説明

新規酵素、その製造方法及びこの酵素を用いたD−乳酸の製造方法

【目的】 光学活性な種々の医薬農薬の合成原料として有用なD−乳酸の製造方法として安価な原料であるL−2−クロロプロピオン酸及びD−2−クロロプロピオン酸に作用し、いずれの光学異性体からも光学活性なD−乳酸を生成しうる微生物及び酵素を提供する。
【構成】 下記の理化学的性質を有する新規酵素。
(1) 作用及び基質特異性各種ハロ化合物に作用し、脱ハロゲン化する。L−2−クロロプロピオン酸及びD−2−クロロプロピオン酸に作用し、いずれの基質からもD−乳酸を生成しうる。
(2) 至適pH:9.5 付近(3) 安定pH範囲:8〜11(4) 至適温度:55〜65℃(5) 熱安定性:75℃以下で安定(pH9.5 、処理時間20分)
(6) L−2−クロロプロピオン酸に対するミハエリス定数(Km値):0.37mMD−2−クロロプロピオン酸に対するミハエリス定数(Km値):20mM(7) 分子量:54,000(ゲル濾過法)、27,000(SDS 電気泳動法)
(8) 阻害剤:p−クロロ水銀安息香酸

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、新規な脱ハロゲン化酵素(デハロゲナーゼ)及びその製造方法、並びにこの酵素を用いるD−乳酸の製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】各種脂肪族の2−ハロ酸に作用し、2−ヒドロキシ酸を生成するいわゆる2−ハロ酸デハロゲナーゼについては、これまでもいくつか報告されている(特開昭59−31690 号、特開昭61−104785号)。しかしながら、L−2−クロロプロピオン酸及びD−2−クロロプロピオン酸に作用し、いずれの基質からもD−乳酸を生成しうる2−ハロ酸デハロゲナーゼはこれまで知られていない。
【0003】本発明の目的は、光学活性な種々の医薬農薬の合成原料として有用なD−乳酸の製造方法として安価な原料であるL−2−クロロプロピオン酸及びD−2−クロロプロピオン酸のエナンチオマー混合物、望ましくはこれらのラセミ体に作用し、いずれの光学異性体からも光学活性なD−乳酸を生成しうる微生物及び酵素を提供することにある。また、本発明の他の目的は酵素の作用によりL−2−クロロプロピオン酸及びD−2−クロロプロピオン酸のエナンチオマー混合物からD−乳酸を効率よく得ることができる製造方法を提供することにある。
【0004】
【課題を解決するための手段】本発明者らは上記課題を解決すべく、L−2−クロロプロピオン酸及びD−2−クロロプロピオン酸のエナンチオマー混合物からD−乳酸を効率よく生成する微生物及び酵素を探索した結果、シュードモナス(Pseudomonas)属に属する微生物が前記目的を達成しうる新規酵素を生産することを見出すと共に、この酵素の理化学的性質を明らかにすることにより本発明を完成した。
【0005】即ち、本発明は下記(1) 〜(8) に示す理化学的性質を有する新規酵素を提供するものである。
(1) 作用及び基質特異性各種ハロ化合物に作用し、脱ハロゲン化する。L−2−クロロプロピオン酸及びD−2−クロロプロピオン酸に作用し、いずれの基質からもD−乳酸を生成しうる。
(2) 至適pH:9.5 付近(3) 安定pH範囲:8〜11(4) 至適温度:55〜65℃(5) 熱安定性:75℃以下で安定(pH9.5 、処理時間20分)
(6) L−2−クロロプロピオン酸に対するミハエリス定数(Km値):0.37mMD−2−クロロプロピオン酸に対するミハエリス定数(Km値):20mM(7) 分子量:54,000(ゲル濾過法)、27,000(SDS 電気泳動法)
(8) 阻害剤:p−クロロ水銀安息香酸また、本発明は、シュードモナス(Pseudomonas)属に属する微生物を培養し、該培養物から前記理化学的性質を有する酵素を採取することを特徴とする新規酵素の製造方法を提供するものである。
【0006】さらに本発明は、前記理化学的性質を有する新規酵素を、L−2−クロロプロピオン酸、D−2−クロロプロピオン酸又はこれらのエナンチオマー混合物に作用させ、D−乳酸を生成させることを特徴とするD−乳酸の製造方法を提供するものである。
