説明

放射性元素除去用吸着材、その製造方法及びその使用方法

【課題】この発明の課題は、放射性元素を含有した汚染水から放射性元素を簡易に除去することのできる放射性元素除去用吸着材、その製造方法及びその使用方法を提供すること
【解決手段】繊維で形成されて成る繊維成形体を、(1)ヘキサシアノ鉄酸の、周期表におけるアルカリ金属の第2〜4周期にある金属の塩を含むヘキサシアノ鉄酸塩水溶液に浸漬する第1浸漬工程と、(2)前記ヘキサシアノ鉄酸塩水溶液に含まれる鉄の価数とは異なる価数の鉄イオンを含む鉄イオン含有溶液に浸漬する第2浸漬工程とに供することにより得られる放射性元素除去用吸着材、その製造方法及びその使用方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、放射性元素除去用吸着材、放射性元素除去用吸着材の製造方法及び放射性元素除去用吸着材の使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原子力関連施設では、不測の事態により放射性物質が環境中へ放出される原子力事故が発生することがある。原子力関連施設において事故が発生すると、放射性クリプトン、放射性キセノン、ヨウ素131、セシウム137、ストロンチウム90、プルトニウム239等の放射性物質が大気中に放出されることがある。これらの放射性物質は時間と共に崩壊し、最終的には放射能を有さない安定な同位体になる。しかし、放射性物質が安定な同位体になるまでの期間の指標となる半減期は、その種類により数時間から数十年まで様々である。放射性物質は、α線、β線、γ線、X線等の放射線を放出し、ある一定以上の放射線が生体に照射されると、生体組織や遺伝子を傷つけたり、活性酸素が生じて生命活動を妨げたりする。したがって、原子力事故の規模によっては、大気中に放出された放射性物質を環境中から排除する等の対策をとることが必要になることがある。
【0003】
放射性物質の中でもセシウム137は半減期が約30年、ストロンチウム90は半減期が約29年であり、環境中にセシウム137及びストロンチウム90が存在する場合にはセシウム137及びストロンチウム90が長期間にわたって放射線を放出し続ける。また、セシウム137及びストロンチウム90が呼吸、水、食物等によって体内に入った場合には、セシウム137及びストロンチウム90は体内に吸収され易く、体内で放射線を放出し続けることになる。
【0004】
また、ヨウ素131は半減期が約8日であり、セシウム137等と比べて半減期が短い。しかし、ヨウ素131が体内に取り込まれると、甲状腺に集まって蓄積され易く、甲状腺機能障害を引き起こすおそれがある。
【0005】
セシウム137等を原因とする被爆による被害を最小限に抑えるためには、環境中に放射性元素が放出された場合に、放射性元素が体内に取り込まれる前に早急に環境中から除去する必要がある。
【0006】
特許文献1には、原子炉施設、核燃料の再処理工場等から発生する、放射性核種を含有する廃液、特にセシウム、又はセシウムとストロンチウムを含有する廃液の処理方法として、「放射性核種を含有する廃液を、脱窒菌又はセシウム蓄積菌で処理してセシウムを吸着除去するセシウム除去工程を含んでなる放射性核種の除去方法。」(特許文献1の請求項2参照。)が記載されている。
【0007】
特許文献2には、簡便かつ高効率で希少金属や有害金属などの金属を回収するための材料を提供することを目的として、「ポリアリルアミンを二硫化炭素で架橋させて得られるチオウレア骨格を有するハイドロゲルからなる金属吸着剤。」(特許文献2の請求項1参照。)が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−271306号公報
【特許文献2】特開2011−183376号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、さらに環境中に放出された放射性元素を、より簡易に除去することのできる放射性元素吸着材の開発が望まれていた。
【0010】
この発明は、放射性元素を含有した汚染水から放射性元素を簡易に除去することのできる放射性元素除去用吸着材、その製造方法及びその使用方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決するための手段は、
[1] 繊維で形成されて成る繊維成形体を以下の(1)及び(2)の工程に供することにより得られる放射性元素除去用吸着材。
(1)ヘキサシアノ鉄酸の、周期表におけるアルカリ金属の第2〜4周期にある金属の塩を含むヘキサシアノ鉄酸塩水溶液に浸漬する第1浸漬工程
(2)前記ヘキサシアノ鉄酸塩水溶液に含まれる鉄の価数とは異なる価数の鉄イオンを含む鉄イオン含有溶液に浸漬する第2浸漬工程
前記[1]の好ましい態様は、
