説明

摺動性布帛およびそれを用いた摺動性衣類

【課題】患者が楽に移動でき、かつ、患者各々の態様に合わせた適用を、工業レベルではなく個人レベルに近い段階で行うこと。
【解決手段】衣類と床面等の被摺動面との間の摩擦抵抗を低減するための摺動部材であって、該衣類に固着する摺動性布帛、またそれを固着した摺動性衣類。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動性布帛およびそれを用いた摺動性衣類に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、病気療養者の移動方法として、患者が床面等の上を滑ることで移動する方法があるが、従来の患者が着用している衣類では、衣類に用いられる布の摺動性が悪く、介護人が患者を引きずって移動させる場合であっても、患者が自らを引きずって移動する場合であっても、多大な労力が必要であった。その労力により、介護人の腰痛等の障害が発生する原因となり、患者も自ら動こうとする気力を失わせるものであった。
【0003】
この問題を解決する手段として、摺動性を向上させた布帛やそれを用いた衣類、あるいは表面を高摺動処理したような衣類が提案されている(例えば、特許文献1、2、3参照)。しかしながら、移動する際の姿勢が、仰向け、うつぶせ、座った状態、等、各人毎に異なるため、衣類の中の摺動面が異なり、つまりは摺動性を向上すべき部位が各人毎に異なることになる。ということは、摺動性を向上すべき部位を個別対応しなければならないこととなり、工業的に対応することが難しいといった問題点があった。また、衣類全体を、摺動性を向上させた布帛で構成することも可能であるが、通常摺動性を向上させた布帛はコストが高いといった問題点もあった。
【0004】
この問題を解決する手段として、滑動パッチ部材と装着手段を有する装身具が提案されている(例えば、特許文献3参照)。しかしながら、使用中に装身具の位置がずれたり、ずれないようにきつく締め付けるとその身体部位に負担がかかったりするなどの問題点があった。
【0005】
また、上記特許文献3には、摺動性を向上させた布帛等を縫着又は被着させたパンツが提案されている。しかしながら、縫着や被着の容易な布帛を提供するものではなく、個人対応が難しいものであった。
【特許文献1】特許第2972804号公報
【特許文献2】特開2000−080536号公報
【特許文献3】特開2004−105693号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、かかる従来技術の問題点に鑑み、患者が楽に移動でき、かつ、患者各々の態様に合わせた適用を、工業レベルではなく個人レベルに近い段階で行うことができるための、摺動性布帛と摺動性衣類を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために本発明によれば、以下のような手段を採用する。
【0008】
前記摺動性布帛と衣類とが接着層を介して固着されていることを特徴とする上記の摺動性衣類。
【0009】
衣類と被摺動面との間の摩擦抵抗を低減するための摺動部材であって、該衣類に固着する布帛であることを特徴とする摺動性布帛。
【0010】
前記布帛の少なくとも片面が接着処理されていることを特徴とする摺動性布帛。
【0011】
前記布帛が摺動面にフッ素系繊維が含まれてなる布帛であることを特徴とする摺動性布帛。
【0012】
前記フッ素系繊維がポリテトラフルオロエチレン繊維であることを特徴とする上記の摺動性布帛。
【0013】
前記布帛の摺動面が概ねフッ素系繊維のみにより構成されていることを特徴とする上記の摺動性布帛。
【0014】
前記布帛がフッ素系繊維とその他の繊維との複数層構造であることを特徴とする上記の摺動性布帛。
【0015】
前記布帛がフッ素系繊維とその他の繊維との混合布帛であることを特徴とする上記の摺動性布帛。
【0016】
上記の摺動性布帛の少なくとも片面が接着処理されていることを特徴とする摺動性布帛。
【0017】
上記の摺動性布帛が衣類の一部に固着していることを特徴とする摺動性衣類。
【0018】
前記摺動性布帛と衣類とが縫製により固着されていることを特徴とする上記の摺動性衣類。
【0019】
前記摺動性布帛と衣類とが摺動性布帛の溶融により固着されていることを特徴とする上記の摺動性衣類。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、以下に説明するとおり、患者が楽に移動でき、かつ、患者各々の態様に合わせた適用を、工業レベルではなく個人レベルに近い段階で行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
