説明

時計用部品および時計

【課題】耐摩耗性および耐久性を向上させるとともに、摩擦損失を抑制すること。
【解決手段】互いに摺動自在に組み合わされる第1部品132および第2部品を有する時計用部品であって、第1部品132および第2部品は、金属またはセラミックスで形成され、第1部品132および第2部品のうちの少なくとも一方の摺動面132bは、二硫化モリブデン膜133で被膜されている時計用部品を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時計用部品およびこれを備えた時計に関するものである。
【背景技術】
【0002】
機械式時計に代表される時計には、時計用歯車に代表される数多くの時計用部品が用いられている。これら時計用部品は、用途に応じて様々な形状とされ、複雑に組み合わされて動力を伝達している。
ところで、これら時計用部品の多くは互いに摺動自在に組み合わされており、動力伝達時に摺動によって摩耗し易い。例えば、時計用歯車の軸部と軸受部とで構成される軸受装置においては、軸部と軸受部とが互いに摺動し合うので摩耗し易い。
したがって、時計用部品には、耐摩耗性を向上させ、耐久性を向上させることが望まれている。
【0003】
そこで、このようなニーズに応えるための時計用部品の1つとして、例えば下記特許文献1に示されるような、軸受部の軸受面または軸部の表面の一方にDLC膜(非晶質炭素膜)が形成され、このDLC膜上、またはDLC膜が形成されていない他方の少なくともいずれか一方に固体潤滑被膜が形成された軸受装置が知られている。
この軸受装置によれば、DLC膜が形成された軸受部の軸受面または軸部の表面の一方が保護されて摩擦により傷ついてしまうことがなく、軸受装置の耐摩耗性および耐久性を向上させることが可能で、かつ固体潤滑被膜により耐摩耗性をさらに向上させつつ摩擦損失を低減することができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4257062号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、DLC膜は以下の特性を有している。
即ち、DLC膜は、高圧摺動環境下(摺動荷重が1N以上)では低摩擦特性を発揮する反面、時計用部品の作動環境である低荷重摺動環境下(摺動荷重が1Nより小さい)では、摩擦係数が高くなってしまう傾向がある。そのため、DLC膜が固定潤滑被膜によって被膜されずに露出している場合、互いに摺動し合う軸部および軸受部間の摩擦損失が増加してしまい、軸受装置としての製品機構の低下に繋がる問題があった。
特にDLC膜は、低荷重摺動環境下で使用される場合、動摩擦係数だけでなく静摩擦係数も高くなる傾向がある。そのため、間欠運動する時計に組み込まれる軸受装置では、軸部と軸受部とが互いに間欠的に摺動を開始する摺動始動時に、どうしても摩擦損失が高くなり易かった。
【0006】
また、DLC膜は不活性物質(反応性に乏しい物質)であることから、固体潤滑被膜との密着性が悪い。そのため、DLC膜上に固体潤滑被膜が形成されていている場合、繰り返し摺動によってDLC膜と固体潤滑被膜とが層間剥離し易かった。したがって、固体潤滑被膜による耐摩耗性改善の効果を発揮させることが難しい場合があった。
更に、層間剥離した結果、DLC膜上から固体潤滑被膜が除去されてDLC膜が露出する可能性も考えられる。この場合には、固体潤滑被膜による耐摩耗性および摩擦損失の効果が得られない上、前述したDLC膜が露出している場合と同様の問題が生じてしまうものであった。
【0007】
本発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、耐摩耗性および耐久性を向上させるとともに、摩擦損失を抑えることができる時計用部品およびこれを備えた時計を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、本発明は以下の手段を提案している。
本発明に係る時計用部品は、互いに摺動自在に組み合わされる第1部品および第2部品を有する時計用部品であって、前記第1部品および前記第2部品は、金属またはセラミックスで形成され、前記第1部品および前記第2部品のうちの少なくとも一方の摺動面は、二硫化モリブデン膜で被膜されていることを特徴とする。
【0009】