[2] 前記繊維成形体は、その繊維が麻であることを特徴とする前記[1]に記載の放射性元素除去用吸着材であり、
[3] 前記繊維成形体は、その繊維が合成繊維及び/又は天然繊維(麻を除く。)であることを特徴とする前記[1]に記載の放射性元素除去用吸着材である。
【0012】
前記他の課題を解決するための手段は、
[4] 繊維で形成されて成る繊維成形体を以下の(1)及び(2)の工程に供することを特徴とする放射性元素除去用吸着材の製造方法。
(1)ヘキサシアノ鉄酸の、周期表におけるアルカリ金属の第2〜4周期にある金属の塩を含むヘキサシアノ鉄酸塩水溶液に浸漬する第1浸漬工程
(2)前記ヘキサシアノ鉄酸塩水溶液に含まれる鉄の価数とは異なる価数の鉄イオンを含む鉄イオン含有溶液に浸漬する第2浸漬工程
前記[4]の好ましい態様は、
[5] さらに、固着剤を含む固着溶液に浸漬する固着工程に供することを特徴とする前記[4]に記載の放射性元素除去用吸着材の製造方法であり、
【0013】
前記他の課題を解決するための手段は、
[6] 前記[1]〜[3]のいずれか1つに記載の放射性元素除去用吸着材を放射性元素を含む汚染水に入れて、放射性元素を放射性元素除去用吸着材に取り込むことを特徴とする放射性元素除去用吸着材の使用方法である。
【発明の効果】
【0014】
この発明に係る放射性元素除去用吸着材によると、屋外プール、ため池、水溜り、除染に用いた排水、貯水槽の水、河川、海水等の汚染水に含有される放射性元素を簡易に除去することができる。また、この発明に係る放射性元素除去用吸着材の製造方法によると、効率良く前記放射性元素除去用吸着材を製造することができる。また、この発明に係る放射性元素除去用吸着材の使用方法によると、水に含有される放射性元素を簡易に除去することができ、また、放射性元素を取り込んだ放射性元素除去用吸着材の基材が繊維成形体であるので、粉末の放射性元素と異なり、その取扱いが容易である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、この発明の放射性元素除去用吸着材を100リットルの汚染水に投入したときの放射能の経時変化を示す図である。
【図2】図2は、この発明の放射性元素除去用吸着材を500リットルの汚染水に投入したときの放射能の経時変化を示す図である。
【図3】図3は、この発明の放射性元素除去用吸着材を1000リットルの汚染水に投入したときの放射能の経時変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
この発明に係る放射性元素除去用吸着材は、繊維成形体を以下の(1)及び(2)の工程に供することにより得られる。
(1)ヘキサシアノ鉄酸の、周期表におけるアルカリ金属の第2〜4周期にある金属の塩を含むヘキサシアノ鉄酸塩水溶液に浸漬する第1浸漬工程
(2)前記ヘキサシアノ鉄酸塩水溶液に含まれる鉄の価数とは異なる価数の鉄イオンを含む鉄イオン含有溶液に浸漬する第2浸漬工程
繊維成形体は(1)及び(2)の工程に、この順に又はこの順とは逆の順に供されることができる。繊維成形体を(1)及び(2)の工程に供することにより得られる放射性元素除去用吸着材は、繊維成形体にMFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]及び/又はMFe(III)[Fe(II)Fe(III)(CN)](MはIUPAC‘90年勧告に基づく周期表におけるアルカリ金属の第2〜4周期にある金属、具体的には、K、Na、及び/又はLiである。)が担持されている。
【0017】
MFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]は、ヘキサシアノ鉄(III)酸塩と鉄(II)イオンとの反応により得られる。MFe(III)[Fe(II)Fe(III)(CN)]は、ヘキサシアノ鉄(II)酸塩と鉄(III)イオンとの反応により得られる。
以下において、ヘキサシアノ鉄酸塩におけるMがカリウムの場合に得られるKFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]をターンブルー・ブルーと称することがある。
【0018】
この発明の放射性元素除去用吸着材は、例えば、第1浸漬工程の後に第2浸漬工程を行う場合には、まず第1浸漬工程を行うことによりヘキサシアノ鉄酸イオンが繊維成形体に取り込まれ、その後第2浸漬工程を行うことにより、繊維成形体に取り込まれたヘキサシアノ鉄酸イオンと鉄イオンとが反応し、繊維成形体に担持された状態で、MFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]及び/又はMFe(III)[Fe(II)Fe(III)(CN)]が形成されると推測される。このとき、ヘキサシアノ鉄酸イオンに含まれる鉄の価数が3価の場合には、2価の鉄イオンと反応し、ヘキサシアノ鉄酸イオンに含まれる鉄の価数が2価の場合には、3価の鉄イオンと反応する。
