説明

有害化合物の無害化方法

【課題】本発明の目的は、砒素等を含む有害化合物を、効率よく安全に無害化する方法を提供することにある。
【解決手段】本発明は、食物連鎖系を用いて、砒素、アンチモン、セレンからなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有する有害化合物を、炭素源の供給下で行われる食物連鎖系で生成する無害な物質とすることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食物連鎖系を用いた有害化合物の無害化方法であり、特に、植物プランクトンを用いた有害化合物の無害化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有害化合物、例えば、毒性を有する、砒素、アンチモン、セレンなどを含有する有害化合物は、その処理方法について種々の問題点を有している。例えば、砒素処理については以下のような問題があり、効率的な砒素処理技術の早期開発が望まれている。
【0003】
すなわち、1. 砒素は、土壌汚染対策法の特定有害物質に指定されており、実際に吸着剤を用いた浄化方法等が実施されている。しかし吸着後の無機砒素は依然毒性が高く保管も困難なことから、無機砒素の安全な処理方法および保管方法が必要とされている。
【0004】
2. 現在水系で規制対象になっているものはフィルターで砒素吸着処理しているが、処理量が不足しており、マテリアルバランスからみれば処理として不十分であり、保管の安全対策も必須であり、そのような技術の開発が急務である。
【0005】
3. 銅精錬を中心とした非鉄精錬では副産物として亜ヒ酸が生じる。従来はこの分は硝子清澄剤として処理されていたが、今後はこのような処理を行なうことはできない。
【0006】
4. 鉱山の跡地からでてくる湧き水も同様である。このような湧き水については規制対象になっていないが、水中に含まれるヒ素については、解決策がないのが現状である。
【0007】
5. また砒素を含む化合物の半導体結晶を使用する半導体産業においても、無機砒素の暴露が問題となっており、無機砒素の処理方法の早急な開発が急務である。
【0008】
アンチモン、セレンも砒素と同じく半導体工業材料として広く用いられているが、生物に有毒な物質であることから環境中に流出することにより生物に与える影響が懸念されている。
【0009】
とりわけ、有害化合物として砒素を含むものについて説明すると、砒素の中でも無機砒素は毒性が高いが、メチル化が進むにつれて毒性が減少していくことが一般的に知られている。表1に種々のメチル化段階における砒素のLD50値(実験動物(マウス)の50%が死亡する薬物用量による経口毒性)を示す。表1より、トリメチル化砒素であるアルセノコリン、トリメチルアルシンオキシド、アルセノベタインの毒性は非常に低いことが判る。特に海洋生物に多く含まれるトリメチル化砒素であるアルセノベタインのLD50値は10000であり、砂糖よりも無毒な物質であるとともに、一度生成したアルセノベタインは安定な物質であって脱メチル化の逆反応や分解が起こりにくく、通常の環境下では長期間に安定であり、一部の特殊な微生物による分解反応や非常に高温な化学反応によらなければ有害な非メチル化砒素へ戻ることはない。
【0010】
【表1】

【0011】
このような知見に鑑みて、無機砒素を無毒化する方法として人工的な化学反応でメチル化させる方法が理論的には可能であるが、中間生成物の管理等を含めて実用的には実現は困難である。またかかる方法は非常に危険で複雑なプロセスを経る必要があり、安全性に問題がある。
【0012】
食物連鎖を用いた砒素の処理方法として、クロレラ−ミジンコ−グッピーからなる3段階のモデル食物連鎖の系を利用した無機砒素のメチル化法が研究されている(非特許文献1)。この文献の中において、最終的に砒素が蓄積されるグッピーの体内で全砒素の82.4%をメチル化砒素に変換できる。
【0013】
また、クロレラ−ヌマエビ−メダカからなる食物連鎖系の検討も行なわれている(非特許文献2)。
【0014】
その他、自然界において、環境中に含まれる無機ヒ素を取り込み、蓄積する藻類がいくつか存在する。これまでに無機ヒ素を取り込み、蓄積する藻類としてクロレラ(Chlorella)等の幾つかの種の微細藻類が知られており、当該藻類の体内においてヒ素の大半が無機ヒ素として蓄積されているが、残りはメチル化された形で蓄積されていることが知られている(非特許文献3、4)
