説明

抗HIV剤

【課題】従来とは異なった作用機序に基づく抗HIV剤を提供すること。
【解決手段】有効成分として、抗CD87抗体又は当該抗体のCD87に特異的な結合性を有する断片であってよい、CD87に対するリガンドを含むことを特徴とする、抗HIV剤。該リガンドは、抗CD87抗体(モノクローナル又はポリクローナル)であってもよい。更にはまた、該リガンドは、抗CD87抗体の、CD87に特異的な結合性を有する断片又は類縁体であってもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗HIV剤に関し、更に詳しくはHIV感染者におけるHIVの増殖を抑制するための薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
後天性免疫不全症候群(AIDS)の原因ウイルスであるHIVは、レトロウイルス科レンチウイルス亜科に属するRNAウイルスである。HIVの感染及び増殖は以下の機構で行われる。最初にHIV粒子のエンベロープタンパク質の一つであるgp120が標的細胞表面のCD4に結合する。続いて、それらはコレセプターであるケモカインレセプター(主にマクロファージ表面のCCR5又はT細胞表面のCXCR4)と結合し、gp120、CD4及びケモカインレセプターの複合体を形成する。その後、別のエンベロープタンパク質であるgp41が標的細胞の細胞膜に結合し、エンベロープと細胞膜との膜融合を引き起こし、その結果細胞内にウイルス本体が侵入する。細胞内に侵入したHIVは、脱殻し、次いで自身の有する逆転写酵素の働きで、RNAゲノムから二本鎖DNAであるプロウイルスDNAが合成される。プロウイルスDNAは、やはりウイルス自身の有するインテグラーゼの働きにより、宿主細胞の染色体中に組み込まれる。組み込まれたプロウイルスからは、その5'末端のLTR(Long Terminal Repeat)領域をプロモーターとして、ウイルスmRNAが転写される。このmRNAには、長さの異なった幾つかのものが存在し、それらはウイルスタンパク質を合成するためのものとウイルスゲノムRNAになるものに大別される。ウイルスタンパク質には、ウイルス粒子の構造タンパク質、ウイルスの増殖を促進するタンパク質等が含まれる。例えば、ウイルスタンパク質Tatは、宿主ゲノム中に組み込まれたプロウイルスの5'-LTR領域に結合し、ウイルスRNAの転写を数百倍にも増強させる働きをする。一方、ウイルス粒子の構造タンパク質は、細胞内においてウイルスゲノムRNAと細胞膜近傍で会合し、それによりウイルス粒子が形成(アセンブル)される。アセンブルされたウイルス粒子は、出芽により細胞外へ放出される。このアセンブルと出芽の機構については、未だ不明な点が多い。ウイルス粒子の放出後、粒子内ではプロテアーゼが活性化し、プロセッシングが行われ、その結果、感染価を持つ成熟ウイルスが生じる。以上の過程、すなわち標的細胞表面のCD4への結合から、宿主染色体DNAへの組み込み、増殖及び出芽、成熟の過程を頻繁に繰り返すことにより、HIVは急激に増殖する。HIVの増殖に伴い、宿主のCD4陽性細胞が破壊される。これに対抗して宿主は、新たなCD4陽性細胞を、補充のため急速に増殖させる。感染後の数年間はこの動的平衡状態が維持されるが、やがてはCD4陽性細胞の補充が追い付かなくなり、免疫系全体が破綻するに至り、AIDSの諸症状が現れる。
【0003】
HIV感染者の体内では、HIVを排除するために様々な免疫応答が行われている。例えば、ウイルス抗原に対する中和抗体の産生や細胞障害性T細胞による感染細胞の排除が挙げられる。それ以外に、CD8陽性細胞が産生する幾つかの液性因子が、HIV感染者の無症候期の維持に大きな役割を果たしていることが知られている(Levy, J.A., et al., Immunol. Today, 17: 217-224(1996), Fauci, A.S., Nature, 384: 529-534(1996))。それらの因子として、既にケモカイン(RANTES、MIP−α、1β、SDF−1)やIL−16が同定されているが、それらのみではCD8陽性細胞由来の抗HIV活性の全てを説明できないため、未だ同定されていないHIV抑制因子の存在が示唆されている。
【0004】
ケモカインは、標的細胞(マクロファージ及びT細胞)へのHIVの侵入を阻害するが、その一方、マクロファージにおいてはケモカインがHIV増殖を促進することを示唆する報告もある。IL−16はHIVの転写を抑制することが知られているが、効果を発揮させるためには極めて高濃度のIL−16の使用が必要とされている。これらはAIDS治療薬として開発されつつはあるが、実用化には至っていない。一方、未だ同定されていない抗HIV因子の一部は、これまでのところHIVの転写を抑制すると推測されているが、その本体が明らかとなっていないため、作用機序そのものについても推測の域を出ない。
【0005】
HIV増殖抑制能を有するとしてこれまで報告されている生体由来因子のHIV増殖抑制率についてまとめると、次の通りである。
(1)RANTES(分子量 7,851): PM1細胞とHIV−1BaL株を用いた場合、0.78ng/mL(=0.1nM)で5%、1.56ng/mL(=0.2nM)で50%、3.12ng/mL(=0.4nM)で90% (Cocchi, F. et al., Science 270:p.1811-1815(1995))。
(2)MIP−1α(分子量 7,717): 上記RANTESと同条件下、3.12ng/mLで0%、6.25ng/mL(0.8nM)で5%、12.5ng/mL(=1.6nM)で50% (Cocchi, F. et al.、前掲)。
(3)MIP−1β(分子量7,819): 上記RANTESと同条件下、0.78ng/mLで0%、1.56ng/mL(=0.2nMで)5%、3.12ng/mL(0.4nM)で15%、6.25ng/mL(0.8nM)で60% (Cocchi, F. et al.、前掲)。
(4)IL−16(分子量 12,422): 活性型4量体40〜70ng/mL(≒1nM)で61%、400〜700ng/mL(=10nM)で76%。単量体では20μg/mLで50% (Baier, M. et al., Nature 378;p.563(1995), Amiel, C. et al., J. Infect. Dis.:179,p.83-91(1999))。
(5)MDC(分子量 7,936): 25ng/mL(=3.15nM)で20%、50ng/mL(=6.3nM)で50%、200ng/mL(=25nM)で78% (Pal, R. et al., Science 278:p.695-698(1997))。
(6)SDF−1(分子量 8,698): 侵入抑制率で見た場合、500ng/mL(=57.5nM)で30%、1μg/mL(=115nM)で60%、増殖抑制率で見た場合、700μg/mL(=80.5nM)で80〜85% (Oberlin, E. et al., Nature 382:p.833-835(1996))。
【0006】
現在、AIDS治療薬として、逆転写酵素阻害剤(プロウイルスDNAの形成を抑制する)及びプロテアーゼインヒビター(ウイルス粒子の成熟を抑制する)が実用化されるに至っている。すなわち、ヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤6剤、非ヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤2剤、プロテアーゼインヒビター5剤が既に市販されており、このうち3つの薬剤(主に逆転写酵素阻害剤2剤プロテアーゼインヒビター1剤)を併用する三剤併用療法(HAART)が実施され、それにより血中のウイルスレベルを検出限界以下にすることが可能となった。
【0007】
しかし、三薬剤併用療法でも、HIVを感染者の体内から完全に排除することはできない。このため、AIDS発症阻止のためには、HIV感染者はそれらの薬剤を一生服用し続けなければならない。効果を現すためにはそれらの薬剤は大量に服用しなければならず、しかも各薬剤毎に服用の間隔が厳密に定められているため、規則通りの服用が困難な場合があり、コンプライアンスが悪いことが治療効果を減殺するという問題を生じている。更には、これらの薬剤は強い副作用を引き起こす場合が少なくない。
【0008】
一方、HIVは非常に変異を起こしやすく、取り分け単一薬剤の投与では数ヶ月のうちに耐性ウイルスが出現する。また、一旦薬剤治療を開始した後にそれを中断すると、耐性HIVが急速に増殖し、たとえ治療を再開しても最早その薬では効果が得られなくなる。更には、耐性HIVは、単に何れか一薬剤に耐性であるだけでなく、作用機序を同じくする別の抗HIV剤に対しても交差耐性を獲得することが多い。従って、AIDSの発症の抑制及び治療のためには、耐性HIVの出現を極力回避することが必要である。そのためには、HIVのライフサイクルにおける複数の段階を同時に抑制することが重要である。このことから、現在用いられている抗HIV剤が作用するのとは異なった段階でHIV増殖を阻害する新たな治療薬が渇望されている。この点、特に、CD8陽性細胞の産生する液性因子は、作用機序は不確かであるがHIV増殖抑制に大きな役割を果たしていることから、新たなAIDS治療薬の候補となる可能性があるものと期待されている。
