説明

抗潰瘍剤

【発明の詳細な説明】
産業上の利用分野 本発明は、ゴミシンDを有効成分とする抗潰瘍剤に関する。ゴミシンDは、その化学名が、5,6,7,8−テトラヒドロ−6,17−ジヒドロキシ−1,2,3−トリメトキシ−6,7,16,17−テトラメチル−5,13−(エポキシブタノキシ)ベンゾ[3,4]シクロオクタ[1,2−f][1,3]ベンゾジオキソール−18−オンであり、以下の構造式を有するものである。


従来の技術 近年、胃又は十二指腸潰瘍等の治療薬として、奏効性及び再発防止の観点から、攻撃因子抑制型及び防禦因子増強型の両作用を併せ持つものが切望されている。
リグナン化合物において、五味子[Schizandra Chinensis(Turcz.)Baill]から抽出されたゴミシンA又はシザンドリン等が抗潰瘍作用を示すことが報告されている(薬学雑誌;101巻11号1030〜1041頁1981年、特開昭63−30410号、同63−30442号及び同63−30443号)。ゴミシンDも、五味子から抽出されるリグナン化合物の一種であるが、平滑筋弛緩作用又は肝保護作用があることが報告されているのみで、これら以外に良好な抗潰瘍作用も具備していることは何ら報告されていない[ケミカル・ファーマシューティカル・ブレティン(Chemical Pharmaceutical Bulletin);27巻6号1395〜1401頁1979年、薬学雑誌;107巻9号720〜726頁1987年及びプランタ・メディカ(Planta Medica);39巻213〜218頁1984年]。
発明が解決しようとする課題 しかしながら、上述の薬学雑誌;101巻11号1030〜1041頁1981年(以下「前田らの文献」と略す。)には、ゴミシンAは、水浸拘束ストレス潰瘍に対する作用に代表される防禦因子増強型の作用は認められるものの、攻撃因子抑制型の代表的な作用である胃酸分泌抑制作用がラットにおける実験で認められなかったことも報告されている。一方、同文献によれば、シザンドリンにはゴミシンAとは異なり、胃酸分泌抑制作用が存在することが報告されているが、投与量が100mg/Kg(十二指腸内)という高用量で45%の抑制率であるにすぎないことを考慮すれば、当該作用がまだなお不足していることが推察される。
本発明者らは、長年、生薬成分の探索研究を続けてきたところ、地血香[Kadsura heteroclita(Roxb.)Craib]の抽出物に攻撃因子抑制型及び防禦因子増強型の両抗潰瘍作用を有するものがあり、その活性成分がゴミシンDであることを究明し、本発明に到達した。
課題を解決するための手段 本発明によれば、ゴミシンDを有効成分とする抗潰瘍剤が提供される。
本発明に使用するゴミシンDは、地血香をクロロホルム抽出し、この抽出物を適当な混合液を溶出液とする段階的溶出法によるシリカゲルカラムクロマトグラフィーに数回付して精製することにより製造することができる。混合液は酢酸エチル、ベンゼン、アセトン又はヘキサンから選択する。なお、本発明において、五味子及びその他の生薬から抽出され又は化学合成されるゴミシンDも使用できることは言うまでもないことである。
作用及び発明の効果 ゴミシンDの抗潰瘍作用を以下に詳述する。各試験は、体重200g前後のウィスター系雄性ラット(一群6匹)を用いて行い、ゴミシンDは、ポリエチレングリコール液に溶解して使用した。
〈攻撃因子抑制型作用〉■胃酸分泌抑制作用 一夜絶食させた各ラットをエーテル麻酔下に開腹し、幽門部を結紮すると同時にゴミシンD50mg/Kgを十二指腸内投与し、その後4時間経過した際の各ラットにおける胃液の総酸度を測定することにより試験した。胃液は各ラットを屠殺し、開腹して採取した。胃液の総酸度は0.1規定水酸化ナトリウム水溶液を用い、胃液のpH値が7.0になるまで滴定することにより求めた。対照試験として、無投与群の胃液総酸度も上述と同様に操作して測定した。胃液分泌抑制作用は、無投与群とゴミシンD投与群との総酸度の差を無投与群の総酸度で除して求めた抑制率で評価した。結果を第1表に示す。なお同表には、前田らの文献に記載されたゴミシンA及びシザンドリンの胃液分泌抑制作用の結果も比較のため併記した。
