説明

接合伝達形質転換体を製造する方法及び該方法に用いられるミニセル

【課題】
標的微生物のゲノムの多くを他の易培養性の微生物のゲノムとともに組み込んだ形質転換体を製造する方法及び該方法に用いられる材料を提供すること。
【解決手段】
RNAポリメラーゼが接着したベクターを有するミニセル生産菌を、核酸切断条件下で培養して、核酸切断処理されたミニセル生産菌及びミニセルを含む培養物を得る工程;前記培養物からミニセルを分離する工程;及び接合伝達の方向が時計回りであって、接合伝達の導入部がゼロ点から反時計回り方向に10分以内の位置にある供与体Aのゲノムの少なくとも一部と、接合伝達の方向が反時計回りであって、接合伝達の導入部がゼロ点から時計回り方向に10分以内の位置にある供与体Bのゲノムの少なくとも一部とを、最少培地において前記ミニセルに接合伝達させて、増殖能を有する接合伝達形質転換体を得る工程を含む、前記接合伝達形質転換体を製造する方法、並びに前記ミニセル。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2種の供与体のゲノムの少なくとも一部を接合により受容体に伝達することを含む、増殖能を有する接合伝達形質転換体を製造する方法及び該方法に用いられるミニセルに関する。
【背景技術】
【0002】
微生物は自然界及び生体内で様々な役割を担っている。例えば、腸内細菌は、宿主が摂取した難分解性多糖類を短鎖脂肪酸に転換して宿主にエネルギー源を供給することや、外部から侵入した病原細菌を殺傷して腸内での増殖を妨げることなどにより、宿主の恒常性維持に役立っている。ヒトの腸内細菌は、500種類以上いると推定されており、腸内で共生して生物叢(腸内フローラ)を形成している。しかし、腸内フローラに常在する細菌のうち、現在培養可能な細菌は20〜30%程度であり、残りの難培養性の細菌の特性や役割については未だ詳細に解明されていない。腸内細菌以外にも、極限環境微生物、海洋性微生物、地殻内休眠微生物(ドーマント)などの微生物は、地上の微生物と異なる分子メカニズムを有していると目されており、未知の酵素の発現を期待されているが、それらのほとんどが難培養性である。
【0003】
自然界において、人体に対して有毒な微生物も存在する。有毒性微生物として、例えば、サルモネラ菌Salmonella thyphi株や大腸菌O−157株が挙げられる。特に、大腸菌O−157株による食中毒は毎年頻発している。抵抗力の弱い幼児、小児及び老年者が大腸菌O−157株に感染すると死に至る場合もある。そこで、大腸菌O−157株などの有毒性微生物による感染症に対して、即効性のある予防薬及び治療薬の開発が望まれている。しかし、有毒性微生物を培養することのできる研究施設は限られており、有毒性微生物に対する感染症予防薬及び治療薬の開発が進んでいないというのが現状である。
【0004】
これまで、難培養性微生物をその役割が観察できる程度に増殖させること、及び有毒性微生物を無毒化した状態で増殖させることは、既存の培養法を改変することにより試みられていた。しかし、上記試みは、培地組成が複雑であり、培養条件も多数のパラメータからなるために、多大な時間と労力を要していた。そこで、難培養性微生物及び有毒性微生物を直接培養するのではなく、発現ベクターを用いた遺伝子組換え法、易培養性微生物若しくは無毒性微生物を用いた相同組換え法、又は接合伝達法などにより、これらのゲノムの一部を他の微生物に組み込んだ形質転換体を利用して、難培養性微生物及び有毒性微生物の構造や機能等を研究することが試みられている(例えば、特許文献1〜4を参照)。
【特許文献1】特開平10−75793号公報
【特許文献2】特開平6−30781号公報
【特許文献3】特開平9−70292号公報
【特許文献4】特表2008−510794号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、難培養性微生物や有毒性微生物などの由来微生物のオペロンが長大である場合や由来微生物の遺伝子がゲノム上の多座に渡っている場合などでは、遺伝子を分割するか、又は遺伝子ごとに、種々の形質転換体を作成しなければならず、形質転換体一種あたりの形質転換範囲が限られる。さらに、従来の相同組換え法や接合伝達法は、多遺伝子の交雑の頻度が低く効率が悪い。上記状況を鑑みて、本発明者らは、従来の形質転換体を利用する方法について、多数の生化学反応が関わる系において中間生成物や分岐生成物の合成が期待できないことから、個々の微生物の分子メカニズムを解明することが困難であろうと考えた。
【0006】
したがって、本発明は、標的微生物の分子メカニズムを解明するために、標的微生物のゲノムを他の易培養性の微生物のゲノムとともに組み込んだ形質転換体を製造する方法及び該方法に用いられる材料を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、種々検討した結果、核酸切断剤の存在下で培養されたミニセル生産菌からミニセルを分離し、次いで、接合伝達の方向及び導入部が特定の関係にある2種の供与体のゲノムの一部を該ミニセルに接合伝達させることにより、供与体の多くの遺伝子が伝達された、増殖能を有する接合伝達形質転換体を製造することに成功した。さらに、本発明者らは、該接合伝達形質転換体の遺伝的特徴が、ミニセルではなく、ゲノムの伝達元である2種の供与体に由来することを確かめた。また、本発明者らは、2種の供与体のゲノムの一方にファージDNAを含めることにより、他方の供与体のゲノムを多く持つ接合伝達形質転換体を選択的に製造することに成功した。本発明は以上の知見に基づいて完成された発明である。
【0008】
したがって、本発明によれば、RNAポリメラーゼが接着したベクターを有するミニセル生産菌を、核酸切断条件下で培養して、核酸切断処理されたミニセル生産菌及びミニセルを含む培養物を得る工程;
前記培養物からミニセルを分離する工程;及び
接合伝達の方向が時計回りであって、接合伝達の導入部がゼロ点から反時計回り方向に10分以内の位置にある供与体Aのゲノムの少なくとも一部と、
接合伝達の方向が反時計回りであって、接合伝達の導入部がゼロ点から時計回り方向に10分以内の位置にある供与体Bのゲノムの少なくとも一部とを、
最少培地において前記ミニセルに接合伝達させて、増殖能を有する接合伝達形質転換体を得る工程
を含む、前記接合伝達形質転換体を製造する方法が提供される。
【0009】
本発明の好ましい態様は、前記ミニセル生産菌がF-細胞であり、かつ前記供与体A及び前記供与体BがHfr細胞である。
【0010】
本発明の好ましい態様は、前記ミニセル生産菌が、大腸菌、サルモネラ属細菌、バチルス属細菌、ラクトバチルス属細菌、又はカンピロバクター属細菌である。
【0011】
本発明の好ましい態様は、前記供与体A及び前記供与体Bが、それぞれ独立して、大腸菌、サルモネラ属細菌、バチルス属細菌、シュードモナス属細菌又はプロピオニバクテリウム属細菌である。
【0012】
本発明の好ましい態様は、前記核酸切断条件下での培養が、核酸切断剤の存在下での培養、紫外線照射下での培養、及び放射線照射下での培養からなる群から選ばれる少なくとも一種である。
【0013】
本発明の好ましい態様は、前記核酸切断剤が、マイトマイシンC、ナルジキシン酸、塩酸ブレオマイシン、硫酸ペプロマイシン、ジノスタチン・スチマラマー及び塩酸イダルビシンからなる群から選ばれる少なくとも一種である。
【0014】
本発明の好ましい態様は、前記供与体Aは接合伝達の導入部がゼロ点から反時計回り方向に5分以内の位置にある供与体であり、かつ前記供与体Bは接合伝達の導入部がゼロ点から時計回り方向に5分以内の位置にある供与体である。
【0015】
本発明の好ましい態様は、前記供与体Aのゲノムの少なくとも一部又は前記供与体Bのゲノムの少なくとも一部が、ファージDNAを含む。
【0016】
本発明の別の側面によれば、核酸切断処理されたミニセル生産菌に由来する、RNAポリメラーゼが接着したベクターを有するミニセルが提供される。
【発明の効果】
【0017】
