説明

放線菌内で目的タンパク質を誘導発現可能なプロモーター

【課題】放線菌を宿主として効率的に目的タンパク質を発現させるための手段を提供する。
【解決手段】ミコバクテリウム属に属する微生物に由来するアセトン誘導型プロモーターであって、放線菌内で目的タンパク質を誘導発現可能な前記プロモーター。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミコバクテリウム(Mycobacterium)属に属する微生物に由来するアセトン誘導型プロモーターであって、放線菌内で目的タンパク質を誘導発現可能なプロモーター、該プロモーターを含む組換えベクター、該組換えベクターを含む形質転換体、及び該形質転換体を用いて目的タンパク質を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
放線菌は有機溶媒耐性と強い酸化還元能とを有することから、特殊なバイオプロセス環境下における酵素製造及び有用物質生産での使用が期待されてきた。そして、放線菌の有用性が明らかになると共に、放線菌の宿主ベクター系の開発が期待されてきた。
【0003】
放線菌における宿主ベクター系に利用可能なプロモーターとしては、ε−カプロラクタム及びイソバレルニトリルといった物質により誘導されるプロモーターがロドコッカス(Rhodococcus)属に属する微生物において報告されている(特許文献1)。ここで誘導剤として添加されるε−カプロラクタム及びイソバレルニトリルは炭素源としては利用できないため、微生物の培養においては別途炭素源の添加が必要になる。また、チオストレプトン(ペプチド系抗生物質)により誘導されるプロモーターも、ロドコッカス属に属する微生物において報告されているが、このプロモーターを利用する場合も誘導剤であるチオストレプトンとは別に炭素源の添加が必要になる(特許文献2)。
【0004】
ミコバクテリウムについては、アセトアミドにより誘導されるプロモーターが報告されているが、このプロモーターを利用する場合も誘導剤であるアセトアミドとは別に炭素源の添加が必要になる(非特許文献1)。
【0005】
【特許文献1】特開2006-180843号公報
【特許文献2】特開2004-321013号公報
【非特許文献1】FEMS Microbiology Letters 167 (1998) 151-156
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、放線菌を宿主として効率的に目的タンパク質を発現させるための手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ミコバクテリウム属に属する微生物に由来するアセトン誘導型プロモーターの下流に目的タンパク質をコードするDNAを連結することにより、アセトンを炭素源とした培地で効率的に目的タンパク質を製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1]放線菌に由来するアセトン誘導型プロモーターであって、放線菌内で目的タンパク質を誘導発現可能な前記プロモーター。
[2]ミコバクテリウム属に属する微生物に由来する[1]記載のプロモーター。
[3]ミコバクテリウム属に属する微生物がミコバクテリウム・スメグマティス又はミコバクテリウム・グディである、[2]記載のプロモーター。
[4]以下の(a)、(b)又は(c)のDNAからなるアセトン誘導型プロモーター:
(a)配列番号1又は2で表される塩基配列からなるDNA
(b)配列番号1又は2で表される塩基配列において、1若しくは複数の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列からなり、アセトン誘導型プロモーターとして機能するDNA
(c)配列番号1又は2で表される塩基配列と相補的な配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつアセトン誘導型プロモーターとして機能するDNA。
[5][1]〜[4]のいずれかに記載のプロモーターを含む組換えベクター。
[6]目的タンパク質をコードするDNAをさらに含み、該DNAが目的タンパク質を発現しうる状態でプロモーターに連結されている[5]記載の組換えベクター。
[7][5]又は[6]記載の組換えベクターで宿主細胞を形質転換して得られる形質転換体。
[8]宿主細胞が放線菌である[7]記載の形質転換体。
[9]放線菌がミコバクテリウム属に属する微生物である[8]記載の形質転換体。
[10]ミコバクテリウム属に属する微生物がミコバクテリウム・スメグマティス又はミコバクテリウム・グディである、[9]記載の形質転換体。
[11][6]記載の組換えベクターで宿主細胞を形質転換して得られる形質転換体を培養し、培養物から目的タンパク質を回収することを含む、タンパク質の製造方法。
