説明

新規なオリゴフェロセニレン誘導体及び電気化学的に活性なクラスター薄膜の製造方法

【課題】 単一電子素子等の電子デバイスの作製に好適な、低コストで、プロセスが簡単で、膜厚制御が容易で、再現性に優れ、電極上あるいは電極間に選択的に薄膜を形成することが可能なクラスター薄膜及びその作製法を提供するとともに、該作製法に必要な化合物及びその合成法をも提供すること。
【解決手段】 下記一般式(I)で表わされるビフェロセンのアルカンチオール誘導体、及び下記一般式(II)で表わされるテルフェロセンのアルカンチオール誘導体。
【化1】


【化2】

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、新規なオリゴフェロセニレンのアルカンチオール誘導体の合成、nmサイズのクラスター薄膜の電気化学的製造方法、及びその量子効果素子への応用に関する。
【0002】
【従来の技術】一般に、原子や分子の大きさを越えて、数百nmまでの大きさをもつ粒子はメゾスコピックな大きさの粒子と呼ばれる。メゾスコピック粒子のうち、粒子サイズが小さなものをクラスターと呼び、大きなものを超微粒子と呼ぶことがあるが(黒川洋一、鈴木敬一郎、色材、1995,71(5),322−327)、その大きさについては、未だ明確な定義はない。したがって、本発明においては、「クラスター」をnmオーダー(1nm前後から数百nmまで)の粒径を有する微粒子と定義することにする。
【0003】金属含有のメゾスコピック粒子(クラスターや超微粒子)の作製法には、大別して物理的方法と化学的方法がある。物理的方法としては、ガス中蒸発法、スパッタリング法、金属蒸気合成法、流動油上真空蒸発法等が挙げられる。化学的方法としては、分散安定剤の存在下で金属塩を還元するコロイド法、金属アルコキシドの加水分解を利用するアルコキシド法、金属塩の混合液に沈殿剤を加える共沈法等の液相法、有機金属化合物の熱分解法、金属塩化物の還元・酸化・窒化法、水素中還元法、溶媒蒸発法等の気相法がある。
【0004】金属、金属酸化物、半導体等のメゾスコピック粒子においては、μmオーダー以上の粒径を有する通常の粒子とは異なる特性が出現する。これは、比表面積の増大、表面エネルギーの影響の増大、量子サイズ効果等によるものと言われており、例えば、融点の降下、特異な触媒特性の出現、バルクでは見られなかった電子物性・光物性・磁性等の出現が報告されている。このように特異な性質をもつ金属又は半導体のクラスターをデバイス化しようとする場合、当然のことながら、その薄膜形成技術が非常に重要になってくる。クラスター薄膜の作製方法としては、これまでにいくつかの方法が報告されている。
【0005】特開平7−310107号公報、M.T.Reetz et al.,J.Am.Chem.Soc.,1994,116,7401-7402、M.T.Reetz et al.,Chem.Mater.,1995,7,227-228、M.T.Reetz et al.,Angew.Chem.Int.Ed.,1995,34,No.20,2240-2241、M.T.Reetz et al.,Science,1995,267,367-369、M.T.Reetz et al.,J.Chem.Soc.Chem.Commun.,1997,147-148には、電気化学的方法を用いてテトラアルキルアンモニウムプロマイドで安定化されたPd、Pt、Rh、Ru、Mo、Ni、Co、Cu、Au、Ag等の一種或いは二種の金属から成る金属クラスターを調整する方法が開示されている。これらの金属クラスターは有機溶媒に可溶で、スピンコート法等の適当な塗布方法によりクラスター薄膜を得ることもできる。実際、前掲の特開平7−310107号公報には、白金を陰極に、グラファイトを陽極にし、6mmの電極間距離に30Vの電圧を印加することにより、クラスター(コロイド)を電気泳動させ、グラファイト電極上にクラスター薄膜を形成する方法が記載されている。
【0006】M.Brust et al.,J.Chem.Soc.Chem.Commun.,1994,801-802、M.Brust et al.,Adv.Mater.,1995,7,795-797、R.W.Murray et al.,J.Am.Chem.Soc.,1995,117,12537-12548には、アルカンチオールを安定化剤とする金クラスターの合成法、アルカンジチオールを架橋安定化剤とする金クラスターの合成法およびキャスティング法による櫛形電極上への金クラスター薄膜の形成法について記載されている。
