説明

揮散性物質の機能性の評価方法

【課題】 本発明の目的は、in vivoにおいて揮散性物質の機能性を高い精度で評価する方法を提供することである。
【解決手段】 飼育室内に予め所定の濃度に揮散性物質を揮散させた空気を供給させると共に、該飼育室内の空気の排出を行うことにより、該飼育室内を一定の揮散性物質濃度に保ち、このような飼育室内で実験動物を飼育して、その実験動物に及ぼされる影響を観察することによって、該揮散性物質の機能性を高い精度で評価できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、揮散性物質の機能性の評価方法に関する。より詳細には、本発明は、実験動物を用いて揮散性物質の機能性を高い精度で評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
常温で揮散する物質の中には、揮散された状態で、芳香、消臭、殺菌、殺虫性、害虫忌避、鎮静、覚醒等の種々の活性を発揮するものが知られている。このような活性を有する揮散性の物質は、揮散性薬剤として、芳香剤、香水、化粧料、浴用剤、防腐剤、抗菌剤、防虫剤等に利用されている。かかる揮散性薬剤を開発する上では、in vivoでの揮散性物質の安全性や特性を確認し、該物質の機能性を高い精度で評価する技術が不可欠である。
【0003】
従来、揮散性物質の機能性をin vivoで評価するには、密閉系又は開放系の実験動物飼育ケージに実験動物と共に揮散性物質を入れて揮散性物質が該実験動物に与える影響を確認する方法が採用さている(例えば、非特許文献1参照)。しかしながら、密閉系の飼育ケージを使用する従来法では、飼育時間の経過と共にケージ内の酸素濃度が欠乏するだけでなく実験動物の体温による飼育ゲージ内の温度の上昇、呼吸による飼育ゲージ内の湿度の上昇によって実験動物が悪影響を受けて、揮散性物質の影響が実験動物に正しく反映されないという欠点がある。また、開放系の飼育ケージを使用する従来法では酸素欠乏、温湿度上昇という問題は解消されるが、揮散された揮散性物質が飼育ケージ外に排出し、飼育ケージ内雰囲気の揮散性物質濃度が飼育時間の経過と共に変動するため、揮散性物質の機能性を正確に評価できないという問題点がある。また、上記従来の評価方法では、蒸気圧が異なる複数の揮散性化合物から構成されている揮散性物質を評価対象とする場合、該揮散性物質中の各揮散性化合物の揮散速度が異なるため、飼育ケージ内に揮散された揮散性化合物の分布が経時的に変化し、揮散性物質の機能性を正しく評価できないという不都合もあった。
【0004】
このような従来技術を背景として、揮散性物質の安全性や特性を確認し、該物質の機能性を高い精度で評価する技術の開発が望まれていた。
【非特許文献1】谷田貝光克、土師美恵子、「精油のマウスの運動量におよぼす影響とその揮散度について」、木材学会誌、Vol.31、No.5、p.409-417、1985年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明の目的は、上記従来技術の課題を解決することである。即ち、本発明は、in vivoにおいて揮散性物質の機能性を高い精度で評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討したところ、飼育室内に予め所定の濃度で揮散性物質を揮散させた空気を供給させると共に、該飼育室内の空気の排出を行うことにより、該飼育室内を一定の揮散性物質濃度に保ち、このような飼育室内で実験動物を飼育して、その実験動物に及ぼされる影響を観察することによって、該揮散性物質の機能性を高い精度で評価できることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて、更に検討を重ねて開発されたものである。
【0007】
即ち、本発明は、下記に掲げる発明を提供するものである:
項1. 揮散性物質の機能性の評価方法であって、
(1)実験動物を入れた飼育室内に予め所定の濃度で揮散性物質を揮散させた空気を供給させると共に、該飼育室内の空気の排出を行うことにより、一定の揮散性物質濃度雰囲気下で該実験動物の飼育を行う工程、及び
(2)該揮散性物質が実験動物に与える影響を観察し、該揮散性物質の機能性を評価する工程、
を含有する、上記評価方法。
項2. 揮散性物質が香料である、項1に記載の評価方法。
【0008】