【0015】
さらに、砒素を回収し無毒化する方法としては、ヒ素耐性に関与するPTB1遺伝子を破壊する事で藻類のヒ素耐性を高め、環境中、排水中のヒ素の回収、無毒化することが知られている(特許文献1)。また、微生物を用いて化学兵器や農薬などに含まれる有害な有機ヒ素を無機ヒ素に分解する方法が知られている(特許文献2)。
【0016】
さらにまた、塩化鉄、水酸化セリウムやキレート剤等で環境中から無機砒素を回収することは可能であるが、これまでは回収した無機砒素を安全に無毒化する手段に乏しかった。従って、鉱山などの埋め戻しや処分場に堆積させる、もしくはコンクリートで砒素汚染部分を囲ってしまう等の処理が一般的であった。
【0017】
【非特許文献1】前田滋 化学工学会年会要旨集 1993年 12〜13ページ
【非特許文献2】黒岩貴芳、高津章子、内海昭 Biomed Res Trace Elements 9(3),1998, p167-168
【非特許文献3】Maeda et al., 1990, Appl. Organomet. Chem., 4, 251-254
【非特許文献4】Gossler et al., 1997, Appl. Organomet. Chem., 11, 57-66
【特許文献1】特開2003−265186号公報
【特許文献2】特開2005−229945号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
しかしながら、上述のグッピーを用いる方法においては、依然として毒性の高い無機砒素が17.6%残留しているとの結果が示されており、この方法によれば、グッピーの個体を利用して、砒素を蓄積、保管することは可能であるが、未だ毒性の高い無機砒素が多く残留しておりメチル化が不十分である。また魚類はその体に水分を多量に含み、乾燥が困難であり、保管に適しないことという問題もあった。
【0019】
さらに、めだかを用いる方法においては、砒素の生物濃縮は起こらず、無機砒素が20%残留するという問題点もあった。
【0020】
また、砒素耐性に関与するPTB1遺伝子を利用する方法においては、環境中からヒ素の回収量を高めるため、藻類のヒ素耐性を高める事が記載されているが、回収したヒ素の大半が毒性の高い無機ヒ素のままであるという問題がある。
【0021】
そして、微生物を用いる方法においては、有機ヒ素を無機ヒ素に分解する事が記載されているが、ジメチルアルシン酸などは無機ヒ素より毒性が低く、逆に毒性を高めるという問題がある。
【0022】
また、コンクリートで汚染物を囲うなどの処理においては、埋め立て地等の広いスペースが必要となるという問題や、有毒な無機砒素が再流出するという問題など、限られたスペースに効率よく濃縮化した砒素を、安全な状態で蓄積・保管する方法においても問題があった。
【0023】
よって、安全かつ高効率に有害化合物を無害化する方法を新たに開発することが望まれているのが現状である。
【0024】
したがって、本発明の目的は、砒素等を含む有害化合物を、効率よく安全に無害化する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0025】
本発明者らは、食物連鎖系での砒素等を含む有害化合物の減毒効果に関して、鋭意研究した結果、砒素、アンチモン、セレンからなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有する有害化合物を、食物連鎖系で生成する無害な物質とすることが可能であることを見出し本発明を完成するに至った。
【0026】
即ち、本発明の有害化合物の無害化方法は、食物連鎖系を用いて、砒素、アンチモン、セレンからなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有する有害化合物を、炭素源の供給下で行われる食物連鎖系で生成する無害な物質とすることを特徴とする。
【0027】
本発明の有害化合物の無害化方法の好ましい実施態様において、前記炭素源が、糖類または有機酸であることを特徴とする。
【0028】
また、本発明の有害化合物の無害化方法の好ましい実施態様において、前記糖類が、グルコース、ガラクトース、フルクトース、シュークロース、マンノース、マルトースからなる群から選択されることを特徴とする。
【0029】