【0007】T.Vossmeyer et al,.Angew.Chem.Int.Ed.Engl.,1997,36,1080-1082には、12−アミノドデカンで安定化された金クラスターを、ニトロベラトリロキシカルボニルグリシンという特殊試薬を用いてガラス或いはシリコン基板上に光パターンに応じて積層する方法が記載されている。
【0008】G.Schmid et al.,Angew.Chem.Int.Ed.Engl.,1995,34,1442-1443、G.Schmid etal.,Adv.Mater.,1998,10,515-526、G.Schmid et al.,J.Chem.Soc.Chem.Commun.,1995,31-32には、トリフェニルフォスフィンを安定化剤とするNi、Au、Pd、Pt、Rh等の金属クラスターを調整する方法及びこれらの金属クラスターを一次元、二次元、三次元的に配列させる方法について記載されている。
【0009】P.Mulvaney et al.,J.Phys.Chem.,1993,97,6334-6336には、クエン酸イオンで安定化された金クラスターを電気泳動法で電極上に析出させる方法について記載されている。J.H.Fendler et al.,J.Phys.Chem.,1995,99,13065-13069には、ポリカチオンを使用してCdS、PbS、TiO2のクラスターをレイヤーバイレイヤーに積層する方法が記載されている。G.Decher et al.,Adv.Mater.,1997,9,61-65には、ポリアリルアミンハイドロクロライドとポリスチレンスルホン酸ナトリウムを用いてポリエチレンイミン基板上に、クエン酸イオンで安定化された金クラスターをレイヤーバイレイヤーで積層する方法が記載されている。T.Kunitake et al.,Chem.Lett.,1997,125-126には、ポリカチオンとしてポリジアリルジメチルアンモニウムクロライドを用いてSiO2クラスターをレイヤーバイレイヤーに積層する方法が記載されている。R.Claus et al.,J.Phys.Chem.,1997,101,1385-1388には、ポリスチレンスルホン酸ナトリウムを用いてTiO2クラスターをレイヤーバイレイヤーに積層する方法が記載されている。
【0010】X.Zhang et al.,Adv.Mater.,1998,10,529-532には、ポリスチレンスルホン酸銅とポリビニルピリジンをレイヤーバイレイヤーで積層した後、硫化水素を作用させることにより、Cu2Sクラスター/ポリスチレンスルホン酸複合体とポリビニルピリジンとのコンポジットが得られることが記載されている。M.J.Natan et al.,Science,1995,267,1629-1632には、電気化学的に活性なAu或いはAgのクラスター薄膜を得る方法が記載されている。即ち、Au或いはAgのクラスター溶液に、金の場合は3−メルカプトプロピルトリメトキシシランで、銀の場合は3−アミノプロピルトリメトキシシランで表面処理した導電性基板(白金)を浸漬することにより得られたクラスター薄膜/表面処理剤層/導電性基板から成る薄膜電極が電気化学的に活性な電極として働くこと、およびクラスター薄膜のない表面処理層/導電性基板のみの薄膜電極は電極として働かないことが記載されている。J.R.Heath et al.,Angew.Chem.Int.Ed.Engl.,1997,36,1078-1080には、ドデカンチオールで安定化されたAgクラスターを、その自己集合機能を利用してリング状に配列させる方法が記載されている。C.N.R.Rao et al.,J.Chem.Soc.Chem.Commun.,1997,537-538には、トルエン溶液を滴下乾燥して得られたアルカンチオールで安定化されたAu、Pt、Agクラスターの薄膜が超構造を形成することが記載されている。T.Kunitake et al.,Adv.Mater.,1998,10,414-416には、クエン酸イオンで安定化された金クラスターの二分子膜上へ緻密な静電吸着について記載されている。
【0011】クラスター薄膜の応用としては、クローンブロッケイド現象(Coulomb Blokade Phenomena;非常に小さな静電容量(C)のトンネル接合では接合間での単一電子の移動により、静電エネルギー(e2/C)が変化し、kBT≪e2/Cの条件下でトンネル効果が抑制される現象で、実験的には電極間の電流−電圧特性の測定において単一電子の移動に基く階段状の変化(クーロンステアケース:Coulomb staircase)が観測される;cf.;H.Grabert and M.H.Devorret Singlee Charge Tunneling,Coulomb Blokade Phenomena in Nanostructures Plenum,N.Y.,1992.、I.Giaever and H.R.Zeller,Phys.Rev.Lett.,1968,20,1504.、 T.A.Fulton and G.J.Dolan,Phys.Rev.Lett.,1981,59,109.、 M.Amman,S.B.Field,and R.C.Jaklevic,Phys.Rev.Bull.1993,48,12104)を利用した単一電子素子への応用が挙げられる。