以下に、本発明を詳細に説明する。
【0009】
本発明の評価方法は、揮散性物質の機能性について評価するものである。
【0010】
本発明において、揮散性物質とは、通常の使用状態(常温常圧下)において揮散する物質、即ち、常温揮散性の物質のことである。本発明において評価対象となる揮散性物質は、構造や組成が公知の物質であっても、また構造や組成が未知の物質であってもよい。
【0011】
また、該揮散性物質は、単一の化合物から構成されるものの他、複数の化合物から構成されるものであってもよい。本発明の評価方法では、複数の化合物から構成される揮散性物質を評価対象としても、各化合物の揮散速度の違いによる悪影響を排除して、揮散性物質の機能性を正確に評価できるという利点があり、かかる観点から、好適な評価対象の1つとして複数の化合物から構成される揮散性物質が挙げられる。このような揮散性物質として、具体的には植物由来の精油成分が例示される。
【0012】
また、本発明の評価方法では、揮散性物質は予め揮発させた状態で使用されるため、常温常圧下で揮散の程度が低い揮散性物質であっても、実験動物に影響が認められる程度に該物質の揮散濃度を調整でき、これによって該揮散性物質の機能性を高い精度で評価できるという利点もあるので、かかる観点から、好適な評価対象の1つとして蒸気圧10mmHg以下の低揮散性の物質が挙げられる。
【0013】
揮散性物質として、具体的には、香料、消臭性物質、殺菌性物質、殺虫性物質、害虫忌避性物質、鎮静性物質、覚醒性物質等として知られている揮散性物質が挙げられる。中でも、香料は、アロマセラピー効果を初めとする種々の生理活性を有していることが知られており、本発明の方法は、香料の新たな特性や安全性を評価するための方法として好適である。なお、機能性(用途)が全く知られていない揮散性物質についても、本発明の評価方法に適用して、新たな機能性の有無や程度の評価を行うことができる。
【0014】
また、本発明において、評価対象となる機能性とは、実験動物の行動特性や生理学的パラメーターを測定することにより推定可能な機能特性のことである。かかる機能性の具体例として、睡眠促進効果、覚醒効果、利尿効果、食欲増進効果、抗アレルギー効果、ダイエット効果、消化促進効果等が例示される。
【0015】
本発明の評価方法で使用する実験動物としては、評価の対象となる機能性の有無や程度を反映可能な動物でることを限度として、特に制限されない。該実験動物として、具体的には、ラット、マウス、ウサギ、猿、犬等の哺乳動物;
鶏、ハト等の鳥類;蛙等の両性類等が例示される。これらの中で、ほ乳類、特にマウス、ラット及びウサギは、実験動物として汎用されており、好適である。
【0016】
また、当該実験動物は、評価対象の機能性に応じて、疾患モデル動物や実験用に改良された動物を使用することもできる。
【0017】
以下、本発明の評価方法を工程毎に説明する。
工程(1)
本工程(1)では、実験動物を入れた飼育室内に予め所定の濃度で揮散性物質を揮散させた空気を供給させると共に、該飼育室内の空気の排出を行うことにより、一定の揮散性物質濃度雰囲気下で該実験動物の飼育を行う。
【0018】
本工程で使用する「所定の濃度で揮散性物質を揮散させた空気」(以下、供給空気と表記する)の調製は、当該技術分野で公知又は慣用の方法に従って行うことができる。その製法の一例として、所定の容量の容器内に目的の濃度となる分量の揮散性物質を入れて、該容器を密閉した後に加熱し、容器内で揮散性物質の全量を完全に揮散させる方法が挙げられる。
【0019】
本工程において、飼育室内雰囲気の揮散性物質の濃度は、実質的に、供給空気中の揮散性物質の濃度に保持される。故に、供給空気中の揮散性物質の濃度は、実験動物に暴露する揮散性物質の濃度に基づいて適宜設定される。
【0020】
該供給空気の酸素含量や湿度については、実験動物の生育を妨げない範囲で適宜調整することができる。
【0021】
供給空気を飼育室内に供給するには、公知又は慣用の空気供給手段を使用することにより行うことができる。
【0022】
供給空気の飼育室内への供給速度としては、供給空気の滞留時間、使用する実験動物の種類、飼育室の容量、供給空気に含まれる揮散性物質の種類や濃度等に応じて、適宜設定される。また、供給空気の滞留時間としては、通常0.5〜30000分、好ましくは5〜3000分が挙げられる。なお、ここでいう「供給空気の滞留時間」とは、飼育室の容量をXml、供給空気の供給速度をYml/minとすると、X/Yとして算出される。
