説明

新規オキシリピン化合物及び花芽形成誘導剤

【課題】KODA、FNsよりも構造が単純で合成しやすく、単独で花芽形成誘導活性を有する化合物及び花芽形成誘導剤を提供する。
【解決手段】下記式(I)又は(II)で示される新規オキシリピン化合物と、これらの少なくとも一方を有効成分とする花芽形成誘導剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規オキシリピン化合物及び花芽形成誘導剤に関する。
【背景技術】
【0002】
植物の花芽形成誘導技術は、果樹、とりわけミカン、リンゴ、ナシ等での花芽着生制御のため、また、園芸植物や穀物植物の供給性向上に不可欠であって、果実生産市場をはじめとする農作物生産市場において大いに期待されている。
【0003】
従来から、植物の花芽形成過程のメカニズムを明確にした上で、花芽形成誘導剤、花芽着生促進剤等を適用することにより、開花時期を人為的に調節する試みがなされてきた。植物の花芽形成を決める因子としては、日長、低温、植物の老化などが知られているが、中でも日長が決定的な影響を有する。植物において日長に感応する部分は葉身であり、葉身から葉柄や茎を通って、花芽形成が起こる生長点に何らかの信号が送られて、この花芽形成が開始されることが知られている。
【0004】
花芽形成誘導剤としては、(12Z,15Z)−9−ヒドロキシ−10−オキソ−12,15−オクタデカジエン酸(以下、KODAと称する)などのα-ケトール不飽和脂肪酸を有効成分とする花芽形成誘導剤が知られている(特許文献1及び2参照)。このKODAは、植物体内の代謝経路にてノルエピネフリンなどのカテコールアミンを取り込み、FN1又はFN2(以下、FNsと称する)と呼ばれる活性型となり、花芽形成誘導活性を示すことがわかっている(非特許文献1)。また、植物の生長の調整の一部として花芽形成を誘導可能とするα−ケトール不飽和脂肪酸誘導体、不飽和ケト脂肪酸誘導体、及びα−ケトール配糖体を含む植物生長調整剤が知られている(例えば特許文献3、特許文献4、特許文献5及び特許文献6)。これらの化合物はいずれも化学合成又は植物体を利用することによって得ている。
【0005】
植物の花芽着生に関する機構は未だに不明な点が多く、花芽着生促進の解明を進める上で、これらの化合物が利用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平9−295908号公報
【特許文献2】特開平11−29410号公報
【特許文献3】特開2005−104901号公報
【特許文献4】特開2001−342191号公報
【特許文献5】特開2009−209054号公報
【特許文献6】特開2009−209053号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Shoko Yamaguchi, Mineyuki Yokoyama, Toshii Iida, Mika Okai, Osamu Tanaka, and Atsushi Takimoto “Identification of a Component that Induces Flowering of Lemna among the Reaction Products of α-Ketol Linolenic Acid (FIF) and Norepinephrine」Plant Cell Physiol., Nov 2001,42,1201 - 1209.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、KODAはエピネフリン、ノルエピネフリンと共に用いないと花芽誘導活性を有さず、かつ構造的に不安定である。さらに、一方、活性型のFNsは単独で活性を有するが、構造が複雑であるため、こちらも人工的な大量合成ができない。このため、単独で活性を有し、構造的に安定であり、かつ人工合成可能な単純な構造を有する花芽形成誘導剤が求められていた。
従って、本発明は単独で花芽形成誘導効果を有し、構造的に安定かつ構造が単純な新規化合物及び花芽形成誘導剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のオキシリピン化合物は、下記式(I)又は(II)で示されるものである。
また、本発明の花芽形成誘導剤は、下記式(I)で示されるオキシリピン化合物及び下記式(II)で示されるオキシリピン化合物の少なくとも一方を有効成分とするものである。
【化1】