【0012】日本国特許第2650280号公報には、スパッタリング法で形成されたPt−Pdクラスターを用いた島状薄膜素子(検波素子)が開示されている。特開平9−69630号公報には、同じくスパッタリング法で形成されたAu、Cd、Se、Ag、Cu、Pd、Pt等のクラスターを用いた単一電子トンネル素子について開示されている。特開平7−226522号公報には、硝酸銀を還元して得られる銀クラスター或いは塩化金酸をクエン酸で還元して得られる金クラスターを原子間力顕微鏡を用いて一個一個配列させたり、基板全面にわたって単分子層または数分子層に吸着させたり、基板のぬれ性に起因する自己組織能を利用して配列させたりして、単一電子素子を作製する方法が開示されている。更に、特開平9−275214号公報には、アルカンチオールにより安定化された金クラスターをクーロン力によりソース−ドレイン間に配列させた微小電荷制御素子について記載されている。
【0013】更に、M.Amman et al.,Phys.Rev.B,1993,48,12104-12109には、真空蒸着法で形成された島状金クラスターのクーロンブロッケイド現象の走査型トンネル顕微鏡による観測が報告されている。M.Dorogi et al.,Phys.Rev.B,1995,52,9071-9077およびC.P.Kubiak et al.,Science,1996,272,1323-1325には、気相法で作製した金クラスターを分子ビームとし、金基板上に化学吸着させたp−キシレン−α,α’−ジチオールの自己集合単分子膜上に化学吸着させ、走査型トンネル顕微鏡を用いて、室温においてクーロンブロッケイド現象を観測したことが報告されている。R.P.Andres et al .,Science,1996,273,1690-1693には、ジチオール或いはジイソニトリルで架橋した金クラスターが自己集合単分子膜を形成すること、およびこの架橋型自己集合単分子膜の電流−電圧特性が非線形な応答を示すことが報告されている。M.J.Natan et al.,J.Am.Chem.Soc.,1996,118,7640-7641には、金属(金)/絶縁体薄膜(層状化合物と高分子電解質との複合体)/ナノクラスター薄膜(粒径2.5nmのクエン酸で安定化された金クラスター)/絶縁体薄膜(層状化合物と高分子電解質との複合体)/導電層(ポリピロール)から成るMINIM(Metal-Insulator-Nanocluster-Insulator-Metal)素子を作製し、クーロンブロッケイド現象を観測した結果が報告されている。ここでは、層状化合物としてはリン酸ジルコニウムを、高分子電解質としてはポリアクリルアミンハイドロクロライドを用い、金クラスター薄膜は浸漬法で作製し、ポリピロール膜は塩化第二鉄を触媒とする気相重合法で作製している。
【0014】クラスター薄膜の応用としては、この他にも電界放射素子(FED)への応用が考えられる。FEDについては、特公平7−97473号公報、M.Hartwell et al.,IEEE Trans.ED Conf.,1975,519-521およびG.Dittmer,Thin Solid Films,1972,9,317-328に記載されている。
【0015】さらに、クラスター薄膜に直接関係するものではないが、デバイス作製技術に関するものとして、サブミクロンオーダーの大きさを持つ電極上への電気化学的に活性な高分子薄膜の形成法およびサブミクロンからnmオーダーの間隔を持つ電極間への電気化学的に活性な高分子薄膜の形成法については、M.S.Wrighton et al.,J.Am.Chem.Soc.,1984,106,5375-5377、M.S.Wrighton et al.,J.Am.Chem.Soc.,1987,109,5226-5228、M.S.Wrighton et al.,Chem.Mater.,1993,5,914-916等に開示されている。また、分子デバイスやニューロデバイスを念頭において、導電性高分子の電解重合を用いて三次元的配線を構築しようとする試みは、M.J.Sailor et al.,Science,1993,262,2014-2016、M.J.Sailor et al.,Adv.Mater.,1994,6,688-692、Yoshino et al.,Synth.Met.,1995,71,2223-2224等に報告されている。この他にも、電気化学的方法による配線については、電化移動錯体の電気化学的結晶成長を利用した例(M.J.Sailor et al.,Adv.Mater.,1996,8,897-899)および外部回路との接続無しに、誘起分極を利用して金属粒子間の三次元的配線を可能にしたもの(J.C.Bradley et al.,Nature,1997,389,268,270)等が挙げられる。
