアミノ酸モノマーまたはオリゴマーの自由末端側に複素環式芳香族アミノ酸が位置したものでもよい。ただし、万一、担体から脱離したことを考慮すると、オリゴマー自体が抗原性を示さない長さに留める方がよく、最も好ましくはモノアミノ酸のリガンドである。
【0028】
前記リガンドを有する不溶性担体とは、水溶液系での固−液分離を可能にする基材、支持体、あるいはそれ自身も分離機能を有する分離素子のことである。したがって、実質的には水不溶性であればよく、リガンドを固定化する際に用いられる有機溶媒や、酸・塩基により著しく変性しないものがよい。材質については、反応条件等を考慮して適宜選択すればよいが、例えば、ポリオレフィン、ポリスチレン、ポリメタクリレート、ポリアミド、ポリビニルアルコール等の合成高分子やこれらの架橋体、セルロース、アガロース、キチン、キトサン等の天然高分子やこれらの架橋体を利用できる。また、材質に拘らず、市販の活性炭、イオン交換樹脂、樹脂吸着材等も利用できる。
【0029】
不溶性担体の形状については、粒状体、繊維集合体、多孔質膜等の何れでもよく、より具体的には、多孔質粒子、不織布、織布、綿状物、多孔質平膜、多孔質中空糸膜が挙げられる。特に多孔性のものは、それ自体も分離能を有するので、リガンドの選択的作用と協調させることもできる。
【0030】
不溶性担体へのリガンドの固定は、リガンドの脱落防止の観点から共有結合による。その方法は特に限定する必要はなく、担体の樹脂組成に応じて公知のリガンド固定化技術を適用すればよい。例えば、担体に放射線を照射してラジカルを発生させた後、そこを基点にグリシジルメタクリレート等をグラフト重合することで活性基を導入する方法や、ジグリシジルエーテル、ジアミン等の二官能試薬により担体表面に活性基を導入する方法が利用でき、これらの活性基にアミノ酸のC末端またはN末端を反応させればよい。リガンド密度は、抗体の吸着量をある程度左右する点で重要ではあるが、リガンドのサイズに対して抗体分子のサイズがはるかに大きいため、必ずしも密度が高ければ良いというものではない。目的抗体の種類や、生産スケールを勘案して適宜設定すればよい。
【0031】
このようにしてリガンドを固定した不溶性担体は、樹脂、ガラス、金属等のハウジングに充填し、液体の入口と出口とを設けたカラムとして用いる方法が、生産性や無菌性の観点から好ましい。しかし、繊維集合体や多孔質膜(平膜、中空糸膜)の場合は、ハウジングに充填した後、ショートパスが起こらないように成型する方法がやや煩雑になるため、カラム作成の簡便性の観点からは粒状体を用いることが好ましい。不溶性担体の充填率や、充填容量については、リガンド密度も勘案して必要な分離スケールに応じて適宜設定すればよい。
【0032】
第一工程において重要な第二点は、医薬原料溶液を、微酸性乃至弱酸性で塩を含む条件下、または中性かつ塩を含まない条件下で前記リガンドを有する不溶性担体に接触させることである。これによって、抗体が複素環式芳香族アミノ酸リガンドに高率に吸着する。
【0033】
抗体分子はpHに対して比較的安定ではあるが、抗体の種類(クローン)によっては、酸あるいは塩基性条件下に弱いものがある可能性は否定できない。プロテインAリガンドを用いる際にはその点が懸念され、使用条件が制限される大きな要因となっていた。一方、アミノ酸リガンドのアフィニティ膜分離では、このような理由からと思われるが、酸性および塩基性の何れの条件も避けて中性条件でリガンドへの吸着と解離がなされている。しかし、解離時に回収率を高めるために、明らかに毒性のある添加剤の使用を余儀なくされていた。これらの問題点は背景技術に詳述したとおりである。
【0034】
本発明者らは、この点に鑑みて鋭意検討したところ、複素環式芳香族アミノ酸リガンドを用いた場合、弱酸性から中性条件の間で抗体が非常に高率に吸着することを見出した。但し、微酸性と弱酸性条件では同時に塩を含めることが必要であり、中性条件では反対に塩を含めないことが重要である。中性条件で塩を含めると吸着性が低下し、目的抗体のロスが無視できなくなる。塩基性条件では塩の有無にかかわらず吸着性が低下するので、結果として高い回収率が得られない。従って、例えば、目的とする抗体が塩の存在下で安定化するような場合には、微酸性乃至弱酸性で塩を含む条件で吸着させればよい。一方、塩を添加できない制約がある場合や、低いpH条件を極力避けたい場合には中性条件下で吸着させればよく、目的抗体の性質に合わせて何れかを選択すればよい。
【0035】
医薬原料溶液を不溶性担体に接触させる際、上記の溶液条件を設けるには、前記溶液条件に調整した平衡化溶液(例えば、緩衝液に塩を添加した溶液等)を用いて、リガンドを含む不溶性担体を予め平衡化しておくことが好ましい。例えば、不溶性担体を充填したカラムの場合は、カラムボリュームの等倍〜数十倍の溶液でカラム内を置換するとよい。続いて医薬原料溶液をロードする際、医薬原料溶液の容量がカラムボリュームに比して十分に小さい場合(例えば、およそ1/10以下)や、医薬原料溶液の液性が抗体吸着の溶液条件と同等の場合はそのままロードしてもよい。しかし、医薬原料溶液の容量がカラムボリュームに比して無視できない場合は、吸着ロスを防止するため、吸着時の溶液条件に近づけるよう希釈する等してロードすることが好ましい。
【0036】
