説明

指値注文の執行確率算出システム及び執行確率算出プログラム

【課題】市場動向を正確に反映した確率モデルを生成し、指値注文の執行確率を算出する技術の提供。
【解決手段】証券取引所の約定情報及び気配情報を市場データ記憶部に格納、気配情報の時系列変化に基づいて指値注文情報を抽出し指値注文DBに格納、約定情報及び気配情報の時系列変化に基づいてキャンセル情報を抽出し、キャンセルDBに格納、約定情報及びキャンセル情報に基づき、各指値注文に関して約定、キャンセル、未約定の判定を行い、判定結果を判定結果DBに格納、約定及び未約定の指値注文に係る所定の属性情報を市場データ記憶部の情報に基づいて算出、各指値注文に係る取引の残り時間を算出、各指値注文に係る約定/未約定の判定結果、その数量、残り時間、属性情報を統計的に処理して銘柄毎の確率モデルを生成し、現時点における属性情報、取引の残り時間、指値注文の数量を対応する確率モデルに適用して確率を算出する執行確率算出システム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、指値注文の執行確率算出システム及び執行確率算出プログラムに係り、特に、株式市場に対し特定銘柄に係る特定価格・数量の指値注文を発した場合に、どの程度の確率で約定可能であるかを自動的に算出する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
機関投資家等におけるトレーダは、株式市場に対して日々様々な注文を発し、株式の売買取引を通じた利ざやの確保にしのぎを削っている。
株式売買の注文には、銘柄と数量のみを特定し価格を度外視する成行注文と、銘柄、数量と共に取引価格を特定する指値注文とがあるが、成行注文はできるだけ早く売買を成立させたい事情がある場合に主として行われるものであり、取引によって利益を確保するためには狙いを定めた価格で確実に売買を成立させることが必要であり、その意味では指値注文こそがトレーダの腕の見せ所といえる。
このため、トレーダには取引が成立するぎりぎりの値段を見極めて注文を発することが求められるが、事前にその執行確率をある程度認識することができれば、個人の勘と経験のみに頼る場合に比べ、より客観的・合理的な投資活動が可能となる。
また、株式の売買取引の一部をコンピュータによって自動的に処理することを実現するためにも、その前提として特定の指値注文の執行確率を算出するためのモデルの確立が求められる。
【0003】
【非特許文献1】笹井均・浅野幸弘編「資産運用の最先端理論」(日本経済新聞社、2002年発行) 第5章「指値注文の執行確率」(P127〜155)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、株式市場における売買取引は時々刻々と変化する環境や様々な条件の組合せによって成立するものであるため、指値注文の執行確率を算出するためのモデルを構築するには、前提として市場における指値注文の約定事例及び未約定事例を多数収集し、それぞれの注文内容、発注時点における環境や条件と結果(約定の成否)との相関を統計的に解析する必要がある。
【0005】
しかしながら、証券取引所における個別取引の詳細な情報は一般に公開されていないため、信頼性の高いモデルを構築するための基礎データが絶対的に不足しているのが現状である。
もちろん、機関投資家や証券会社であれば、自身が取り扱った取引案件に関する詳細データをある程度蓄積しているが、いかに大規模な取引を行っている機関投資家や証券会社であっても取引銘柄や発注パターンに偏りが生じているのが普通であり、市場全体の傾向やメカニズムを探るに足るほどの広範なデータを蓄積してはいない。
【0006】
このため、これまでは指値注文の執行確率を算出しようという問題意識自体、ほとんど見られなかった。
唯一、上記の非特許文献1においては東京証券取引所のティックデータから市場参加者の発注行動を再現し、執行確率の決定要因について若干の検討を加えると共に、これらに基づいて指値注文の執行確率を算出することの可能性について言及しているが、これとても学術的な試論の域を脱してはおらず、現実の取引に即応用できるほどの具体性及び完成度を備えてはいない。
【0007】
