説明

摩擦材及びその製造方法

【課題】強度低下を起こすことなく、低コストで超高耐熱性を有すること。
【解決手段】摩擦材の樹脂量の分布は、前記摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を、前記摩擦材をその最大長で切断したとき、その厚み方向の樹脂量の分布が二次元的または三次元的に変化するように、前記摩擦材の樹脂量の二次元的分布または三次元的分布を温度の高低によって形成したものであるから、摩擦表面付近の樹脂量が摩擦材内部もしくは反摩擦表面付近よりも低くなっているから、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し、超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布は摩擦材の乾燥工程で決まり、後処理工程を行う必要がないので、強度低下を起こすことなく、低コストで超高耐熱性の摩擦材とすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の自動変速機やオートバイ等の変速機等に用いられる複数または単数の摩擦板を設けた摩擦材係合装置用の摩擦材及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
潤滑油中で使用される多板形クラッチ等の湿式摩擦係合装置において、湿式摩擦プレートの湿式摩擦材としては、燒結合金系、カーボン系、あるいはコルク系等の湿式摩擦材も知られているが、「ペーパー摩擦材」とも呼ばれるペーパー系湿式摩擦材が一般的に用いられている。
【0003】
この湿式摩擦材は、パルプやアラミド繊維等の基材繊維と摩擦調整剤や体質充填材等の充填材とを抄造して得た抄紙体に、熱硬化性樹脂からなる樹脂結合剤を含浸し、加熱硬化して形成したものであり、軽量で安価であるだけでなく、材質が多孔質で比較的弾性にも富むため油吸収性が高く、しかも、耐熱性、耐摩耗性等にも比較的優れている等の特長を有している。
【0004】
ここで、摩擦材の摩擦表面付近の樹脂の存在は、摩擦材の耐熱性(特に、耐ヒートスポット性)を決定する要因の一つであり、摩擦表面付近の樹脂量が多いと摩擦材が硬くなり耐熱性が低下するため、摩擦表面付近の樹脂量は少ないことが望ましいと考えられている。
【0005】
しかし、摩擦表面付近の樹脂量を減らすため摩擦材中の樹脂量を減らせば摩擦材としての強度を維持することができなくなるため、必要最小限の樹脂を配合することにより、耐熱性と強度のバランスを確保している。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、近年摩擦材に要求されている超高耐熱性を達成するためには、どうしても摩擦表面の樹脂を除去する必要があり、その手段として表面研磨、高熱樹脂劣化処理(ヒートシア)等の後処理工程を追加することにより、耐熱性を向上させようとしている。
【0007】
しかしながら、こういった後処理工程の追加はコストが高くなり、また表面研磨では摩擦面がボサボサになり引き摺りトルクの上昇が起こり、ヒートシアでは摩擦材内部まで高温になるため、強度低下等といった弊害の発生もあり、近年摩擦材に要求されている低コスト、超高耐熱性確保といった目標に対し達成が困難な状況となっている。
【0008】
そこで、本発明は、強度低下を起こすことなく、低コストで超高耐熱性の摩擦材及びその製造方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1の発明にかかる摩擦材は、自動車の自動変速機やオートバイの変速機に用いられる複数または単数の摩擦板を設けた摩擦材係合装置用の摩擦材であって、摩擦材のライニング部の厚み方向、即ち、摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布が摩擦表面付近において、前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低いものである。即ち、摩擦表面付近の樹脂量が摩擦材内部もしくは反摩擦表面付近よりも低くなっているため、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布は摩擦材の乾燥工程で決まり、後処理工程を行う必要がない。
【0010】
また、摩擦表面側と反摩擦面側とで摩擦表面側が低くしたものであり、摩擦表面付近の樹脂量が反摩擦表面付近よりも低くなっているため、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し、超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布は摩擦材の乾燥工程で決定することができるから、後処理工程を行う必要がない。
【0011】