[12]形質転換体を、炭素数が3〜10である脂肪族化合物を含む培地で培養する、[11]記載の方法。
[13]宿主細胞が放線菌である[11]又は[12]記載の方法。
[14]放線菌がミコバクテリウム属に属する微生物である[13]記載の方法。
[15]ミコバクテリウム属に属する微生物がミコバクテリウム・スメグマティス又はミコバクテリウム・グディである、[14]記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明のアセトン誘導型プロモーターを用いることにより、放線菌を宿主として目的タンパク質を発現させることが可能である。また、アセトンは誘導物質として取扱いが簡便で安価であるととともに、炭素源として利用できるため、従来の放線菌の宿主ベクター系と比較して効率的に目的タンパク質を製造することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、ミコバクテリウム属に属する微生物に由来するアセトン誘導型プロモーターであって、放線菌内で目的タンパク質を発現誘導可能なプロモーターに関する(以下、本発明のプロモーター又は本発明のアセトン誘導型プロモーターと称する場合がある)。本発明においてプロモーターとは、機能遺伝子の上流に配置され、RNAポリメラーゼが結合することにより、下流に配置された機能遺伝子の発現を調節する塩基配列である。
【0011】
アセトン誘導型プロモーターとは、アセトンの存在下で、その下流に配置された遺伝子を特異的に発現させることができるプロモーターを意味する。アセトン誘導型プロモーターとしての活性を有するか否かは、以下のような手法により確認することができる。すなわち、アセトン誘導型プロモーターとしての活性は、例えば、種々のレポーター遺伝子(例えば、β−グルクロニダーゼ遺伝子(GUS)、ルシフェラーゼ遺伝子(LUC)、グリーンフルオレッセントプロテイン遺伝子(GFP)等)をプロモーターの下流域に連結したベクターを作製し、当該ベクターを宿主に導入した後、アセトンの存在下で、当該レポーター遺伝子の発現を測定することにより確認することができる。アセトン以外の誘導剤によってその下流に配置された遺伝子を特異的に発現させるプロモーターであっても、アセトンによってその下流に配置された遺伝子を特異的に発現させる限りアセトン誘導型プロモーターに包含される。
【0012】
本発明のプロモーターは、ミコバクテリウム(Mycobacterium)属に属する微生物に由来する。より具体的には、本発明のプロモーターは、例えば、ミコバクテリウム・スメグマティス(Mycobacterium smegmatis)、及びミコバクテリウム・グディ(Mycobacterium goodii)に由来する。ミコバクテリウム・スメグマティスとしては、好ましくはMycobacterium smegmatis MC2 155が挙げられる。Mycobacterium smegmatis MC2 155は、ATCC(American Type Culture Collection)、カタログ番号700084として入手できる。ミコバクテリウム・グディとしては、Mycobacterium goodii NS12523が挙げられる。Mycobacterium goodii NS12523は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1-1-1中央第6)に平成20年(2008年)9月5日付で受領されており、その受領番号はFERM AP-21670である。
【0013】
ミコバクテリウム属に属する微生物において、アセトンによって発現誘導されるタンパク質を同定し、該タンパク質をコードする遺伝子の塩基配列を決定し、該遺伝子の上流に位置するプロモーター領域を、例えば、該遺伝子の塩基配列に基づいて設計したプライマーを用いて、いわゆるインバースPCRによって調製することによって本発明のアセトン誘導型プロモーターを得ることができる。インバースPCRとは、既知の塩基配列の両端に隣接する未知の塩基配列をPCR法を用いて増幅する方法である。具体的には、先ず、既知の塩基配列を含むDNAを適当な制限酵素で切断し、PCR増幅に適した大きさのDNA断片とし、このDNA断片の両端をライゲーションして環状とする。その後、一対のプライマーを、それぞれ環状分子内のコア領域の両端部分には相補的だが、通常のPCRとは逆に、既知の塩基配列から未知の塩基配列に向かって伸長鎖を合成するように設計する。そして、このように設計された一対のプライマーと、環状化されたDNA断片を用いてPCRを行う。これにより、既知の塩基配列に隣接する未知の塩基配列を増幅することができる。インバースPCRによって増幅されたDNA断片を用いて、既知の塩基配列に隣接する未知の塩基配列を決定することができる。そして、決定した塩基配列に基づいて、さらに一対のプライマーを設計し、決定した塩基配列に隣接する未知の塩基配列を同様に増幅することができる。このように、インバースPCRによって当該遺伝子の上流に位置する未知の塩基配列を順次増幅し、定法に従って本発明のプロモーターの塩基配列を決定することができる。