この発明は、指値注文の執行確率算出に纏わる上記の現状を鑑みて案出されたものであり、現実の市場動向を高精度に反映した確率モデルを生成し、これに基づいて特定の指値注文の執行確率を具体的に算出可能な技術を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するため、請求項1に記載した指値注文の執行確率算出システムは、証券取引所のコンピュータから送信される少なくとも株式の銘柄、日時、価格、数量を含む約定情報と、少なくとも株式の銘柄、日時、売買種別、価格、数量を含む気配情報を、市場データ記憶部に順次格納する手段と、上記気配情報の時系列変化に基づいて指値注文情報を抽出し、少なくともその銘柄、日時、売買種別、価格、数量を固有のIDに関連付けて指値注文記憶部に格納する指値注文抽出手段と、上記約定情報及び気配情報の時系列変化に基づいて指値注文のキャンセル情報を抽出し、少なくともその銘柄、日時、売買種別、価格、数量を固有のIDに関連付けてキャンセル記憶部に格納するキャンセル抽出手段と、上記約定情報及びキャンセル情報に基づき、各指値注文に関して約定、キャンセル、未約定の判定を行い、それぞれの判定結果を判定結果記憶部に格納する約定判定手段と、約定及び未約定の指値注文に係る所定の属性情報を、上記判定結果及び上記市場データ記憶部に格納された情報に基づいて算出する手段と、各指値注文の日時及び証券取引所の取引終了時間に基づいて取引の残り時間を算出する手段と、各指値注文に係る約定または未約定の判定結果、その数量、取引の残り時間、及び上記属性情報を統計的に処理して銘柄毎の確率モデルを生成し、これを確率モデル記憶部に格納する手段と、銘柄、売買種別、価格、数量を特定する指値注文が入力された場合に、その銘柄に基づいて適用すべき確率モデルを選択する手段と、当該指値注文の現時点における必要な属性情報を、上記市場データ記憶部に格納された情報に基づいて算出する手段と、現在時刻及び証券取引所の取引終了時間に基づいて取引の残り時間を算出する手段と、当該指値注文の銘柄、売買種別、価格、数量、取引の残り時間、及び必要な属性情報を上記確率モデルに適用することにより、執行確率を算出する手段とを備えたことを特徴としている。
【0009】
上記指値注文抽出手段は、例えば上記市場データ記憶部に特定の銘柄、売買種別、価格の気配に係る数量の増加を示す気配情報が格納された場合に、当該銘柄、日時、売買種別、価格、数量(増加した分の数量)の指値注文情報を抽出する。
また、上記キャンセル抽出手段は、例えば上記市場データ記憶部に特定の銘柄、売買種別、価格の気配に係る数量の減少を示す情報が格納され、かつその前に減少数量分の約定情報が格納されていない場合に、当該銘柄、日時、売買種別、価格、数量(減少した分の数量)のキャンセル情報を抽出する。
また、上記約定判定手段は、例えば各指値注文に対し時間的・価格的に優先する順に約定数量を割り当てることによってその約定の成否を判定すると共に、時間的・価格的に劣後する順にキャンセル数量を割り当てることによってそのキャンセルの成否を判定し、約定及びキャンセルの何れにも該当しない指値注文を未約定と判定する。
【0010】
銘柄及び売買種別毎に確率モデルを生成して確率モデル記憶部に格納しておき、入力された指値注文の銘柄及び売買種別に応じて適用すべき確率モデルを選択するように構成してもよい。
このように、銘柄のみならず売買種別毎に最適化した確率モデルを準備しておき、執行確率算出時に指値注文の売買種別に応じて適用する確率モデルを切り替えることにより、より正確な執行確率を導くことが可能となる。
【0011】
請求項2に記載した指値注文の執行確率算出システムは、上記属性情報の少なくとも1つが対象となる指値注文に対し時間的・価格的に優先する注文の累積残高であることを特徴としている。
【0012】
請求項3に記載した指値注文の執行確率算出システムは、上記属性情報の少なくとも1つが対象となる指値注文の価格と仲値との価格差を指値注文の価格で除した仲値乖離率であることを特徴としている。
【0013】
請求項4に記載した指値注文の執行確率算出プログラムは、コンピュータを、証券取引所のコンピュータから送信される少なくとも株式の銘柄、日時、価格、数量を含む約定情報と、少なくとも株式の銘柄、日時、売買種別、価格、数量を含む気配情報を、市場データ記憶部に順次格納する手段、上記気配情報の時系列変化に基づいて指値注文情報を抽出し、少なくともその銘柄、日時、売買種別、価格、数量を固有のIDに関連付けて指値注文記憶部に格納する指値注文抽出手段、上記約定情報及び気配情報の時系列変化に基づいて指値注文のキャンセル情報を抽出し、少なくともその銘柄、日時、売買種別、価格、数量を固有のIDに関連付けてキャンセル記憶部に格納するキャンセル抽出手段、上記約定情報及びキャンセル情報に基づき、各指値注文に関して約定、キャンセル、未約定の判定を行い、それぞれの判定結果を判定結果記憶部に格納する約定判定手段、約定及び未約定の指値注文に係る所定の属性情報を、上記判定結果及び上記市