また、本発明の有害化合物の無害化方法の好ましい実施態様において、前記有機酸が、酢酸、クエン酸、リンゴ酸、フマル酸、コハク酸、ピルビン酸からなる群から選択されることを特徴とする。
【0030】
また、本発明の有害化合物の無害化方法の好ましい実施態様において、前記炭素源がグルコースであり、当該グルコースの濃度が、1〜100g/Lであることを特徴とする。
【0031】
また、本発明の有害化合物の無害化方法の好ましい実施態様において、前記炭素源が酢酸ナトリウムであり、当該酢酸ナトリウムの濃度が、1〜100g/Lであることを特徴とする。
【0032】
また、本発明の有害化合物の無害化方法の好ましい実施態様において、前記食物連鎖系が、植物プランクトンで構成されることを特徴とする。
【0033】
また、本発明の有害化合物の無害化方法の好ましい実施態様において、前記植物プランクトンが、クロレラであることを特徴とする。
【0034】
また、本発明の有害化合物の無害化方法の好ましい実施態様において、前記食物連鎖系が、前記植物プランクトン-動物プランクトンで構成されることを特徴とする。
【0035】
また、本発明の有害化合物の無害化方法の好ましい実施態様において、前記食物連鎖系が、メチル化促進因子の存在下で行われることを特徴とする。
【0036】
また、本発明の有害化合物の無害化方法の好ましい実施態様において、前記メチル化促進因子が、グルタチオンであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0037】
本発明によれば、有害化合物を処理するに当たり、自然界における食物連鎖を利用するので、極めて安全性が高いという有利な効果を奏する。
【0038】
また本発明によれば、既に知られているグッピーの食物連鎖系を用いた方法(非特許文献1)に比べて、より高い効率で砒素の無毒化・メチル化すること、および残留する無機砒素をより少なくすることができるという有利な効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
本発明は、炭素源の存在下において食物連鎖系を用いて砒素などの有害化合物を無害化する。有害化合物としては、砒素、アンチモン、セレンからなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有する有害化合物を挙げることができる。本発明によれば、人間が摂取可能な海洋生物と同程度以下に無機砒素の量を低減することが可能である。炭素源の供給下としたのは、砒素等の有害化合物は、例えば、無機砒素を有機砒素、具体的には、メチル化砒素とすることにより無害、無毒化が達成されるので、当該メチル基のソース源となる炭素源を供給下にすれば、よりメチル化を達成でき、ひいては有害化合物の無害化を達成できると考えたからである。
【0040】
ここで、本明細書において、有害化合物とは、環境中に流出し、生物に暴露された際に、何らかの悪影響を生物に与える恐れがある化合物を意味する。
【0041】
前記有害化合物のうち砒素を含有する有害化合物としては、亜ヒ酸、五酸化砒素、三塩化砒素、五塩化砒素、硫化砒素化合物、シアノ砒素化合物、クロロ砒素化合物、及びその他の砒素無機塩類等が挙げられる。これらの砒素は、例えばLD50(mg/kg)(マウスにおける50%致死量)が20以下であり、一般に生物に対して有毒な値である。
【0042】
また、アンチモンを含有する有害化合物としては、三酸化アンチモン、五酸化アンチモン、三塩化アンチモン、五塩化アンチモン等が挙げられる。
【0043】
さらに、セレンを含有する有害化合物としては、二酸化セレン、三酸化セレン等が挙げられる。
【0044】
炭素源の供給下における食物連鎖系を採用した本発明の原理についてさらに説明すると以下のようである。
【0045】
すなわち、クロレラなどの植物プランクトンは取込んだ無機ヒ素をメチル化する能力を持っているが、メチル基のソースとして大気中の二酸化炭素を光合成により取込み、メチル化に利用している。しかし、光合成による二酸化炭素の利用のみではメチル化の効率が低く、藻体内に無機ヒ素が多く残留してしまう。そこで、メチル化に不足する炭素源を培養液に添加して培養することで効率よく炭素源を取込み、メチル化に利用できるようになることを本発明者らは見出したものである。さらに炭素源を添加して培養することで高密度に培養でき、単位培地あたりから得られる藻類の総量が増え、ヒ素の取込総量、メチル化量も大きく向上するという付随的な効果も相乗的に作用し、本発明の効率的無害化を達成している。