【0014】
本発明のプロモーターの具体例としては、配列番号1又は2で表される塩基配列からなるDNAが挙げられる。一旦、塩基配列が決定されると、その後は、配列番号1又は2の塩基配列に基づいて設計したプライマーを用い、ミコバクテリウム属に属する微生物から抽出したゲノムDNAを鋳型としたPCRによって、本発明のプロモーターを得ることができる。
【0015】
一方、本発明のプロモーターは、配列番号1又は2で表される塩基配列からなるDNAに限定されず、アセトン誘導型プロモーターとして機能する限り、配列番号1又は2で表される塩基配列において、1若しくは複数の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列からなるDNAであってもよい。
【0016】
例えば、配列番号1又は2で表される塩基配列において、1〜10個の塩基、好ましくは1〜5個の塩基、より好ましくは1〜3個の塩基、さらに好ましくは1又は2個の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列であっても、アセトン誘導型プロモーターとして機能する限り本発明のプロモーターに含まれる。
【0017】
また、本発明のプロモーターは、配列番号1又は2に表される塩基配列からなるDNAに限定されず、アセトン誘導型プロモーターとして機能する限り、配列番号1又は2で表される塩基配列と相補的な配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであってもよい。
【0018】
ストリンジェントな条件とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。例えば、相同性が高いDNA同士、すなわち80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上の相同性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それより相同性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件が挙げられる。ここで、ストリンジェントな条件とは、例えば、P32で標識したプローブDNAを用いる場合には、5×SSC(0.75M NaCl、0.075Mクエン酸ナトリウム)、5×デンハルト試薬(0.1%フィコール、0.1%ポリビニルピロリドン、0.1%ウシ血清アルブミン)及び0.1%ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)からなるハイブリダイゼーション溶液中で、温度が45〜68℃、好ましくは60〜68℃である。洗浄ステップにおいては、2×SSC及び0.1%SDSからなる洗浄溶液中で、温度が45〜55℃、より好ましくは、0.1×SSC及び0.1%SDSからなる洗浄溶液中で、温度が45〜55℃である。
【0019】
一旦本発明のプロモーターの塩基配列が確定されると、その後は化学合成によって、又はゲノムDNAを鋳型としたPCRによって、あるいは該塩基配列を有するDNA断片をプローブとしてハイブリダイズさせることによって、本発明のプロモーターを得ることができる。さらに、部位特定変異誘発等によって、配列番号1又は2で表される塩基配列に1若しくは複数の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列を合成することもできる。
【0020】
なお、配列番号1又は2で表される塩基配列に変異を導入するには、Kunkel法、Gapped duplex法等の公知の手法又はこれに準ずる方法を採用することができる。例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K(TAKARA社製)やMutant-G(TAKARA社製))などを用いて、あるいは、TAKARA社のLA PCR in vitro Mutagenesis シリーズキットを用いて変異の導入が行われる。
【0021】
次に、本発明のプロモーターを含む組換えベクターについて説明する。組換えベクターは、適当なベクターに、本発明のプロモーターを連結(挿入)することにより得ることができる。また、上述したアセトン誘導型プロモーターの下流に目的タンパク質をコードするDNAを連結(挿入)したものも、本発明の組換えベクターに含まれる。
【0022】