抗体吸着時の前記溶液条件をより厳密に定義すると、本発明でいう「微酸性乃至弱酸性」とは、pHにして6.5以下3.0以上のことをいう。pHが3.0未満では吸着率よりも抗体が凝集する懸念が顕著になるので好ましくない。従って、抗体の吸着率、安定性および後述する塩の作用の観点から、酸性領域のより好ましいpHは6.0以下3.0以上であり、特に好ましいpHは5.0以下3.0以上である。一方、中性とはpHにして6.5を越え7.5未満のことをいう。
pHの調整方法は特に限定する必要はなく、酸または塩基を添加して所定のpHに調節すればよい。しかし、pH変動の安定性の点から、緩衝液を用いることがより好ましい。例えば、燐酸緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液等の生化学で一般的な緩衝液が用いられる。
【0037】
また、本発明でいう「塩を含む」とは、前記の緩衝液に含まれる塩の他に、100mM以上の塩が含まれる溶液条件のことをいう。塩濃度が100mMを下回ると、弱酸性条件では吸着性が低下するので好ましくない。塩濃度の上限は特に制限ないが、必要以上に加えすぎると抗体の沈殿生成を引き起こすおそれもあるので、1.5M以下としておけばよい。抗体の吸着率の観点から、より好ましくは130mM以上であり、特に好ましくは140mM以上である。一方、本発明でいう「塩を含まない」条件とは、緩衝作用以外の目的で添加された塩濃度が0〜50mMの溶液条件のことをいう。中性条件では、緩衝作用以外の目的で添加された塩が存在すると吸着性が顕著に低下するので、リガンドに接触させる溶液の塩濃度をこの程度低い範囲に抑えておくことが必要である。好ましくは0mM、すなわち緩衝作用以外の目的で塩を添加しない条件である。なお、医薬原料溶液が体液や細胞培養液の場合、緩衝作用以外の塩濃度は予め50mM以下に希釈してからカラムにロードすることが必要である。
塩の種類は特に限定する必要はなく、例えば、生理的溶液に一般的に添加される電解質塩である塩化ナトリウムが好ましいが、これに限定されない。
【0038】
次に、第二工程について説明する。
第二工程においては、リガンドへの非吸着成分が除去される。先の第一工程において、目的抗体はリガンドに吸着しているが、未吸着の抗体や、リガンドには吸着しない夾雑物、あるいはリガンドに弱く吸着する夾雑物が存在する。第二工程では、これらの未吸着抗体や夾雑物を洗浄することにより系外へ除去する。洗浄液の組成は、続く第三工程で抗体をリガンドから解離させる生理的溶液とpHや塩濃度を異にするものであればよい。好ましくは、不溶性担体の平衡化や、医薬原料溶液の不溶性担体への供給に用いる溶液と同じものを用いればよく、pHや塩濃度をそれらに一致させておくと、洗浄時に目的抗体が不用意に脱離することを防止できる。なお、吸着抗体を解離させない範囲でイオン強度や添加剤を適宜選択することにより、非特異的吸着成分を除去することもできる。
【0039】
次に、第三工程について説明する。
第三工程において重要な点は、微酸性乃至弱酸性で第一工程よりも低濃度の塩を含む生理的溶液、または微塩基性の生理的溶液を、抗体が吸着したリガンドを有する不溶性担体に接触させることである。これによって吸着抗体がリガンドから高率に解離する。
【0040】
吸着抗体のリガンドからの解離に際しては、いわゆる解離促進剤としてエチレングリコールやイミダソール等の合成化合物が用いられたり、高濃度の塩が添加されることにより、医薬品としての安全性や生産性の点で満足できる条件は知られていなかった。
そこで、本発明者らはこの点に鑑みて鋭意検討したところ、複素環式芳香族アミノ酸リガンドを用いた場合、吸着抗体に対して安定な中性条件では、解離促進剤なしでは十分な解離が見込まれないが、微酸性乃至弱酸性で第一工程よりも低濃度の塩を含む生理的溶液あるいは、微塩基性の生理的溶液が吸着抗体を高率に解離させることを見出した。しかも、この程度の酸性、塩基性であれば抗体分子に特に変性を引き起こすこともなく、回収率の向上にのみ効果的に寄与することを見出したのである。従って、例えば、目的とする抗体が塩の存在下で安定化するような場合には、微酸性乃至弱酸性で第一工程よりも低濃度の塩を含む生理的溶液、または微塩基性で塩を含む生理的溶液で吸着抗体をリガンドから解離させればよい。一方、塩を添加できない制約がある場合は微塩基性で塩を含まない生理的溶液を用い、酸性条件を極力避けたい場合には微塩基性の生理的溶液を、塩基性条件を極力避けたい場合には微酸性乃至弱酸性で吸着抗体を解離させればよく、目的抗体の性質に合わせて何れかを選択すればよい。
【0041】
第三工程でいう「微酸性乃至弱酸性」の厳密な定義や好ましい範囲は第一工程のそれと同義である。「微塩基性」をより厳密に定義するとpHにして7.5以上9.0以下のことをいう。酸性領域では、pHが3.0を下回ると抗体が凝集する懸念が顕著となり、塩基性領域では、pHが9.0を越えると抗体によっては活性の低下を引き起こす場合があるので、何れも好ましくない。
吸着抗体の解離性と安定性の観点から、微塩基性でのより好ましいpHは8.0以上9.0以下であり、特に好ましいpHは8.5以上9.0以下である。
pHがこの範囲であれば抗体に何ら変性を引き起こすことはない。しかも、複素環式芳香族アミノ酸リガンドと吸着抗体との解離性が高いため、前段の吸着条件と組み合わせると、精製に供した医薬原料溶液に対する目的抗体の回収率が高く、従来、回収率の高さを誇っていたプロテインA法に比べて殆ど遜色がない。つまり、本発明では、そのぶん生物学的安全性のメリットが強調されることになる。pHの調整方法は、第一工程で述べたとおり限定されない。
