説明

抵抗溶接方法と溶接装置

【課題】抵抗溶接において飛躍的な生産性の向上と省エネルギーを実現する抵抗溶接方法を提供する。
【解決手段】溶接電流が通電開始から5msec(ミリ秒)以内で最大値になるように溶接初期の溶接電流を制御する。溶接電流の通電開始から50ミリ秒以下の通電時間で溶接を完了する。例えば、記立ち上げ制御期間T1は10ミリ秒以下とし、立ち上げ制御期間T1とピークレベル制御期間T2の和の(T1+T2)時間は15ミリ秒以下とし、記立ち上げ制御期間T1とピークレベル制御期間T2と温度維持制御期間T3の和の(T1+T2+T3)時間は、50ミリ秒以下とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インバータ式抵抗溶接の抵抗溶接方法と溶接装置に関する。
【背景技術】
【0002】
抵抗溶接は、自動車の製造ラインから車両や一般産業に使われる制御装置の筐体接合などに広く使われている。それらの産業では、世界レベルでの競争に打ち勝つために、生産性の向上が必須条件とされる。さらに、地球環境保護の観点からCO2 を削減する省エネルギー技術の開発も緊急な課題である。しかし、溶接性の悪い鋼板に対する、従来の抵抗溶接方法は、生産性や省エネルギーに逆行する様相を呈している。こうした各種用途に適する様々な抵抗溶接方法が開発されている(特許文献1、特許文献2、特許文献3参照)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−105041号公報
【特許文献2】特開2009−291827号公報
【特許文献3】特開2011−5544号公報
【特許文献4】特許第4687930号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
図1は、抵抗溶接装置の溶接部の主要部断面図である。
抵抗溶接では、図1に示すように、重ね合わせた鋼板等の被溶接材120A、120Bを電極122A、122Bで加圧して電流を流す。被溶接材120A、120Bの接点にジュール熱を発生させ、被溶接材120A、120Bの一部を溶解させてナゲット124を形成する。この方法を応用した溶接法にスポット溶接、シーム溶接等がある。溶接時の発熱量は以下の式であらわすことができる。
熱量=0.24i2rt
式中の各値の意味;
i:電流値(単位 A アンペア)
r:被溶接材の抵抗値(単位 オーム)
t:通電時間(単位 秒)
熱量:発生する熱量(単位カロリー。単位をジュールで計ると、式中の0.24が消え、右辺は単に i2rt となる。)
【0005】
例えば、板厚が0.8〜3.2mmの軟鋼板の抵抗溶接では、最良条件がRWMA(アメリカ抵抗溶接製造者協会)により規定されている。この規定では、通電時間が160〜640msec(ミリ秒)(8〜32サイクル)、溶接電流が7800〜17400 A(アンペア)である。防請効果を強めるためにメッキ厚を増した鋼板や、強度を増した高張力鋼板などは、溶接性が悪い。溶接性が悪い被溶接材が数多くの製品に利用されるため、実用化されるに合わせて、通電時間はもっと長くなる傾向にある。既知の溶接技術では、こうした大電流の抵抗溶接において、溶接時間の短縮が大きな課題になっていた。
【0006】
上記の課題を解決するために、本発明は抵抗溶接において飛躍的な生産性の向上と省エネルギーを実現する抵抗溶接方法と溶接装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
以下の構成はそれぞれ上記の課題を解決するための手段である。
〈構成1〉
溶接電流が通電開始から5ミリ秒以内で最大値になるように溶接初期の溶接電流を制御し、前記溶接電流の通電開始から50ミリ秒以下の通電時間で溶接を終了することを特徴とする抵抗溶接方法。
【0008】
〈構成2〉
