説明

木粉を溶解するための溶媒

【課題】木粉を構成する化学成分(即ち、樹木細胞の細胞壁構成成分)の化学的変質をできるだけ抑制して木粉を溶解させることができる溶媒を提供すること。
【解決手段】ハロゲン化リチウムを含むジメチルスルホキシドからなる、木粉を溶解するための溶媒。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、木粉を溶解するための溶媒、上記溶媒を用いて得られる木粉溶液、及び上記溶媒を用いた木粉を溶解する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ボールミリングは、リグニン単離法で通常使用されている。ミリングによる木材のリグニンの構造変化を評価するためには、木材の全リグニンを分析することが必要である。より短時間のミリング操作で得られる木粉を完全に溶解できる溶媒系があれば、リグニンの分析に有用である。しかし、木粉を構成する樹木細胞壁の化学成分を全く変化させずに、木粉を溶媒に溶解させることはこれまで不可能であった。
【0003】
例えば、微粉砕した木粉の溶媒系としては、非特許文献1に記載されたN−メチルイミダゾール/ジメチルスルホキシドが知られている。しかし、この溶媒系では長時間の粉砕を必要とするため、細胞壁構成成分の変質が著しいという問題がある。また、この溶媒系はN−メチルイミダゾールを多量に含むが、これが各種スペクトルの測定において、リグニンの吸収とオーバーラップするため、この溶媒系を含む木粉溶液は、細胞壁成分のスペクトル分析に用いることはできないという問題がある。
【0004】
【非特許文献1】Lu. P., Ralph, J, (2003) Non-degradative dissolution and acetylation of ball-milled plant cell walls: high resolution solution state NMR, Plant J. 36, 535-544
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上記した従来技術の問題点を解消することを解決すべき課題とした。即ち、本発明は、木粉を構成する化学成分(即ち、樹木細胞の細胞壁構成成分)の化学的変質をできるだけ抑制して木粉を溶解させることができる溶媒を提供することを解決すべき課題とした。また、本発明は、短時間の粉砕操作で得られた木粉を溶解させることができる溶媒を提供することを解決すべき課題とした。さらに、本発明は、上記溶媒を用いて得られる木粉溶液を化学的に利用する方法(例えば、ゲル化やプラスチック化など)、並びに、上記溶媒を用いて得られる木粉溶液を用いて細胞壁構成成分を化学的に分析する方法を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記した課題を解決するために鋭意検討した結果、木粉をボールミルで微粉砕し、得られた微細木粉をジメチルスルホキシドと塩化リチウムの混合溶媒に加えることにより、木粉を完全に溶解させた木粉溶液が得られることを見出した。この木粉溶液はそのまま、誘導体化反応など各種反応を行うための反応溶液とすることができ、また核磁気共鳴スペクトルや紫外線吸収スペクトルなどの各種スペクトル分析を行う細胞壁化学分析のための試料とすることができる。本発明はこれらの知見に基づいて完成したものである。
【0007】
即ち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1) ハロゲン化リチウムを含むジメチルスルホキシドからなる、木粉を溶解するための溶媒。
(2) ハロゲン化リチウムがリチウムクロライドである、(1)に記載の溶媒。
(3) ハロゲン化リチウムの含有量が1重量%以上である、(1)又は(2)に記載の溶媒。
【0008】
(4) 木粉を(1)から(3)の何れかに記載の溶媒に溶解することにより得られる木粉溶液。
(5) (4)に記載の木粉溶液がゲル化することにより得られるゲル。
(6) 木粉を(1)から(3)の何れかに記載の溶媒に溶解することを含む、木粉溶液の製造方法。
(7) 木粉を(1)から(3)の何れかに記載の溶媒に溶解することにより得られる木粉溶液を用いることを特徴とする、木粉に含まれる化学成分を誘導体化する方法。
