新規非ヒト動物
【課題】vesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物およびその作製方法の提供を課題とする。
【解決手段】vesl-1S遺伝子に特異的なエキソン領域の欠失およびvesl-1M遺伝子に特異的なエキソンへのスプライシング阻害によりvesl-1S/1M遺伝子を破壊するため、vesl-1遺伝子の第5エキソンに存在する選択的5’スプライシングドナーサイトにvesl-1L遺伝子に特有な第7〜11エキソンを含むcDNAを導入するためのターゲッティングベクターを構築し、これをES細胞に導入して相同組換えを生じさせ、該ES細胞により作製したキメラマウスを交配することにより、vesl-1S/1M遺伝子の発現量が消失または低下しているマウスを作製し提供した。
【解決手段】vesl-1S遺伝子に特異的なエキソン領域の欠失およびvesl-1M遺伝子に特異的なエキソンへのスプライシング阻害によりvesl-1S/1M遺伝子を破壊するため、vesl-1遺伝子の第5エキソンに存在する選択的5’スプライシングドナーサイトにvesl-1L遺伝子に特有な第7〜11エキソンを含むcDNAを導入するためのターゲッティングベクターを構築し、これをES細胞に導入して相同組換えを生じさせ、該ES細胞により作製したキメラマウスを交配することにより、vesl-1S/1M遺伝子の発現量が消失または低下しているマウスを作製し提供した。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、vesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失もしくは低下している非ヒト動物またはその子孫、およびその作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
vesl-1S (homer-1aとも呼ばれている) は痙攣や海馬長期持続型LTP (long-term potentiation) に伴い発現が上昇する遺伝子として単離された遺伝子である(例えば、非特許文献1を参照)。veslは3つの遺伝子vesl-1, vesl-2, vesl-3から成るファミリーを形成している。これらのうちvesl-1遺伝子はラット脳で3つのスプライシングアイソフォームvesl-1S, vesl-1M (ania-3とも呼ばれている), vesl-1L (homer-1cとも呼ばれている) mRNAを転写する。vesl-1のRNAは11個のエキソンを有し、vesl-1SのmRNAは第1〜5エキソン、vesl-1MのmRNAは第1〜6エキソン、vesl-1LのmRNAは第1〜5および第7〜11エキソンからなる。vesl-1のゲノムDNAの配列および構造は、非特許文献2に記載されている(GenBank登録記号NW_000085, GI:20909471)。vesl-1Sの第5エキソンは、後述する選択的5’スプライシングドナーサイトでのスプライシングを受けず、C末に11アミノ酸が付加されている。すなわち、vesl-1S遺伝子は第5エキソンのC末11アミノ酸に対応する領域が、vesl-1M遺伝子は第6エキソンが、vesl-1L遺伝子は第7〜11エキソンが、それぞれ特異的である。神経活動依存的発現誘導をするのはvesl-1Sとvesl-1Mのみで、vesl-1Lやvesl-2, vesl-3は構成的に発現している(例えば、非特許文献3を参照)。以下、本明細書中において、vesl-1の3つのスプライシングアイソフォーム(vesl-1S, vesl-1M, vesl-1L)の遺伝子を併せて「vesl-1S/1M/1L遺伝子」、3つのスプライシングアイソフォームのRNAを併せて「vesl-1S/1M/1L」と称し、これらの3つのスプライシングアイソフォームの遺伝子またはRNAによりコードされる蛋白質を併せて「Vesl-1S/1M/1L蛋白質」または「Vesl-1S/1M/1L」と称することがある。また、3つのスプライシングアイソフォームの遺伝子のうち神経活動依存的発現誘導される2つのスプライシングアイソフォーム(vesl-1S, vesl-1M)の遺伝子を併せて「vesl-1S/1M遺伝子」、2つのスプライシングアイソフォームのRNAを併せて「vesl-1S/1M」と称し、これらの2つのスプライシングアイソフォームの遺伝子またはRNAによりコードされる蛋白質を併せて「Vesl-1S/1M蛋白質」または「Vesl-1S/1M」と称することがある。
【0003】
Vesl-1S/1M/1L蛋白質はN末端175アミノ酸を共有している。このN末で1型代謝型グルタミン酸受容体 (mGluR1/5) や、細胞内カルシウム濃度を調節するイノシトール3リン酸受容体 (IP3R)、リアノジン受容体 (RyR)、およびTRPチャネルに直接結合し、これら受容体の活性を調節する(例えば、非特許文献4を参照)。また、Shankに結合することを介してNMDA受容体(NMDAR)と連結し、NMDARやAMPA受容体の活性制御もしている(例えば、非特許文献5を参照)。アクチン骨格系とも間接的に連結している(例えば、非特許文献6を参照)。Vesl-1L蛋白質はさらにC末端に191アミノ酸から成る領域を持っている。ここにはcoiled-cold構造があり多量体を形成する。Vesl-1S蛋白質やVesl-1M蛋白質はこのC末端領域を欠くために多量体を形成できない。
【0004】
Vesl-1蛋白質の機能について、現在最も受け入れられているモデルは次の通りである。構成的発現をしているVesl-1L蛋白質は、mGluR1/5、NMDAR複合体, IP3R、RyR, TRPチャネル、およびアクチン骨格系へ結合すると共に、自身の多量体形成能でそれらの蛋白質をシナプス後部に安定に配置させる足場蛋白質として機能している。シナプス可塑性を引き起こすような神経活動が生じると、多量体形成能を欠くVesl-1S蛋白質やVesl-1M蛋白質が発現誘導され、Vesl-1L蛋白質が形成していた分子複合体から受容体やチャネル蛋白質などを奪い取る。その結果、シナプス後部における機能分子の再配置を誘発し、長期間持続するシナプス可塑性を引き起こす。
【0005】
このようにVesl-1S/1M/1Lはシナプス後部において、分子の再配置を介してグルタミン酸受容体活性調節や、細胞内カルシウム濃度調整や、アクチン骨格系の調節を行い、グルタミン酸系の機能を制御する役割を持つと考えられている。Vesl-2, Vesl-3はVesl-1Lと同じく、C末端にcoiled-coilドメインを持つタイプである。発現分布はVesl-1Lと異なるが、現在のところ、分子内の挙動はVesl-1Lと同様と考えられている。
【0006】
グルタミン酸は中枢神経系の主な興奮性伝達物質であり、グルタミン酸系機能に異常が起こると多くの疾患を引き起こす。例えば、統合失調症、情動障害、アルコール依存症、てんかん、学習や記憶障害が挙げられる (例えば、非特許文献7を参照)。Vesl蛋白質ファミリーがグルタミン酸系機能の制御に関与していることから推定して、これら疾患の原因遺伝子である可能性が考えられてきた。
【0007】
統合失調症の原因の一つは、グルタミン酸系ニューロンの機能異常であることが示唆されている(例えば、非特許文献7を参照)。ヒトの統合失調症患者において、vesl-1のイントロンに2つとvesl-2のイントロンに2つ、3' UTRに1つ、同義置換ではあるがvesl-3の翻訳領域に2つ、合計7つのSNPが見つかっている。680の統合失調症患者サンプルを用いた解析でvesl-1イントロンのSNPが見つかったものの、統計学的には統合失調症の原因遺伝子とは考えられていない。しかし、vesl-1 ヌルノックアウトマウスの解析ではPre-pulse inhibitionの阻害といった統合失調症様表現型を示す (例えば、非特許文献8を参照)。また、Lysergic acid diethylamide (LSD)は、ヒトの急性統合失調症のような精神疾患の症状に類似した表現型を誘発する幻覚誘発剤であるが、LSDにより前頭皮質でvesl-1M遺伝子の発現誘導が起こる(例えば、非特許文献9を参照)。このようにvesl-1S/1M/1L遺伝子が統合失調症に併発する症状の原因遺伝子である可能性がある。
【0008】
報酬・薬物依存症は、主に腹側被蓋野のドーパミンニューロンから側坐核や扁桃体に投射するドーパミン系の過活動が関与していると考えられている。依存性薬物コカインやニコチンの投与などによりドーパミン系を賦活すると、投射先のニューロンにおいてvesl-1Sやvesl-1Mの遺伝子発現量が増加する。一方、コカイン連続投与を中止するとVesl-1L蛋白質の発現量が減少する(例えば、非特許文献10を参照)。Vesl-1またはVesl-2のすべてのスプライシングアイソフォームが発現しないvesl-1 ヌルノックアウトマウスやvesl-2 ヌルノックアウトマウスは、コカインにより誘発される多動性が野生型マウスよりも一層顕著になる(以下、ノックアウトを「KO」、ヌルノックアウトを「null KO」と称することがある)。さらにvesl-2 null KOマウスは、コカイン自己投与課題の獲得が早い点など、コカイン中毒動物の表現型と類似している。従ってVesl蛋白質は、グルタミン酸系の機能を変化させることを介してドーパミン系の活動を調節していると考えられている(例えば、非特許文献11を参照)。
【0009】
注意欠陥多動症の治療薬として使用されている向精神薬メチルフェニデート投与によりドーパミン系を賦活した場合も、投射先のニューロンにおいてvesl-1S遺伝子発現が上昇することが報告されている(例えば、非特許文献12を参照)。
このように、報酬・薬物依存症や多動症といったドーパミン系関与の疾病に、vesl-1S, vesl-1M, vesl-1L, vesl-2遺伝子が関与していることが示唆されている。
【0010】
vesl-1S遺伝子はカイニン酸痙攣や海馬LTP刺激により発現誘導される遺伝子として単離されたことから、当初から痙攣・てんかんや、海馬依存的学習・記憶のメカニズムに対して重要な役割を持つことが予想されていた。実際にVesl-1S 蛋白質過剰発現マウスの解析から、Vesl-1S蛋白質が抗痙攣・抗てんかん作用を有する可能性が示唆されている (例えば、非特許文献13を参照)。また、vesl-1 null KOマウスは海馬依存的学習である水迷路テストで空間学習能の成績が悪い(例えば、非特許文献14を参照)。vesl-1Sをウイルスで一過的に過剰発現させたマウスでは海馬依存的記憶のテストであるobject recognition テストの記憶成績が悪い。これらの結果は、Vesl-1アイソフォームが海馬依存的学習記憶において何らかの重要な作用を有する可能性を示唆している。
【0011】
Veslファミリー蛋白質が、統合失調症、情動障害、報酬・薬物依存症、てんかん、アルツハイマー病における学習記憶力低下等の治療のための良きターゲット分子である可能性は十分あると考えられる。よって、veslのスプライシングアイソフォームそれぞれの機能を詳細に知ることが必要であり、そのために、各アイソフォーム特異的な遺伝子欠損動物の作出と解析が望まれている。現在までにveslファミリーの遺伝子欠損マウスは作出されているが、いずれも各遺伝子のすべてのスプライシングアイソフォームを発現しないというヌルマウスである。特に、vesl-1S/1Mは、神経活動誘導性を示し、かつ海馬で大量に発現誘導が起こるので、疾患の発症機序におけるVesl-1蛋白質の機能を知るためには従来作製されているvesl-1 null KOマウスの解析ではなく、vesl-1S/1M KOマウスを用いてスプライシングアイソフォーム特有の機能を検討する必要があり、vesl-1S/1M特異的KOマウスの作出は望まれていた。
【0012】
スプライシングアイソフォーム間で共有のエキソンの中に選択的5’スプライシングドナーサイトを有する遺伝子においては、該ドナーサイトでスプライシングを受けないアイソフォーム(図1A)と受けるアイソフォーム(図1B)が存在する場合がある。また、スプライシングアイソフォーム間で共有のエキソンの中に選択的3’スプライシングアクセプターサイトを有する遺伝子においては、該アクセプターサイトでスプライシングを受けないアイソフォーム(図1C)と受けるアイソフォーム(図1D)が存在する場合がある。このような、選択的5’スプライシングドナーサイトまたは選択的3’スプライシングアクセプターを有するエキソンを含む遺伝子については、その遺伝子構造上の問題から特定のスプライシングアイソフォームに特異的なKOマウスは作出されてこなかった。vesl-1についても、選択的5’スプライシングドナーサイトを有するエキソンを含むという遺伝子構造上の問題から(図2)、vesl-1S/1M特異的KOマウスは作出されてこなかった。
【非特許文献1】FEBS Letter 412, 183-189, 1997
【非特許文献2】J. Neurosci., 22, 167-175, 2002
【非特許文献3】J Biol Chem 37(11), 23969-23975, 1998
【非特許文献4】Neuron 21, 717-726, 1998
【非特許文献5】Eur J Neurosci 18, 811-819, 2003
【非特許文献6】Current Biology 13, 50-515, 2003
【非特許文献7】Annu Rev Pharmacol Toxicol 42, 165-179, 2002
【非特許文献8】Society for Neuroscience Program No.797.8, 2004
【非特許文献9】Society for Neuroscience Program No. 741.18, 2002
【非特許文献10】Eur J Neurosci 21, 1145-1154, 2005
【非特許文献11】Neuron 43, 401-413, 2004
【非特許文献12】Neuroscience 132, 855-865, 2005
【非特許文献13】Eur J Neurosci 16, 2157-2165, 2002
【非特許文献14】Society for Neuroscience Program No.964.16, 2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、vesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物およびその作製方法を提供することを課題とする。また、選択的5’スプライシングドナーサイトまたは選択的3’スプライシングアクセプターを有するエキソンを含む遺伝子について、特定のスプライシングアイソフォームに特異的なノックアウト非ヒト動物の作製方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、vesl-1S遺伝子に特異的なエキソン領域の欠失およびvesl-1M遺伝子に特異的なエキソンへのスプライシング阻害によりvesl-1S/1M遺伝子を破壊することにより、具体的には、vesl-1遺伝子の第5エキソンに存在する選択的5’スプライシングドナーサイトにvesl-1L遺伝子に特有な第7〜11エキソンを含むDNAを導入するためのターゲッティングベクターを構築し、これをES細胞に導入して相同組換えを生じさせ、該ES細胞により作製したキメラマウスを交配することにより、vesl-1S/1M遺伝子の発現量が消失または低下しているマウスを作製できることを見いだした。また、vesl-1 null KOマウスでは基礎運動機能が低下しているのに対し、作製されたvesl-1S/1M特異的KOマウスは基礎運動機能に関しては異常が観察されないが少なくとも記憶保持の異常、記憶再固定化の異常、運動学習能力の低下、または痙攣回復力の上昇のいずれかの表現型を有していることを見いだした。さらに、選択的5’スプライシングドナーサイトまたは選択的3’スプライシングアクセプターサイトを有するエキソンにおいて、該エキソンの特異的な領域を欠失させ、選択的5’スプライシングまたは選択的3’スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームが正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソンを含むDNAを欠失させたエキソン領域に導入することにより、選択的5’スプライシングドナーサイトまたは選択的3’スプライシングアクセプターを有するエキソンを含む遺伝子について、特定のスプライシングアイソフォームに特異的なノックアウト非ヒト動物を作製できることを見いだした。本発明は、これらの知見に基づいて成し遂げられたものである。
【0015】
すなわち本発明によれば、
1.vesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失もしくは低下している非ヒト動物、またはその子孫、
2.vesl-1S/1M遺伝子の発現量の消失が、相同染色体上の2つのvesl-1遺伝子座においてvesl-1S/1M遺伝子が破壊されていることによるものである前項1に記載の動物、
3.vesl-1S/1M遺伝子の発現量の低下が、相同染色体上の1つのvesl-1遺伝子座においてvesl-1S/1M遺伝子が破壊されていることによるものである前項1に記載の動物、
4.vesl-1S/1M遺伝子の破壊が、vesl-1S遺伝子に特異的なエキソン領域の欠失およびvesl-1M遺伝子に特異的なエキソンへのスプライシング阻害により生じている前項2または3に記載の動物、
5.前記動物が少なくとも記憶保持の異常、記憶再固定化の異常、運動学習能力の低下、または痙攣回復力の上昇のいずれかの表現型を有することを特徴とする前項1〜4のいずれかに記載の動物、
6.前記動物が齧歯類動物である前項1〜5のいずれかに記載の動物、
7.前記齧歯類動物がマウスである前項6に記載の動物、
8.前項1〜7のいずれかに記載の動物または該動物から得られる生体試料に被検物質を添加し、該動物または生体試料に対し被検物質が与える影響を検出することを特徴とするVesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患の治療および/または予防薬のスクリーニング方法、
9.Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患が薬物依存症、精神疾患または神経変性疾患である前項8に記載の方法、
10.薬物依存症が、コカインまたはLSDによるものである、前項9に記載の方法、
11.精神疾患が、統合失調症である、前項9に記載の方法、
12.神経変性疾患が、アルツハイマー病である、前項9に記載の方法、
13.選択的5’スプライシングドナーサイトで選択的スプライシングを受けないスプライシングアイソフォームの発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物を作製する方法であって、以下の工程を含むことを特徴とする方法;
(1)選択的5’スプライシングドナーサイトを有するエキソンにおいて、選択的5’スプライシングドナーサイトより下流の特異的なエキソン領域を欠失させる工程、
(2)選択的5’スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームが正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソンを含むDNAを(1)で欠失させたエキソン領域に導入する工程、
14.選択的3’スプライシングアクセプターサイトで選択的スプライシングを受けないスプライシングアイソフォームの発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物を作製する方法であって、以下の工程を含むことを特徴とする方法;
(1)選択的3’スプライシングアクセプターサイトを有するエキソンにおいて、選択的3’スプライシングアクセプターサイトより上流の特異的なエキソン領域を欠失させる工程、
(2)選択的3’スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームが正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソンを含むDNAを(1)で欠失させたエキソン領域に導入する工程、
15.選択的5’スプライシングドナーサイトで選択的スプライシングを受けないスプライシングアイソフォームがvesl-1Sで、選択的5’スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームがvesl-1Lである、前項13に記載の方法、