なお、MFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]及びMFe(III)[Fe(II)Fe(III)(CN)]は、理想的な組成式で示される化合物として得ることが難しく、前記組成式において、M及びFeの一部が他の金属で置換されたり、結晶水が含まれたりすることもある。
【0019】
繊維成形体は、繊維を成形した物であり、例えば板状に成形した布及び紙、塊状、球状、柱状及び立方体状に成形した成形体等を挙げることができる。
【0020】
繊維成形体の原料は、MFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]及び/又はMFe(III)[Fe(II)Fe(III)(CN)]を担持させることができる限り特に限定されず、例えば、亜麻、マニラ麻及び苧麻等の麻、並びに木綿等の植物繊維、絹、モヘヤ、ウール、及びカシミア等の動物繊維といった天然繊維、レーヨン及びキュプラ等の再生繊維、アセテート及びプロミックス等の半合成繊維、ポリエステル、ナイロン、ポリウレタン、アクリル、及びアクリルアミド等の合成繊維、木材、古紙等を挙げることができる。放射性元素を除去するための吸着材として、これらの中でも亜麻、マニラ麻及び苧麻等の麻は、放射性元素を含む汚染水からのセシウム、ヨウ素、及びストロンチウムの除去率が高いので好ましい。また、親水性の物質、例えば水酸基を有する物質、特にセルロース製の木綿、麻及び紙は、汚染水からのセシウムの除去率が高いので好ましい。親水性の物質は、MFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]及び/又はMFe(III)[Fe(II)Fe(III)(CN)]を高含有率で担持することができるので、セシウムの吸着力を向上させることができ、その結果、汚染水からのセシウムの除去率が高くなると考えられる。
【0021】
成形体の形成方法は、MFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]及び/又はMFe(III)[Fe(II)Fe(III)(CN)]を担持させることができる限り特に限定されず、例えば従来公知の布の製造方法を挙げることができ、例えば、前述した原料により製造される繊維を用いて製造される平織、綾織、朱子織等の織物、平編み、ゴム編み、ガーター編み、鹿の子編み等の編物、不織布等を挙げることができる。成形体は、細い繊維を用いて表面積が大きくなるように形成するのが好ましい。このような成形体は、MFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]及び/又はMFe(III)[Fe(II)Fe(III)(CN)]を高含有率で担持することができるので、放射性元素の吸着力を向上させることができる。
【0022】
また、成形体の形成方法として、従来公知の紙の製造方法を挙げることができる。例えば、前述した原料により繊維を製造し、得られた繊維を水に分散させて繊維が切断、水和、膨潤、絡み合うようにする。次いで、水に分散させた繊維を簀子又は網の上に広げて抄いた後に、脱水及び乾燥させる。なお、放射性元素除去用吸着材を製造する製造工程として後述する第1浸漬工程及び第2浸漬工程を紙の製造工程に組み込んで、行ってもよい。例えば、従来公知の紙の製造工程の一つである、繊維を水に分散する工程においてヘキサシアノ鉄酸カリウムを水に溶解させることにより第1浸漬工程を行い、次いで製造された紙に対して、ヘキサシアノ鉄酸塩水溶液に含まれる鉄の価数とは異なる価数の鉄イオンを含む鉄イオン含有溶液に浸漬する第2浸漬工程を行ってもよい。
【0023】
この発明に係る放射性元素除去用吸着材により除去される放射性元素としては、例えば放射性セシウム、放射性ヨウ素、放射性ストロンチウムを挙げることができる。セシウムは112〜151の質量数を有する39種類の同位体があり、これらのうち質量数が133であるCs133は安定同位体であり、Cs133以外の質量数のセシウムを放射性セシウムと称する。ヨウ素は数種類の同位体があり、放射能をもつ放射性ヨウ素として、例えばヨウ素131、ヨウ素133がある。ストロンチウムは数種類の同位体があり、放射能をもつ放射性ストロンチウムとして、例えばストロンチウム89、ストロンチウム90、ストロンチウム91がある。ここでは、放射能をもつ放射性セシウムと安定同位体であるセシウムとを区別せずに、単にセシウムと称することがある。ヨウ素及びストロンチウムについても同様である。この発明の放射性元素除去用吸着材は、特にセシウムの吸着率が高い。また、繊維成形体が麻により形成されている場合には、放射性元素除去用吸着材は、セシウム、ヨウ素、及びストロンチウムを吸着し、特にセシウム及びヨウ素の吸着率が高い。ただし、原子力関連施設等から環境中に放出された放射性セシウムが体内に取り込まれた場合には、放射性セシウムは体内に吸収され易く、また体外に排出されるまでに3〜6月程度要することから、放射性セシウムが体内から排出されるまでの間放射性セシウムが体内で放射線を放射し続けることになる。したがって、この発明の放射性元素除去用吸着材は、原子力関連施設から放出される可能性があり、また半減期の比較的長いCs137を除去するのに好適に使用される。