【0046】
ここで、食物連鎖系としては、植物プランクトンで構成されることが好ましく、当該植物プランクトンとしては、特に限定されるものではないが、クロレラなどの淡水性微細藻類、ナノクロロプシス、スピルリナ、ドナリエラ等の海洋性微細藻類、海草類および海苔などを挙げることができる。無機砒素を回収してメチル化するという効果を達成できる限り、他の植物プランクトンを使用することも可能である。下記の実施例において使用しているクロレラは一般に市販されており工業化に適しているので、本発明においてクロレラを使用することは特に好適な態様である。すなわち、クロレラは機能性食品や栽培漁業の稚魚の飼料として使用されており、大量培養技術が確立しており、工業的に無機ヒ素を無毒化することに適している。しかし、本発明で使用する植物性プランクトンは、溶液中に含まれる無機砒素を短時間で溶液から吸収する効果を有するものであれば、クロレラ以外のものであってもよい。なおこの第一段階で用いられる生物は必ずしも植物プランクトンに限定されるものではなく、次の第二段階の生物の摂食対象となって無機砒素を回収できる限り、他の生物を用いることも可能である。
【0047】
また、本発明においては、炭素源の供給下で食物連鎖系を用いれば、特に限定されることはなく、例えば、光合成は必ずしも必要ではなく、暗所でも明所でも実施することが可能である。
【0048】
ここで、炭素源としては、特に限定されるものではないが、例えば、糖類又は有機酸などを挙げることできる。糖類の例としては、特に限定されるものではないが、例えば、グルコース、ガラクトース、フルクトース、シュークロース、マンノース、マルトース等を挙げることができる。有機酸の例としては、特に限定されるものではないが、例えば、酢酸、クエン酸、リンゴ酸、フマル酸、コハク酸、ピルビン酸等を挙げることができる。炭素源の量としても、特に限定されないが、より効率的に、有害化合物の無毒化を達成するという観点から、グルコースの場合、1〜100g/Lの濃度範囲、酢酸ナトリウムの場合、1〜100g/Lの濃度範囲が好ましい。
【0049】
暗所の培養では、事前に明所で培養し、対数期後期程度まで培養した後、炭素源とヒ素を添加し、暗所で培養しヒ素のメチル化を行うことも可能である。
【0050】
本発明の好ましい実施態様において、食物連鎖系が、植物プランクトンで構成される。このような植物プランクトンによれば、当該植物プランクトンの生体内酵素の影響によって、有害化合物をより無害な物質とすることが可能である。さらに、本発明において、食物連鎖系が、植物プランクトン-動物プランクトンで構成されることが好ましい。動物プランクトンとしては、有害な無機物質から、無害な有機物質へと効率的に変換可能であるという観点から、アルテミア、コペポーダ、ヤムシ及びワムシを挙げることができるが、それらに限定されるものではない。無機砒素をメチル化して無毒化するという効果を達成できる限り、他の動物プランクトンを使用することも可能である。すなわち、本発明で使用する動物性プランクトンは、その前段階の生物中に含有する無機砒素量を増大させることなくメチル化を促進するものであればよい。本発明において、アルテミアを使用することは特に好適な態様である。アルテミアは全長0.5〜1.0mmの海洋性の動物プランクトンであり、シーモンキーとしても知られている。アルテミアは栽培漁業において孵化したばかりの魚・甲殻類に与えられる餌として使用されている。なおこの第二段階で用いられる生物は必ずしも動物プランクトンに限定されるものではなく、次の第三段階の生物の摂食対象となって無機砒素をメチル化して無毒化できる限り、他の生物を用いることも可能である。
【0051】
本発明において、食物連鎖系によって、前記有害化合物中の無機砒素の割合を減少させることにより、無害化することができ、また、前記食物連鎖系によって、前記有害化合物中の有機砒素の割合を増加させることにより、無害化することができる。有機砒素は、表1で述べたように、無機砒素に比較して、LD50値が大きく、特に、トリメチルアルシンオキシドやアルセノベタインなどのような有機砒素は、砂糖などよりも無害であることが分かるが、本発明においては、無機砒素をこのような安定で無害な有機砒素とすることも可能である。
【0052】