が提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明のvesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物は、Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する薬物依存症、精神疾患または神経変性疾患等の疾患のモデル動物として有用である。該動物を用いれば、該疾患の治療および/または予防薬のスクリーニングを行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に本発明を詳細に説明するが、これらの記載は本発明の実施態様の一例(代表例)であり、本発明の範囲を限定するものではない。なお、本明細書において、DNAの調製やベクターの調製等の分子生物学的な手法、蛋白質の抽出やウエスタン・ブロッティング等の蛋白質化学的な手法、およびノックアウト動物作製の操作等は、特に明記しない限り、Molecular Cloning, A Laboratory Manual, 3rd edition(Sambrook and Russell,Cold Spring Harbor Laboratory(2001))、Manipulating the Mouse Embryo. A Laboratory Manual, 3rd edition (Cold Spring Harbor Laboratory, 2003), ジーンターゲッティング(相沢慎一;羊土社(1995))等の実験書に記載の方法またはそれに準じた方法により行うことができる。
【0018】
(1)vesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物
本発明のvesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物とは、該動物におけるvesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失または低下しているものであれば、いかなるものでもよい。vesl-1S/1M遺伝子の発現量の制御方法としては、例えば、該動物の相同染色体上の2つもしくは1つのvesl-1遺伝子座においてvesl-1S/1M遺伝子を破壊する方法や、薬物投与、アンチセンスDNA法、RNAインターフェアレンス法(Fire A.,et al.,Nature,391,806-811(1998))、あるいは自然突然変異体を選択する方法等が挙げられる。また、他の遺伝子の変異等によってvesl-1S/1M遺伝子の発現が実質的に消失または低下した動物についても、本発明の非ヒト動物に含まれる。本発明の非ヒト動物は、vesl-1L遺伝子の発現量は野生型と同等であることが好ましい。
【0019】
vesl-1S/1M遺伝子の破壊によってvesl-1S/1M遺伝子の発現が消失した非ヒト動物を作製するには、該動物の相同染色体上の2つのvesl-1遺伝子座のうち、両方のvesl-1遺伝子を破壊する方法が用いられる。またvesl-1S/1M遺伝子の発現が低下した非ヒト動物を作製するには、上記動物のvesl-1遺伝子座のうち、片方のvesl-1S/1M遺伝子を破壊する方法が用いられる。上記のvesl-1遺伝子座のうち片方のvesl-1S/1M遺伝子が破壊された非ヒト動物を、以下「ヘテロ型動物」と称し、両方のvesl-1S/1M遺伝子が破壊された非ヒト動物を、以下「ホモ型動物」と称する。ここで、vesl-1S/1M遺伝子が破壊されているとは、例えば、何らかの人工的変異の導入等が挙げられる。人工的変異によるvesl-1S/1M遺伝子の破壊の具体例としては、該vesl-1S/1M遺伝子の全てを薬剤耐性遺伝子等の他の塩基配列を有するDNAにゲノム上で置換して欠如させたり、あるいはvesl-1S遺伝子に特異的なエキソン領域の欠失およびvesl-1M遺伝子に特異的なエキソンへのスプライシング阻害によりvesl-1S/1M遺伝子に特異的なエキソン領域を欠失させかつ欠失エキソン領域にvesl-1L遺伝子が正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソンを含むDNAを導入する方法等が挙げられる。具体的には、例えば、第5エキソンのうちvesl-1S遺伝子に特異的な領域である該エキソンのC末11アミノ酸に対応する領域を欠失させることにより、vesl-1Mの第5エキソンのスプライシングドナーサイトを壊してvesl-1M遺伝子に特異的な第6エキソンへのスプライシングを阻害し(同時にvesl-1L遺伝子に特異的な第7エキソンへのスプライシングも阻害する)、さらに欠失させた第5エキソン領域に第7〜11エキソンに相当するcDNAを導入すればよい。
【0020】
本発明のvesl-1S/1M遺伝子とは、Vesl-1S/1M蛋白質に関する全ての遺伝情報をになうDNAを意味し、具体的にはアミノ酸に翻訳されるコード領域と、ゲノム上で該領域中に存在するイントロン、およびコード領域の5'上流、もしくは3'下流に存在する転写開始点等を含む非翻訳領域を含むDNAをいう。このvesl-1S/1M遺伝子は、例えば、Kato et al., J. Biol. Chem., 273, 23969-23975, (1998)、Xiao et al., Neuron, 21, 707-716, (1998)、Berke et al., J. Neurosci., 18, 5301-5310, (1998)に記載のものが挙げられ、ゲノムDNAライブラリー等からポリメラーゼチェインリアクション(PCR)や、vesl-1S/1M遺伝子の一部の配列をプローブとしたハイブリダイゼーション等により取得することができる。vesl-1S/1M遺伝子を有する動物から通常用いられる方法によって単離、抽出することにより取得することもできる。また、本発明においてvesl-1S/1M遺伝子の発現とは、Vesl-1S/1M蛋白質をコードするmRNAの生成、およびVesl-1S/1M蛋白質の生成をいう。
【0021】
非ヒト動物としては、vesl-1S/1M遺伝子を有するヒト以外の動物であれば、いかなる動物でも用いることができるが、非ヒト哺乳動物が好ましい。非ヒト哺乳動物としては、例えば、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、モルモット、ハムスター、マウス、ラット等が挙げられるが、この中でも、個体発生および生物サイクルが比較的短く、また繁殖が容易な齧歯類動物、特にマウスが好ましい。用いられるマウスとしては、例えば、純系として、C57BL/6系、BALB/c系、DBA2系等、交雑系として、B6C3F1系、BDF1系、B6D2F1系、ICR系等が挙げられるが、中でもC57BL/6系が好ましく用いられる。
【0022】
(2)vesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物の作製
上記(1)に記載のvesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物のうち、vesl-1S/1M遺伝子の破壊により作製されるもの(以下、これを「vesl-1S/1Mノックアウト動物」と称することがある)について、さらに詳細に説明する。該動物は、例えば、vesl-1S/1M遺伝子が破壊された非ヒト動物ES細胞(胚性幹細胞)を用いて作製することができる。
【0023】
ES細胞のvesl-1S/1M遺伝子は上記した方法により破壊することができる。具体的には、vesl-1S/1M遺伝子の一部、または全部を薬剤耐性遺伝子等の他の配列を有するDNAにゲノム上で置換するためのターゲッティングベクターを構築し、これを該ES細胞に導入して、相同組み換えが起こってvesl-1S/1M遺伝子が破壊された細胞を選択することにより行うことができる。
【0024】
(3)ターゲッティングベクターの調製
vesl-1S/1M遺伝子のターゲッティングベクターは、vesl-1S/1M遺伝子の一部または全部の削除を目的としたものである。vesl-1S/1M遺伝子の一部を削除すると、例えば、コドンの読み取り枠がずれたり、プロモーターあるいはエキソンが不活化されるために、vesl-1S/1M遺伝子が破壊される。このようなターゲッティングベクターによる遺伝子の一部または全部の削除は、通常、相同組換えにより他の配列を有するDNAとの置換によって行われる。置換されるDNA(以下、これを「挿入DNA」と称することがある)としては、ネオマイシン耐性(neo)遺伝子やハイグロマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子、あるいは、lacZ(β−ガラクトシダーゼ遺伝子)やcat(クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ遺伝子)等のレポーター遺伝子等が、相同組換えのマーカーともなり得るために好ましい。さらには、poly A付加シグナル等の遺伝子の転写を終結させる塩基配列と置換することによっても、完全なmRNAの合成を阻害することができる。
【0025】
このようなターゲッティングベクターとしては、vesl-1S/1M遺伝子中の削除しようとする部分の5'上流、および3'下流のDNA(以下、これを「相同領域」と称することがある)の間に挿入DNAが挟まれた構造を有するDNA(以下、これを「ターゲッティングユニット」と称することがある)を、必要に応じて適当なクローニングベクターに挿入したもの等が用いられる。ここで、相同領域は、相同組み換えが誘導されるに充分な長さであればいかなるものであってもよいが、具体的には例えば0.5kb以上のものが好ましく用いられる。また、それらのDNA配列は導入する細胞が有するvesl-1S/1M遺伝子もしくはその近傍の配列と完全に一致する必要はなく、好ましくは80%以上の相同性を有するものが用いられる。このようなDNA断片は、vesl-1S/1M遺伝子からPCR法等を用いて取得することができる。vesl-1S遺伝子に特異的なエキソン領域の欠失およびvesl-1M遺伝子に特異的なエキソンへのスプライシング阻害を目的とする場合には、ターゲッティングユニットは、vesl-1S遺伝子の第5エキソンの5'上流イントロンと第5エキソンのvesl-1S遺伝子に特異的なエキソン領域より5'上流領域、および3'下流のイントロンの配列からなるDNAに適当な挿入DNAが挟まれた構造を有する。このようなvesl-1S/1M遺伝子の破壊によれば、第1〜4エキソンおよび選択的5'スプライシングドナーサイトより上流の第5エキソン領域からなる、不完全なvesl-1S蛋白質が合成される可能性があるので、選択的5'スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームであるvesl-1Lが正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソン、すなわち第7〜11エキソンを含むDNAを、上記の欠失させたエキソン領域に導入することが好ましい。導入するDNAは、vesl-1Lが正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソンを含みこれらが正常に翻訳されれば、cDNAでもイントロンを含むゲノムDNAでもよい。具体的には、例えば、vesl-1遺伝子の第5エキソンのスプライシングドナーサイトの直後にインフレームとなるように第7〜11エキソンに相当するcDNAを接続すればよい。
【0026】
挿入DNAは、上記したものの中から選択して用いればよい。具体的には、例えば、ホスホグリセリン酸キナーゼ(PGK)プロモーターの下流にネオマイシン耐性遺伝子、PGKpolyAシグナルが連結されたneoカセット「pKJ2」(Boer P.H.,et al.,Biochemical Genetics,28,299−308(1990))等を用いることができる。
【0027】
また、本発明のターゲッティングベクターにおいては、上記のターゲッティングユニットの5’上流、または3’下流に別の選択マーカー遺伝子を挿入したものを用いることにより、組換えは生じたが目的とする相同組換えではないランダムな組換えが生じた細胞を除外することができる。例えば、別のマーカーとしてチミジンキナーゼ遺伝子のような核酸合成に関与する遺伝子等を挿入しておくことにより、培地中に添加したFIAU(1−(2−deoxy−2−fluoro−β−D−arabinofuranosyl)−5−indouracil)、ガンシクロビル等の核酸合成阻害物質をランダムな相同組換えが生じてしまった細胞に取り込ませ、死滅させて除外することができる。チミジンキナーゼ(TK)遺伝子としては、例えば、MC1プロモーター(Thomas K.R.and Capecchi M.R.,Cell,51,503−512(1987))の下流にヘルペス・シンプレックス・ウイルス・チミジンキナーゼ遺伝子が連結した断片を、pBSIISK(−)のEcoRI/EcoRV部位にクローニングしたMC1−TKのカセット「F3」等を用いることができる。
【0028】
クローニングベクターとしては、pBS(ストラタジーン社製)、pBluscriptII(ストラタジーン社製)、pBR322(TAKARA社製)、pUC18、およびpUC19(TAKARA社製)等が挙げられる。また、λファージ等のバクテリオファージ、モロニー白血病ウイルスなどのレトロウイルス、ワクシニアウイルスまたはアデノウイルスベクター、バキュロウイルス、ウシ乳頭腫ウイルス、ヘルペスウイルス群からのウイルス、またはエプスタイン・バー・ウイルス等の動物ウイルス等が用いられる。
【0029】
(4)非ヒトES細胞へのターゲッティングベクターの導入、および、相同組換え体の選択
次に、上記の通り構築されたターゲッティングベクターを非ヒトES細胞に導入するが、効率を良くするためにターゲッティングベクターを直鎖状にしてから導入することが好ましい。直鎖状にするための切断箇所はターゲッティングユニットの外部であればいずれの場所でもよい。導入の方法としては、例えば、電気穿孔法(エレクトロポレーション法)、マイクロインジェクション法等が挙げられ、中でも電気穿孔法で行うのが好ましい。非ヒトES細胞としては、既に樹立され保存されたものを用いてもよく、それ自体公知の通常用いられる作製方法に準じて新たに樹立して用いてもよい。非ヒトES細胞を樹立するために用いる非ヒト動物としては、前記したものと同様の動物を用いることができる。例えば、マウスの場合には、129系等のES細胞が好ましく用いられ、このうち、E14TG2a株(Hooper M.,et al.,Nature,326,292-295(1987))等が好ましく用いられる。
【0030】
かくして得られるターゲッティングベクターが導入された非ヒトES細胞は、相同組換えが生じた細胞のみが選択的に培養され得るような条件下で培養する。このような培養条件は、用いた非ヒトES細胞に応じて適宜選択すればよく、例えば、薬剤耐性遺伝子を導入する場合には、選択に用いる薬剤を種々の濃度で培地に添加して、該遺伝子が導入される前のES細胞が増殖できなくなるような濃度を検討して決定すればよい。具体的には、例えば、129系マウスのES細胞に、前記選択マーカーとしてネオマイシン耐性遺伝子とチミジンキナーゼ遺伝子を挿入したターゲッティングベクターを導入した場合には、例えば、培地中に、50〜500μg/mlのG418(GIBCO社製等)等のネオマイシン類縁体と、0.1〜5μMのFIAU等の核酸合成阻害物質を添加して培養を行えばよい。ネオマイシン類縁体としては、ネオマイシン耐性遺伝子により不活性化されるアミノグリコシド系抗生物質の中から、任意に選択して用いればよい。培地としては、それ自体公知の通常用いられるものを任意に選択して用いることができる。
【0031】
次いで、上記のように培養された非ヒトES細胞から、十分な数のコロニーをピックアップして播種しなおし、これらにProteinase K処理や加熱処理等を行ってDNAを抽出して、遺伝子型の解析を行い、vesl-1 遺伝子に相同組換えが生じた非ヒトES細胞(以下、これを「相同組換え体」と称することがある)をさらに確実に選択することができる。遺伝子型の解析方法としては、挿入DNAの塩基配列からなるプライマーと相同組換えにより削除されない領域の塩基配列からなるプライマーを用いたPCRや、挿入DNA上もしくは相同組換えにより削除されない領域の塩基配列からなるプローブを用いたサザンハイブリダイゼーション法等が挙げられる。ここで用いられるプライマーあるいはプローブとしては、該ES細胞のゲノム上の目的とした位置で相同組み換えが生じ、目的のDNA断片に置換されたことを確認できるような組み合わせであれば如何なるものであってもよい。具体例としては、例えば、vesl-1S遺伝子特異的配列を含むエキソン領域をvesl-1L cDNAの一部(第7エキソンから第11エキソンに相当)とネオマイシン耐性遺伝子に置換する相同組換え行った場合、解析に用いられるプローブとしては、5' 側相同領域のさらに5' 側の塩基配列からなるもの、ネオマイシン耐性遺伝子の部分塩基配列からなるもの、および3'側相同領域のさらに3'側の塩基配列からなるもの等が挙げられる。
【0032】
このようにして得られた相同組換え体は、通常その増殖性は良好であるが、個体発生できる能力を失いやすいので、注意深く継代培養することが必要である。培養は、それ自体公知の通常用いられる方法により行うことができるが、例えば、STO繊維芽細胞のような適当なフィーダー細胞上でLIF(1〜10000U/ml)存在下に炭酸ガス培養器内(好ましくは、5%炭酸ガス、95%空気または5%酸素、5%炭酸ガス、90%空気)で約37℃で培養する等の方法で培養することができる。また、継代時には、例えば、トリプシン/EDTA溶液(通常0.001−0.5%トリプシン/0.1−5mM EDTA、好ましくは約0.1%トリプシン/1mM EDTA溶液を用いる)処理により単細胞化し、新たに用意したフィーダー細胞上に播種する方法等が用いられる。得られた相同組換え体が個体発生できる能力を安定的に維持できる方法であれば、用いたES細胞に適した方法や条件を選択すればよいが、具体的には、例えば、129系マウス由来ES細胞のE14TG2a株を用いた場合には、フィーダー細胞が不要であり、選択前の培養と同条件で行うことができる。継代は、通常1−3日毎に行なうのが好ましいが、その都度細胞の観察を行い、形態的に異常な細胞が見受けられた場合は、その培養細胞は放棄することが望ましい。
【0033】
(5)キメラ動物およびvesl-1S/1Mノックアウト動物の作製
かくして得られる相同組換え体をクローニングし、その細胞を胚形成の初期の適当な時期、例えば、8細胞期の非ヒト動物胚または胚盤胞に注入し、作製したキメラ胚を偽妊娠させた該非ヒト動物の子宮に移植する。または、初期胚と共培養する凝集法を用いてキメラ胚を作製し、これを移植してもよい。作出された動物は、正常なvesl-1S/1M遺伝子をもつ細胞と破壊されたvesl-1S/1M遺伝子をもつ細胞との両者から構成されるキメラ個体(以下、これを「キメラ動物」と称することがある)である。このようなキメラ個体と正常個体とを交配することにより得られた個体群(以下、これを「F1」と称することがある)より、相同染色体上のいずれか1つのvesl-1遺伝子座においてvesl-1S/1M遺伝子が破壊された遺伝子型(以下、これを「ヘテロ型」と称することがある)を有する個体を選択し、ヘテロ型動物を得ることができる。このようにして得られたヘテロ型動物は、vesl-1S/1M遺伝子発現量が野生型に比べて低下している非ヒト動物であって、通常、該個体どうしを交配し、それらの産仔から、相同染色体上の2つのvesl-1遺伝子座においてvesl-1S/1M遺伝子が破壊された遺伝子型(以下、これを「ホモ型」と称することがある)を有するホモ型動物を得ることができる。このようなホモ型動物は、vesl-1S/1M遺伝子発現量が消失している非ヒト動物である。
【0034】
ヘテロ型またはホモ型動物の選択は、例えば、該動物の尾等から抽出したDNAを鋳型としたサザンブロット法やPCR法によって遺伝子型を解析することにより行うことができる。PCR法で解析を行う場合に用いるプライマーとしては、遺伝子型が野生型、ヘテロ型、およびホモ型の区別を行うことができるような組み合わせのものであればいかなるものでもよい。例えば、挿入DNAの部分塩基配列からなるプライマー、相同組換えによって削除される領域の部分塩基配列からなるプライマー、および相同組換えによって削除されない領域の部分塩基配列からなるプライマーを同時に用いる方法等が挙げられる。
具体例として、vesl-1S遺伝子特異的配列を含む領域をvesl-1L cDNAの一部(第7エキソンから第11エキソン)とネオマイシン耐性遺伝子に置換する相同組換え行った場合、欠損する領域の塩基配列からなるセンスプライマー、3'側相同領域内の塩基配列からなるアンチセンスプライマー、ネオマイシン耐性遺伝子の部分塩基配列からなるセンスプライマーとアンチセンスプライマー、ウシ成長ホルモンのpoly A配列の部分塩基配列からなるセンスプライマーとアンチセンスプライマーを用いる。該動物から抽出したDNAを鋳型としたPCRを行い、得られるPCR産物を検出することにより、ホモ型、ヘテロ型、または野生型を区別することができる。具体的には、例えば、配列表の配列番号1と2および配列番号3と4に記載のプライマーの各組み合わせで相同組換えが生じたvesl-1遺伝子座を検出し、配列表の配列番号5と6および配列番号7と8に記載の各プライマーの組み合わせで相同組換えが生じていないvesl-1遺伝子座を検出することにより、本発明の非ヒト動物の遺伝子型を解析することができる。