溶接電流供給開始時刻t0からその後の時刻t1までの、電流増加率が最大の部分を立ち上げ制御期間T1と呼び、これに続く時刻t1から時刻t2までの、ピーク電流値C1に近い所定レベルの電流を維持する期間をピークレベル制御期間T2と呼び、その後の時刻t2から電流遮断時刻t3に至るまでの期間を、温度維持制御期間T3と呼ぶとき、前記立ち上げ制御期間T1は10ミリ秒以下とし、前記立ち上げ制御期間T1とピークレベル制御期間T2の和の(T1+T2)時間は15ミリ秒以下としたことを特徴とする抵抗溶接方法。
【0009】
〈構成3〉
構成2に記載の抵抗溶接方法において、前記立ち上げ制御期間T1とピークレベル制御期間T2と温度維持制御期間T3の和の(T1+T2+T3)時間は、50ミリ秒以下としたことを特徴とする抵抗溶接方法。
【0010】
〈構成4〉
構成2または3に記載の抵抗溶接方法において、前記立ち上げ制御期間T1は5ミリ秒以下とし、前記立ち上げ制御期間T1とピークレベル制御期間T2の和の(T1+T2)時間は15ミリ秒以下とし、前記立ち上げ制御期間T1とピークレベル制御期間T2と温度維持制御期間T3の和の(T1+T2+T3)時間は20ミリ秒以下としたことを特徴とする抵抗溶接方法。
【0011】
〈構成5〉
構成2乃至4のいずれかに記載の抵抗溶接方法において、前記立ち上げ制御期間T1とピークレベル制御期間T2の間に、溶接部温度が融点以上であって、許容値以下の温度に達する最大の溶接電流を供給し、その後、適切なサイズのナゲットが形成されるまで、溶接電流を漸減させることを特徴とする抵抗溶接方法。
【0012】
〈構成6〉
構成5のいずれかに記載の抵抗溶接方法において、前記ピークレベル制御期間T2経過後の溶接電流値から、前記電流遮断時刻t3における溶接電流の終了値まで、溶接電流を段階的に漸減することを特徴とする抵抗溶接方法。
【0013】
〈構成7〉
溶接制御電源装置と溶接トランスと抵抗溶接機本体と溶接条件データベースを記憶した記憶装置とを備え、前記抵抗溶接機本体は、重ね合せた溶接材を加圧して溶接電流を流す一対の電極と、これらの電極に所望の加圧力を与える機構を備え、前記溶接制御電源装置は、前記記憶装置に記憶された溶接条件データベースから、溶接電流のレベルと供給タイミングを指定するデータを読み出して、前記一対の電極を介して前記溶接材に溶接電流を供給するためのものであって、溶接電流供給開始時刻t0からその後の時刻t1までの、電流増加率が最大の部分を立ち上げ制御期間T1と呼び、これに続く時刻t1から時刻t2までの、ピーク電流値C1に近い所定レベルの電流を維持する期間をピークレベル制御期間T2と呼び、その後の時刻t2から電流遮断時刻t3に至るまでの期間を、温度維持制御期間T3と呼ぶとき、前記前記溶接制御電源装置は、前記立ち上げ制御期間T1は10ミリ秒以下とし、前記立ち上げ制御期間T1とピークレベル制御期間T2の和の(T1+T2)時間は15ミリ秒以下とするように、前記溶接電流を制御することを特徴とする溶接装置。
【発明の効果】
【0014】
〈構成1の効果〉
通電時間を大幅に短縮しても良好な溶接をすることができる。したがって、溶接トランスの小型化、電極の耐久性、冷却装置の簡素化等による生産性の飛躍的な向上と省エネルギーを実現できる。
〈構成2の効果〉
溶接初期の溶接電流を短時間で立ち上げると、従来と比較して大幅に供給電力量の節約ができる。
〈構成3の効果〉
溶接初期の溶接電流を短時間で立ち上げると、ナゲット形成のための時間がより短縮できる。
〈構成4の効果〉
材料の性質によるが、合計の溶接時間をきわめて短時間に圧縮できる。
〈構成5の効果〉
全体として溶接時間を短縮すると溶接電流の制御が難しくなるが、初期に最大の溶接電流を供給して溶接電流を漸減させる方法によれば、比較的制御が容易になる。
〈構成6の効果〉
構成5において、溶接電流を段階的に漸減する制御をすればよい。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】抵抗溶接装置の溶接部の主要部側面図である。
【図2】本発明に係る溶接装置のブロック図である。
【図3】溶接装置の回路図例である。
【図4】抵抗溶接方法による溶接電流の時間変化と電流の流れに伴う電極変位を示す説明図である。
【図5】溶接電流供給開始から15msec後のナゲットの状態を示す溶接部主要部断面図である。