【0042】
第三工程でいう塩については、微酸性乃至弱酸性の生理的溶液を用いる場合は、第一工程よりも低濃度の塩を含むことが重要である。微酸性や弱酸性条件では、塩濃度が130mM以上になると抗体をよく吸着する傾向にあるため、吸着抗体の解離性の観点からより好ましい塩濃度は130mM未満であり、特に好ましくは塩を含まないことである。このように、わずかな酸性を保ったまま、塩濃度を低下させることが重要であり、これにより吸着抗体を高率に解離させることができる。ここでいう「塩を含まない」条件も、第一工程で述べたとおりである。一方、微塩基性の溶出液を用いる場合は、pHの作用が塩濃度の作用よりも優位になるため、塩濃度はあまり重要ではない。塩を含んでもよく、含まなくてもよいが、含む場合は塩濃度が低い方が好ましい。より好ましい塩濃度は300mM未満である。塩の種類は、第一工程で述べたとおり限定されない。
【0043】
なお、吸着抗体のリガンドからの解離を促進する目的で、前記解離用の生理的溶液に解離促進剤を添加することもできる。解離促進剤としては、カオトロピック(chaotropic)特性を有する化合物が好ましく、グアニジル基を有する水溶性化合物が好ましい。例えば、アルギニンは側鎖にグアニジル基を有するアミノ酸であり、これを0.1〜2M含有する微塩基性の溶出液を用いると目的抗体の回収率を一層高めることができる。しかも、アルギニンは本発明のリガンドと同じ天然アミノ酸であるゆえ、添加剤として用いること、精製抗体含有液からの除去が特に困難ではないこと、および最終製品への残留について必要以上に慎重にならずに済むことから特に好ましい。
【0044】
以上述べた3つの工程のうち、特に重要な抗体の吸着と解離に関する条件を整理すると次のようになる。矢印(→)の前が第一工程(吸着時)の溶液条件であり、矢印の後が第三工程(解離時)の溶液条件である。
(a)微酸性乃至弱酸性かつ塩含む → 微酸性乃至弱酸性かつ第一工程よりも低濃度の塩を含む
(b)微酸性乃至弱酸性かつ塩含む → 微塩基性かつ塩を含まない
(c)微酸性乃至弱酸性かつ塩含む → 微塩基性かつ塩を含む
(d)中性かつ塩を含まない → 微酸性乃至弱酸性かつ第一工程よりも低濃度の塩を含む(=塩を含まない)
(e)中性かつ塩を含まない → 微塩基性かつ塩を含まない
(f)中性かつ塩を含まない → 微塩基性かつ塩を含む
【0045】
本発明においては、目的抗体の性状に合わせて上記(a)〜(f)の何れのケースを選択しても良い。例えば(a)〜(c)のケースにおいては、抗体を含む医薬原料溶液が一時的に酸性条件下に置かれる結果、ウイルスが混入している場合、そのウイルスが酸により不活化される利点がある。よって、(a)〜(c)のケースは酸性に比較的安定な抗体を精製する上でより好ましい。その理由においては、一貫して微酸性乃至弱酸性条件で処理される(a)が特に好ましい。
【0046】
本発明では、上記のように、特定のリガントと溶液条件により目的抗体の吸着や解離を高率に実施することができるが、そのメカニズムは詳細には分かっていない。しかし、推察するに、種々のpHやイオン強度下における静電相互作用及び疎水性相互作用のバランスによるものではないかと考えられる。
【0047】
本発明によれば、上記のとおり目的抗体とそれ以外の成分を分離し、目的抗体を高率に得ることができる。ところが、本発明者らが選択分離性について詳細に検討したところ、目的抗体とそれ以外の成分のみならず、驚くべきことに目的抗体の中でも凝集体と非凝集体とをシャープに分離できることも見出した。背景技術の項に述べたように、抗体によっては酸性条件あるいはその他の要因によって保存中や操作中に凝集体を形成することがある。すなわち、抗体が二量化、三量化あるいはそれ以上に多量化して凝集体を形成することがあるが、この凝集体がヒトの体内で抗原性を示すことが懸念されている。従って、抗体の製造工程において、精製段階で凝集抗体をも確実に除去しておくことは、医薬品としての抗体製造を行う上で非常に意義が大きい。
【0048】
凝集体と非凝集体とをシャープに分離する条件は、本発明の第一〜第三工程で述べた各条件を適用すればよく、その条件下でほぼ定量的に選択分離できる。酸性条件下での凝集体形成の懸念を極力払拭する上で、前記(e)のケース(中性かつ塩を含まない→弱塩基性かつ塩を含まない)、または前記(f)のケース(中性かつ塩を含まない→弱塩基性かつ塩を含む)がより好ましい条件となる。本発明に比して、サイズの違いを利用した膜分離やサイズ排除クロマトグラフィーでは、担体側にポアサイズ等のバラツキがあるため、このようなシャープな選択分離性を獲得するのは到底困難である。
【0049】
本発明において、複素環式芳香族アミノ酸リガンドに特定の吸着・解離条件を適用することにより凝集抗体と非凝集抗体とがシャープに分離される理由は十分解明されていない。抗体モノマーと凝集物とでは単にサイズが異なるだけで、リガンドとの相互作用に大きな差異が出るとは考え難いが、おそらく抗体表面の諸性質(官能基や荷電の分布、親水性/疎水性バランス、その他)が変化する結果、リガンドとの相互作用が顕著に低下して非凝集抗体との選択分離が可能になるものと推定される。従来、ゲルろ過クロマトグラフィーにより会合凝集体を含む抗体を精製する方法は知られており(例えば、特開2006−242957号公報等)、クロマト担体と凝集体との結合を弱める解離促進剤を用いると、非凝集体と凝集体とをサイズの違いにより分離することはできた。しかし、サイズ排除の原理によるゲルろ過では担体との特異的な相互作用が得られず、前処理程度の精製にしか使えないといえる。したがって、アミノ酸リガンドを利用したこのような意外かつ有用な分離例は本発明者らが初めて見出したものであり、これまで知られていない。