【0035】
得られたヘテロ型およびホモ型動物におけるVesl-1S/1M蛋白質の発現の解析は、ウエスタンブロット法等により行うことができる。具体的には、例えば、作製したヘテロ型およびホモ型動物の各種臓器、組織、細胞等から蛋白抽出液を調製し、該抽出液を電気泳動した後、適当なメンブレンに転写して、該メンブレン上に転写されたVesl-1S/1M蛋白質を抗Vesl-1S/1M蛋白質血清等で検出する。蛋白抽出液の調製、電気泳動法、メンブレンへの転写、蛋白質の検出方法等は、それ自体公知の通常用いられる方法に従って行うことができる。
【0036】
(6)ヘテロ型およびホモ型動物の継代および維持
このようにして作製されたヘテロ型およびホモ型動物は、交配により得られた動物個体についても、該遺伝子の発現量が消失または低下していることを確認して通常の飼育環境で飼育継代を行なうことができる。すなわち、相同染色体上の1つのvesl-1遺伝子座においてvesl-1S/1M遺伝子が破壊されたヘテロ型動物の雌と雄を交配することにより、相同染色体上の2つのvesl-1遺伝子座においてvesl-1S/1M遺伝子が破壊されたホモ型動物およびヘテロ型動物を継代することができる。また、ヘテロ型動物と野生型動物を交配することにより、安定的に系を維持することもできる。このようにして得られた子孫も、本発明の非ヒト動物に含まれる。
【0037】
(7)vesl-1S/1Mノックアウト動物の行動解析
かくして得られるヘテロ型およびホモ型動物は、vesl-1S/1M蛋白質の生体内における機能を解析する目的で行動解析を行って、さらに分析することができる。
行動解析法としては、該動物に適用できるものであればいかなるものでもよく、CURRENT PROTOCOLS IN NEUROSCIENCE(Jhon Wiley&Sons,Inc.)、動物の行動機能テスト(生体の科学、医学書院刊、vol.45、No.5(1994))等に記載の方法に準じて行うことができる。具体的には、例えば、オープンフィールドテスト、明暗選択テスト、高架式十字テスト、恐怖条件付けテスト、Morrisの水迷路テスト、prepulse inhibitionテスト、強制水泳テスト、棒渡り平衡感覚テスト、針金ぶら下がり筋力テスト、電気ショック感受性テスト、rota-rodテスト、等が挙げられる。中でも、vesl-1S/1Mノックアウト動物においては、明暗選択テスト、高架式十字テスト、恐怖条件付けテスト、prepulse inhibitionテスト、rota-rodテストが好ましく用いられるが、いくつかの方法を組み合わせて解析を行うことが好ましい。
【0038】
上記したような行動解析法は、それぞれ、身体能力、学習能力、あるいは情動等のある特定の表現型の変化を検出することができるように条件が設定されている。従って、前記動物および野生型動物(対照)にこのような行動解析を行ってそれぞれの結果を比較し、特定のテストにおいて有意差が得られた場合に、そのテストにより解析され得るある表現型において、本発明の非ヒト動物が何らかの変化や異常を有すると考えることができる。得られた数値の差が有意であるか否かは、適当な指標によって解析することができるが、具体的には、例えば、t検定法や、一元配置分散分析または二元配置分散分析の後に最小有意差法で解析する方法等、一般的に用いられる統計解析法によって行うことができる。このような統計解析は、例えば、StatView J(Abacus Concepts社製)等の統計解析ソフトを用いて簡便に行うことができる。
【0039】
本発明の非ヒト動物の行動異常のうち、「記憶保持の異常」とは、一般に、学習して新たに記憶した事柄の忘却がコントロールに比べてはやいことを意味する。このような表現型として、例えば、恐怖条件付けテストにおいて、すくみ反応の低下がコントロールの個体に比較して有意にはやいもの等が挙げられる。
「記憶再固定化の異常」とは、一般に、一度形成された記憶が想起に伴ってさらに強固なものになる過程がコントロールに比べて低下していることを意味する。このような表現型としては、例えば、恐怖条件付けテストにおいて、一度条件付けをされて恐怖記憶が形成されたあとに、恐怖記憶を想起させたあとのすくみ反応がコントロールの個体に比較して有意に低下しているもの等が挙げられる。
【0040】
「運動学習能力の異常」とは、一般に、繰り返すことで身体の動きが周囲の状況に適応する能力がコントロールに比べて低下していることを意味する。このような表現型としては、例えば、rota-rodテストにおいて、回転棒からの落下時間の遅延がコントロールの個体に比較して有意に低下しているもの等が挙げられる。
「痙攣回復力の上昇」とは、一般に、痙攣誘発の処理により引き起こされた四肢の硬直を含む全身痙攣から歩行や毛づくろいなどの正常な行動に戻るまでの時間がコントロールに比べて短いことを意味する。このような表現型として、例えば、電気刺激により電撃痙攣(maximum electro-convulsive seizure, MECS)を引き起こされたあとに、正常な行動に回復するまでの時間が、コントロールの個体に比較して有意に短くなっているもの等が挙げられる。
【0041】
(8)Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患の治療および/または予防薬のスクリーニング
本発明の非ヒト動物は、vesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失または低下していることから、Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質により生体に生じる種々の生物活性の欠失に起因する疾患のモデルとして用いることができ、該疾患の原因究明および治療方法の検討に有用である。すなわち、本発明の非ヒト動物は、Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患の治療および/または予防薬のスクリーニングに用いることができる。このような疾患としては、例えば、薬物依存症、精神疾患または神経変性疾患等が挙げられ、具体的には、コカインまたはLSDによる薬物依存症、統合失調症、アルツハイマー病等が挙げられる。
【0042】
さらに、本発明の非ヒト動物は、少なくとも記憶保持の異常、記憶再固定化の異常、運動学習能力の低下、または痙攣回復力の上昇のいずれかの表現型を有することからも、上記の疾患の治療および/または予防薬のスクリーニングに用いることができる。具体的には、例えば、アルツハイマー病の主症状の一つは記憶障害である。vesl-1S/1M KO マウスは記憶の保持に異常を呈するため、vesl-1S/1M遺伝子がアルツハイマー病における記憶障害に関わる可能性が考えられる。
【0043】
また、コカイン投与により vesl-1S/1M 遺伝子の発現が誘導される。vesl-1 null KOマウスはコカインにより誘発される多動性が野生型より顕著である。すなわち、vesl-1 null KOマウスはコカイン中毒動物と類似した表現型を示す。以上の2点を考え合わせると、コカイン投与により発現が誘導された vesl-1S/1M遺伝子が、コカインに対する中毒性(および依存性)を抑制する働きを持っていると考えられる。また、LSD 投与により前頭皮質で vesl-1M 遺伝子が発現誘導されることから、vesl-1M が LSD依存症に関与していることが想定される。
【0044】
さらに、vesl-1 null KO マウスは、プレパルス抑制(PPI)が阻害されるといった統合失調症様症状を示す。PPI低下はヒト統合失調症患者でも見られ、統合失調症の動物モデルの重要な判定基準の一つである。これらのことから、vesl-1S/1M KOマウスが統合失調症のマウスモデルである可能性が示唆される。
【0045】
また、本発明の非ヒト動物にさらに他の遺伝子がノックアウトされた動物を得て、複数の遺伝子が関与する疾患のモデル動物として用いることもできる。このような動物は、例えば、本発明の非ヒト動物と、他の特定の遺伝子の発現が消失または低下している非ヒト動物とを交配すること等によって得ることができる。特定の遺伝子としては、例えば、Vesl-1S/1M蛋白質のEVH(Ena/VASP homology)ドメインに結合するmGluR1/5遺伝子、IP3受容体遺伝子、リアノジン受容体遺伝子、ドレブリン遺伝子、およびshank遺伝子等が挙げられ、その他にも、Vesl-1S/1M蛋白質が関与するシナプス後肥厚に局在する分子の遺伝子が挙げられる。このような複数の遺伝子の発現が消失または低下している非ヒト動物もまた、上記した疾患等の予防および/または治療薬のスクリーニングに用いることができ、かくして得られる疾患の予防および/または治療薬も本発明に含まれる。
【0046】
スクリーニングの方法としては、例えば、本発明の非ヒト動物または該動物から得られる生体試料に被検物質を添加し、該動物または生体試料におけるVesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する表現型の変化、もしくはvesl-1S/1M遺伝子の発現量の変化を無処理の対照動物または生体試料と比較することにより行うことができる。生体試料としては、各種臓器、組織、細胞や、それらの抽出液、組織標本、培養細胞、血液や尿等の体液等が挙げられる。本発明の非ヒト動物は、例えば、脳神経系疾患、免疫系疾患等のモデルとして好適に用いることができるので、このような疾患の解析には、脳スライス標本、脳神経細胞、免疫系細胞等が特に好ましく用いられる。被検物質としては、例えば、ペプチド、タンパク、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、植物抽出液、動物組織抽出液等が挙げられ、これらの物質は新規な物質であってもよいし、公知の物質であってもよい。被検物質の添加量については、投与対象、投与方法、被検物質の性質等に合わせて適宜選択することができる。
【0047】
本発明の非ヒト動物を上記したような被検物質で処理する方法としては、例えば、経口投与、静脈注射等の通常用いられる公知の方法が挙げられ、試験動物の症状、被検物質の性質等に合わせて適宜選択すればよい。該動物から得られた生体試料を用いる場合、例えば、培養された細胞を用いる場合には、培養液中に被検物質を添加して培養する方法等より行うことができる。また、例えば、脳スライス標本を用いた場合には、溶液状に調製した被検物質を直接接触させる等の方法で行うことができる。
【0048】
Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する表現型の変化の解析は、例えば、行動解析法等を用いて行うことができる。具体的には、前記したような各種の行動解析法の中から任意に選択して用いることができるが、本発明の非ヒト動物では、明暗選択テスト、高架式十字テスト、恐怖条件付けテスト、prepulse inhibitionテストおよびrota-rodテスト等が好ましく用いられる。該動物と野生型動物との間で有意差が検出されるような行動解析法を選んで用いることも好ましい。このような行動解析の結果、例えば、被検物質を投与した本発明の非ヒト動物と無処理の対照動物から得られた結果を比較して解析し、有意差が得られた場合に、投与した被検物質がVesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患の治療および/または予防薬として有用であると判定することができる。
【0049】
他の表現型変化の解析としては、例えば、本発明の非ヒト動物の組織や細胞等の抽出液等を用いる場合には、各種の生体物質量の測定、生体物質の活性測定等が挙げられる。また、培養細胞や組織標本等の場合には、形態変化、増殖率の測定、細胞内カルシウム量の測定、電気生理学的解析、生体物質分泌量の測定等が挙げられる。このような解析についても、上記と同様に被検物質を添加した場合と無処理の場合の結果を比較して判定することができる。
【0050】
また、vesl-1S/1Mノックアウト動物がヘテロ型動物の場合には、vesl-1S/1M遺伝子発現量の変化の解析を行ってもよい。このような解析は、例えば、組織や細胞の抽出液等を用いる場合には、ノザンブロット法、ウエスタンブロット法等の公知の方法を用いて行うことができる。脳スライス等の組織標本の場合には、in situハイブリダイゼーション法、免疫組織染色法等により解析を行うこともできる。これらの解析を行って、本発明の非ヒト動物と無処理の対照動物との間、もしくはこれらの動物から得られる生体試料の間で有意差が見られた場合に、投与した被検物質がVesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患の治療および/または予防薬として有用であると判定することができる。
【0051】
上記したような方法を用いて、被検物質を投与したvesl-1S/1Mノックアウト動物と無処理の該動物の間、または、被検物質を投与した生体試料と無処理の生体試料の間に有意差が得られた場合、得られた有意差がvesl-1S/1M遺伝子の発現量の消失により生じた表現型の変化に与えた影響であることを確認する目的で、選択された物質をさらに野生型またはヘテロ型動物、もしくはこれらの動物から得られる生体試料に添加し、それらに対し該物質が与える影響を検出することが好ましい。このような解析に用いられる野生型またはヘテロ型動物としては、同腹の仔であることが好ましい。
【0052】
(9)Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患の治療および/または予防薬
上記(8)のスクリーニング方法を用いて、Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患の治療および/または予防薬として有用であると判定された物質は、該疾患に対する安全で低毒性な予防および/または治療薬として用いることができる。また、上記スクリーニング方法により得られた物質から誘導される化合物も同様に用いることができる。
【0053】
これらの化合物は塩を形成していてもよく、水和物並びに溶媒和物等であってもよい。該化合物の塩としては、例えば、無機塩基との塩、有機塩基との塩、無機酸との塩、有機酸との塩、塩基性または酸性アミノ酸との塩などの薬学的に許容し得る塩などが挙げられる。無機塩基との塩の好適な例としては、例えばナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩などのアルカリ土類金属塩、ならびにアルミニウム塩、アンモニウム塩などが挙げられる。有機塩基との塩の好適な例としては、例えばトリメチルアミン、トリエチルアミン、ピリジン、ピコリン、2,6−ルチジン、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、シクロヘキシルアミン、ジシクロヘキシルアミン、N,N’−ジベンジルエチレンジアミンなどとの塩が挙げられる。無機酸との塩の好適な例としては、例えば塩酸、臭化水素酸、硫酸、リン酸などとの塩が挙げられる。有機酸との塩の好適な例としては、例えばギ酸、酢酸、プロピオン酸、フマル酸、シュウ酸、酒石酸、マレイン酸、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、安息香酸などとの塩が挙げられる。塩基性アミノ酸との塩の好適な例としては、例えばアルギニン、リジン、オルチニンなどとの塩が挙げられ、酸性アミノ酸との好適な例としては、例えばアスパラギン酸、グルタミン酸などとの塩が挙げられる。
【0054】
(10)Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患の治療および/または予防薬の製剤化方法
上記(9)に記載の物質は、それ自体単独で前記の疾患等の患者に投与することができるが、これらの有効成分の1種または2種以上を混合して投与することもできる。また、薬理学的に許容される製剤用添加物等を用いて該物質を医薬品組成物として製剤化し、これを投与するのが好ましい。例えば、必要に応じて糖衣を施した錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、丸剤、マイクロカプセル剤、リポソーム製剤、トローチ、舌下剤、液剤、エリキシル剤、乳剤、懸濁剤等として経口的に、あるいは無菌の水性液もしくは油性液として製造した注射剤や、座剤、軟膏、貼付剤等として非経口的に使用できる。これらは、例えば、該物質を生理学的に認められる担体、香味剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、安定剤、結合剤などとともに一般に認められた製剤実施に要求される単位用量形態で混和し、充填または打錠等の当業界で周知の方法を用いて製造することができる。これらの医薬品組成物における有効成分量は指示された範囲の適当な容量が得られるようにするものである。
【0055】
例えば、錠剤、カプセル剤等に混和することができる添加剤としては、ゼラチン、コーンスターチ、トラガント、アラビアゴム等の結合剤、結晶性セルロース等の賦形剤、セルロース、マンニトール、またはラクトース等の充填剤、コーンスターチ、ゼラチン、アルギン酸等の膨化剤、澱粉、ポリビニルポリピロリドン、澱粉誘導体、またはナトリウム澱粉グリコラート等の崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム等の滑沢剤、ラウリル硫酸ナトリウム等の湿潤剤、ショ糖、乳糖またはサッカリン等の甘味剤、ペパーミント、アカモノ油またはチェリー等の香味剤等が用いられる。また、錠剤は必要に応じて腸溶性コーティング剤等を用いてコーティングを施すこともできる。カプセルについては、前記の添加剤にさらに油脂のような液状担体を含有することができる。
【0056】
また例えば、注射剤として用いる無菌医薬品組成物は、注射用水のようなベヒクル中の活性物質、胡麻油、椰子油等の天然産出植物油等を溶解または懸濁させるなどの通常の製剤実施に従って処方することができる。注射用の水性液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液(D−ソルビトール、D−マンニトール、塩化ナトリウム等)等が用いられ、適当な溶解補助剤、例えば、アルコール(エタノール等)、ポリアルコール(プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等)、非イオン性界面活性剤(ポリソルベート80TM、HCO−50等)等と併用することができる。油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油等が用いられ、溶解補助剤である安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等と併用することができる。また、上記の医薬品組成物には、例えば、緩衝剤(リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液等)、無痛化剤(塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカイン等)、安定剤(ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコール等)、保存剤(ベンジルアルコール、フェノール等)、および酸化防止剤等を配合してもよい。かくして調製される注射用の水性液は、通常、該物質を上記のような媒体に溶解させて濾過滅菌してから、適当な滅菌済みバイアルまたはアンプルに充填して製造される。安定性を高めるために、該医薬品組成物を凍結させた後にバイアル中の水を真空下で除去してもよい。油性液についても水性液の場合と実質的に同様に製造できるが、該化合物を上記媒体に懸濁させた後にエチレンオキシド等により滅菌することによって好適に製造できる。
【0057】
かくして得られる医薬品組成物は安全で低毒性であるので、例えば、ヒトや、ヒト以外の動物に対して前記の疾患等の予防または治療薬として投与することができる。該組成物に含まれる前記化合物の投与量は、対象疾患、症状、対象臓器、投与対象、投与方法等により適宜決定して用いることができる。また、一日の投与量を一〜数回に分けて投与するのが望ましい。
【0058】
(11)本発明の非ヒト動物のその他の利用
本発明の非ヒト動物は、vesl-1S/1M遺伝子発現量が野生型に比べて消失または低下していることから、Vesl-1S/1M蛋白質により生体に生じる種々の生物活性が欠失しており、Vesl-1S/1M蛋白質が有する種々の機能の解析等に用いることができる。