【図6】鋼板2枚を重ねて通電時間40msec で溶接を行った事例を示す説明図である。
【図7】本発明と従来方法のナゲット径と引張強度を測定した事例の比較説明図である。
【図8】本発明と従来方法の溶接エネルギーを測定した事例の比較説明図である。
【図9】本発明と従来の溶接方法による溶接部の中心部の温度変化を比較した説明図である。
【図10】ナゲット周辺の温度分布例を比較した説明図である。
【図11】実施例2の溶接電流制御方法の説明図である。
【図12】冷間圧延鋼板をピーク電流値C1が14000A加熱終了時電流値C2が10000Aで制御した結果説明図である。
【図13】ステンレス板をピーク電流値C1が14000A加熱終了時電流値C2が10000Aで制御した結果説明図である。
【図14】溶接トランスの具体的な動作を説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【実施例1】
【0017】
以下に本発明の実施の形態を添付図面に基づいて説明する。
図2は本発明に係る溶接装置のブロック図、図3は溶接装置の溶接制御電源装置部分の回路図例である。図3は、溶接制御電源装置112と溶接トランス114と抵抗溶接機本体118の結線図例である。
【0018】
本発明に係る抵抗溶接方法を実施する溶接装置は、図1に示したものと同様に、重ね合せた溶接材120A、120Bを加圧して溶接電流を流す一対の電極122A、122Bと、これらの電極122A、122Bに所望の加圧力を与える抵抗溶接機本体118を備える。
【0019】
溶接制御電源装置112と溶接トランス114は、この抵抗溶接機本体118により加圧された溶接材120A、120Bに電極122A、122Bを介して所望の溶接電流を供給するためのものである。溶接条件データベースを記憶した記憶装置116には、溶接制御電源装置112による溶接電流のレベルや供給タイミング等を指定するデータが記憶されている。
【0020】
図1で説明したように、溶接の過程で一対の電極122A、122B間の2枚の溶接材120A、120Bの接合面が溶融してナゲット124が生成される。溶接材に接する電極の端面は、例えば、球面または緩やかな円錐台形をしている。
【0021】
抵抗溶接が良好ならば、溶接部に形成されるナゲット形状も電極端面の形状にならうので、ほぼ円形になり、全体として円盤状のものになる。この場合、ナゲットの大きさはその直径(ナゲット径)で示される。
【0022】
溶接制御電源装置112は、例えば、10khzの分解能で溶接トランス114の2次電流を制御する。溶接トランス114は、5000A〜20000A程度の溶接電流を供給できるもので、後でその具体的な構造を例示する。従来の溶接トランスは1kHz程度の分解能で制御されていたから、この装置は、溶接初期の溶接電流を従来の10分の1程度の時間単位(分解能)で、溶接電流を増減制御できる。
【0023】
図4(a)は本発明に係る抵抗溶接方法による溶接電流の時間変化と電流の流れに伴う電極変位を示す説明図である。
図1に示したような溶接材に溶接電流を供給すると、溶接材の接点に流れる電流により、溶接材が溶融を開始する。本発明の溶接方法では、溶接電流が通電開始から5msec(ミリ秒)以内で最大値になるように溶接初期の溶接電流を制御し、前記溶接電流の通電開始から50msec以下の通電時間で溶接を終了する。
【0024】
図4の例では、15msecで溶接を完了している。2枚の溶接材120A、120Bの接合面に生成されるナゲット124は、溶接の過程で漸次、径方向および厚さ方向に膨張し電極を押圧して変位させる力が生じる。この電極の変位を測定すると、ナゲットの成長の過程を間接的に測定できる。
【0025】
図4(a)は、5msec以内に溶接電流を最大値まで急速に立ち上げた場合の溶接部分の成長過程を示している。図4(b)は、従来方法により、溶接時間が300msec程度でゆっくりと溶接電流を立ち上げた場合の溶接部分の成長過程を示している。なお、図4(b)は、溶接開始後15msec分しか、データを表示していない。
【0026】