【0050】
本発明の抗体製造方法においては、以上述べた特徴的な精製工程を必要とするが、詳細な説明の最初に述べたとおり、医薬品としての抗体は、大略以下の工程を経て製造される。すなわち、体液を医薬原料溶液とする場合は、精製工程、ウイルス除去工程、濃縮・液交換工程、ボトリング工程という順番で製造され、細胞培養法による場合は、細胞培養工程、細胞分離工程、精製工程、ウイルス除去工程、濃縮・液交換工程、ボトリング工程という順番で製造される。
【0051】
細胞培養工程では、目的抗体を産生する遺伝子を導入した動物細胞や抗体産生細胞が無血清培地等で培養され、増殖され、目的抗体が細胞外に放出または分泌される。あるいは、細胞を機械的刺激または化学的に破壊して培養液中に抗体を放出させる。続いて、膜濾過や遠心分離等によって不要な細胞成分を分離し、除去することにより、濾過液や上清等の状態で抗体含有液が得られる。
この抗体含有液または体液すなわち医薬原料溶液は、精製工程において目的抗体が精製される。精製工程においては、例えば粗精製として分別沈殿、イオン交換、膜分離等の比較的特異性の低い分離技術が併用されることがある。
【0052】
医薬品においては、病原微生物の混入を実質的に認めないことが重要であるため、製造工程では工程全体にわたって病原微生物の混入を防止するだけでなく、積極的に病原微生物の除去工程が設けられる。その代表例がウイルス除去工程であり、物理的手段や化学的手段によるウイルス等の不活性化処理と除去が行われることがある。別の方法としては、平膜や中空糸膜を内蔵したウイルス除去フィルターを用いたウイルス除去も行われるが、こちらは添加剤や紫外線を用いずに済む点や、ウイルス除去能力の高さから特に好ましい方法である。
【0053】
かかる工程を経た精製抗体含有液は、その容量を縮小するための濃縮、あるいは解離や回収時に用いた緩衝液成分、pH調整剤その他添加剤等を低減するための液交換を行った後、所定の無菌容器にボトリングされ、製品化される。
以上述べた工程を経て、異種タンパク質、人工合成化合物あるいは抗体凝集体の混入のない医薬品として有用な抗体が高率に製造できる。
【0054】
以上述べたとおり、本発明は、抗体のpHに対する安定性に応じて、不安定な抗体に対してはより温和な条件で、安定な抗体に対してはウイルス不活化も兼ねることのできる低いpHで使用できる精製方法なので、その汎用性の高さという点で極めて有用である。すなわち、工程確立期間の短縮化あるいは、工程のプラットフォーム化を可能とすることで治療用抗体の開発期間を短縮し、ひいては治療機会の拡大に大きく貢献できるものと考えられる。また、抗体と非抗体との分離のみならず、凝集抗体体と非凝集抗体とを分離可能であることや、リガンドの化学的性質上、簡便なアルカリ洗浄方法が使用可能である点も、工程数そのものの低減や工程の簡略化につながり、やはり前述の治療機会の拡大に大きく貢献できるものと考えられる。

[実施例]
【0055】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。
【0056】
[評価方法]
本発明の抗体製造方法の評価系として、高速液体クロマトグラフィーのシステムを利用した。すなわち、リザーバタンク(平衡化(洗浄)溶液、溶出液、カラム再生液)、送液ポンプ(送液線速4cm/min)、サンプルループ(容量100μL)、カラム(室温)、検出器(紫外線、波長280nm)、ドレンの順に接続した該システムを用いて精製目的物をロードした後、ドレンから回収される各分画中の抗体濃度を定量した。カラムとして、リガンド固定化担体2mlを充填した内径(直径)5mm、ベッド高さ10mmのガラス製カラムを用いた。
目的抗体の回収率を求めるに際し、得られた各溶液の波長280nmにおける吸光度から溶媒そのものの吸光度をバックグラウンド値として減じ、正味の吸光度を算出した。その際、0以下の値となった場合については0に丸めた。正味の吸光度について、IgGの吸光係数として13を用いて蛋白含量を求め、出発物質中の蛋白含量に対する各画分中の蛋白含有量の比を各画分中のIgG回収率として算出した(下記式(1)参照)。以降の実施例および比較例では、、特に断らない限り、全て上記の方法により抗体回収率を評価した。

各画分中のIgG回収率(%)
=100×(画分中の蛋白含有量/出発物質中の蛋白含量) (1)

【実施例1】
【0057】
<リガンドの評価>
グリシジルメタクリレートを介してトリプトファンをポリビニルアルコール多孔質粒子に固定化した担体(以下、TR−PVA担体と表記)を充填したカラムをクロマトシステムに取り付けた。平衡化溶液(1.5M塩化ナトリウムを含む20mM酢酸緩衝液、pH5.0)およそ10カラムボリューム(以下、CVと表記)で平衡化した後、IgG50mg/mLを含むヒトIgG溶液(ベネシス社、ヴェノグロブリン)100μLをサンプルループに注入し、前記平衡化溶液約1.5CVにてサンプルループから押し出してカラムへ添加するとともに素通り画分を得た。次に、洗浄液として、前記平衡化溶液6CVで洗浄を行ない、洗浄画分を回収した。続いて溶出液(0.5M L−アルギニンを解離促進剤として含む20mMリン酸緩衝液、pH8.0)6CVをカラムに通液し、IgGの溶出画分を回収した。さらに、カラム再生液(10mM塩酸溶液、pH1.5)をカラムに通液し、未回収のIgGををカラム再生画分として回収した。評価結果を表1に示す。