【0009】
また、AIDS治療中に強い副作用や、耐性HIVが出現した場合には、使用する薬剤の変更が必要となるが、現在採り得る選択肢は極めて限られている。これらのことから、AIDS治療のために採り得る選択肢を広げ、且つ耐性HIVの問題を回避するために、従来のものとは作用機序の異なったタイプの抗HIV剤が求められている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このような状況において、本発明は、既に臨床使用されたり開発されつつあるものとは作用機序の異なった、新しいタイプの抗HIV剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、HIV感染者より単離したCD8陽性細胞をHTLV−1を用いて不死化してクローニング化し、その培養上清中の抗HIV活性を示す未知の因子を精製しその構造及び作用を調べた。その結果、該因子は、高分子量ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクティベーターのアミノ末端フラグメント(ATF:amino-terminal fragment)であることを見出した。該因子は、(1) 極めて微量(0.74ng/mL)で抗HIV活性を示すこと、(2) マクロファージ指向性及びT細胞指向性のHIVの何れに対しても有効であること、及び、(3) 該因子がHIVウイルスの増殖サイクルにおいてウイルスmRNAの翻訳より後の段階すなわちウイルス粒子のアセンブル又は出芽の段階を抑制するらしいことも見出した。また、ATFは、細胞表面のCD87に特異的に結合する性質を有するが、ATFを分子末端に含みCD87のリガンドであることの既に知られている高分子量ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクティベーター(HMW−uPA)にも
同様に抗HIV活性が存在することを、健常者の尿由来ウロキナーゼを用いて見出した。更には、健常者の尿由来ウロキナーゼの分解産物として得られたATFも、同様の抗HIV活性を有することが確認された。更には、抗CD87抗体がATFと類似の抗HIV作用を有すること、及びATFの抗HIV作用が抗CD87抗体と同一の標的分子(CD87)を介して行われることも見出した。これらの知見から、HIV宿主細胞表面のCD87を、これと特異的に結合するATF、HMW−uPAやそれらの断片又は類縁体、抗CD87抗体その他のリガンドと接触させてこれを封鎖することにより、HIVの増殖を抑制できることが判明した。
【0012】
すなわち、本発明は、CD87に対するリガンドを有効成分として含むことを特徴とする、抗HIV剤を提供するものである。
【0013】
本発明において、該リガンドは、例えば高分子量ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクティベーターであってよい。
【0014】
また、該リガンドは、高分子量ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクティベーターの、CD87に特異的な結合性を有する断片又は類縁体であってもよい。
【0015】
また、該リガンドは、高分子量ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクティベーターのアミノ末端フラグメント(ATF)であってもよい。
【0016】
また、該リガンドは、ATFの、CD87に特異的な結合性を有する断片又は類縁体であってもよい。
【0017】
また、該リガンドは、抗CD87抗体(モノクローナル又はポリクローナル)であってもよい。
【0018】
更にはまた、該リガンドは、抗CD87抗体の、CD87に特異的な結合性を有する断片又は類縁体であってもよい。
【0019】
本発明はまた、有効成分としてATF、又はCD87に特異的な結合性を有するATFの断片若しくは類縁体を含有することを特徴とする、医薬組成物をも提供する。
【0020】
本発明はまた、CD87に被検物質を接触させ、CD87に特異的に結合する物質を選択することを特徴とする、抗HIV薬のスクリーニング方法をも提供する。
【0021】
本発明はまた、CD87に被検物質を接触させてCD87に特異的に結合する被検物質を選択するステップと、選択された物質に抗HIV活性の存することを確認するステップと、抗HIV活性の存することの確認された該物質を抗HIV薬としてヒトへの投与のために製剤化するステップとを含んでなる、抗HIV剤の製造方法をも提供する。
【0022】
本発明はまた、持続的HIV感染細胞と非感染細胞の共存培養系を用意するステップと、該共存培養系に既知濃度の被験物質を加えて共存培養を行うステップと、該共存培養の上清中に放出されるHIV粒子量を測定するステップと、測定されたHIV粒子量を、被検物質を加えずに行ったとき共存培養の上清中に放出されるHIV粒子量と比較するステップと、該比較に基づき、HIV粒子の放出を抑制した被検物質を抗HIV薬として選択するステップを含むことを特徴とする、抗HIV薬のスクリーニング方法をも提供する。
【0023】
本発明は更に、持続的HIV感染細胞と非感染細胞の共存培養系を用意するステップと、該共存培養系に既知濃度の被験物質を加えて共存培養を行うステップと、該共存培養の上清中に放出されるHIV粒子量を測定するステップと、測定されたHIV粒子量を、被検物質を加えずに行ったとき共存培養の上清中に放出されるHIV粒子量と比較するステップと、該比較に基づき、HIV粒子の放出を抑制した被検物質を抗HIV薬として選択するステップと、該抗HIV薬をヒトへの投与のために製剤化するステップとを含む、抗HIV剤の製造方法をも提供する。
【発明の効果】
【0024】
本発明は、感染者の体内におけるHIVの増殖を従来とは異なった機序で抑制する、新しいタイプの抗HIV剤を提供し、それにより発症予防及び発症後の治療を含めたAIDS治療手段の選択肢を広げ、現行の抗HIV剤との併用の形でAIDS治療の有効性を改善するのに役立つ。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
CD抗原の一つであるCD87は、細胞内ドメインを持たないGPI(グリコシルホスファチジルイノシトール)アンカー型のファミリーに属する膜タンパク質であり、T細胞及び単球(マクロファージを含む)等の細胞表面に発現されている。このタンパク質は、プロウロキナーゼ及び高分子量ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクティベーターに対して高い親和性を有し、T細胞及び単球等の細胞表面でそれらのレセプターとして働いていることが知られている。ヒトCD87は、先ずアミノ酸1〜335よりなるプレプロ体として合成された後、シグナルペプチド部分(アミノ酸1〜22)が切除され、更にそのカルボキシル末端領域アミノ酸306〜335)がプロセシングにより切除されることによって生じた新たなカルボキシル末端(305 Gly)に糖脂質(GPI)の付加修飾を受け、そのGPIを介して細胞膜に固定される。CD87においてリガンドであるプロウロキナーゼ及び高分子量ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクティベーターとの結合に主たる役割を演じているのは、そのN−末端ドメイン1(CD87のアミノ酸1〜92)である(関他、生化学、71(5):350-352(1999))。
【0026】
本発明において、「CD87に対するリガンド」とは、CD87に対して特異的な結合性を有する物質を意味し、プロウロキナーゼ、高分子量ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクティベーター、ATF、抗CD87抗体やそれらの断片又は類縁体であってCD87に対し特異的な結合性を有するポリペプチド/タンパク質が代表的なものとして挙げられるが、これらに限定されず、CD87に対し特異的に結合する能力を有し且つ生体に投与可能な他の如何なる物質をも包含する。
【0027】
またHIVは、サブタイプとしてはHIV−1とHIV−2とに区別できるが、HIV−1とHIV−2は共に出芽により宿主細胞から放出されるタイプのウイルスであり、相互に遺伝子的に殆ど異ならず、それらの生活環も同一で、同じメカニズムで増殖するため、抗HIV剤との関係では区別する必要がなく、実際、既存の抗HIV剤では通常区別されていない。本明細書においても、単に「HIV」というときは、「HIV−1」及び「HIV−2」を包含する。