場データ記憶部に格納された情報に基づいて算出する手段、各指値注文の日時及び証券取引所の取引終了時間に基づいて取引の残り時間を算出する手段、各指値注文に係る約定または未約定の判定結果、その数量、取引の残り時間、及び上記属性情報を統計的に処理して銘柄毎の確率モデルを生成し、これを確率モデル記憶部に格納する手段、銘柄、売買種別、価格、数量を特定する指値注文が入力された場合に、その銘柄に基づいて適用すべき確率モデルを選択する手段、当該指値注文の現時点における必要な属性情報を、上記市場データ記憶部に格納された情報に基づいて算出する手段、現在時刻及び証券取引所の取引終了時間に基づいて取引の残り時間を算出する手段、当該指値注文の銘柄、売買種別、価格、数量、取引の残り時間、及び必要な属性情報を上記確率モデルに適用することにより、執行確率を算出する手段として機能させることを特徴としている。
【発明の効果】
【0014】
請求項1に記載した指値注文の執行確率算出システム及び請求項4に記載した執行確率算出プログラムにあっては、証券取引所のコンピュータから提供される断片的な気配情報の時系列変化から指値注文情報を仮想的に抽出すると共に、約定情報及び気配情報の時系列変化からキャンセル情報を仮想的に抽出し、指値注文毎にキャンセルの有無及び約定の成否を判定し、約定または未約定の指値注文に係る属性情報を統計的に解析することによって執行確率算出のための確率モデルを生成し、これに基づいて現実の指値注文の執行確率を算出する仕組みを備えている。
このため、抽出される個々の指値注文情報自体は実際の取引と同一ではないとしても、その時点における市場での動きを包括的に体現している。
また、このように仮想的な指値注文情報を証券取引所によって提供される取引情報から広く抽出することにより、膨大な数の約定事例及び未約定事例を収集することが可能となり、上記属性情報として指値注文の約定/未約定の結果に影響を与える因子を適宜選択することにより、取引市場の傾向を強く反映した確率モデルを生成することができる。
この結果、この確率モデルに現時点のデータ及び実際の指値注文のデータを入力することにより、その執行確率を高精度で算出することが可能となる。
【0015】
請求項2に記載した指値注文の執行確率算出システムは、指値注文の執行確率に大きな影響を与える所謂累積優先ブック残高を確率モデル生成の基礎データの1つとして利用すると共に、執行確率算出時には現時点における累積優先ブック残高が算出結果に反映されるため、実際の取引実態により即した執行確率を導くことが可能となる。
【0016】
請求項3に記載した指値注文の執行確率算出システムは、指値注文の執行確率に大きな影響を与える注文価格と仲値との乖離率を確率モデル生成の基礎データの1つとして利用すると共に、執行確率算出時には現時点における仲値乖離率が算出結果に反映されるため、実際の取引実態により即した執行確率を導くことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
図1は、この発明に係る指値注文の執行確率算出システム10の機能構成を示すブロック図であり、市場データ取得部12と、市場データ記憶部14と、指値注文抽出部16と、指値注文DB18と、キャンセル抽出部20と、キャンセルDB22と、約定判定部24と、判定結果DB26と、注文属性算出部28と、注文属性DB30と、確率モデル生成部32と、確率モデルDB34と、執行確率算出部36とを備えている。
【0018】
上記市場データ取得部12、指値注文抽出部16、キャンセル抽出部20、約定判定部24、注文属性算出部28、確率モデル生成部32、執行確率算出部36は、コンピュータのCPUが、OS及び専用のアプリケーションプログラム等に従い、必要な処理を実行することによって実現される。
また、上記市場データ記憶部14、指値注文DB18、キャンセルDB22、判定結果DB26、注文属性DB30、確率モデルDB34は、同コンピュータのハードディスク内に設けられている。
【0019】
市場データ取得部12には、ISDN等の通信網38を介して証券取引所のコンピュータ40が接続されており、時々刻々と変化する市場の取引データ(ティックデータ)がコンピュータ40から市場データ取得部12に送信される。
また、上記執行確率算出部36には、LANやインターネット等を介して、トレーダが操作する取引端末42が接続されている。
この取引端末42も、通信網38を介して証券取引所のコンピュータ40と接続されており、送信された取引データが所定の形式に加工された上でディスプレイに表示される。
【0020】