そして、前記摩擦材の樹脂量の分布を連続的に変化させたものは、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布は摩擦材の乾燥工程で決定でき、後処理工程を行う必要がない。殊に、前記摩擦材の樹脂量の分布が連続的に変化するから、特定の部分に機械的ストレスが集中して加わることがない。
また、前記樹脂量の分布は、前記摩擦材全体の平均樹脂率よりも前記摩擦表面付近が低い樹脂量に形成され、かつ、前記摩擦材全体の平均樹脂率よりも前記摩擦表面付近が低い樹脂量となっており、前記樹脂量の分布が上に凸または下に凸の二次元的に変化している。したがって、前記摩擦表面付近の樹脂量が摩擦材内部もしくは反摩擦表面付近よりも低くなっているため、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し、超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、強度低下を起こすことなく、低コストで超高耐熱性の摩擦材とすることができる。
【0012】
更に、樹脂の含浸によって形成したものであるから、樹脂を含浸させてから摩擦材の乾燥工程において摩擦表面の温度を低くし、反摩擦表面の温度を高くすることができ、摩擦材中の樹脂は、高温部へ移動して乾燥していく溶剤に引きずられて低温部から高温部へ移動する性質を有するため、厚み方向の樹脂量の分布が反摩擦表面付近において最も高く、摩擦表面付近において最も低くできる。
【0013】
加えて、前記樹脂量の分布は、平均樹脂率よりも摩擦表面付近が低い樹脂量となっているものである。したがって、摩擦表面付近の樹脂量が摩擦材内部もしくは反摩擦表面付近よりも低くなっているため、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し、超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、強度低下を起こすことなく、低コストで超高耐熱性の摩擦材とすることができる。
【0014】
請求項2の発明にかかる摩擦材は、更に、前記摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布は、前記摩擦材をその最大長で切断したとき、その厚み方向の樹脂量の分布が下に凸の二次元的に変化して形成されているものであるから、安定した強度となる。
【0015】
請求項3の発明にかかる摩擦材の製造方法は、自動車の自動変速機やオートバイの変速機に用いられる複数または単数の摩擦板を設けた摩擦材係合装置用の摩擦材であって、前記摩擦材の樹脂量の分布は、前記摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を、前記摩擦材をその最大長で切断したとき、その厚み方向の樹脂量の分布が上に凸または下に凸の二次元的に変化するように、前記摩擦材の樹脂量の二次元的分布を温度の高低によって形成したものである。
【発明の効果】
【0016】
以上説明したように、請求項1の発明にかかる摩擦材は、自動車の自動変速機やオートバイの変速機に用いられる複数または単数の摩擦板を設けた摩擦材係合装置用の摩擦材であって、摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布は、摩擦表面付近が、前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低く形成されてなるものである。
【0017】
したがって、摩擦表面付近の樹脂量が摩擦材内部もしくは反摩擦表面付近よりも低くなっているため、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し、超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布は摩擦材の乾燥工程で決まり、後処理工程を行う必要がないので、強度低下を起こすことなく、低コストで超高耐熱性の摩擦材とすることができる。
【0018】
また、摩擦材の樹脂を摩擦表面側と反摩擦面側とで摩擦表面側が低くしたものであるから、摩擦表面付近の樹脂量が反摩擦表面付近よりも低くなっているため、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し、超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布は摩擦材の乾燥工程で決定することができるから、後処理工程を行う必要がないので、強度低下を起こすことなく、低コストで超高耐熱性の摩擦材とすることができる。
【0019】