目的タンパク質としては、酵素、ホルモン、サイトカイン、調節タンパク質などを任意に挙げることができ、好ましくは酵素であり、例えば、水酸化酵素、酸化還元酵素、転移酵素、加水分解酵素、脱離酵素、異性化酵素、連結酵素等が挙げられる。
【0023】
本発明のアセトン誘導型プロモーターを挿入するためのベクターとしては、例えば、プラスミドDNA、バクテリオファージDNA、レトロトランスポゾンDNA、人工染色体DNA(YAC:yeast artificial chromosome)などが挙げられる。
【0024】
プラスミドDNAとしては、例えば、pRHK1、pREHSG298、pJEM15などの大腸菌−放線菌シャトルベクター、pRS413、pRS414、pRS415、pRS416、YCp50、pAUR112又はpAUR123などのYCp型大腸菌-酵母シャトルベクター、pYES2又はYEp13などのYEp型大腸菌-酵母シャトルベクター、pRS403、pRS404、pRS405、pRS406、pAUR101又はpAUR135などのYIp型大腸菌-酵母シャトルベクター、放線菌由来のプラスミド(pK4、pRK401、pRF31、pAL5000、pIJ6021等)大腸菌由来のプラスミド(pBR322、pBR325、pUC18、pUC19、pUC118、pUC119、pTV118N、pTV119N、pBluescript、pHSG298、pHSG396又はpTrc99AなどのColE系プラスミド、pACYC177又はpACYC184などのp15A系プラスミド、pMW118、pMW119、pMW218又はpMW219などのpSC101系プラスミド等)、アグロバクテリウム由来のプラスミド(例えばpBI101等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5等)などが挙げられ、ファージDNAとしてはλファージ(Charon4A、Charon21A、EMBL3、EMBL4、λgt10、λgt11、λZAP)、φX174、M13mp18又はM13mp19などが挙げられる。レトロトランスポゾンとしては、Ty因子などが挙げられる。YAC用ベクターとしてはpYACC2などが挙げられる。さらに、レトロウイルス又はワクシニアウイルスなどの動物ウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫ウイルスベクターを用いることもできる。
【0025】
ベクターに本発明のアセトン誘導型プロモーター及び目的タンパク質をコードするDNAを挿入するには、まず、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適当なベクターDNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法等が採用される。
【0026】
組換えベクターにおいて、アセトン誘導型プロモーターと目的タンパク質をコードするDNAは、目的タンパク質を発現しうる状態でベクターに組み込まれることが必要である。発現しうる状態とは、宿主生物においてアセトン誘導型プロモーターの制御下に目的タンパク質が発現されるように、目的タンパク質をコードするDNAとアセトン誘導型プロモーターとを連結してベクターに組み込むことを意味する。そこで、組換えベクターには、アセトン誘導型プロモーター、目的タンパク質をコードするDNA、ターミネーターのほか、所望によりエンハンサー等のシスエレメント、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、リボソーム結合配列(SD配列)等を連結することができる。なお、選択マーカーとしては、例えば、アンピシリン耐性遺伝子やカナマイシン耐性遺伝子などの抗生物質耐性遺伝子、ビアラフォス耐性遺伝子などの除草剤耐性遺伝子などが挙げられる。
【0027】
このように作製された組換えベクターを用いて形質転換体を作製することができる。すなわち、形質転換体は、上述した組換えベクターを宿主に導入することによって作製することができる。宿主としては、特に限定されるものではない。例えば、大腸菌(Escherichia coli)等のエッシェリヒア属、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)等のバチルス属、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)等のシュードモナス属、リゾビウム・メリロティ(Rhizobium meliloti)等のリゾビウム属に属する細菌が挙げられ、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)等の酵母が挙げられ、COS細胞、CHO細胞等の動物細胞が挙げられ、あるいはSf9等の昆虫細胞が挙げられる。
【0028】