本発明の製造方法によれば、接合伝達により2種の供与体のゲノムの一部をミニセルに伝達して増殖能を有する接合伝達形質転換体を製造することができる。さらに、本発明の製造方法によって、難培養性微生物及び有毒性微生物などの微生物のゲノムの一部を含む接合伝達形質転換体を選択的に製造することにより、該微生物が産生する中間代謝物や分岐代謝物を調査することが可能となり、さらには該微生物の分子メカニズムをも解明し得る。すなわち、本発明の製造方法によれば、自然界や生体内に常在している微生物の常在環境における役割や機能を解明することが可能となる。
【0018】
本発明の製造方法によれば、例えば、大腸菌O157株と別の大腸菌株とを供与体として用いることにより、O157株の形質を有し、かつO157抗原を有さない新たな接合伝達形質転換体を製造することができる。該接合伝達形質転換体は、O157抗原の合成経路に関わる遺伝子が欠損しており、増殖を重ねてもO157抗原を合成することがなく、かつO157抗原の中間生成物を生産し得る可能性がある。さらに、該接合伝達形質転換体は、O157抗原の中間生成物を分解又はその他の物質に転換する可能性がある。したがって、O157抗原の生化学的な合成経路や分解若しくは分岐メカニズムは、O157抗原の解毒化に対して重要な情報であることから、本発明の製造方法によって上記した接合伝達形質転換体を製造して研究する意義は非常に高い。
【0019】
生体の腸内細菌群から本発明の製造方法によって接合伝達形質転換体を製造し、次いで、再び該接合伝達形質転換体を生体内に戻して定着させて、腸内フローラに外的変化を意図的に与えることも可能である。定着した接合伝達形質転換体は、ヒト又は家畜等の腸内フローラにおける役割及び機能を拡大することができ、腸内フローラのバランス維持及び改善等に貢献し得る。特に、従来のプラスミドを利用した形質転換法であれば、形質転換を維持するために抗生物質が必要であり、実験室環境でしか使用できなかった。さらに、従来の形質転換法によって製造された形質転換体を腸内フローラに導入したとしても、腸内フローラに元々存在していなかったことから、腸内フローラを乱すことになり、形質転換体の排出又は腸内フローラの破壊につながり、重篤な疾病を引き起こす可能性もある。それに対して、本発明の製造方法によって製造された接合伝達形質転換体は、腸内フローラに存在した野生株の多くの遺伝子を含むことから、腸内フローラにおいて定着する可能性が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明の接合伝達形質転換体を製造する方法は、以下の工程を含む方法である:
RNAポリメラーゼが接着したベクターを有するミニセル生産菌を、核酸切断条件下で培養して、核酸切断処理されたミニセル生産菌及びミニセルを含む培養物を得る工程;
前記培養物からミニセルを分離する工程;及び
接合伝達の方向が時計回りであって、接合伝達の導入部がゼロ点から反時計回り方向に10分以内の位置にある供与体Aのゲノムの少なくとも一部と、
接合伝達の方向が反時計回りであって、接合伝達の導入部がゼロ点から時計回り方向に10分以内の位置にある供与体Bのゲノムの少なくとも一部とを、
最少培地において前記ミニセルに接合伝達させて、増殖能を有する接合伝達形質転換体を得る工程。
【0021】
(1)ミニセル生産菌及びミニセルを含む培養物を得る工程
ミニセル生産菌及びミニセルを含む培養物を得る工程(以下、「第一の工程」と呼ぶこともある)は、RNAポリメラーゼが接着したベクターを有するミニセル生産菌を核酸切断条件下で培養することによって、ミニセル生産菌及びミニセルを含む培養物を得る工程である。
【0022】
本明細書でいう「ミニセル生産菌」とはミニセルの生産を誘導する発現系を有する菌株を意味し、「ミニセル」とはゲノムDNAの大部分を持たず、自己増殖能のない小型の細胞を意味する。ミニセルの生産を誘導する発現系に関与する遺伝子として、例えば、minA遺伝子及びminB遺伝子を挙げることができる。ミニセル生産菌は、野生型のminA遺伝子、minB遺伝子及びこれら以外のミニセルの生産を誘導する発現系に関与する遺伝子からなる群から選ばれる少なくとも1種の遺伝子に変異が生じることにより作製され得る。ミニセル生産菌としては、例えば、ME8077株、χ1411、P678-54株などの大腸菌(Escherichia coli)、χ1313株などのサルモネラ属細菌(Salmonella sp.)、CU403 divIV-B1株などのバチルス属細菌(Bacillus sp.)、Lactobacilli higardii LHC11株及びLactobacilli higardii LHC12株などのラクトバチルス属細菌(lactobacilli sp.)、Campylobacter jejuni MDUWO1210 株などのカンピロバクター属細菌(Propionibacterium sp.)などを挙げることができる。本発明の方法において、大腸菌のミニセル生産菌としてはE.coli ME8077株が好ましく用いられる。ミニセル生産菌からミニセルを生産させるためには、ミニセル生産菌が通常増殖できる条件で培養すればよく、例えば、ミニセル生産菌が大腸菌である場合には、ミニセル生産菌をLB液体培地中で培養することにより、ミニセル生産菌にミニセルを生産させることができる。生産されたミニセルは、顕微鏡観察により体長の相違によって、ミニセル生産菌と区別して確認することができる。例えば、ミニセルの長軸は、ミニセル生産菌に対して、0.2〜0.3倍の長さである。体長以外にも、例えば、DAPI〔4',6-diamino-2-phenylindole〕などの核酸染色剤を用いることにより、ミニセルは、核酸染色剤によって染色されない細胞小体として、核酸が染色されるミニセル生産菌と区別して確認することができる。
【0023】
第一の工程において、ミニセル生産菌は、RNAポリメラーゼI及びRNAポリメラーゼIIなどのRNAポリメラーゼが接着したベクターを有する。RNAポリメラーゼが接着したベクターは、RNAポリメラーゼが接着し、かつ自立的に複製することが可能な発現ベクターである。RNAポリメラーゼがDNAと接着することは、例えば、Shepherd N, Dennis P, Bremer H. Cytoplasmic RNA Polymerase in Escherichia coli. J Bacteriol. 2001 183(8):2527-34の文献によって報告されている。したがって、RNAポリメラーゼとベクターとの接着の様式及び条件は特に限定されるものではなく、例えば、ミニセル生産菌の増殖に応じて、ミニセル生産菌から発現されたRNAポリメラーゼは、ベクターと接触し、固定され得る。
【0024】
ベクターの具体例としては、pTSMb1、pRSETA、pCR8、pBR322、pBluescriptIISK(+)、pUC18、pCR2.1、pLEX、pJL3、pSW1、pSE280、pSE420、pHY300PLK、pBBR122(サルモネラ属細菌)等のプラスミドベクターが挙げられるが、大腸菌で発現させる場合には、pTSMb1、pBR322、pUC18などが好ましく用いられる。例えば、pTSMb1ベクターは、複製開始点としてp15Aを持ち、1細胞当たり10〜15コピー存在する。pTSMb1ベクター上には、カナマイシン耐性遺伝子、LacI遺伝子、cI857遺伝子、蛍光蛋白質GFP遺伝子が存在する。pTSMb1ベクターにおいて、LacI遺伝子の発現は、Ps1−conプロモータで制御され、cI857蛋白質で抑制される。pTSMb1ベクターにおいて、cI857遺伝子及びgfp遺伝子の発現は、Ptrcプロモータで制御され、LacI蛋白質で抑制される。pTSMb1ベクターでは、LacIとcI857遺伝子がトグルスイッチの状態で配置されているので、染色体上のLacIやcI遺伝子の存在を感知して、gfp遺伝子の発現が調節される。
【0025】
ベクターは、選択マーカーを含有してもよい。特に、ミニセル生産菌におけるベクターの存在を確認する指標として、選択マーカーが使用され得る。選択マーカーとしては、例えば、ジヒドロ葉酸レダクターゼ(DHFR)及びシゾサッカロマイセス・ポンベTPI遺伝子等の如きその補体が宿主細胞に欠けている遺伝子、アンピシリン、カナマイシン、テトラサイクリン、クロラムフェニコール、ネオマイシン、ヒグロマイシンなどの薬剤に対する耐性遺伝子を挙げることができる。ベクターは、プロモータ、所望により、ターミネータ、エンハンサーなどを連結してなり、これらをベクターに挿入する方法は当業者に通常知られる方法(例えば、Molecular Cloning: A laboratory Mannual, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY.,1989、Current Protocols in Molecular Biology, Supplement 1〜38, John Wiley & Sons (1987-1997)、バイオ実験イラストレイテッド、第1巻〜第7巻、秀潤社、などに記載の方法)によりすることができる。