【比較例1】
【0058】
<リガンドの評価>
グリシジルメタクリレートを介してフェニルアラニンをポリビニルアルコール多孔質粒子に固定化した担体(以下、TR−PVA担体と表記)を充填したカラムを準備し、実施例1と同様の条件で評価した。評価結果を表1に示す。
【表1】

【0059】
表1に示すとおり、複素環式芳香族アミノ酸であるトリプトファンをIgG吸着のための低分子リガンドとして用いた吸着体を用いることで、吸着時は微酸性(pH5)、解離時は微塩基性(pH8)という温和な溶液条件において、高い回収率でIgGが得られた。一方、同じ芳香族アミノ酸でも、側鎖が複素環ではないフェニルアラニンの場合は素通り画分や洗浄画分の割合が多く、IgGを高率に回収できなかった。
【実施例2】
【0060】
<吸着条件の比較>
トリプトファンを固定化したTR−PVA担体を充填したカラムをクロマトシステムに取り付け、平衡化溶液が異なる3条件で吸着性を比較した。すなわち、平衡化溶液(条件A:1.5M塩化ナトリウムを含む20mMグリシン緩衝液(pH3.0)、条件B:1.5M塩化ナトリウムを含む20mM酢酸緩衝液(pH5.0)、条件C:塩を加えない20mMリン酸緩衝液(pH7.0))各々およそ5CVで平衡化した。続くサンプル添加、洗浄、溶出およびカラム再生については、溶出液として塩を含まない20mMグリシン緩衝液(pH9.0)を用いた以外は実施例1に準じて操作した。各条件A〜Cの評価結果を表2に示す。
【比較例2】
【0061】
<吸着条件の比較>
トリプトファンを固定化したTR−PVA担体を充填したカラムをクロマトシステムに取り付け、平衡化溶液が異なる3条件で吸着性を比較した。すなわち、平衡化溶液(条件D:1.5M塩化ナトリウムを含む20mMリン酸緩衝液(pH7.0)、E条件:塩を含まない20mM酢酸緩衝液(pH5.0)、条件F:塩を含まない20mMTris緩衝液(pH8.5))各々およそ5CVで平衡化した。続くサンプル添加、洗浄、溶出およひカラム再生については、溶出液として塩を含まない20mMグリシン緩衝液(pH9.0)を用いた以外は実施例1の操作条件に準じた。
各条件D〜Fの評価結果を表2に示す。
【0062】
【表2】

【0063】
表2に示すとおり、吸着時には、溶液条件が中性で塩を含む場合(条件D)はリガンド固定化担体に吸着しないIgGが23.7%(素通り画分と洗浄画分の和)もあるが、塩を含まない場合(条件C)にはIgGが定量的に吸着した。また、微塩基性や、微酸性で塩を含まない場合には吸着性が低かったが、微酸性や弱酸性でも塩を含む場合には定量的に吸着した。以上の結果より、吸着時には、微酸性乃至弱酸性で塩を含む条件、または中性かつ塩を含まない溶液条件が必要なことが分かった。
【実施例3】
【0064】
<解離条件の比較>
トリプトファンを固定化したTR−PVA担体を充填したカラムをクロマトシステムに取り付け、溶出液が異なる4条件で吸着抗体の解離性を比較した。すなわち、実施例1の操作条件に準じて平衡化、吸着、洗浄、溶出、カラム再生を行ったが、溶出液としては次の5条件(条件G:20mMグリシン緩衝液(pH3.0)、条件H:20mM酢酸緩衝液(pH5.0)、条件I:20mMリン酸緩衝液(pH8.0)、条件J:20mMグリシン緩衝液(pH9.0)、何れも塩を含まない)を用いてIgGを溶出画分として回収した。なお、溶出液の液量は、pH5.0については10CVとしたが、それ以外はおよそ5〜6CVとした。
各条件G〜Jの評価結果を表3に示す。
【比較例3】
【0065】
<解離条件の比較>
中性の溶出液(条件K:塩を含まない20mMリン酸緩衝液(pH7.0))を用いた以外は実施例3の操作条件に準じた。評価結果を表3に示す。なお溶出条件pH9.0(条件J)の結果は、実施例2の条件Bの結果を用いた。
【0066】
【表3】

【0067】
表3に示すとおり、溶出時には、溶出条件が中性で塩を含まない場合(条件K)には抗体を溶出画分に回収できないが、微酸性か弱酸性で塩を含まない場合あるいは微塩基性では抗体を効率よく溶出画分に回収できた。比較例2の結果も合わせると、中性の場合は塩がないと殆ど解離しないが(条件K)、比較的高濃度に塩があっても解離は不十分であり、強酸性の強制的なカラム再生条件下でないと十分に解離しない(比較例2の条件D)。従来、中性条件でエチレングリコール等の解離促進剤を必要としたのは、このような理由からと思われる。
以上の結果より、吸着抗体の解離時(溶出時)には、微酸性乃至弱酸性で第一工程よりも低濃度の塩を含むか、または微塩基性の溶液条件が必要なことが分かった。また、溶出画分の回収率の高さから酸性側では弱酸性が好ましく、微塩基性側ではpHにして7.5以上9.0未満が好ましいと思われる。

【実施例4】
【0068】
<塩濃度変化の効果>