例えば、Vesl-1S/1M蛋白質が脳神経系において重要な働きを有することから、該動物から得られた脳スライス標本や培養脳神経系細胞は、脳神経系機能の解析に用いることができる。
【0059】
(12)特定のスプライシングアイソフォームに特異的なノックアウト非ヒト動物の作製
スプライシングアイソフォーム間で共有のエキソンの中に選択的5’スプライシングドナーサイトを有する遺伝子の場合、前記(2)〜(6)に記載の方法に準じ、選択的5’スプライシングドナーサイトを有するエキソンにおいて、該エキソンの選択的5’スプライシングドナーサイトより下流の特異的なエキソン領域を欠失させ、選択的5’スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームが正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソンを含むDNAを欠失させたエキソン領域に導入することにより、選択的5’スプライシングを受けないスプライシングアイソフォームに特異的なノックアウト非ヒト動物を作製できる。例えば、このような遺伝子として、NF-ATc(Immunity, 10, 261-269,1999)が挙げられ、NF-ATc/Aに特異的なノックアウト非ヒト動物を作製できる。
また、スプライシングアイソフォーム間で共有のエキソンの中に選択的3’スプライシングアクセプターサイトを有する遺伝子の場合、前記(2)〜(6)に記載の方法に準じ、選択的3’スプライシングアクセプターサイトを有するエキソンにおいて、該エキソンの3’スプライシングアクセプターサイトより上流の特異的なエキソン領域を欠失させ、選択的3’スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームが正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソンを含むDNAを欠失させたエキソン領域に導入することにより、選択的3’スプライシングを受けないスプライシングアイソフォームに特異的なノックアウト非ヒト動物を作製できる。例えば、このような遺伝子として、transformer (tra)(Cell, 58, 449-459,1989)が挙げられ、transformer (non-sex-specific product)に特異的なノックアウト非ヒト動物を作製できる。
【実施例】
【0060】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例より何ら限定されるものではない。
実施例1:Vesl-1S/1M欠損マウスの作製
Vesl-1S/1M蛋白質の欠損が神経可塑性に及ぼす影響を解析するため、vesl-1S/1M 遺伝子欠損マウスを作製した。vesl-1遺伝子の3つのスプライシングアイソフォームであるvesl-1S(配列番号9), vesl-1M(配列番号10), vesl-1L(配列番号11)のうち、vesl-1Sに特異的な配列はC末端に相当する33塩基 (11アミノ酸:配列番号9の塩基番号526〜558、配列番号12のアミノ酸番号176〜186) のみである(図3)。この領域のみの欠損では、11アミノ酸は欠損しているが残りの175アミノ酸からなる不完全なVesl-1S蛋白質が合成されることが懸念された。不完全なVesl-1S蛋白質には、mGluRやリアノジン受容体などのVesl-1S結合蛋白質との結合領域が残っているために、C末の11アミノ酸のみの欠損ではVesl-1S蛋白質の機能を消失させることができないことが危惧された。そこで11アミノ酸を欠失させ、さらにその場所にvesl-1L cDNAのC末端(第7〜11エキソン)に相当するcDNA(配列番号11の塩基番号528〜1101)を、図4に示すターゲッティングベクターを用いてノックインした(図4)。ターゲッティングベクターは、ジフテリアトキシン遺伝子、vesl-1遺伝子の第4イントロンの3'側の1.5kb、第5エキソンのスプライシングドナーサイトの上流領域、第7〜11エキソンに相当するcDNA、ウシ成長ホルモン遺伝子のポリAシグナル領域、ネオマイシン耐性遺伝子、vesl-1遺伝子の第5イントロンの5'側11kbからなる。これによりvesl-1S mRNAは合成されず、代わりにノックインされたvesl-1L mRNAが発現することを期待した。内因性のvesl-1L遺伝子やvesl-1M遺伝子はスプライシングドナーサイトを壊してスプライシングが阻害されるためにmRNAとして発現しないことを期待した。
【0061】
ターゲティングコンストラクトに用いたマウスの系統は129sv、ES細胞はC57BL/6Jである。
得られたホモマウスがvesl-1S/1M遺伝子を欠損していることを、脳から調製したゲノムDNAを用いたサザンブロット解析により確認した(図5)。また、ホモマウスはvesl-1S/1M遺伝子とVesl-1S/1M蛋白質を発現していないことを、脳から調製したRNAを用いたノザンブロット法と、脳の抽出液を用いたウエスタンブロット法により確認した。
【0062】
ホモマウスで発現するVesl-1L蛋白質が、野生型マウス (WT) で発現する内因性Vesl-1L蛋白質と比較して、発現量、発現分布、神経活動依存的発現の特性の点で一致しているかどうかについて検討した。神経活動依存的発現の検討には、電気刺激により痙攣を誘発したマウスを用いた。脳海馬および大脳皮質の抽出液を用いたウエスタンブロット法(図6)と、脳の切片を用いた免疫組織化学法により、ホモマウスのVesl-1L蛋白質はWTのVesl-1L蛋白質と比較して、海馬と大脳皮質における発現量に有意差がないこと、脳で同一の発現分布を示すこと、そしてホモマウスのVesl-1L蛋白質もWTのVesl-1L蛋白質と同様に神経活動により発現変動をしないことを確認した。
【0063】
以上の結果より、作出されたホモマウスはVesl-1S/1M特異的欠損マウス(KO)であると判断した。
KOは正常に生育し、身体的特徴 (姿、歩行、毛並み) に異常は見あたらなかった。
行動実験を行うための全世界的なガイドラインに従い、遺伝的背景をC57BL/6Jに戻し交配をした。以下に述べる行動学的検討は6−9回の戻し交配をしたマウスを使用した。複数匹を一つのケージで飼育した場合、ケージ内での闘争行動の頻度や勝敗が恐怖等の情動性に与える影響が大きいと考え、離乳後は1匹1ケージで飼育した。
【0064】
実施例2:恐怖条件付けテスト (contextual fear conditioning test)
記憶形成におけるVesl-1S/1M蛋白質の役割を知る目的で、KOに恐怖条件付け課題を課して、恐怖の学習・記憶の特性を検討した。
恐怖記憶の形成は動物の本能的な能力であり、下等動物から高等動物に至るまでの生物に備わっている。このため、恐怖条件付けは記憶形成機構を明らかにするための最適なモデルと考えられている。電線を床に敷いた17×17.5×30 cmのチャンバーにマウスを入れ、床から電気ショックを与える。マウスは体験した恐怖と恐怖を覚えた状況を関連づけて学習し、恐怖記憶を形成する(以下、このチャンバー内での電気ショックによる学習を「学習セッション」と称することがある)。マウスは再度チャンバーに入れられると、電気刺激が来なくてもチャンバーから恐怖記憶を想起し、すくみ反応(呼吸以外のすべての運動の消失)や心拍数増加などの恐怖反応を表出する。すくみ反応を示す時間の割合を自動計測システムにより計測し、恐怖記憶形成の指標とした。
【0065】
実施例3:恐怖学習テスト
Vesl-1S/1M蛋白質が恐怖学習に必要であるか否かを検討した。図7は黒が野生型(WT)マウス、灰色および斜線がKO、横軸はタイムコース (分) 、縦軸はすくみ反応時間の割合を示している。KOではWTと比較して電気ショックを与えられている間のすくみ反応時間の割合の増加が遅延するが(左図)、5回の電気ショックの直後には両群のすくみ反応時間の割合(すくみ反応時間/観察時間)に有意差がなかった(右図)。これは、KOは学習が遅いが最終的には学習できることを意味している。
【0066】
実施例4:恐怖記憶の保持テスト
Vesl-1S/1M蛋白質が恐怖記憶の保持に必要であるか否かを検討した(図8)。黒がWT、斜線がKO、縦軸はすくみ反応時間の割合を示している。学習セッションの14日後に動物をチャンバーに戻し電気ショックなしでテストをしたところ、KOとWTのすくみ反応時間の割合に有意差がなかった (t-test, p<0.97)。別群の動物を用いて32日後(Day 33)にテストをしたところ、KOはWTよりもすくみ反応の割合が有意に低下しており遠隔記憶の保持に異常を示した (t-test, p<0.01)(図8)。これらの結果は、KOでは学習後14日以降32日までの間の記憶(遠隔記憶)形成過程に異常が起こっていることを示している。この時期は、海馬から大脳皮質へと記憶が移動することにより、2−3週間程度持続する記憶が一生保持される遠隔記憶に変換される時期である。以上の結果から、Vesl-1S/1M蛋白質は記憶を一生持続する強固なものに変換する過程で必要不可欠な働きをしていることが明らかとなった。
【0067】
実施例5:恐怖記憶の再固定化テスト
一旦強固に形成されていた恐怖記憶も、想起している時に扁桃体の蛋白質合成が阻害されると消去されてしまう。これは、恐怖記憶は想起に伴い不安定な状態になり、再貯蔵されるためには最初の記憶固定化と同じく新規の蛋白質合成が必要であることを意味している。このプロセスは「再固定化」と呼んでいる。恐怖記憶は想起された後に不安定な状態となり、その後、再固定化のプロセスを経てさらに強固な記憶になる。再固定化の阻害は、トラウマやPTSD の治療において、恐怖記憶を人為的に軽減させる方法につながる可能性があり注目されている。
【0068】
Vesl-1S/1M蛋白質が記憶の再固定化に必要であるか否かを検討した。学習セッションの2日後 (Day 3) に動物をチャンバーに6分間入れることにより恐怖記憶を想起させた。その後ホームケージに戻したあと、Day 15でふたたび動物をチャンバーに入れてテストした。図9の黒がWT、斜線がKO、縦軸はすくみ反応時間の割合を示している。Day 15 でKOはWTに比べて有意に低いすくみ反応を示した(t-test. p<0.001)(左図)。別群に対し、Day3で想起させずにDay 15でテストするとKOはWTと同程度にすくみ反応を示した(t-test. p<0.97)(右図)。従って、KOでは想起に続く恐怖記憶の再固定化が阻害されることがわかった。
【0069】
実施例6:恐怖記憶の再固定化と消去テスト
図10の実験ではDay 2(学習セッションの1日後)で1分間想起させ、Day 3(学習セッションの2日後)にテストした(右図)。コントロール群は想起させずにDay 3 にテストを行った(左図)。黒がWT、灰色がKO、横軸はタイムコース (分)、縦軸はすくみ反応時間の割合を示した。想起させた群のKOでは初めの2分間はWTと同程度のすくみ反応を呈したが、3分後から6分後まではWTよりも有意に低いすくみ反応を示した (右図)。コントロール群ではWTもKOも共に6分間のすくみ反応は同じように遷移した(左図)。この結果も、KOでは想起により恐怖記憶が低下することを示している。
以上の結果は、Vesl-1S/1M蛋白質は恐怖記憶の再固定化に関与していることを示している。さらに、Vesl-1S/1M蛋白質がセッション内消去に関与している可能性を示している。
【0070】
実施例7:神経細胞の過興奮テスト
WTとKO の耳介にクリップ型電極を挟み、電気刺激を与えることによりmaximum electro-convulsive seizure (MECS) を誘発した。電気刺激は、パルス幅0.5ミリ秒、60 mAの電気パルスを100ヘルツで0.1秒間与えた。四肢硬直から回復した後も、間欠的に、「四肢の静止」、と、「立ち上がり、毛づくろい、歩行」を繰り返す。この行動を観察することにより痙攣に対するVesl-1S/1M蛋白質の関与を検討した。
【0071】
図11は個体ごとのデータである。横軸はMECS刺激後の時間 (分)を示す。縦軸の0は「四肢の静止」を、1は「立ち上がり、毛づくろい、歩行、といった非静止状態」を示す。WTはMECS刺激後5 - 15分程度は動くが、その後60分後まではほとんど静止していた。KOではMECS刺激後20分前後までよく動いた。動いている時間もWTよりも長かった。
【0072】
MECSを誘発する電気刺激直後、WTよりもKOマウスの方が即死する確率がかった。また、興奮性神経伝達物質受容体のアゴニストであるカイニン酸を腹腔内に投与することにより痙攣を誘発した際も、KOはWTよりも即死する確率が高かった。
従って、KOは痙攣に対して脆弱であること、および、痙攣が起こった後は痙攣からの回復メカニズムがWTよりも強く働くことが示唆される。
【0073】
実施例8:Rota-rodテスト
Rota-rodテストは、運動学習能力を測定する方法である。300秒間で3 rpmから30 rpmへと徐々に回転が加速する直径 3 cmの棒の上にマウスを乗せ、何秒後に落下するかを測定するテストである(図12上)。野生型マウスでは、初めのトライアルのうちは棒の回転速度が遅くても前肢と後肢が協調的に動かないために棒から落下する。トライアルを重ねるにつれて、前肢と後肢の協調運動を学習するために回転速度が速くなってもなかなか落下しなくなる。このテストでは基礎運動能力や運動学習能力を検定することができる。
【0074】
KOの基礎運動能力と運動学習能力をRota-rodテストで検討した。KOは初めの1回目と2回目のトライアルではWTと有意差がなかった。その後トライアルを重ねるとWTは落下までの時間が長くなったのに対し、KOは落下までの時間は初めのトライアルとほとんど変わらなかった (図12下)。これはKOでは基礎運動能力に異常はないが運動学習能力に欠陥があることを示唆している。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】選択的5’スプライシングおよび選択的3’スプライシングを示す模式図である。AおよびBの黒色の部分が特異的なエキソン領域にそれぞれ該当する。
【図2】vesl-1の選択的5’スプライシングを示す模式図である。vesl-1Sの四角枠は第5エキソンを表し斜線の部分が特異的なエキソン領域に該当する。vesl-1Mの左の四角枠が第5エキソン、右の四角枠が第6エキソン、vesl-1Lの左の四角枠が第5エキソン、右の四角枠が第7エキソンを表す。第1〜4エキソン、第8〜11エキソンは省略している。
【図3】Vesl-1ファミリーの蛋白質構造を比較した模式図である。
【図4】本発明vesl-1S/1M KOマウスを作製するためのターゲティングベクターを示す模式図である。DT-Aはジフテリアトキシン遺伝子を、E5は第5エキソンを、E7-E11は第7〜11エキソンに相当するcDNAを、pA signalはウシ成長ホルモンのポリAシグナル領域を、promoter-neor-pAはネオマイシン耐性遺伝子を、それぞれ示す。
【図5】本発明vesl-1S/1M KOマウスのサザンブロット解析の結果を示す図である。Mはサイズマーカーを表す。また+/+は野生型マウス、+/−はヘテロ型マウス、−/−はホモ型マウスを表す。
【図6】本発明vesl-1S/1M KOマウスと野生型マウスが発現するVesl-1L蛋白質発現量をウエスタンブロット法で比較した結果を示す図である。+/+は野生型マウス、−/−はホモ型マウスを表す。Mはサイズマーカーを、r-1Lは対照の組換え体Vesl-1L蛋白質を表す。
【図7】本発明vesl-1S/1M KOマウスについて行った恐怖条件付け課題の恐怖の獲得を示すグラフである。左図中の矢印は、電気ショックを与えた時期を表わす。また、右図は、5回の電気ショックの直後の3分間のすくみ反応時間の割合を示す。
【図8】本発明vesl-1S/1M KOマウスについて行った恐怖条件付け課題の遠隔記憶の保持を示すグラフである。左図は、学習セッション(5回の電気ショック)の直後の3分間のすくみ反応時間の割合を示す。右図は、学習セッションから32日後の3分間のすくみ反応時間の割合を示す。
【図9】本発明vesl-1S/1M KOマウスについて行った恐怖条件付け課題の恐怖記憶の再固定化を示すグラフである。
【図10】本発明vesl-1S/1M KOマウスについて行った恐怖条件付け課題の恐怖記憶の再固定およびセッション内消去を示すグラフである。
【図11】本発明vesl-1S/1M KOマウスについて行った電気刺激により痙攣を誘発した直後から1時間後までの行動を観察した結果である。
【図12】本発明vesl-1S/1M KOマウスについて行ったrota-rodテストの結果を示すグラフである。丸はWT、四角はKOの結果を表わす。
【技術分野】
【0001】
本発明は、vesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失もしくは低下している非ヒト動物またはその子孫、およびその作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
vesl-1S (homer-1aとも呼ばれている) は痙攣や海馬長期持続型LTP (long-term potentiation) に伴い発現が上昇する遺伝子として単離された遺伝子である(例えば、非特許文献1を参照)。veslは3つの遺伝子vesl-1, vesl-2, vesl-3から成るファミリーを形成している。これらのうちvesl-1遺伝子はラット脳で3つのスプライシングアイソフォームvesl-1S, vesl-1M (ania-3とも呼ばれている), vesl-1L (homer-1cとも呼ばれている) mRNAを転写する。vesl-1のRNAは11個のエキソンを有し、vesl-1SのmRNAは第1〜5エキソン、vesl-1MのmRNAは第1〜6エキソン、vesl-1LのmRNAは第1〜5および第7〜11エキソンからなる。vesl-1のゲノムDNAの配列および構造は、非特許文献2に記載されている(GenBank登録記号NW_000085, GI:20909471)。vesl-1Sの第5エキソンは、後述する選択的5’スプライシングドナーサイトでのスプライシングを受けず、C末に11アミノ酸が付加されている。すなわち、vesl-1S遺伝子は第5エキソンのC末11アミノ酸に対応する領域が、vesl-1M遺伝子は第6エキソンが、vesl-1L遺伝子は第7〜11エキソンが、それぞれ特異的である。神経活動依存的発現誘導をするのはvesl-1Sとvesl-1Mのみで、vesl-1Lやvesl-2, vesl-3は構成的に発現している(例えば、非特許文献3を参照)。以下、本明細書中において、vesl-1の3つのスプライシングアイソフォーム(vesl-1S, vesl-1M, vesl-1L)の遺伝子を併せて「vesl-1S/1M/1L遺伝子」、3つのスプライシングアイソフォームのRNAを併せて「vesl-1S/1M/1L」と称し、これらの3つのスプライシングアイソフォームの遺伝子またはRNAによりコードされる蛋白質を併せて「Vesl-1S/1M/1L蛋白質」または「Vesl-1S/1M/1L」と称することがある。また、3つのスプライシングアイソフォームの遺伝子のうち神経活動依存的発現誘導される2つのスプライシングアイソフォーム(vesl-1S, vesl-1M)の遺伝子を併せて「vesl-1S/1M遺伝子」、2つのスプライシングアイソフォームのRNAを併せて「vesl-1S/1M」と称し、これらの2つのスプライシングアイソフォームの遺伝子またはRNAによりコードされる蛋白質を併せて「Vesl-1S/1M蛋白質」または「Vesl-1S/1M」と称することがある。
【0003】
Vesl-1S/1M/1L蛋白質はN末端175アミノ酸を共有している。このN末で1型代謝型グルタミン酸受容体 (mGluR1/5) や、細胞内カルシウム濃度を調節するイノシトール3リン酸受容体 (IP3R)、リアノジン受容体 (RyR)、およびTRPチャネルに直接結合し、これら受容体の活性を調節する(例えば、非特許文献4を参照)。また、Shankに結合することを介してNMDA受容体(NMDAR)と連結し、NMDARやAMPA受容体の活性制御もしている(例えば、非特許文献5を参照)。アクチン骨格系とも間接的に連結している(例えば、非特許文献6を参照)。Vesl-1L蛋白質はさらにC末端に191アミノ酸から成る領域を持っている。ここにはcoiled-cold構造があり多量体を形成する。Vesl-1S蛋白質やVesl-1M蛋白質はこのC末端領域を欠くために多量体を形成できない。
【0004】