この発明においては、第1部品および第2部品のうちの少なくとも一方の摺動面が、二硫化モリブデン膜で被膜されている。よって、両部品の摺動面は互いに直接接触することがなく、二硫化モリブデン膜を介して接触する。ここで、二硫化モリブデン膜は、DLC膜とは異なり、例えば摺動荷重が1Nよりも小さい低荷重摺動環境下であっても、静摩擦係数および動摩擦係数がともに小さく、さらに両摩擦係数間の差が小さい。したがって、第1部品と第2部品とが互いに摺動を開始する摺動始動時、および両部品の摺動時ともに滑りが良く、摩擦損失の増加を抑制することができる。
【0010】
また、仮に両部品の摺動面のうち、一方の摺動面にのみ二硫化モリブデン膜が被膜されていても、この二硫化モリブデン膜は、前述したように静摩擦係数および動摩擦係数がともに小さいので、二硫化モリブデン膜で被膜されていない相手側の摺動面が摩耗しにくい。さらに、二硫化モリブデン膜は、膜自体に高い耐摩耗性を具備しているので、二硫化モリブデン膜自体に関しても摩耗しにくい。
以上のように、摺動面およびに二硫化モリブデン膜がいずれも摩耗しにくいので、時計用部品の耐摩耗性および耐久性を向上させることができる。
【0011】
また、第1部品および第2部品は、金属またはセラミックスで形成されている。ここで、二酸化モリブデン膜は、金属およびセラミックスに対して密着性に優れるという特性を有している。したがって、両部品が繰り返し摺動したとしても、摺動面から二硫化モリブデン膜が剥離しにくい。よって、前述の作用効果を確実に奏功させることができるとともに、剥離に起因する摩耗の発生も抑制することができる。
【0012】
また、前記第1部品および前記第2部品それぞれの摺動面のうち、少なくとも前記二硫化モリブデン膜が被膜された摺動面の表面粗さは、算術平均粗さRaで0.5μm以下でも良い。
【0013】
この場合、摺動面の表面粗さ(JIS−B0601:2001規定)が、算術平均粗さ
Raで0.5μm以下なので、二硫化モリブデン膜の密着性をより高めることができ、膜剥れを効果的に抑えることができる。すなわち、仮に表面粗さが算術平均粗さRaで0.5μmより大きい場合、表面凸部が際立ってしまいやすい。そのため、第1部品と第2部品とが互いに摺動するときに、表面凸部に応力が集中し易く、この表面凸部を起点として二硫化モリブデン膜が摺動面から剥離しやすくなってしまう。
【0014】
また、前記二硫化モリブデン膜の膜厚は、0.5μm以上2.0μm以下でも良い。
【0015】
この場合、二硫化モリブデン膜の膜厚が、0.5μm以上2.0μm以下なので、前述の作用効果を効果的に奏功させることができる。
すなわち、二硫化モリブデン膜の膜厚が、2.0μmよりも大きい場合、二硫化モリブ
デン膜が具備する収縮しようとする力が強くなりすぎて自己崩壊を起こす可能性があり、二硫化モリブデン膜が摺動面から剥離するおそれがある。一方、二硫化モリブデン膜の膜厚が、0.5μmよりも小さい場合、膜厚が小さすぎることから前述の作用効果を効果的に奏功させることができないおそれがある。
【0016】
また、本発明に係る時計は、前記本発明に係る時計用部品を備えていることを特徴とする。
【0017】
この発明によれば、耐摩耗性および耐久性が向上し、摩擦損失が抑えられた時計用部品を備えているので、長期間に亘って正確な時を刻むことができ、作動の信頼性が高い高品質な時計とすることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る時計用部品によれば、耐摩耗性および耐久性を向上させるとともに、摩擦損失を抑制することができる。
また、本発明に時計によれば、上述した時計用歯車を備えているので、長期間に亘って正確な時を刻むことができ、作動の信頼性が高い高品質な時計とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施形態に係る機械式時計におけるムーブメント表側の平面図(一部の部品を省略し、受部材は仮想線で示している)である。
【図2】図1に示すムーブメントの香箱車からがんぎ車の部分を図示する概略部分断面図である。
【図3】図1に示すムーブメントのがんぎ車からてんぷの部分を図示する概略部分断面図である。
【図4】図1に示すムーブメントを構成するがんぎ車およびアンクルの平面図である。
【図5】図4に示すがんぎ車の歯部を拡大した斜視図である。
【図6】図1に示すムーブメントのがんぎ車の上軸部を有する軸受装置を図示する断面図である。