図2は、証券取引所のコンピュータ40から送信される取引データの構成を示すものであり、株式の銘柄や取引日時、情報の種別(約定/買気配/売気配の別)、価格、数量を示す項目が含まれている。
コンピュータ40からは、上記のように取引の結果を示す必要最小限のデータが細切れに送信されるため、各取引データを集計すると共に、これらを人間が理解しやすい状態に整形した画面を生成し、これをディスプレイに表示させる機能を備えた専用のアプリケーションプログラムが、予め取引端末42にセットアップされている。
【0021】
図3(a)は、この画面の一例を示すものであり、特定銘柄に関する売気配と買気配を二次元的に配置させた所謂「板」が画面上に描画されている。
この板44においては、売気配と買気配の間に価格表示帯46が設けられており、各気配の価格(気配値)が表示されている。また、各気配の数量は棒グラフの長さ及び数値によって表現される(図示の便宜上、数値は省略)。
例えば、ASK(売気配)の側には102円〜106円の間に気配が存在しているのに対し、BID(買気配)の側には98円〜94円の間に気配が存在していることを図3(a)は示している。
また、売気配の中で最も価格が安く取引が成立し易いものを最良売気配と称し、買気配の中で最も価格が高く取引が成立し易いものを最良買気配と称する。
さらに、最良売気配と最良買気配との価格差をスプレッドと称し、その中間に位置する価格を仲値と称する。
図3(a)の場合には、最良売気配=102円、最良買気配=98円、スプレッド=4円、仲値=100円となる。
取引所のコンピュータ40からは、一般に複数の気配データが送信される。例えば、東京証券取引所のコンピュータからは、売と買毎に最良気配を含めて上位5つの気配データ(所謂5本値)が配信される。
【0022】
この状態の板44に対し、例えば(1)の約定データ(102円/50株)及び(2)の約定データ(98円/30株)が新たに送信されると、取引端末42のアプリケーションプログラムは、これらを反映させた図3(b)の画面を生成し、ディスプレイに表示させる。
この新たな画面の板44においては、(1)の約定データに従い120株あった102円の売気配が70株に減少(−50株)すると共に、(2)の約定データに従い70株であった98円の買気配が40株に減少(−30株)している。
【0023】
つぎに、図4のフローチャートに従い、このシステム10の処理手順について説明する。
まず、証券取引所が開いている間中、コンピュータ40からシステム10に対して時々刻々と変化する株取引のデータが送信される。
これを取り込んだ市場データ取得部12は、所定の形式に加工した上で、市場データ記憶部14に蓄積する(S10)。
市場データ記憶部14内には、図5に示すように、約定情報テーブル、買気配情報テーブル、売気配情報テーブルが設けられている。
これらの中、約定情報テーブルにはコンピュータ40から送信された取引データがほぼそのままの形で登録されているのに対し、買気配情報テーブル及び売気配情報テーブルには、コンピュータ40から送信された取引データが気配の順位(1〜5)に従って整列された状態で登録されている。
【0024】
このシステム10においては、所定のタイミング(例えば毎日夜間)毎に、過去一定期間(例えば6ヶ月)分の蓄積データを用い、銘柄別の執行確率モデルが生成・更新される。
まず、上記のタイミングが到来すると同時に指値注文抽出部16及びキャンセル抽出部20が起動し、市場データ記憶部14内の蓄積データから指値注文情報及びキャンセル情報を抽出すると共に、それぞれを指値注文DB18及びキャンセルDB22に格納する(S12、S14)。
【0025】
すなわち、証券取引所のコンピュータ40からは、図2に示したように、取引の結果を示す細切れのデータが送信されるに過ぎない。
例えば、(2)の取引データ(買気配情報)の場合、銘柄:ABCDに関する94円の買気配が100株になったことを示すのみであり、それが指値注文によるものか、成行注文によるものか、あるいはキャンセルの結果であるのかについては明示されていない。
(3)の取引データ(売気配情報)の場合も、銘柄:ABCDに関する103円の売気配が50株になったことを示すのみであり、それが指値注文によるものか、成行注文によるものか、あるいはキャンセルの結果であるのかについては明示されていない。
また、(1)の取引データ(約定情報)の場合にも、銘柄:ABCDに関し103円で50株の売買が成立したことを示すのみであり、具体的にどの注文について約定されたのかについては明示されていない。
このため、このシステム10においては、所定のロジックに基づいて上記のような市場データの変化の中から指値注文及びそのキャンセルを推定的に抽出する方式を採用している。