【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、単独で花芽形成誘導効果を有し、構造的に安定かつ構造が単純な新規化合物及び花芽形成誘導剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例1にかかるアオウキクサの抽出処理を説明するチャートである。
【図2】実施例1にかかるアオウキクサの乾燥処理時間と、アオウキクサ抽出物の花芽形成誘導率を示すグラフである。
【図3】実施例3にかかるアオウキクサの乾燥処理の有無(A:乾燥処理なし、B:乾燥処理あり)による、高速液体クロマトグラフィーの結果を示す。
【図4A】実施例3にかかる高速液体クロマトグラフィーにより分画したアオウキクサ抽出物(乾燥処理なし)の花芽誘導活性を示すグラフである。
【図4B】実施例3にかかる高速液体クロマトグラフィーにより分画したアオウキクサ抽出物(乾燥処理あり)の花芽誘導活性を示すグラフである。
【図5】実施例4にかかるアオウキクサの乾燥処理時間とLDS1内生量の変化を示すグラフである。
【図6】実施例5にかかるアオウキクサから単離した新規オキシリピン化合物(LDS1〜3)とFN1、FN2との花芽誘導活性の比較結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[1]オキシリピン化合物
本発明のオキシリピン化合物は、下記式(I)又は(II)で表される新規なオキシリピン化合物である。これら2種のオキシリピン化合物は、いずれも単独で花芽形成誘導活性が認められるので、花芽形成誘導剤として使用することができる。また、これらの化合物はいずれも構造的に安定であり、構造が単純であるため、人工合成が容易であると考えられる。
【0013】
【化2】