また、本発明の無害化方法を利用して、上述の食物連鎖系を用いて砒素を回収して無毒化し、更に無毒化した砒素を蓄積し、安定保管することが可能である。すなわち、上記動物プランクトンを用いると有害化合物を無害な物質へ変換させることができ、しかも当該無害な物質は、それ自体では自然界において、極めて安定な物質であり、通常の状態下においては直ちに逆反応が生じてもとの有害化合物に変化することもないという観点から、安定保管することも可能である。
【0053】
また、安定保管という観点から、植物プランクトン−動物プランクトン−甲殻類、又は貝類からなる食物連鎖系を用いてもよい。これは、上述のように炭素源供給下における植物プランクトンを用いても十分に、有害化合物を無害化可能であるが、更に安定保管という観点から、甲殻類を用いることができることを例示したものである。
【0054】
前記甲殻類としては、例えば、養殖可能なヨシエビ、クルマエビなどのエビ類またはカニ類を挙げることができる。なお本願明細書において「養殖可能なエビ類またはカニ類」とは、食用などの用途のために一般的に養殖されている種々のエビ類またはカニ類を広く包含するものである。無毒化された砒素を回収するという効果を達成できる限り、他の甲殻類やムール貝、カキなどの貝類を使用することも可能である。本発明で使用する食物連鎖の最終生物は砒素化合物を濃縮でき、安定して蓄積、保管できるものであればよい。本発明において、ヨシエビ、クルマエビなどの養殖可能なエビを使用することは特に好適な態様である。ヨシエビは体長5cmから10cmの南方系のエビであり、東京湾以南の太平洋岸や富山湾以南の日本海側に分布している。
【0055】
なお上記の食物連鎖系において、クロレラ(Chlorella regularis、緑藻類クロレラ目)は海水からの無機砒素の回収およびメチル化の役割を、クロレラを食するアルテミア(Artemia salina、甲殻類ホウネンエビ目)は砒素の更なるメチル化を促進する役割を担っている。更にヨシエビ(Metapenaeus ensis、十脚目クルマエビ科)は、砒素を取り込んだアルテミアを食することにより、無毒化されたメチル化砒素を体内に蓄積・濃縮する役割と、更にはメチル化砒素を取り込んだ個体を海水から回収する作業を容易化にする役割を担っている。なおクロレラとアルテミアはそれぞれ、産業上養殖の餌として広く一般に使用されている代表的な植物性プランクトンと動物性プランクトンである。
【0056】
また、好適な態様において、還元型グルタチオン(GSH)など砒素のメチル化促進因子の存在下での食物連鎖系を用いることにより、トリメチル化砒素の蓄積および濃縮化を更に促進することができる。よってメチル化促進因子を含む環境下で植物プランクトン、動物プランクトンなどを飼育することにより、本発明においてより高い効果を達成することが可能となる。
【0057】
砒素のメチル化促進因子として、GSH、ベタインやメチオニンなどを挙げることができるが、これらの物質に限定されるものではない。砒素のアルセノベタインへの変換において砒素を還元する能力やメチル基転移反応などが律速となっている可能性が考えられるが、これらの物質を添加することによりアルセノベタインへの変換を促進することができると考えられる。よってGSHなどのメチル化促進因子を使用することにより、さらに効率的に有害化合物の無害化を達成可能である。
【実施例】
【0058】
以下、本発明の実施例を説明するが、下記の実施例は本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【0059】
実施例1
以下、本発明の実施例1を説明する。
【0060】
(1)微細藻類培養
対数増殖期まで前培養した微細藻類クロレラ(Chlorella vulgaris IAM C-629株)を150mlのBold's Basal (BB) Mediumに1×10cells/mlとなるように植菌し、蛍光灯照射下(4000Lux、24hr照射)、温度25度、静置培養した。この際、培養液には炭素源として10mMグルコースまたは10mM酢酸ナトリウムを添加した培地を調整した。
【0061】
(2)ヒ素取込試験
植菌後に金属ヒ素として1ppmとなるように亜ひ酸を添加し、ヒ素添加後284時間培養することで、ヒ素の取込試験を実施した。
【0062】
(3)ヒ素含有量測定
遠心分離により菌体を経時的にサンプリングし、藻体内の無機ヒ素および有機ヒ素を形態別砒素分析システム(島津製作所製 原子吸光分光光度計AA-6800、前処理装置ASA-2sp)により定量した。