【0026】
第一の工程において、ミニセル生産菌は、核酸切断条件下で培養される。核酸切断条件下での培養とは、例えば、核酸切断剤の存在下、紫外線照射下若しくは放射線照射下、又はこれらを組み合わせた培養であって、ミニセル生産菌のゲノムDNAが損傷することによりミニセル生産菌のDNA修復系が誘導された培養である。
【0027】
DNA修復系として、例えば、大腸菌のSOSカスケード(応答)が挙げられる。SOSカスケードは、DNA損傷で生じる一本鎖DNAが最初のシグナルとなって大腸菌のRecAタンパク質が活性化されることから始まる。一本鎖DNAにRecAタンパク質が結合すると、SOSボックス(オペレータ部位)に結合しているLexAリプレッサータンパク質が不活性化される。その結果として、SOS遺伝子の転写が開始されてDNAポリメラーゼVとRecAタンパク質が生成されて、DNA損傷部位を修復する。SOSカスケードは、DNA損傷部位に適当な塩基を入れて修復する系であり、error-prone repairであると言われている。
【0028】
核酸切断剤とは、二本鎖DNAへの架橋形成を介するなどしてDNAを損傷させる薬剤である。したがって、第一の工程において、ミニセル生産菌を所定の濃度の核酸切断剤の存在下で培養すると、ミニセル生産菌のゲノムDNAは核酸切断剤の作用により切断され、ゲノムDNAの一部が一本鎖及び二本鎖に断片化するなどの損傷を受ける。この場合、ミニセル生産菌において、損傷を被ったゲノムDNAを修復するために、DNA修復に関与する1以上の酵素が発現するなどして、DNA修復系が活性化する。すなわち、第一の工程において、ミニセル生産菌を所定の濃度の核酸切断剤の存在下で培養すると、一本鎖及び二本鎖に断片化されたゲノムDNAを有し、かつDNA修復系を活性化したミニセル生産菌が得られる。
【0029】
核酸切断剤は、上記した通りに、ゲノムDNAの一部を断片化し、かつDNA修復系を活性化する薬剤であれば特に制限されないが、例えば、マイトマイシンC、ナルジキシン酸、塩酸ブレオマイシン、硫酸ペプロマイシン、ジノスタチン・スチマラマー、塩酸イダルビシンなどを挙げることができ、これらの単独又は組み合わせが含まれ得る。大腸菌のSOSカスケードを誘導する薬剤としてはマイトマイシンCが好ましく用いられる。核酸切断剤の濃度は、ミニセル生産菌に対して致死量ではなく、かつゲノムDNAを断片化してDNA修復系を活性化し得る濃度であれば当業者により適宜設定できる。例えば、核酸切断剤としてマイトマイシンCを用いる場合は、マイトマイシンCの濃度は、5〜100ng/mlが好ましく、10〜50ng/mlがより好ましく、15〜30ng/mlがさらに好ましく、20±5ng/mlがなおさらに好ましい。ミニセル生産菌の培養において、核酸切断剤を培養当初から培地に含有させてもよいし、培養開始から所定の時間に別途核酸切断剤を添加してもよい。
【0030】
ミニセル生産菌は、ミニセル生産菌の菌種に応じて、通常知られる培地、培養法及び培養条件で培養することができる。ミニセル生産菌の培養に用いる培地としては、炭素源、窒素源、無機物、及び菌種に応じて微量栄養素を程よく含有するものであれば、天然培地、合成培地のいずれを用いてもよい。
【0031】
培地の炭素源としては、ミニセル生産菌が資化しうる物であればよく、例えば、グルコース、マルトース、フラクトース、マンノース、トレハロース、スクロース、マンニトール、ソルビトール、デンプン、デキストリン、糖蜜などの糖質、クエン酸及びコハク酸などの有機酸、グリセリンなどの脂肪酸を挙げることができる。
【0032】
培地の窒素源としては、各種有機及び無機の含窒素化合物、並びに各種の無機塩を挙げることができ、例えば、コーンスチープリカ、大豆粕、大豆粉、ペプトン、ポリペプトン、バクトペプトンなどの各種ペプトン類などの有機窒素源、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、尿素、硝酸アンモニウム、硝酸ナトリウム、リン酸アンモニウムなどの無機窒素源を挙げることができる。グルタミン酸などのアミノ酸及び尿素などの有機窒素源が炭素源にもなることはいうまでもない。さらに、肉エキス、酵母エキス、乾燥酵母、カザミノ酸、ソリュブルベジタブルプロテイン等の窒素含有天然物も窒素源として使用できる。
【0033】
培地の無機物としては、例えば、カルシウム塩、マグネシウム塩、カリウム塩、ナトリウム塩、リン酸塩、マンガン塩、亜鉛塩、鉄塩、銅塩、モリブデン塩、コバルト塩などが適宜用いられる。具体的には、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、硫酸マグネシウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム等が用いられる。さらに、必要に応じて、アミノ酸並びにビオチン及びチアミンなどの微量栄養素ビタミンなども適宜用いられる。
【0034】
培養法としては、例えば、固体培地などを用いる固体培養法、並びに通気、振とう、撹拌及びこれらを組み合わせて用いる液体培養法などを挙げることができる。液体培養法を用いる場合は、回分培養、流加培養、連続培養、灌流培養のいずれを用いてもよい。培養温度とpHは、ミニセル生産菌の増殖に適した条件を適宜選べばよい。例えば、ミニセル生産菌が大腸菌の場合の培養は、温度は好ましくは20〜45℃、より好ましくは30〜40℃、さらに好ましくは37℃±1℃であり、pHは好ましくは5〜9、より好ましくは6〜8、さらに好ましくは7.2±0.2であり、これらの温度及びpHから選ばれる条件で好気的に行われる。培養時間はミニセル生産菌が増殖し始める時間以上の時間であればよく、好ましくは8〜120時間であり、さらに好ましくはミニセルが最大に生成する時間までである。ミニセル生産菌の増殖を確認する方法は特に制限されないが、例えば、培養物を採取して顕微鏡で観察してもよいし、吸光度で観察してもよい。さらに、培養中の溶存酸素濃度には特に制限はないが、通常は、0.5〜20ppmが好ましい。そのために、通気量を調節したり、撹拌したり、通気に酸素を追加したりすればよい。ミニセル生産菌が嫌気性微生物である場合は、空気や酸素に変えて窒素などを培地に加えて培養すればよい。
【0035】
ミニセル生産菌の培養において、ベクターに選択マーカーを含有させている場合などでは、選択マーカーに対応した栄養素や抗生物質を培養当初又は培養中に培地に加えることができる。例えば、選択マーカーとしてカナマイシン耐性遺伝子を含有する場合は、適当な濃度に調製したカナマイシン溶液を培地に加えることができる。
【0036】
ミニセル生産菌を培養することにより、ミニセル生産菌及びミニセルを含む培養物を得ることができる。ミニセル生産菌及びミニセルを含む培養物とは、ミニセル生産菌を培養して生じる培養物であり、増殖したミニセル生産菌、ミニセル生産菌から生産されたミニセル、ミニセル生産菌が生産する副生産物、培地の不溶成分などの固形成分、該固形成分を除いた液体成分などからなる。ただし、ミニセル生産菌を培養して生じる培養物から液体成分を除いた固形成分をミニセル生産菌及びミニセルを含む培養物と呼ぶ場合もある。
【0037】
(2)ミニセルを分離する工程