【0022】
本発明においては、衣類と床面等の被摺動面との間の摩擦抵抗を低減するための摺動部材であって、該衣類に固着する布帛であることを特徴とする摺動性布帛を提供する。
【0023】
衣類は、通常繊維を用いてなる布帛からなることが多いため、衣類に固着させる布帛も合成繊維や天然繊維などの繊維を用いてなる布帛であると好ましい。その中でも、摺動性に優れる繊維を用いた布帛や、布帛に摺動性を付与させる後加工を行った布帛などが好ましい。具体的には、布帛の動摩擦係数が0.15以下、好ましくは0.1以下であるとよい。JIS K7125−1999「プラスチック−フィルム及びシート−摩擦係数試験方法」に基づき、滑り片として摺動性布帛、試験片として金属板(SUS304、表面粗さ0.8μmRa)のものを用いて、速度100m/sの条件下で測定する。
【0024】
上記の摺動性布帛を衣類に固着させるために、あらかじめ摺動性布帛の片面が接着処理されているものを用いることもできる。そのような布帛の接着処理としては、接着剤や粘着剤を塗布する方法や、上記の複数層構造である摺動布帛におけるその他の繊維を熱溶融繊維とする方法や、熱溶融シートを貼り付けておく方法などが挙げられる。
【0025】
フッ素系繊維は素材として摺動性に優れているため、本用途の摺動面への適用に好ましい。さらに、フッ素系繊維としては、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)繊維が、摩擦係数がもっとも低く、好ましい。
【0026】
また、後加工による摺動性の付与の方法としては、シリコーン樹脂、フッ素樹脂、等を布帛上にコーティングすることなどが好ましい。
【0027】
本発明の布帛とは、織物、編物、不織布、あるいはウェブ等の繊維からなるシート状のもの全てのものが含まれる。また、シート状のものに薬剤や樹脂などを後から付与した物も含まれる。このなかで、織物、編物、あるいは不織布が、衣服への固着の加工性の面や、耐久性の面で好ましい。さらには、着心地の面から、織物および編物がさらに好ましい。
【0028】
上記摺動性布帛として、次の3種類の布帛を提供する。1つ目は、概ねフッ素系繊維のみにより構成されていることを特徴とする布帛であり、2つ目は、フッ素系繊維層とその他の繊維層との複数層構造で構成されている布帛であり、3つ目は、フッ素系繊維とその他の繊維との混合布帛で構成されている布帛である。3種類の布帛は、下記のとおり、目的に合わせて使用することができる。
【0029】
摺動面が概ねフッ素系繊維のみにより構成されている摺動性布帛は、織物、編物、不織布、ウェブ等の繊維からなるシート、いかなる形態の布帛においても得ることができる。摺動面を概ねフッ素系繊維のみで構成することにより、フッ素系繊維の高摺動性を十分生かすことができる。この布帛は、フッ素系繊維のみにより構成されていていれば摺動面が100%フッ素系繊維により構成される。また、その他の繊維を芯とし、フッ素系繊維を鞘とした複合繊維により構成されていてもよい。この複合繊維は、例えばカバリング法や複合紡糸などで達成できる。この複合繊維を用いた場合でも、摺動面が概ねフッ素系繊維で構成されているのがよい。「概ね」とは、摺動面が好ましくは90重量%以上、さらに好ましくは99重量%以上フッ素系繊維により構成されるものであるとよい。
【0030】
フッ素系繊維層とその他の繊維層3との複数層構造で構成されている摺動性布帛4は、例えば、二重織、二重編、積層不織布などの布帛で実現することができる。これは、フッ素系繊維が一般に接着性に劣るため、摺動面にフッ素系繊維層、接着面にその他の繊維層を用いることで、接着性の弱点を克服したものである。
【0031】
フッ素系繊維とその他の繊維との混合布帛で構成されている摺動性布帛は、例えば交織、交編、混綿不織布、合撚糸を用いた布帛、などの布帛で実現することができる。これは、フッ素系繊維が一般に接着性に劣るため、その他の繊維を混合することにより、接着性の弱点を克服したものである。混率は、フッ素繊維の割合が30重量%以上であるのが好ましい。さらには、60重量%以上が好ましい。
【0032】
その他の繊維としては、フッ素系繊維以外のものであれば、特に限定するものではない。具体的には、ポリエチレン繊維、ポリプロピレン繊維、ポリエステル繊維、液晶ポリエステル繊維、ポリアミド繊維、芳香族ポリアミド繊維、アクリル繊維、PBO(ポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール)繊維、PPS(ポリフェニレンサルファイド)繊維、ポリイミド繊維、などを用いることができる。