そして、摩擦材の樹脂量の分布を連続的に変化させたものでは、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し、超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布は摩擦材の乾燥工程で決定でき、後処理工程を行う必要がないので、強度低下を起こすことなく、低コストで超高耐熱性を持たせることができる。また、前記摩擦材の樹脂量の分布が連続的に変化するから、特定の部分に機械的ストレスが集中して加わることがない。
また、前記樹脂量の分布は、前記摩擦材全体の平均樹脂率よりも前記摩擦表面付近が低い樹脂量となっているものである。したがって、前記摩擦表面付近の樹脂量が摩擦材内部もしくは反摩擦表面付近よりも低くなっているため、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し、超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、強度低下を起こすことなく、低コストで超高耐熱性の摩擦材とすることができる。
【0020】
更に、樹脂を含浸させたものであるから、摩擦表面の温度を低くし、反摩擦表面の温度を高くすることによって、摩擦材中の樹脂は、高温部へ移動して乾燥していく溶剤に引きずられて低温部から高温部へ移動する性質を有するため、厚み方向の樹脂量の分布が反摩擦表面付近において高く、摩擦表面付近において低くなる。よって、製造が廉価になり、容易となる。
【0021】
加えて、摩擦材の樹脂を摩擦表面側と摩擦材内部とで摩擦表面側が低くしたものであるから、摩擦表面付近の樹脂量が摩擦材内部よりも低くなっているため、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布は摩擦材の乾燥工程で決まり、後処理工程を行う必要がないので、強度低下を起こすことなく、低コストで超高耐熱性の摩擦材とすることができる。
【0022】
また、樹脂量の分布を平均樹脂率よりも摩擦表面付近が低い樹脂量として形成したものであるから、摩擦表面付近の樹脂量が摩擦材内部もしくは反摩擦表面付近よりも低くなっているため、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し、超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、強度低下を起こすことなく、低コストで超高耐熱性の摩擦材とすることができる。
【0023】
請求項2の発明にかかる摩擦材は、更に、前記摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布は、前記摩擦材をその最大長で切断したとき、その厚み方向の樹脂量の分布が二次元的に変化して形成されているものである。したがって、請求項1に記載の効果に加えて、安定した強度となる。
【0024】
自動車の自動変速機やオートバイの変速機に用いられる複数または単数の摩擦板を設けた摩擦材係合装置用の摩擦材の製造方法において、前記摩擦材の樹脂量の分布は、前記摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を、前記摩擦材をその最大長で切断したとき、その厚み方向の樹脂量の分布が二次元的に変化するように、前記摩擦材の樹脂量の二次元的分布を温度の高低によって形成したものである。
【0025】
したがって、この摩擦材の製造方法は、摩擦材の乾燥工程において摩擦表面の温度を低くし、反摩擦表面の温度を高くすることによって、摩擦材中の樹脂は高温部へ移動して乾燥していく溶剤に引きずられて低温部から高温部へ移動する性質を有するため、厚み方向の樹脂量の分布が摩擦表面付近において低くなる。よって、優れた超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、従来からある乾燥工程において好ましい樹脂量の分布を形成するもので、工程を追加する必要がないので低コストで実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】図1は本発明の実施の形態にかかる摩擦材及びその変形例のライニング部の厚み方向の樹脂量の分布を示す図である。
【図2】図2は本発明の実施の形態にかかる摩擦材の耐ヒートスポット性を従来材と比較して示す図である。
【図3】図3は本発明の実施の形態にかかる摩擦材のμ−V正勾配性を従来材と比較して示す図である。
【図4】図4は本発明の実施の形態にかかる摩擦材の初期特性を従来材と比較して示す図である。
【図5】図5は本発明の実施の形態にかかる摩擦材の製造過程を示す説明図である。
【図6】図6は本発明の実施の形態にかかる摩擦材の製造過程を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施の形態について、図1乃至図4を参照して説明する。