Vesl-1蛋白質の機能について、現在最も受け入れられているモデルは次の通りである。構成的発現をしているVesl-1L蛋白質は、mGluR1/5、NMDAR複合体, IP3R、RyR, TRPチャネル、およびアクチン骨格系へ結合すると共に、自身の多量体形成能でそれらの蛋白質をシナプス後部に安定に配置させる足場蛋白質として機能している。シナプス可塑性を引き起こすような神経活動が生じると、多量体形成能を欠くVesl-1S蛋白質やVesl-1M蛋白質が発現誘導され、Vesl-1L蛋白質が形成していた分子複合体から受容体やチャネル蛋白質などを奪い取る。その結果、シナプス後部における機能分子の再配置を誘発し、長期間持続するシナプス可塑性を引き起こす。
【0005】
このようにVesl-1S/1M/1Lはシナプス後部において、分子の再配置を介してグルタミン酸受容体活性調節や、細胞内カルシウム濃度調整や、アクチン骨格系の調節を行い、グルタミン酸系の機能を制御する役割を持つと考えられている。Vesl-2, Vesl-3はVesl-1Lと同じく、C末端にcoiled-coilドメインを持つタイプである。発現分布はVesl-1Lと異なるが、現在のところ、分子内の挙動はVesl-1Lと同様と考えられている。
【0006】
グルタミン酸は中枢神経系の主な興奮性伝達物質であり、グルタミン酸系機能に異常が起こると多くの疾患を引き起こす。例えば、統合失調症、情動障害、アルコール依存症、てんかん、学習や記憶障害が挙げられる (例えば、非特許文献7を参照)。Vesl蛋白質ファミリーがグルタミン酸系機能の制御に関与していることから推定して、これら疾患の原因遺伝子である可能性が考えられてきた。
【0007】
統合失調症の原因の一つは、グルタミン酸系ニューロンの機能異常であることが示唆されている(例えば、非特許文献7を参照)。ヒトの統合失調症患者において、vesl-1のイントロンに2つとvesl-2のイントロンに2つ、3' UTRに1つ、同義置換ではあるがvesl-3の翻訳領域に2つ、合計7つのSNPが見つかっている。680の統合失調症患者サンプルを用いた解析でvesl-1イントロンのSNPが見つかったものの、統計学的には統合失調症の原因遺伝子とは考えられていない。しかし、vesl-1 ヌルノックアウトマウスの解析ではPre-pulse inhibitionの阻害といった統合失調症様表現型を示す (例えば、非特許文献8を参照)。また、Lysergic acid diethylamide (LSD)は、ヒトの急性統合失調症のような精神疾患の症状に類似した表現型を誘発する幻覚誘発剤であるが、LSDにより前頭皮質でvesl-1M遺伝子の発現誘導が起こる(例えば、非特許文献9を参照)。このようにvesl-1S/1M/1L遺伝子が統合失調症に併発する症状の原因遺伝子である可能性がある。
【0008】
報酬・薬物依存症は、主に腹側被蓋野のドーパミンニューロンから側坐核や扁桃体に投射するドーパミン系の過活動が関与していると考えられている。依存性薬物コカインやニコチンの投与などによりドーパミン系を賦活すると、投射先のニューロンにおいてvesl-1Sやvesl-1Mの遺伝子発現量が増加する。一方、コカイン連続投与を中止するとVesl-1L蛋白質の発現量が減少する(例えば、非特許文献10を参照)。Vesl-1またはVesl-2のすべてのスプライシングアイソフォームが発現しないvesl-1 ヌルノックアウトマウスやvesl-2 ヌルノックアウトマウスは、コカインにより誘発される多動性が野生型マウスよりも一層顕著になる(以下、ノックアウトを「KO」、ヌルノックアウトを「null KO」と称することがある)。さらにvesl-2 null KOマウスは、コカイン自己投与課題の獲得が早い点など、コカイン中毒動物の表現型と類似している。従ってVesl蛋白質は、グルタミン酸系の機能を変化させることを介してドーパミン系の活動を調節していると考えられている(例えば、非特許文献11を参照)。
【0009】
注意欠陥多動症の治療薬として使用されている向精神薬メチルフェニデート投与によりドーパミン系を賦活した場合も、投射先のニューロンにおいてvesl-1S遺伝子発現が上昇することが報告されている(例えば、非特許文献12を参照)。
このように、報酬・薬物依存症や多動症といったドーパミン系関与の疾病に、vesl-1S, vesl-1M, vesl-1L, vesl-2遺伝子が関与していることが示唆されている。
【0010】
vesl-1S遺伝子はカイニン酸痙攣や海馬LTP刺激により発現誘導される遺伝子として単離されたことから、当初から痙攣・てんかんや、海馬依存的学習・記憶のメカニズムに対して重要な役割を持つことが予想されていた。実際にVesl-1S 蛋白質過剰発現マウスの解析から、Vesl-1S蛋白質が抗痙攣・抗てんかん作用を有する可能性が示唆されている (例えば、非特許文献13を参照)。また、vesl-1 null KOマウスは海馬依存的学習である水迷路テストで空間学習能の成績が悪い(例えば、非特許文献14を参照)。vesl-1Sをウイルスで一過的に過剰発現させたマウスでは海馬依存的記憶のテストであるobject recognition テストの記憶成績が悪い。これらの結果は、Vesl-1アイソフォームが海馬依存的学習記憶において何らかの重要な作用を有する可能性を示唆している。
【0011】
Veslファミリー蛋白質が、統合失調症、情動障害、報酬・薬物依存症、てんかん、アルツハイマー病における学習記憶力低下等の治療のための良きターゲット分子である可能性は十分あると考えられる。よって、veslのスプライシングアイソフォームそれぞれの機能を詳細に知ることが必要であり、そのために、各アイソフォーム特異的な遺伝子欠損動物の作出と解析が望まれている。現在までにveslファミリーの遺伝子欠損マウスは作出されているが、いずれも各遺伝子のすべてのスプライシングアイソフォームを発現しないというヌルマウスである。特に、vesl-1S/1Mは、神経活動誘導性を示し、かつ海馬で大量に発現誘導が起こるので、疾患の発症機序におけるVesl-1蛋白質の機能を知るためには従来作製されているvesl-1 null KOマウスの解析ではなく、vesl-1S/1M KOマウスを用いてスプライシングアイソフォーム特有の機能を検討する必要があり、vesl-1S/1M特異的KOマウスの作出は望まれていた。
【0012】
スプライシングアイソフォーム間で共有のエキソンの中に選択的5’スプライシングドナーサイトを有する遺伝子においては、該ドナーサイトでスプライシングを受けないアイソフォーム(図1A)と受けるアイソフォーム(図1B)が存在する場合がある。また、スプライシングアイソフォーム間で共有のエキソンの中に選択的3’スプライシングアクセプターサイトを有する遺伝子においては、該アクセプターサイトでスプライシングを受けないアイソフォーム(図1C)と受けるアイソフォーム(図1D)が存在する場合がある。このような、選択的5’スプライシングドナーサイトまたは選択的3’スプライシングアクセプターを有するエキソンを含む遺伝子については、その遺伝子構造上の問題から特定のスプライシングアイソフォームに特異的なKOマウスは作出されてこなかった。vesl-1についても、選択的5’スプライシングドナーサイトを有するエキソンを含むという遺伝子構造上の問題から(図2)、vesl-1S/1M特異的KOマウスは作出されてこなかった。
【非特許文献1】FEBS Letter 412, 183-189, 1997
【非特許文献2】J. Neurosci., 22, 167-175, 2002
【非特許文献3】J Biol Chem 37(11), 23969-23975, 1998
【非特許文献4】Neuron 21, 717-726, 1998
【非特許文献5】Eur J Neurosci 18, 811-819, 2003
【非特許文献6】Current Biology 13, 50-515, 2003
【非特許文献7】Annu Rev Pharmacol Toxicol 42, 165-179, 2002
【非特許文献8】Society for Neuroscience Program No.797.8, 2004
【非特許文献9】Society for Neuroscience Program No. 741.18, 2002
【非特許文献10】Eur J Neurosci 21, 1145-1154, 2005
【非特許文献11】Neuron 43, 401-413, 2004
【非特許文献12】Neuroscience 132, 855-865, 2005
【非特許文献13】Eur J Neurosci 16, 2157-2165, 2002
【非特許文献14】Society for Neuroscience Program No.964.16, 2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、vesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物およびその作製方法を提供することを課題とする。また、選択的5’スプライシングドナーサイトまたは選択的3’スプライシングアクセプターを有するエキソンを含む遺伝子について、特定のスプライシングアイソフォームに特異的なノックアウト非ヒト動物の作製方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、vesl-1S遺伝子に特異的なエキソン領域の欠失およびvesl-1M遺伝子に特異的なエキソンへのスプライシング阻害によりvesl-1S/1M遺伝子を破壊することにより、具体的には、vesl-1遺伝子の第5エキソンに存在する選択的5’スプライシングドナーサイトにvesl-1L遺伝子に特有な第7〜11エキソンを含むDNAを導入するためのターゲッティングベクターを構築し、これをES細胞に導入して相同組換えを生じさせ、該ES細胞により作製したキメラマウスを交配することにより、vesl-1S/1M遺伝子の発現量が消失または低下しているマウスを作製できることを見いだした。また、vesl-1 null KOマウスでは基礎運動機能が低下しているのに対し、作製されたvesl-1S/1M特異的KOマウスは基礎運動機能に関しては異常が観察されないが少なくとも記憶保持の異常、記憶再固定化の異常、運動学習能力の低下、または痙攣回復力の上昇のいずれかの表現型を有していることを見いだした。さらに、選択的5’スプライシングドナーサイトまたは選択的3’スプライシングアクセプターサイトを有するエキソンにおいて、該エキソンの特異的な領域を欠失させ、選択的5’スプライシングまたは選択的3’スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームが正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソンを含むDNAを欠失させたエキソン領域に導入することにより、選択的5’スプライシングドナーサイトまたは選択的3’スプライシングアクセプターを有するエキソンを含む遺伝子について、特定のスプライシングアイソフォームに特異的なノックアウト非ヒト動物を作製できることを見いだした。本発明は、これらの知見に基づいて成し遂げられたものである。
【0015】
すなわち本発明によれば、
1.vesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失もしくは低下している非ヒト動物、またはその子孫、
2.vesl-1S/1M遺伝子の発現量の消失が、相同染色体上の2つのvesl-1遺伝子座においてvesl-1S/1M遺伝子が破壊されていることによるものである前項1に記載の動物、
3.vesl-1S/1M遺伝子の発現量の低下が、相同染色体上の1つのvesl-1遺伝子座においてvesl-1S/1M遺伝子が破壊されていることによるものである前項1に記載の動物、
4.vesl-1S/1M遺伝子の破壊が、vesl-1S遺伝子に特異的なエキソン領域の欠失およびvesl-1M遺伝子に特異的なエキソンへのスプライシング阻害により生じている前項2または3に記載の動物、
5.前記動物が少なくとも記憶保持の異常、記憶再固定化の異常、運動学習能力の低下、または痙攣回復力の上昇のいずれかの表現型を有することを特徴とする前項1〜4のいずれかに記載の動物、
6.前記動物が齧歯類動物である前項1〜5のいずれかに記載の動物、
7.前記齧歯類動物がマウスである前項6に記載の動物、
8.前項1〜7のいずれかに記載の動物または該動物から得られる生体試料に被検物質を添加し、該動物または生体試料に対し被検物質が与える影響を検出することを特徴とするVesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患の治療および/または予防薬のスクリーニング方法、
9.Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患が薬物依存症、精神疾患または神経変性疾患である前項8に記載の方法、
10.薬物依存症が、コカインまたはLSDによるものである、前項9に記載の方法、
11.精神疾患が、統合失調症である、前項9に記載の方法、
12.神経変性疾患が、アルツハイマー病である、前項9に記載の方法、
13.選択的5’スプライシングドナーサイトで選択的スプライシングを受けないスプライシングアイソフォームの発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物を作製する方法であって、以下の工程を含むことを特徴とする方法;
(1)選択的5’スプライシングドナーサイトを有するエキソンにおいて、選択的5’スプライシングドナーサイトより下流の特異的なエキソン領域を欠失させる工程、
(2)選択的5’スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームが正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソンを含むDNAを(1)で欠失させたエキソン領域に導入する工程、
14.選択的3’スプライシングアクセプターサイトで選択的スプライシングを受けないスプライシングアイソフォームの発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物を作製する方法であって、以下の工程を含むことを特徴とする方法;
(1)選択的3’スプライシングアクセプターサイトを有するエキソンにおいて、選択的3’スプライシングアクセプターサイトより上流の特異的なエキソン領域を欠失させる工程、
(2)選択的3’スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームが正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソンを含むDNAを(1)で欠失させたエキソン領域に導入する工程、
15.選択的5’スプライシングドナーサイトで選択的スプライシングを受けないスプライシングアイソフォームがvesl-1Sで、選択的5’スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームがvesl-1Lである、前項13に記載の方法、
が提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明のvesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物は、Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する薬物依存症、精神疾患または神経変性疾患等の疾患のモデル動物として有用である。該動物を用いれば、該疾患の治療および/または予防薬のスクリーニングを行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に本発明を詳細に説明するが、これらの記載は本発明の実施態様の一例(代表例)であり、本発明の範囲を限定するものではない。なお、本明細書において、DNAの調製やベクターの調製等の分子生物学的な手法、蛋白質の抽出やウエスタン・ブロッティング等の蛋白質化学的な手法、およびノックアウト動物作製の操作等は、特に明記しない限り、Molecular Cloning, A Laboratory Manual, 3rd edition(Sambrook and Russell,Cold Spring Harbor Laboratory(2001))、Manipulating the Mouse Embryo. A Laboratory Manual, 3rd edition (Cold Spring Harbor Laboratory, 2003), ジーンターゲッティング(相沢慎一;羊土社(1995))等の実験書に記載の方法またはそれに準じた方法により行うことができる。
【0018】
(1)vesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物
本発明のvesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物とは、該動物におけるvesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失または低下しているものであれば、いかなるものでもよい。vesl-1S/1M遺伝子の発現量の制御方法としては、例えば、該動物の相同染色体上の2つもしくは1つのvesl-1遺伝子座においてvesl-1S/1M遺伝子を破壊する方法や、薬物投与、アンチセンスDNA法、RNAインターフェアレンス法(Fire A.,et al.,Nature,391,806-811(1998))、あるいは自然突然変異体を選択する方法等が挙げられる。また、他の遺伝子の変異等によってvesl-1S/1M遺伝子の発現が実質的に消失または低下した動物についても、本発明の非ヒト動物に含まれる。本発明の非ヒト動物は、vesl-1L遺伝子の発現量は野生型と同等であることが好ましい。
【0019】
vesl-1S/1M遺伝子の破壊によってvesl-1S/1M遺伝子の発現が消失した非ヒト動物を作製するには、該動物の相同染色体上の2つのvesl-1遺伝子座のうち、両方のvesl-1遺伝子を破壊する方法が用いられる。またvesl-1S/1M遺伝子の発現が低下した非ヒト動物を作製するには、上記動物のvesl-1遺伝子座のうち、片方のvesl-1S/1M遺伝子を破壊する方法が用いられる。上記のvesl-1遺伝子座のうち片方のvesl-1S/1M遺伝子が破壊された非ヒト動物を、以下「ヘテロ型動物」と称し、両方のvesl-1S/1M遺伝子が破壊された非ヒト動物を、以下「ホモ型動物」と称する。ここで、vesl-1S/1M遺伝子が破壊されているとは、例えば、何らかの人工的変異の導入等が挙げられる。人工的変異によるvesl-1S/1M遺伝子の破壊の具体例としては、該vesl-1S/1M遺伝子の全てを薬剤耐性遺伝子等の他の塩基配列を有するDNAにゲノム上で置換して欠如させたり、あるいはvesl-1S遺伝子に特異的なエキソン領域の欠失およびvesl-1M遺伝子に特異的なエキソンへのスプライシング阻害によりvesl-1S/1M遺伝子に特異的なエキソン領域を欠失させかつ欠失エキソン領域にvesl-1L遺伝子が正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソンを含むDNAを導入する方法等が挙げられる。具体的には、例えば、第5エキソンのうちvesl-1S遺伝子に特異的な領域である該エキソンのC末11アミノ酸に対応する領域を欠失させることにより、vesl-1Mの第5エキソンのスプライシングドナーサイトを壊してvesl-1M遺伝子に特異的な第6エキソンへのスプライシングを阻害し(同時にvesl-1L遺伝子に特異的な第7エキソンへのスプライシングも阻害する)、さらに欠失させた第5エキソン領域に第7〜11エキソンに相当するcDNAを導入すればよい。
【0020】
本発明のvesl-1S/1M遺伝子とは、Vesl-1S/1M蛋白質に関する全ての遺伝情報をになうDNAを意味し、具体的にはアミノ酸に翻訳されるコード領域と、ゲノム上で該領域中に存在するイントロン、およびコード領域の5'上流、もしくは3'下流に存在する転写開始点等を含む非翻訳領域を含むDNAをいう。このvesl-1S/1M遺伝子は、例えば、Kato et al., J. Biol. Chem., 273, 23969-23975, (1998)、Xiao et al., Neuron, 21, 707-716, (1998)、Berke et al., J. Neurosci., 18, 5301-5310, (1998)に記載のものが挙げられ、ゲノムDNAライブラリー等からポリメラーゼチェインリアクション(PCR)や、vesl-1S/1M遺伝子の一部の配列をプローブとしたハイブリダイゼーション等により取得することができる。vesl-1S/1M遺伝子を有する動物から通常用いられる方法によって単離、抽出することにより取得することもできる。また、本発明においてvesl-1S/1M遺伝子の発現とは、Vesl-1S/1M蛋白質をコードするmRNAの生成、およびVesl-1S/1M蛋白質の生成をいう。