【0028】
高分子量ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクティベーター(HMW−uPA)(図1(b)、アミノ酸21〜178+アミノ酸179〜431)は、一本鎖のタンパク質プレプロウロキナーゼ(sc−uPA)(図1(a)、アミノ酸1〜431)が、そのN末端のシグナルペプチド(アミノ酸1〜20)を失ってプロウロキナーゼとなった後、アミノ酸178とアミノ酸179との間で酵素(プラスミン、カリクレイン、カテプシンB等)による開裂を受け、ジスルフィド結合によって連結された長A鎖とB鎖とに分かれることによって生じた二本鎖のタンパク質である。HMW−uPAは、各1つのEGF様ドメインと、クリングルドメイン及びウロキナーゼレセプター(CD87)結合ドメインを含んでいる。
【0029】
HMW−uPAは更に、アミノ酸155とアミノ酸156との間で生体内で切断され、低分子量ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクティベーター(LMW−uPA)(図1(c)、アミノ酸156〜178及びアミノ酸179〜431)及びプラスミノーゲンアクティベーター活性を有しないアミノ末端フラグメント(ATF)(図1(d)、アミノ酸21〜155)を生じる。また、アミノ酸155とアミノ酸156との間の切断は、例えばpH8のリン酸緩衝液中でのインキュベーションによっても生じるため、ATFの製造は、HMW−uPAを緩衝液で単にインキュベート(25〜37℃)することによりATFを製造することができる。ATFは、HMW−uPAが有するEGF様ドメイン、クリングルドメイン及びウロキナーゼレセプター(CD87)結合ドメインをそのまま含んでいる。sc−uPAをコードするヌクレオチド配列及びsc−uPAのアミノ酸配列を配列表の配列番号1及び2にそれぞれ示す。配列番号1又は2に示した各配列おいて、アミノ酸1〜20がシグナルペプチドを、アミノ酸21〜431がプロウロキナーゼを、アミノ酸21〜431(アミノ酸178とアミノ酸179との間で開裂)がHMW−uPAを、アミノ酸21〜155がATFを、アミノ酸156〜431(アミノ酸178とアミノ酸179との間で開裂)がLMW−uPAを、それぞれ表す。
【0030】
ヒトからヒトへのHIV伝播は、マクロファージ指向性のHIVによって引き起こされる。感染後、時間の経過と共に、感染者の体内でT細胞指向性のHIVが出現してくるが、これは予後不良因子と考えられている。CD87はT細胞上にもマクロファージ上にも共通に存在しており、ATFは、HIVに感染したT細胞及びマクロファージの何れに対しても、細胞からのHIV放出を抑制することによりHIV増殖抑制効果を現す。このことは、ATFが感染後の時期の如何に関わりなく抗HIV剤として効果を有することを意味する。また、ATFは極めて微量(0.74ng/mL)で効果を発揮する。従ってヒトへの投与量も従来の抗HIV剤より少ない量で済ませることができ、投与に伴う患者の身体に対する負担も相対的に軽くすることができる。ATFをそのN末端に含んでいるHMW−uPAも、ATFより幾分弱いものの、抗HIV活性を有しており、ATFと同様に使用できる。感染者に投与されたHMW−uPAは、それ自身としてのみならず、体内で切断されてATFとしても抗HIV活性を現すと予測される。また抗CD87抗体は、HIV感染T細胞に対してHIV増殖抑制作用を有するため、感染後T細胞指向性のHIVが出現た段階においてHIV増殖を抑制するのに有用である。
【0031】
後述の試験結果は、本発明の抗HIV剤の一有効成分であるATFが、ウイルスの増殖サイクルにおいて、ウイルスmRNAの翻訳よりも後の段階、すなわちウイルス粒子の形成(アセンブル)又は出芽の段階において抑制作用を表すということを示しており、これは、これまで知られている抗HIV剤の作用機序とは異なる。またATFは宿主細胞の増殖にも悪影響を与えないことから、細胞毒性も認められない。従ってこれを既存の抗HIV剤と併用することにより、感染者の体内でのHIVの増殖における動的平衡状態を感染者側に有利に導くと共に、耐性ウイルスや副作用の問題の回避を容易にする、より優れたAIDS治療が可能となる。
【0032】
<天然及び組換えATF>
本発明において、ATFは、例えば健常人尿ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクティベーターから得ることができる(Stoppelli, P.M. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 82: p. 4939-4943 (1985)を参照)。例えば、HMW−uPAを、0.2Mの塩化ナトリウムを含有する50mMリン酸緩衝液(pH8)中で約8時間又はそれ以上にわたってインキュベートし、反応産物をゲル濾過(例えば、Sephadex G-100を使用)に掛け、溶出液のUV吸収曲線に現れる最後のピーク(ピーク3:ATF)に対応する画分を先行のピーク1(HMW−uPA)及びピーク2(LMW−uPA)に対応する画分から分離することにより得ることができる。更なる精製は、ATFを含む画分をイオン交換クロマトグラフィー(例えば、50mM酢酸ナトリウム緩衝液、pH4.8、塩化ナトリウム勾配0〜1.0M、Mono S HR5/5カラム)に掛けることにより行うことができる。
【0033】
ATFはまた、ATFをコードするDNAを適当な発現ベクターに組み込み、これにより適当な宿主(例えば、大腸菌、酵母及び哺乳類細胞)を形質転換することにより組換えペプチドとして製造することができる。ATFは糖鎖構造を有しないことから、天然のATFをコードするcDNAを用いて作成した形質転換体が産生する組換えATFは、天然のATFと同一構造であり、従って、天然のATFと同等の活性を有することとなる。また、また、ATFやHMW−uPAの断片又は類縁体でCD87に対し特異的な結合能力を有するペプチドは、例えばATFやHMW−uPAの部分的修飾、例えば末端アミノ酸残基の削除又は末端へのアミノ酸残基付加、化学的性質の類似したアミノ酸による置換等により行うことができる。それらの操作は化学的に行ってもよいが、ATFやウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクティベーターをコードするcDNAに対して、周知の何れかの手段を用いて変異を導入することによって行うのが極めて容易である。
【0034】
<リガンドのスクリーニング方法>
CD87に被検物質を接触させ、CD87に特異的に結合する物質を選択することを特徴とする本発明の抗HIV薬のスクリーニング方法は、CD87を表面上に有する細胞(T細胞株、マクロファージ細胞株)を用いて行うことができる。また、CD87への被検物質の特異的結合の検出は、レセプター分子へのリガンドの特異的結合の検出のために当業者に知られた種々の手段をCD87に適用することによって、任意の方法で適宜行うことができる。例えば、被検物質を組み換え技術を用いて作成したCD87と混和し、インキュイベートした後に、抗CD87抗体で免疫沈澱させ、共沈される物質の有無により、特異的な結合を確認することができる。
【0035】
また、本発明の別のスクリーニング方法である、持続的HIV感染細胞と非感染細胞の共存培養系を用意するステップと、該共存培養系に既知濃度の被験物質を加えて共存培養を行うステップと、該共存培養の上清中に放出されるHIV粒子量を測定するステップと、測定されたHIV粒子量を、被検物質を加えずに行ったとき共存培養の上清中に放出されるHIV粒子量と比較するステップと、該比較に基づき、HIV粒子の放出を抑制した被検物質を抗HIV薬として選択するステップを含むことを特徴とする、抗HIV薬のスクリーニング方法は、例えば後述の実施例を参照して行うことができる。使用する細胞及び培養上清中のHIV粒子量の測定方法の選択においては実施例に拘束される必要はなく、目的に適う材料及び方法を当業者は適宜選択できる。
【0036】
本発明の抗HIV剤は、注射、埋込み等の非経口的方法で、又は、経鼻、経肺等の方法でHIV感染者に投与することができる。本発明の抗HIV剤を注射剤の形態とする場合、例えば静脈内、腹腔内、筋肉内及び皮下注射用剤とすることができる。注射のためには、本発明の抗HIV剤は、無菌の水性又は非水性の溶液、懸濁液及び乳濁液の形態をとってよい。水性の媒質としては、水又は、薬剤学的に許容し得る不活性な溶質例えば塩類、多糖類若しくは多価アルコール等を含有した水溶液が挙げられ、それらはまた、薬剤学的に許容し得る緩衝剤により所定のpH範囲に緩衝されていてよい。そのような水性媒質の例としては、塩化ナトリウム溶液、リンゲルブドウ糖液、ブドウ糖液、乳酸リンゲル液等が挙げられるが、それらに限定されない。また、製剤の貯蔵安定性を高めるためには、製剤を凍結乾燥粉末とすることができる。