図1は本発明の実施の形態にかかる摩擦材及びその変形例のライニング部の厚み方向の樹脂量の分布を示す図である。図2は本発明の実施の形態にかかる摩擦材の耐ヒートスポット性を従来材と比較して示す図である。図3は本発明の実施の形態にかかる摩擦材のμ−V正勾配性を従来材と比較して示す図である。図4は本発明の実施の形態にかかる摩擦材の初期特性を従来材と比較して示す図である。
【0028】
本実施の形態の摩擦材の原材料となる摩擦材は樹脂含浸タイプの摩擦材であって、本実施の形態の摩擦材は、様々な方法で製造することができる。
例えば、摩擦材の乾燥工程において摩擦表面の温度を低くし、反摩擦表面の温度を高くする。摩擦材中の樹脂は、高温部へ移動して乾燥していく溶剤に引きずられて低温部から高温部へ移動する性質を有するため、厚み方向の樹脂量の分布が反摩擦表面付近において最も高く、摩擦表面付近において最も低くなる。
【0029】
また、2枚の摩擦材の摩擦表面同士を重ね合わせたまま24時間以上自然乾燥した後、別々にしてまたは重ね合わせたまま高温で硬化させることによっても製造することができる。この場合も、突き合わされた摩擦表面からは乾燥は起こらず、外側になった反摩擦表面から溶剤が乾燥していくため、厚み方向の樹脂量の分布が反摩擦表面付近において最も高く、摩擦表面付近において最も低くなる。
【0030】
このようにして製造された摩擦材中の厚み方向の樹脂量の分布を示すのが、図1のAa及びAbである。図1に示されるように、Aa及びAbの摩擦材においては、厚み方向の樹脂量の分布が反摩擦表面付近において最も高く、内部に行くにしたがって低くなり、摩擦表面付近において最も低くなっている。かかる樹脂量の分布を有する摩擦材は、次に述べる耐ヒートスポット性を始めとして摩擦材として優れた特性を示す。
【0031】
また、変形例としてBのように樹脂量の分布が摩擦表面付近において最も低くなってはいないが反摩擦面付近等の他の部分よりは低くなっている摩擦材、さらに、Aa及びAbのように滑らかな分布ではないが、C、Dのような摩擦表面付近において低い樹脂量の分布を示す摩擦材においても、同様に優れた耐ヒートスポット性が示される。
【0032】
次に、これらの摩擦材の中から、2枚の摩擦材の摩擦表面同士を重ね合わせたまま24時間以上自然乾燥した後、樹脂を200℃×1時間で完全硬化し、接着剤を塗布した芯金に貼り付けて製造した摩擦材について、従来の摩擦材と比較して、耐ヒートスポット性試験を実施した。耐ヒートスポット性試験とは、摩擦材を鉄材に圧着して回転させ、鉄材表面に最初に焼け焦げ(ヒートスポット)が生じるまでに何回転かかるかを測定することによって、摩擦材の耐熱性を評価する試験である。
【0033】
試験機としてはSAE#2テスターを用い、回転数7800rpm、慣性量0.086kg・m2 、面圧785kPa、油量180ml/minの条件下で評価した。結果を図2に示す。従来の摩擦材に対して、本実施の形態の摩擦材は15倍近くまで耐ヒートスポット性が向上していることが分かる。
【0034】
次に、μ−V正勾配性について、従来の摩擦材と比較して試験した。結果を図3に示す。従来の摩擦材にはμ−V正勾配性が認められないのに対して、本実施の形態の摩擦材には顕著なμ−V正勾配性が認められる。このように、本実施の形態の摩擦材は摩擦表面付近の樹脂量が少ないため、係合特性、μ−V正勾配性等、実車フィーリングが向上する。
【0035】
さらに、初期特性について、従来の摩擦材と比較して試験した。結果を図4に示す。従来の摩擦材に比べて本実施の形態の摩擦材は初期特性が格段に向上していることが分かる。このように、本実施の形態の摩擦材は摩擦表面の樹脂量が少ないため、初期特性が向上する。これによって、AT(オートマチック・トランスミッション)の性能が初期から安定する。
【0036】
このように、本実施の形態の摩擦材は、摩擦材のライニング部の厚み方向の樹脂量の分布が摩擦表面付近において前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低いものである。例えば、樹脂含浸タイプの摩擦材であって、樹脂成分を有する摩擦材の摩擦表面の温度を低くし、反摩擦表面の温度を高くする乾燥によって、摩擦材のライニング部の厚み方向の樹脂量の分布が摩擦表面付近において前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くしたものである。即ち、摩擦表面付近の樹脂量が摩擦材内部もしくは反摩擦表面付近よりも低くなっているから、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し超高耐熱性の摩擦材となる。
【0037】