【0024】
この発明に係る放射性元素除去用吸着材は、例えば、次のように製造される。まず、繊維成形体を、ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム水溶液に浸漬する(第1浸漬工程)。次いで、必要に応じて前記第1浸漬工程で得られた第1浸漬布を乾燥する(乾燥工程)。次いで、前記乾燥工程で得られた乾布を鉄(II)イオンを含む鉄イオン含有溶液に浸漬する(第2浸漬工程)。次いで、必要に応じて、放射性元素除去用吸着材の耐久性を向上させるために、前記第2浸漬工程で得られた第2浸漬布を固着剤を含む固着溶液に浸漬する(固着工程)。
【0025】
前記第1浸漬工程では、まず、ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウムを水に溶解し、0.01〜0.5モル/Lのヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム水溶液を作製する。次いで、10〜130℃、好ましくは50〜70℃に保持したヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム水溶液に、繊維成形体として前述した木綿等の布を入れて10〜60分間浸漬する。扱いやすさの観点からヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム水溶液の温度は50〜70℃が好ましい。ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム水溶液を室温より高くすると、ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウムを布に担持させ易くなる。このとき、布とヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム水溶液との接触を均一にするために、布を揉むと良い。
【0026】
前記乾燥工程では、ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム水溶液を良く染み込ませた第1浸漬布を絞って余分なヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム水溶液を除き、そのまま自然乾燥させる。時間短縮のために30〜80℃程度の乾燥室で乾燥させても良い。乾燥された乾布は、黄色を呈し、蛍光を帯び、ゴワゴワした硬い感触となる。この乾燥工程を経ることにより、余分なヘキサシアノ鉄(III)酸カリウムを除くことができるので、後の工程においてKFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)](ターンブルー・ブルー)を布に担持させるための化学反応に関与しない無駄な反応を抑制することができる。したがって、第1浸漬工程の後に乾燥工程を経ることにより、ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム水溶液等の薬液を余分に消費することなく、コストを低減することができる。
【0027】
前記第2浸漬工程では、まず、塩化第一鉄及び硫酸第一鉄等の無機鉄塩、クエン酸第一鉄、シュウ酸第一鉄、酢酸第一鉄等の有機鉄塩等の水に溶解し易い鉄化合物を水に溶解し、ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウムと等モルとなるように、0.01〜0.5モル/Lの鉄(II)イオンを含む鉄イオン含有溶液を作製する。硫酸第一鉄は食品添加物として認定されていることから、人体への安全面の観点で好ましい。次いで、10〜130℃、好ましくは50〜70℃に保持した鉄イオン含有溶液に、乾布を入れて10〜60分間浸漬する。鉄イオン含有溶液を室温より高くすると、ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウムと鉄イオンとの反応が進み易くなり、KFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]を布に担持させ易くなる。このとき、乾布と鉄イオン含有溶液との接触を均一にするために、布を揉むと良い。このようにして、乾布に担持されたヘキサシアノ鉄(III)酸カリウムと鉄(II)イオンとが反応し、KFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]が担持された第2浸漬布が得られる。