【0016】上述した種々のクラスター薄膜作製法は、応用、特に電子デバイスへの応用を考えた場合、十分に満足できるものとは言い難い。例えば、スパッタリング法等の物理的方法(気相法)の場合、装置が大型化し、生産性が低く、膜厚の制御が難しく、パターン化された薄膜を得ることが難しい等の欠点を有する。化学的方法についても、例えばスピンコート法やキャスティング法は、再現性に優れた膜厚制御が難しく、電極上や電極間のみに選択的に薄膜化したい場合には、エッチング等により余分な薄膜を除去するプロセスを必要とする。
【0017】また、電気泳動法は、電気化学的に安定な溶媒を使用しなければならないこと、帯電していないクラスターには適用できないこと、得られる薄膜が電気化学的に活性でないため、膜厚の制御が難しいこと、薄膜作製時間が長いこと、および電極間に薄膜を成長させるのが難しい等の欠点を有する。
【0018】更に、ニトロベラトリロキシカルボニルグリシンを用いる光化学的方法は、均一で精度の高い露光手段が必要な上、基板表面に適当なシランカップリング剤等を用いてアミノ基を形成し、続いてこのアミノ基とニトロベラトリロキシカルボニルグリシンのカルボキシル基との反応により光化学的に活性な薄膜を形成するというプロセスをとるため、電極上或いは電極間に直接クラスター薄膜を形成することができない。更にプロセスが複雑になってしまう等の欠点を有する。
【0019】
【発明が解決しようとする課題】以上の点に鑑み、本発明が解決しようとする課題は、単一電子素子等の電子デバイスの作製に好適な、低コストで、プロセスが簡単で、膜厚制御が容易で、再現性に優れ、電極上あるいは電極間に選択的に薄膜を形成することが可能なクラスター薄膜作製法を提供するとともに、該作製法に必要な化合物、及びその合成法をも提供することである。
【0020】
【課題を解決するための手段】上記の課題を解決するため、本発明者らは、nmサイズのクラスター薄膜を電気化学的に作製する新規な方法を開発した。即ち、分散安定剤により安定化されたクラスターとオリゴフェロセニレン誘導体を反応させることにより、表面をオリゴフェロセニレンで化学修飾されたクラスターを得、これを電気化学的に酸化することにより、電極上或いは電極近傍にクラスター薄膜を作製する方法を開発するとともに、上記オリゴフェロセニレン誘導体の新規合成方法を見い出したのである。本発明の一般式(I)のビフェロセンのアルカンチオール誘導体(I)は反応式(1)で示される反応により合成される。
【0021】
【化3】


【0022】また、一般式(II)のテルフェロセンのアルカンチオール誘導体は反応式(2)により合成される。
【0023】
【化4】


【0024】上記反応式(1)及び(2)中、BunLiはn-ブチルリチウム(リチウム化剤)を、TMEDAはN,N,N',N'−テトラメチルエチレンジアミン(リチウム化合物の安定化剤)を、Bun2Oはn-ブチルエーテル(主に溶媒)をそれぞれ表わす。これら反応式(1)及び(2)にて示されるように本発明における新規オリゴフェロセニレン誘導体の原料としてのオリゴフェロセンは、フェロセンとヨウ素化フェロセデニリニンから合成されるがその合成方法は、E.W.Neuse,L.Bednarik, Macromolecules,1979,12,187に報告されており、また高分子錯体研究会、萩原信衛、中村晃「高分子錯体−機能と応用−シリーズ4「有機金属錯体」」に詳細に記載されている。
【0025】アルカンチオール誘導体は、Auのみではなく、少なくともAg、Cu、PtさらにはFe23等を安定化できることが知られている。したがって、表面をオリゴフェロセニレンで化学修飾されたクラスターについても、少なくともAu、Ag、Cu、Pt、Fe23については作製できる。
【0026】分散安定剤としては、アルカンチオール誘導体の他に、テトラアルキルアンモニウムプロマイド、テトラアルキルフォスフォニウムプロマイド、3−(ジメチルドデシルアンモニオ)プロパンスルホネート、カルボン酸誘導体等も有効である。これらの分散安定剤により、Au、Ag、Cu、Pt、Pb、Rh、Ru、Mo、Ni、Co、Hg、Fe23、Al23、Ag2O、In23、SnO2等のクラスターが作製できる。