図4(a)、(b)は、溶接初期の溶接電流がどのように溶接性に影響するかを比較して示している。この事例では、溶接材として板厚1.2mmの冷間圧延鋼板(SPC)を使用し、この鋼板2枚を重ねて溶接している。
【0027】
図4(a)に示すように、溶接初期の5msecの通電時間における電極変位量を観測すると、溶接電流の立上がりを速くした場合は、5msecで電極変位量が20μmに達した。
【0028】
一方、図4(b)のような制御をした場合には、5msecで電極変位量が5μmである。15msecでは、目的とするナゲットを形成できない。このデータにより、溶接初期の溶接電流の立ち上がりを急速にするだけで電極変位が約4倍も違ってくることがわかる。
【0029】
図5(a)は、図4(a)のような溶接をした場合の、溶接電流供給開始から15msec後のナゲット125の状態を示す溶接部主要部断面図である。図5(b)は、図4(b)のような溶接をした場合の、溶接電流供給開始から15msec後のナゲット125の状態を示す溶接部主要部断面図である
図5(a)、(b)に示される、溶接開始から通電時間15msec後におけるナゲット径と引張強度を測定したところ、図5(a)の場合は、ナゲット径D1は4mm、引張強度4.8KN(キロニュートン)である。これに対して、図5(b)の場合は、ナゲット径D2が3mm、引張強度3.0KNであった。
【0030】
一般的な溶接品質指標を参考としてナゲット径=4√tを基準値とし、この基準値を超えた場合を良品とし、未満の場合を不良品とする。ナゲット径=4√tに板厚t=1.2mmを代入しナゲット径=4.3mmを基準値とすると、図5(a)の場合は、ナゲット径が基準値にほぼ近い値である。一方、図5(b)の場合はナゲット径が基準値よりもかなり小さく、より時間をかけてナゲットを成長させなければならない。即ち、従来の場合には、300msecといった長時間の溶接電流が必要になる。
【0031】
図6は、溶接材として板厚1.2mmの冷間圧延鋼板(SPC)を使用し、この鋼板2枚を重ねて通電時間40msec で溶接を行った事例を示している。
本発明に係る抵抗溶接方法を実施した場合は、ナゲット径は最大4.17mm、ナゲット深さは最大1.73mm、電極変位量は最大89.8μmの数値となった。
【0032】
図7は、被溶接材として板厚0.6mmの電気亜鉛めっき鋼板を使用したときの、ナゲット径と強度の測定例である。図中のA部分は、本発明の溶接方法を使用した例で、通電時間を40msec(2サイクル)の微少時間で溶接をしたときのナゲット径と引張強度を測定した事例である。図中のB部分は、従来の溶接方法を使用した例で、通電時間を220msec(11サイクル)で溶接したときのナゲット径と引張強度を測定した事例である。
【0033】
本発明の溶接方法の実施例は、従来の溶接方法の実施例と比べて約1/5の通電時間で同程度のサイズで同程度の強度のナゲットが形成できる。これは、従来の溶接方法と比較して本発明の溶接方法が、飛躍的な省エネルギーを実現できることを示している。
【0034】
図8は、被溶接材として板厚0.6mmの電気亜鉛めっき鋼板を使用したときの、溶接エネルギの測定例である。図中のA部分は、本発明の溶接方法を使用した例で、通電時間を40msec(2サイクル)の微少時間で溶接をしたときの溶接エネルギーを測定した事例である。図中のB部分は、従来の溶接方法を使用した例で、通電時間を220msec(11サイクル)で溶接したときの溶接エネルギーを測定した事例である。
【実施例2】
【0035】
図9は、本発明と従来の溶接方法による溶接部の中心部の温度変化を、溶接エネルギーに着目して比較した説明図である。
従来は、曲線Bのように、溶接部がゆっくりと温度上昇をし、溶接部の温度が溶接材の融点を越えるとナゲットの生成が開始される。NT2時間でナゲットは適切なサイズまで成長して、ここで溶接電流を止める。なお、ナゲットとは、溶接により溶融してその後固化した部分のことを指す、碁石のような形状の部分であるが、ここでは固化する前の状態の溶融した部分もナゲットと呼ぶことにする。
【0036】