本発明のアセトン誘導型プロモーターは、放線菌内で目的タンパク質を誘導発現可能であることを特徴とする。従って、放線菌を宿主として形質転換体を作製することが好ましい。放線菌(Actinomycetes)は、グラム陽性細菌のうち、細胞が菌糸を形成して細長く増殖する形態的特徴を示すものをいう。宿主としての放線菌は、特に限定されるものではないが、ミコバクテリウム(Mycobacterium)属微生物、例えばミコバクテリウム・グディ(Mycobacterium goodii)、ミコバクテリウム・スメグマティス(Mycobacterium smegmatis)、及びミコバクテリウム・フレイ(Mycobacterium phlei)、ロドコッカス(Rhodococcus)属微生物、例えばロドコッカス・ロドクロウス(Rhodococcus rhodochrous)、ロドコッカス・エリスロポリス(Rhodococcus erythropolis)及びロドコッカス・オパカス(Rhodococcus opacus)、ノカルディア(Nocardia)属微生物、例えば、ノカルディア・アマラエ(Nocardia amarae)、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属微生物、例えば、コリネバクテリウム・ジフテリアエ(Corynebacterium diphtheriae)、及びコリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)、ストレプトマイセス(Streptomyces)属微生物、例えば、ストレプトマイセス・エバーミチリス(Streptomyces avermitilis)及びストレプトマイセス・セリカラー(Streptomyces coelicolor)が挙げられる。
【0029】
宿主細胞への組換えベクターの導入方法は、特に限定されるものではない。例えばカルシウムイオンを用いる方法[Cohen, S.N. et al.:Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 69:2110(1972)]、エレクトロポレーション法[Becker, D.M. et al.:Methods. Enzymol., 194: 182(1990)]、スフェロプラスト法[Hinnen, A. et al.:Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 75: 1929(1978)]、酢酸リチウム法[Itoh, H.:J. Bacteriol., 153:163(1983)]等が挙げられる。
【0030】
DNAが宿主に導入されたか否かの確認は、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法等により行うことができる。例えば、形質転換体からDNAを調製し、DNA特異的プライマーを設計してPCRを行う。その後は、増幅産物についてアガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動又はキャピラリー電気泳動等を行い、臭化エチジウム、SYBR Green液等により染色し、そして増幅産物を1本のバンドとして検出することにより、形質転換されたことを確認することができる。また、予め蛍光色素等により標識したプライマーを用いてPCRを行い、増幅産物を検出することもできる。さらに、マイクロプレート等の固相に増幅産物を結合させ、蛍光又は酵素反応等により増幅産物を確認する方法も採用することができる。
【0031】
本発明のアセトン誘導型プロモーターと該プロモーターに連結された目的タンパク質をコードするDNAを含む組換えベクターで宿主細胞を形質転換して得られる形質転換体を培養し、培養物から目的タンパク質を回収することができる。
【0032】
形質転換体を培養する方法は、通常の方法に従って行われる。使用する株によって吸収されうる炭素源、窒素源、無機化合物、増殖因子などを含有している限り、いずれの培地も利用することができる。炭素源としては、糖蜜、ショ糖、ブドウ糖、果糖のような炭水化物などを用いることができる。窒素源としては、アンモニア、硫酸アンモニウム、尿素、塩化アンモニウムなどの無機窒素源、及び酵母抽出物、酵母加水分解物、大豆粉酸加水分解物、ペプトン、コーンスティープリカーなどの有機窒素源を用いることができる。無機化合物としてはリン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、炭酸カルシウムなどを用いることができる。さらに、所望により、ビオチン及びチアミンなどのビタミン、ならびにロイシン、ホモセリン、メチオニン、トレオニンなどのアミノ酸を使用することができる。
【0033】