【0037】
注射用の製剤のための非水性の媒質としては、グリセロールやプロピレングリコール等の多価アルコール、ポリエチレングリコール、植物油(例えばオリーブ油、ダイズ油、ナタネ油等)、及びオレイン酸エチル等のような有機エステルその他、非経口投与のために通常用いられる非水性の媒質を適宜用いることができる。
【0038】
本発明の抗HIV剤を埋込み用の製剤とする場合、ATF等のCD87のリガンドの持続的な放出を可能にする徐放性担体を適宜用いることができる。そのような担体の使用は、リガンドの投与頻度の減少及び/又は投与量の低下、取扱の容易さ、及びより大きな又はより長期間の効果をもたらすため好ましい。そのような担体の例としては、リポソーム、マイクロスフェア、又は天然又は合成のポリマーよりなるマイクロカプセルその他が挙げられるが、それらに限定されない。また殆どの環境において持続的な遅延された放出のために適した担体の例として、ゼラチン、アラビアゴム、キサンタンポリマー、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、乳酸/グリコール酸コポリマー等が挙げられる。
【0039】
経鼻投与及び経肺投与(吸入)は、投薬に伴う患者の負担を軽減するのに特に有効な投与経路である。経鼻投与及び経肺投与(吸入)のためには、本発明の抗HIV剤は、溶液、粉末その他、微細な粒子として噴霧及び吸入するのに適した製剤形態とすればよい。そのような製剤の例としては、ATF等のCD87のリガンドと担体との混合物とからなる直径10μm以下の乾燥粉末が挙げられる。担体としては、例えばブドウ糖、果糖その他の単糖類、乳糖、麦芽糖、ショ糖その他二糖類、デンプン、セルロース、ヒアルロン酸、キチン、キトサンその他の多糖類、ソルビトール、マンニトールその他の糖アルコール等、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース等のセルロース誘導体やポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコールその他の有機結合剤、非イオン界面活性剤、ゼラチン、カゼインその他のタンパク質、ポリエチレングリコール等の合成ポリマー等を用いることができる。また、経鼻投与及び経肺投与のための製剤の別の例としては、乾燥ATF等のCD87のリガンドの粉末を弗化炭素プロペラント中に懸濁させたものが挙げられる。
【0040】
本発明において抗HIV剤の有効成分の感染者体重あたり投与量は、ATFの場合10μg〜10mg/kg/日、HMW−uPAの場合10μg〜10mg/kg/日、抗CD87抗体の場合10μg〜10mg/kg/日程度が適当である。
【実施例】
【0041】
以下実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明が実施例に限定されることは意図しない。
ATFの精製、同定、並びにATF、HMW−uPA及び抗CD87抗体の抗HIV活性測定に用いた材料及び方法を以下に述べる。
【0042】
<材料>
1)プラスミド
(i) pNL4-3: NIH AIDS Research and Reference Reagent Program, catalog No. 114として寄託されているものを入手して用いた(図5を参照)。これはHIV−1感染者のゲノムより単離されたT細胞指向性HIV−1プロウイルスゲノムDNAをプラスミドベクターpUC18に組み込んだものであり(Adachi, A. et al., J. Virol., 59(2):284-291(1986))、これで細胞をトランスフェクトスフェクトすることにより、細胞に感染性HIV−1ウイルスを産生させることができる。
(ii) pSBR-HIV: pSEAP-Basic(CLONTECH, Palo Alto, CA, USA)を基本骨格として、レポーター遺伝子である分泌型アルカリフォスファターゼ(SEAP)遺伝子の上流に、プロモーターとしてpNL4-3のLTR領域を組み込み、更にハイグロマイシン耐性遺伝子を選択マーカーとして導入したもの。
このプラスミドは、次の工程により製造した。すなわち:
(a) pSEAP-Basic(図2)(CLONTECH)をNotIとSalIで消化し、SEAP遺伝子を含む領域(図2中、円弧で示した領域)を取り出し、NotI部位をT4ポリメラーゼで平滑化した。
(b) 別に、pREP7(図3)(INVITROGEN, 9704CH, Groningen, the Netherlands)をSalIとClaIで消化し、ハイグロマイシン耐性遺伝子(Hygromycin)とColE1とアンピシリン耐性遺伝子(Amp)を含む領域(図3中、円弧で示した領域)を取り出し、ClaI部位をT4ポリメラーゼで平滑化した。
(c) 上記(a)及び(b)で得られたプラスミド断片をライゲーションすることにより、pSBR(図4)を構築した。
(d) pNL4-3から、XhoI部位又はHindIII部位を付加したプライマーを用いてPCR法によりHIV-LTRを増幅し(図5)、増幅産物をXhoI及びHindIIIで消化した。
(e) 上記(c)で得たpSBRをXhoI及びHindIIIで消化し、これに、上記(d)で得られたHIV-LTRを挿入してpSBR-HIV(図6)を構築した。
なお、pSBR-HIVは、HIV-LTRをプロモーターとして持ちレポーター遺伝子(実施例ではSEAP)を発現するプラスミドの一例として構築したものであり、HIV-LTRをプロモーターとして持ち適宜のレポーター遺伝子を発現する、任意のプラスミドを構築して同様に使用してもよい。
【0043】
2)細胞
(i) HUT.78: NIH AIDS Research and Reference Reagent Program, catalog No. 89として寄託されているものを用いた。これは慢性皮膚性リンパ腫セザリー症候群患者の末梢血から確立されたCD4陽性T細胞株である。この細胞は、10%FCS(ウシ胎仔血清)を含むRPMI1640培地(Gibco/BRL)で培養した。
(ii) U937: ATCC(American Type Culture Collection)に catalog No. CRL-1593.2として、及び国立衛生試験所細胞バンクにJCRB, catalog No. 9021として寄託されているものを用いた。これは組織球性リンパ腫患者の腹水から確立されたCD4陽性単芽球株である。この細胞は、10%FCSを含むRPMI1640培地で培養した。
(iii) TALL-1: 国立衛生試験所細胞バンクにJCRB catalog No. 0086として寄託されているものを入手した。これは急性リンパ性白血病患者の末梢血から確立されたCD4陽性T細胞株である。この細胞は、10%FCSを含むRPMI1640培地で培養した。
(iv) T4/NL4-3: TALL-1にpNL4-3をトランスフェクトすることにより作成した。これは持続的HIV−1感染細胞である。この細胞は、10%FCS及び5μM AZTを含むRPMI1640培地で培養した。
(v) U1: NIH AIDS Research and Reference Reagent Program, catalog No. 165として寄託されているものを入手した。これはU937にHIV−1感染者末梢血由来HIV−1臨床株を感染させ樹立されたマクロファージ指向性HIV−1持続感染株である(Chen, B.K., et al., J. Virol., 68(2):654-660(1994))。この細胞は、10%FCS及び5μM AZTを含むRPMI1640培地で培養した。
(vi) MC141: HUT.78細胞にpSBR-HIVをトランスフェクトすることによりHIV-LTR-SEAPレポーター遺伝子を導入することにより作成した。これは安定的SEAP発現トランスフェクト体である。この細胞は、10%FCS及びハイグロマイシン300μg/mLを含むRPMI1640培地で培養した。
(vii) CL-35: U937にpSBR-HIVをトランスフェクトすることによりHIV-LTR-SEAPレポーター遺伝子を導入して得た安定的SEAP発現トランスフェクト体である。この細胞は、10%FCS及びハイグロマイシン300μg/mLを含むRPMI1640培地で培養した。
(viii) クローン#62: 日本人長期無症候HIV−1感染者末梢血由来CD8陽性T細胞を抗CD8抗体でコートした磁性ビーズを用いた正の選択により単離し、これにMT-2 HTLV-1産生T細胞株(1000 rad照射)の同数を接触させることにより感染させて不死化し、1ヶ月間培養の後、限界希釈法によりクローニングして得た。このクローンの培養上清は強いSHIF(可溶性HIV増殖抑制因子)活性を示す。この細胞は、15%FCS、IL−2 10単位/mL、10%PBMC(ヒト末梢血由来単核球)条件培養液を含む、RPMI1640培地で継代した。
