説明

木管楽器および木管楽器用管体の製造方法

【課題】呼気による木製管体内面の膨潤を防止し、管体ひび割れを抑えることができ、また製造性に優れ量産が可能な木管楽器および木管楽器用管体の製造方法を提供する。
【解決手段】上管5の内周面と音孔3の内周面に熱可塑性樹脂からなるライニング樹脂層16を形成する。熱可塑性樹脂としては、汎用プラスチックからなるポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ABS樹脂、POM樹脂のうちのいずれか1つを用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、木管楽器およびその管体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
クラリネット、オーボエ、ピッコロ等の木管楽器の管体は、通常アフリカ産のグラナディラ材、ローズウッド等の木材を切削加工することによって製作されている(例えば、非特許文献1参照)。また、木材以外または木材とそれ以外の材料としては、例えば樹脂パイプ(エボナイト)と木部管体とを接着したもの(例えば、非特許文献2参照)、エポキシ樹脂を管体内に注入して化学的に固化したもの(例えば、非特許文献3参照)、管体内周面にFRP樹脂膜層(FR2718271:Rigoutat未実施)を成形したもの、木粉を樹脂(FR2701420(B1):Buffet Green−Line)で練り高圧成形したものや、音孔上面に樹脂を埋め込み接着したもの(非特許文献4)などが知られている。
【0003】
【非特許文献1】ヤマハ株式会社 カタログ「Clarinets」2006年4月作成
【非特許文献2】米Laubin社製オーボエ
【非特許文献3】仏Buffet−Crampon社製中級Clarinet(Luracast)
【非特許文献4】米Paul Covey社製オーボエ
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記した従来の木管楽器、特に木製の管体を用いた木管楽器においては、演奏時の呼気中の水分により管体内部が膨張し、管体外周が湿度の低い大気にさらされて乾燥、収縮すると、外周側に円周方向の引張り応力が生じるため、管体の表面にひび割れが生じるという問題があった。
【0005】
上記した樹脂パイプ(エボナイト)と木部管体とを接着して管本体とした従来の木管楽器は、管体の製造に手間がかかるため、製造コストが高くつくばかりか、音質が良いとされるエボナイト材は被削性が極端に悪いため、量産に向かないという問題があった。
【0006】
上記したエポキシ樹脂を管体内に注入して化学的に固化した従来の木管楽器は、エポキシ樹脂の固化に時間がかかるばかりか、固化前の液状樹脂が扱い難く製造性に問題があった。
【0007】
上記した管体内周面にFRP樹脂膜層を成形した従来の木管楽器は、製造性および音質に問題があり、未だ実用化されていない。
【0008】
木粉を樹脂で練り高圧成形したものは、木繊維の配向性が等方向なため、楽器の音質が木製に及ばない欠点がある。演奏使用による割れは生じないが、落下、転倒事故等により破断する脆さがある。被削性もやや劣る。
【0009】
埋め込み音孔は個別音孔ごとに接着の手間が掛かり、接着不良による脱落の危険がある。割れ修理の手間は軽減されるが、割れ防止効果は低い。
【0010】
本発明は上記した従来の問題を解決するためになされたもので、その目的とするところは、呼気による木製管体の水分吸収を抑えることができ、また製造性に優れ量産が可能な木管楽器および木管楽器用管体の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために本発明は、木製管体の内周面に熱可塑性樹脂からなるライニング樹脂層を形成したものである。
【0012】
また、本発明は、前記木製管体に形成されている音孔の内周面にも前記ライニング樹脂層を形成したものである。
【0013】
また、本発明は、前記熱可塑性樹脂をポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ABS樹脂、POM樹脂のうちのいずれか1つとしたものである。
【0014】
また、本発明は、内径が最終製品である木製管体の内径より大きく、外径が前記木製管体の外径と等しい木部管を作成する工程と、外径が前記木製管体の内径と等しい棒状体からなる中子を前記木部管内に軸線を木部管の軸線と一致させて装着する工程と、前記木部管の内周面と前記中子の外周面との間に形成されたキャビティ内に溶融した熱可塑性樹脂を射出し硬化させることにより、前記内周面にライニング樹脂層を形成する工程と、前記木部管から前記中子を抜き取る工程とを備えた製造方法である。
【0015】