本発明の方法では、曲線Aのように、短時間で急激に溶接部の温度を上昇させる。融点を越えた後も許容値(摂氏t度)まで一気に温度を上昇させて、急速にナゲットを成長させる。これにより、NT2時間よりも十分に短いNT1時間でナゲットが適切な大きさまで成長する。
【0037】
なお、曲線Bのような溶接電流の立ち上がり速度では、上記の摂氏t度まで温度上昇させる前にナゲットが適切なサイズまで成長してしまう。即ち、融点を越えた高い温度でナゲットを成長させることができない。また、曲線Aの方法(本発明の方法)と曲線Bの方法(従来方法)とを比較したとき、従来は溶接部の温度が溶接材の融点に達するまでにDT2時間かかっていたが、本発明ではDT1時間で融点に達する。
【0038】
図10はナゲット周辺の温度分布例を比較した説明図である。
本発明の方法では、図9に示したDT1+NT1時間が15msec、従来法では図9に示したDT2+NT2時間が100msec以上である。両者の間に大きな開きがある。溶接部から単位時間あたりに外部に逃げる熱量は、溶接部や冷却装置の構造により決まるほぼ一定値である。本発明のように短時間で加熱をして溶接を完了すると、図10の(a)に示すように、ナゲット124の周辺の小領域を一気に加熱するだけでよい。これに対して溶接時間が長くなると、図10の(b)に示すように、ナゲット124の周辺全体に熱が広がって、熱損失が増える。
【0039】
なお、金、銀、銅、アルミニュームのような熱伝導率の良い金属に対して、鉄、コバルト、ニッケル、クロム、スズといった金属やこれらを含む合金は、熱伝導率が5分の1程度である。こうした熱伝導率が低いほうの金属を5000アンペア以上の大電流で溶接するような場合に、図10に示すような傾向が顕著に見られる。実験によれば、DT1+NT1時間を50msec以下、好ましくは20msec以下にすると、図10の(a)に示すような温度分布を達成できることが分かった。
【0040】
溶接時間と溶接部周囲の温度上昇を考慮に入れると、全体として、本発明の方法はエネルギー損失を大幅に減少させることができる。具体的に、厚みが1.0mmの冷間圧延鋼板を2枚重ねて溶接をし、直径4mmのナゲットを形成する場合に、従来は、13V5500Aの溶接電流を300msec供給するようにしていた。概略計算をしてみると、ナゲット形成に必要な賞味のエネルギに対してその150倍のエネルギを供給してしたから、99、5%は熱損失で無駄になっていたということができる。本発明の実施例では、13V14000Aの溶接電流を15msec供給するだけだから、全供給エネルギの5%がナゲット形成に使用される。従って、この例では、従来の約8倍の効率を実現できる。
【0041】
図11は、実施例2の溶接電流制御方法の説明図である。
この実施例で、溶接電流のさらに具体的な制御方法を説明する。図の上部のグラフは、溶接電流の時間変化を示すもので、縦軸は溶接電流(単位A)、横軸は時間の経過(単位msec)を示す。図の下部のグラフは、ナゲット径P(溶融部分の直径)が時間とともに増加していく状態を示し、縦軸はナゲット径あるいはナゲット深さ(単位mm)を示す。上下のグラフの横軸のスケールは一致させてある。
【0042】
図11,12、13は、後で説明する溶接トランスを使用して、実際に、冷間圧延鋼板の溶接を行った場合の溶接電流の時間変化を示している。ここで、以下の説明のために、図のグラフの時間軸を4つに区分する。まず、溶接電流供給開始時刻t0から時刻t2までの電流増加率が最大の部分を、立ち上げ制御期間T1と呼ぶことにする。これに続く、時刻t2から時刻t3までのピーク電流値C1に近い所定レベルの電流を維持する期間をピークレベル制御期間T2と呼ぶことにする。そして、その後の、時刻t2から電流遮断時刻t3に至るまでの期間を温度維持制御期間T3と呼ぶことにする。電流遮断時刻t3以降の期間は、溶接部が自然放冷される期間である。
【0043】