培養は好気的条件下で、例えば、25〜35℃の培養温度で振盪培養又は通気攪拌深部培養により行うことができる。培地のpHは6〜8の範囲であり、好ましくは中性付近に維持する。培地のpHは、炭酸カルシウム、尿素又はアンモニアを利用して調整できる。
培養中は、カナマイシン、アンピシリン、テトラサイクリン等の抗生物質を培地に添加してもよい。
【0034】
本発明のアセトン誘導型プロモーターはアセトンによって目的タンパク質の発現を誘導することができるため、形質転換体を好ましくはアセトンを含む培地で培養する。本発明のアセトン誘導型プロモーターは、炭素数が3〜10である脂肪族化合物によっても目的タンパク質の発現を誘導することができる。従って、形質転換体を、炭素数が3〜10である脂肪族化合物、例えば、プロパン、ブタン、ペンタン、アセトン、メチルエチルケトン、メチルプロピルケトン、メチルブチルケトン、イソプロパノール、2−プロパノール、2−ブタノール、2−ペンタノール、酢酸メチル、又はこれらの2種以上を含む培地で培養してもよい。アセトン、メチルエチルケトン、2−プロパノール、2−ブタノール、酢酸メチル、又はこれらの2種以上を含む培地で培養するのが好ましい。培地中アセトンの濃度は、通常0.01〜100 mM、好ましくは0.1〜10 mM、より好ましくは0.5〜5 mMであり、培地中メチルエチルケトンの濃度は、通常0.01〜10 mM、好ましくは0.05〜5 mM、より好ましくは0.05〜3 mMであり、培地中2−プロパノールの濃度は、通常0.01〜10 mM、好ましくは0.05〜5 mM、より好ましくは0.05〜3 mMであり、培地中2−ブタノールの濃度は、通常0.01〜10 mM、好ましくは0.05〜5 mM、より好ましくは0.05〜3 mMであり、培地中酢酸メチルの濃度は、通常0.01〜10 mM、好ましくは0.05〜5 mM、より好ましくは0.05〜3 mMである。
【0035】
本発明のプロモーターの誘導剤として機能しうる炭素数が3〜10である脂肪族化合物は、形質転換体の炭素源ともなるため、培地がこれらを含有する場合は、培地に別途炭素源を加える必要がなく、より効率的に目的タンパク質を製造することができる。
【0036】
本発明において「培養物」とは、菌体、培養液、無細胞抽出液、細胞膜などの培養により得られるものを意味する。無細胞抽出液は、培養後の菌体を、例えばリン酸ナトリウム緩衝液を加えてホモジナイザーなどで物理的に破砕した後、遠心(15,000rpm, 10min, 4℃)し、破砕できない菌体(細胞)が存在しないように上清を回収して得ることができる。細胞膜は、上記遠心で得られたペレットを溶解バッファーで懸濁することにより得ることができる。
【0037】
目的タンパク質は、培養物をそのまま用いてもよいし、透析や硫安沈殿などの公知の方法、あるいはゲルろ過、イオン交換、アフィニティー等の各種クロマトグラフィーなどの公知の方法を単独又は適宜組み合わせることによって、濃縮、精製したものを用いてもよい。
【0038】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0039】
(実施例1)ミコバクテリウム属微生物のアセトン含有培地での培養
Mycobacterium goodii NS12523及びMycobacterium smegmatis MC2 155をLB培地(トリプトン1%、イーストエクストラクト0.5%、NaCl 1%(pH 7.0))2 mlに植菌し、30℃で6日間培養した。集菌後、KG培地2 mlで洗菌し、菌体をアセトン1%(v/v)を含むKG培地2 ml又はアセトンを含まないKG培地2 mlに懸濁して、30℃で24時間振とうした。集菌後、グリセロール10%(v/v)を含む50 mMリン酸カリウムバッファー(pH 7.5)で洗菌し、菌体を-80℃で凍結保存した。
【0040】
KG培地の組成はつぎの通りである。(NH4)2SO43 g、KH2PO4 1.4 g、Na2HPO4 2.1 g、MgSO47H2O 0.2 g、FeCl2 5H2O 10.6 mg、CaCl22H2O 8 mg、ZnSO4 7H2O 4 mg、MnCl2 4H2O 2 mg、CuSO45H2O 0.02 mg、KI 0.2 mg、Na2MoO4 2H2O 0.2 mg、CoCl2 6H2O 0.2 mg、H3BO3 0.4 mg、NaCl 10 mg、in 1 l蒸留水(pH 7.2)。
【0041】
(実施例2)アセトン含有培地で発現誘導されたタンパク質のN末端アミノ酸配列の決定