【0007】本発明の新規酵素の起源は特に限定されるものではなく、前記理化学的性質を有する酵素を生産しうる微生物であれば良い。好ましい微生物は例えば、シュードモナス(Pseudomonas)属に属する微生物である。これらの微生物の中で好ましい微生物は本発明者らにより土壌中より分離されたシュードモナス・エスピー.YL(Pseudomonas sp. YL)が挙げられ、本菌株は微工研菌寄第 12834号として微生物工業技術研究所に寄託されている。本菌株の分類学上の位置を決めるための試験結果は下記の通りである。
【0008】(a) 形態(1) 細胞の形および大きさ 桿菌0.5〜0.8 μ× 1.5〜3.0 μ(2) 運動性 あり(3) グラム染色性 陰性(4) 胞子の有無 なし(b) 生理学的性質(1) オキシダーゼ 陽性(2) カタラーゼ 陽性(3) アミノペプチダーゼ(Cerny) 陽性(4) インドールの生成 陰性(5) VPテスト 陰性(6) 硝酸塩の還元 陰性(7) 脱窒反応 陰性(8) クエン酸の利用(Simons) 陽性(9) ウレアーゼ 陽性(10) フェニルアラニンデアミナーゼ 陰性(11) マロン酸の利用 陽性(12) シュクロースからレバンの生成 陰性(13) レシチナーゼ 陰性(14) デンプンの加水分解 陰性(15) ゼラチンの加水分解 陰性(16) カゼインの加水分解 陰性(17) DNAの加水分解 陰性(18) Tween 80の加水分解 陰性(19) エクスリンの加水分解 陰性(20) 3%HOH による溶菌 陽性(21) 酸素に対する態度 好気性(22) 37℃での生育 −(23) 41℃での生育 −(24) pH 5.6での生育 +(25) Mac-Conkey-Agar 培地での生育 −(26) SS-Agar 培地での生育 −(27) Cetrimid-Agar 培地での生育 −(28) 色素の生成 黄色非拡散性 陽性拡散性 陰性蛍光性 陰性ピロシアニン 陰性(29) OFテスト 糖を分解しない(30) 酸の生成グルコース −フラクトース −キシロース −(31) ONPG(β−ガラクトシダーゼ) 陰性(32) アルギニンジヒドロラーゼ 陰性(33) グルコースからのガスの生成 −(34) チロシン分解 陽性(35) 生育因子要求性 −(36) 各種炭素化合物の利用性酢酸 +アジピン酸 +カプリン酸 −クエン酸 +シトラコン酸 −グリコール酸 +レブリン酸 −マレイン酸 +マロン酸 +メサコン酸 +ムコン酸 +フェニル酢酸 +糖酸 +セバシン酸 +D−酒石酸 −m−酒石酸 +L−アラビノース −セロビオース −フラクトース −D−フコース −グルコース −マンノース −マルトース −リボース −ラムノース −キシロース −マンニトール −グルコン酸 +2−ケトグルコン酸 +N−アセチルグルコサミン −トリプタミン −エタノールアミン −D−アラニン −L−オルニチン −L−セリン −L−スレオニン +グルタミン酸 +安息香酸 +m−ヒドロキシ安息香酸 +サリシン酸ナトリウム −2,3 −ブチレングリコール −以上の結果をバージーの細菌分類書〔Bergy's Manual of Systematis Bacteriology,(1986) 〕に基づいて分類すると本菌株はシュードモナス属に属すると判定されるがこれらの性質が標準株と一致するものは見出せなかった。そこで、本菌株はシュードモナス・スピーシーズ YL株(Pseudomonas sp. YL) と呼ぶことにした。
【0009】さらに、これらの微生物は、前記理化学的性質を有する酵素を生産する限り、野生株、変異株、または細胞融合もしくは遺伝子操作法などの遺伝的手法により誘導される組み換え株などのいずれの菌株でも好適に用いることができる。
【0010】本発明の酵素は、前記微生物を培地で培養し、培養菌体から抽出精製することにより得ることができる。培地は、微生物が増殖し得るものであれば特に制限されない。培地の炭素源としては、上記微生物が利用可能であればいずれも使用でき、例えば、酢酸、クエン酸、及びこれらの混合物などが使用できる。窒素源としては、例えば、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウムなどの無機酸のアンモニウム塩;フマル酸アンモニウム、クエン酸アンモニウムなどの有機酸のアンモニウム塩;肉エキス、酵母エキス、麦芽エキス、ペプトン、コーンスティープリカー、カゼイン加水分解物、尿素などの無機又は有機含窒素化合物;これらの混合物を使用できる。また、培地には、前記成分以外に、通常の培養に用いられる栄養源、例えば、無機塩、微量金属塩、ビタミン類などを適宜、混合して用いることができる。さらに、必要に応じて、微生物の増殖を促進する因子、培地のpH保持に有効な物質等を添加できる。また、本酵素を生産させるためには培地中に本酵素を生産させるために有効な化合物、例えばL−2−クロロプロピオン酸、D−2−クロロプロピオン酸あるいはこれらのエナンチオマー混合物等を加えておく方が良い。