具体的に、本発明の方法では、立ち上げ制御期間T1は10ミリ秒以下、好ましくは5ミリ秒以下が好ましい。これにより、周囲に熱が伝搬する前に狭い領域を一気に加熱できる。また、立ち上げ制御期間T1とピークレベル制御期間T2の和(T1+T2)時間は15ミリ秒以下が好ましい。この間に溶接材の融点を越えた許容値まで溶接部の温度を上昇させる。ナゲットを急速にかつ正常な状態で成長させるために最適な温度まで上昇させる。その後、温度維持制御期間T3で、ナゲットが形成されるまで、一定以上の温度を維持する。(T1+T2+T3)は、50ミリ秒以下、好ましくは20ミリ秒以下である。図10の(a)の状態が崩れる前に溶接を終了させるためである。
【0044】
なお、溶接材の温度を許容値まで上昇させるためのピーク電流値C1と加熱終了時電流値C2は材料の種類に応じて選定する。また、ピークレベル制御期間T2や温度維持制御時間T3も材料の性質に応じて選定する。このデータは、図2に示した溶接条件データベースに含められる。溶接開始時にこのデータが記憶装置116(図2)から読み出されて、溶接電流制御に使用される。
【0045】
抵抗溶接部に供給される熱量は電流の二乗に比例する。融点以上で許容値以下に目標温度を設定する。供給する電流が大きいほど、溶接部は短時間で目標温度に達する。溶接部が目標温度に達した後は、材料の性質に応じた時間だけ、その付近の温度を維持できれば、適切な大きさと深さのナゲットが形成される。これにより、目的とする強度の溶接部が得られる。
【0046】
従来は、溶接トランスの2次回路のインダクタンスにより、5千アンペア以上の溶接電流を急速に立ち上げることが困難であった。しかしながら、後で説明するような溶接トランスにより、5msec以下で、溶接電流を溶接部の加熱に適する電流値に立ち上げることが可能になり、かつ、その後の精密な電流制御が可能になった。
【0047】
図10で説明したように、一定時間内に溶接部から外部に逃げる熱量をQとする。このQと比べて十分に大きな熱量を、短時間に一気に供給することにより、周囲の温度上昇を抑制して溶接部の温度を急速に高めることができる。しかし、溶接部の温度が目標温度に達した後もさらに過剰な熱量を供給し続けると、適切な形状のナゲットを形成できない。溶融した金属が飛散するおそれもある。
【0048】
例えば、冷間圧延鋼板では、融点が約摂氏1500度であるが、摂氏1800度付近を目標温度に設定すれば、安全にナゲットを急成長させることができる。摂氏2000度を越えると弊害がある。従って、立ち上げ制御期間T1を十分に短く設定するとともに、溶接部の温度が目標温度に達したときに、ピークレベル制御を行う。
【0049】
図11のグラフで説明すれば、立ち上げ制御期間T1では、可能な限り速く最大電流に到達するように溶接トランスを制御して電流の立ち上げ速度を速める。溶接電流がピーク電流値C1に近づいたとき、そのままの制御状態を維持すると溶接電流が過大になるおそれもあるため、ピーク電流値C1を越えないでこの電流値を維持できるように時刻t1で制御電流値を調整する。きわめて短時間であり、安定な制御が容易でないから、実際の電流値は若干変動している。
【0050】
時刻t1から時刻t2までの期間で、溶接部を融点以上の目標値にさせる。時刻t2以後は、溶接部の温度を適正範囲に維持できるだけの溶接電流を供給するように制御を切り替える。ピーク電流値C1から加熱終了時電流値C2まで段階的に制御電流を切り下げるように制御する。温度維持制御時間T3は、ナゲットが適切な形状に成長するまで待機する時間である。
【0051】
実験によれば、板厚が1.0mmの冷間圧延鋼板を、ピーク電流値C1が10000A、加熱終了時電流値C2が7000Aで制御したとき、立ち上げ制御期間T1が5msec、立ち上げ制御期間T1とピークレベル制御期間T2の和(T1+T2)が9msec、温度維持制御期間T3が31msecで、良好なナゲットが形成された。即ち、(T1+T2+T3)は40msecであった。
【0052】
図12は、上記と同じ板厚が1.0mmの冷間圧延鋼板を、ピーク電流値C1が14000A、加熱終了時電流値C2が10000Aで制御したときの結果を示す。この例の場合には、立ち上げ制御期間T1が3msec、立ち上げ制御期間T1とピークレベル制御期間T2の和(T1+T2)が9msec、温度維持制御期間T3が6msecで、良好なナゲットが形成された。即ち、(T1+T2+T3)は15msecであった。