【0023】
本工程では、上記供給空気の供給と共に、飼育室内の空気の排出を行う。飼育室内の空気を排出させる方法としては、例えば、飼育室内の空気排出口から自然排出させる方法や、飼育室内の空気排出口ファン等の空気排出手段を設け、該手段により強制排出させる方法等が挙げられる。なお、飼育室内の空気を強制排出する場合には、その空気排出速度は、上記供給空気の供給速度と同速度に設定する。
【0024】
なお、供給空気の供給と飼育室内の空気の排出は、飼育室内の雰囲気を一定の揮散性物質濃度に保つ観点から、連続的に実施することが望ましい。しかし、本発明の効果を妨げず、実験動物の飼育全期間の平均として算出した供給空気の滞留時間が上記範囲を具備することを限度として、供給空気の供給と飼育室内の空気の排出を断続的に実施してもよい。
【0025】
上記のように、供給空気の供給と飼育室内の空気の排出を行うことにより、飼育室内の雰囲気の揮散性物質濃度が一定に保たれる。かかる雰囲気下で所定の期間、実験動物の飼育を行うことによって、揮散性物質の作用効果が実験動物に、正確に反映される。なお、実験動物の飼育温度や給餌方法については、実験動物の種類や評価目的等に応じて適宜設定される。
【0026】
工程(2)
本工程では、揮散性物質が実験動物に与える影響を観察し、該揮散性物質の機能性の評価を行う。
【0027】
揮散性物質が実験動物に与える影響は、該揮散性物質の機能性に応じて種々異なる。そのため、本工程における「揮散性物質が実験動物に与える影響」の観察は、評価対象の機能性に基づいて変動する実験動物の行動特性や生理学的パラメーターを測定することにより実施される。例えば、評価対象の機能性が睡眠促進効果や覚醒効果の場合であれば、実験動物の睡眠時間、運動量、脳波又は筋電図の状態;評価対象の機能性が利尿効果の場合であれば、実験動物の排出尿量;評価対象の機能性が食欲増進効果の場合であれば、実験動物の接餌量;評価対象の機能性が抗アレルギー効果であれば、実験動物の血中ヒスタミン濃度;評価対象の機能性がダイエット効果であれば、実験動物の体重;消化促進効果であれば、胃液分泌量もしくは腸管のぜん動運動の変化を測定すればよい。
【0028】
このように実験動物の行動特性や生理学的パラメーターを測定し、その測定結果に基づいて、評価対象の機能性の有無や程度を推定できる。斯くして、「揮散性物質が実験動物に与える影響」の観察結果に基づいて、該揮散性物質の機能性の評価を行うことができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明の揮散性物質の機能性の評価方法によれば、実験動物の飼育雰囲気が一定の揮散性物質濃度に保持されるので、高い精度で、in vivoにおける揮散性物質の機能性を評価することができる。
【0030】
また、本発明の評価方法において、揮散性物質を予め揮散させた空気を実験動物の飼育室内に供給するので、蒸気圧が異なる複数の揮散性化合物から構成される揮散性物質を使用しても、飼育室内の各揮散性化合物の分布が経時的に変化することがなく、揮散性物質中の各化合物の組成比を正確に反映した飼育室雰囲気が作成される。それ故、蒸気圧が異なる複数の揮散性化合物から構成される揮散性物質に対しても、高い精度でその機能性を評価できる。
【0031】
更に、本発明の評価方法では、揮散性物質を予め揮散させた空気の供給と飼育室内の空気の排出が、継続的に行われているため、動物飼育期間中に、飼育室を開放してサンプリングを行ったとしても、サンプリング後速やかに実験動物の飼育雰囲気を、所定の揮散性物質濃度に戻すことができる。そのため、本発明の評価方法によれば、サンプリングを行うことにより生じる実験誤差を最小限に抑えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下、実施例及び試験例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
実施例1
鎮静・睡眠効果を有するα−サンタロールを揮散性物質のモデルとして、その鎮静・睡眠効果について下記方法に従って評価した。
【0033】