ミニセルを分離する工程(以下、「第二の工程」と呼ぶこともある)は、ミニセル生産菌及びミニセルを含む培養物から、通常知られる方法により、ミニセルを分離する工程である。ミニセルを分離する方法としては、例えば、密度勾配遠心法及びろ過法を挙げることができ、ろ過法が好ましく用いられる。ろ過法によるミニセルを分離する方法としては、ミニセル生産菌及びミニセルを含む培養物からミニセルを分離できる方法であれば特に制限されないが、例えば、ミニセルを透過し、かつミニセル生産菌を透過しない細孔径のろ過膜にミニセル生産菌及びミニセルを含む培養物を適用する方法が挙げられる。この場合、ミニセルはろ液として回収される。ろ過法によりミニセルを分離する方法では、2以上のろ過膜を用いることもできる。例えば、ミニセル生産菌及びミニセルを含む培養物をミニセル生産菌及びミニセルを透過することができる細孔径(例えば、2〜10μm)のろ過膜でろ過し、次いで、ろ過して得られたろ液を、ミニセルを透過し、かつミニセル生産菌を透過しない細孔径(例えば、0.5〜1μm)のろ過膜でろ過することにより、ろ液中にミニセルを分離回収することができる。
【0038】
ろ液中に回収されたミニセルは、例えば、回転数、時間、温度などを適宜設定した遠心分離法によって沈殿物として回収することができる。沈殿回収されたミニセルは、例えば、後述する接合で用いられる最少培地で1回以上洗浄することもできる。該洗浄後は、再び、遠心分離法などによりミニセルは回収され得る。
【0039】
回収されたミニセルにミニセル生産菌が含まれないことを確認する方法として、例えば、回収されたミニセルを最少培地内に懸濁し、得られたミニセル懸濁培地の一部をミニセル生産菌が増殖し得る寒天培地上に塗末して培養し、次いで、コロニーが存在しないことを確認する方法を挙げることができる。
【0040】
(3)接合伝達形質転換体を得る工程
接合伝達形質転換体を得る工程(以下、「第三の工程」と呼ぶこともある)は、接合伝達の方向及び導入部が所定の関係にある供与体A及び供与体Bのゲノムの一部を、上記ミニセルに所定の培地上で接合伝達させて、増殖能を有する接合伝達形質転換体を得る工程である。
【0041】
本明細書にいう「接合伝達」とは、細胞間の接触を介して、一方の細胞(供与体)から他方の細胞(受容体)にゲノムDNA及び/又はプラスミドDNAが伝達されることを意味する。典型的な接合伝達として、例えば、伝達性遺伝子であるF因子を有する供与体とF因子を有さない受容体(F-細胞)の間で行われる接合伝達が挙げらる。F因子を有する供与体としては、例えば、F因子をベクター内に有する供与体(F+細胞)、F因子をゲノム内に有する供与体(Hfr細胞)、F因子がゲノム内に組み込まれた後に再びベクター内に組み込まれた供与体(F’細胞)などを挙げることができる。第三の工程に用いられる供与体A及び供与体BはHfr細胞であることが好ましく、それぞれ独立して大腸菌、サルモネラ属細菌、バチルス属細菌、シュードモナス属細菌、プロピオニバクテリウム属細菌などのHfr細菌がより好ましい。第三の工程に用いられるミニセルはF-細胞であるミニセル生産菌から生産されたものである。通常、F因子は細菌の属及び種によって異なることが知られている。しかし、F因子は、細菌の属及び種間で相互に組換え可能である。したがって、例えば、ミニセル生産菌を大腸菌F-細胞とする場合、供与体A及び供与体Bをそれぞれ大腸菌のF因子が組み込まれたHfr細胞であるサルモネラ属細菌及びバチルス属細菌とすることができる。これまでにも、大腸菌のF因子をサルモネラ属細菌のゲノムDNAに挿入して、サルモネラ属細菌のゲノムDNAを大腸菌に挿入した例(Johnson EM, Easterling SB, Baron LS., (1970), J Bacteriol. 104:668-73)や該サルモネラ属細菌の代わりに植物病原菌のエルウィニア属細菌を用いた例(Kotoujansky A, Lemattre M, Boistard P., (1982), J Bacteriol. 150:122-31、Pugashetti BK, Chatterjee AK, Starr MP., (1978), Can J Microbiol. 24:448-54)やバチルス属細菌を用いた例(Aquino de Muro M, Priest FG., (2000), Res Microbiol. 151:547-55)が報告されている。
【0042】
供与体A及び供与体Bは、互いに接合伝達の方向及び導入部が所定の関係にある。本明細書にいう「接合伝達の方向」とは、供与体のゲノムが受容体に伝達される方向を意味し、これはF因子が供与体のゲノムのどちらの方向に組み込まれているかで決まると推測されている。接合伝達の方向は、ゲノム上で所定のゼロ点(ゼロ分ともいう)を基準に時計回りと反時計回りの2種に分けられる。例えば、大腸菌であれば、ゼロ点はthrA座位である。通常、Hfr細胞のうち、HfrH型である細胞の遺伝子伝達方向が時計回りと規定される。
【0043】
本明細書にいう「接合伝達の導入部」とは、供与体のゲノム上の伝達開始部位を意味し、これは供与体のゲノムにおけるF因子が組み込まれた部位により決定されると推測されている。接合伝達の導入部は、ゼロ点を基準として“分”や“kbp(塩基対)”などで表される。例えば、大腸菌の場合、通常37℃での接合において、供与体のゲノム全部が受容体に伝達されるまで約100分かかると言われている。そこで、大腸菌においては、ゼロ点を基準として接合伝達中に受容体に進入する時間の相対値(0〜100分)を遺伝子の座位として表すことができる。接合に関する一般的な事項について、「微生物学 入門編、R.Y.スタニエら著、高橋甫ら訳、(1980)、培風館、pp.173−183」を参照することができる。
【0044】
第三の工程に用いられる供与体Aと供与体Bの接合伝達の方向は、互いに反対の関係にあり、例えば、供与体Aの接合伝達の方向が時計回りである場合、供与体Bの接合伝達の方向は反時計回りである。さらに、供与体Aの接合伝達の方向が時計回りである場合、供与体Aの接合伝達の導入部はゼロ点から反時計回り方向に好ましくは10分以内、より好ましくは5分以内の位置にある。すなわちこれは、供与体Aが大腸菌である場合は、供与体Aの接合伝達の導入部は、好ましくは90〜100分、より好ましくは95〜100分の間に位置することを意味する。供与体Bの接合伝達の方向が反時計回りである場合、接合伝達の導入部は0点から時計回り方向に好ましくは10分以内、より好ましくは5分以内の位置にある。すなわちこれは、供与体Bが大腸菌である場合は、供与体Bの接合伝達の導入部は、好ましくは0〜10分、より好ましくは0〜5分の間に位置することを意味する。具体例として、供与体Aには接合伝達の方向が時計回りで接合伝達の導入部が96.8分の位置にある大腸菌RC30株を挙げることができ、供与体Bには接合伝達の方向が反時計回りで接合伝達の導入部が2.7分の位置にある大腸菌ME8162株を挙げることができる。なお、大腸菌のゲノムDNAのサイズは約4.3Mbpであることから、大腸菌のゼロ点から時計回り方向に2.7分、5分、10分、95分、96.8分の位置とは、大腸菌のゼロ点から時計回り方向に約116kbp、約215kbp、約430kbp、約4085kbp、約4162kbpの位置にそれぞれ対応する。
【0045】
供与体A及び供与体Bは、微生物寄託機関や自然界からのスクリーニングにより得ることもできるし、例えば、図12における(a)〜(f)に示した通り、(a)Fプラスミドを単離し、(b)Fプラスミドに所望の外来遺伝子配列を通常の遺伝子操作で挿入し、(c)組換えFプラスミド上の外来遺伝子配列と一定の距離に抗生物質耐性遺伝子を組み込み、(d)組換えFプラスミド上の外来遺伝子配列の中央付近を制限酵素で切断して一本鎖組換えFプラスミドを得て、(e)F-株と一本鎖組換えFプラスミドを一本鎖の状態で混合し、及び(f)相同組換えにより一本鎖組換えFプラスミドが組み込まれたF-株を上記抗生物質耐性遺伝子に対応する抗生物質で選択することにより、遺伝子工学的に作製することもできる。
【0046】