【図7】本発明の他の実施形態に係る自動巻き式時計におけるムーブメント表側の平面図である。
【図8】図7に示すムーブメントの香箱車からボールベアリングの部分を図示する概略部分断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照し、本発明の一実施形態に係る機械式時計(時計)を説明する。なお本実施形態では、時計用部品の一例として、脱進・調整機構を例に挙げて説明する。
図1に示すように、機械式時計1は、ムーブメント100を備えている。このムーブメント100は、該ムーブメント100の基板を構成する地板102と、地板102の巻真案内穴102aに組み込まれた巻真110と、該ムーブメント100の表側に組み込まれた表輪列106と、巻真110から表輪列106に回転力を伝達する伝達装置107と、表輪列106の回転を制御する脱進・調速装置(時計用部品)108と、を備えている。
【0021】
なお図2に示すように、地板102には、文字板104が取り付けられている。以下では、地板102の両側のうち、文字板104が配される側をムーブメント100の裏側と称し、文字板104が配される側の反対側をムーブメント100の表側と称する。
【0022】
図1に示すように、巻真110の軸線方向の位置は、おしどり190、かんぬき192、かんぬきばね194、裏押さえ196を含む切換装置109により決められている。
伝達装置107は、巻真110の案内軸部に回転可能に設けられたきち車112と、きち車112の回転により回転する丸穴車114と、丸穴車114の回転により回転する角穴車116と、を備えている。
この伝達装置107では、巻真110が軸線方向に沿ってムーブメント100の内側に一番近い方の第1の巻真位置(0段目)にある状態で該巻真110を回転させると、巻真110に設けられた図示しないつづみ車の回転を介してきち車112、丸穴車114および角穴車116が回転するようになっている。
【0023】
図2に示すように、表輪列106は、角穴車116が回転することにより巻き上げられるぜんまい122を収容する香箱車120と、香箱車120の回転により回転する二番車124と、二番車124の回転により回転する三番車126と、三番車126の回転により回転する四番車128と、を備えている。
香箱車120は、香箱歯車120dと、香箱真120fと、ぜんまい122とを備えている。香箱真120fは、上軸部120aと、下軸部120bとを備えている。香箱真120fは、炭素鋼等の金属で形成されている。香箱歯車120dは、黄銅等の金属で形成されている。
【0024】
二番車124は、上軸部124aと、下軸部124bと、かな部124cと、歯車部124dと、そろばん玉部124hとを備えている。二番車124のかな部124cは、香箱歯車120dと噛み合うように構成されている。上軸部124a、下軸部124bおよびそろばん玉部124hは、炭素鋼等の金属で形成されている。歯車部124dは、ニッケル等の金属で形成されている。
【0025】
三番車126は、上軸部126aと、下軸部126bと、かな部126cと、歯車部126dとを備えている。三番車126のかな部126cは、歯車部124dと噛み合うように構成されている。
四番車128は、上軸部128aと、下軸部128bと、かな部128cと、歯車部128dとを備えている。四番車128のかな部128cは、歯車部126dと噛み合うように構成されている。上軸部128aおよび下軸部128bは、炭素鋼等の金属で形成されている。歯車部128dは、ニッケル等の金属で形成されている。
【0026】
これら表輪列106を構成する各歯車120、124、126、128はそれぞれ回転可能に支持されている。
詳細には、香箱車120は、地板102および香箱受160に対して回転可能に支持されている。即ち、香箱真120fの上軸部120aは、香箱受160に形成された軸受部120iにより回転可能に支持されている。香箱真120fの下軸部120bは、地板102形成された軸受部120jにより回転可能に支持されている。
【0027】
また、二番車124、三番車126および四番車128は、地板102および輪列受162に対してそれぞれ回転可能に支持されている。即ち、二番車124の上軸部124a、三番車126の上軸部126a、四番車128の上軸部128aはそれぞれ、輪列受162に形成された軸受部124i、126i、128iにより回転可能に支持されている。また、二番車124の下軸部124b、三番車126の下軸部126b、四番車128の下軸部128bはそれぞれ、地板102に形成された軸受部124j、126j、128jにより回転可能に支持されている。