【0021】
非ヒト動物としては、vesl-1S/1M遺伝子を有するヒト以外の動物であれば、いかなる動物でも用いることができるが、非ヒト哺乳動物が好ましい。非ヒト哺乳動物としては、例えば、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、モルモット、ハムスター、マウス、ラット等が挙げられるが、この中でも、個体発生および生物サイクルが比較的短く、また繁殖が容易な齧歯類動物、特にマウスが好ましい。用いられるマウスとしては、例えば、純系として、C57BL/6系、BALB/c系、DBA2系等、交雑系として、B6C3F1系、BDF1系、B6D2F1系、ICR系等が挙げられるが、中でもC57BL/6系が好ましく用いられる。
【0022】
(2)vesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物の作製
上記(1)に記載のvesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物のうち、vesl-1S/1M遺伝子の破壊により作製されるもの(以下、これを「vesl-1S/1Mノックアウト動物」と称することがある)について、さらに詳細に説明する。該動物は、例えば、vesl-1S/1M遺伝子が破壊された非ヒト動物ES細胞(胚性幹細胞)を用いて作製することができる。
【0023】
ES細胞のvesl-1S/1M遺伝子は上記した方法により破壊することができる。具体的には、vesl-1S/1M遺伝子の一部、または全部を薬剤耐性遺伝子等の他の配列を有するDNAにゲノム上で置換するためのターゲッティングベクターを構築し、これを該ES細胞に導入して、相同組み換えが起こってvesl-1S/1M遺伝子が破壊された細胞を選択することにより行うことができる。
【0024】
(3)ターゲッティングベクターの調製
vesl-1S/1M遺伝子のターゲッティングベクターは、vesl-1S/1M遺伝子の一部または全部の削除を目的としたものである。vesl-1S/1M遺伝子の一部を削除すると、例えば、コドンの読み取り枠がずれたり、プロモーターあるいはエキソンが不活化されるために、vesl-1S/1M遺伝子が破壊される。このようなターゲッティングベクターによる遺伝子の一部または全部の削除は、通常、相同組換えにより他の配列を有するDNAとの置換によって行われる。置換されるDNA(以下、これを「挿入DNA」と称することがある)としては、ネオマイシン耐性(neo)遺伝子やハイグロマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子、あるいは、lacZ(β−ガラクトシダーゼ遺伝子)やcat(クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ遺伝子)等のレポーター遺伝子等が、相同組換えのマーカーともなり得るために好ましい。さらには、poly A付加シグナル等の遺伝子の転写を終結させる塩基配列と置換することによっても、完全なmRNAの合成を阻害することができる。
【0025】
このようなターゲッティングベクターとしては、vesl-1S/1M遺伝子中の削除しようとする部分の5'上流、および3'下流のDNA(以下、これを「相同領域」と称することがある)の間に挿入DNAが挟まれた構造を有するDNA(以下、これを「ターゲッティングユニット」と称することがある)を、必要に応じて適当なクローニングベクターに挿入したもの等が用いられる。ここで、相同領域は、相同組み換えが誘導されるに充分な長さであればいかなるものであってもよいが、具体的には例えば0.5kb以上のものが好ましく用いられる。また、それらのDNA配列は導入する細胞が有するvesl-1S/1M遺伝子もしくはその近傍の配列と完全に一致する必要はなく、好ましくは80%以上の相同性を有するものが用いられる。このようなDNA断片は、vesl-1S/1M遺伝子からPCR法等を用いて取得することができる。vesl-1S遺伝子に特異的なエキソン領域の欠失およびvesl-1M遺伝子に特異的なエキソンへのスプライシング阻害を目的とする場合には、ターゲッティングユニットは、vesl-1S遺伝子の第5エキソンの5'上流イントロンと第5エキソンのvesl-1S遺伝子に特異的なエキソン領域より5'上流領域、および3'下流のイントロンの配列からなるDNAに適当な挿入DNAが挟まれた構造を有する。このようなvesl-1S/1M遺伝子の破壊によれば、第1〜4エキソンおよび選択的5'スプライシングドナーサイトより上流の第5エキソン領域からなる、不完全なvesl-1S蛋白質が合成される可能性があるので、選択的5'スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームであるvesl-1Lが正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソン、すなわち第7〜11エキソンを含むDNAを、上記の欠失させたエキソン領域に導入することが好ましい。導入するDNAは、vesl-1Lが正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソンを含みこれらが正常に翻訳されれば、cDNAでもイントロンを含むゲノムDNAでもよい。具体的には、例えば、vesl-1遺伝子の第5エキソンのスプライシングドナーサイトの直後にインフレームとなるように第7〜11エキソンに相当するcDNAを接続すればよい。
【0026】
挿入DNAは、上記したものの中から選択して用いればよい。具体的には、例えば、ホスホグリセリン酸キナーゼ(PGK)プロモーターの下流にネオマイシン耐性遺伝子、PGKpolyAシグナルが連結されたneoカセット「pKJ2」(Boer P.H.,et al.,Biochemical Genetics,28,299−308(1990))等を用いることができる。
【0027】
また、本発明のターゲッティングベクターにおいては、上記のターゲッティングユニットの5’上流、または3’下流に別の選択マーカー遺伝子を挿入したものを用いることにより、組換えは生じたが目的とする相同組換えではないランダムな組換えが生じた細胞を除外することができる。例えば、別のマーカーとしてチミジンキナーゼ遺伝子のような核酸合成に関与する遺伝子等を挿入しておくことにより、培地中に添加したFIAU(1−(2−deoxy−2−fluoro−β−D−arabinofuranosyl)−5−indouracil)、ガンシクロビル等の核酸合成阻害物質をランダムな相同組換えが生じてしまった細胞に取り込ませ、死滅させて除外することができる。チミジンキナーゼ(TK)遺伝子としては、例えば、MC1プロモーター(Thomas K.R.and Capecchi M.R.,Cell,51,503−512(1987))の下流にヘルペス・シンプレックス・ウイルス・チミジンキナーゼ遺伝子が連結した断片を、pBSIISK(−)のEcoRI/EcoRV部位にクローニングしたMC1−TKのカセット「F3」等を用いることができる。
【0028】
クローニングベクターとしては、pBS(ストラタジーン社製)、pBluscriptII(ストラタジーン社製)、pBR322(TAKARA社製)、pUC18、およびpUC19(TAKARA社製)等が挙げられる。また、λファージ等のバクテリオファージ、モロニー白血病ウイルスなどのレトロウイルス、ワクシニアウイルスまたはアデノウイルスベクター、バキュロウイルス、ウシ乳頭腫ウイルス、ヘルペスウイルス群からのウイルス、またはエプスタイン・バー・ウイルス等の動物ウイルス等が用いられる。
【0029】
(4)非ヒトES細胞へのターゲッティングベクターの導入、および、相同組換え体の選択
次に、上記の通り構築されたターゲッティングベクターを非ヒトES細胞に導入するが、効率を良くするためにターゲッティングベクターを直鎖状にしてから導入することが好ましい。直鎖状にするための切断箇所はターゲッティングユニットの外部であればいずれの場所でもよい。導入の方法としては、例えば、電気穿孔法(エレクトロポレーション法)、マイクロインジェクション法等が挙げられ、中でも電気穿孔法で行うのが好ましい。非ヒトES細胞としては、既に樹立され保存されたものを用いてもよく、それ自体公知の通常用いられる作製方法に準じて新たに樹立して用いてもよい。非ヒトES細胞を樹立するために用いる非ヒト動物としては、前記したものと同様の動物を用いることができる。例えば、マウスの場合には、129系等のES細胞が好ましく用いられ、このうち、E14TG2a株(Hooper M.,et al.,Nature,326,292-295(1987))等が好ましく用いられる。
【0030】
かくして得られるターゲッティングベクターが導入された非ヒトES細胞は、相同組換えが生じた細胞のみが選択的に培養され得るような条件下で培養する。このような培養条件は、用いた非ヒトES細胞に応じて適宜選択すればよく、例えば、薬剤耐性遺伝子を導入する場合には、選択に用いる薬剤を種々の濃度で培地に添加して、該遺伝子が導入される前のES細胞が増殖できなくなるような濃度を検討して決定すればよい。具体的には、例えば、129系マウスのES細胞に、前記選択マーカーとしてネオマイシン耐性遺伝子とチミジンキナーゼ遺伝子を挿入したターゲッティングベクターを導入した場合には、例えば、培地中に、50〜500μg/mlのG418(GIBCO社製等)等のネオマイシン類縁体と、0.1〜5μMのFIAU等の核酸合成阻害物質を添加して培養を行えばよい。ネオマイシン類縁体としては、ネオマイシン耐性遺伝子により不活性化されるアミノグリコシド系抗生物質の中から、任意に選択して用いればよい。培地としては、それ自体公知の通常用いられるものを任意に選択して用いることができる。
【0031】
次いで、上記のように培養された非ヒトES細胞から、十分な数のコロニーをピックアップして播種しなおし、これらにProteinase K処理や加熱処理等を行ってDNAを抽出して、遺伝子型の解析を行い、vesl-1 遺伝子に相同組換えが生じた非ヒトES細胞(以下、これを「相同組換え体」と称することがある)をさらに確実に選択することができる。遺伝子型の解析方法としては、挿入DNAの塩基配列からなるプライマーと相同組換えにより削除されない領域の塩基配列からなるプライマーを用いたPCRや、挿入DNA上もしくは相同組換えにより削除されない領域の塩基配列からなるプローブを用いたサザンハイブリダイゼーション法等が挙げられる。ここで用いられるプライマーあるいはプローブとしては、該ES細胞のゲノム上の目的とした位置で相同組み換えが生じ、目的のDNA断片に置換されたことを確認できるような組み合わせであれば如何なるものであってもよい。具体例としては、例えば、vesl-1S遺伝子特異的配列を含むエキソン領域をvesl-1L cDNAの一部(第7エキソンから第11エキソンに相当)とネオマイシン耐性遺伝子に置換する相同組換え行った場合、解析に用いられるプローブとしては、5' 側相同領域のさらに5' 側の塩基配列からなるもの、ネオマイシン耐性遺伝子の部分塩基配列からなるもの、および3'側相同領域のさらに3'側の塩基配列からなるもの等が挙げられる。
【0032】
このようにして得られた相同組換え体は、通常その増殖性は良好であるが、個体発生できる能力を失いやすいので、注意深く継代培養することが必要である。培養は、それ自体公知の通常用いられる方法により行うことができるが、例えば、STO繊維芽細胞のような適当なフィーダー細胞上でLIF(1〜10000U/ml)存在下に炭酸ガス培養器内(好ましくは、5%炭酸ガス、95%空気または5%酸素、5%炭酸ガス、90%空気)で約37℃で培養する等の方法で培養することができる。また、継代時には、例えば、トリプシン/EDTA溶液(通常0.001−0.5%トリプシン/0.1−5mM EDTA、好ましくは約0.1%トリプシン/1mM EDTA溶液を用いる)処理により単細胞化し、新たに用意したフィーダー細胞上に播種する方法等が用いられる。得られた相同組換え体が個体発生できる能力を安定的に維持できる方法であれば、用いたES細胞に適した方法や条件を選択すればよいが、具体的には、例えば、129系マウス由来ES細胞のE14TG2a株を用いた場合には、フィーダー細胞が不要であり、選択前の培養と同条件で行うことができる。継代は、通常1−3日毎に行なうのが好ましいが、その都度細胞の観察を行い、形態的に異常な細胞が見受けられた場合は、その培養細胞は放棄することが望ましい。
【0033】
(5)キメラ動物およびvesl-1S/1Mノックアウト動物の作製
かくして得られる相同組換え体をクローニングし、その細胞を胚形成の初期の適当な時期、例えば、8細胞期の非ヒト動物胚または胚盤胞に注入し、作製したキメラ胚を偽妊娠させた該非ヒト動物の子宮に移植する。または、初期胚と共培養する凝集法を用いてキメラ胚を作製し、これを移植してもよい。作出された動物は、正常なvesl-1S/1M遺伝子をもつ細胞と破壊されたvesl-1S/1M遺伝子をもつ細胞との両者から構成されるキメラ個体(以下、これを「キメラ動物」と称することがある)である。このようなキメラ個体と正常個体とを交配することにより得られた個体群(以下、これを「F1」と称することがある)より、相同染色体上のいずれか1つのvesl-1遺伝子座においてvesl-1S/1M遺伝子が破壊された遺伝子型(以下、これを「ヘテロ型」と称することがある)を有する個体を選択し、ヘテロ型動物を得ることができる。このようにして得られたヘテロ型動物は、vesl-1S/1M遺伝子発現量が野生型に比べて低下している非ヒト動物であって、通常、該個体どうしを交配し、それらの産仔から、相同染色体上の2つのvesl-1遺伝子座においてvesl-1S/1M遺伝子が破壊された遺伝子型(以下、これを「ホモ型」と称することがある)を有するホモ型動物を得ることができる。このようなホモ型動物は、vesl-1S/1M遺伝子発現量が消失している非ヒト動物である。
【0034】
ヘテロ型またはホモ型動物の選択は、例えば、該動物の尾等から抽出したDNAを鋳型としたサザンブロット法やPCR法によって遺伝子型を解析することにより行うことができる。PCR法で解析を行う場合に用いるプライマーとしては、遺伝子型が野生型、ヘテロ型、およびホモ型の区別を行うことができるような組み合わせのものであればいかなるものでもよい。例えば、挿入DNAの部分塩基配列からなるプライマー、相同組換えによって削除される領域の部分塩基配列からなるプライマー、および相同組換えによって削除されない領域の部分塩基配列からなるプライマーを同時に用いる方法等が挙げられる。
具体例として、vesl-1S遺伝子特異的配列を含む領域をvesl-1L cDNAの一部(第7エキソンから第11エキソン)とネオマイシン耐性遺伝子に置換する相同組換え行った場合、欠損する領域の塩基配列からなるセンスプライマー、3'側相同領域内の塩基配列からなるアンチセンスプライマー、ネオマイシン耐性遺伝子の部分塩基配列からなるセンスプライマーとアンチセンスプライマー、ウシ成長ホルモンのpoly A配列の部分塩基配列からなるセンスプライマーとアンチセンスプライマーを用いる。該動物から抽出したDNAを鋳型としたPCRを行い、得られるPCR産物を検出することにより、ホモ型、ヘテロ型、または野生型を区別することができる。具体的には、例えば、配列表の配列番号1と2および配列番号3と4に記載のプライマーの各組み合わせで相同組換えが生じたvesl-1遺伝子座を検出し、配列表の配列番号5と6および配列番号7と8に記載の各プライマーの組み合わせで相同組換えが生じていないvesl-1遺伝子座を検出することにより、本発明の非ヒト動物の遺伝子型を解析することができる。
【0035】
得られたヘテロ型およびホモ型動物におけるVesl-1S/1M蛋白質の発現の解析は、ウエスタンブロット法等により行うことができる。具体的には、例えば、作製したヘテロ型およびホモ型動物の各種臓器、組織、細胞等から蛋白抽出液を調製し、該抽出液を電気泳動した後、適当なメンブレンに転写して、該メンブレン上に転写されたVesl-1S/1M蛋白質を抗Vesl-1S/1M蛋白質血清等で検出する。蛋白抽出液の調製、電気泳動法、メンブレンへの転写、蛋白質の検出方法等は、それ自体公知の通常用いられる方法に従って行うことができる。
【0036】
(6)ヘテロ型およびホモ型動物の継代および維持
このようにして作製されたヘテロ型およびホモ型動物は、交配により得られた動物個体についても、該遺伝子の発現量が消失または低下していることを確認して通常の飼育環境で飼育継代を行なうことができる。すなわち、相同染色体上の1つのvesl-1遺伝子座においてvesl-1S/1M遺伝子が破壊されたヘテロ型動物の雌と雄を交配することにより、相同染色体上の2つのvesl-1遺伝子座においてvesl-1S/1M遺伝子が破壊されたホモ型動物およびヘテロ型動物を継代することができる。また、ヘテロ型動物と野生型動物を交配することにより、安定的に系を維持することもできる。このようにして得られた子孫も、本発明の非ヒト動物に含まれる。
【0037】
(7)vesl-1S/1Mノックアウト動物の行動解析
かくして得られるヘテロ型およびホモ型動物は、vesl-1S/1M蛋白質の生体内における機能を解析する目的で行動解析を行って、さらに分析することができる。
行動解析法としては、該動物に適用できるものであればいかなるものでもよく、CURRENT PROTOCOLS IN NEUROSCIENCE(Jhon Wiley&Sons,Inc.)、動物の行動機能テスト(生体の科学、医学書院刊、vol.45、No.5(1994))等に記載の方法に準じて行うことができる。具体的には、例えば、オープンフィールドテスト、明暗選択テスト、高架式十字テスト、恐怖条件付けテスト、Morrisの水迷路テスト、prepulse inhibitionテスト、強制水泳テスト、棒渡り平衡感覚テスト、針金ぶら下がり筋力テスト、電気ショック感受性テスト、rota-rodテスト、等が挙げられる。中でも、vesl-1S/1Mノックアウト動物においては、明暗選択テスト、高架式十字テスト、恐怖条件付けテスト、prepulse inhibitionテスト、rota-rodテストが好ましく用いられるが、いくつかの方法を組み合わせて解析を行うことが好ましい。
【0038】
上記したような行動解析法は、それぞれ、身体能力、学習能力、あるいは情動等のある特定の表現型の変化を検出することができるように条件が設定されている。従って、前記動物および野生型動物(対照)にこのような行動解析を行ってそれぞれの結果を比較し、特定のテストにおいて有意差が得られた場合に、そのテストにより解析され得るある表現型において、本発明の非ヒト動物が何らかの変化や異常を有すると考えることができる。得られた数値の差が有意であるか否かは、適当な指標によって解析することができるが、具体的には、例えば、t検定法や、一元配置分散分析または二元配置分散分析の後に最小有意差法で解析する方法等、一般的に用いられる統計解析法によって行うことができる。このような統計解析は、例えば、StatView J(Abacus Concepts社製)等の統計解析ソフトを用いて簡便に行うことができる。
【0039】
本発明の非ヒト動物の行動異常のうち、「記憶保持の異常」とは、一般に、学習して新たに記憶した事柄の忘却がコントロールに比べてはやいことを意味する。このような表現型として、例えば、恐怖条件付けテストにおいて、すくみ反応の低下がコントロールの個体に比較して有意にはやいもの等が挙げられる。
「記憶再固定化の異常」とは、一般に、一度形成された記憶が想起に伴ってさらに強固なものになる過程がコントロールに比べて低下していることを意味する。このような表現型としては、例えば、恐怖条件付けテストにおいて、一度条件付けをされて恐怖記憶が形成されたあとに、恐怖記憶を想起させたあとのすくみ反応がコントロールの個体に比較して有意に低下しているもの等が挙げられる。
【0040】
「運動学習能力の異常」とは、一般に、繰り返すことで身体の動きが周囲の状況に適応する能力がコントロールに比べて低下していることを意味する。このような表現型としては、例えば、rota-rodテストにおいて、回転棒からの落下時間の遅延がコントロールの個体に比較して有意に低下しているもの等が挙げられる。
「痙攣回復力の上昇」とは、一般に、痙攣誘発の処理により引き起こされた四肢の硬直を含む全身痙攣から歩行や毛づくろいなどの正常な行動に戻るまでの時間がコントロールに比べて短いことを意味する。このような表現型として、例えば、電気刺激により電撃痙攣(maximum electro-convulsive seizure, MECS)を引き起こされたあとに、正常な行動に回復するまでの時間が、コントロールの個体に比較して有意に短くなっているもの等が挙げられる。
【0041】
(8)Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患の治療および/または予防薬のスクリーニング