【0033】
上記の摺動性布帛を衣類に固着させることで、優れた摺動性衣類となることができる。衣類に固着させることなく、単に衣類の上から巻き付けたりするだけでは、巻き付けがゆるいとずれてしまったり、巻き付けがきついと巻き付けた身体の部位に負担がかかるが、固着させることによって、楽な体勢でスムーズに移動することが可能となる。
【0034】
摺動性布帛の衣類への固着方法として、例えば、次の3種類の固着方法を挙げることができる。1つ目は、摺動性布帛を縫製部によって衣類に固着して摺動性衣類を得る方法であり、2つ目は、接着層部を介した固着方法であり、3つ目は、摺動性布帛の部分的あるいは全面的な溶融部による固着方法である。3種類の固着方法は、下記のとおり、目的に合わせて使用することができる。
【0035】
縫製による固着は、ミシンを用いる方法、手縫いによる方法、などによって達成することができる。縫製によって固着することにより、布帛の種類に特に限ることなく固着することが可能であり、また、縫製糸をほどけば、摺動性布帛を再利用することもできる。
【0036】
接着層を介した固着は、エポキシ樹脂などの硬化製樹脂を用いて接着する方法や、ポリエチレンシートなどの熱可塑性樹脂シートを衣類と摺動性布帛との間に挟み込み、熱をかけることでポリエチレンシートが溶融することにより接着する方法や、上記の接着層を持った摺動性布帛を固着させる方法などがある。この方法によれば、縫製による固着に比べて強固に衣類に固着することができる。特に、ポリエチレンシートを用いる方法は、家庭用アイロンでも容易に溶融するほど低融点であり、本固着に適用するのに好ましい。摺動性布帛としては、フッ素繊維が接着力に劣るため、フッ素系繊維とその他の繊維との複数層構造である摺動性布帛においてその他の繊維を接着面に用いる方法や、フッ素系繊維とその他の繊維との混合布帛である布帛を摺動性布帛として用いる方法が好ましい。もちろん、概ねフッ素系繊維のみにより構成されている摺動性布であっても、布帛の凹凸によるアンカー効果が期待できるため、適用することができる。
【0037】
摺動性布帛の部分溶融による固着は、特に、フッ素系繊維とその他の繊維との複数層構造である布帛や、フッ素系繊維とその他の繊維との混合布帛である布帛において、その他の繊維の部分を溶融させて固着させるのが好ましい。その他の繊維として、ポリエチレン繊維のように家庭用アイロンでも容易に溶融するほど低融点のものを用いるとさらに好ましい。
【0038】
また、摺動性布帛の衣類への固着部位は、特に限るものではなく、使用する個人個人の態様に合わせて部位を決定することができる。例えば、腹部、膝部、背部、尻部などである。
【実施例】
【0039】
次に、本発明の実施例を説明する。摺動性衣類として、以下の8種類の衣類を作製した。
【0040】
実施例1
摺動性布帛として、平均繊度220dtex、フィラメント数30本のPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)繊維の長繊維を100%用いて綾織物を作製した。この布帛の摩擦係数は0.077であった。この摺動性布帛を30cm×30cmに裁断し、通常の綿100%からなるスエット服の腹の部分にミシンを用いて縫着することで摺動性衣類とした。
【0041】
実施例2
摺動性布帛として、平均繊度220dtex、フィラメント数30本のPTFE繊維の長繊維と、平均繊度220T、フィラメント数20本のポリエチレン繊維の長繊維を用いて、表面がPTFE繊維が概ね100%露出するように、また裏面がポリエチレン繊維が概ね100%露出するように、二重織物を作製した。この布帛の摩擦係数は0.087であった。この摺動性布帛を30cm×30cmに裁断し、通常の綿100%からなるスエット服の腹の部分に、家庭用アイロンを用いて150℃×3分の熱処理を布帛全面に施すことにより融着することで摺動性衣類とした。
【0042】
実施例3
摺動性布帛として、PTFE繊維65%、ポリエステル繊維35%の割合で混紡した40sの紡績糸を用いてヨコ編物を作製した。この布帛の摩擦係数は0.090であった。この摺動性布帛を30cm×30cmに裁断し、同じ30cm×30cmに裁断したポリエチレンシートを、通常の綿100%からなるスエット服の腹の部分と摺動性布帛との間に積層し、家庭用アイロンを用いて150℃×3分の熱処理を布帛全面に施すことにより融着することで摺動性衣類とした。
【0043】
実施例4