【0026】
例えば、図6に示すように、ある銘柄の99円の買気配が時刻tからt+1の間に増加した場合、指値注文抽出部16はその増加株数(1)を買の指値注文と認定し、図7に示すように、その銘柄、日付、時刻、売買種別、気配値、数量を固有の指値IDに関連付けて指値注文DB18に格納する。
また、時刻tにおいて存在しなかった100円の売気配が時刻t+1において出現した場合にも、指値注文抽出部16はその増加株数(2)を売の指値注文と認定し、上記と同様に指値注文DB18に格納する。
【0027】
これに対し、102円の売気配が時刻tから時刻t+1にかけて減少している場合、キャンセル抽出部20はその減少株数(3)を売のキャンセル分と認定し、図8に示すように、その銘柄、日付、時刻、売買種別、気配値、数量を固有のキャンセルIDに関連付けてキャンセルDB22に格納する。
また、時刻tにおいて存在していた98円の買気配が時刻t+1において消滅した場合にも、キャンセル抽出部20はその減少株数(4)を買のキャンセル分と認定し、上記と同様にキャンセルDB22に格納する。
ただし、図9に示すように、時刻tから時刻t+1の間に「約定/101円/100株」の取引データ(約定情報)が存在しており、時刻t+1において101円の気配に関し同株式数の減少が生じていた場合、キャンセル抽出部20は「買の成行注文が入り約定したことによる減少であり、指値注文のキャンセルによって減少したものではない」と認定し、キャンセルDB22にキャンセル分として登録することを見合わせる。
【0028】
上記のようにして、市場データ記憶部14内の所定期間分の蓄積データから指値注文の抽出及び指値注文のキャンセルの抽出を完了させた後、約定判定部24が起動し、指値注文DB18内の各指値注文に対し約定の成否及びキャンセルの有無を判定する(S16)。
すなわち、市場データ記憶部14の約定情報テーブルに蓄積された約定情報及びキャンセルDB22に蓄積されたキャンセル情報は、何れも指値注文DB18に登録された指値注文と一対一で対応するものではない。
このため、ある約定株数やキャンセル株数をどの指値注文に振分けるべきかが問題となる。
そこで、このシステム10においては所定の振分けルールを適用することにより、約定株数及びキャンセル株数を個々の指値注文に振分ける方式を採用している。
【0029】
図10は、約定分を振分ける際のルールを示したものである。
まず、(1)の時点である指値注文(3株)の前に5株の優先ブック(時間的に優位に立つ指値注文)が存在した場合において、(2)の時点で3株の約定があったときには優先ブックに対してその全てが割り当てられる結果、優先ブックが2株に減少する。
つぎに、(3)の時点で4株の約定が生じると、優先ブックが消滅すると同時に、目的の指値注文にも2株分が割り当てられ、残り1株となる。
(4)の時点では、目的の指値注文よりも劣位に立つ4株の劣後ブックが発生している。
そして、(5)の時点で2株の約定が生じると、目的の指値注文全てが約定となり、この時点において当該指値注文について約定完了と認定される。
【0030】
図11は、キャンセル分を振分ける際のルールを示したものである。
まず、(1)の時点である指値注文(3株)の前に5株の優先ブックが存在し、その後に4株の劣後ブックが存在した場合において、(2)の時点で3株のキャンセルがあったときには劣後ブックに先にキャンセル分が振分けられ、劣後ブックが1株に減少する。
つぎに、(3)の時点で2株の劣後ブックが追加された後、(4)の時点で5株のキャンセルが発生した場合、劣後ブックがゼロになると同時に、目的の指値注文についても2株分のキャンセルが割り当てられ、残り1株となる。
そして、(5)の時点で2株のキャンセルが発生すると、目的の指値注文全てがキャンセルとなり、この時点において当該指値注文についてキャンセル完了と認定される。
【0031】
なお、現実の取引においては、優先ブックの中からキャンセルするものも出てくる筈であるが、証券取引所のコンピュータ40から提供される限られた取引データからこれを読み取ることは不可能である。
このため、このシステム10においては、「約定の可能性が高い優先ブックよりも約定の可能性が低い劣後ブックの方がキャンセル率が高い」という経験則に則り、上記のように所謂「後入れ先出し」のルールを採用している。
【0032】
約定判定部24は、以上のルールにしたがって全ての指値注文について約定及びキャンセルの判定を行い、何れの判定もつかないものに対しては「未約定」、すなわち約定もキャンセルもすることなく、そのまま取引終了時刻が到来して残された注文と認定する。