しかも、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布は摩擦材の乾燥工程で決まり、後処理工程を行う必要がないので強度低下を起こすことなく、低コストで超高耐熱性の摩擦材を提供することができる。また、摩擦表面付近の樹脂量が少ないため、係合特性、μ−V正勾配性等、実車フィーリングが向上する。さらに、摩擦表面の樹脂量が少ないため初期特性が向上し、これによってATの性能が初期から安定するという効果が得られる。
【0038】
ここで、「摩擦表面付近」とは、摩擦材全体の厚さに対して摩擦表面から約10%の深さまでの範囲内をいう。また、「樹脂率」という用語を「単位体積当りの樹脂の量」を意味するものとして定義すると、本実施の形態の摩擦材は、摩擦材全体の平均樹脂率よりも摩擦表面から摩擦材全体の厚さに対して約10%の深さまでの範囲内の平均樹脂率の方が低いものということもできる。これは、摩擦表面から摩擦材全体の厚さに対して約5%の深さまでの範囲内の平均樹脂率の方が低いものと定義しても同じであり、発明者らの実験では、平均樹脂率は摩擦表面から摩擦材全体の厚さに対して約40%程度の深さまでは、平均樹脂率の方が低いことを確認した。しかし、図1の特性から見れば、約40%を超える程度の深さまでは、平均樹脂率の方が低いことが推定できる。
【0039】
また、本実施の形態の摩擦材のうち、図1のAa、Ab、C、Dで示される摩擦材は、前記厚み方向の樹脂量の分布が前記摩擦表面付近において最も低いものである。そして、摩擦材のライニング部の厚み方向の樹脂量の分布が、摩擦表面付近において、平均樹脂率に対して約±3%以上(絶対値が大きいという意味)の高い樹脂量の部分と低い樹脂量の部分が存在することによる前述の効果であると推定される。ここで、特に必要なのは、平均樹脂率に対して摩擦表面付近が約−3%よりも低い樹脂量となっていることによる効果であると推定される。
【0040】
更に、発明者らの実験結果に基づくと、摩擦表面付近の平均樹脂率が0〜50%であって、摩擦材全体の平均樹脂率よりも低い摩擦材と特定することもできる。この場合にも、同様の効果が得られるものと考えられる。
【0041】
特に、摩擦材のライニング部の厚み方向の樹脂量の分布が摩擦表面付近において最も低くなっているから、極めて耐熱性、耐ヒートスポット性が高く超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布は摩擦材の乾燥工程で決まり、後処理工程を行う必要がないので、低コストで済み、かつ、強度低下を起こすことがない。更に、強度アップを目的に摩擦材の樹脂の配合量を増やしたとしても、摩擦表面付近の樹脂量は従来のものよりも少ない状態となるため、耐熱性を損なうことなく強度を上げることが可能となる。
【0042】
また、本実施の形態の摩擦材の製造方法は、摩擦材の乾燥工程において摩擦表面の温度を低くし、反摩擦表面の温度を高くする工程を含むものであるから、これによって、摩擦材中の樹脂は高温部へ移動して乾燥していく溶剤に引きずられて低温部から高温部へ移動する性質を有するため、厚み方向の樹脂量の分布が摩擦表面付近において最も低くなる。したがって、上述の如く優れた性質を備えた超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、本製造方法は従来からある乾燥工程において好ましい樹脂量の分布を形成するもので、工程を追加する必要がないので低コストで実施することができる。
【0043】
特に、本実施の形態においては、2枚の摩擦材の摩擦表面同士を重ね合わせたまま24時間以上自然乾燥する方法で摩擦表面付近の樹脂量を少なくして製造した摩擦材について特性試験を実施したが、摩擦材の乾燥工程において摩擦表面の温度を低くし、反摩擦表面の温度を高くする方法で摩擦表面付近の樹脂量を少なくして製造した摩擦材においても、同様な特性の向上がみられる。
【0044】
そして、摩擦表面付近の樹脂量を少なくする方法は、これら2つの方法に限らず、他にも減圧,加圧,遠心分離,スプレー,リッピング,ローラー等の片面塗布等、種々の方法によることができる。また、本実施の形態においては樹脂含浸タイプの摩擦材を例に挙げて説明したが、本発明の摩擦材は樹脂含浸タイプに限られず、樹脂積層タイプを始めとして樹脂を成分として含むものであればどのような摩擦材にも適用される。
【0045】
殊に、粉体樹脂の場合には、摩擦材を成形する際に均一に分布させるように混練し、摩擦材の乾燥工程において摩擦表面の温度を低くし、反摩擦表面の温度を高くする工程によっても同様に製造することができる。また、均一分布状態の摩擦材の乾燥工程において、一方の面に粉体樹脂を撒いてもよいし、一方の面に粉体樹脂を含浸させるように付着させてもよい。
摩擦材のその他の部分の構成、形状、数量、材質、大きさ、接続関係等、また摩擦材の製造方法のその他の工程についても、本実施の形態に限定されるものではない。
【0046】