【0027】電極材料としては、電気化学的に安定な導電体なら何でも使用できる。電極は、目的に応じて、導電体単体を用いたり、ガラス、プラスチック、表面が酸化されたシリコン基板等の上にパターン化されたものを用いたりする。溶媒としては、電気化学で通常使用されるものは全て使用できる。例えば、テトラヒドロフラン、アセトニトリル、ジクロロメタン、ジメトキシエタン、プロピレンカーボネート、水、クロロホルム等である。
【0028】電解質としても、電気化学で通常使用されるものは全て使用できる。例えば、支持電解質カチオンとしては、テトラアルキルアンモニウムイオン、アルカリ金属イオン、テトラアルキルホスホニウムイオン等が挙げられる。アニオンとしては、ハロゲンイオン、ヘキサフルオロホスフェートイオン、カルボキシレートイオン、テトラフルオロボレートイオン等が挙げられる
【0029】次に、本発明の基本的概念を、分散安定剤としてオクタンチオールを用いた直径4nmの金クラスターをビフェロセニレンのアルカンチオール誘導体で修飾する場合について説明する。下記反応式(3)に示すように、オクタンチオールにより安定化された金クラスターは、前述したM.Brust et al.,J.Chem.Soc.Chem.Commun.,1994,801-802、R.W.Murray et al.,J.Am.Chem.Soc.,1995,117,12537-12548に記載されている方法、即ち、オクタンチオール共存下で金イオンを還元する方法により得られる。金クラスターのコア部(金微粒子)の直径は約2nm、シェル(オクタンチオール)の厚さは約1nmである。
【0030】
【化5】


【0031】上記式(3)中、「−Fc-Fc」はビフェロセン骨格を表わし、また上記N(C8H17)4Brは親水性基としてのオニウムイオン及び疎水性基としての長鎖アルキル基を有しミセルを形成する界面活性剤として、NaBHは還元剤として用いられ、C8H17SHはNaBHにより還元された金粒子との付加反応剤として用いられる。このようにして得られる金クラスター(1)((Au)m(C817S)n)は、粉末状態でも、分散状態でも安定である。得られた金クラスター粉末を適当な溶媒に分散し、一般式(I)(n=7)で示されるビフェロセニレンのアルカンチオール誘導体(FcFcCO(CH2)7SH)と反応させることにより、表面をオリゴフェロセニレンで化学修飾した金クラスター(2)が作製できる。テルフェロセニレンの場合についても同様に反応式(4)で示されるようにテルフェロセニレンで化学修飾した金クラスター(3)を作製できる。
【0032】
【化6】


【0033】
【化7】


【0034】この金クラスター(3)も、金クラスター(2)の場合と同様に、安定に取り出すことができ、直径は約6nmである。NMR(核磁気共鳴分光)スペクトルより、この場合、テルフェロセニレンのアルカンチオール誘導体とオクタンチオールとの比は、1:15〜20であることがわかる。このようにして得られた、表面をオリゴフェロセニレンで化学修飾された金クラスターを適当な電解液(この場合は、0.1M Bu4NClO4−CH2Cl2)に溶かし、電気化学反応を起こさせることにより、電極上に金クラスター薄膜を堆積させることができる。この方法によれば、電極上あるいは電極近傍にクラスター薄膜を低コストで、容易に、制御性・再現性よく作製することが可能になる。
【0035】例えば、この方法を前述の日本国特許第2650280号公報記載の島状薄膜素子或いは同じく前述の特開平7−226522号公報記載の単一電子素子に適用する場合、第一には、クラスター薄膜を形成すべき電極間を薄膜の電気化学的成長が起こり得る電位に保つことにより、一方の電極から他方の電極へクラスター薄膜を成長させ、最終的に両電極をクラスター薄膜で接合する方法がある。第二には、前述のM.S.Wrighton et al.,J.Am.Chem.Soc.,1984,106,5375-5377に記載されているように、接合すべき2つの微小電極を等電位に保ち、電極上および電極間にクラスター薄膜を電気化学的に成長させる方法がある。また、本発明がオロゴフェロセニレン誘導体を使用する場合に限らず、分散安定剤により安定化されたクラスターから、表面を電気化学的に活性な反応基で化学修飾したクラスターを合成し、電気化学反応により電極上にクラスター薄膜を形成するという更に一般的な方法としても拡張できることは明らかである。
【0036】
【実施例】以下、本発明を実施例を挙げて更に具体的に説明する。
実施例1(反応式1参照)