【0028】
なお本実施形態のムーブメント100では、地板102におけるムーブメント100の反対側に突出する筒かな150が、二番車124の回転に基づいて回転するようになっている。そして、筒かな150に取り付けられた分針152が「分」を表示する。さらに筒かな150の回転に基づいて、図示しない日の裏車の回転を介して筒車154が回転する
。そして、筒車154に取り付けられた時針156が「時」を表示する。
【0029】
図3に示すように、脱進・調速装置108は、てんぷ140と、がんぎ車130と、アンクル142と、を備えている。
てんぷ140は、地板102およびてんぷ受166に対して回転可能に支持されており、てん真140aと、ひげぜんまい140cとを備えている。ひげぜんまい140cは、複数の巻き数をもったうずまき状(螺旋状)の薄板ばねである。ひげぜんまい140cの内端部は、てん真140aに固定されたひげ玉140dに固定され、ひげぜんまい140cの外端部は、てんぷ受166に固定されたひげ持受170に取り付けたひげ持170aに、ねじ締めにより固定されている。
【0030】
がんぎ車130は、がんぎ歯車部132と、がんぎ歯車部132に打ち込まれた軸部材131と、がんぎかな部130cと、を備えている。軸部材131は、上軸部130aと、下軸部130bと、を備えている。がんぎかな部130cは、上軸部130aの下方に設けられるとともに、四番車128の歯車部128dと噛み合うように構成されており、これによって四番車128の回転力を軸部材131に伝達してがんぎ車130を回転させる役割を果している。
【0031】
またがんぎ車130は、地板102および輪列受162に対してそれぞれ回転可能に支持されている。即ち、がんぎ車130の上軸部130aは、輪列受162に形成された軸受部130iにより回転可能に支持されている。がんぎ車130の下軸部130bは、地板102に形成された軸受部130jにより回転可能に支持されている。
【0032】
アンクル142は、アンクル体142dと、アンクル真142fとを備えている。アンクル真142fは、上軸部142aと、下軸部142bとを備えている。
またアンクル142は、地板102およびアンクル受164に対して回転可能に支持されている。即ち、アンクル142の上軸部142aは、アンクル受164に形成された軸受部142iにより回転可能に支持されている。アンクル142の下軸部142bは、地板102に形成された軸受部142jにより回転可能に支持されている。
【0033】
図4に示すように、これらのがんぎ車130およびアンクル142は、互いに摺動自在に組み合わされている。なお図4では、後述する二硫化モリブデン膜133の図示を省略している。
がんぎ車130のがんぎ歯車部132は、金属(例えば鉄鋼、銅合金、アルミニウム合金など)で形成されており、鉤型状に形成された複数の歯部132aを有している。また軸部材131は、がんぎ歯車部132の中心に設けられた図示しない保持孔内に打ち込まれることで取り付けられ、中心軸ががんぎ車130の中心軸と同一とされている。
【0034】
アンクル142のアンクル体142dは、3つのアンクルビーム143によって上面視T字状に形成されている。これら3つのアンクルビーム143のうち2つのアンクルビーム143の先端には、爪石144a、144bが設けられ、残り1つのアンクルビーム143先端には、アンクルハコ145が取り付けられている。
爪石144a、144bは、セラミックス(例えば人工ルビー(ファインセラミックス、アルミナセラミックス)等)で四角柱状に形成されており、接着剤等によりアンクルビーム143に接着固定されている。
【0035】
これらのがんぎ車130およびアンクル142においては、がんぎ歯車部132の歯部132aと爪石144a、144bとが互いに噛合している。そして、アンクル142がアンクル真142fを中心に回転する際に、爪石144aあるいは爪石144bの側面が、がんぎ車130の歯部132aの先端部の側面に摺接するようになっている。この際、
アンクルハコ145が取り付けられたアンクルビーム143が図示しないドテピンに接触し、アンクル142が同一方向に回転するのが規制される。その結果、がんぎ車130の回転が一時的に停止し、がんぎ歯車部132と爪石144a、144bとの摺動が間欠的に繰り返されるようになっている。