第三の工程では、供与体A及び供与体Bとミニセルとを、最少培地、好ましくは液体の最少培地において接触させることにより、供与体A及び供与体Bのゲノムの少なくとも一部をミニセル内に接合伝達する。本明細書にいう「供与体A(又は供与体B)のゲノムの少なくとも一部」とは、供与体A(又は供与体B)のゼロ点付近の遺伝子(例えば、大腸菌であればthrA遺伝子)を含み、かつ供与体A(又は供与体B)の全ゲノムの好ましくは少なくとも10%、より好ましくは少なくとも20%、さらに好ましくは少なくとも30%、なおさらに好ましくは少なくとも50%のDNAをいう。ただし、ミニセルに伝達される供与体Aのゲノムと供与体Bのゲノムとの合計は、ミニセル生産菌のゲノムサイズと同程度であることが望ましい。例えば、供与体A及び供与体Bがそれぞれ大腸菌RC30株及び大腸菌ME8162株である場合、電気泳動の結果(図9を参照)から、大腸菌8077株由来のミニセルであるR1及びR2株のゲノムDNAは、24%がRC30に由来し、10%がME8162株に由来し、共通部分(RC30株及びME8162株間の由来の区別がつかない部分)が65%であり;R3株のゲノムDNAは、22%がRC30に由来し、13%がME8162株に由来し、65%が共通部分であり;R4株は、21%がRC30に由来し、15%がME8162株に由来し、64%が共通部分である。なお、後述する通り、ME8162株にはλファージDNAが含まれているため、R1〜R4株のいずれの株のゲノムDNAも、ME8162株よりRC30株に由来するゲノムDNAが大半を占めていると考えられる。さらに、R1〜R4株の全ゲノムDNA量は、上記電気泳動結果から、ミニセル生産菌と同程度の約4.6Mbpである。
【0047】
本明細書にいう「最少培地」とは、通常用いられている意味と同様のものであり、ミニセル生産菌が増殖できる最も簡単な組成をもつ合成培地をいう。最少培地は、通常、グルコース、塩化ナトリウム、無機リン酸、無機窒素及び金属を少なくとも含み、ミニセル生産菌の生育要求性に応じてビタミン類、アルカリ土類金属(第2族元素)化合物、アミノ酸などをさらに含むことができる。ミニセル生産菌が大腸菌の場合に用いられる最少培地として、例えば、M9最少培地が挙げられる。M9最少培地は、例えば、Sambrook,Jらの文献(1989)に記載の方法で調製することができ、通常、グルコース、塩化ナトリウム、Na2HPO4.7H2O、KH2PO4、NH4Cl、MgSO4を含むことが好ましく、CaCl2及びThiamineをさらに含むことがより好ましい。M9最少培地の具体例として、実施例に記載の培地組成からなるM9最少培地を挙げることができる。最少培地の各成分の濃度及びpHは、ミニセル生産菌の生育条件に応じて適宜選択することができる。
【0048】
接合伝達における温度及び時間は、接合に適した温度及び時間であれば特に制限されないが、温度は上記したミニセル生産菌の培養温度に設定することが好ましく、接合時間は5時間以上が好ましい。
【0049】
接合伝達により得た接合伝達形質転換体は、供与体A及び供与体Bのゲノムの少なくとも一部を接合伝達により導入されたミニセル形質転換体である。接合伝達形質転換体の増殖能は、例えば、最小寒天平板培地に塗末して培養することにより、コロニーとして確認できる。
【0050】
接合伝達形質転換体が、供与体A、供与体B及びミニセル生産菌並びにこれらの突然変異体でないことを確認する方法としては、例えば、実施例に記載のある通りに、ゲノムDNAを電気泳動で比較する方法や蛍光タンパク質の発現を確認する方法を挙げることができる。
【0051】
第三の工程において、例えば、接合伝達されるべき供与体A(又は供与体B)のゲノムサイズに制限を設けたければ、供与体A(又は供与体B)の制限すべきサイズ付近にファージDNAを溶原化させておくことができる。例えば、供与体Aのゼロ点から20分の位置にファージDNAを溶原化させておき、次いで、供与体AのゲノムにおけるファージDNAがミニセルに接合伝達されると、ファージが溶菌過程に入り、製造された接合伝達形質転換体が溶菌して死滅する可能性が高くなる。すなわち、ファージDNAを有する接合伝達形質転換体は製造されず、供与体Aのゼロ点から20分未満のゲノムがミニセルに接合伝達された接合伝達形質転換体のみが得られる傾向にある。したがって、この場合、供与体Bのゲノムの多くが接合伝達された接合伝達形質転換体を選択的に製造することが可能となる。
【0052】
ファージは、供与体の種類によって適宜選択でき、特に制限されない。例えば、供与体が大腸菌である場合は、ラムダ(λ)ファージが好ましく用いられる。その他のファージとしては、供与体の種類に応じて、例えば、T4ファージ、T7ファージ、並びにM13ファージ及びfdファージなどの繊維状ファージなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0053】
本発明の別の側面によれば、本発明のミニセルは、本発明の接合伝達形質転換体を製造する方法に用いられるミニセルであって、核酸切断処理されたミニセル生産菌に由来する、RNAポリメラーゼが接着したベクターを有するミニセルである。よって、本発明のミニセルは、RNAポリメラーゼが接着したベクター、並びにミニセル生産菌の断片化した一本鎖のゲノムDNA及びミニセル生産菌からのDNA修復系の酵素を少なくとも含む。
【0054】
以下の実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0055】
1.材料及び方法
(1)プラスミド、増殖条件、及び化合物
大腸菌ME8077株(minA、minB、thr−1、leuB6、azi、lacY1、tsx、ara−13、gal−6、malA1、thi−1、xyl−7、rpsL、mtl−2、tonA2、supE44)は、ミニセル製造細胞として使用された(J. W. Szostakら, Nature, 409, 387-390 (2001))。大腸菌ME8167株(lac、gal、xyl、mtl、malA、thi、(lambda)+)及び大腸菌RC30株(CGSC#6599)(lacZ58(del)(M15)、lacI22、e14−、relA1、spoT1、thi−1)はゲノム供与体として使用され、HfrR5(leuA−>tonA)及びHfrH(valS<−attP4)を有していた(D. S. Tawfikら, Nature Biotechnol., 16, 652-656 (1998)、T. Oberholzerら, Chem. Biol., 2, 677-682 (1995))。指標プラスミドであるpTSMb1は、lac−cIトグルスイッチ、p15オリジン及びカナマイシン耐性遺伝子を有していた(T. Oberholzerら, Biochem. Biophys. Res. Commun., 261, 238-241 (1999))。他に記載がない限り、大腸菌株は37℃でLB培地(Difco)において好気的に増殖された。M9最少培地は、大腸菌の遺伝学的標識の確認だけでなく、ミニセル及びHfr株の接合に使用された。カナマイシン及び糖類は和光ケミカル株式会社から購入された。マイトマイシンCは協和醗酵工業株式会社から購入された。
【0056】
(2)ミニセルの単離及び精製
大腸菌ME8077はpTSMb1で形質転換され、12時間、37℃で100μg/ml カナマイシン及び20ng/ml マイトマイシンCを含む、40mlのLB液体培地中でインキュベートされた。培養物は濾過膜(Millex−SV、ミリポア;細孔径5.0μm)でろ過された。濾液はまた、正常細胞を除去するために濾過膜(Millex−AA、ミリポア;細孔径0.8μm)で2度ろ過された。ミニセルは、濾液の遠心分離(10,000rpm、5分、4℃)によって回収され、M9最少培地で洗浄され、20μlのM9最少培地(12.8g Na2HPO4.7H2O、3g KH2PO4、0.5g NaCl、1g NH4Cl、2mM MgSO4、0.1mM CaCl2、0.4% glucose、0.005% Thiamine、H2O 1L、pH7.0)中で懸濁された。この10μlのミニセル・フラクションをLB寒天平板培地上に塗末して、コロニーの存在又は不存在によって正常細胞のコンタミネーションをチェックした。
【0057】
(3)接合条件
ME8162株とRC30株は、37℃でLB液体培地中で好気的にインキュベートされた。培養物の660nm(OD660)の光学濃度が0.1に達した時、培養細胞は遠心分離(8,000rpm、1分、4℃)によって回収され、同容量のM9最少培地で洗浄され、次いで、同容量のM9最少培地中に懸濁された。5μlのミニセル・フラクション及び1μlの各細胞懸濁液が、37℃で5時間混合され、及びインキュベートされた。その後、混合物は100μlのM9最少培地に加えられ、及び3−5分間ボルテックス・ミキサーで攪拌された。その混合物はM9寒天平板最少培地上に塗末して、37℃で培養された。
【0058】
(4)16S rDNA及び緑蛍光性タンパク質(GFP)遺伝子のPCR増幅