(ix) ・PBMC:献血由来バフィーコートよりFicoll-Paque(Amersham Pharmacia)を用いて精製した。これは、3μg/mLのPHA、1単位/mLのIL−2及び10%FCSを含むRPMI1640培地で3日間培養した後、PHAを含まない同じ培地に交換して更に6日間培養したものを、条件培養液として使用した。
【0044】
<CD8陽性クローン培養上清の調製>
RPMI1640培地で継代維持しているクローン#62を、5%FCS及び10単位/mLのIL−2を含むPM1000培地(栄研化学)に培地交換し、3〜4日間培養した。1/2量の培養上清を回収し、細胞には等量の培地を新たに加えて連続的に培養を続けた。回収した培養上清は、0.22μmのフィルターに通して沈殿物を除き、-80℃で保存した。
【0045】
<抗HIV活性測定>
1) 共存培養アッセイ:
共存培養アッセイにおいては、HIV持続感染細胞株と非感染細胞株との混合培養が行われる。それにより、非感染細胞へのウイルス吸着、感染、感染細胞内でのウイルス増殖及びウイルス粒子放出の全ての段階からなるウイルスのライフサイクルを含んだ試験系が得られる。このため、共存培養において、細胞外に放出されるウイルス量を測定し、被検物質の添加の有無で放出ウイルス量を比較することにより、ウイルスのライフサイクル中の何れかの段階に対する被検物質の抗ウイルス活性を検出することができる。また、HIV持続感染細胞株と非感染細胞株の組み合わせとして、T細胞株同志の組み合わせ(HUT.78及びT4/NL4-3)並びにマクロファージ株同志の組み合わせ(U1及びU937)を用いることにより、T細胞指向性HIV及びマクロファージ指向性HIVの各々に対し、被検物質の抗HIV活性を評価することができる。
試験操作: 48穴プレートにPM1000培地で希釈したサンプル300μLと6ng/mLのTNFα及び20%FCSを含むRPMI1640培地100μLを加えておき、そこにOPTI-MEM I 培地で2×105個/mLに調製したHUT.78細胞100μLと、RPMI1640培地で5×104個/mLに懸濁したT4/NL4-3細胞100μLを加え(感染T4/NL4-3:未感染HUT.78=1:4)、3日間培養した。3日後、培養上清の1/2量を同濃度のサンプルを含む新鮮な培地と交換し、更に3日間培養した。培養6日後の培養上清を回収し、培養上清中のウイルス量(p17)とHIV-LTR転写量(SEAP)を測定した。測定には、HIVp17抗原ELISAキット(栄研化学)及び、SEAP レポーター・ジーン・アッセイ化学ルミネセント(ROCHE)を、添付の説明書に従って使用した。6日間培養した細胞には、50μLのMTSアッセイ試薬(水溶性テトラゾリウム塩)(PROMEGA)を加え、更に4時間培養後、発色をOD490nmで測定し、その時点での生細胞数とした。
同様の方法で、U1(持続感染株)及びU937(非感染株)の共存培養系(U1:U937=1:4)についても試験を行った。
【0046】
2) 持続感染細胞単独培養アッセイ:
ATFの抗HIV活性がHIVのライフサイクルのどの段階を抑制することによるものかについての知見を得るため、持続感染細胞であるU1細胞の単独培養におけるATFの抗HIV活性の有無を検討した。U1細胞はHIVの重複感染を起こさないことが知られていることから、U1細胞の単独培養において抗HIV活性が認められた場合、それはHIVプロウイルスDNAの転写ないしそれ以降の段階に対してATFが作用したことを示す証拠となる。
試験操作: 48穴プレートにPM1000培地で希釈したサンプル300μLと、6ng/mLのTNFα及び15%FCSを含むRPMI1640培地200μLを加えておき、そこにOPTI-MEM I 培地で2×105個/mLに調製した持続感染細胞(U1)100μLを加え、3日間培養した。3日後、培養上清の1/2量を同濃度のサンプルを含む新鮮な培地と交換し、更に3日間培養した。培養6日後の培養上清を回収し、培養上清中のウイルス量(p17)を測定した。
【0047】
3) 感染性HIV−DNA一過性トランスフェクション:
感染性HIV―DNAをリポソームを用いて強制的に細胞内に導入することにより、ウイルスDNAの核への移行の段階までを強制的に行わせることができる。この系を用いることにより、宿主細胞へのHIV侵入段階より後のHIVライフサイクルに対する被検物質の抑制作用の有無を検討することができる。
試験操作: 感染性HIV−1 DNA(pNL4-3)4μgとDMRIE-C試薬(GIBCO/BRL)10μLを混和し、2×106個のMC141細胞にトランスフェクトした。24時間後、細胞を回収し、OPTI-MEM I 培地で2×105個/mLに調製した。48穴プレートにPM1000培地で希釈したサンプル300μLと、6ng/mLのTNFα及び15%FCSを含むRPMI1640培地200μLを加えておき、そこにトランスフェクトしたMC141細胞(2×105/mL)を100μL加え、3日間培養した。3日後、培養上清の1/2量を同濃度のサンプルを含む新鮮な培地と交換し、更に4日間培養した。トランスフェクトから8日後、培養上清を回収し、培養上清中のウイルス量(p17)とHIV-LTR転写量(SEAP)を測定した。
【0048】
4) 非感染細胞におけるSEAPレポーターアッセイ:
HIV-LTR-SEAPレポーター遺伝子を導入したHIV非感染細胞(MC141細胞及びCL35細胞)において、TNFα刺激は、HIVのプロモーターLTRを活性化させその下流に組み込まれた分泌型アルカリフォスファターゼ(SEAP)遺伝子を発現させる。従ってこれらの細胞は、HIVのライフサイクルの各段階のうち、HIVプロウイルス転写の段階に対して被検物質が阻害活性を有するか否かを、実際のHIV増殖を伴うことなく調べるのために用いられる。HIV−LTRの転写活性の強さの測定は、培養上清中のSEAPを定量することにより行われる。
試験操作: 96穴プレートに、血清を含まないPM1000培地で希釈したサンプル50μLと、6ng/mLのTNFα及び20%FCSを含むRPMI1640培地25μLを加えておき、そこにOPTI-MEM I 培地(GIBCO/BRL)で2×105/mLに調整したMC141細胞又はCL35細胞25μLを播いた。細胞をATF添加又は無添加の下にぞれぞれ培養し、培養6日後の培養上清を回収し、そこに含まれるSEAP量を、SEAP レポーター・ジーン・アッセイ化学ルミネセント(ROCHE)を用いて測定した。
【0049】
5)急性感染HIV増殖抑制活性測定(トランスフェクションアッセイ):
感染性HIV−1 DNA(pNL4-3)4μgとDMRIE-C試薬(GIBCO/BRL)10μLを混和し2×106個のHUT.78細胞にトランスフェクトした。24時間後、細胞を回収し、OPTI-MEM I 培地で洗浄後、2×105個/mLに調製した。48穴プレートに、段階希釈したサンプル又は緩衝液を含むPM1000培地300μLと、6ng/mLのTNFα及び15%FCSを含むRPMI1640培地200μLを加えておき、そこにトランスフェクトしたHUT.78細胞(2×105個/mL)を100μL加え、4日間培養した。4日後、培地の1/2量を回収し、同濃度のサンプル又は緩衝液を含む新鮮な培地と交換した。以後、4日毎にサンプリングと1/2量の培地交換とを行い、感染から12日後まで培養した。
アッセイはn=2で行い、各培養上清中のウイルス量は、HIVp17抗原ELISAキット(栄研化学)を用いて測定した。
【0050】
6)ATFの抗HIV活性に対する抗CD87抗体の影響の検討:
ATF及びHMW−uPAは細胞表面状のCD87に特異的に結合することが知られていることから。ATF及びHMW−uPAの何れにも認められた抗HIV活性は、CD87への結合を介したものであると推定された。これを確認するため、抗CD87抗体がATFの抗HIV活性を遮断し得るか否かを検討した。
試験操作: 48穴プレートにPM1000培地で希釈した抗CD87モノクローナル抗体(#3936:AMERICAN DIAGNOSTICA INC.)300μLと、6ng/mLのTNFα及び20%FCSを含むRPMI1640培地100μLを加えておき、そこにOPTI-MEM I 培地で2×105個/mLに調製したMC141細胞100μLと、RPMI1640培地で5×104個/mLに懸濁したT4/NL4-3細胞100μLを加え、2時間培養した(抗体の最終濃度は10μg/mL)。2時間後、ATFを含むサンプル12μL(ATFの最終濃度は約3.3ng/mL)を加えた。3日間培養した後、培養上清の1/2量を同濃度の抗体及びサンプルを含む新鮮な培地と交換し、更に3日間培養した。培養6日後の培養上清を回収し、培養上清中のウイルス量(p17)を測定した。また、対照として、抗体及びATFの一方又は双方を含まない培地、及び抗CD87抗体の代わりに非特異的なIgGを添加した培地を用いた培養を、同様の手順で行った。