さらに、本発明は、前記木部管の周面には複数の音孔用下穴が形成されており、これらの音孔用下穴にも溶融した熱可塑性樹脂が充填され、中子を木部管から抜き出した後、前記音孔用下穴に充填されている合成樹脂に前記木部管の内部に連通する音孔を形成する工程をさらに備えた製造方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明においては、木製管体の内周面にライニング樹脂層を形成しているので、演奏時の呼気による水分や湿気の吸収を抑制することができる。このため、木製管体の内側が膨潤せず、外周面に円周方向の引張り応力が生じることがないから、ひび割れを防止することができる。また、内径の変化が抑制されているため、安定した演奏性能を維持することができる。さらに、経年劣化が少なく、外周面に組み付けられている鍵機構の精度安定性を向上させることができる。また、音孔の内周面をライニングしておくと、木製管体の木目や反り等の影響を受けずに音孔のタンポ接着面の平面度が確保できるので、タンポを音孔上面に密接して閉塞させることが容易となり、プラスチック製の管体並みの高い気密性を確保することができる。さらに、熱可塑性樹脂は、熱硬化性樹脂に比べて成形性および量産性に優れ、安価に製作することができるばかりか、管体内の樹脂体積分率を約10%程度に抑えると、プラスチック製の管体に比べて格段に優れた音質が得られる。さらにまた、管体の外側は木部管であるため、一般の管本体が木製の木管楽器と何ら変わらず、演奏者や見る者に違和感を与えるようなことがない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を図面に示す実施の形態に基づいて詳細に説明する。
図1は本発明をオーボエに適用した一実施の形態を示す外観図、図2は上管の断面図である。これらの図において、オーボエ1は、管本体2と、この管本体2の外周面にそれぞれ形成された各音孔3を開閉制御する鍵機構4とを備えている。管本体2は、複数の木製管体、すなわち上管(トップジョイント)5、下管(ボトムジョイント)6、朝顔(ベル)7、チューブ8およびリード9とからなり、これらを一連に接続して構成されるもので、上管5、下管6および朝顔7の接続部には金属環等からなる胴輪10がそれぞれ取付けられており、これによって接続の寸法精度および強度を高めるとともに、接続部を外観上目立たなくしている。前記鍵機構4は、管本体2の外周面に立設した支柱11と、これらの支柱11間に両端が軸支された複数個の回動軸12と、この回動軸12に配設された複数個のレバー13と、前記回動軸12にアーム14を介して配設され各音孔3を開閉制御する複数個のタンポ皿(鍵)15等で構成されている。
【0018】
このようなオーボエ1は、従来のオーボエと同様に管本体2を木製の管体で製作してはいるが、その中心孔の内周面全体および音孔3の内周面に熱可塑性樹脂からなるライニング樹脂層16を一体形成した点で従来のオーボエと異なっている。ライニング樹脂層16の厚みは、射出成形時の樹脂の流動を確実に防止するために1〜2mm程度とされる。なお、ライニング樹脂層16の上管5から突出している部分は、下管6とのジョイント部16Aである。
【0019】
熱可塑性樹脂からなるライニング樹脂層16としては、溶融成形が容易で大量生産性に優れたポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ABS樹脂(アクリルニトリル・ブタジエン・スチレン)、POM樹脂(ポリアセタール;デルリン、ジュラコン等)などの汎用プラスチックを用いることが望ましい。ポリエチレンは、耐衝撃性、成形時の流動性、熱安定性が良好で、成形温度が相対的に低く(90〜110℃)、また成形収縮率が6/1000であるため、ライニング樹脂層16の材質として好適である。ポリプロピレンは、樹脂の性質が高密度ポリエチレンとよく似ている。成形温度は170℃〜220℃、成形収縮率はポリエチレンやポリスチレンに比べて高く、15/1000である。ポリスチレンは、成形加工性、耐衝撃性、剛性および寸法精度に優れている。成形温度は130〜150℃である。ABS樹脂は、管楽器に使って違和感が少なく、リコーダで使い慣れている。POM樹脂は、比重がグラナディラ並に1.4と大きく、化学安定性や被削性に優れている。
【0020】
次に、木製管体の製造方法を図3(a)〜(e)に基づいて説明する。
ここでは、最終製品である木製管体として前記上管5に適用した場合の製造手順について説明する。
先ず、内径が最終製品である上管5(図2、図3(e))の内径より大きく、外径が前記上管5の外径と等しい木部管30をグラナディラ材等の木材によって作成する(図3(a))。また、木部管30の中心孔30aは、基端側から先端側に向かうにしたがって漸次広がるテーパをもった孔に形成されている。木部管30の周面所定位置には横穴からなる複数個の音孔用下穴31が形成されている。
【0021】
次に、木部管30を射出成形機の上型32Aと下型32Bとからなる成形用型32内に装着する。また、中子33を木部管30内に軸線を木部管30の軸線と一致させて装着する(図3(b))。中子33は、外径が木部管30の内径より小さく、前記上管5の内径と等しいテーパ状の棒状体に形成されている。
【0022】
次に、木部管30の内周面と前記中子33の外周面との間に形成されたキャビティ34および音孔用下穴31に下管6とのジョイント部側から溶融した熱可塑性樹脂35を射出し硬化させる(図3(c))。
【0023】
次に、熱可塑性樹脂35が硬化したら成形用型32を開いて内部の成形品36を取り出す。さらに、成形品36から中子33を抜き取る(図3(d))。この成形品36は、上管5の半製品であり、木部管30の内周面にライニング樹脂層16が形成され、音孔用下穴31をライニング樹脂によって閉塞している。また、上管5のジョイント部16Aも同時に形成され、木部管30の下管6側開口部より外部に突出している。
【0024】
次に、成形品36を孔開け装置に装着して各音孔用下穴31に充填されているライニング樹脂の中央に木部管30の内部に連通する音孔3を形成する。音孔3の形成によって音孔用下穴31の内周面に残った樹脂は、ライニング樹脂層16を形成する。そして、全ての音孔用下穴31に対して音孔3を形成した後、木部管30の表面を仕上げ塗装すると所望の上管5が完成し、上管5の製造を終了する(図3(e))。