本発明の非ヒト動物は、vesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失または低下していることから、Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質により生体に生じる種々の生物活性の欠失に起因する疾患のモデルとして用いることができ、該疾患の原因究明および治療方法の検討に有用である。すなわち、本発明の非ヒト動物は、Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患の治療および/または予防薬のスクリーニングに用いることができる。このような疾患としては、例えば、薬物依存症、精神疾患または神経変性疾患等が挙げられ、具体的には、コカインまたはLSDによる薬物依存症、統合失調症、アルツハイマー病等が挙げられる。
【0042】
さらに、本発明の非ヒト動物は、少なくとも記憶保持の異常、記憶再固定化の異常、運動学習能力の低下、または痙攣回復力の上昇のいずれかの表現型を有することからも、上記の疾患の治療および/または予防薬のスクリーニングに用いることができる。具体的には、例えば、アルツハイマー病の主症状の一つは記憶障害である。vesl-1S/1M KO マウスは記憶の保持に異常を呈するため、vesl-1S/1M遺伝子がアルツハイマー病における記憶障害に関わる可能性が考えられる。
【0043】
また、コカイン投与により vesl-1S/1M 遺伝子の発現が誘導される。vesl-1 null KOマウスはコカインにより誘発される多動性が野生型より顕著である。すなわち、vesl-1 null KOマウスはコカイン中毒動物と類似した表現型を示す。以上の2点を考え合わせると、コカイン投与により発現が誘導された vesl-1S/1M遺伝子が、コカインに対する中毒性(および依存性)を抑制する働きを持っていると考えられる。また、LSD 投与により前頭皮質で vesl-1M 遺伝子が発現誘導されることから、vesl-1M が LSD依存症に関与していることが想定される。
【0044】
さらに、vesl-1 null KO マウスは、プレパルス抑制(PPI)が阻害されるといった統合失調症様症状を示す。PPI低下はヒト統合失調症患者でも見られ、統合失調症の動物モデルの重要な判定基準の一つである。これらのことから、vesl-1S/1M KOマウスが統合失調症のマウスモデルである可能性が示唆される。
【0045】
また、本発明の非ヒト動物にさらに他の遺伝子がノックアウトされた動物を得て、複数の遺伝子が関与する疾患のモデル動物として用いることもできる。このような動物は、例えば、本発明の非ヒト動物と、他の特定の遺伝子の発現が消失または低下している非ヒト動物とを交配すること等によって得ることができる。特定の遺伝子としては、例えば、Vesl-1S/1M蛋白質のEVH(Ena/VASP homology)ドメインに結合するmGluR1/5遺伝子、IP3受容体遺伝子、リアノジン受容体遺伝子、ドレブリン遺伝子、およびshank遺伝子等が挙げられ、その他にも、Vesl-1S/1M蛋白質が関与するシナプス後肥厚に局在する分子の遺伝子が挙げられる。このような複数の遺伝子の発現が消失または低下している非ヒト動物もまた、上記した疾患等の予防および/または治療薬のスクリーニングに用いることができ、かくして得られる疾患の予防および/または治療薬も本発明に含まれる。
【0046】
スクリーニングの方法としては、例えば、本発明の非ヒト動物または該動物から得られる生体試料に被検物質を添加し、該動物または生体試料におけるVesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する表現型の変化、もしくはvesl-1S/1M遺伝子の発現量の変化を無処理の対照動物または生体試料と比較することにより行うことができる。生体試料としては、各種臓器、組織、細胞や、それらの抽出液、組織標本、培養細胞、血液や尿等の体液等が挙げられる。本発明の非ヒト動物は、例えば、脳神経系疾患、免疫系疾患等のモデルとして好適に用いることができるので、このような疾患の解析には、脳スライス標本、脳神経細胞、免疫系細胞等が特に好ましく用いられる。被検物質としては、例えば、ペプチド、タンパク、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、植物抽出液、動物組織抽出液等が挙げられ、これらの物質は新規な物質であってもよいし、公知の物質であってもよい。被検物質の添加量については、投与対象、投与方法、被検物質の性質等に合わせて適宜選択することができる。
【0047】
本発明の非ヒト動物を上記したような被検物質で処理する方法としては、例えば、経口投与、静脈注射等の通常用いられる公知の方法が挙げられ、試験動物の症状、被検物質の性質等に合わせて適宜選択すればよい。該動物から得られた生体試料を用いる場合、例えば、培養された細胞を用いる場合には、培養液中に被検物質を添加して培養する方法等より行うことができる。また、例えば、脳スライス標本を用いた場合には、溶液状に調製した被検物質を直接接触させる等の方法で行うことができる。
【0048】
Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する表現型の変化の解析は、例えば、行動解析法等を用いて行うことができる。具体的には、前記したような各種の行動解析法の中から任意に選択して用いることができるが、本発明の非ヒト動物では、明暗選択テスト、高架式十字テスト、恐怖条件付けテスト、prepulse inhibitionテストおよびrota-rodテスト等が好ましく用いられる。該動物と野生型動物との間で有意差が検出されるような行動解析法を選んで用いることも好ましい。このような行動解析の結果、例えば、被検物質を投与した本発明の非ヒト動物と無処理の対照動物から得られた結果を比較して解析し、有意差が得られた場合に、投与した被検物質がVesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患の治療および/または予防薬として有用であると判定することができる。
【0049】
他の表現型変化の解析としては、例えば、本発明の非ヒト動物の組織や細胞等の抽出液等を用いる場合には、各種の生体物質量の測定、生体物質の活性測定等が挙げられる。また、培養細胞や組織標本等の場合には、形態変化、増殖率の測定、細胞内カルシウム量の測定、電気生理学的解析、生体物質分泌量の測定等が挙げられる。このような解析についても、上記と同様に被検物質を添加した場合と無処理の場合の結果を比較して判定することができる。
【0050】
また、vesl-1S/1Mノックアウト動物がヘテロ型動物の場合には、vesl-1S/1M遺伝子発現量の変化の解析を行ってもよい。このような解析は、例えば、組織や細胞の抽出液等を用いる場合には、ノザンブロット法、ウエスタンブロット法等の公知の方法を用いて行うことができる。脳スライス等の組織標本の場合には、in situハイブリダイゼーション法、免疫組織染色法等により解析を行うこともできる。これらの解析を行って、本発明の非ヒト動物と無処理の対照動物との間、もしくはこれらの動物から得られる生体試料の間で有意差が見られた場合に、投与した被検物質がVesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患の治療および/または予防薬として有用であると判定することができる。
【0051】
上記したような方法を用いて、被検物質を投与したvesl-1S/1Mノックアウト動物と無処理の該動物の間、または、被検物質を投与した生体試料と無処理の生体試料の間に有意差が得られた場合、得られた有意差がvesl-1S/1M遺伝子の発現量の消失により生じた表現型の変化に与えた影響であることを確認する目的で、選択された物質をさらに野生型またはヘテロ型動物、もしくはこれらの動物から得られる生体試料に添加し、それらに対し該物質が与える影響を検出することが好ましい。このような解析に用いられる野生型またはヘテロ型動物としては、同腹の仔であることが好ましい。
【0052】
(9)Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患の治療および/または予防薬
上記(8)のスクリーニング方法を用いて、Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患の治療および/または予防薬として有用であると判定された物質は、該疾患に対する安全で低毒性な予防および/または治療薬として用いることができる。また、上記スクリーニング方法により得られた物質から誘導される化合物も同様に用いることができる。
【0053】
これらの化合物は塩を形成していてもよく、水和物並びに溶媒和物等であってもよい。該化合物の塩としては、例えば、無機塩基との塩、有機塩基との塩、無機酸との塩、有機酸との塩、塩基性または酸性アミノ酸との塩などの薬学的に許容し得る塩などが挙げられる。無機塩基との塩の好適な例としては、例えばナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩などのアルカリ土類金属塩、ならびにアルミニウム塩、アンモニウム塩などが挙げられる。有機塩基との塩の好適な例としては、例えばトリメチルアミン、トリエチルアミン、ピリジン、ピコリン、2,6−ルチジン、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、シクロヘキシルアミン、ジシクロヘキシルアミン、N,N’−ジベンジルエチレンジアミンなどとの塩が挙げられる。無機酸との塩の好適な例としては、例えば塩酸、臭化水素酸、硫酸、リン酸などとの塩が挙げられる。有機酸との塩の好適な例としては、例えばギ酸、酢酸、プロピオン酸、フマル酸、シュウ酸、酒石酸、マレイン酸、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、安息香酸などとの塩が挙げられる。塩基性アミノ酸との塩の好適な例としては、例えばアルギニン、リジン、オルチニンなどとの塩が挙げられ、酸性アミノ酸との好適な例としては、例えばアスパラギン酸、グルタミン酸などとの塩が挙げられる。
【0054】
(10)Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患の治療および/または予防薬の製剤化方法
上記(9)に記載の物質は、それ自体単独で前記の疾患等の患者に投与することができるが、これらの有効成分の1種または2種以上を混合して投与することもできる。また、薬理学的に許容される製剤用添加物等を用いて該物質を医薬品組成物として製剤化し、これを投与するのが好ましい。例えば、必要に応じて糖衣を施した錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、丸剤、マイクロカプセル剤、リポソーム製剤、トローチ、舌下剤、液剤、エリキシル剤、乳剤、懸濁剤等として経口的に、あるいは無菌の水性液もしくは油性液として製造した注射剤や、座剤、軟膏、貼付剤等として非経口的に使用できる。これらは、例えば、該物質を生理学的に認められる担体、香味剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、安定剤、結合剤などとともに一般に認められた製剤実施に要求される単位用量形態で混和し、充填または打錠等の当業界で周知の方法を用いて製造することができる。これらの医薬品組成物における有効成分量は指示された範囲の適当な容量が得られるようにするものである。
【0055】
例えば、錠剤、カプセル剤等に混和することができる添加剤としては、ゼラチン、コーンスターチ、トラガント、アラビアゴム等の結合剤、結晶性セルロース等の賦形剤、セルロース、マンニトール、またはラクトース等の充填剤、コーンスターチ、ゼラチン、アルギン酸等の膨化剤、澱粉、ポリビニルポリピロリドン、澱粉誘導体、またはナトリウム澱粉グリコラート等の崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム等の滑沢剤、ラウリル硫酸ナトリウム等の湿潤剤、ショ糖、乳糖またはサッカリン等の甘味剤、ペパーミント、アカモノ油またはチェリー等の香味剤等が用いられる。また、錠剤は必要に応じて腸溶性コーティング剤等を用いてコーティングを施すこともできる。カプセルについては、前記の添加剤にさらに油脂のような液状担体を含有することができる。
【0056】
また例えば、注射剤として用いる無菌医薬品組成物は、注射用水のようなベヒクル中の活性物質、胡麻油、椰子油等の天然産出植物油等を溶解または懸濁させるなどの通常の製剤実施に従って処方することができる。注射用の水性液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液(D−ソルビトール、D−マンニトール、塩化ナトリウム等)等が用いられ、適当な溶解補助剤、例えば、アルコール(エタノール等)、ポリアルコール(プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等)、非イオン性界面活性剤(ポリソルベート80TM、HCO−50等)等と併用することができる。油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油等が用いられ、溶解補助剤である安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等と併用することができる。また、上記の医薬品組成物には、例えば、緩衝剤(リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液等)、無痛化剤(塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカイン等)、安定剤(ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコール等)、保存剤(ベンジルアルコール、フェノール等)、および酸化防止剤等を配合してもよい。かくして調製される注射用の水性液は、通常、該物質を上記のような媒体に溶解させて濾過滅菌してから、適当な滅菌済みバイアルまたはアンプルに充填して製造される。安定性を高めるために、該医薬品組成物を凍結させた後にバイアル中の水を真空下で除去してもよい。油性液についても水性液の場合と実質的に同様に製造できるが、該化合物を上記媒体に懸濁させた後にエチレンオキシド等により滅菌することによって好適に製造できる。
【0057】
かくして得られる医薬品組成物は安全で低毒性であるので、例えば、ヒトや、ヒト以外の動物に対して前記の疾患等の予防または治療薬として投与することができる。該組成物に含まれる前記化合物の投与量は、対象疾患、症状、対象臓器、投与対象、投与方法等により適宜決定して用いることができる。また、一日の投与量を一〜数回に分けて投与するのが望ましい。
【0058】
(11)本発明の非ヒト動物のその他の利用
本発明の非ヒト動物は、vesl-1S/1M遺伝子発現量が野生型に比べて消失または低下していることから、Vesl-1S/1M蛋白質により生体に生じる種々の生物活性が欠失しており、Vesl-1S/1M蛋白質が有する種々の機能の解析等に用いることができる。
例えば、Vesl-1S/1M蛋白質が脳神経系において重要な働きを有することから、該動物から得られた脳スライス標本や培養脳神経系細胞は、脳神経系機能の解析に用いることができる。
【0059】
(12)特定のスプライシングアイソフォームに特異的なノックアウト非ヒト動物の作製
スプライシングアイソフォーム間で共有のエキソンの中に選択的5’スプライシングドナーサイトを有する遺伝子の場合、前記(2)〜(6)に記載の方法に準じ、選択的5’スプライシングドナーサイトを有するエキソンにおいて、該エキソンの選択的5’スプライシングドナーサイトより下流の特異的なエキソン領域を欠失させ、選択的5’スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームが正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソンを含むDNAを欠失させたエキソン領域に導入することにより、選択的5’スプライシングを受けないスプライシングアイソフォームに特異的なノックアウト非ヒト動物を作製できる。例えば、このような遺伝子として、NF-ATc(Immunity, 10, 261-269,1999)が挙げられ、NF-ATc/Aに特異的なノックアウト非ヒト動物を作製できる。
また、スプライシングアイソフォーム間で共有のエキソンの中に選択的3’スプライシングアクセプターサイトを有する遺伝子の場合、前記(2)〜(6)に記載の方法に準じ、選択的3’スプライシングアクセプターサイトを有するエキソンにおいて、該エキソンの3’スプライシングアクセプターサイトより上流の特異的なエキソン領域を欠失させ、選択的3’スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームが正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソンを含むDNAを欠失させたエキソン領域に導入することにより、選択的3’スプライシングを受けないスプライシングアイソフォームに特異的なノックアウト非ヒト動物を作製できる。例えば、このような遺伝子として、transformer (tra)(Cell, 58, 449-459,1989)が挙げられ、transformer (non-sex-specific product)に特異的なノックアウト非ヒト動物を作製できる。
【実施例】
【0060】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例より何ら限定されるものではない。
実施例1:Vesl-1S/1M欠損マウスの作製
Vesl-1S/1M蛋白質の欠損が神経可塑性に及ぼす影響を解析するため、vesl-1S/1M 遺伝子欠損マウスを作製した。vesl-1遺伝子の3つのスプライシングアイソフォームであるvesl-1S(配列番号9), vesl-1M(配列番号10), vesl-1L(配列番号11)のうち、vesl-1Sに特異的な配列はC末端に相当する33塩基 (11アミノ酸:配列番号9の塩基番号526〜558、配列番号12のアミノ酸番号176〜186) のみである(図3)。この領域のみの欠損では、11アミノ酸は欠損しているが残りの175アミノ酸からなる不完全なVesl-1S蛋白質が合成されることが懸念された。不完全なVesl-1S蛋白質には、mGluRやリアノジン受容体などのVesl-1S結合蛋白質との結合領域が残っているために、C末の11アミノ酸のみの欠損ではVesl-1S蛋白質の機能を消失させることができないことが危惧された。そこで11アミノ酸を欠失させ、さらにその場所にvesl-1L cDNAのC末端(第7〜11エキソン)に相当するcDNA(配列番号11の塩基番号528〜1101)を、図4に示すターゲッティングベクターを用いてノックインした(図4)。ターゲッティングベクターは、ジフテリアトキシン遺伝子、vesl-1遺伝子の第4イントロンの3'側の1.5kb、第5エキソンのスプライシングドナーサイトの上流領域、第7〜11エキソンに相当するcDNA、ウシ成長ホルモン遺伝子のポリAシグナル領域、ネオマイシン耐性遺伝子、vesl-1遺伝子の第5イントロンの5'側11kbからなる。これによりvesl-1S mRNAは合成されず、代わりにノックインされたvesl-1L mRNAが発現することを期待した。内因性のvesl-1L遺伝子やvesl-1M遺伝子はスプライシングドナーサイトを壊してスプライシングが阻害されるためにmRNAとして発現しないことを期待した。
【0061】
ターゲティングコンストラクトに用いたマウスの系統は129sv、ES細胞はC57BL/6Jである。
得られたホモマウスがvesl-1S/1M遺伝子を欠損していることを、脳から調製したゲノムDNAを用いたサザンブロット解析により確認した(図5)。また、ホモマウスはvesl-1S/1M遺伝子とVesl-1S/1M蛋白質を発現していないことを、脳から調製したRNAを用いたノザンブロット法と、脳の抽出液を用いたウエスタンブロット法により確認した。
【0062】
ホモマウスで発現するVesl-1L蛋白質が、野生型マウス (WT) で発現する内因性Vesl-1L蛋白質と比較して、発現量、発現分布、神経活動依存的発現の特性の点で一致しているかどうかについて検討した。神経活動依存的発現の検討には、電気刺激により痙攣を誘発したマウスを用いた。脳海馬および大脳皮質の抽出液を用いたウエスタンブロット法(図6)と、脳の切片を用いた免疫組織化学法により、ホモマウスのVesl-1L蛋白質はWTのVesl-1L蛋白質と比較して、海馬と大脳皮質における発現量に有意差がないこと、脳で同一の発現分布を示すこと、そしてホモマウスのVesl-1L蛋白質もWTのVesl-1L蛋白質と同様に神経活動により発現変動をしないことを確認した。