同様の方法で、感染U1:未感染CL35=1:4の共存培養系についても試験を行った。
【0051】
<抗HIV活性因子の調製>
以下の精製操作は、特に断らない限り、全て4℃にて行った。
1) 先ず、培養上清に1N塩酸を加えpH2.5に調整し、4℃にて24時間処理した。この処理により、潜在的なウイルス感染のリスクを排除するとともに、多量に含まれるインターフェロンγを失活させた。次いで、1N水酸化ナトリウムを加えpH3.8に調整した。pH処理を行った培養上清500mLを、50mMの塩化ナトリウムを含有する25mM酢酸緩衝液(pH3.8)で平衡化したSPセファロースHigh Performance(AMERSHAM PHARMACIA)カラム(26mm×10cm)に添加した。同緩衝液175mLで洗った後、50mMのHEPES/NaOH(pH7.4)緩衝液175mLで溶出し(E1)、更に250mMの塩化ナトリウムを含有する50mMのHEPES/NaOH(pH7.4)緩衝液175mLで溶出した(E2)。各画分につき、NAP-5カラムで緩衝液交換した後、濃度50%で抗HIV活性を測定した。
【0052】
2) 活性は、SPセファロースHigh PerformanceカラムのE2画分に回収された。2ロット分のE2画分(1Lの培養上清に相当)に塩化ナトリウムを加え最終濃度500mMに調製した。これを、500mMの塩化ナトリウムを含有する50mMのHEPES/NaOH(pH7.4)緩衝液で平衡化したBlue Sepharose 6FF(AMERSHAM PHARMACIA)カラム(26mm×10cm)に添加した。同緩衝液175mLで洗った後、1.8Mの塩化ナトリウムと0.1%のCHAPSを含有する50mMのHEPES/NaOH(pH7.4)緩衝液200mLで溶出した(E1)。NAP-5カラムで緩衝液交換を行った後、濃度33%で抗HIV活性を測定した。
【0053】
3) 活性は、Blue Sepharose 6FF のE1画分に回収された。これを1.8Mの塩化ナトリウムと0.1%のCHAPSを含有する50mMのHEPES/NaOH(pH7.4)緩衝液で平衡化したHiPreP Butyl 4FF(AMERSHAM PHARMACIA)カラム(16mm×10cm)に添加した(P)。同緩衝液50mLで洗った後(W)、100mLの0.1%CHAPS/水で溶出した(E)。NAP-5カラムで緩衝液交換を行った後、濃度33%で抗HIV活性を測定した。
【0054】
4) 活性はButyl Sepharoseの非吸着画分(P及びW)に回収された。3ロット分の非吸着画分(3Lの培養上清に相当)に塩化ナトリウムを加えて最終濃度2Mに調整した。これを、2Mの塩化ナトリウムと0.1%のCHAPSを含有する50mM HEPES/NaOH(pH7.4)緩衝液で平衡化したHiPrep Phenyl(HighSub)6FF (AMERSHAM PHARMACIA)カラム(16mm×10cm)に添加した。同緩衝液175mLで洗った後、250mMの塩化ナトリウムと0.1%のCHAPSを含有する50mMのHEPES/NaOH(pH7.4)緩衝液150mLで溶出し(E1)、更に0.1%CHAPS/水の100mLで溶出した(E2)。NAP-5カラムで緩衝液交換を行った後、濃度25%で抗HIV活性を測定した。
【0055】
5) 活性はE1画分に回収された。これを、0.1%のCHAPSを含有する10mMリン酸ナトリウム(pH7.3)緩衝液で平衡化したヒドロキシアパタイト(CHT-2、20μm; BioRad)カラム(10mm×10cm)に添加した。同緩衝液50mLで洗った後(W)、0.1%のCHAPSを含有する200mMリン酸ナトリウム(pH7.3)で溶出した(E200)。NAP-5カラムで緩衝液交換を行った後、濃度25%で抗HIV活性を測定した。
【0056】
6) 活性はヒドロキシアパタイトの非吸着画分(P)に回収された。これをCentriPlus-10(分子量10,000カット)限外濾過膜(AMICON MILLIPORE)を用いて約40倍に濃縮した。濃縮した活性画分(3.75mL)を、0.1%のCHAPSと5%のグリセロールを含有する10mMリン酸ナトリウム(pH6.4)緩衝液で平衡化したHiPrep Sephacryl S-100 HR(AMERSHAM PHARMACIA)カラム(16mm×60cm)に添加した。同緩衝液144mLで溶出し、2.5mLずつ分取した。NAP-5カラムで緩衝液交換を行った後、濃度12.5%で抗HIVを測定した。
【0057】
7) 活性を有する画分を回収し、0.1%のCHAPSを含有する10mMリン酸ナトリウム(pH6.4)緩衝液で2倍希釈した後、同緩衝液で平衡化したResource S(AMERSHAM PHARMACIA)カラム(0.64×3cm)に添加した。同緩衝液10mLで洗った後、0.1%のCHAPSを含有する10mMリン酸ナトリウム(pH6.4)緩衝液を用い、0から500mMまでの塩化ナトリウムグラジエントで溶出し(全25mL)、1mLずつ分取した。抗HIV活性は濃度2.5%で測定した。
【0058】
8) 活性を有する画分を回収し、3ロット分のResource S活性画分(9Lの培養上清に相当)を、0.1%のCHAPSを含有する10mMリン酸カリウム(pH6.35)緩衝液で2.5倍に希釈した後、同緩衝液で平衡化したヒドロキシアパタイト(CHT-2、20μm; BioRad)カラム(0.5×5cm)に添加した。同緩衝液5mLで洗った後、0.1%のCHAPSを含有する、10mMから400mMまでのリン酸カリウム(pH6.35)のグラジエントで溶出し(全25mL)、0.5mLずつ分取した。抗HIV活性は濃度1%で測定した。各画分について抗ウイルス活性の測定は、HIV持続感染株と非感染株の1:4の割合の共存培養系で培養上清中に放出されるp17抗原を指標とするELISAにより行った。
アッセイ時のサンプル濃度が5%以上になる場合は、血清を含まないPM1000培地で平衡化したNAP-5カラム(AMERSHAM PHARMACIA)を用いてサンプルを同培地に緩衝液交換し、クロマトグラフィーから持ち込まれる過剰の塩等が影響しないようにした。サンプル濃度が5%以下になる場合は、サンプルを直接添加する一方、クロマトグラフィーの際にブランクランを行い、その各画分を対照とすることで持ち込まれる塩の影響を排除した。
結果を図7及び8に示す。図7において、黒四角は測定した画分の抗ウイルス活性を、破線は溶出液のUV吸収曲線を、そして右上がりの直線は、各画分に対応するリン酸カリウム濃度を、それぞれ示す。図8は、画分No.8〜No. 19についてのSDS/PAGE(還元性条件)泳動像を示す。図7と図8とから分かるように、p17放出の抑制でみた抗HIV活性画分に対応して分子量約18kDaのバンドが確認された。
【0059】
9) 活性を有する画分を回収し、Centricon-10(分子量10,000カット)限外濾過膜(MILLIPORE)を用いて15倍に濃縮した。2ロット分の濃縮したヒドロキシアパタイト活性画分(18Lの培養上清に相当)に最終濃度0.2%のトリフルオロ酢酸(TFA)を加え、0.2%トリフルオロ酢酸/水で平衡化したResource RPC(AMERSHAM PHARMACIA)カラム(0.64×3cm)に添加した。同緩衝液5mLで洗った後、0.2%TFA、30%アセトニトリルまで5mL、0.2%TFA、50%アセトニトリルまで15mL、0.2%TFA、100%アセトニトリルまで5mLのグラジエントで溶出し、0.5mLずつ分取した。この逆相カラムクロマトグラフィーのに10℃にて行った。抗HIV活性は濃度0.2%で測定した。その結果、このResource RPCカラムからの溶出液においても、抗HIV活性を示す画分に対応して18kDaのバンドがSDS/PAGEにより確認された。
【0060】
活性な画分を回収して減圧乾燥し、約0.9μg(500 pmol)の18kDaタンパク質を得た。活性測定用には、これを、0.5%BSAと0.1%CHAPSを含むリン酸緩衝液(PBS)に溶解した。また配列決定用には、SDS/PAGEサンプル緩衝液に溶解した。
【0061】
<アミノ酸配列決定>
上記で精製された18kDaタンパク質サンプルをSDS/PAGEに供し、クマジー・ブリリアント・ブルー(CBB)染色後、バンドを切り出した。切り出したゲル片を直接トリプシン消化し、ペプチドマッピングを行った。また得られたピークのうち3つのアミノ酸配列をシーケンサーにより決定した。その結果、次の内部配列の存在が確認された。
・配列表の配列番号3に示すアミノ酸配列(断片1)。
・配列表の配列番号4に示すアミノ酸配列(断片2)。