摺動性布帛として、PTFE繊維35%、ポリエステル繊維65%の割合で混紡した40sの紡績糸を用いてヨコ編物を作製した。この布帛の摩擦係数は0.099であった。この摺動性布帛を30cm×30cmに裁断し、同じ30cm×30cmに裁断したポリエチレンシートを通常の綿100%からなるスエット服の腹の部分と摺動性布帛との間に積層し、家庭用アイロンを用いて150℃×3分の熱処理を布帛全面に施すことにより融着することで摺動性衣類とした。
【0044】
比較例1
通常の綿100%からなるスエット服を、実験用衣類とした。このスエット服を構成する布帛の摩擦係数は0.195であった。
【0045】
比較例2
布帛として、平均繊度220dtex、フィラメント数20本のポリエステル繊維の長繊維を100%用いて綾織物を作製した。この布帛の摩擦係数は0.169であった。この布帛を30cm×30cmに裁断し、通常の綿100%からなるスエット服の腹の部分に熱プレスを150℃×3分施すことにより融着することで実験用衣類とした。
【0046】
比較例3
布帛として、平均繊度220dtex、フィラメント数20本のポリエステル繊維の長繊維と、平均繊度220dtex、フィラメント数20本のポリエチレン繊維の長繊維を用いて、表面がポリエステル繊維が概ね100%露出するように、また裏面がポリエチレン繊維が概ね100%露出するように二重織物を作製した。この布帛の摩擦係数は0.160であった。この布帛を30cm×30cmに裁断し、通常の綿100%からなるスエット服の腹の部分に家庭用アイロンを用いて150℃×3分の熱処理を布帛全面に施すことにより融着することで実験用衣類とした。
【0047】
比較例4
布帛として、ポリエステル繊維100%の割合で紡績した40sの紡績糸を用いて、ヨコ編物を作製した。この布帛の摩擦係数は0.168であった。この布帛を30cm×30cmに裁断し、同じ30cm×30cmに裁断したポリエチレンシートを、通常の綿100%からなるスエット服の腹の部分と布帛との間に積層し、家庭用アイロンを用いて150℃×3分の熱処理を布帛全面に施すことにより融着することで実験用衣類とした。
【0048】
そして、摺動性衣類のすべり性に関する性能評価として、次のような評価を行った。
すなわち、体重54kg、71kg、95kgの男性3名と、体重46kg、54kg、60kgの女性3名の計6名を被験者とし、それぞれの摺動性衣類を着用した状態でカーペット上にうつ伏せになり、匍匐前進にて2m進む試験を行った。その時の疲労具合を、一番少ないと感じた衣類を1点とし、順に2点、3点と点数を付け、6名の被験者の合計点をすべり性評価として比較した。つまり、合計点が少ないものが優れた衣類である。
【0049】
表1に見られるように、比較例1〜4に比べ、実施例1〜4は合計点数が少なく、本発明の目的を見事に果たすものであった。つまり、実施例1〜4のものは、フッ素繊維を用いた布帛を摺動性布帛として用い、それを固着させた摺動性衣類を着用しているため、従来の布帛からなる衣類を着用した比較例1や、従来の布帛を固着させてなる比較例2〜4に比べ、寝ている人が移動する際の負担を低減できるものであった。
【0050】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
衣類と被摺動面との間の摩擦抵抗を低減するための摺動部材であって、該衣類に固着する布帛であることを特徴とする摺動性布帛。
【請求項2】
前記布帛の少なくとも片面が接着処理されていることを特徴とする、請求項1に記載の摺動性布帛。
【請求項3】
前記布帛が摺動面にフッ素系繊維が含まれてなる布帛であることを特徴とする、請求項1または2のいずれかに摺動性布帛。
【請求項4】
前記フッ素系繊維がポリテトラフルオロエチレン繊維であることを特徴とする請求項3に記載の摺動性布帛。
【請求項5】
前記布帛の摺動面が概ねフッ素系繊維のみにより構成されていることを特徴とする請求項3または4のいずれかに記載の摺動性布帛。
【請求項6】
前記布帛がフッ素系繊維とその他の繊維との複数層構造であることを特徴とする請求項3または4のいずれかに記載の摺動性布帛。
【請求項7】
前記布帛がフッ素系繊維とその他の繊維との混合布帛であることを特徴とする請求項3または4のいずれかに記載の摺動性布帛。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかに記載の摺動性布帛が衣類の一部に固着していることを特徴とする摺動性衣類。
【請求項9】
前記摺動性布帛と衣類とが縫製により固着されていることを特徴とする請求項8に記載の摺動性衣類。
【請求項10】
前記摺動性布帛と衣類とが接着層を介して固着されていることを特徴とする請求項8に記載の摺動性衣類。
【請求項11】
前記摺動性布帛と衣類とが摺動性布帛の溶融により固着されていることを特徴とする請求項8に記載の摺動性衣類。