(8) 木粉を(1)から(3)の何れかに記載の溶媒に溶解することにより得られる木粉溶液を用いることを特徴とする、木粉に含まれる化学成分の分析方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、樹木細胞壁の構成成分の分解や変質を最小限に抑えて木粉を溶媒に溶解した木粉溶液を調製することができるため、細胞壁を構成している状態を損なわないで、そのまま、誘導体化反応やゲル化反応などを均一反応系で行うことが可能になる。これは、従来の方法では不可能なことであり、本発明の溶媒を用いた木粉溶液は、木質バイオマスの化学的利用の開発の基礎となるものである。また、細胞壁構成成分の化学的分析法としても、本発明によれば、木粉溶液のスペクトル分析という新しい手法を展開することが可能になり、これにより、化学的分解・変質を伴う手法により各成分を単離して分析するという従来の方法で得られる情報とは異なる新規な情報を得ることが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
本発明による木粉を溶解するための溶媒は、ハロゲン化リチウムを含むジメチルスルホキシドからなることを特徴とする。ハロゲン化リチウムとしては、フッ化リチウム、塩化リチウム(リチウムクロライド)、臭化リチウム、又はヨウ化リチウムの何れもでよいが、好ましくは塩化リチウム(リチウムクロライド)である。ハロゲン化リチウムを含むジメチルスルホキシドからなる溶媒におけるハロゲン化リチウムの含有量は、溶媒が木粉を溶解できる限り特に限定されないが、好ましくは1重量%以上である。ハロゲン化リチウムの含有量の上限値は特に限定されず、木粉を溶解する際の温度における溶解度以下であればよい。例えば、ハロゲン化リチウムの含有量は1重量%以上8重量%以下にすることができる。
【0011】
本発明によれば、木粉を、ハロゲン化リチウムを含むジメチルスルホキシドからなる溶媒に溶解することによって木粉溶液を製造することができる。
【0012】
本発明で用いる木の種類は特に限定されず、広葉樹でも針葉樹でもよい。本発明の溶媒に溶解するための木粉は、先ず、ウィレーミルなどを用いて通常の方法で木粉を調製した後、必要に応じて脱脂し、さらにボールミルを用いて微粉砕したものを用いることが好ましい。ボールミルによる微粉砕は、例えば、回転数100から1000rpmの条件で2時間以上行うことができる。本発明の溶媒は、ボールミルによる微粉砕の時間が比較的短時間の場合であっても、得られる木粉を溶解することができるという特徴を有している。ボールミルによる微粉砕の時間は、例えば、600rpmの条件で2〜10時間、好ましくは2〜8時間、さらに好ましくは2〜6時間、さらに好ましくは2〜4時間行うことができる。
【0013】
木粉を、ハロゲン化リチウムを含むジメチルスルホキシドからなる本発明の溶媒に溶解する際の条件は特に限定されないが、例えば、室温下で、1から48時間程度、攪拌しながら行うことができる。木粉の溶媒中での濃度は、木粉を溶媒に溶解できる限り特に限定されないが、好ましくは10重量%以下である。
【0014】
上記のようにして得られた、本発明の溶媒を用いて作製した木粉溶液は、更に所定の時間(例えば、6時間以上、好ましくは12時間以上、さらに好ましくは24時間以上)、放置するとゲル化する場合がある。このように、木粉を本発明の溶媒に溶解することにより得られる木粉溶液がゲル化することにより得られるゲルも本発明の範囲に含まれる。
【0015】
さらに本発明においては、上記した木粉溶液を用いて、木粉に含まれる化学成分を誘導体化を行ったり、あるいは木粉に含まれる化学成分を分析することができる。即ち、本発明の溶媒は、単に微粉砕木粉を溶解させるためのものではなく、反応のための溶媒としても用いることができる。例えば、無水酢酸と混合させることにより、極めて容易にアセチル化反応を行うことができる。また、本発明の溶媒を用いると、樹木細胞壁構成成分の変性を最小に抑えながら、木粉を完全な溶液とすることができる。したがって、炭素13やプロトン核の核磁気共鳴スペクトル(NMR)、紫外吸収スペクトル など、溶液状態での各種スペクトル分析が可能となる。
【0016】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0017】
実施例1:木粉溶液の調製
ウィレーミルを用いて調製した通常の広葉樹あるいは針葉樹木粉を、エタノール・ベンゼン混液(1:2, v/v)を用いて脱脂した後、遊星式ボールミルを用いて更に微粉砕した。回転数600rpmの条件で1時間、2時間、、、、10時間微粉砕した試料(各2gの木粉を微粉砕した)を、それぞれ、P1、P2、・・・・・・、P10とする。
【0018】
よく乾燥させた微粉砕木粉の諸定量を、6%濃度のリチウムクロライドを含むジメチルスルホキシド(DMSO)に加え、室温下で24時間攪拌して行った。木粉のDMSO中での濃度は最大で10%までとし、目視により溶液となるか否かを判断した。
【0019】