そして約定判定部24は、上記の判定結果を各指値IDに関連付けて判定結果DB26に格納する(S18)。
図12はそのデータ項目例を示すものであり、判定結果の項目には約定、未約定、キャンセルの何れかが記録されている。
【0033】
つぎに注文属性算出部28が起動し、判定結果DB26内においてキャンセルが記録された指値注文以外の、約定または未約定の指値注文を抽出すると共に(S20)、各指値注文に係る所定の属性情報を市場データ記憶部14内の情報等に基づいて算出する(S22)。
図13は、注文属性算出部28によって実行される演算処理を図示したブロック図であり、ここでは買最良気配数量算出、売最良気配数量算出、スプレッド算出、残り時間算出、累積優先ブック残高算出、仲値乖離率算出、注文時点相対出来高算出、注文時点リターン算出、直近5分間相対出来高算出、直近5分間リターン算出の各処理が例示されている。
【0034】
「買最良気配数量」及び「売最良気配数量」に関しては、各指値注文が発生した時点の板上における買最良気配数量及び売最良気配数量が注文属性算出部28によって抽出される。一般に、買最良気配数量が多いと買の指値注文の執行確率が低下するのに対し売の指値注文の執行確率が上昇し、売最良気配数量が多いと売の指値注文の執行確率が低下するのに対し買の指値注文の執行確率が上昇する傾向がみられるため、執行確率算出の基礎データとしてこれらの属性情報が抽出される。
「スプレッド」は、上記板における買最良気配と売最良気配間の価格差を指値注文の価格で除した結果であり、百分率で表現される。スプレッドが大きいほど、そこに新たな指値注文が介入する可能性が増すため、執行確率が低下するものと考えられる。
「残り時間」は、指値注文が発生した時点における取引の残り時間を意味する。残り時間が長いほど、執行確率が高まる傾向が一般にある。この残り時間は、各指値注文の日時と証券取引所の取引終了時間(前引けまたは大引け)に基づいて算出される。
「累積優先ブック残高」は、当該指値注文よりも時間的かつ価格的に優位に立つ指値注文の総数を意味する。これが多いほど、執行確率が低下する傾向がみられる。
「仲値乖離率」は、上記板における仲値との価格差を指値注文の価格で除した結果であり、百分率で表現される。乖離率が大きいほど、執行確率が低下するものと考えられる。
「注文時点相対出来高」は、当該指値注文が発生した時点での当日の出来高と、同時刻における過去21営業日の平均出来高との差(±)を意味する。当日の出来高が相対的に多い場合、その後の出来高も多くなると想定されるため、執行確率も高まると考えられる。
「注文時点リターン」は、当該指値注文が発生した時点での価格と前日終値との比率(±)を意味する。前日終値に比べて現在の価格が下がっている場合、モーメントの効果で買注文の執行確率が高まり、逆の場合には売注文の執行確率が高まるものと考えられる。
「直近5分間相対出来高」は、当該指値注文が発生した時点での直近5分間の出来高と、同時刻における過去21営業日の平均出来高との差(±)を意味する。
「直近5分間リターン」は、当該指値注文が発生した時点での価格と、5分前の価格との比率(±)を意味する。
【0035】
注文属性算出部28は、市場データ記憶部14内の蓄積データ等に基づき、各指値注文毎に上記の属性情報を算出し、その結果を注文属性DB30に格納する(S24)。
図14は、その登録例を示すものである。
【0036】
つぎに確率モデル生成部32が起動し、判定結果DB26に格納された各指値注文の数量及び判定結果と、注文属性DB30に格納された各指値注文の属性情報を基にモデルパラメータ(回帰係数)を算出する(S26)。
すなわち、指値注文の執行確率は次式に示す通り、共変量が11個ある二項ロジットモデル(ロジスティック回帰モデル)を用いて算出される。
【数1】

p :執行確率
βi:モデルパラメータ
i:共変量
【0037】
このため確率モデル生成部32は、判定結果DB26に格納された指値注文毎に、「約定」の場合には執行確率pに1を、「未約定」の場合には0を代入すると共に、共変量x1に判定結果DB26に格納された注文数量を、またx2〜x11に注文属性DB30に格納された属性情報を代入し、これら多数組のサンプルに対してロジスティック回帰を行うことにより、1つのパラメータの組{βi}を決定し、確率モデルDB34に格納する(S28)。
図15はその登録例を示すものであり、銘柄及び売買種別毎にモデルパラメータの組が登録されている。
【0038】
上記のモデルパラメータは、執行確率算出部36が特定の指値注文の執行確率を算出する際に利用される。