【0028】
前記固着工程では、第2浸漬工程で得られた第2浸漬布を絞って余分な鉄イオン含有溶液を除き、濡れた状態の第2浸漬布を固着溶液に浸漬する。固着溶液は、KFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]を第2浸漬布に強固に担持させるための糊の機能を有する溶液であれば良く、例えば、明礬水溶液、タンパク質の水溶液、カチオン型染料の色止め用剤(例えば、株式会社田中直染料店「タナフィックスNニュー」)等を挙げることができる。
【0029】
各工程で使用された溶液が、ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム水溶液の濃度が0.04モル%(A液)、硫酸第一鉄の水溶液の濃度が0.3モル%(B液)、明礬水溶液の濃度が1質量%(C液)の場合には、各液の質量割合を、A液:B液:C液=5:3:8、繊維成形体に対する各液の質量割合を繊維成形体:A液+B液:C液=1:200:200にすると、各液を無駄にせずに効率良くKFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]を繊維成形体に担持させることができる。
【0030】
なお、この発明の放射性元素除去用吸着材は、KFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)](ターンブルー・ブルー)の粉末を糊材に混ぜて繊維成形体に固着させる方法、所謂捺染によりターンブルー・ブルーが担持される吸着材とは、ターンブルー・ブルーの繊維成形体への結合構造が異なる。この発明の放射性元素除去用吸着材は、糊材を用いずに繊維成形体にターンブルー・ブルーを担持させることができる。この発明の放射性元素除去用吸着材は、糊材を用いていないのでセシウムとターンブルー・ブルーとの接触面積が大きくなることから、糊材を用いてターンブルー・ブルーを繊維成形体に担持させるよりも放射性元素の吸着性能が高い。
【0031】
前述した放射性元素除去用吸着材の製造方法においては、第1浸漬工程でヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム水溶液を、第2浸漬工程で鉄(II)イオンを含む鉄イオン含有溶液を使用する場合について説明したが、ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム水溶液に代えて、ヘキサシアノ鉄(II)酸カリウム水溶液としてもよいし、ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウムとヘキサシアノ鉄(II)酸カリウムとを含むヘキサシアノ鉄酸カリウム水溶液としてもよい。
また、第1浸漬工程でヘキサシアノ鉄(II)酸カリウムを用いた場合には、第2浸漬工程において、鉄(II)イオンに代えて、鉄(III)イオンを含む鉄イオン含有溶液としてもよいし、鉄(II)イオンと鉄(III)イオンとを含む鉄イオン含有溶液としてもよい。
また、ヘキサシアノ鉄酸のカリウム塩に限らず、ヘキサシアノ鉄酸のリチウム塩又はヘキサシアノ鉄酸のナトリウム塩を用いてもよいし、これら混合物を用いてもよい。
【0032】
このようにして製造された放射性元素除去用吸着材を使用して、放射性元素として例えばセシウムを除去する方法を以下に説明する。
【0033】
この発明の放射性元素除去用吸着材は、MFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]及び/又はMFe(III)[Fe(II)Fe(III)(CN)](MはK、Na、及び/又はLiである。)を担持しており、環境中にセシウムイオンが存在する場合には、カリウムイオン、ナトリウムイオン、及びリチウムイオンとセシウムイオンとがイオン交換し易く、MFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]及び/又はMFe(III)[Fe(II)Fe(III)(CN)]はイオン交換体の働きをしている。したがって、この発明の放射性元素除去用吸着材はセシウムを含む汚染水に含まれるセシウムを取り込み、汚染水からセシウムを除去することができる。
【0034】
この発明の放射性元素除去用吸着材の形態としては、繊維成形体であれば特に限定されず、例えば布及び紙等の平面状になった形態を好適例として挙げることができる。したがって、セシウムを含む汚染水に放射性元素除去用吸着材を入れておくだけで、MFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]及び/又はMFe(III)[Fe(II)Fe(III)(CN)]におけるMイオンとセシウムイオンとが入れ換わることによって、放射性元素除去用吸着材にセシウムが取り込まれる。また、放射性元素除去用吸着材を汚染水に入れておくことによりセシウムを除去する方法に限らず、放射性元素除去用吸着材を設置した場所に汚染水を通すことによりセシウムを取り込み、汚染水からセシウムを除去することもできる。