【0053】
図13は、板厚が1.0mmのステンレス板を、ピーク電流値C1が14000A、加熱終了時電流値C2が10000Aで制御したときの結果を示す。この例の場合には、立ち上げ制御期間T1が3msec、立ち上げ制御期間T1とピークレベル制御期間T2の和(T1+T2)が6.5msec、温度維持制御期間T3が8.5msecで、良好なナゲットが形成された。即ち、(T1+T2+T3)は15msecであった。
【0054】
図11の例と比較すると、ピークレベル制御期間T2を経過した時刻t2以後は、ナゲットが形成されるべき微少な部分を溶接材の融点の温度以上に維持できればよい。また、ナゲットが成長するにつれて溶融部分の電気抵抗が高まり、一定の電流値を維持しようとすると電気抵抗の上昇分だけ発熱量が増える。従って、発熱量を一定に維持するには、図のように電流値を段階的に低下させる。
【0055】
3msec程度の間に一気に供給電流を最大値近くまで上昇させる能力のある電源を使用すれば、ナゲットの成長速度に応じて溶接電流値を段階的に減少させる制御も可能になる。数ミリ秒といった短時間に数万アンペアまで電流値を立ち上げること自体も容易でないが、その数ミリ秒経過後に、電流値を目標値まで一気に低下させるような精度の高い電流制御も容易でない。従って、溶接トランスの能力の範囲内で溶接電流を急速に立ち上げた後に、この能力の範囲内で、溶接終了まで溶接電流を段階的に切り替えて漸減していく以下に、こうした制御が可能な溶接トランスを例示する。
【0056】
図14は、溶接トランスの具体的な動作を説明する説明図である。
図3を用いて説明した溶接トランスは、この図に示すようなタイミングで制御される。まず、インバータは、図14(a)に示すタイミングで、制御パルスを発生する。この制御パルスにより溶接トランスの一次電流がスイッチング制御される。
【0057】
スイッチングのパルス周期はRmsecで、周波数が10kHzなら、0.1msecの分解能で溶接電流を制御する。図14(b)に示す1次電流は、スイッチングのパルス幅Wに応じて増減する。5msecまで、最大に近い出力で溶接電流を制御し、その後は、上記の実施例のように、溶接電流を5〜10msecだけピークに維持する。
【0058】
溶接トランスの2次コイルのインダクタンスや溶接部の条件等の影響により、スイッチングパルス幅の変化に対して溶接電流の応答が若干遅れるから、図11〜図13のようなよう溶接電流の不規則な変化が現れる。従って、スイッチングパルスの制御タイミングは、溶接材に応じて予め最適条件をみつけておき、上記の溶接条件データベースに記憶させておくことが必要になる。このような溶接トランスを使用して溶接制御をすれば、上記の溶接方法を実現できる。
【0059】
抵抗溶接は長年に渡り多くの産業分野で使われてきたが、大きな技術的革新がなかった。交流式抵抗溶接からインバータ式抵抗溶接に主流が移ったものの、その溶接方法は同じであった。本発明の抵抗溶接方法は、地球環境からも1/10に近い省エネルギー効果や、通電時間を1/5 から1/10 以下に短縮でき飛躍的な生産性向上が可能であることから、大きく技術的な革新ができる。
【0060】
また、本発明によれば、製品全体を高温まで加熱することなく、溶接部近傍のみを一気に高温に加熱するので、製品の熱変形(熱による歪)が減少し製品品質が向上する。さらに、製品の表面まで高熱に加熱しないですむため、溶接部の表面や裏面の過熱による焼けや変形などが減少し、材料の美麗さが保持できるというきわめて重要な効果が得られる。
【0061】
省エネルギー効果は全ての産業に利用できることは勿論、自動車産業などの量産ラインでの通電時間の短縮は生産性の向上による飛躍的なコストダウンが可能である。また、本発明の溶接方法による微少時間での溶接の高精度な制御が溶接品質にも大きく貢献できる。従来にない全く新しい抵抗溶接方法の概念が本発明の特長である。
【符号の説明】
【0062】
112 溶接制御電源装置
114 溶接トランス
116 記憶装置