8−ビフェロセニルオクタンチオール−8−オン(化合物I;n=7)の合成Ar雰囲気下、AlCl3を325mg(2.43mmol)脱水CH2Cl2の600μlに溶解させ、これにBr(CH2)7COClを587μl(2.43mmol)滴下した。この溶液を、窒素雰囲気下、ビフェロセン900mg(2.43mmol)のCH2Cl2溶液(30ml)に1時間かけてゆっくり滴下した。室温で12時間撹拌した後、脱気して氷冷した蒸留水に注いだ。分液ロートに移して水でよく洗い、茶色の有機層を取り出し、Na2SO4で乾燥後、溶媒を留去した。Br(CH2)7COの一置換体の他に、二置換体も含まれているので、HPLCを用いて分取し、FcFcCO(CH2)7Brを得た。収量186.2mg(0.324mmol)。収率13.3%。窒素雰囲気下、FcFcCO(CH2)7Brを118.6mg(0.206mmol)エタノール15mlに溶解させ、チオ尿素15.7mg(0.206mmol)を加え、40時間還流した。さらに脱気した0.021M NaOHaqを20ml(0.42mmol)加え、8時間還流した。生成物をCHCl3を溶媒としてシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより分離し、目的物FcFcCO(CH2)7SHを分取した。収量59.3mg(0.112mmol)。収率54.5%。
元素分析:計算値C,63.41%;H,6.46%。
実測値C,60.64%;H,6.61%。
1HNMR(図1)
同様に、Br(CH2)7COClの代わりに、Br(CH2)nCOClを使用することにより、この他のビフェロセンのアルカンチオール誘導体も合成できる。
【0037】実施例28−テルフェロセニルオクタンチオール−8−オン(化合物II;n=7)の合成Ar雰囲気下、AlCl3を111mg(0.83mmol)CH2Cl2の200μlに溶解させ、これにBr(CH2)7COClを200μl(0.83mmol)滴下した。この溶液のうちの130μl(0.27mmol)を、窒素雰囲気下、テルフェロセン150mg(0.27mmol)の脱水CH2Cl2溶液(13ml)に1時間かけてゆっくり滴下した。室温で12時間撹拌し、反応液を大気解放後氷冷した蒸留水50mlに注いだ。分液ロートで、水でよく洗い、茶色の有機層を取り出した。Na2SO4で乾燥後、溶媒を留去した。残査をCHCl3を溶媒としてシリカゲルカラムクロマトグラフィーに展開し、2番目のバンドを分取した。更にこれをCHCl3:hexane=3:2溶液のTLCプレート(シリカゲル、厚さ0.5mm)で2番目のバンドを分取した。橙色粉末[FcFcFcCO(CH2)7Br]を得た。yield 8.3mg(4.1%)。窒素雰囲気下、FcFcFcCO(CH2)7Br16.4mg(0.022mmol)のエタノール溶液(1.5ml)に、チオ尿素1.7mg(0.022mol)を加え、24時間還流した。TLC(シリカゲル)で原料の消失を確認し、脱気した0.022M NaOHaqを2.0ml(0.044mmol)加え、8時間還流した。溶媒を留去後、CHCl3で抽出、CHCl3を溶媒としたTLCプレート(シリカゲル、厚さ0.5mm)で分離した。
1st band 赤色オイル [FcFcFcCO(CH2)7SH] yield10.1mg(64.1%)。
2nd band 赤色オイル [(FcFcFcCO(CH2)7)2S] yield5.5mg(35.1%)。
1HNMR(図2)
同様に、Br(CH2)7COClの代わりに、Br(CH2)nCOClを使用することにより、この他のテルフェロセンのアルカンチオール誘導体も合成できる。
【0038】実施例3FcFcFcCO(CH2)7SH(化合物II(n=7))のエタノール溶液に、金ディスク電極を浸漬し、自己集合膜を形成させた。表面濃度の浸漬時間依存性から、16時間で飽和吸着量に達し、そのときの表面濃度は2.3×10-10molcm-2であった。この電極の0.1M Bu4NClO4CH2Cl2溶液でのサイクリックボルタモグラム(CV)においては、可逆な3段の1電子酸化波が現われたが(図3)、1N HClO4水溶液では2段の1電子酸化波しか示さず(図4:0.1Vs-1)、電子移動に集合状態が大きく影響することを示唆した。本実施例の金ディスク電極の代わりに、AgやCuの電極を用いても、同様にして電気化学的に活性な電極を作製できる。
【0039】実施例4前述のR.W.Murray et al.,J.Am.Chem.Soc.,1995,117,12537-12548に記載されている方法に従い、オクタンチオールを分散安定剤とする金クラスター(1)[(Au)m(C817S)n]を合成した。この金クラスターのコア部の直径は約2nm、シェル部も含めたクラスター全体の直径は約4nmであった。