通常、上記実施の形態の摩擦材の製造方法は、摩擦材の乾燥工程において、片方の表面の温度を低くし、及び/またはもう他方の表面の温度を高くする工程を入れることにより、摩擦材中の樹脂は高温部へ移動して乾燥していく有機溶剤に引きずられて低温部から高温部へ移動する性質を有するから、厚み方向の樹脂量の分布が一方の表面付近において最も低くなる。したがって、上述の如く優れた性質を備えた超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、本製造方法は従来からある乾燥工程において好ましい樹脂量の分布を形成するもので、工程を追加する必要がないので低コストで実施することができる。
【0047】
また、上記実施の形態の摩擦材の製造方法は、2枚の摩擦材の摩擦表面同士を重ね合わせたまま乾燥した後、別々にしてまたは重ね合わせたまま高温で硬化させる工程を含むものである。この場合は、突き合わされた摩擦表面からは乾燥が起こらず、外側になった反摩擦表面から溶剤が乾燥していくため、摩擦材中の樹脂も引きずられて移動し、厚み方向の樹脂量の分布が反摩擦表面付近において最も高く、摩擦表面付近において最も低くなる。したがって、上述の如く優れた性質を備えた超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、本製造方法は従来からある乾燥工程において好ましい樹脂量の分布を形成するもので、工程を追加する必要がないので低コストで実施することができる。
【0048】
そして、上記摩擦材の製造方法は、2枚以上の樹脂量を異にする摩擦材を重ね合わせて、一体化するもので、特に、2枚以上の樹脂量を異にする摩擦材を形成し、少なくとも、それらの1以上の樹脂量を異にする摩擦材の乾燥完了前の適当に乾燥した状態で重ね合わせて、バインダを介在させて接着し、一体化することにより、厚み方向の樹脂量の分布が反摩擦表面付近において最も高く、摩擦表面付近において最も低く構成することができ、所望の超高耐熱性の摩擦材となる。即ち、摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布が摩擦表面付近で、前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低くなるように、摩擦表面付近の摩擦材の樹脂量を少なくして乾燥させ、それを乾燥前の摩擦材の上に載せて、一体化することができる。また、複数枚の摩擦材を重ね合わせ、そこに樹脂を含浸させても、複数枚の摩擦材の面相互間で不連続な摩擦材を形成することができる。
【0049】
上記のように、この発明にかかる摩擦材は、摩擦材のライニング部の厚み方向、即ち、摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布が摩擦表面付近において、前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低いものであり、その実施の形態としては、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布は摩擦材の乾燥工程で、適度に乾燥した摩擦表面と反摩擦面の表裏をバインダで接合することにより、摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布が摩擦表面付近において、前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低く形成することができる。後処理工程を行う必要がないので強度低下を起こすことなく、低コストで超高耐熱性の摩擦材を得ることができる。
【0050】
このように、摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布が、摩擦表面付近で前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低く形成されているから、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布は摩擦材の乾燥工程で決まり、後処理工程を行う必要がないので強度低下を起こすことなく、低コストで超高耐熱性とすることができる。
【0051】
上記実施の形態の摩擦材の樹脂は、図1のAaの実施例では、摩擦表面側と反摩擦面側とで摩擦表面側が20%以上低くしたものであるから、摩擦表面付近の樹脂量が反摩擦表面付近よりも低くなっており、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し、超高耐熱性の摩擦材となる。しかし、発明者等の実験によれば、摩擦表面側と反摩擦面側とで摩擦表面側が5%以上低くしたものでも、耐熱性、耐ヒートスポット性が向上し、超高耐熱性としての特性の向上が確認され、結果、摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布は、摩擦表面付近が厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低く形成されていればよいことが判明した。