118 抵抗溶接機本体
120A 鋼板
120B 鋼板
122A 電極
122B 電極
124 ナゲット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接電流が通電開始から5ミリ秒以内で最大値になるように溶接初期の溶接電流を制御し、前記溶接電流の通電開始から50ミリ秒以下の通電時間で溶接を終了することを特徴とする抵抗溶接方法。
【請求項2】
溶接電流供給開始時刻t0からその後の時刻t1までの、電流増加率が最大の部分を立ち上げ制御期間T1と呼び、これに続く時刻t1から時刻t2までの、ピーク電流値C1に近い所定レベルの電流を維持する期間をピークレベル制御期間T2と呼び、その後の時刻t2から電流遮断時刻t3に至るまでの期間を、温度維持制御期間T3と呼ぶとき、
前記立ち上げ制御期間T1は10ミリ秒以下とし、
前記立ち上げ制御期間T1とピークレベル制御期間T2の和の(T1+T2)時間は15ミリ秒以下としたことを特徴とする抵抗溶接方法。
【請求項3】
請求項2に記載の抵抗溶接方法において、
前記立ち上げ制御期間T1とピークレベル制御期間T2と温度維持制御期間T3の和の(T1+T2+T3)時間は、50ミリ秒以下としたことを特徴とする抵抗溶接方法。
【請求項4】
請求項2または3に記載の抵抗溶接方法において、
前記立ち上げ制御期間T1は5ミリ秒以下とし、
前記立ち上げ制御期間T1とピークレベル制御期間T2の和の(T1+T2)時間は15ミリ秒以下とし、
前記立ち上げ制御期間T1とピークレベル制御期間T2と温度維持制御期間T3の和の(T1+T2+T3)時間は20ミリ秒以下としたことを特徴とする抵抗溶接方法。
【請求項5】
請求項2乃至4のいずれかに記載の抵抗溶接方法において、
前記立ち上げ制御期間T1とピークレベル制御期間T2の間に、溶接部温度が融点以上であって、許容値以下の温度に達する最大の溶接電流を供給し、その後、適切なサイズのナゲットが形成されるまで、溶接電流を漸減させることを特徴とする抵抗溶接方法。
【請求項6】
請求項5のいずれかに記載の抵抗溶接方法において、
前記ピークレベル制御期間T2経過後の溶接電流値から、前記電流遮断時刻t3における溶接電流の終了値まで、溶接電流を段階的に漸減することを特徴とする抵抗溶接方法。
【請求項7】
溶接制御電源装置と溶接トランスと抵抗溶接機本体と溶接条件データベースを記憶した記憶装置とを備え、
前記抵抗溶接機本体は、重ね合せた溶接材を加圧して溶接電流を流す一対の電極と、これらの電極に所望の加圧力を与える機構を備え、
前記溶接制御電源装置は、前記記憶装置に記憶された溶接条件データベースから、溶接電流のレベルと供給タイミングを指定するデータを読み出して、前記一対の電極を介して前記溶接材に溶接電流を供給するためのものであって、
溶接電流供給開始時刻t0からその後の時刻t1までの、電流増加率が最大の部分を立ち上げ制御期間T1と呼び、これに続く時刻t1から時刻t2までの、ピーク電流値C1に近い所定レベルの電流を維持する期間をピークレベル制御期間T2と呼び、その後の時刻t2から電流遮断時刻t3に至るまでの期間を、温度維持制御期間T3と呼ぶとき、
前記前記溶接制御電源装置は、
前記立ち上げ制御期間T1は10ミリ秒以下とし、
前記立ち上げ制御期間T1とピークレベル制御期間T2の和の(T1+T2)時間は15ミリ秒以下とするように、前記溶接電流を制御することを特徴とする溶接装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2012−210654(P2012−210654A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−64715(P2012−64715)
【出願日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度経済産業省、戦略的基盤技術高度化支援事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000143112)株式会社向洋技研 (41)