【0014】
本発明のオキシリピン化合物は、アオウキクサ等から公知の方法に従って単離してもよく、合成によって得てもよい。
合成する場合には、上記の化合物はいずれもα-リノレン酸より、13−あるいは9−リポキシゲナーゼおよび、アレンオキシドシンターゼの処理により酵素合成の可能性がある。また、上記式(II)で表されるオキシピリン化合物は、酵素合成して得られるα-ケトールを、NaBHを用いて還元することで得られる。
上記式(I)で表わされるオキシピリン化合物はKODAに見られる不安定構造の原因であるβ,γ−不飽和ケトールの代わりに、より安定なα,β−不飽和ケトール構造を有することから、KODAに比べて安定である。また、上記式(II)で表わされるオキシピリン化合物は、共役トリエン構造を有しているため、酸化に対して良い基質となるため、上記式(I)で表わされるオキシピリン化合物に比べて不安定であるが、KODAよりは安定であると考えられる。
【0015】
[2]花芽形成誘導剤
本発明の花芽形成誘導剤は、上記式(I)で示されるオキシリピン化合物及び上記式(II)で示されるオキシリピン化合物の少なくとも一方を有効成分として含有するものである。上述したように本発明の新規オキシリピン化合物はいずれも単独で花芽形成誘導効果を有するので、これらの化合物を含む花芽形成誘導剤を得ることができる。本発明の花芽形成誘導剤は、上記化合物のいずれかを単独で含むものであってもよく、2種を組み合わせて含むものであってもよい。
【0016】
以下、本発明において、「有効成分」とは上述した新規オキシリピン化合物であり、花芽形成誘導剤中に含有される1種又は2種の化合物全体を指す。
本発明の花芽形成誘導剤は、有効成分のみを精製物としてそのまま用いてもよいが、植物に適用可能な所望の剤形、例えば液剤、固形剤、粉剤、乳剤、底床添加剤等の剤形に応じて、製剤学上許容可能な担体と配合してもよい。
【0017】
例えば、本発明の花芽形成誘導剤が底床添加剤又は固形剤である場合には、概ねタルク、クレー、バーミキュライト、珪藻土、カオリン、炭酸カルシウム、水酸化カルシウム、白土、シリカゲル等の無機質;小麦粉、澱粉等の個体担体を、単独で又は2種以上を組み合わせて、上記の担体成分として用いられるが、これらに限定されない。
また、本発明の花芽形成誘導剤が液剤である場合には、概ね水;キシレン等の芳香族炭化水素類;エタノール、エチレングリコール等のアルコール類;アセトン等のケトン類;ジオキサン、テトラヒドロフラン等のエーテル類;ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、アセトニトリル等の液体担体を、単独で又は2種以上を組み合わせて上記の担体成分として用いられるが、これらに限定されない。
これらの担体は、上記本発明の所期の効果を損なわない限度で適宜配合することができる。
【0018】
また本発明の花芽形成誘導剤には、上記本発明の所期の効果を損なわない限度において、製剤用補助剤を配合してもよい。製剤用補助剤としては、例えば、アルキル硫酸エステル類、アルキルスルホン酸塩、アルキルアリールスルホン酸塩、ジアルキルスルホコハク酸塩等の陰イオン界面活性剤;高級脂肪族アミンの塩類等の陽イオン界面活性剤;ポリオキシエチレングリコールアルキルエーテル、ポリオキシエチレングリコールアシルエステル、ポリオキシエチレングリコール多価アルコールアシルエステル、セルロース誘導体等の非イオン界面活性剤;ゼラチン、カゼイン、アラビアゴム等の増粘剤、増量剤、結合剤等を適宜配合することができる。これらは単独で又は2種以上を組み合わせ用いられる。
さらに必要に応じて、植物生長調整剤、例えば安息香酸、ニコチン酸、ニコチン酸アミド、ピペコリン酸等を、上記本発明の所期の効果を損なわない限度において、本発明の花芽形成誘導剤中に配合することもできる。
【0019】
上記本発明の花芽形成誘導剤は、その剤形に応じた方法で種々の植物に用いられる。例えば、本発明においては、開花を図る植物の生長点のみならず、茎、葉をはじめとする植物体の一部又は全体に、液剤や乳剤として散布、滴下、塗布等することや、固形剤や粉剤として地中から根に吸収させること等が可能である。また、開花を図る植物がウキクサ等の水草の場合には、底床添加剤として根から吸収させたり、固形剤を水中で除々に溶解させること等も可能である。
【0020】
また、本発明の花芽形成誘導剤を適用可能な植物の種類は特に限定されず、双子葉植物、単子葉植物の両者に対して本発明花芽形成誘導剤は有効である。
【0021】