【0052】
殊に、上記実施の形態の摩擦材は、摩擦表面側と摩擦材内部とで摩擦表面側が略5%以上低くしたものであり、摩擦表面付近の樹脂量が摩擦材内部よりも低くなっているため、摩擦表面付近の樹脂量が反摩擦表面付近よりも低くなっている実施例と同様、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布は摩擦材の乾燥工程で決まり、後処理工程を行う必要がないので強度低下を起こすことなく、低コストで超高耐熱性の摩擦材を提供することができる。
【0053】
特に、上記実施の形態では、図1に示すように、摩擦材の樹脂量の分布を連続的に変化させたものであるから、特定の部分に機械的ストレスが集中して加わることが回避できる。
【0054】
また、上記実施の形態では、図1に示すように、摩擦材の樹脂量の分布を連続的に変化させたものであるが、摩擦材の製造工程において、樹脂量を異にする2枚または3枚以上の摩擦材を形成し、少なくとも、それらの1以上の樹脂量を異にする摩擦材の乾燥完了前の適度に乾燥した状態でバインダを用いて接合により重ね合わせ、複数の樹脂量を異にする摩擦材を一体化することによっても製造することができる。
【0055】
この場合には、摩擦材の樹脂量の分布を不連続的に変化させたものとなるが、複数の樹脂量を異にする摩擦材における樹脂の含有率を任意に設定でき、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し、超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、摩擦材の厚み方向の樹脂量の分布は重ね合わせによって決定でき、任意の低コストで超高耐熱性の摩擦材を得ることができる。
【0056】
そして、上記実施の形態の摩擦材は、樹脂の含浸によって形成したものであり、樹脂を含浸させてから摩擦材の乾燥工程において摩擦表面の温度を低くし、反摩擦表面の温度を高くすることによって、摩擦材中の樹脂は、高温部へ移動して乾燥していく溶剤に引きずられて低温部から高温部へ移動する性質を有するため、厚み方向の樹脂量の分布が反摩擦表面付近において最も高く、摩擦表面付近において最も低くなる。故に、廉価に製造が容易となる。
【0057】
上記実施の形態の摩擦材の樹脂量の分布は、発明者等の実験により、平均樹脂率よりも摩擦表面付近が約1%以上低い樹脂量となっているものでは、摩擦表面付近の樹脂量が摩擦材内部もしくは反摩擦表面付近よりも低くなり、耐熱性、耐ヒートスポット性が格段に向上し、超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、強度低下を起こすことなく、低コストで超高耐熱性の摩擦材とすることができる。
【0058】
ところで、本発明の実施の形態にかかる摩擦材の製造方法は、摩擦材の乾燥工程において、一方の表面の温度を低くし、及び/またはもう一方の表面の温度を高くする工程を含むことによって製造可能である。これによって、摩擦材中の樹脂は高温部へ移動して乾燥していく溶剤に引きずられて低温部から高温部へ移動する性質を有するため、厚み方向の樹脂量の分布が一方の表面付近において最も低くなる。したがって、上述の如く優れた性質を備えた超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、本製造方法は従来からある乾燥工程において好ましい樹脂量の分布を形成するもので、工程を追加する必要がないので低コストで実施することができる。
【0059】
また、本発明の実施の形態にかかる摩擦材の製造方法は、その製造工程において、2枚の摩擦材または2枚以上の摩擦材の摩擦表面同士を重ね合わせたまま乾燥した後、別々にしてまたは重ね合わせたまま高温で硬化させる工程を含むものである。この場合、突き合わされた摩擦表面からは乾燥は起こらず、外側になった反摩擦表面から溶剤が乾燥していくため、摩擦材中の樹脂も引きずられて移動し、厚み方向の樹脂量の分布が反摩擦表面付近において最も高く、摩擦表面付近において最も低くなる。したがって、上述の如く優れた性質を備えた超高耐熱性の摩擦材となる。しかも、本製造方法は従来からある乾燥工程において好ましい樹脂量の分布を形成するもので、工程を追加する必要がないので低コストで実施することができる。
【0060】
そして、本発明の実施の形態にかかる摩擦材の製造方法は、摩擦材に樹脂を含浸させる工程において、前記摩擦材の一方の面に樹脂を追加含浸させ、摩擦材の乾燥工程において、前記摩擦材の樹脂を追加含浸させた側を外側として、その厚み方向に遠心力を付与しながら、所定の温度条件で乾燥させる工程を含むものであるから、前記摩擦材の樹脂を追加含浸させた側の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を、摩擦表面付近が前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも低く形成することができる。