【0040】実施例5biferrocene末端修飾チオール配位子金クラスター(Gold cluster(2))の合成サンプル管に(Au)m(C817S)nを0.203g、またFcFcCO(CH2)7SHを40.0mg入れ、トルエン1.0mlに溶解させ、48時間撹拌した。これをエタノール300mlに注ぎ、冷凍庫(−17℃)で一晩放置した。コロイドをメンブランフィルターで瀘別し、エタノールでよく洗った。瀘紙の上のものをCH2Cl2溶液に溶かし込み、これを溶媒留去することにより、目的のクラスター(Au)m(C817S)n(FcFcCO(CH2)7SH)lを得た。収量0.190g(2.71×10-3mmol)。収率85.0%。
元素分析:計算値C,16.90%;H,2.48%。
実測値C,16.92%;H,2.26%。
(オクタンチオール75、ビフェロセンチオール20/金クラスター1個として計算)
1HNMR(図5)
【0041】実施例6terferrocene末端修飾チオール配位子金クラスターの合成50mlナスフラスコに(Au)m(C817S)nを28.1mg(3.77×10-4mmol)、また、FcFcFcCO(CH2)7SHを6.3mg(8.85×10-4mmol)を入れ、トルエン14mlに溶解させ、24時間撹拌した。これをエタノール100mlに注ぎ、冷凍庫(−17℃)で一晩放置した。コロイドをメンブランフィルターで瀘別し、エタノールでよく洗った。瀘紙の上のものを乾燥させ、目的のクラスター(Au)m(C817S)n(FcFcFcCO(CH2)7SH)lを得た。m=309、n=95とすると(文献より)NMRより、l=5.6であることがわかった。収量26.3mg(3.39×10-4mmol)。収率90.0%。
【0042】実施例7実施例6において、オクタンチオールを分散安定剤とする金クラスターの代わりに、同じく前述のC.N.R.Rao et al.,J.Chem.Soc.Chem.Commun.,1997,537-538に記載の、ドデカンチオールを分散安定剤とする銀クラスターを用い、これに化合物II(n=11)を反応させることにより、同様に、テルフェロセニレンで修飾された銀クラスターを得た。
【0043】実施例8実施例5で得られたビフェニロセニレンで表面修飾された金クラスター4.5μMを、0.1M Bu4NClO4とともにCH2Cl2に溶解し、この溶液のグラッシーカーボン(GC)電極でのCVを測定した(図6)。式量電位はフリーのビフェロセニレン誘導体とほぼ同じであった。最初の掃引では、ビフェロセニレンの酸化による2段の可逆波が現われるが、掃引を繰り返すことにより、電極上に金クラスターが積層し、最終的には構造のないブロードな可逆波になることがわかった。ちなみに、フェロセンの単量体で表面修飾した金クラスターでは、電極上への金クラスターの積層は観測されなかった。
【0044】実施例9実施例6で得られたテルフェロセニレンで表面修飾された金クラスター4.5μMを、0.1M Bu4NClO4とともにCH2Cl2に溶解し、この溶液のグラッシーカーボン(GC)電極でのCVを測定した(図7)。式量電位はフリーのテルフェロセニレン誘導体とほぼ同じであった。最初の掃引では、テルフェロセニレンの酸化による3段の可逆波が現われるが、掃引を繰り返すことにより、電極上に金クラスターが積層し、最終的に2段の可逆波になることがわかった。同様の結果は、ITO電極を用いたCV測定でも得られた。
【0045】実施例10図8に示すような単一電子素子を作製した。即ち、導電性シリコン基板の上に10nm厚の酸化膜を設け、この酸化膜の上に金電極(1)及び(2)を設ける。電極間距離は100nmであった。この電極基板を、実施例9で使用したテルフェロセニレンで表面修飾された金クラスターの電解液に浸漬し、金電極(1)を0.8Vvs.Ag/Ag+、金電極(2)を0Vvs.Ag/Ag+として電極反応を行なう。金クラスターは、金電極(1)から金電極(2)に向かって成長し、最終的に両電極は金クラスターにより接合される。このようにして、本発明による金クラスター薄膜の電気化学的作製法を用いることにより、極めて容易に単一電子素子が作製できる。
【0046】実施例11実施例10において、電極間距離を50nmとし、金電極(1)と金電極(2)を外部配線により接合し、対極(白金電極)の電位を、0Vvs.Ag/Ag+とし、金電極(作用極)の電位を0.8Vvs.Ag/Ag+にして、金クラスター薄膜の堆積を行なう。電極(1)と電極(2)は充分接近しているので、結果的に金クラスター薄膜は、金電極上及び金電極間にわたって均一に堆積し、図9に示したような単一電子素子を作製することができる。
【0047】