双子葉植物としては、例えばアサガオ属植物(アサガオ)、ヒルガオ属植物(ヒルガオ、コヒルガオ、ハマヒルガオ)、サツマイモ属植物(グンバイヒルガオ、サツマイモ)、ネナシカズラ属植物(ネナシカズラ、マメダオシ)が含まれるひるがお科植物、ナデシコ属植物(カーネーション等)、ハコベ属植物、タカネツメクサ属植物、ミミナグサ属植物、ツメクサ属植物、ノミノツヅリ属植物、オオヤマフスマ属植物、ワチガイソウ属植物、ハマハコベ属植物、オオツメクサ属植物、シオツメクサ属植物、マンテマ属植物、センノウ属植物、フシグロ属植物、ナンバンハコベ属植物が含まれるなでしこ科植物、もくまもう科植物、どくだみ科植物、こしょう科植物、せんりょう科植物、やなぎ科植物、やまもも科植物、くるみ科植物、かばのき科植物、ぶな科植物、にれ科植物、くわ科植物、いらくさ科植物、かわごけそう科植物、やまもがし科植物、ぼろぼろのき科植物、びゃくだん科植物、やどりぎ科植物、うまのすずくさ科植物、やっこそう科植物、つちとりもち科植物、たで科植物、あかざ科植物、ひゆ科植物、おしろいばな科植物、やまとぐさ科植物、やまごぼう科植物、つるな科植物、すべりひゆ科植物、もくれん科植物、やまぐるま科植物、かつら科植物、すいれん科植物、まつも科植物、きんぽうげ科植物、あけび科植物、めぎ科植物、つづらふじ科植物、ろうばい科植物、くすのき科植物、けし科植物、ふうちょうそう科植物、あぶらな科植物、もうせんごけ科植物、うつぼかずら科植物、べんけいそう科植物、ゆきのした科植物、とべら科植物、まんさく科植物、すずかけのき科植物、ばら科植物、まめ科植物、かたばみ科植物、ふうろそう科植物、あま科植物、はまびし科植物、みかん科植物、にがき科植物、せんだん科植物、ひめはぎ科植物、とうだいぐさ科植物、あわごけ科植物、つげ科植物、がんこうらん科植物、どくうつぎ科植物、うるし科植物、もちのき科植物、にしきぎ科植物、みつばうつぎ科植物、くろたきかずら科植物、かえで科植物、とちのき科植物、むくろじ科植物、あわぶき科植物、つりふねそう科植物、くろうめもどき科植物、ぶどう科植物、ほるとのき科植物、しなのき科植物、あおい科植物、あおぎり科植物、さるなし科植物、つばき科植物、おとぎりそう科植物、みぞはこべ科植物、ぎょりゅう科植物、すみれ科植物、いいぎり科植物、きぶし科植物、とけいそう科植物、しゅうかいどう科植物、さぼてん科植物、じんちょうげ科植物、ぐみ科植物、みそはぎ科植物、ざくろ科植物、ひるぎ科植物、うりのき科植物、のぼたん科植物、ひし科植物、あかばな科植物、ありのとうぐさ科植物、すぎなも科植物、うこぎ科植物、せり科植物、みずき科植物、いわうめ科植物、りょうぶ科植物、いちやくそう科植物、つつじ科植物、やぶこうじ科植物、さくらそう科植物、いそまつ科植物、かきのき科植物、はいのき科植物、えごのき科植物、もくせい科植物、ふじうつぎ科植物、りんどう科植物、きょうちくとう科植物、ががいも科植物、はなしのぶ科植物、むらさき科植物、くまつづら科植物、しそ科植物、なす科植物、ごまのはぐさ科植物、のうぜんかずら科植物、ごま科植物、はまうつぼ科植物、いわたばこ科植物、たぬきも科植物、きつねのまご科植物、はまじんちょう科植物、はえどくそう科植物、おおばこ科植物、あかね科植物、すいかずら科植物、れんぷくそう科植物、おみなえし科植物、まつむしそう科植物、うり科植物、ききょう科植物、きく科植物等を例示することができる。
【0022】
単子葉植物としては、例えばウキクサ属植物(ウキクサ)及びアオウキクサ属植物(アオウキクサ、ヒンジモ)が含まれる、うきくさ科植物、カトレア属植物、 シンビジウム属植物、デンドロビューム属植物、ファレノプシス属植物、バンダ属植物、パフィオペディラム属植物、オンシジウム属植物等が含まれる、らん科植物、がま科植物、みくり科植物、ひるむしろ科植物、いばらも科植物、ほろむいそう科植物、おもだか科植物、とちかがみ科植物、ほんごうそう科植物、いね科植物、かやつりぐさ科植物、やし科植物、さといも科植物、ほしぐさ科植物、つゆくさ科植物、みずあおい科植物、いぐさ科植物、びゃくぶ科植物、ゆり科植物、ひがんばな科植物、やまのいも科植物、あやめ科植物、ばしょう科植物、しょうが科植物、かんな科植物、ひなのしゃくじょう科植物等を例示することができる。
【0023】
本発明の花芽形成誘導剤の植物に対する投与量の下限は、植物個体の種類や大きさにより異なるが、目安としては1つの植物個体に対して一回の投与当り、有効成分10nM程度以上である。また、本発明の花芽形成誘導剤の使用濃度は、生理活性の観点から好ましくは100nM〜1μMとすることができる。
【0024】
なお、本発明の花芽形成誘導剤が製剤学的に許容可能な担体を含むものである場合には、その製造方法としては、有効成分と製剤学上許容可能な担体とを混合する工程を含むものであってもよい。混合は、花芽形成誘導剤の使用態様又は、選択された担体の種類などによって、当業界で既知の方法を適用すればよく、特に制限されない。
【0025】
また本発明は、有効成分を含む花芽形成誘導剤を用いた花芽形成方法も包含する。この花芽形成方法は、上述した対象植物に、有効量の本花芽形成誘導剤を接触させることを含む。本方法によれば、対象植物の花芽形成を本花芽形成誘導剤によって誘導されて、所望の時期に対象植物の花芽を形成させることができる。
【0026】