■シェイ潰瘍に対する作用 48時間絶食させた各ラットの幽門部を結紮し、同時にゴミシンD50mg/Kgを十二指腸内投与し、その後14時間放置した。ついで、各ラットを屠殺し、前胃部に形成される潰瘍の面積を測定し、これを基に潰瘍指数を算出した。シェイ潰瘍に対する作用は、無投与群とゴミシンD投与群との潰瘍指数の差を無投与群の潰瘍指数で除して求めた抑制率で評価した。結果を第1表に示す。なお同表には、ゴミシンA及びシザンドリンの各100mg/Kgを用いて上述と同様に試験した結果を、比較のために併記した。


第1表から明らかなように、ゴミシンDは、ゴミシンA及びシザンドリンに比べ、攻撃因子抑制型作用がはるかに強力であることが認られる。
〈防禦因子増強型作用〉■水浸拘束ストレス潰瘍に対する作用 15時間絶食させた各ラットをエーテル麻酔下に開腹し、ゴミシンDを10及び50mg/Kg十二指腸内投与した。閉腹後、各ラットをストレスケージ内に固定し、23℃の水槽に胸部まで浸し、7時間放置した。ついで、各ラットを屠殺し、腺胃部に形成される潰瘍の長さを測定し、これを基に潰瘍指数を算出した。水浸拘束ストレス潰瘍に対する作用は、無投与群とゴミシンD投与群との潰瘍指数の差を無投与群の潰瘍指数で除して求めた抑制率で評価した。結果を第2表に示す。なお同表には、前田らの文献に記載されたゴミシンA及びシザンドリンの水浸拘束ストレス潰瘍に対する作用(経口投与)の結果も比較のため併記した。
■アスピリン潰瘍に対する作用 24時間絶食させた各ラットの幽門部を結紮し、同時にゴミシンD50mg/Kgを十二指腸内に、5分後にアスピリン150mg/Kgを経口でそれぞれ投与した。結紮7時間後に各ラットを屠殺し、腺胃部に形成される潰瘍の長さを測定し、これを基に潰瘍指数を算出した。アスピリン潰瘍に対する作用は、無投与群とゴミシンD投与群との潰瘍指数の差を無投与群の潰瘍指数で除して求めた抑制率で評価した。結果を第2表に示す。なお同表には、ゴミシンA100mg/Kgを用いて上述と同様に試験した結果を、比較のために併記した。
■塩酸・エタノール潰瘍に対する作用 24時間絶食させた各ラットをエーテル麻酔下に開腹し、ゴミシンD100mg/Kgを十二指腸内投与した。閉腹15分後に150mM塩酸−60%エタノール混合液を体重100gあたり0.5ml経口投与した。1時間後に各ラットを屠殺し、腺胃部に形成される潰瘍の長さを測定し、これを基に潰瘍指数を算出した。塩酸・エタノール潰瘍に対する作用は、無投与群とゴミシンD投与群との潰瘍指数の差を無投与群の潰瘍指数で除して求めた抑制率で評価した。結果を第2表に示す。


第2表から明らかなように、ゴミシンDは、極めて良好な防禦因子増強型作用を有することが認められる。
〈急性毒性〉 5週齢のICR系雄性マウスを用い、ゴミシンDの急性毒性(LD50)を試験した。LD50値は、経口投与で1658mg/Kg、腹腔内投与で525mg/Kgであった。ゴミシンA及びシザンドリンのLD50値は、前田らの文献によれば、経口投与で777mg/Kg及び1448mg/Kg、腹腔内投与で390mg/Kg及び518mg/Kgとそれぞれ報告されている。従って、ゴミシンDは、ゴミシンA及びシザンドリンに比べ、安全性においても若干優れていることが認られる。
上述の各試験結果を考慮すれば、ゴミシンDを有効成分として含有する薬剤は、攻撃因子抑制型及び防禦因子増強型の両作用を具備した抗潰瘍剤ということができる。ゴミシンDの患者への用量は、年令、症状などにより異なるが、一般に成人に対し、一日あたり経口で1〜1000mg、好ましくは、10〜600mgとし、これを1〜6回、好ましくは、1〜3回に分けて用いるのが望ましい。