トリプトファンを固定化したTR−PVA担体を充填したカラムをクロマトシステムに取り付け、吸着条件が異なる2条件で、塩濃度の変化が吸着抗体の解離性に与える効果を検討した。すなわち、平衡化溶液(条件L:1.5M塩化ナトリウムを含む20mMグリシン緩衝液(pH3.0)、条件M:1.5M塩化ナトリウムを含む20mM酢酸緩衝液(pH5.0))およそ5CVで平衡化した後、塩濃度勾配をつけた溶出液を用いた以外は、実施例1の操作条件に準じて吸着、洗浄、溶出、カラム再生を行った。塩濃度勾配は、塩を含む各平衡化溶液に、同じpHで塩を含まない平衡化溶液を連続的に供給して形成し、1.5Mから0Mまで60分かけて連続的に低下させた。各分画開始時の塩濃度は塩濃度勾配中の電気伝導度より算出した。評価結果を表4に示す。
【0069】
【表4】

【0070】
表4に示すとおり、微酸性や弱酸性という温和な条件では、pHを変えなくても塩濃度がおよそ100mMを境にIgGの吸着・解離をコントロール可能であることが分かった。すなわち、実施例3の条件GおよびHの結果も合わせると、微酸性乃至弱酸性の場合には、解離時の塩濃度を吸着時よりも低くすることにより吸着抗体を解離させることができる。
【実施例5】
【0071】
<pH変化の効果>
トリプトファンを固定化したTR−PVA担体を充填したカラムをクロマトシステムに取り付け、主にpHの変化が吸着抗体の解離性に与える効果を検討した。すなわち、pH勾配をつけた溶出液と、続いて塩濃度勾配をつけた溶出液を用いた以外は、実施例1の操作条件に準じて吸着、洗浄、溶出、カラム再生を行った。pH勾配は、塩を含むpH5.0の平衡化溶液に、同じ塩濃度でpH9.0の平衡化溶液を連続的に供給して形成し、微酸性(pH5.0)から微塩基性(pH9.0)まで60分かけて連続的に変化させた。続いて、塩を含む各平衡化溶液に、同じpHで塩を含まない平衡化溶液を連続的に供給して形成し、1.5Mから0Mまで60分かけて連続的に低下させた。各分画開始時の塩濃度は塩濃度勾配中の電気伝導度より算出した。評価結果を表5に示す。
【0072】
【表5】

【0073】
表5に示すとおり、塩を含む場合、吸着時の微酸性条件を微塩基性条件に変化させる、つまりpHを塩基性側に変化させるだけでIgGを高率に回収することができる。実施例3の条件IおよびJの結果も合わせると、微塩基性の溶出液を用いれば、塩濃度によらず吸着抗体を解離させることができる。
【実施例6】
【0074】
<細胞培養液からのIgG精製>
無血清培地(Irvine Scientific社、商品名「IS−CHO−CD」)にて培養したCHO培養液17.6mLに1M酢酸緩衝液(pH4.5)を2mL添加し、pHをおよそ5.0にあわせた後、IgG50mg/mLを含むヒトIgG溶液(ベネシス社、ヴェノグロブリン)0.4mLを添加してIgG含有細胞培養液を調製した。次に、このIgG含有細胞培養液1mLを、実施例3の条件I(第一および第二工程:微酸性(pH5.0)、塩(1.5M NaCl)、第三工程:微塩基性(pH8.0)、塩なし)に準じて処理した。ただし、洗浄、溶出、カラム再生における溶媒の使用量は全て4CVとし、1CVずつプールし、最初の2プールを以下の解析に用いた。
得られた溶液50μLに等容量のSDSサンプル緩衝液(TEFCO社、Tris−Glycine SDSサンプルバッファー)を加えて、100℃にて5分間加熱した後、氷水中で急冷し、電気泳動サンプルを調製した。電気泳動サンプルを常法に従いSDS−PAGEにて分析した。電気泳動装置にはTEFCO社、SDS−PAGEmini、8〜16%、1.5mm厚、15well)を使用し、分子量マーカーには市販のマーカー(GEヘルスケア バイオサイエンス社、商品名「Full−Range RainBow Molecular Markers」)を用いた。
電気泳動終了後、市販のゲル染色液(和光純薬社、商品名「Quick−CBB」)にて染色し、ゲル乾燥保存キット(TEFCO社、GEL Dry System)を用いて乾燥させた。乾燥後の染色ゲルを第1図に示す。図中、レーンMは分子量マーカーであり、レーン7および8が溶出画分である。矢印はIgGの分離位置を示している。図示したとおり、溶出画分の最初の1CV目(レーン7を参照)でIgGが回収されていることが分かる。
以上の結果より、本発明の抗体製造方法により、細胞培養液からのIgG回収が可能であることが確認された。
【実施例7】
【0075】
<IgG凝集体の分離>
ヒトIgG溶液(ベネシス社、ヴェノグロブリン)50mg/mLを0.1M塩酸水溶液と1:4の割合で混合し、室温にて1晩放置して酸変性IgG凝集体サンプル(以下、IgG−Agと表記)を調整した。トリプトファンを固定化したTR−PVA担体を充填したカラムをクロマトシステムに取り付けた。平衡化溶液(1.5M塩化ナトリウムを含む20mM酢酸緩衝液、pH5.0)およそ5CVで平衡化した後、IgG−Agを100μLずつ3回にわけてサンプルループに注入し、各々を前記平衡化溶液約1.5CVにてサンプルループからカラムへサンプルを押し出して添加するとともに素通り画分を得た。次に、前記平衡化溶液5〜6CVで洗浄を行い、洗浄画分を回収した。続いて溶出液(塩を含まない20mMグリシン緩衝液、pH9.0)5〜6CVカラムに通液し、IgG−Agの溶出画分を回収した。さらに、カラム再生液(10mM塩酸溶液、pH1.5)をカラムに通液し、未回収のIgGをカラム再生画分として回収した。各溶出画分中のIgG−Agはクロマトシステムに内蔵のUVモニターを用いて経時的に測定した。