すなわち、トレーダが取引端末42から執行確率算出部36に対して銘柄、売買種別、価格、数量を特定した執行確率算出リクエストを送信すると、これを受信した執行確率算出部36は(S30)、確率モデルDB34から銘柄及び売買種別にマッチする執行確率モデル(一組のモデルパラメータβ0〜β11)を抽出する(S32)。
つぎに執行確率算出部36は、市場データ記憶部14から現時点における必要な属性情報(共変量x2〜x4、x6〜x11)を算出する(S34)。この際、トレーダが入力した指値注文の価格は、累積優先ブック残高(x6)及び仲値乖離率(x7)の算出に利用される。
また執行確率算出部36は、当日の取引終了時刻(前引けまたは大引け)から現在時刻を減ずることによって残り時間(x5)を算出する(S36)。
つぎに執行確率算出部36は、これらの属性情報(x2〜x11)をトレーダが入力した指値注文の数量(x1)と共に上記の数1に代入することにより、執行確率pを算出する(S38)。
この算出結果は取引端末42に送信され(S40)、ディスプレイに表示される。
この結果、トレーダは市場に対して指値注文を実際に発する前に、その執行確率を認識することが可能となる。
【0039】
このシステム10にあっては、上記のように証券取引所のコンピュータ40から提供される断片的な取引データから指値注文を仮想的に抽出すると共に、各指値注文のキャンセルの有無及び約定の成否を判定し、約定または未約定の指値注文に係る属性情報を統計的に解析することによって執行確率のモデルパラメータを算出し、これに基づいて現実の指値注文の執行確率を算出する仕組みを備えている。
このため、抽出される個々の指値注文自体は実際の取引と必ずしもイコールではないが、その時点における市場での動きを包括的に体現している。
また、このように仮想的な指値注文を取引データから広く抽出することにより、膨大な数の約定事例及び未約定事例を収集することが可能となり、これらに基づいてモデルパラメータを導出することで取引市場の傾向を強く反映した確率モデルを構築することが可能となる。
この結果、この確率モデルに現時点のデータ及び実際の指値注文のデータを入力することにより、その執行確率を高精度で算出することが可能となる。
【0040】
上記においては、指値注文の執行確率に影響を与える属性情報として注文数量、買最良気配数量、売最良気配数量、スプレッド、残り時間、累積優先ブック残高、仲値乖離率、注文時点相対出来高、注文時点リターン、直近5分間相対出来高、直近5分間リターンを採用する例を説明したが、この発明はこれに限定されるものではなく、これらの中の幾つかの組合せ、あるいは他の属性情報との組合せに基づいて確率モデルを生成することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】指値注文の執行確率算出システムの機能構成を示すブロック図である。
【図2】証券取引所のコンピュータから送信される取引データの構成を示す模式図である。
【図3】特定銘柄に係る売気配と買気配を二次元的に表現した状態を示す画面レイアウト図である。
【図4】指値注文の執行確率算出システムの処理手順を示すフローチャートである。
【図5】市場データ記憶部における登録情報を示す説明図である。
【図6】指値注文及びキャンセルを抽出する際のロジックを示す説明図である。
【図7】指値注文DBにおける登録情報を示す説明図である。
【図8】キャンセルDBにおける登録情報を示す説明図である。
【図9】成行注文に基づく約定とキャンセルとを区別するためのロジックを示す説明図である。
【図10】約定分の株式を各指値注文に振分ける際のルールを示す説明図である。
【図11】キャンセル分の株式を各指値注文に振分ける際のルールを示す説明図である。
【図12】判定結果DBにおける登録情報を示す説明図である。
【図13】注文属性算出部によって実行される演算処理を示すブロック図である。
【図14】注文属性DBにおける登録情報を示す説明図である。
【図15】確率モデルDBにおける登録情報を示す説明図である。
【符号の説明】
【0042】
10 指値注文の執行確率算出システム
12 市場データ取得部
14 市場データ記憶部
16 指値注文抽出部
18 指値注文DB
20 キャンセル抽出部
22 キャンセルDB
24 約定判定部
26 判定結果DB
28 注文属性算出部
30 注文属性DB
32 確率モデル生成部
34 確率モデルDB
36 執行確率算出部
38 通信網
40 証券取引所のコンピュータ
42 トレーダの取引端末
44 板
46 価格表示帯

【特許請求の範囲】
【請求項1】