本発明においては、ゴミシンDに通常の製剤担体を配合することにより、錠剤、ハードもしくはソフトカプセル剤、顆粒剤、散剤、細粒剤もしくは坐剤等の固形製剤又は注射剤、シロップ剤、水剤、懸濁剤もしくは乳剤等の液剤に調製することができる。固形製剤にあっては、腸溶性製剤又は徐放性製剤等に調製してもよい。配合する製剤担体としては、所望の剤型に応じ例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、被覆剤、溶解補助剤、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、吸収助剤、安定化剤又は溶剤等を適宜選択して使用すればよい。具体的な製剤担体としては、澱粉類、デキストリン類、α、βもしくはγ−シクロデキストリン、ブドウ糖、乳糖、ショ糖、マンニット、ソルビトール、部分α化澱粉、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、架橋カルボキシメチルセルロースナトリウム、結晶セルロース、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム、アルギン酸ナトリウム、ケイ酸マグネシウム、リン酸水素カルシウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、ウィテプソールW35、ウィテプソールE85、ウィテプソールH15、ポリビニルアルコール、無水ケイ酸、合成ケイ酸アルミニウム、タルク、ワックス類、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロース、カルボキシメチルエチルセルロース、セルロースアセテートフタレート、セルロースアセテートマレエート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート、ポリビニルアルコールフタレート、スチレン無水マレイン酸共重合体、ポリビニルアセタルジエチルアミノアセテート、メタクリル酸・メタアクリル酸メチルコポリマー、メタアクリル酸・アクリル酸エチルコポリマー、メタクリル酸メチル・メタアクリル酸ブチル及びメタアクリル酸ジメチルアミノエチルコポリマー、アクリル酸エチル・メタアクリル酸メチル及びメタアクリル酸塩化トリメチルアンモニウムエチルコポリマー、ゼラチン、グリセリン、プロピレングリコール、ラウリル硫酸ナトリウム、中鎖脂肪酸トリグリセライド、レシチン、ソルビタンモノオレエート、ソルビタンセスキオレエート、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート、グリセリルモノステアレート、グリセリルモノオレエート、ポリオキシエチレンモノステアレート、ポリオキシエチレンセチルエーテル、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ショ糖脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンブロック重合体、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、架橋ポリビニルピロリドン又は油脂類等が挙げられる。
ゴミシンDの製造例及び具体的製剤例をもって本発明を更に説明する。
製造例(ゴミシンD)
地血香果5100gをミキサーで粉砕し、クロロホルム12■で1時間の加熱還流による抽出を2回行い、これを合して減圧濃縮して抽出物693gを得た。この抽出物を4Kgのシリカゲルを用いたカラムクロマトグラフィーに付し、ヘキサン:酢酸エチル混合液で溶出してヘキサン:酢酸エチル(容量比3:2〜1:1)の溶出部を採取し、これを減圧濃縮して粗物質24.1gを得た。この粗物質を300gのシリカゲルを用いたカラムクロマトグラフィーに付し、ベンゼン:アセトン(容量比50:1)の混合液から順次溶出し、ベンゼン:アセトン(容量比30:1)の溶出部を採取して減圧濃縮し、粗物質4.82gを得た。この粗物質を150gのシリカゲルを用いたカラムクロマトグラフィーに付してベンゼン:アセトン(容量比8:1)の混合液で溶出し、20ml宛分取し、36〜50番目の分画液を採取して減圧濃縮し、粗物質3.15gを得た。得られた粗物質を100gのシリカゲルを用いたカラムクロマトグラフィーに付してヘキサン:アセトン(容量比5:1)の混合液で溶出し、100ml宛分取し、19〜21番目の分画液を採取した。この分画液を減圧濃縮して2.18gの粗物質を取得し、ついでこれをエーテル:ヘキサンの混合液から2回再結晶し、無色プリズム状晶のゴミシンDを1.51gを得た。融点は192〜193℃であった。