IgG−Agのクロマトグラムを図2に示す。この酸処理条件は、IgGモノマーをほぼ定量的に凝集化させる条件なので、カラム再生画分に検出されるピークを凝集体と見なした。
次に、IgG−Ag5mLに1Mグリシン水溶液1.5mLを添加してpH約4〜5に戻した後、変性していないヒトIgG溶液1mLを添加して酸変性IgG凝集体および未変性IgGとの混合溶液(以下、IgG−Mxと表記)を調製した。得られたIgG−Mxをサンプルとし、サンプル添加を100μLずつ4回にわけて行った以外は、前記IgG−Agと同様に分画した。
IgG−Mxのクロマトグラムを図3に示す。クロマトグラムの溶出画分に検出されるピークは、凝集していない未変性IgGであることを予め確認している。
図3に示すとおり、IgG−Mxは、酸変性IgG凝集体と未変性IgGにそれぞれ相当するピークに二分された。以上の結果より、本発明の抗体製造方法を用いることで、未変性IgGとIgG凝集体をほぼ定量的に選択分離可能であることが示された。
【参考例1】
【0076】
<プロテインA固定化担体によるIgG精製例>
プロテインA固定化担体(ミリポア社、商品名「prosep−va−ultra」)を充填したカラム(直径16mm、ベッド高25mm)を各々5CVの溶出液(100mMクエン酸ナトリウム緩衝液、pH3.0)およびカラム再生液(10mM塩酸緩衝液、pH1.5)にて順次洗浄した。次に、平衡化溶液(0.15M塩化ナトリウム含有20mMリン酸緩衝液、pH7.4)を10CV通液して担体を平衡化した後、ヒト血清(CEMICON international社、Normal Human Serum)をカラムに添加した。その後、前記平衡化溶液を10CV以上流して充分な洗浄を行なった。続いて前記溶出液4CVをカラムに通液し、IgGを回収した。回収したIgG溶液に中和液(500mMリン酸緩衝液、pH9.0)1CV相当量を添加して中和した。なお、ここまでの通液操作における線速は全て150cm/hrで実施した。中和後のIgG溶液を分画分子量15kDの透析チューブに入れて封じ、1Lの前記平衡化溶液中で3時間、続けて3Lの平衡化溶液中で終夜透析を行い、バッファー交換を行った。
得られたIgG溶液を10倍希釈して波長280nmの吸光度を測定し、IgGの吸光係数13よりIgG濃度は3mg/mL、得られたIgG量は75mgと見積もられた。
次に、上記IgG溶液の300μLをマイクロ遠心チューブにとり、100℃にて5分間加熱処理をした。マイクロ遠心機にて3000回転、5分間の遠心操作を行い、上清を回収した。得られた上清中のプロテインA量をELISA法を用いて測定した。ELISAにはassay designs社の商品名「TiterZyme EIA ProteinA Enzyme Immunometric Assay Kit」を用い、添付のマニュアルに従い実施した。その結果、IgG溶液中のプロテインA量はおよそ28ng/mL、総量は28×25=700ngと見積もられた。
以上のことから、プロテインA固定化担体を用いてIgGを精製した一例では、IgG1mgあたりおよそ9ngのプロテインAが混入することが示唆された。
【参考例2】
【0077】
<ヒトIgG吸着容量の比較>
トリプトファンをポリビニルアルコール多孔質粒子に固定化した担体(TR−PVA担体)を充填したカラムをクロマトシステムに取り付けた。平衡化溶液(1.5M塩化ナトリウムを含む20mM酢酸緩衝液、pH5.0)およそ10カラムボリュームで平衡化した後、同溶液で5mg/mLの濃度に希釈したヒトIgG溶液(ベネシス社、ヴェノグロブリン)をカラムに通液した。カラム通液液の吸光度をモニターし、増加がなくなるまでIgG希釈液を通液した後、洗浄液として前記平衡化溶液およそ15CVで洗浄した。続いて溶出液(0.5M L−アルギニンを解離促進剤として含む20mMリン酸緩衝液、pH8.0)およそ6CVをカラムに通液し、IgG溶液を溶出画分として回収した。さらに、カラム再生液(10mM塩酸溶液、pH1.5)5CVをカラムに通液し、未回収のIgGををカラム再生画分として回収した。
得られた溶出画分の(カラム再生画分は含まず)IgG含量の総量を測定し、これをカラム担体の容量2mLで除して担体1mLあたりの吸着容量を算出した。結果を表6に示す。
一方、プロテインA固定化担体(ミリポア社、商品名「prosep−va−ultra」)を充填したカラム(直径5mm、高さ100mm)をクロマトシステムに取り付け、前記同様にIgG吸着容量を測定した。平衡化溶液(0.15M塩化ナトリウムを含む20mMリン緩衝液、pH7.5)で平衡化した後、同溶液にて5mg/mLの濃度に希釈したヒトIgG溶液(ベネシス社、ヴェノグロブリン)をカラムに通液した。前記同様、カラム通過液の吸光度が増加しなくなるまでIgG希釈液を通液した後、洗浄液として前記平衡化溶液およそ10CVで洗浄した。続いて溶出液(0.1Mクエン酸バッファー、pH3.0)およそ4CVをカラムに通液し、IgG溶液を溶出画分として回収した。さらに、カラム再生液(10mM塩酸溶液、pH1.5)5CVをカラムに通液し、未回収のIgGををカラム再生画分として回収した。溶出画分に、IgG溶液に対して1/4容量の中和液(500mMリン酸緩衝液、pH9.0)1CV相当量を添加して中和した。