凍結菌体を湿菌体重量の5倍容量のサンプル溶解液(60 mMトリス、5 M尿素、1 Mチオ尿素、コンプリートミニEDTA-free 1粒、CHAPS 1%、TritonX-100 1%、DTT 10 g/l(pH8.8〜9.0))に懸濁し、菌体を超音波破砕装置で破砕した。菌体破砕液を超遠心分離(60,000 rpm、4℃、20 min)にかけ、上清に1/10容量の1 Mアクリルアミド溶液を添加し、二次元電気泳動用のサンプルとした。二次元電気泳動の一次元目(等電点電気泳動)は、pHレンジ3〜10のアガーゲル(φ2.5 mm×50 mm)を用いて行った(等電点電気泳動装置AE-6540、ATTO社製)。二次元目(SDS-PAGE)は、12.5%ポリアクリルアミドゲル(90 mm×50 mm×1 mm)を用いて行った(SDS-PAGE装置AE-6530M、ATTO社製)。二次元電気泳動後のゲルをPVDF膜(クリアブロット・P膜、ATTO社製)に転写し、アセトンを添加した菌体のサンプルと添加していないサンプルを比較して、添加したサンプルにおいてのみ検出されるスポットを切り出してN末端アミノ酸配列分析に供した。その結果、以下に示す18アミノ酸残基の配列を取得した。
SRQSLTKAHAKISELTWE(配列番号3)
このアミノ酸配列についてBLAST検索を行った結果、ゲノム配列が決定されているM. smegmatis MC2 155の機能未知タンパク質MSMEG_1971(アノテーションはpropane monooxygenase large subunit)と100%の相同性を示した。また、MSMEG_1971の上流に位置するMSMEG_1970はその配列から転写制御因子をコードしていることが推定された。
【0042】
(実施例3)アセトン誘導型プロモーター領域のクローニング
MSMEG_1970とMSMEG_1971の遺伝子間に相当する領域にアセトン誘導能に関わるプロモーター領域が存在する可能性が高いため、この領域をM. goodii NS12523及びM. smegmatis MC2 155からクローニングした。
【0043】
M. goodii NS12523のアセトンによって発現誘導されるタンパク質のN末端アミノ酸配列及びM. smegmatis MC2 155のゲノム配列をもとに、MSMEG_1970とMSMEG_1971の遺伝子間に相当する領域を特異的に増幅可能なプライマーを以下のように設計した。
フォワードプライマー:gcg tcg acg cgt gtc ggc atg tct gac cat(配列番号4)
(下線部はSalIサイト)
リバースプライマー:gct cta gat ggt cag gct ttg tct gct caa(配列番号5)
(下線部はXbaIサイト)
PCRはDNAポリメラーゼとしてKOD -Plus-(TOYOBO社製)を用い、フェノール・クロロホルム処理により抽出したM. goodii NS12523及びM. smegmatis MC2 155のゲノムを鋳型としてつぎの組成で行った。KOD -Plus- 1U、10×PCR Buffer 5μl、MgSO4 1 mM、ゲノム200 ng、プライマー 各15 pmole、dNTPs 0.2 mM、in 50μl蒸留水。反応はつぎのプログラムで行った。Cycle 1:(1×) 94℃ for 2 min、Cycle 2:(30×) Step 1: 94℃ for 15 s、Step 2: 60℃ for 30 s、Step 3: 68℃ for 30 s、Cycle 3:(1×) 68℃ for 5 min、Cycle 4:(1×) 4℃ for ∞。その結果、予想される領域の長さ(約250 bp)に相当するPCR産物が得られた。
【0044】
つぎに、PCR産物をSalI、XbaIで制限酵素消化し、大腸菌−RhodococcusシャトルベクターpRHK1にGFP遺伝子を連結したベクターpRHK1gfpのSalI、XbaIサイトに連結し、M. goodii NS12523のPCR産物に対してはpRHK1gfpPgoを、M. smegmatis MC2 155に対してはpRHK1gfpPsmを構築した(図1)。これにより、GFP蛍光を指標としたプロモーター活性の評価が可能である。構築したプラスミドをM. smegmatis MC2 155にエレクトロポレーション法により導入し、プロモーター活性を評価した。PCR産物の塩基配列はジデオキシ法により決定した(ABI PRISM 310 genetic analyzer、Applied Biosystems社製)。その配列を図2に示す。
【0045】
(実施例4)GFP蛍光を指標としたプロモーターのアセトン誘導能の評価
pRHK1gfpPgo及びpRHK1gfpPsmを導入したM. smegmatis MC2 155の組換え株をTween80 0.05%(v/v)及びカナマイシン50μg/mlを含むLB培地2 mlに植菌し、37℃で3日間培養した。集菌後、KG培地2 mlで洗菌し、菌体をアセトン1 mM、Tween80 0.05%(v/v)及びカナマイシン50μg/mlを含むKG培地10 mlに懸濁して、37℃で24時間振とうした。集菌後、菌体濃度が660 nmの吸光度で0.1になるように純水に懸濁し、蛍光マイクロプレートリーダー(CHAMELEON、HIDEX社製)により励起波長485 nm、発光波長535 nmで測定した。測定結果を図3に示す。これより、クローニングした配列領域にアセトン誘導型プロモーター領域が存在することが明らかとなった。