【0063】
表2に実験条件及び実験結果を示す。炭素源としてグルコースあるいは酢酸ナトリウムを添加した明条件で培養した結果、藻体の生育が高まり、150mlの培地から得られる量が増加し、特にグルコースを添加した場合藻体の収量が多い結果となった。
【0064】
【表2】

【0065】
図1に藻体中に含まれるヒ素の形態別比率を示す。グルコースを添加し明条件で培養した結果、メチル化の効率が高まり、無機ヒ素の残存率は1%以下となり、97%以上が毒性の低いジメチル体、トリメチル体となった。グルコース、酢酸ナトリウムを添加した暗条件での培養も高いジメチル化の効率となった。これに対し、明条件の炭素源無添加と酢酸ナトリウム添加は、毒性の高い無機ヒ素の残留が多い結果となった。
【0066】
図2に藻体1gに含まれる形態別のヒ素量を示す。炭素源を添加しない明条件の培養では藻体中の無機ヒ素が1.6μg/gと非常に高い結果となった。これに対し、暗条件でのグルコースおよび酢酸ナトリウム添加培養、明条件でのグルコース添加培養は0.02μg/g以下となり、蓄積したヒ素の大部分がジメチル化されたヒ素となった。
【0067】
以上の結果、次の効果(利点)が得られることが判明した。
1.グルコースを添加することでヒ素のメチル化効率が向上する。
2.グルコースを添加することで有毒な無機ヒ素の藻体中の残留量が非常に少なくなる。
3.グルコースを添加することで単位体積あたりの藻類収量が向上し、ヒ素の取込量とメチル化量が増加する。
4.炭素源(グルコースあるいは酢酸ナトリウム)を添加することでヒ素のトリメチル体を生成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】図1は、藻体中の砒素の形態別比率を示す図である。
【図2】図2は、藻体1gに含まれる形態別砒素量を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
食物連鎖系を用いて、砒素、アンチモン、セレンからなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有する有害化合物を、炭素源の供給下で行われる食物連鎖系で生成する無害な物質とする有害化合物の無害化方法。
【請求項2】
前記炭素源が、糖類または有機酸である請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記糖類が、グルコース、ガラクトース、フルクトース、シュークロース、マンノース、マルトースからなる群から選択される請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記有機酸が、酢酸、クエン酸、リンゴ酸、フマル酸、コハク酸、ピルビン酸からなる群から選択される請求項2記載の方法。
【請求項5】
前記糖類がグルコースであり、当該グルコースの濃度が、1〜100g/Lである請求項2記載の方法。
【請求項6】
前記有機酸が酢酸ナトリウムであり、当該酢酸ナトリウムの濃度が、1〜100g/Lである請求項2記載の方法。
【請求項7】
前記食物連鎖系が、植物プランクトンで構成される請求項1〜6項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記植物プランクトンが、クロレラである請求項7記載の方法。
【請求項9】
前記食物連鎖系が、前記植物プランクトン-動物プランクトンで構成される請求項1〜8項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記食物連鎖系が、メチル化促進因子の存在下で行われる請求項1〜9項のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記メチル化促進因子が、グルタチオンである請求項10記載の方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−209871(P2007−209871A)
【公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−31173(P2006−31173)
【出願日】平成18年2月8日(2006.2.8)
【出願人】(000004008)日本板硝子株式会社 (853)
【Fターム(参考)】