下記の条件下で体重240gのWistar系雄性ラット(1匹)を飼育し、飼育期間中、飼育室内温度、飼育室内湿度、飼育室内のα−サンタロール濃度の経時変化を測定すると共に、飼育期間中の該ラットの行動を観察し、α−サンタロールの鎮静・睡眠効果について評価した(実施例1)。なお、飼育室内のα−サンタロール濃度は、ガスクロマトグラフィーにより測定した。
(i)飼育器
空気供給口と空気排出口を有するの円柱形の飼育室(容量17L)を備えた飼育器を利用した。
(ii)供給空気
95重量%α−サンタロール含有溶液をパルプ製濾紙に0.15g含浸させ、これを無臭袋に入れ、更に窒素:酸素(容量比)4:1の工業用エアーを25L入れて、該無臭袋を密閉した。これを40℃で8時間静置させた後、室温で1時間放置して、α−サンタロールが5.7mg/Lの濃度で揮散している供給空気を製した。
(iii)供給空気の供給と飼育室内空気の排出
空気供給ポンプ(GLサイエンス社製、SP206-AC)を用いて、流速500mL/minで飼育期間中連続的に供給空気の供給を行った。飼育室内空気の排出は、飼育室に設けられた排出口から自然排出により実施した。
(iv)飼育条件
餌及び水を自由に摂取できるよう飼育室内に入れて、120分間、飼育室内に実験動物を入れ、飼育した。
【0034】
また、比較として、下記の条件下で体重240gのWistar系雄性ラット(1匹)を飼育し、実施例1と同様に、飼育期間中、飼育室内温度、飼育室内湿度、飼育室内のα−サンタロール濃度の経時変化を測定すると共に、飼育期間中の該ラットの行動を観察した(比較例1)。
【0035】
飼育室内の温度、湿度及びα−サンタロール濃度の測定結果について、図1〜3に示す。図1〜3から分かるように、実施例1では、飼育期間中、飼育室内の温度、湿度及びα−サンタロール濃度は一定に保持されていたが、比較例2では、飼育時間の経過に伴って、飼育室内の温度、湿度及びα−サンタロール濃度が上昇することが確認された。従って、実施例1では、α−サンタロールの作用をラットに正確に反映できていることが明らかとなった。一方、比較例1では、飼育期間中にα−サンタロール濃度と共に温度や湿度が変化しているので、α−サンタロールの作用をラットに正確に反映できていないことが確認された。
【0036】
また、飼育期間中にラットの行動を観察した結果を表1に示す。この結果、実施例1では、飼育室内のラットの行動に異常は認められなかったが、比較例1では、ラットの体表、行動、接餌状況に異常がみられ、飼育室内の環境変化によりストレスを受けていることが確認された。また、実施例1では、ラットは、飼育期間中、通常よりも睡眠時間及び睡眠回数が多かったことから、α−サンタロールには鎮静・睡眠効果があることが確認できた。一方、比較例1では、ラットの行動に異常が見られたため、α−サンタロールには鎮静・睡眠効果については確認できなかった。以上の結果から、本発明の方法によれば、揮散性物質の機能性を正確に評価できることが確認された。
【0037】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】図1は、実施例1及び比較例1における、飼育期間中の飼育室内の温度の経時的変化を示す図である。
【図2】図2は、実施例1及び比較例1における、飼育期間中の飼育室内の湿度の経時的変化を示す図である。
【図3】図3は、実施例1及び比較例1における、飼育期間中の飼育室内のα−サンタロールの濃度(機器測定値)の経時的変化を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
揮散性物質の機能性の評価方法であって、
(1)実験動物を入れた飼育室内に予め所定の濃度で揮散性物質を揮散させた空気を供給させると共に、該飼育室内の空気の排出を行うことにより、一定の揮散性物質濃度雰囲気下で該実験動物の飼育を行う工程、及び
(2)該揮散性物質が実験動物に与える影響を観察し、該揮散性物質の機能性を評価する工程、
を含有する、上記評価方法。
【請求項2】
揮散性物質が香料である、請求項1に記載の評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−105629(P2006−105629A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−289211(P2004−289211)
【出願日】平成16年9月30日(2004.9.30)
【出願人】(000186588)小林製薬株式会社 (518)
【Fターム(参考)】