【0011】微生物の培養は、生育に適した条件下、例えば、培地のpH 3.0〜9.5 、好ましくは4〜8、培養温度20〜45℃、好ましくは25〜37℃の条件で行うことができる。微生物の培養は、嫌気的又は好気的条件下で行うことができる。培養時間は、例えば、1〜120 時間、好ましくは5〜72時間程度である。
【0012】本発明の酵素は、培養した微生物菌体から抽出し精製することにより得ることができる。例えば、培養物を遠心分離に供して菌体を回収し、超音波破砕や、機械的破砕法と遠心分離法とを組み合わせる方法などにより無細胞抽出液を得る。次いで、抽出液を、例えば、ストレプトマイシン硫酸処理、硫酸アンモニウム分画、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、溶出液による溶出、ゲル濾過法、限外濾過法などの通常の精製方法を一種又は二種以上組み合わせて精製することにより、酵素を得ることができる。
【0013】以下に本発明の酵素を用いて、L−2−クロロプロピオン酸あるいはD−2−クロロプロピオン酸、又はこれらのエナンチオマー混合物からD−乳酸を製造する方法について説明する。本発明のD−乳酸の製造方法において用いる基質は価格の面からラセミ体が好ましい。
【0014】本脱ハロゲン化反応は前記酵素の活性が安定に発現する条件下、基質と酵素を適当な水性溶媒下に混合して反応させればよい。反応系のpHは例えば3〜12、好ましくは8〜10.5程度である。また反応温度は例えば10〜80℃、好ましくは40〜75℃程度である。反応は攪拌下又は静置下、1分〜120 時間程度行うことができる。基質の濃度は例えば0.01〜20重量%、好ましくは 0.1〜10重量%程度が挙げられる。酵素と基質の比率は反応が目的時間内で終了するような範囲で自由に選択できる。
【0015】さらに、本発明の酵素は、慣用の方法、例えば、吸着、包括、共有結合、イオン結合、架橋結合などの方法により、種々の固定化担体に固定化することにより固定化酵素として使用することも可能である。担体の種類は特に制限されず、例えばポリアクリルアミド、セルロース系材料、スチレン系ポリマー、DEAE−セファデックス、イオン交換樹脂、コラーゲン、アルブミン、カラギーナン、アルギン酸、寒天などであってもよい。
【0016】生成したD−乳酸は各種の分離精製手段により精製できる。例えば、反応液を膜分離、有機溶媒抽出、カラムクロマトグラフィーイオン交換樹脂による分離、減圧濃縮、蒸留等に供することによりD−乳酸を得ることができる。
【0017】このように、本酵素は、L−2−クロロプロピオン酸及びD−2−クロロプロピオン酸という基質両エナンチオマーに対してそれぞれ立体反転及び立体保持で反応を触媒し、1種のエナンチオマーであるD−乳酸を特異的に生成するものであり、このような酵素の例は本酵素が初めてである。
【0018】
【実施例】以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0019】なお、酵素活性は次のような標準活性測定法により測定した。L−2−クロロプロピオン酸25mM、トリス−硫酸緩衝液(pH 9.5) 100mM 、及び適量の酵素溶液を含む全容0.2ml の反応系を構成し、30℃で20分間反応させる。しかる後、3M 硫酸20μl を添加し反応を停止する。以後、この反応液中に遊離した塩素イオンをIWASAKI の方法(Bull. Chem. Soc. Jpn., Vol 29, P860(1956))により定量し酵素活性を算出した。なお、上記の条件下で1分間に1μmoleの塩素イオンが遊離する酵素活性を1単位(U)とした。また、比活性は蛋白質1mg当たりの単位(U)数として算出した。なお、蛋白質量は、牛血清アルブミンを標準物質として用い、ローリイ(Lowry) 法により測定した。
【0020】実施例1(菌体調製)