【0046】
さらに、アセトンのかわりに各種炭素源(メチルエチルケトン、2−プロパノール、2−ブタノール、酢酸メチル)を添加して本発明のプロモーターの発現誘導能を測定した結果を図3に示す。これより、本発明のプロモーターはアセトンのみならず、メチルエチルケトン、2−プロパノール、2−ブタノール、又は酢酸メチルの存在下でも発現誘導能を有することが明らかとなった。
【0047】
本発明のアセトン誘導型プロモーターを用いることにより、目的タンパク質を効率的に製造することができる。すなわち、本発明のプロモーターの下流に目的タンパク質をコードする遺伝子を連結して好ましくは放線菌に導入し、アセトンを作用させれば目的タンパク質を効率的に産生させることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明のアセトン誘導型プロモーターを、GFP遺伝子を保持する大腸菌−RhodococcusシャトルベクターpRHK1gfpのSalI、XbaIサイトに連結して構築した組換えベクターであるpRHK1gfpPgo及びpRHK1gfpPsmの構造を示す。
【図2】M. goodii NS12523のアセトン誘導型プロモーター領域の塩基配列及びM. smegmatis MC2 155のアセトン誘導型プロモーター領域の塩基配列を示す。
【図3】各種化合物に対するアセトン誘導型プロモーターの応答を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
放線菌に由来するアセトン誘導型プロモーターであって、放線菌内で目的タンパク質を誘導発現可能な前記プロモーター。
【請求項2】
ミコバクテリウム属に属する微生物に由来する請求項1記載のプロモーター。
【請求項3】
ミコバクテリウム属に属する微生物がミコバクテリウム・スメグマティス又はミコバクテリウム・グディである、請求項2記載のプロモーター。
【請求項4】
以下の(a)、(b)又は(c)のDNAからなるアセトン誘導型プロモーター:
(a)配列番号1又は2で表される塩基配列からなるDNA
(b)配列番号1又は2で表される塩基配列において、1若しくは複数の塩基が欠失、置換、挿入若しくは付加された塩基配列からなり、アセトン誘導型プロモーターとして機能するDNA
(c)配列番号1又は2で表される塩基配列と相補的な配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつアセトン誘導型プロモーターとして機能するDNA。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のプロモーターを含む組換えベクター。
【請求項6】
目的タンパク質をコードするDNAをさらに含み、該DNAが目的タンパク質を発現しうる状態でプロモーターに連結されている請求項5記載の組換えベクター。
【請求項7】
請求項5又は6記載の組換えベクターで宿主細胞を形質転換して得られる形質転換体。
【請求項8】
宿主細胞が放線菌である請求項7記載の形質転換体。
【請求項9】
放線菌がミコバクテリウム属に属する微生物である請求項8記載の形質転換体。
【請求項10】
ミコバクテリウム属に属する微生物がミコバクテリウム・スメグマティス又はミコバクテリウム・グディである、請求項9記載の形質転換体。
【請求項11】
請求項6記載の組換えベクターで宿主細胞を形質転換して得られる形質転換体を培養し、培養物から目的タンパク質を回収することを含む、タンパク質の製造方法。
【請求項12】
形質転換体を、炭素数が3〜10である脂肪族化合物を含む培地で培養する、請求項11記載の方法。
【請求項13】
宿主細胞が放線菌である請求項11又は12記載の方法。
【請求項14】
放線菌がミコバクテリウム属に属する微生物である請求項13記載の方法。
【請求項15】
ミコバクテリウム属に属する微生物がミコバクテリウム・スメグマティス又はミコバクテリウム・グディである、請求項14記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−88387(P2010−88387A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−263590(P2008−263590)
【出願日】平成20年10月10日(2008.10.10)
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】