証券取引所のコンピュータから送信される少なくとも株式の銘柄、日時、価格、数量を含む約定情報と、少なくとも株式の銘柄、日時、売買種別、価格、数量を含む気配情報を、市場データ記憶部に順次格納する手段と、
上記気配情報の時系列変化に基づいて指値注文情報を抽出し、少なくともその銘柄、日時、売買種別、価格、数量を固有のIDに関連付けて指値注文記憶部に格納する指値注文抽出手段と、
上記約定情報及び気配情報の時系列変化に基づいて指値注文のキャンセル情報を抽出し、少なくともその銘柄、日時、売買種別、価格、数量を固有のIDに関連付けてキャンセル記憶部に格納するキャンセル抽出手段と、
上記約定情報及びキャンセル情報に基づき、各指値注文に関して約定、キャンセル、未約定の判定を行い、それぞれの判定結果を判定結果記憶部に格納する約定判定手段と、
約定及び未約定の指値注文に係る所定の属性情報を、上記判定結果及び上記市場データ記憶部に格納された情報に基づいて算出する手段と、
各指値注文の日時及び証券取引所の取引終了時間に基づいて取引の残り時間を算出する手段と、
各指値注文に係る約定または未約定の判定結果、その数量、取引の残り時間、及び上記属性情報を統計的に処理して銘柄毎の確率モデルを生成し、これを確率モデル記憶部に格納する手段と、
銘柄、売買種別、価格、数量を特定する指値注文が入力された場合に、その銘柄に基づいて適用すべき確率モデルを選択する手段と、
当該指値注文の現時点における必要な属性情報を、上記市場データ記憶部に格納された情報に基づいて算出する手段と、
現在時刻及び証券取引所の取引終了時間に基づいて取引の残り時間を算出する手段と、
当該指値注文の銘柄、売買種別、価格、数量、取引の残り時間、及び必要な属性情報を上記確率モデルに適用することにより、執行確率を算出する手段と、
を備えたことを特徴とする指値注文の執行確率算出システム。
【請求項2】
上記属性情報の少なくとも1つが、対象となる指値注文に対し時間的・価格的に優先する注文の累積残高であることを特徴とする請求項1に記載の指値注文の執行確率算出システム。
【請求項3】
上記属性情報の少なくとも1つが、対象となる指値注文の価格と仲値との価格差を指値注文の価格で除した仲値乖離率であることを特徴とする請求項1または2に記載の指値注文の執行確率算出システム。
【請求項4】
コンピュータを、
証券取引所のコンピュータから送信される少なくとも株式の銘柄、日時、価格、数量を含む約定情報と、少なくとも株式の銘柄、日時、売買種別、価格、数量を含む気配情報を、市場データ記憶部に順次格納する手段、
上記気配情報の時系列変化に基づいて指値注文情報を抽出し、少なくともその銘柄、日時、売買種別、価格、数量を固有のIDに関連付けて指値注文記憶部に格納する指値注文抽出手段、
上記約定情報及び気配情報の時系列変化に基づいて指値注文のキャンセル情報を抽出し、少なくともその銘柄、日時、売買種別、価格、数量を固有のIDに関連付けてキャンセル記憶部に格納するキャンセル抽出手段、
上記約定情報及びキャンセル情報に基づき、各指値注文に関して約定、キャンセル、未約定の判定を行い、それぞれの判定結果を判定結果記憶部に格納する約定判定手段、
約定及び未約定の指値注文に係る所定の属性情報を、上記判定結果及び上記市場データ記憶部に格納された情報に基づいて算出する手段、
各指値注文の日時及び証券取引所の取引終了時間に基づいて取引の残り時間を算出する手段、
各指値注文に係る約定または未約定の判定結果、その数量、取引の残り時間、及び上記属性情報を統計的に処理して銘柄毎の確率モデルを生成し、これを確率モデル記憶部に格納する手段、
銘柄、売買種別、価格、数量を特定する指値注文が入力された場合に、その銘柄に基づいて適用すべき確率モデルを選択する手段、
当該指値注文の現時点における必要な属性情報を、上記市場データ記憶部に格納された情報に基づいて算出する手段、
現在時刻及び証券取引所の取引終了時間に基づいて取引の残り時間を算出する手段、
当該指値注文の銘柄、売買種別、価格、数量、取引の残り時間、及び必要な属性情報を上記確率モデルに適用することにより、執行確率を算出する手段、
として機能させることを特徴とする指値注文の執行確率算出プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2006−189995(P2006−189995A)
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−74(P2005−74)
【出願日】平成17年1月4日(2005.1.4)
【出願人】(000155469)株式会社野村総合研究所 (1,067)