・配列表の配列番号5に示すアミノ酸配列(断片3)。
【0062】
これら断片1、2及び3のアミノ酸配列は、ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクティベーター(uPA)のアミノ末端断片(Amino Terminal Fragment(ATF)又はLong A chainと呼ばれる)の配列と一致した。ペプチドマッピング及びアミノ酸配列決定結果より、上記で精製されたタンパク質がATFであることが判明した。
【0063】
<ウロキナーゼ原体からのATFの精製>
活性画分には一本鎖ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクティベーター、HMW−uPA、LMW−uPAの何れに対応するバンドも認められなかったことから、ATFが抗HIV活性を有することが上記により強く示唆された。そこで本発明らは、以下に述べるように、ヒト尿由来ウロキナーゼ原体からATFを得、その抗HIV活性を評価した。
【0064】
日本ケミカルリサーチ株式会社西神工場で製造したヒト尿由来ウロキナーゼ原体(JUN-9604)4.5mL(約50000単位のウロキナーゼを含有)を、0.1%のCHAPSと100mMの塩化ナトリウムを含む10mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.4)で平衡化したHiPrep Sephacryl S-100カラム(16mm×60cm)に添加した。同緩衝液144mLで溶出し、2.5mLずつ分取した。活性は、濃度1%で測定した。
【0065】
分析の結果、上記ウロキナーゼ原体には、HMW−uPA、LMW−uPA及びATFが、およそ9:1:1の割合で含まれていることが判明した。HiPrep Sephacryl S-100カラムを通して得られた画分において、ATFのみを含む画分(No. 27〜No. 33)に強い抗HIV活性(p17放出抑制)が確認された(図9及び10を参照)。このことは、クローン#62培養上清から精製された可溶性HIV増殖抑制因子についての前記試験から予測された通り、ATFが抗HIV活性を有することを示している。
【0066】
ATFの抗HIV活性に加えて、HMW−uPAを含有する画分(No. 15〜No. 18)にも、ATFに比して弱いながらも、やはり抗HIV活性(p17)があることが見出された(図9及び10を参照)。
【0067】
<共存培養系におけるATFの抗HIV活性測定結果>
精製したATFは、T細胞株及びマクロファージ株の何れの共存培養系においても、濃度依存的に培養上清中のp17量を抑制し、濃度1.5ng/mLでの抑制率は約40%であった(図11、12)。また、ATFの添加によっても培養細胞の増殖率は対照に比して変化しなかった(図11、12)ことから、ATFが細胞の増殖に影響せず毒性のないことも判明した。これらのことは、ATFが示す抗HIV活性が細胞毒性によるものでないこと、ATFが非常に低濃度で抗HIV活性を表すこと、及び該抗HIV活性がT細胞指向性及びマクロファージ指向性の何れのHIVに対しても実質的に同等の強さであることを示している。
【0068】
<非感染細胞培養におけるSEAPレポーターアッセイ結果>
図13及び14を参照。MC141及びCL35の単独培養でのSEAPレポーターアッセイでは、ATFは、何れの細胞についても培養上清中のアルカリホスファターゼ量に影響を及ぼさなかった(図13及び14)。このことは、ATFが、HIV−LTRからの転写やそれに続く翻訳の段階でHIVの増殖を抑制しているのではないことを示している。またこの条件でも、ATFは細胞の増殖率に影響を及ぼさなかった(図13及び14)。
【0069】
<感染性HIV−DNA一過性トランスフェクションアッセイ結果>
図15を参照。感染性HIV−DNA(pNL4-3)により一過性トランスフェクションしたMC141細胞を用いたアッセイにおいても、1.5ng/mLのATFは、培養上清中へのHIVのp17の放出を約60%抑制した。しかしながら、SEAP発現量、すなわちLTR転写活性には影響しなかった。また細胞の増殖率にも影響を及ぼさなかった。
LTRからの転写量がATFによって影響を受けなかった一方でp17の放出が抑制されたことは、ATFの抗HIV活性が、HIV−LTRからの転写、HIV tatによる転写の増強、又はそれに続く翻訳の何れの段階の抑制によるものでもないことを示すと共に、翻訳より後の段階すなわちHIV粒子形成又はその出芽の段階の抑制によるものであることを示唆している。
【0070】
<持続感染細胞単独培養アッセイ結果>
図16を参照。持続感染細胞(U1)の単独培養において培養上清中へのウイルス抗原p17の放出量は、ATF 1.5ng/mLで約50%抑制された。しかしながら、細胞内のp17量に対してはATFは影響を及ぼさなかった。また、ATFは細胞の増殖率に影響を及ぼさなかった。
U1細胞はHIVの重複感染を起こさないことが知られていることから、U1細胞の単独培養において検出される抗HIV活性は、プロウイルスDNAの転写以降の段階に対するものに限定される。従って、U1細胞単独培養でATFがウイルス粒子(p17)放出を抑制したことは、ATFがHIVのプロウイルスDNAの転写以降の段階を抑制していることを示している。一方、ATFは、細胞内のp17量にも影響を及ぼしていないことから、HIVのプロウイルスDNAの転写からHIVmRNAの翻訳までの段階を抑制するものでもないこと明らかである。この持続感染細胞単独培養アッセイと同じ結果は、前記一過性トランスフェクションアッセイによっても得られており、これらのことは、ATFが、HIVmRNAの翻訳よりも後の段階、すなわちウイルス粒子の形成からウイルス粒子の出芽に至る段階を抑制するものであることを強く示唆している。
【0071】
<急性感染HIV増殖抑制活性測定(トランスフェクションアッセイ)>
培養開始後の日数経過に伴うウイルス量の変化を示す図17を参照。図より、対照群では、ウイルス量は培養開始後8日〜12日の間に急激に増加することが判る。使用した緩衝液の影響は殆ど認められなかった。一方、ATF添加群では、ウイルスの増殖速度は顕著に低下し、ウイルス増殖抑制効果は、ATF濃度に依存的であった。更に、ウイルス増殖抑制率は培養日数の経過につれて増強され(図18を参照)、感染から12日後の時点においては、ATF濃度0.74ng/mLで75%以上、2.22ng/mLでは87%以上の抑制率が得られた。
【0072】
<ATFの抗HIV活性に対する抗CD87抗体の影響>
図19を参照。T細胞株であるT4/NL4-3細胞及びMC141細胞の共存培養系において培養上清中へのp17の放出は、ATFやHMW−uPAのレセプターであるCD87に対するモノクローナル抗体10μg/mLとATF 3.3ng/mLの双方を含んだ培地を用いたときと、ATF 3.3ng/mLのみを含んだ培地を用いたときとで、ほぼ同程度に抑制されていた。一方、抗CD87抗体は、それ自身抗体10μg/mLの濃度でATF3.3ng/mLとほぼ同程度の抗HIV活性を有していることが見出された。抗CD87抗体とATFの何れか片方又は双方を含有する培地での培養によるp17放出抑制の程度が相互にほぼ同等であることから、ATFと抗CD87抗体とは、細胞表面上の同一の標的分子を介して作用しているものと考えられる。一方、抗CD87抗体の代わりに非特異的IgGを用いた培養での結果は、何らの抗体をも含有しない培養での結果と変わるところがなかった。このことは抗CD87が示した抗HIV活性が、該抗体の特異性に依存することを示すものである。従って細胞表面上のCD87に該抗体が特異的に結合したことによってHIV放出の抑制が引き起こされたものと考えられる。また、抗CD87抗体を含む培地にATFを添加しても抗CD87抗体によるHIV放出抑制効果が更に増強されなかったのは、抗CD87抗体によりCD87が封鎖されこれにATFが結合できなくなった結果であると考えられる。更に重要なことに、抗CD87抗体及びATFが共にT細胞株において抗HIV活性(p17)を示し、その何れもがCD87と特異的に結合する物質であることから、上記の試験結果は、CD87がそのリガンドと特異的に結合することが、細胞内の何らかのメカニズムを介して、HIV放出(アセンブル及び出芽)を抑制する結果をもたらすものであることを示している。
【0073】
一方、マクロファージ株であるU1及びU937の共存培養系においては(図20を参照)、抗CD87抗体の添加はATFの抗HIV活性をほぼ遮断した。またこの細胞株に対しては抗CD87抗体自身は抗HIV活性を示さなかった。従ってこれらの結果は、T細胞株での上記の結果と異なっている。しかしながら、これは、抗CD87抗体がマクロファージにおいては何らかの理由で抗HIV活性を示さず、ATFと抗CD87抗体の両方を含む培地中での細胞培養において、抗CD87抗体が単にCD87を封鎖してATFのCD87への結合を阻止したことによるものであると考えられる。従って、ATFの抗HIV活性がこれらのマクロファージ株において抗CD87抗体で遮断されたことは、ATFがCD87への結合を介してHIVの増殖を抑制しているという上記の結論をやはり支持している。