【発明の効果】以上、詳細且つ具体的な説明より明らかなように、本発明は新規なオリゴフェロセニレンのアルカンチオール誘導体、及びその合成、この新規化合物を用いた電気化学的に活性な電極の作製および新規金属クラスターの合成、この新規クラスターを用いた電気化学的に活性な金属クラスター薄膜及びその作製法を提供し、さらには作製された金属クラスター薄膜の量子効果素子への応用等を可能にするものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明のFcFcCO(CH2)7SHの1HNMRのスペクトルを示した図(実施例1)である。
【図2】本発明のFcFcFcCO(CH2)7SHの1HNMRのスペクトルを示した図(実施例2)である。
【図3】本発明のFcFcFcCO(CH2)7SHの金ディスク電極上への自己集合膜の0.1M Bu4NClO4CH2Cl2溶液でのサイクリックボルタモグラムを示した図(実施例3)である。
【図4】本発明のFcFcFcCO(CH2)7SHの金ディスク電極上への自己集合膜の1N HClO4水溶液でのサイクリックボルタモグラムを示した図(実施例3)である。
【図5】本発明の金クラスター(2)の1HNMRのスペクトル(CH2Cl2溶液)を示した図(実施例5)である。
【図6】本発明の金クラスター(2)のサイクリックボルタモグラム(0.1M Bu4NClO4CH2Cl2、グラッシーカーボンディスク電極)を示した図(実施例8)である。
【図7】本発明の金クラスター(3)のサイクリックボルタモグラム(0.1M Bu4NClO4CH2Cl2、グラッシーカーボンディスク電極)を示した図(実施例9)である。
【図8】導電性シリコン基板上に作製された単一電子素子を示した図(実施例10)である。
【図9】導電性シリコン基板上に作製された単一電子素子を示した図(実施例11)である。
【符号の説明】
1 金電極(1)
2 金電極(2)
3 金クラスター
4 シリコン酸化膜
5 導電性シリコン基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】 下記一般式(I)で表わされるビフェロセンのアルカンチオール誘導体。
【化1】


【請求項2】 下記一般式(II)で表わされるテルフェロセンのアルカンチオール誘導体。
【化2】


【請求項3】 請求項1又は2に記載のオリゴフェロセニレンのアルカンチオール誘導体により化学修飾された電気化学的に活性な金属電極。
【請求項4】 請求項1又は2に記載のオリゴフェロセニレンのアルカンチオール誘導体により化学修飾された電気化学的に活性な金電極。
【請求項5】 アルカンチオールを分散安定剤とする金属クラスターと、請求項1又は2に記載のオリゴフェロセニレンのアルカンチオール誘導体とを反応させることにより得られ、表面をオリゴフェロセニレンで化学修飾された金属クラスター。
【請求項6】 アルカンチオールを分散安定剤とする金クラスターと、請求項1又は2に記載のオリゴフェロセニレンのアルカンチオール誘導体とを反応させることにより得られ、表面をオリゴフェロセニレンで化学修飾された金クラスター。
【請求項7】 分散安定剤により安定化されたクラスターと請求項1又は2記載のオリゴフェロセニレン誘導体を反応させることにより得られ、表面をオリゴフェロセニレンで化学修飾されたクラスターから成る電解液を電気化学的に酸化することにより、電極基板上にクラスター薄膜を形成する方法。
【請求項8】 請求項6に記載の、表面をオリゴフェロセニレンで化学修飾された金クラスターから成る電気化学的に活性な金クラスター薄膜。
【請求項9】 請求項6に記載の、表面をオリゴフェロセニレンで化学修飾された金クラスターから成る電解液から、電気化学的に活性な金クラスター薄膜を作製する方法。
【請求項10】 請求項7又は9に記載の方法により作製したクラスター薄膜を用いることを特徴とする量子効果素子。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図8】
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【図9】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2000−86684(P2000−86684A)
【公開日】平成12年3月28日(2000.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平10−276391
【出願日】平成10年9月14日(1998.9.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成10年3月14日 社団法人日本化学会発行の「日本化学会第74春季年会1998年講演予稿集▲I▼」に発表
【出願人】(000006747)株式会社リコー (37,907)
【Fターム(参考)】