PCR増幅はEX Taqポリメラーゼ(タカラ社)を使用して、ジーンアンプPCRシステム9700(アプライドバイオシステム社)で実施された。プライマー27F(AGAGTTTGATCCTGGCTCAG)及び1492R(GGTTACCTTGTTACGACTT)は16S rDNAの増幅に使用された。プライマーgfp−f(ATGAGTAAAGGAGAAGAACTTTT)及びgfp−r(TTATTTGTATAGTTCATCCATGC)はGFP遺伝子の増幅に使用された。
【0059】
(5)GFP発現の分析
細胞は遠心分離(8,000rpm、1分、4℃)により回収され、PBSバッファー(75mM リン酸ナトリウム及び67mM NaCl、pH7.4)で洗浄され、GFPを測定するためにPBSバッファー中で懸濁された。GFP発現データすべては、ベクトン・ディキンソンFACSCaliburフロー血球計を使用することにより回収された。遺伝子発現の各蛍光測定は、30,000個の細胞から得られた。
【0060】
(6)大腸菌ゲノムDNAのパルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)
大腸菌ゲノムDNAはWaldeらの方法(P. Walde, et al., J. Am. Chem. Soc., 116, 7541-7547 (1994))で準備された。大腸菌株は37℃で12時間、1mlのLB培地で増殖された。細胞は遠心分離(8,000rpm、1分、4℃)によって回収され、同容量のPIVバッファー(1M NaCl、10mM トリス=HCl(pH 7.6))で洗浄され、半容量のPIVバッファー中で懸濁された。細胞懸濁液は、予め50℃で熱せられた、同容量の1.6% パルスフィールド公認(PFC)のアガロース(バイオラド社)溶液と混合され、及び直ぐにプラグ鋳型(バイオラド社)に注がれた。プラグ鋳型はアガロースが硬化することを可能にするために、4℃で維持された。アガロースゲル・ブロックはプラグ鋳型から取り除かれ、1mlのECバッファー(6mM トリス=HCl(pH7.6)、1M NaCl、100mM EDTA、0.5% ポリオキシエチレン(20)セチル・エーテル(Brij−58)、0.2% デオキシコール酸塩、0.5% N−ラウロイルサルコシンナトリウム)に浸された。その後、EC溶液におけるアガロース・ブロックは、室温で15分間、ゆっくりと振とうされた。アガロース・ブロックは、1mg/ml リゾチーム及び20μg/ml RNaseを含む、1mlのECバッファーに移され、37℃、一晩優しく振とうされた。その後、ブロックされたアガロースは、1mlのESバッファー(0.5M EDTA(pH 9.0)、0.5% N−ラウロイルサルコシンナトリウム)へ移されて、室温で15分間、優しく振とうされた。アガロース・ブロックは、50μg/ml プロテナーゼK(和光)を含む1.5mlのESバッファーへ移されて、50℃、36時間インキュベートされた。アガロースゲル・ブロックは、1.5mlのTEバッファーで2度洗浄され、1mM PMSFを含む1.5mlのTEバッファーへ移し、室温で1時間インキュベートされた。アガロースゲル・ブロックは、TEバッファーで2度洗浄され、TEバッファー中でゲノムDNAゲル・ブロックとして4℃で維持された。アガロースゲル・ブロックは、AscI又はPmeIの制限酵素用の適切なバッファーで洗浄された。その後、アガロースゲル・ブロック中のゲノムDNAは37°Cで24時間、30UのAscI又はPmeIで切断された。アガロースゲル・ブロックは、酵素反応後にTEバッファーで2度洗浄された。アガロースゲル・ブロックは、PFGEのために、1% PFCアガロースゲルの細胞にロードされた。PFGEは、指示に従って、14℃において0.5X TBEバッファー中でCHEF MAPPERシステム(バイオラド社)を使用して実行された。200kb〜10kbまでの断片の分離のために、パラメータが0.47−17.33秒のパルス時間、−1.357のランピングファクター、6Vcm−1の電圧、及び20.3時間のランタイムに調整された。ラムダラダー(727.5−48.5kb)のDNAサイズマーカー及び低範囲(194−2.03kb)のPFGマーカーは、ニューイングランドバイオ社(MA、米国)から購入された。
【0061】
2.結果
ミニセルは、細菌細胞の一部分であって、細胞分裂に関する遺伝子の突然変異を持ついくつかのバクテリアによって生産されるものである(H. I. Adlerら, Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 57:321-326 (1967)、J. N. Reeve, et al., J Bacteriol. 114:860-73. (1973)、R. J. Sheehyら, J Bacteriol. 114:439-42. (1973))。ミニセルは、細胞膜でエネルギーを得るための電子伝達系とタンパク質合成のためのシステムを有し、ゲノムDNAに関連した生化学反応を除いて、生きている細胞と同じ生命活動を示す(H. F. Dvorakら, J Bacteriol. 104:543-8. (1970)、K. J. Roozenら, J Bacteriol. 107:21-33. (1971)、N. H. Mendelsonら, J Bacteriol. 117:1312-9. (1974))。大腸菌にはF-とHfr株間の接合システムによりゲノムを挿入することが出来ることから、大腸菌のミニセルを使った系を構築した(図1)(E. A. Birgeら, Bacterial and bacteriophage genetics. 4th Ed. Camper 11.(1981)、J. T. Ouら, Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 72:3721-5 (1975))。Hfr株は接合中に、ゲノムに組み込まれたFプラスミドのoriTから、ゲノムDNAのループをF-株に挿入する。
【0062】
minA変異及びminB変異を持つ大腸菌のME8077はミニセルを生産する。ミニセルの大きさは、通常の細胞のおよそ4分の1である。大腸菌ME8077はプラスミドpTSMb1によって形質転換され、RNAポリメラーゼ濃度を高度に保つことができる(N. Shepherdら, J Bacteriol. 183:2527-34 (2001))。さらに、pTSMb1は、接合によりゲノム挿入の後、成育された細菌がミニセル由来か否かを識別する上で役立つ(H. Kobayashi et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 101:8414-8419 (2004))。当初、遠心分離することによって、培養液からミニセルの精製を試みた(C. M. Koppelman et al., J Bacteriol. 183:6144-7. (2001))。しかし、時間がかかる上、ミニセルを通常の細胞から完全分離することができなかった。そこで、適切なメンブレンフィルターでろ過を繰り返すことにより、30分以内にミニセルを精製することが可能となった。
【0063】
ME8077は低濃度のマイトマイシンCを加えて培養した。マイトマイシンCは大腸菌にSOSカスケードを活性化する抗生物質の1つである。Hfrからミニセルに挿入されるゲノムが直線状であるため、環状ゲノムを完成させるために修復する必要があると考えた。SOSカスケードにおけるすべての酵素はゲノムを再構築するためにDNAの修復を促進する。また、マイトマイシンCの作用によって生産される短い一本鎖DNAは、ミニセル内でのDNA合成に際してプライマーとして働いた。最終的に、ME8077のミニセルは、pTSMb1、多少のSOSカスケードタンパク質及び短い一本鎖DNAを保持している状態に調製された。なお、pTSMb1に由来するcI857タンパク質は、RecAタンパク質によって分解されない。ME8077培養液40mlを濾過した後、ミニセルを遠心分離により集め、20μlのM9最少培地に懸濁した。ミニセル懸濁液10μlをLB寒天プレートに塗布したとき、コロニーは形成されなかった(非掲載データ)。
【0064】