なお、がんぎ歯車部132および爪石144a、144b、およびその他互いに摺動し合う各種部品は、一般の時計用部品における低荷重摺動環境(摺動荷重が1Nよりも小さい)の荷重範囲を超える荷重環境下(例えば、摺動荷重が0.00001N以上10N以下)で適切に作動するように設計されている。
【0036】
ここで、前記脱進・調速装置108においては、がんぎ車130のがんぎ歯車部132およびアンクル142の爪石144a、144bがそれぞれ、本発明に係る時計用部品の第1部品および第2部品となっており、歯部132aの先端部の側面および爪石144a、144bの側面が、摺動面132b、144cとなっている。これらの摺動面132b、144cのJIS−B0601:2001規定による表面粗さは、算術平均粗さRaで
0.5μm以下となっている。
【0037】
そして図5に示すように、本実施形態では、がんぎ車130の摺動面132bは、二硫化モリブデン膜133で被膜されている。図示の例では、二硫化モリブデン膜133は、がんぎ歯車部132の表面に全面にわたって形成されており、その膜厚は、0.5μm以上2.0μm以下となっている。この二硫化モリブデン膜133は、例えばスパッタ法(イオンスパッタ法など)、CVD法、真空蒸着法等の各種方法によって被膜された膜である。
【0038】
以上説明したように、本実施形態に係る脱進・調速装置108によれば、がんぎ歯車部132の摺動面132bが、二硫化モリブデン膜133で被膜されている。よって、がんぎ歯車部132および爪石144a、144bの摺動面132b、144cは互いに直接接触することがなく、二硫化モリブデン膜133を介して接触する。ここで、二硫化モリブデン膜133は、DLC膜とは異なり、摺動荷重が1Nよりも小さい低荷重摺動環境下、および摺動荷重が1N以上の高圧摺動環境下のいずれであっても、静摩擦係数および動摩擦係数がともに小さく、さらに両摩擦係数間の差が小さい。したがって、がんぎ歯車部132と爪石144a、144bとが互いに摺動を開始する摺動始動時、および両部品の摺動時ともに滑りが良く、摩擦損失の増加を抑制することができる。
【0039】
また、本実施形態のように、がんぎ歯車部132および爪石144a、144bの摺動面132b、144cのうち、一方の摺動面132bにのみ二硫化モリブデン膜133が被膜されていても、この二硫化モリブデン膜133は、前述したように静摩擦係数および動摩擦係数がともに小さいので、二硫化モリブデン膜133で被膜されていない相手側の摺動面144cが摩耗しにくい。さらに、二硫化モリブデン膜133は、膜自体に高い耐摩耗性を具備しているので、二硫化モリブデン膜133自体に関しても摩耗しにくい。
以上のように、摺動面144cおよびに二硫化モリブデン膜133がいずれも摩耗しにくいので、脱進・調速装置108の耐摩耗性および耐久性を向上させることができる。
【0040】
また、がんぎ歯車部132および爪石144a、144bは、金属またはセラミックスで形成されている。ここで、二酸化モリブデン膜133は、金属およびセラミックスに対して密着性に優れるという特性を有している。したがって、がんぎ歯車部132および爪石144a、144bが繰り返し摺動したとしても、摺動面132b、144cから二硫化モリブデン膜133が剥離しにくい。よって、前述の作用効果を確実に奏功させることができるとともに、剥離に起因する摩耗の発生も抑制することができる。
【0041】
また、摺動面132bの表面粗さ(JIS−B0601:2001規定)が、算術平均
粗さRaで0.5μm以下なので、二硫化モリブデン膜133の密着性をより高めることができ、膜剥れを効果的に抑えることができる。すなわち、仮に表面粗さが算術平均粗さRaで0.5μmより大きい場合、表面凸部が際立ってしまいやすい。そのため、がんぎ歯車部132と爪石144a、144bとが互いに摺動するときに、表面凸部に応力が集中し易く、この表面凸部を起点として二硫化モリブデン膜133が摺動面132bから剥離しやすくなる。
なお本実施形態では、二硫化モリブデン膜133で被膜されていない爪石144a、144bの摺動面144cの表面粗さも、算術平均粗さRaで0.5μm以下なので、各摺動面132b、144cにおける摺動抵抗(摩擦係数)を低減することができる。
【0042】
また、二硫化モリブデン膜133の膜厚が、0.5μm以上2.0μm以下なので、前述の作用効果を効果的に奏功させることができる。