【0061】
図5は本発明の実施の形態にかかる摩擦材の製造を示す説明図である。
本発明の実施の形態にかかる摩擦材の製造方法は、摩擦材10の乾燥工程において、摩擦材10に樹脂を含浸させた状態で、回転ドラム50に補助具51に配置させた摩擦材10を係合手段52によって使用して取付け、回転ドラム50の回転によって、摩擦材10の厚み方向に遠心力を付与しながら、所定の温度条件で乾燥させる工程を含むものであるから、温度条件及び遠心力によって、摩擦材10の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を、摩擦表面付近が前記厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも任意に低く形成することができる。または、摩擦材10の乾燥工程において、摩擦材10の粘性の大きい樹脂を外側として、その厚み方向に遠心力を付与しながら、所定の温度条件で乾燥させる工程を含むものであるから、摩擦材10の表裏に粘性状態、温度条件及び遠心力によって、摩擦材10の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を、摩擦表面付近が厚み方向の最も高い樹脂量の部分よりも任意に低く形成することができる。
上記各実施の形態では、二次元的な操作を前提に説明したが、図5に示すように、三次元的処理を行うことができる。
【0062】
図6は本発明の実施の形態にかかる摩擦材の製造を示す説明図である。
即ち、所定の温度条件で乾燥させる際に、所定の回転数で回転する回転台60の中心に摩擦材10を置き、摩擦材10を回転させ、その遠心力によって、摩擦材10の周囲の樹脂量の分布を高くしたものである。したがって、上記各実施の形態に加えて、摩擦材10の周囲の樹脂量の分布を高くしたものであるから、負荷に対応した偶力が大きくなる方向の機械的強度を得ることができ、安定した強度となる。
【0063】
即ち、摩擦材10を最大長の直径で切断したとき、その断面の幅方向と厚み方向の樹脂量の分布は、二次元的に変化することになる。例えば、図6の実施の形態では、この二次元的な樹脂量の分布変化は、摩擦材10の外周側がその中心側に比較して樹脂量の分布が高く形成されていることになる。また、摩擦材10の厚みと、その遠心力、温度、樹脂粘度によって、任意の樹脂量の分布変化を得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自動車の自動変速機やオートバイの変速機に用いられる複数または単数の摩擦板を設けた摩擦材係合装置用の摩擦材であって、
樹脂を含浸させた後乾燥することによって得られた前記摩擦材の樹脂量の分布は、前記摩擦材をその最大長で切断したとき、前記摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布が、前記摩擦表面付近の樹脂量が前記厚み方向の中で最も高い部分の樹脂量に対し低い樹脂量に形成され、かつ、前記摩擦材全体の平均樹脂率よりも前記摩擦表面付近が低い樹脂量となっており、前記樹脂量の分布が上に凸または下に凸の二次元的に変化していることを特徴とする摩擦材。
【請求項2】
前記樹脂量の分布は、下に凸の二次元的に変化し、前記摩擦表面付近よりも前記反摩擦表面付近が樹脂率が高いことを特徴とする請求項1に記載の摩擦材。
【請求項3】
自動車の自動変速機やオートバイの変速機に用いられる複数または単数の摩擦板を設けた摩擦材係合装置用の摩擦材であって、
前記摩擦材の樹脂量の分布は、前記摩擦材の摩擦表面側から反摩擦面側までの厚み方向の樹脂量の分布を、前記摩擦材をその最大長で切断したとき、その厚み方向の樹脂量の分布が上に凸または下に凸の二次元的に変化するように、前記摩擦材の樹脂量の二次元的分布を温度の高低によって形成したことを特徴とする摩擦材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−257008(P2011−257008A)
【公開日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−183573(P2011−183573)
【出願日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【分割の表示】特願2007−309811(P2007−309811)の分割
【原出願日】平成15年12月9日(2003.12.9)
【出願人】(000100780)アイシン化工株式会社 (171)
【Fターム(参考)】