【0035】
この発明の放射性元素除去用吸着材は、例えば木綿布にKFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]及び/又はKFe(III)[Fe(II)Fe(III)(CN)]を担持させた0.1gの放射性元素除去用吸着材をセシウムイオン濃度10ppmの汚染水に数十分から数時間入れておくと、セシウムイオン濃度を約2分の1以下にすることができる。また、例えば木綿布にKFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]及び/又はKFe(III)[Fe(II)Fe(III)(CN)]を担持させた100gの放射性元素除去用吸着材を、放射能が約100Bq/Kgの汚染水1000リットルに入れておくと、時間の経過と共に放射性元素を吸着し、約500時間経過時には放射能の検出限界まで放射性元素を除去することができる。
【0036】
セシウムが含まれる汚染水としては、例えば、屋外のプール、ため池、水溜り、貯水槽の水、建物及び車両等に付着したセシウムを除染する際に排出された排水等の閉じた系の汚染水、河川水、溝や用水路を流れる水、水田、海等の開放系の汚染水を挙げることができる。
【0037】
また、例えば長期間使用していないプールには、砂や泥等の粘土鉱物及び有機物が浮遊又は沈殿している。プールに入ったセシウムは、水に溶解して水酸化セシウムとして水に含有されることもあるが、プールの水に含まれている粘土鉱物及び有機物に吸着されることもある。放射性元素除去用吸着材をプールの水に入れておく方法によれば、放射性元素除去用吸着材によって水に含まれているセシウムを吸着することができる。一方、プールの水に含まれている粘土鉱物及び有機物にセシウムが吸着され、プールの底に沈殿している沈殿物からセシウムを除去するには、放射性元素除去用吸着材を水に入れるだけでなく、沈殿物に接触させておくことが好ましい。例えば、沈殿物の上に布状の放射性元素除去用吸着材を敷き、布の片面全面を沈殿物に接触させて、沈殿物に接触している面とは反対側の面にビニールシート等の不透水布を敷くことにより、沈殿物に含有されるセシウムを放射性元素除去用吸着材に効率的に取り込むことができる。
【0038】
セシウムを吸着したコンクリート構造物に対しては、例えば、塩酸等の酸水溶液によりコンクリート構造物からセシウムを抽出し、セシウムを抽出した抽出液中に放射性元素除去用吸着材を入れることによりセシウムを除去することができる。
【0039】
精密機器等の水で洗浄することにより除染を行うと壊れるおそれのある物に対しては、放射性元素除去用吸着材に水分を含ませ、水分を含ませた水分含有放射性元素除去用吸着材でセシウムが付着している対象物を拭うことにより、セシウムを除去することができる。
【0040】
また、この放射性元素除去用吸着材は、水中に含まれる微量のセシウムを吸着することができるので、セシウム検出材としても使用することができる。例えば、セシウムが含有される可能性のある海、河川、貯水槽、水田等に、この発明の放射性元素除去用吸着材を入れておき、定期的に放射性元素除去用吸着材を水中から引き上げて、放射性元素除去用吸着材から放射される放射線濃度を測定することにより、検査対象である水中におけるセシウムの有無を検出することができる。
【0041】
セシウムが吸着された放射性元素除去用吸着材は、焼却し、焼却灰にすることにより体積を小さくすることができる。焼却灰はセメント、アスファルト及びプラスチック等で固化して放射性廃棄物として最終的に処理されることができる。
【0042】
この発明に係る放射性元素除去用吸着材、その製造方法及びその使用方法は、前記実施例に限定されることはなく、本願発明の目的を達成することができる範囲において、種々の変更が可能である。例えば、第1浸漬工程と第2浸漬工程とは、その順番は特に限定されず、繊維成形体を、鉄(II)イオンを含む鉄イオン含有溶液に浸漬する第2浸漬工程を行った後に、ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム水溶液に浸漬する第1浸漬工程を行うようにして、放射性元素除去用吸着材を製造してもよい。
【0043】
また、前記実施態様における放射性元素除去用吸着材の製造方法では、繊維成形体を第1浸漬工程、第2浸漬工程にこの順に供した後に固着工程に供しているが、繊維成形体を第1浸漬工程に供した後に得られた第1浸漬布を、鉄イオンと固着剤とを含有する鉄イオン固着剤含有溶液に浸漬することで、第2浸漬工程と固着工程とを同時に行ってもよい。また、繊維成形体を第2浸漬工程に供した後に、第1浸漬工程と固着工程とを同時に行ってもよい。