本発明の新規オキシリピン化合物は、花芽形成誘導活性を有するものであるので、花芽形成や花芽形成誘導活性といった植物における種々の生理活性を解明するためのツールとして使用することができる。このようなツールとしての使用形態には、例えば、本発明のオキシリピン化合物に対して結合可能な物質(レセプタ、抗体など)の探索や、本お気しピリン化合物により活性化される花芽形成誘導活性関連酵素の探索、活性中心の特定を目的とする各種誘導体の作製等を挙げることができる。
【実施例】
【0027】
以下、実施例により本発明を説明する。以下の実施例において「%」は特に断らない限り質量基準である。また本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0028】
[実施例1]
<乾燥処理によるアオウキクサ抽出物と花芽誘導活性の変化>
アオウキクサをろ紙上で0〜180分間放置することにより乾燥ストレスを与え、図1の手順に従い抽出液を調製した。得られた抽出液を、オートクレーヴ滅菌した1/10E培地20ml中に3mg fw eq/5μl 添加し、継代後7日目のアオウキクサを1個体移植した。その後、通常では花芽を形成しない連続明条件下、25℃で10日間増殖後、顕微鏡下で花芽数をカウントした。全フロンドに対する着花フロンドの割合を着花率とし、花芽誘導活性を評価した。結果を図2に示す。
【0029】
図2に示されるように、乾燥時間が長くなるに従って抽出液の花芽誘導活性が上昇した。
そこで次に、120分の乾燥処理を与えたアオウキクサの抽出液を、下記の条件によるLC−MSにより分析した。
<HPLC>
カラム: CAPCELL PAK C18 2.0×150 mm
移動相: A. MeCN B. H2O (0.05%HCOOH)
A. 25%--10 min--100%
流速: 0.2 ml/min
温度: 40℃
注入量:5μl(アオウキクサ 20 mg fw eq/5 μl)
<MS>
イオン化: ESI (negative)
検出:scan, SIM m/z 325, m/z 309
【0030】
その結果、未乾燥時と比較して、KODA以外に複数のピークが増大していることを確認した(図3参照)。乾燥処理により顕著に増加した化合物を、保持時間の短い順にそれぞれLDS1、LDS2、LDS3と名付けた。
【0031】
[実施例2]
<分画したアオウキクサ抽出物の花芽誘導活性>
アオウキクサの乾燥処理によって生成する花芽形成誘導物質の単離を目的として、まず未乾燥のアオウキクサと120分乾燥処理後のアオウキクサ抽出液を、それぞれ、上記と同様の条件のHPLCによりフラクション1から8まで分画した。得られたそれぞれの画分を、実施例1と同様のアオウキクサに対する花芽誘導活性試験に供した。結果を図4A及び図4Bに示す。
図4Bに示されるように、120分の乾燥処理を与えたアオウキクサ抽出液のフラクション6が高い活性を示した。未乾燥のアオウキクサ抽出液のフラクション6ではほとんど活性が見られないことから(図4A参照)、乾燥処理によって生成する花芽形成誘導物質がフラクション6に存在することが示された。
【0032】
[実施例3]
<LDS1〜3の単離・構造決定>
乾燥処理によって誘導される化合物LDS1〜3の構造決定を目的として、アオウキクサからこれらの化合物を抽出、精製、単離した。
アオウキクサ約1500g fw(新鮮重) に120〜180分の乾燥処理後、表1の手順に従い抽出液を調製した。抽出液を各種クロマトグラフィーに供し精製した結果、LDS1(2.4mg)、LDS2(2.0mg)、LDS3(2.4mg)を得た。
【0033】
LDS1はHR-ESI--TOF-MSにおいて、m/z 325.17989[M−H](calcd for C1829, Δ-0.65 mmu)を示し、分子式 C1829を得た。表1に示したH−NMR、13C−NMR の測定結果、および各種二次元NMRスペクトルの解析結果より、LDS1はKODAと同様なα-リノレン酸誘導体であること、3つの交換性Hを有し、内1つがカルボキシ基に帰属されることから分子内に2つの水酸基の存在が示唆された。δ77.0(C9)、δ71.9(C13)の存在により2つのオキシメチンを決定した。さらにδ203.2(C10)、δ124.7(C11)、δ151.0(C12)の存在、およびλmax235nmよりαβ−不飽和カルボニルの存在が示唆された。また、H−H cosyにより18−Hから11−Hまで、および9−Hと8−Hのクロスピークを確認した。C11−12、C15−16の幾何異性体は、JH11,12=15.8Hz、JH15,16=10.7Hzを基にそれぞれE、Zであると決定した。上記のデータおよび分子式に基づきLDS1の平面構造を決定した。LDS2及びLDS3についても同様な構造解析の結果、構造を決定した。LDS1〜LDS3の構造は、それぞれ下記の式(I)〜(III)であった。これらのことから、LDS1およびLDS2はα−リノレン酸を由来とした新規オキシリピン化合物であることがわかった。
【0034】
【表1】