【0025】
また、音孔3の別の形成方法としては、ライニング樹脂層16の形成と同時に形成してもよい。その場合は、上型32Aに棒状の音孔用突起部を一体に突設しておき、この音孔用突起部を木部管30の音孔用下穴31内に差し込んでこの音孔用突起部と音孔用下穴31との隙間にライニング樹脂を流し込み、音孔3を形成すればよい。この場合は、孔開け装置によってライニング樹脂層を切削し、音孔3を形成する必要がないため、作業工数を削減することができる利点がある。
【0026】
このように本発明においては、木部管30の中心孔30aの内周面にライニング樹脂層16を形成したので、呼気による上管5の内周面の水分吸収を抑制することができる。また、上管5の内周面が水分を吸収しなければ、上管5の内側が膨潤しないため、外周面に円周方向の引張り応力が発生しないから、ひび割れを防止することができる。また、水分吸収による膨潤が生じなければ、内径寸法が変化しないため、安定した吹奏性能を維持することができ、またひび割れが生じなければ上管5の外周に取付けられている鍵機構4の精度安定性もよく、オーボエ1の耐久性を向上させることができる。
【0027】
また、音孔3の内周面に対するライニング樹脂層16を木部管30の中心孔30aに対するライニング樹脂層16の形成と同時に行なうようにしたので、一度の射出成形で製作することができ、製造コストを低減することができる。
【0028】
さらに、音孔3の内周面にライニング樹脂層16を形成しておくと、タンポ皿15に接着されたタンポが音孔3を閉塞したとき、ライニング樹脂層16に密接するため、音孔3を高い気密性をもって閉塞することができ、息漏れを防止することができる。
【0029】
さらにまた、ライニング樹脂層16を熱可塑性樹脂によって形成しているので、射出成形が容易で、量産性に優れている。特に、上管5のライニング樹脂層16の樹脂体積分率を10%程度にすると、プラスチック製の管本体に比べて格段に優れた音質を得ることができた。
【0030】
なお、上記した実施の形態においては、音孔3の内周面にもライニング樹脂層16を形成した例を示したが、本発明はこれに何ら特定されるものではなく、音孔が形成されていない木部管を製作してその中心孔の内周面にライニング樹脂層16を形成した後、孔開け加工によって所定の穴径の音孔3を形成するようにしてもよい。
【0031】
また、上記した実施の形態においては、オーボエ1の上管5に適用した例を示したが、下管6や朝顔7も同様に製作することができ、またオーボエ以外の木管楽器、例えばクラリネットやピッコロの木製管体にも適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明をオーボエに適用した一実施の形態を示す外観図である。
【図2】上管の断面図である。
【図3】(a)〜(e)は木製管体の製造手順を説明するための図である。
【符号の説明】
【0033】
1…オーボエ、2…管本体、3…音孔、4…鍵機構、5…上管、6…下管、7…朝顔、8…チューブ、9…リード、16…ライニング樹脂層、30…木部管、31…音孔用下穴、32…成形型用型、33…中子、34…キャビティ、35…熱可塑性樹脂、36…成形品。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
木製管体の内周面に熱可塑性樹脂からなるライニング樹脂層を形成したことを特徴とする木管楽器。
【請求項2】
請求項1記載の木管楽器において、
前記木製管体に形成されている音孔の内周面にも前記ライニング樹脂層を一体に形成したことを特徴とする木管楽器。
【請求項3】
請求項1または2記載の木管楽器において、
前記熱可塑性樹脂がポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ABS樹脂、POM樹脂のうちのいずれか1つであることを特徴とする木管楽器。
【請求項4】
内径が製作すべき木製管体の内径より大きく、外径が前記木製管体の外径と等しい木部管を作成する工程と、
外径が前記木製管体の内径と等しい棒状体からなる中子を前記木部管内に軸線を木部管の軸線と一致させて装着する工程と、
前記木部管の内周面と前記中子の外周面との間に形成されたキャビティ内に溶融した熱可塑性樹脂を射出し硬化させることにより、前記内周面にライニング樹脂層を形成する工程と、
前記木部管から前記中子を抜き取る工程と、
を備えたことを特徴とする木管楽器用管体の製造方法。
【請求項5】
請求項4記載の木管楽器用管体の製造方法において、
前記木部管の周面には複数の音孔用下穴が形成されており、これらの音孔用下穴にも溶融した熱可塑性樹脂が充填され、
中子を前記木部管から抜き出した後、前記音孔用下穴に充填されている合成樹脂に前記木部管の内部に連通する音孔を形成する工程をさらに備えていることを特徴とする木管楽器用管体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−225088(P2008−225088A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−63752(P2007−63752)
【出願日】平成19年3月13日(2007.3.13)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)