ゲノム提供株としてHfr株ME8162とRC30(それぞれ2.71分(HfrR5)から反時計回り、96.8分から時計回りに(HfrH)ゲノムを挿入する)を適用した(図2)。接合は、2つのHfr株からゲノムすべてを挿入するために37°Cで5h、炭素源として0.4%のグルコースを含むM9最少培地で実行された。ゲノム上の16SrDNAとプラスミド上の緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子のPCR増幅によって、大腸菌ゲノムとpTSMb1の存在を確認した(図3)。ミニセル生産株ME8077はゲノムDNAとpTSMb1を保持しています。そして、16SのrDNAとGFP遺伝子の両方がPCRによって確認できました。精製されたミニセル懸濁液はpTSMb1だけが存在します。そして、GFP遺伝子だけが確認できました。PCRの結果も、ミニセルが濾過によって完全に精製され、pTSMb1だけを持つミニセルであることを示した。16srDNAとgfp遺伝子は、ME8126とRC30との接合後、濾過精製されたミニセル懸濁液で確認できた。これらの結果から、F-株とHfr株の接合を利用したミニセルへのゲノム挿入が成功していることがわかった。
【0065】
接合体は、4−5日の間37°Cで0.4%のグルコースと100g/mlのカナマイシンを含むM9最少培地寒天プレート(M9GK)の上で培養した。ME8077株はアミノ酸要求性であり、並びにME8162及びRC30株はカナマイシン感受性であることから、これらの菌株はM9GKの上で成長することができない。10回の実験から4つのコロニーを得て、これら4株をR1からR4と名付けた。ミニセルとME8162またはRC30どちらか一方と接合したとき、M9GK寒天プレート上で生育するコロニーはなかった。図4は、ME8077、精製されたミニセル、R株の最初の培養菌とR株の安定した培養菌の顕微鏡観察結果を示す。ME8077の生産するミニセルは、およそ直径1μmの球状の形態をしていた。最初の段階で、R1〜4株の細胞形は、短桿菌(2−3×2−4μm)だった。しかし、R株は非常に不安定で、時々長い形態を示して、非常にゆっくり成長した(データなし)。R株の形と特性を安定させるために2、3回培養を行い、次いで、R株がME8077のミニセルを起源としているかどうか、ME8162やRC30のゲノムを持っているかどうかについて調査した。
【0066】
R株の由来には、ミニセルからの大腸菌細胞の合成を除いて、3つの可能性が考えられる。一つ目は、トレオニンとロイシンの非要求性となったME8077の自然突然変異株又はカナマイシン耐性を得たME8162(若しくはRC30)株である。二つ目は、ミニセル懸濁液に残った少数のF細胞とHfr株との間の単純な接合組み換え体である。三つ目は、接合の間に起きたpTSMb1によるME8162又はRC30株の形質転換体である。R株の由来を確認するために、生化学的特性とゲノムについて調べた。
【0067】
ME8077に形質転換したプラスミドpTSMb1には、カナマイシン耐性遺伝子、lac−cI遺伝子トグルスイッチとp15 oriがある。遺伝子トグルスイッチは、ゲノムDNA上のlacIとcI遺伝子により、GFP遺伝子の発現は二つの安定状態を示す。ME8077のゲノムにはlacI遺伝子があり、cI遺伝子が無いため、GFPを発現できない(オフ状態)。それに対して、ME8162とRC30のゲノムには、cI遺伝子があり、lacI遺伝子が無いため、GFPが発現する(オン状態;図5及び6)。R1からR4のすべての株は、GFP表現(オン状態)を示し、pTSMb1プラスミド(図11)を保持していた。さらに、R株にはミニセル生産能がなかった。これらの結果は、R株がアミノ酸非要求性となったME8077の自然突然変異株ではないことを示唆した。R株のGFP発現量は、ME8162やRC30よりわずかに低かった。
【0068】
ME8077株にある遺伝子マーカー(ガラクトース、キシロース、マンニトール、マルトースとアラビノース資化能、アミノ酸要求性とストレプトマイシン耐性)について、R株を調べた(図7)。R2、R3及びR4は、RC30と同じ遺伝マーカーを示した。R1は、マルトース資化能以外、ME8162と同じ遺伝マーカーを示した。接合実験に用いるミニセル懸濁液において、混入したME8077の通常細胞の数を確認することは、非常に難しい。しかし、ミニセル懸濁液を接合せずにLB寒天プレートの上に塗布した場合、又はME8167若しくはRC30株のどちらか片方で接合実験を行った後で塗布した場合、成育するコロニーは認められなかった。したがって、通常細胞が混入したとしても2、3個以下であると考えられる。そこで、ME8077株と2つのHfr株を用いて、同じ条件下で接合実験を行い、R株と同じ遺伝マーカーの接合体の取得を試みた。その結果、M9GK寒天培地上に成育した243の接合組み換え体の中で、GFPとミニセル生産性を含め、R株と同じ遺伝子マーカーを示す組み換え体はなかった(表1)。
【表1】

【0069】
さらに、遺伝子マーカーが変化した2つの組み換え体でも8つの遺伝マーカーのうち最高で5つしか変わらなかった。既報と同様に、単純な接合実験では、F-とHfrの間における複数の遺伝マーカーの移行は2%未満であった(R.G. Lioydら, Genetics. 139: 1123-1148 (1995))。したがって、R株は生化学的性質からME8077及びME8162若しくはRC30間における接合組み換え体から得ることができなかった。
【0070】
37℃における、R1〜4株の成長曲線をME8077、ME8162及びRC30と比較した(図8)。R1、R2、R3及びR4の倍加時間は、それぞれ0.59、0.57、0.57及び0.45hであった。対数増殖期のR株の倍加時間は、大腸菌の通常範囲内であった。しかし、定常期の660nmにおける濁度は1.5を示した。定常期の濁度はME8162、RC30及びME8077と比べて約1/3であった。R株は、材料となった菌株とは異なる成長特性を示した。
【0071】
R株、ME8077、ME8162とRC30のゲノムについて調べた。各株のゲノムはPmeI又はAscIの制限酵素を用いて分解後、パルスフィールド電気泳動(PFGE)によって分離した(図9)。PmeIとAscIによるME8077、ME8162とRC30のゲノム分解パターンは、各々全く異なっていた。例えば、PmeIで分解した場合、194kbp以上の3つのバンドが、ME8077株にはなかったが、ME8162とRC30株には2つのバンド(太いバンドと細いバンド)しかなかった。PmeIに比べてAscIによる分解パターンでは、ME8077、ME8162及びRC30の間の違いが明らかであった。ME8077は、特に9.42kbp及び200kbpにおいて他の2つのHfr株と大きく異なっていた。PmeI又はAscIによるR株のゲノムの分解パターンは、ME8077ではなくME8162とRC30が混成したパターンを示した。R株間においても、ゲノムの消化パターンにいくつかの違いがあった。ゲノムのPmeI分解では、すべてのR株の220から125kbpまでがRC30株と同じパターンを示した。しかし、R3とR4株は97から70kbp、125から80kbpまでにおいて、ME8162株のPmeI分解と同じパターンを示した。一方、R1とR2株は、上記領域においてRC30株と同じ分解パターンを示した。すべてのR株のゲノムは、AscIによる分解において、ほとんど同じ分解パターンを示した。最も大きい190kbpと165kbpの二本のバンドは、RC30株と同じだった。105kbpから93kbpまでのR株の分解パターンは、ME8162株と同様だったが、93kbpから72kbpまで、そして23kbpから7.7kbpまではRC30と同様だった。4つのR株のゲノムは、PFGEの結果からME8162よりRC30に近いことがわかった。ME8162株は、ゲノムにラムダファージの溶原因子を持っている。ミニセルには活性化RecAが存在するため、溶源化ファージが溶菌サイクルへ変化する。その結果、ME8162のゲノムを多く含むミニセルはファージにより溶菌する可能性が高いと考えられる。以上の結果から、R株のゲノムがME8162及びRC30株の両方のゲノムが混在して構成されていることがわかった。R株は、ME8162又はRC30株の自然突然変異株、若しくはpTSMb1の組み換え体ではないことがわかった。R株はME8077から分離されたミニセルを起源として、ME8162とRC30の新しい複合ゲノムを持っていた。