【0035】
【化3】

【0036】
[実施例4]
<乾燥処理に伴うLDS1〜3内生量の変動>
アオウキクサの乾燥処理によって誘導されるLDS1〜3の内生量を、[U−13C]KODA(0.45% 12C−KODA含有)を内部標準物質として、LC−MSにより定量した。180分間の乾燥処理の過程で30分ごとにサンプリング後、抽出液を調製し、実施例1と同様の条件によりLC−MS分析に供した。MS Chromatogram(LDS1: m/z 325 [M−H]、LDS2及びLDS3:m/z 309 [M−H]) におけるピークエリア面積を基に各試料中のLDS1〜3を定量した。結果を図5に示す。なお、図5において黒丸実線はLDS1、白丸実線はLDS2及び、黒丸破線はLDS3を示す。
その結果、LDS1〜3内生量は、乾燥時間が長くなるに伴い増加し、120〜150分の乾燥処理時に最大となることが確認できた(図5参照)。未乾燥試料ではLDS1:n.d.(0.46nmol未満)、LDS2:1.1nmol、LDS3:n.d.(0.46nmol未満)であることから、LDS1〜3の内生量は乾燥処理によっておよそ200〜450倍に増加することが明らかになった。
【0037】
[実施例5]
<LDS1〜3とFN1、FN2の花芽誘導活性測定>
LDS1〜3とFN1及びFN2をアオウキクサに対する花芽誘導活性試験に供した。本試験で用いられたFN1及びFN2は、α-リノレン酸より既報の酵素合成法により得たKODAを、ノルエピネフリンと接触させて得た。α-リノレン酸は、市販(Sigma社)のものを用いた。FN1及びFN2の構造を以下に示す。
【0038】
【化4】

【0039】
各化合物を、それぞれ100pM、1nM、10nM、100nM及び1μMの濃度になるよう培養液に添加し、実施例1と同様の条件で10日間増殖後、花芽誘導活性を評価した。結果を図6に示す。なお、図6において黒丸実線はLDS1、黒四角実線はLDS2、白丸実線はLDS3、黒丸破線はFN1及び白丸破線はFN2を示す。
図6に示されるように、LDS1は10nMで有意な花芽誘導活性を示し、100nM以上ではFN1及びFN2と同程度の高い活性を有した。それに対してLDS3は著しく低い活性しか示さなかった。LDS2は1μMでLDS1の半分程度の活性を示した。LDS1とLDS3においてその活性に大きな差があることから、9位水酸基が花芽誘導活性に重要な役割を果たしていると考えられる。
【0040】
従って、LDS1及びLDS2は単独の処理により花芽形成誘導効果を得ることが出来る。特にLDS1の花芽形成誘導活性はKODAの10倍以上、またFNsに匹敵する。また、KODA及びFNsと比較して構造は単純であり、非常に安定な物質である。これらのことから、従来よりも簡便かつ有効な花芽形成誘導剤となりうる。
【0041】
このように本発明によれば、単独で花芽形成誘導効果を有し、構造的に安定かつ構造が単純な新規化合物、即ち、LDS1及びLDS2を提供することができ、また、これらを含む花芽形成誘導剤を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記化学式(I)で示されるオキシリピン化合物。
【化1】

【請求項2】
下記化学式(II)で示されるオキシリピン化合物。
【化2】

【請求項3】
下記式(I)で示されるオキシリピン化合物及び下記式(II)で示されるオキシリピン化合物の少なくとも一方を有効成分とする花芽形成誘導剤。
【化3】


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4A】
image rotate

【図4B】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2012−46458(P2012−46458A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−191454(P2010−191454)
【出願日】平成22年8月27日(2010.8.27)
【出願人】(000001959)株式会社 資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】