KH2PO4 0.2%、K2HPO4 0.2%、硫安 0.1%、塩化ナトリウム 0.1%、酵母エキス 0.1%、MgSO4・6H2O 0.05%、消泡剤0.01%の組成を有する培地20リットルを調製し、30リットルジャーに仕込み加熱殺菌後フィルター濾過により除菌したラセミ体2−クロロプロピオン酸20gを加える。しかる後、10M NaOH溶液25mlを加えpHを6.8 〜7.0 にする。ここにシュードモナス・エスピー. YLの種培養液 100mlを植菌し、30℃、 150rpm 、1vvm の条件下、16時間培養した。しかる後、遠心分離により集菌し、12.5mMリン酸バッファー(pH 7.5) により洗浄後、酵素の給源とした。
【0021】実施例2(酵素の精製)
上記の湿菌体10gを50mMリン酸バッファー(pH 7.5) (含1mM PMSF 、0.1mM TPCK、1mM EDTA)40mlにサスペンドし、超音波破砕にかけ菌体をこわした。この破砕液を遠心分離にかけ上澄液48mlを得た。次にこの抽出液をZeta prep(QAE, 250)(20mMリン酸バッファ(pH 7.5)で平衡化済) にチャージしカラムを同じバッファーで洗浄後、順次濃度を上げた同じバッファーで溶出していった。その結果目的の酵素は 200mMのところで溶出された。次にこの活性画分をHiload Superdex 200 を充填したカラム(1.3×60cm)(50mMリン酸バッファー(pH 7.5)で平衡化済) にかけゲル濾過を行った。次にこの活性画分をPhenyl super rose HRを充填したカラムにかけ、1.24M 硫酸アンモニウム/50mMリン酸バッファーpH7.25と50mMリン酸バッファpH7.25を用いるグラジュント溶出法によりクロマトを行った。得られた活性画分をまとめて精製酵素標品とした。精製工程をまとめて表1に示した。
【0022】
【表1】


【0023】実施例3実施例1と同様な培地で培養した菌体から定法により染色体DNAを調製した。このDNAをSau3AIで部分分解し、pUC19 のBamH1 サイトに連結した。これをE. coliJM109株に形質転換し、ブロモ酢酸存在下で生育する株を選択した。得られた株について実施例1で用いた培地と同じ培地で培養し、標準法により酵素活性を測定したところ親株に比べ比活性が約9倍に上昇した株を得た。
【0024】実施例4(基質特異性)
標準活性測定法に準拠し、実施例2で得られた酵素標品を用い、表2に記載の各種基質について反応速度を調べた。L−2−クロロプロピオン酸に対する活性を 100にし、得られた結果を表2に相対活性として示した。
【0025】
【表2】


【0026】注)遊離したBr、I の定量はClの場合と同様にIWASAKI の方法によった。また、2−クロロプロピオンアミドからの生成物はHPLC法により定量した。
【0027】実施例5実施例2で得られた酵素標品の至適pH、pH安定性、至適温度、熱安定性、阻害剤、分子量、立体特異性及びL−2−クロロプロピオン酸及びD−2−クロロプロピオン酸に対するミハエリス定数(Km値)を測定した結果を以下に示す。
【0028】


〔pH安定性〕
測定法実施例2で得られた酵素溶液12μl を最終100mM になるようにバッファーで希釈し(pH6.5 〜9.5 は Bis-tris-propane バッファー、pH10〜11はCAPSバッファー使用)15μl とする。これを50℃で10分処理後冷却し、残存活性を測定した。残存活性を相対値で示す。
【0029】
pH 残存活性 6.5 70.1 7.0 75.6 7.5 74.4 8.0 95.1 pH8〜11の範囲内で安定である。
8.5 80.5 9.0 82.9 9.5 80.5 10.0 100 10.5 97.6 11.0 87.8 〔至適温度〕
測定法実施例2で得られた酵素標品の至適温度を次のようにして調べた。即ち、標準活性測定法に準拠し反応温度を変化させ、反応速度を測定した。
【0030】
温度 相対活性 20 ℃ 29.7% 25 35.8 30 45.9 35 58.8 40 62.8 45 72.3 50 82.4 55 98.6 60 99.8 よって至適温度は55〜65℃付近 65 100 75 70.9 〔熱安定性〕
測定法実施例2で得られた酵素標品の熱安定性を次のようにして調べた。即ちこの酵素溶液を異なる温度条件下、pH9.5 で20分間処理し残存する活性を標準活性測定法に準拠して測定した。
【0031】温度 残存活性65 ℃ 100 %75 100 よって75℃までは安定80 1085 0〔阻害剤〕
測定法実施例2で得られた酵素標品を用い、標準活性測定法の反応系に各種化合物を加え阻害効果を調べた。