すなわち、二硫化モリブデン膜133の膜厚が、2.0μmよりも大きい場合、二硫化モリブデン膜133が具備する収縮しようとする力が強くなりすぎて自己崩壊を起こす可能性があり、二硫化モリブデン膜133が摺動面132bから剥離するおそれがある。一方、二硫化モリブデン膜133の膜厚が、0.5μmよりも小さい場合、膜厚が小さすぎることから前述の作用効果を効果的に奏功させることができないおそれがある。
【0043】
また、本実施形態に係る機械式時計1は、上述したがんぎ車130、即ち、耐摩耗性が高く、耐久性が向上し且つ摩擦損失が抑えられたがんぎ車130を備えているので、長期間に亘って正確な時を刻むことができ、作動の信頼性が高い高品質な時計とすることができる。
【0044】
なお、本発明の技術的範囲は前記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
例えば、前記実施形態では、二硫化モリブデン膜133が、がんぎ歯車部132の表面に全面にわたって形成されているものとしたが、摺動面132bに形成されていれば全面にわたって形成されていなくても良い。
【0045】
また前記実施形態では、がんぎ車130のがんぎ歯車部132が金属で形成され、アンクル142の爪石144a、144bがセラミックスで形成されたものとしたが、がんぎ歯車部132および爪石144a、144bそれぞれが金属もしくはセラミックスで形成されていれば良く、がんぎ歯車部132がセラミックスで形成されていたり、爪石144a、144bが金属で形成されていたりしても良い。
【0046】
また前記実施形態では、がんぎ車130およびアンクル142それぞれの摺動面132b、144cのうち、がんぎ車130の摺動面132bにのみ二硫化モリブデン膜133が被膜されているものとしたが、これに限られるものではなく、アンクル142の摺動面144cにのみ二硫化モリブデン膜133が被膜されていても良く、また、両摺動面132b、144cに二硫化モリブデン膜133が被膜されていても良い。
【0047】
また前記実施形態では、本発明に係る時計用部品として、第1部品としてのがんぎ歯車部132と第2部品としての爪石144a、144bとを有する脱進・調速装置108を採用した場合を例に挙げて説明したが、これに限定されるものではない。つまり、時計用部品として、互いに摺動自在に組み合わされる第1部品および第2部品を有する構成を採用すれば良い。特に、耐摩耗性が求められる時計用部品に好適に適用することができる。
【0048】
例えば図6に示すように、前述した機械式時計1において、地板102、香箱受160、輪列受162およびアンクル受164にそれぞれ形成された軸受部と、この軸受部により回転可能に支持された軸部と、を備える時計用の軸受装置(時計用部品)20に本発明
を適用することも可能である。図6に示す軸受装置20は、がんぎ車130の軸部材131の上軸部130aと、輪列受162に形成され該上軸部130aを回転可能に支持する軸受部130iと、で構成されている。
がんぎ車130の軸部材131および輪列受162は金属で形成されており、軸受部130iの軸受面(摺動面)130kに二硫化モリブデン膜133が被膜されている。なおこの軸受装置20において、上軸部130aの表面(摺動面)130dに二硫化モリブデン膜133が被膜されていても良く、この場合、軸受部130iの軸受面130kに二硫化モリブデン膜133が被膜されていなくても良い。
【0049】
このような時計用の軸受装置20においても、前記脱進・調速装置108と同様の作用効果を奏することができる。
なお、この軸受装置20における上軸部130aと軸受部130iとの間には、潤滑油が注油されていることが好ましい。この潤滑油は、精密機械用油であるのが好ましく、いわゆる時計油であるのが特に好ましい。潤滑油の種類は、軸受部130iの側圧や、各潤滑油の粘度等を考慮して適宜使い分ければ良い。これにより、軸受装置20の耐摩耗性および耐久性をより一層向上させることができる。
さらに、この軸受装置20の軸受部130iには、前述の潤滑油の保持性能を高めるために、円錐状、円筒状、又は円錐台状の油溜め部を設けるのが好ましい。この油溜め部を設けると、潤滑油の表面張力により油が拡散するのを効果的に阻止することができる。
【0050】