得られた溶出画分(カラム再生画分は含まず)のIgG含量の総量を測定し、これをカラム担体の容量2mLで除して担体1mLあたりの吸着容量を算出した。結果を表6に示す
【0078】
【表6】

【0079】
表6の結果から、本発明の抗体製造方法においては、担体あたりのIgG吸着容量はおよそ25mg/mL担体となり、プロテインAカラムのそれと比べて全く遜色ないレベルであることが分かった。従って、プロテインAカラムを用いる従来法と同様のスケールで効果的にIgG精製が可能であることが示された。
【参考例3】
【0080】
<アルカリ耐性の比較>
実施例1で用いたTR−PVA担体およそ5mLを1M水酸化ナトリウム溶液約10mLで4回洗浄した後、同溶液約10mLを添加し、室温でおよそ3日間放置した。このようにアルカリ処理した担体を用いて、参考例2と同様の方法によりIgG吸着容量を検討算出した。結果を表7に示す。
【0081】
【表7】

【0082】
表7に示すとおり、参考例2で算出したアルカリ処理なしのIgG吸着容量に比べて、アルカリ処理によっても吸着容量は殆ど低下せず、トリプトファンリガンドはアルカリに耐性を有することが示された。この結果から、複素環式芳香族アミノ酸リガンドを用いた抗体製造方法では、プロテインAリガンドでは従来困難であったアルカリ洗浄により、使用後のリガンドを簡便に再生できることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明によれば、医薬品として有用かつ安全性に優れた抗体を高率に製造することができる。したがって、従来治療が困難であったリウマチや癌治療等に好適に用いることができる種々の治療用抗体はもちろん、生化学試薬や臨床検査試薬としての抗体をも含めて提供することができるので、医療技術の進歩に大きく貢献できる。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】細胞培養液から精製した抗体のゲル電気泳動図である。
【図2】酸変性IgG凝集体のクロマトグラムである。
【図3】未変性IgGとIgG凝集体との混合溶液のクロマトグラムである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リガンドとの相互作用を利用して抗体を含有する医薬原料溶液から医薬品としての抗体を得る抗体製造方法において、
(1)医薬原料溶液を、微酸性乃至弱酸性で塩を含む条件下、または中性かつ塩を含まない条件下で複素環式芳香族アミノ酸あるいは複素環式芳香族アミノ酸のオリゴマーをリガンドとして有する不溶性担体に接触させることにより抗体をリガンドに吸着させる第一工程、
(2)リガンドへの非吸着成分を除去する第二工程、
(3)微酸性乃至弱酸性で第一工程よりも低濃度の塩を含む溶出液、または微塩基性の溶出液を不溶性担体に接触させることにより吸着抗体をリガンドから解離させる第三工程、
をこの順番に含むことを特徴とする抗体製造方法。
【請求項2】
医薬原料溶液が体液または細胞培養液である請求項1に記載の抗体製造方法。
【請求項3】
複素環式芳香族アミノ酸がトリプトファンである請求項1または2に記載の抗体製造方法。
【請求項4】
微酸性乃至弱酸性がpHにして6.9以下3.0以上であり、微塩基性がpHにして7.1以上9.0以下である請求項1〜3の何れかに記載の抗体製造方法。
【請求項5】
第一工程における塩濃度が130mM以上である請求項1〜4の何れかに記載の抗体製造方法。
【請求項6】
不溶性担体が粒状体、繊維集合体、多孔質膜の何れかである請求項1〜5の何れかに記載の抗体製造方法。
【請求項7】
抗体がヒト、ウシ、マウスなど哺乳動物由来あるいは、ヒトIgGとのキメラ、及びヒト化抗体である請求項1〜6の何れかに記載の抗体製造方法。
【請求項8】
抗体がヒトIgGである請求項7に記載の抗体製造方法。
【請求項9】
抗体をリガンドから解離させる際に解離促進剤を併用する請求項1〜8の何れかに記載の抗体製造方法。
【請求項10】
凝集抗体と非凝集抗体とを含む医薬原料溶液から非凝集抗体を選択的に得る請求項1〜9の何れかに記載の抗体製造方法。
【請求項11】
リガンドとの相互作用を利用して抗体を含有する医薬原料溶液から医薬品としての抗体を得る方法において、
(1)凝集抗体と非凝集抗体とを含む医薬原料溶液を、微酸性乃至弱酸性で塩を含む条件下、または中性かつ塩を含まない条件下で複素環式芳香族アミノ酸あるいは複素環式芳香族アミノ酸のオリゴマーをリガンドとして有する不溶性担体に接触させることにより抗体をリガンドに吸着させる第一工程、
(2)リガンドへの非吸着成分を除去する第二工程、
(3)微酸性乃至弱酸性で第一工程よりも低濃度の塩を含む溶出液、または微塩基性の溶出液を不溶性担体に接触させることにより吸着抗体をリガンドから解離させる第三工程、
をこの順番に含むことを特徴とする凝集抗体と非凝集抗体とを分離して非凝集抗体を製造する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−36128(P2011−36128A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−296740(P2007−296740)
【出願日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【出願人】(507365204)旭化成メディカル株式会社 (65)
【Fターム(参考)】