【0032】コントロール 100 %MgSO4 1 mM 107ZnSO4 〃 64CuSO4 〃 93MnSO4 〃 97FeSO4 〃 100N−エチルマレイミド 〃 52ヨードアセトアミド 〃 74p−クロロ水銀安息香酸 0.1mM 45〔分子量〕精製に用いたHiload Super dex 200を充填したカラムを用い常法によりゲル濾過法による分子量を測定したところ54,000であった。また、SDS 電気泳動法により分子量を求めたところ27,000となり本酵素は同一サブユニット2ケから成ることがわかった。
【0033】〔立体特異性〕本酵素の作用によりL−2−クロロプロピオン酸及びD−2−クロロプロピオン酸から生成する乳酸の立体配置についてD−あるいはL−乳酸脱水素酵素を用いる方法(Archives of Microbiology, vol 131, p179(1982))により調べたところ、本酵素はL−2−クロロプロピオン酸及びD−2−クロロプロピオン酸のいずれからもD−乳酸のみを生成することが判明した。
【0034】〔ミハエリス定数(Km値)〕実施例2で得られた酵素標品を用い、常法により標準活性測定法の基質濃度を変化させ、L−2−クロロプロピオン酸及びD−2−クロロプロピオン酸に対するKm値を測定した。その結果、L−2−クロロプロピオン酸に対するKm値は0.37mM、D−2−クロロプロピオン酸に対するKm値は20mMであった。
【0035】実施例60.5 Mラセミ体2−クロロプロピオン酸25μl 、1Mトリス−硫酸バッファー(pH9.5 )125 μl 、0.25M NaOH 50μl 、0.05Mリン酸カリウムバッファー(pH7.5 )110 μl 、6.6 単位のデハロゲナーゼ(実施例2で得られた酵素標品)溶液940 μl の反応系を組み、30℃で反応させた。反応20分後に反応液の一部を採り生成したD−乳酸を定量したところラセミ体の2−クロロプロピオン酸から67%の転換率でD−乳酸が生成していた。
【0036】実施例7実施例6において、ラセミ体2−クロロプロピオン酸の替わりにL−2−クロロプロピオン酸を用い、実施例6と同様に反応させたところ反応時間20分で96%の転換率でD−乳酸が生成していた。
【0037】実施例8実施例6において、ラセミ体2−クロロプロピオン酸の替わりにD−2−クロロプロピオン酸を用い、実施例6と同様に反応させたところ反応時間20分で83%の転換率でD−乳酸が生成していた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 下記の(1) 〜(8) に示す理化学的性質を有する新規酵素。
(1) 作用及び基質特異性各種ハロ化合物に作用し、脱ハロゲン化する。L−2−クロロプロピオン酸及びD−2−クロロプロピオン酸に作用し、いずれの基質からもD−乳酸を生成しうる。
(2) 至適pH:9.5 付近(3) 安定pH範囲:8〜11(4) 至適温度:55〜65℃(5) 熱安定性:75℃以下で安定(pH9.5 、処理時間20分)
(6) L−2−クロロプロピオン酸に対するミハエリス定数(Km値):0.37mMD−2−クロロプロピオン酸に対するミハエリス定数(Km値):20mM(7) 分子量:54,000(ゲル濾過法)、27,000(SDS 電気泳動法)
(8) 阻害剤:p−クロロ水銀安息香酸
【請求項2】 L−2−クロロプロピオン酸及びD−2−クロロプロピオン酸に作用し、いずれの基質からもD−乳酸を生成しうる請求項1記載の新規酵素。
【請求項3】 シュードモナス(Pseudomonas)属に属する微生物を培養し、該培養物から、請求項1記載の酵素を採取することを特徴とする新規酵素の製造方法。
【請求項4】 請求項1記載の酵素をL−2−クロロプロピオン酸、D−2−クロロプロピオン酸又はこれらのエナンチオマー混合物に作用させD−乳酸を生成させることを特徴とするD−乳酸の製造方法。

【公開番号】特開平5−260964
【公開日】平成5年(1993)10月12日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−64544
【出願日】平成4年(1992)3月23日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成4年3月5日 社団法人日本農芸化学会発行の「日本農芸化学会誌66巻03号」に発表
【出願人】(000002901)ダイセル化学工業株式会社 (1,236)