赤外線吸収スペクトル(KBr,cm-1):3550,1730,1620,1590,1100核磁気共鳴スペクトル(CDCl3,ppm):6.81(1H,s),6.49(1H,s),6.02(1H,d,J=1.5Hz),5.93(1H,d,J=1.5Hz),5.73(1H,s),3.94(3H,s),3.90(3H,s),3.58(3H,s)3.06(1H,bs),2.38(1H,dd,J=14.1Hz,8.2Hz),2.02(1H,d,J=14.1Hz),1.78(1H,m),1.66(2H,m),1.31(3H,s),1.24(3H,s),1.16(3H,d,J=7Hz),1.07(3H,d,J=7Hz)
製剤例1(錠剤)
重量(%)
(1)ゴミシンD 40.0(2)乳糖 25.0(3)トウモロコシ澱粉 15.0(4)結晶セルロース 15.0(5)ヒドロキシプロピルセルロース 3.0(6)ステアリン酸マグネシウム 1.0(7)ポリオキシエチレン(40)モノステアレート 1.0 100.0 上述の(1)〜(5)を混合し、(7)を溶解した水を添加して造粒し、ついで乾燥した。得られた顆粒を整粒したのち、(6)を加えて混合し、これらを圧縮成形して1錠250mgの錠剤を調製した。
製剤例2(ハードカプセル剤)
重量(%)
(1)ゴミシンD 33.0(2)乳糖 41.5(3)トウモロコシ澱粉 20.0(4)ヒドロキシプロピルセルロース 3.0(5)合成ケイ酸アルミニウム 1.0(6)ステアリン酸マグネシウム 1.0(7)ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノオレエート 0.5 100.0 常法に従って、上述の(1)〜(4)を混合し、これに(7)を溶解したエタノールを加えて混和したのち乾燥し顆粒とした。この顆粒に(5)及び(6)を添加混合し、ついでハードカプセルに充填し、1個300mgのハードカプセル剤を調製した。
製剤例3(顆粒剤)
重量(%)
(1)ゴミシンD 10.0(2)乳糖 73.0(3)低置換ヒドロキシプロピルセルロース 10.0(4)ポリビニルピロリドン 5.0(5)ラウリル硫酸ナトリウム 2.0 100.0 上述の(1)〜(5)を混合し、水を加えて練合したのち押出造粒機を用いて円柱顆粒を調製した。
製剤例4(ソフトカプセル剤)
重量(%)
(1)ゴミシンD 25.0(2)ポリエチレングリコール400 67.0(3)ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノオレエート 5.0(4)精製水 3.0 100.0 上述の(1)〜(4)を加熱下に良く混合し、得られた分散液を常法によりソフトカプセルに充填し、1個400mgのソフトカプセル剤を調製した。
製剤例5(坐剤)
重量(%)
(1)ゴミシンD 5.0(2)ウィテプソールH15 85.0(3)ラウリン酸トリグリセライド 9.0(4)レシチン 1.0 100.0 上述の(1)〜(4)を加温下に良く混合し、ついで冷却、固化した。これを50〜60℃で熔融し、32〜35℃まで冷却したのち坐剤型に注入し、放冷、固化し、1個2gの坐剤を調製した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】ゴミシンDを有効成分として含有する抗潰瘍剤。

【特許番号】第2659126号
【登録日】平成9年(1997)6月6日
【発行日】平成9年(1997)9月30日
【国際特許分類】
【出願番号】特願昭63−229742
【出願日】昭和63年(1988)9月16日
【公開番号】特開平2−78682
【公開日】平成2年(1990)3月19日
【出願人】(999999999)東京田辺製薬株式会社
【参考文献】
【文献】特開 昭63−30443(JP,A)
【文献】特開 昭63−30442(JP,A)
【文献】特開 昭63−30410(JP,A)
【文献】薬学雑誌、103〔7〕(1983) P.743−749
【文献】薬学雑誌、107〔9〕(1987) P.720−726