【0063】
以上の結果より、作出されたホモマウスはVesl-1S/1M特異的欠損マウス(KO)であると判断した。
KOは正常に生育し、身体的特徴 (姿、歩行、毛並み) に異常は見あたらなかった。
行動実験を行うための全世界的なガイドラインに従い、遺伝的背景をC57BL/6Jに戻し交配をした。以下に述べる行動学的検討は6−9回の戻し交配をしたマウスを使用した。複数匹を一つのケージで飼育した場合、ケージ内での闘争行動の頻度や勝敗が恐怖等の情動性に与える影響が大きいと考え、離乳後は1匹1ケージで飼育した。
【0064】
実施例2:恐怖条件付けテスト (contextual fear conditioning test)
記憶形成におけるVesl-1S/1M蛋白質の役割を知る目的で、KOに恐怖条件付け課題を課して、恐怖の学習・記憶の特性を検討した。
恐怖記憶の形成は動物の本能的な能力であり、下等動物から高等動物に至るまでの生物に備わっている。このため、恐怖条件付けは記憶形成機構を明らかにするための最適なモデルと考えられている。電線を床に敷いた17×17.5×30 cmのチャンバーにマウスを入れ、床から電気ショックを与える。マウスは体験した恐怖と恐怖を覚えた状況を関連づけて学習し、恐怖記憶を形成する(以下、このチャンバー内での電気ショックによる学習を「学習セッション」と称することがある)。マウスは再度チャンバーに入れられると、電気刺激が来なくてもチャンバーから恐怖記憶を想起し、すくみ反応(呼吸以外のすべての運動の消失)や心拍数増加などの恐怖反応を表出する。すくみ反応を示す時間の割合を自動計測システムにより計測し、恐怖記憶形成の指標とした。
【0065】
実施例3:恐怖学習テスト
Vesl-1S/1M蛋白質が恐怖学習に必要であるか否かを検討した。図7は黒が野生型(WT)マウス、灰色および斜線がKO、横軸はタイムコース (分) 、縦軸はすくみ反応時間の割合を示している。KOではWTと比較して電気ショックを与えられている間のすくみ反応時間の割合の増加が遅延するが(左図)、5回の電気ショックの直後には両群のすくみ反応時間の割合(すくみ反応時間/観察時間)に有意差がなかった(右図)。これは、KOは学習が遅いが最終的には学習できることを意味している。
【0066】
実施例4:恐怖記憶の保持テスト
Vesl-1S/1M蛋白質が恐怖記憶の保持に必要であるか否かを検討した(図8)。黒がWT、斜線がKO、縦軸はすくみ反応時間の割合を示している。学習セッションの14日後に動物をチャンバーに戻し電気ショックなしでテストをしたところ、KOとWTのすくみ反応時間の割合に有意差がなかった (t-test, p<0.97)。別群の動物を用いて32日後(Day 33)にテストをしたところ、KOはWTよりもすくみ反応の割合が有意に低下しており遠隔記憶の保持に異常を示した (t-test, p<0.01)(図8)。これらの結果は、KOでは学習後14日以降32日までの間の記憶(遠隔記憶)形成過程に異常が起こっていることを示している。この時期は、海馬から大脳皮質へと記憶が移動することにより、2−3週間程度持続する記憶が一生保持される遠隔記憶に変換される時期である。以上の結果から、Vesl-1S/1M蛋白質は記憶を一生持続する強固なものに変換する過程で必要不可欠な働きをしていることが明らかとなった。
【0067】
実施例5:恐怖記憶の再固定化テスト
一旦強固に形成されていた恐怖記憶も、想起している時に扁桃体の蛋白質合成が阻害されると消去されてしまう。これは、恐怖記憶は想起に伴い不安定な状態になり、再貯蔵されるためには最初の記憶固定化と同じく新規の蛋白質合成が必要であることを意味している。このプロセスは「再固定化」と呼んでいる。恐怖記憶は想起された後に不安定な状態となり、その後、再固定化のプロセスを経てさらに強固な記憶になる。再固定化の阻害は、トラウマやPTSD の治療において、恐怖記憶を人為的に軽減させる方法につながる可能性があり注目されている。
【0068】
Vesl-1S/1M蛋白質が記憶の再固定化に必要であるか否かを検討した。学習セッションの2日後 (Day 3) に動物をチャンバーに6分間入れることにより恐怖記憶を想起させた。その後ホームケージに戻したあと、Day 15でふたたび動物をチャンバーに入れてテストした。図9の黒がWT、斜線がKO、縦軸はすくみ反応時間の割合を示している。Day 15 でKOはWTに比べて有意に低いすくみ反応を示した(t-test. p<0.001)(左図)。別群に対し、Day3で想起させずにDay 15でテストするとKOはWTと同程度にすくみ反応を示した(t-test. p<0.97)(右図)。従って、KOでは想起に続く恐怖記憶の再固定化が阻害されることがわかった。
【0069】
実施例6:恐怖記憶の再固定化と消去テスト
図10の実験ではDay 2(学習セッションの1日後)で1分間想起させ、Day 3(学習セッションの2日後)にテストした(右図)。コントロール群は想起させずにDay 3 にテストを行った(左図)。黒がWT、灰色がKO、横軸はタイムコース (分)、縦軸はすくみ反応時間の割合を示した。想起させた群のKOでは初めの2分間はWTと同程度のすくみ反応を呈したが、3分後から6分後まではWTよりも有意に低いすくみ反応を示した (右図)。コントロール群ではWTもKOも共に6分間のすくみ反応は同じように遷移した(左図)。この結果も、KOでは想起により恐怖記憶が低下することを示している。
以上の結果は、Vesl-1S/1M蛋白質は恐怖記憶の再固定化に関与していることを示している。さらに、Vesl-1S/1M蛋白質がセッション内消去に関与している可能性を示している。
【0070】
実施例7:神経細胞の過興奮テスト
WTとKO の耳介にクリップ型電極を挟み、電気刺激を与えることによりmaximum electro-convulsive seizure (MECS) を誘発した。電気刺激は、パルス幅0.5ミリ秒、60 mAの電気パルスを100ヘルツで0.1秒間与えた。四肢硬直から回復した後も、間欠的に、「四肢の静止」、と、「立ち上がり、毛づくろい、歩行」を繰り返す。この行動を観察することにより痙攣に対するVesl-1S/1M蛋白質の関与を検討した。
【0071】
図11は個体ごとのデータである。横軸はMECS刺激後の時間 (分)を示す。縦軸の0は「四肢の静止」を、1は「立ち上がり、毛づくろい、歩行、といった非静止状態」を示す。WTはMECS刺激後5 - 15分程度は動くが、その後60分後まではほとんど静止していた。KOではMECS刺激後20分前後までよく動いた。動いている時間もWTよりも長かった。
【0072】
MECSを誘発する電気刺激直後、WTよりもKOマウスの方が即死する確率がかった。また、興奮性神経伝達物質受容体のアゴニストであるカイニン酸を腹腔内に投与することにより痙攣を誘発した際も、KOはWTよりも即死する確率が高かった。
従って、KOは痙攣に対して脆弱であること、および、痙攣が起こった後は痙攣からの回復メカニズムがWTよりも強く働くことが示唆される。
【0073】
実施例8:Rota-rodテスト
Rota-rodテストは、運動学習能力を測定する方法である。300秒間で3 rpmから30 rpmへと徐々に回転が加速する直径 3 cmの棒の上にマウスを乗せ、何秒後に落下するかを測定するテストである(図12上)。野生型マウスでは、初めのトライアルのうちは棒の回転速度が遅くても前肢と後肢が協調的に動かないために棒から落下する。トライアルを重ねるにつれて、前肢と後肢の協調運動を学習するために回転速度が速くなってもなかなか落下しなくなる。このテストでは基礎運動能力や運動学習能力を検定することができる。
【0074】
KOの基礎運動能力と運動学習能力をRota-rodテストで検討した。KOは初めの1回目と2回目のトライアルではWTと有意差がなかった。その後トライアルを重ねるとWTは落下までの時間が長くなったのに対し、KOは落下までの時間は初めのトライアルとほとんど変わらなかった (図12下)。これはKOでは基礎運動能力に異常はないが運動学習能力に欠陥があることを示唆している。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】選択的5’スプライシングおよび選択的3’スプライシングを示す模式図である。AおよびBの黒色の部分が特異的なエキソン領域にそれぞれ該当する。
【図2】vesl-1の選択的5’スプライシングを示す模式図である。vesl-1Sの四角枠は第5エキソンを表し斜線の部分が特異的なエキソン領域に該当する。vesl-1Mの左の四角枠が第5エキソン、右の四角枠が第6エキソン、vesl-1Lの左の四角枠が第5エキソン、右の四角枠が第7エキソンを表す。第1〜4エキソン、第8〜11エキソンは省略している。
【図3】Vesl-1ファミリーの蛋白質構造を比較した模式図である。
【図4】本発明vesl-1S/1M KOマウスを作製するためのターゲティングベクターを示す模式図である。DT-Aはジフテリアトキシン遺伝子を、E5は第5エキソンを、E7-E11は第7〜11エキソンに相当するcDNAを、pA signalはウシ成長ホルモンのポリAシグナル領域を、promoter-neor-pAはネオマイシン耐性遺伝子を、それぞれ示す。
【図5】本発明vesl-1S/1M KOマウスのサザンブロット解析の結果を示す図である。Mはサイズマーカーを表す。また+/+は野生型マウス、+/−はヘテロ型マウス、−/−はホモ型マウスを表す。
【図6】本発明vesl-1S/1M KOマウスと野生型マウスが発現するVesl-1L蛋白質発現量をウエスタンブロット法で比較した結果を示す図である。+/+は野生型マウス、−/−はホモ型マウスを表す。Mはサイズマーカーを、r-1Lは対照の組換え体Vesl-1L蛋白質を表す。
【図7】本発明vesl-1S/1M KOマウスについて行った恐怖条件付け課題の恐怖の獲得を示すグラフである。左図中の矢印は、電気ショックを与えた時期を表わす。また、右図は、5回の電気ショックの直後の3分間のすくみ反応時間の割合を示す。
【図8】本発明vesl-1S/1M KOマウスについて行った恐怖条件付け課題の遠隔記憶の保持を示すグラフである。左図は、学習セッション(5回の電気ショック)の直後の3分間のすくみ反応時間の割合を示す。右図は、学習セッションから32日後の3分間のすくみ反応時間の割合を示す。
【図9】本発明vesl-1S/1M KOマウスについて行った恐怖条件付け課題の恐怖記憶の再固定化を示すグラフである。
【図10】本発明vesl-1S/1M KOマウスについて行った恐怖条件付け課題の恐怖記憶の再固定およびセッション内消去を示すグラフである。
【図11】本発明vesl-1S/1M KOマウスについて行った電気刺激により痙攣を誘発した直後から1時間後までの行動を観察した結果である。
【図12】本発明vesl-1S/1M KOマウスについて行ったrota-rodテストの結果を示すグラフである。丸はWT、四角はKOの結果を表わす。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
vesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失もしくは低下している非ヒト動物、またはその子孫。
【請求項2】
vesl-1S/1M遺伝子の発現量の消失が、相同染色体上の2つのvesl-1遺伝子座においてvesl-1S/1M遺伝子が破壊されていることによるものである請求項1に記載の動物。
【請求項3】
vesl-1S/1M遺伝子の発現量の低下が、相同染色体上の1つのvesl-1遺伝子座においてvesl-1S/1M遺伝子が破壊されていることによるものである請求項1に記載の動物。
【請求項4】
vesl-1S/1M遺伝子の破壊が、vesl-1S遺伝子に特異的なエキソン領域の欠失およびvesl-1M遺伝子に特異的なエキソンへのスプライシング阻害により生じている請求項2または3に記載の動物。
【請求項5】
前記動物が少なくとも記憶保持の異常、記憶再固定化の異常、運動学習能力の低下、または痙攣回復力の上昇のいずれかの表現型を有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の動物。
【請求項6】
前記動物が齧歯類動物である請求項1〜5のいずれかに記載の動物。
【請求項7】
前記齧歯類動物がマウスである請求項6に記載の動物。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の動物または該動物から得られる生体試料に被検物質を添加し、該動物または生体試料に対し被検物質が与える影響を検出することを特徴とするVesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患の治療および/または予防薬のスクリーニング方法。
【請求項9】
Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患が薬物依存症、精神疾患または神経変性疾患である請求項8に記載の方法。
【請求項10】
薬物依存症が、コカインまたはLSDによるものである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
精神疾患が、統合失調症である、請求項9に記載の方法。
【請求項12】
神経変性疾患が、アルツハイマー病である、請求項9に記載の方法。
【請求項13】
選択的5’スプライシングドナーサイトで選択的スプライシングを受けないスプライシングアイソフォームの発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物を作製する方法であって、以下の工程を含むことを特徴とする方法;
(1)選択的5’スプライシングドナーサイトを有するエキソンにおいて、選択的5’スプライシングドナーサイトより下流の特異的なエキソン領域を欠失させる工程、
(2)選択的5’スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームが正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソンを含むDNAを(1)で欠失させたエキソン領域に導入する工程。
【請求項14】
選択的3’スプライシングアクセプターサイトで選択的スプライシングを受けないスプライシングアイソフォームの発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物を作製する方法であって、以下の工程を含むことを特徴とする方法;
(1)選択的3’スプライシングアクセプターサイトを有するエキソンにおいて、選択的3’スプライシングアクセプターサイトより上流の特異的なエキソン領域を欠失させる工程、
(2)選択的3’スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームが正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソンを含むDNAを(1)で欠失させたエキソン領域に導入する工程。
【請求項15】
選択的5’スプライシングドナーサイトで選択的スプライシングを受けないスプライシングアイソフォームがvesl-1Sで、選択的5’スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームがvesl-1Lである、請求項13に記載の方法。
【請求項1】
vesl-1S/1M遺伝子の発現量が野生型に比べて消失もしくは低下している非ヒト動物、またはその子孫。
【請求項2】
vesl-1S/1M遺伝子の発現量の消失が、相同染色体上の2つのvesl-1遺伝子座においてvesl-1S/1M遺伝子が破壊されていることによるものである請求項1に記載の動物。
【請求項3】
vesl-1S/1M遺伝子の発現量の低下が、相同染色体上の1つのvesl-1遺伝子座においてvesl-1S/1M遺伝子が破壊されていることによるものである請求項1に記載の動物。
【請求項4】
vesl-1S/1M遺伝子の破壊が、vesl-1S遺伝子に特異的なエキソン領域の欠失およびvesl-1M遺伝子に特異的なエキソンへのスプライシング阻害により生じている請求項2または3に記載の動物。
【請求項5】
前記動物が少なくとも記憶保持の異常、記憶再固定化の異常、運動学習能力の低下、または痙攣回復力の上昇のいずれかの表現型を有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の動物。
【請求項6】
前記動物が齧歯類動物である請求項1〜5のいずれかに記載の動物。
【請求項7】
前記齧歯類動物がマウスである請求項6に記載の動物。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の動物または該動物から得られる生体試料に被検物質を添加し、該動物または生体試料に対し被検物質が与える影響を検出することを特徴とするVesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患の治療および/または予防薬のスクリーニング方法。
【請求項9】
Vesl-1S蛋白質および/またはVesl-1M蛋白質が関与する疾患が薬物依存症、精神疾患または神経変性疾患である請求項8に記載の方法。
【請求項10】
薬物依存症が、コカインまたはLSDによるものである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
精神疾患が、統合失調症である、請求項9に記載の方法。
【請求項12】
神経変性疾患が、アルツハイマー病である、請求項9に記載の方法。
【請求項13】
選択的5’スプライシングドナーサイトで選択的スプライシングを受けないスプライシングアイソフォームの発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物を作製する方法であって、以下の工程を含むことを特徴とする方法;
(1)選択的5’スプライシングドナーサイトを有するエキソンにおいて、選択的5’スプライシングドナーサイトより下流の特異的なエキソン領域を欠失させる工程、
(2)選択的5’スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームが正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソンを含むDNAを(1)で欠失させたエキソン領域に導入する工程。
【請求項14】
選択的3’スプライシングアクセプターサイトで選択的スプライシングを受けないスプライシングアイソフォームの発現量が野生型に比べて消失または低下している非ヒト動物を作製する方法であって、以下の工程を含むことを特徴とする方法;
(1)選択的3’スプライシングアクセプターサイトを有するエキソンにおいて、選択的3’スプライシングアクセプターサイトより上流の特異的なエキソン領域を欠失させる工程、
(2)選択的3’スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームが正常に翻訳されるために必要なすべてのエキソンを含むDNAを(1)で欠失させたエキソン領域に導入する工程。
【請求項15】
選択的5’スプライシングドナーサイトで選択的スプライシングを受けないスプライシングアイソフォームがvesl-1Sで、選択的5’スプライシングを受けるスプライシングアイソフォームがvesl-1Lである、請求項13に記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図5】
【図6】
【図2】
【図3】
【図4】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図5】
【図6】
【公開番号】特開2007−28(P2007−28A)
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−181209(P2005−181209)
【出願日】平成17年6月21日(2005.6.21)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成16年度、文部科学省科学技術・学術政策局、科学技術総合研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年6月21日(2005.6.21)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成16年度、文部科学省科学技術・学術政策局、科学技術総合研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】
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