【実施例】
【0044】
1.放射性セシウム吸着試験
<実施例1>
(放射性元素除去用吸着材の作製)
次のようにして、放射性元素除去用吸着材を作製した。まず、木綿製のTシャツ(株式会社キャンドゥ製)を50〜70℃に維持した状態のA液に15分間揉みながら浸漬し(第1浸漬工程)、浸漬後のTシャツをよく絞って自然乾燥させた(乾燥工程)。乾燥させたTシャツを50〜70℃に維持した状態のB液に20分間揉みながら浸漬し(第2浸漬工程)、浸漬後のTシャツをよく絞った。濡れた状態のTシャツをC液に室温で10分間揉みながら浸漬した(固着工程)。最後に、工業水にてTシャツを洗浄し、洗浄後の水が透明であることを確認した。洗浄後の水が透明でない場合には、KFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]がTシャツに定着していないと判断し、再度固着工程を行った。洗浄後の水が透明であることが確認されるまで、固着工程を繰り返し、透明であることが確認できた後に、Tシャツを自然乾燥した。
なお、A液は、ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム60gを5リットルの水に溶解することにより準備した。ヘキサシアノ鉄(III)酸カリウムの濃度は0.04モル/Lである。B液は、硫酸第一鉄140gを3リットルの水に溶解して準備した。硫酸第一鉄の濃度は0.3モル/Lである。C液は、1質量%明礬水溶液を約8リットル準備した。
【0045】
(放射能の測定)
福島市の降雨水を採取することにより準備した放射性セシウムを含む汚染水を試験槽に入れ、この試験槽中に作製した放射性元素除去用吸着材を所定時間放置した後に、放射性元素除去用吸着材を取出し、放射能計測装置(日立アロカメディカル株式会社製NaIシンチレーションカウンター)を用いて、放射性元素除去用吸着材を取り出した後の浄化水及び放射性元素除去用吸着材の放射能を測定した。結果を表1に示す。
【0046】
なお、汚染水、浄化水及び放射性元素除去用吸着材における放射能を測定したところ、放射性物質としてセシウム134とCs137とが検出された。したがって、表1に示す放射能はセシウム134とセシウム137が放出する放射能の合計値である。
【0047】
<実施例2>
木綿製のTシャツに代えて木綿製の布(綿100%、金巾、番手30)を用いたこと以外は実施例1と同様にして試験を行った。
【0048】
<実施例3>
木綿のTシャツに代えてポリビニルアルコールの布(株式会社キャンドゥ製 吸水スポンジクロス)を用いたこと以外は実施例1と同様にして試験を行った。
【0049】
<実施例4>
【0050】
試験槽に代えて福島市のプールに放射性元素除去用吸着材を入れ、浸漬時間を変更したこと以外は実施例1と同様にして試験を行った。
【0051】
<比較例1>
KFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]を担持させた木綿のTシャツに代えて、KFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]を担持する処理を行っていない木綿のTシャツを用いたこと以外は実施例4と同様にして試験を行った。
【0052】
【表1】


※1)ターンブルー・ブルー:KFe(II)[Fe(II)Fe(III)(CN)]
※2)試験場所が試験槽のとき(g)、プールのとき(t)
【0053】
表1に示されるように、本発明の範囲内ある実施例に示される放射性元素除去用吸着材は、放射性セシウムを含む汚染水に浸漬した後に放射能を測定すると、高い数値を示した。したがって、本発明の放射性元素除去用吸着材は放射性セシウムを吸着していることが示された。
【0054】
2.長時間の放射性セシウム吸着試験
<実施例5>
福島市のプールに張られていた水を汚染水としてタンクAに100リットル採取し、実施例1で作製した放射性元素除去用吸着材100gを、タンクAに投入した。このとき、汚染水と放射性元素除去用吸着材との質量比は、1000:1であった。放射性元素除去用吸着材の投入時を時間ゼロとして、一定時間毎にタンクAの上澄み液を0.5リットル採取し、ゲルマニウム半導体検出器を使用して放射能を計測した。計測時間は1000秒であった。結果を図1に示す。
【0055】
<実施例6>
汚染水をタンクBに500リットル採取したこと以外は、実施例5と同様にして試験を行った。このとき、汚染水と放射性元素除去用吸着材との質量比は、5000:1であった。結果を図2に示す。
【0056】
<実施例7>