【0074】
CD87とその複合体は、脂質ラフト(lipid raft)と呼ばれるスフィンゴ脂質に富む細胞表面構造上に局在しており(Koshelnic, Y. et a., Thromb. Haemost., 82(2):305-311(1999))、一方、HIVの出芽は脂質ラフト領域で選択的に行われていることが報告されている(Nguyen, D.H. et al., J. Virol., 74(7):3264-3272(2000))。また、CD87と同じく脂質ラフトに局在するThy−1は、HIVエンベロープに選択的に取り込まれることが知られている(Nguyen, D.H. et al., J. Virol., 74(7):3264-3272(2000))。これらの報告と本発明者等の実験結果とを総合すると、ATF等のCD87のリガンドが、CD87を介して脂質ラフトの構成分子に作用することによってHIVの出芽を抑制しているという可能性が示唆される。
【0075】
<製剤実施例1> 静脈、皮下、又は筋肉内投与用製剤
下記の処方に従って必要量の成分を混合して溶液とし、ポアサイズ0.22μmのメンブランフィルターにより濾過滅菌して目的の製剤とする。
ATF・・・・・・・・・・・・・・・10 mg
マンニトール・・・・・・・・・・・・50 mg
蒸留水・・・・・・・・・・・・・・ 全量1mL
【0076】
<製剤実施例2> 静脈、皮下、又は筋肉内投与用製剤
下記の処方に従って必要量の基剤成分を混合して溶解し、これにATFを溶解させ、所定液量とし、ポアサイズ0.22μmのメンブランフィルターにより濾過滅菌して目的の製剤とする。
ATF・・・・・・・・・・・・・・・・ 50 mg
塩化ナトリウム・・・・・・・・・・・・8.6 mg
塩化カリウム・・・・・・・・・・・・・0.3 mg
塩化カルシウム・・・・・・・・・・・・0.33 mg
注射用蒸留水・・・・・・・・・・・・ 全量1 mL
【0077】
<製剤実施例3> 静脈、皮下、又は筋肉内投与用製剤
下記の処方に従って必要量の基剤成分を混合して溶解し、これにATFを溶解させ、所定液量とし、ポアサイズ0.22μmのメンブランフィルターにより濾過滅菌して目的の製剤とする。
ATF・・・・・・・・・・・・・・・・・50 mg
塩化ナトリウム・・・・・・・・・・・・・8.3 mg
塩化カリウム・・・・・・・・・・・・・・0.3 mg
塩化カルシウム・・・・・・・・・・・・・0.33 mg
リン酸水素ナトリウム・12水塩・・・・・・1.8 mg
1N塩酸・・・・・・・・・・・・・・・ 適量(pH7.4)
注射用蒸留水・・・・・・・・・・・・・ 全量1mL
【0078】
<製剤実施例4> 静脈、皮下、又は筋肉内投与用製剤
下記の処方に従って必要量の基剤成分を混合して溶解し、これにATFを溶解させ、所定液量とし、ポアサイズ0.22μmのメンブランフィルターにより濾過滅菌して目的の製剤とする。
ATF・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50 mg
塩化ナトリウム・・・・・・・・・・・・・・・8.3 mg
塩化カリウム・・・・・・・・・・・・・・・・0.3 mg
塩化カルシウム・・・・・・・・・・・・・・・0.33 mg
グルコース・・・・・・・・・・・・・・・・・0.4 mg
リン酸水素ナトリウム・12水塩・・・・・・・・1.8 mg
1N塩酸・・・・・・・・・・・・・・・・・ 適量(pH7.4)
注射用蒸留水・・・・・・・・・・・・・・・ 全量1mL
【0079】
<製剤実施例5> 経肺投与用製剤
下記の処方に従い、ATF及び乳糖を秤取し、120mLの精製水に溶解させて噴霧溶液とし、常法により噴霧乾燥して経肺投与用製剤とする。
ATF・・・・・・・・・・ 100 mg
乳糖(1水和物)・・・・・2900 mg
計 3000 mg
【0080】
<製剤実施例6> 経肺投与用製剤
下記の処方に従い、ATF及びヒドロキシプロピルセルロースを秤取し、120mLの精製水に溶解させて噴霧溶液とし、常法により噴霧乾燥して経肺投与用製剤とする。
ATF・・・・・・・・・・・・・ 100 mg
ヒドロキシプロピルセルロース・・2900 mg
計・・・・・・・・・・・・・・・3000 mg
【0081】
<製剤実施例7> 経肺投与用製剤
下記の処方に従い、ATF及び水素添加レシチンを秤取し、120mLの精製水に溶解させて噴霧溶液とし、常法により噴霧乾燥して経肺投与用製剤とする。
ATF・・・・・・・・・・・・・ 100 mg
水素添加レシチン・・・・・・・・2900 mg
計・・・・・・・・・・・・・・・3000 mg
【0082】
<製剤実施例8> 経肺投与用製剤
下記の処方に従い、ATF、ヒドロキシプロピルセルロース及びD−マンニトールを秤取し、90mLの精製水に溶解させて噴霧溶液とし、常法により噴霧乾燥して経肺投与用製剤とする。
ATF・・・・・・・・・・・・・ 240 mg
ヒドロキシプロピルセルロース・・ 129 mg
D−マンニトール・・・・・・・・2631 mg
計・・・・・・・・・・・・・・・3000 mg
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明は、AIDS治療手段の選択肢を広げ、現行の抗HIV剤との併用の形でAIDS治療の有効性を改善するのに役立つ,感染者の体内におけるHIVの増殖を従来とは異なった機序で抑制する、新しいタイプの抗HIV剤として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクティベーター及びATFの一次構造を示す。
【図2】pSEAP-Basicの構造を示す。
【図3】pREP7の構造を示す。
【図4】pSBRの構造を示す。
【図5】pNL4-3の構造及びPCRによる増幅部位を示す。
【図6】pSBR-HIVの構造を示す。
【図7】ヒドロキシアパタイトカラムからの各溶出画分の抗HIV活性及び該画分に対応するタンパク質濃度を示すグラフ。
【図8】ヒドロキシアパタイトカラムからの各溶出画分のSDS/PAGE泳動像を示す。
【図9】ヒト尿由来ウロキナーゼ原体のHiPrep Sephacryl S-100カラムからの各溶出画分の抗HIV活性及び該画分に対応するタンパク質濃度を示すグラフ。
【図10】ヒト尿由来ウロキナーゼ原体のHiPrep Sephacryl S-100カラムからの各溶出画分のSDS/PAGE泳動像を示す。
【図11】共存培養(T細胞株)における抗HIV活性測定(p17)の結果を示すグラフ。
【図12】共存培養(マクロファージ株)における抗HIV活性測定(p17)の結果を示すグラフ。
【図13】非感染細胞培養(MC141)におけるSEAPレポーターアッセイの結果を示すグラフ。
【図14】非感染細胞培養(CL35)におけるSEAPレポーターアッセイの結果を示すグラフ。
【図15】感染性HIV−DNAの一過性トランスフェクションアッセイの結果を示すグラフ。
【図16】持続感染細胞(U1)の単独培養アッセイの結果を示すグラフ。
【図17】急性感染後の日数経過に伴うHIV量の変化を示すグラフ。
【図18】ATFによるウイルス増殖抑制を、感染後の各経過日数別に示すグラフ。
【図19】T細胞株におけるATFの抗HIV活性に対する抗CD87抗体の影響を示すグラフ。
【図20】マクロファージ株におけるATFの抗HIV活性に対する抗CD87抗体の影響を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
CD87に対するリガンドを有効成分として含むことを特徴とする抗HIV剤であって、該リガンドが抗CD87抗体である、抗HIV剤。
【請求項2】
該抗体がモノクローナル抗体である,請求項1の抗HIV剤。
【請求項3】
CD87に対するリガンドが抗CD87抗体の、CD87に特異的な結合性を有する断片である、請求項1又は2の抗HIV剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2007−332158(P2007−332158A)
【公開日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−219099(P2007−219099)
【出願日】平成19年8月24日(2007.8.24)
【分割の表示】特願2001−184284(P2001−184284)の分割
【原出願日】平成13年6月19日(2001.6.19)
【出願人】(000228545)日本ケミカルリサーチ株式会社 (27)
【Fターム(参考)】