【0072】
(比較例1)
他のミニセル生産株(χ1411(CGSC6397)株)の利用を実施例と同じ方法により試みた。しかし、χ1411株のミニセル並びにME8162及びRC30との接合によって、合成細菌のコロニーを得ることができなかった。χ1411のミニセルは、顕微鏡観察の結果、ME8077のミニセルよりわずかに小さいことがわかった。ミニセルの大きさは、大腸菌の再生のための重要な要因の1つであるかもしれない。
【0073】
(比較例2)
ゲノム供与体として他の7種の大腸菌Hfr株(CGSC312、CGSC5778、CGSC2437、CGSC5816、CGSC5132、CGSC5350、CGSC4895)について検討した。接合実験を行ったHfr株の組み合わせは、(1)CGSC312+CGSC5778、(2)CGSC2437+CGSC5816、(3)CGSC312+CGSC5778+CGSC2437+CGSC5816、(4)CGSC2437+CGSC5132+CGSC5350+CGSC4895、(5)CGSC4895+CGSC5132、(6)RC30+CGSC5350である。大腸菌のゲノム地図における上記7株の遺伝子挿入位置を図10とした。図10において、円の外周の数値は遺伝子の位置(分)を、内周の数値は菌株番号をそれぞれ示す。菌株番号が数値だけの菌株はCGSC 番号を示している。ゲノム遺伝子地図に対して時計回りを黒矢印で、反時計回りを赤矢印で示した。
【0074】
図10を見ればわかる通り、7株のHfr株はゲノムを挿入する地点も方向もME8162とRC30とは異なっていた。しかし、ミニセルからの大腸菌の再生は、ME8162とRC30以外のHfr株では成功しなかった。さらに、ME8162とRC30を含む3つ以上のHfr株と接合した場合もまた、再生株を得ることができなかった。接合時、HfrからF-株へのゲノム挿入の頻度は、各々のHfr株の特性に依存する。さらにまた、本実験では接合時間が5時間と長いためにHfr株が増殖し、致死接合の問題が生じる(R. A. Skurrayら, J Bacteriol. 113:58-70. (1973).)。接合の状態は、ミニセルから大腸菌細胞への再生に影響を及ぼすのかもしれない。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】図1は、ミニセルから接合伝達形質転換体を製造する方法の概略図であり、F-株及びHfr株の接合を介したME8167株及びRC30株のゲノム伝達による精製された大腸菌ME8077株のミニセルからの接合伝達形質転換体の製造方法を示す。
【図2】図2は、接合中のME8167株及びRC30株のゲノム伝達の方向及びPOポイント(導入部)を示す。
【図3】図3は、Hfr株との接合後の、pTSMb1、精製ミニセル、及びミニセルを持つME8162株のgfp遺伝子及び16S rDNAのPCR増幅結果を示す。
【図4】図4は、ME8077株、ミニセル及び接合伝達形質転換体の細胞の形態を示す。実施例に記載の通りに、ミニセル(指示矢)はME8077株から精製され、すべての株は37℃でLB培地でインキュベートされた。バーは5μmを示す。
【図5】図5は、指標プラスミドであるpTSMb1を示す。ME8162株とRC30株のゲノムのcI遺伝子は、pTSMb1のlacIの発現を抑制し、及びgfpの発現をもたらし、ME8077株のゲノムのlacI遺伝子は、cI及びgfpの発現を抑制する。
【図6】図6は、接合伝達形質転換体及び親株のgfpの発現結果を示す。
【図7】図7は、接合伝達形質転換体と親株の遺伝子マーカーを示す。すべての株は、抗生物質を含むLB培地又は炭素源として各糖類を含むM9最少培地上でストリークされた。
【図8】図8は、接合伝達形質転換体及び親株の生育を示す。すべての株は、37℃で好気的にインキュベートされた。生育は660nmの光学濃度で測定された。
【図9】図9は、大腸菌ゲノムのPmeI及びAscIのPFGE結果を示す。M1及びM2はそれぞれ低レンジ範囲のPFGマーカー及びラムダラダーマーカーである。
【図10】図10は、大腸菌の染色体地図における各Hfr 株の遺伝子挿入位置を示す。図中、円の外周の数値は遺伝子の位置(分)を、内周の数値は菌株番号を、菌株番号が数値だけの菌株はCGSC 番号をそれぞれ示す。ゲノム遺伝子地図に対して時計回りを黒矢印で、反時計回りを赤矢印で示した。
【図11】図11は、pTSMb1及び接合伝達形質転換体のプラスミドの電気泳動結果を示す。プラスミドはミニプレップキット(キアゲン、MD)を用いてオーバーナイトで増殖した培養物 6mlから単離された。プラスミドはNheI又はAgeIで切断され、及び電気泳動で分離された。
【図12】図12は、供与体A及び供与体Bの遺伝子工学手法を利用した作製方法の概要を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
RNAポリメラーゼが接着したベクターを有するミニセル生産菌を、核酸切断条件下で培養して、核酸切断処理されたミニセル生産菌及びミニセルを含む培養物を得る工程;
前記培養物からミニセルを分離する工程;及び
接合伝達の方向が時計回りであって、接合伝達の導入部がゼロ点から反時計回り方向に10分以内の位置にある供与体Aのゲノムの少なくとも一部と、
接合伝達の方向が反時計回りであって、接合伝達の導入部がゼロ点から時計回り方向に10分以内の位置にある供与体Bのゲノムの少なくとも一部とを、
最少培地において前記ミニセルに接合伝達させて、増殖能を有する接合伝達形質転換体を得る工程
を含む、前記接合伝達形質転換体を製造する方法。
【請求項2】
前記ミニセル生産菌がF-細胞であり、かつ前記供与体A及び前記供与体BがHfr細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ミニセル生産菌が、大腸菌、サルモネラ属細菌、バチルス属細菌、ラクトバチルス属細菌、又はカンピロバクター属細菌である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記供与体A及び前記供与体Bが、それぞれ独立して、大腸菌、サルモネラ属細菌、バチルス属細菌、シュードモナス属細菌又はプロピオニバクテリウム属細菌である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記核酸切断条件下での培養が、核酸切断剤の存在下での培養、紫外線照射下での培養、及び放射線照射下での培養からなる群から選ばれる少なくとも一種である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記核酸切断剤が、マイトマイシンC、ナルジキシン酸、塩酸ブレオマイシン、硫酸ペプロマイシン、ジノスタチン・スチマラマー及び塩酸イダルビシンからなる群から選ばれる少なくとも一種である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記供与体Aは接合伝達の導入部がゼロ点から反時計回り方向に5分以内の位置にある供与体であり、かつ前記供与体Bは接合伝達の導入部がゼロ点から時計回り方向に5分以内の位置にある供与体である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記供与体Aのゲノムの少なくとも一部又は前記供与体Bのゲノムの少なくとも一部が、ファージDNAを含む、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
核酸切断処理されたミニセル生産菌に由来する、RNAポリメラーゼが接着したベクターを有するミニセル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2010−22228(P2010−22228A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−184807(P2008−184807)
【出願日】平成20年7月16日(2008.7.16)
【出願人】(504194878)独立行政法人海洋研究開発機構 (110)
【Fターム(参考)】