汚染水をタンクCに1000リットル採取したこと以外は、実施例5と同様にして試験を行った。このとき、汚染水と放射性元素除去用吸着材との質量比は、10000:1であった。結果を図3に示す。
【0057】
図1〜3に示される結果から明らかなように、汚染水の量が少ないほど、短時間で汚染水の放射能は検出限界に近いレベルにまで減少した。特に、図3に示すタンクCの試験結果は、セシウムを含む大量の汚染水を少量の吸着材で除去できることを示している。なお、データのバラツキは、汚染水への固体汚染物の混入による。
【0058】
一般に、学校の20メートルプールには、約200トンの水が張られる。福島市のプールに張られた汚染水の放射能を検出限界レベルまで除染するには、約20Kgの放射性元素除去用吸着材を約600時間程度浸漬すればよいと推定できる。
以上のように、この発明の放射性元素除去用吸着材が実用的な性能を有することが示された。
【0059】
3.模擬汚染海水における放射性元素吸着試験
<実施例5>
(模擬汚染海水の作製)
江ノ島沖で採取した天然海水に所定量のCsCl、KIOを添加して、表2に示す初期濃度を有する模擬汚染海水を調整した。なお、表2におけるSrは海水中に含まれる天然の成分である。
(放射性元素吸着率の測定)
まず、前述のようにして得られた模擬汚染海水中のSr、I、Csの濃度を、誘導結合プラズマ発光質量分析装置(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製 Xシリーズ ICP−MS分析)にて測定し、これを初期濃度とした。
次いで、実施例1と同様にして作製した放射性元素除去用吸着材0.1mgを、得られた模擬汚染海水10mgに浸漬し、25℃で24時間振とうさせた後に、模擬汚染海水中のSr、I、Csの濃度をICP−MS分析にて、測定した。結果を表2に示す。
表2における除去率は、以下の式により算出した。
除去率=((模擬海水中の初期濃度−浸漬試験後の模擬海水中の濃度)/(模擬海水中の初期濃度))×100
【0060】
<実施例6>
木綿布に代えて麻を用いたこと以外は実施例5と同様にして、試験を行った。
【0061】
<実施例7>
木綿布に代えてポリエステル布を用いたこと以外は実施例5と同様にして、試験を行った。なお、ポリエステル布は、前処理としてトリポリリン酸水溶液に浸漬し、乾燥してから用いた。
【0062】
【表2】

【0063】
表2に示されるように、本発明の範囲内にある実施例に示される放射性元素除去用吸着材によると、模擬海水中からのセシウムの除去率が40%以上という高い値を示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維で形成されて成る繊維成形体を以下の(1)及び(2)の工程に供することにより得られる放射性元素除去用吸着材。
(1)ヘキサシアノ鉄酸の、周期表におけるアルカリ金属の第2〜4周期にある金属の塩を含むヘキサシアノ鉄酸塩水溶液に浸漬する第1浸漬工程
(2)前記ヘキサシアノ鉄酸塩水溶液に含まれる鉄の価数とは異なる価数の鉄イオンを含む鉄イオン含有溶液に浸漬する第2浸漬工程
【請求項2】
前記繊維成形体は、その繊維が麻であることを特徴とする請求項1に記載の放射性元素除去用吸着材。
【請求項3】
前記繊維成形体は、その繊維が合成繊維及び/又は天然繊維(麻を除く。)であることを特徴とする請求項1に記載の放射性元素除去用吸着材。
【請求項4】
繊維で形成されて成る繊維成形体を以下の(1)及び(2)の工程に供することを特徴とする放射性元素除去用吸着材の製造方法。
(1)ヘキサシアノ鉄酸の、周期表におけるアルカリ金属の第2〜4周期にある金属の塩を含むヘキサシアノ鉄酸塩水溶液に浸漬する第1浸漬工程
(2)前記ヘキサシアノ鉄酸塩水溶液に含まれる鉄の価数とは異なる価数の鉄イオンを含む鉄イオン含有溶液に浸漬する第2浸漬工程
【請求項5】
さらに、固着剤を含む固着溶液に浸漬する固着工程に供することを特徴とする請求項4に記載の放射性元素除去用吸着材の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の放射性元素除去用吸着材を放射性元素を含む汚染水に入れて、放射性元素を放射性元素除去用吸着材に取り込むことを特徴とする放射性元素除去用吸着材の使用方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−108850(P2013−108850A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−254342(P2011−254342)
【出願日】平成23年11月21日(2011.11.21)
【出願人】(510180865)株式会社NuSAC (3)
【復代理人】
【識別番号】100150980
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 眞理
【Fターム(参考)】