また、図6に示す時計用の軸受装置20は、がんぎ車130の軸部材131の上軸部130aと、この上軸部130aを回転可能に支持する軸受部130iと、で構成されるものとしたが、他の軸部および軸受部で構成される軸受装置に本発明を適用した場合であっても同様の作用効果を奏することができる。
【0051】
さらに、例えば、互いに噛み合って回転力を伝達する際にそれぞれの歯部同士が摺動する複数の時計用歯車で構成される時計用部品に本発明を適用することも可能である。
具体的には、前述した機械式時計1における各歯車に適用することも可能であり、また図7および図8に示すように、自動巻き周りの各種歯車(伝え歯車や伝え中間歯車)に適用することもできる。
図7に示すように、自動巻き式時計のムーブメント200においては、図示しないきち車の回転によって、角穴車201が回転し、香箱車202に収容された図示しないぜんまいを巻き上げるようになっている。また図8に示すように、角穴車201には、香箱受203および伝え受204によって上下の軸部が軸支された二番伝え歯車205の二番伝えかな205aが噛合されている。これにより、角穴車201が回転することで、二番伝え歯車205が回転するようになっている。また、この二番伝え歯車205には、つめレバー206の先端が噛合している。このつめレバー206は、二番受207および伝え車受208によって上下の軸部が軸支された一番伝え車209に基端側が固定されている。
一番伝え車209には、三番受210および伝え車受208よって上下の軸部が軸支された一番伝え中間車211が噛合されている。これにより、一番伝え車209が回転することで、一番伝え中間車211が回転するようになっている。また、この一番伝え中間車211には、ボールベアリング212の外周面に形成された歯車212aが噛合されている。よって、一番伝え中間車211が回転することで、ボールベアリング212が回転するようになっている。
【0052】
上述した一番伝え車209、一番伝え中間車211および二番伝え歯車205は、耐摩耗性が求められる歯車であり、本発明に係る時計用部品としてこれらの歯車を有する部品も好適に採用することができる。
また、本発明に係る時計用部品として、例えば日付を示す日車と、この日車の内歯車に先端が噛合する日ジャンパ等と呼ばれるレバー部と、を備える構成を採用しても良く、さ
らに他の時計用部品を採用することも可能である。
【0053】
その他、本発明の趣旨に逸脱しない範囲で、前記実施形態における構成要素を周知の構成要素に置き換えることは適宜可能であり、また、前記した変形例を適宜組み合わせてもよい。
【符号の説明】
【0054】
1 機械式時計(時計)
20 軸受装置(時計用部品)
108 脱進・調速装置(時計用部品)
130a 上軸部(第1部品)
130k 軸受面(摺動面)
130d 表面(摺動面)
130i 上軸部(第2部品)
132 がんぎ歯車部(第1部品)
132b 摺動面
144a、144b 爪石(第2部品)
144c 摺動面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに摺動自在に組み合わされる第1部品および第2部品を有する時計用部品であって、
前記第1部品および前記第2部品は、金属またはセラミックスで形成され、
前記第1部品および前記第2部品のうちの少なくとも一方の摺動面は、二硫化モリブデン膜で被膜されていることを特徴とする時計用部品。
【請求項2】
請求項1記載の時計用部品であって、
前記第1部品および前記第2部品それぞれの摺動面のうち、少なくとも前記二硫化モリブデン膜が被膜された摺動面の表面粗さは、算術平均粗さRaで0.5μm以下であることを特徴とする時計用部品。
【請求項3】
請求項1又は2記載の時計用部品であって、
前記二硫化モリブデン膜の膜厚は、0.5μm以上2.0μm以下であることを特徴とする時計用部品。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の時計用部品を備えていることを特徴とする時計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−102780(P2011−102780A)
【公開日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−258412(P2009−258412)
【出願日】平成21年11月11日(2009.11.11)
【出願人】(000002325)セイコーインスツル株式会社 (3,629)
【Fターム(参考)】