対照実験として、他のいくつかの溶媒系についても木粉溶液を得られるかどうか検討した。これらは、6%濃度のリチウムクロライドを含むジメチルアセトアミド(DMAC)、DMSO/N-メチルイミダゾール(NMI)混液(1/1)、DMSO/エチレンジアミン(EDA)混液(1/1)などである。このうち、DMSO/NMI混液は、すでに、木粉溶液として知られており、リチウムクロライドのDMAC溶液はセルロース溶剤として知られている。
【0020】
6%リチウムクロライドを含むDMSO、および、対象実験として用いた各種溶媒系への微粉砕木粉の溶解結果を、木粉として広葉樹(ブナ)を用いた場合について表1に示す。
【0021】
【表1】

○:サンプルは溶媒系に完全に溶解できた。
×:サンプルは溶媒系に完全には溶解できなかった。
P1-P10: 木粉を遊星式ボールミルで1時間から10時間粉砕した。
【0022】
表1から明らかなように、6%リチウムクロライドを含むDMSO(DMSO/LiCl(wt6%))は、最も短い粉砕時間で木粉を溶解することができる。針葉樹木粉でも同様の結果が得られた。
【0023】
実施例2:リグニンの分析
木粉を微粉砕した場合、木粉を構成する樹木細胞壁構成成分が著しく変性することがすでに知られている。したがって、細胞壁構成成分の変性をできる限り抑えた溶液を得るためには、最小の粉砕時間で溶液を調製することが極めて重要である。細胞壁構成成分のうち主要なものであるリグニンに着目して、微粉砕に伴うその変性を分析したところ、6%リチウムクロライドを含むDMSOが溶解しえるP2試料(2時間微粉砕)においては、芳香核構造ならびに側鎖構造の変性はごくわずかであることが明らかになった。すでに知られている木粉溶媒であるDMSO/NMI混液ではP5試料(5時間微粉砕)以上の微粉砕時間が必要とされるが、次に示すように、P5試料においてはすでにリグニンの変性は著しいことが明らかになった。リグニン構造の解析に用いた分析法の原理、ならびにその結果を、以下に示す。
【0024】
図1には分析法の概要を示す。ニトロベンゼン酸化法(nitrobenzene oxidation analysis)によって、リグニン中の芳香核構造の分析が可能になる。リグニン中のいわゆる非縮合型の芳香核は、ニトロベンゼン酸化によって、主に図中の化合物VあるいはSを与える。木粉の微粉砕に伴う、VとSの収量(S+V)、あるいは、VとSの比(S/(S+V))の変化を測定することにより、微粉砕過程でのリグニン芳香核の変性を知ることができる(図2)。また、オゾン分解法(ozonation analysis)によって、リグニン側鎖構造の最も主要なものであるb-O-4構造から、図中の化合物EあるいはTが得られる。木粉の微粉砕に伴う、EとTの収量(E+T)、ならびに、EとTの比(E/(E+T))の変化を測定することにより、微粉砕過程でのリグニン側鎖構造の変性を知ることができる(図3)。
【0025】
図2及び図3に示されるように、2時間微粉砕した試料P2においては、どの指標値も粉砕時間0の試料に極めて近いことがわかる。すなわち、P2においては、リグニン構造の変性はほとんど認められない。一方、すでに知られている木粉溶剤であるDMSO/NMI混液では5時間以上の微粉砕が必要とされるが、リグニン芳香核構造ならびに側鎖構造の変性は著しいことがわかる。
【0026】
実施例3:木粉溶液のゲル化
P2以上の微粉砕木粉は、室温下で攪拌しながら24時間置くと本溶媒系に溶解するが、その後更に48時間、同じ温度下で放置すると、ゲルになることが認められた。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】図1は、ニトロベンゼンの酸化とオゾン分解によるリグニン構造の解析の概要を示す。
【図2】図2は、異なる粉砕(milling)時間によって調製したブナ木粉からの、VとSの比(S/(S+V))及びアルカリ性ニトロベンゼン酸化産物(S+V)の収量の変化を示す。
【図3】図3は、異なる粉砕(milling)時間によって調製したブナ木粉からの、EとTの比(E/(E+T))及びオゾン分解生成物(E+T)の収量の変化を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハロゲン化リチウムを含むジメチルスルホキシドからなる、木粉を溶解するための溶媒。
【請求項2】
ハロゲン化リチウムがリチウムクロライドである、請求項1に記載の溶媒。
【請求項3】
ハロゲン化リチウムの含有量が1重量%以上である、請求項1又は2に記載の溶媒。
【請求項4】
木粉を請求項1から3の何れかに記載の溶媒に溶解することにより得られる木粉溶液。
【請求項5】
請求項4に記載の木粉溶液がゲル化することにより得られるゲル。
【請求項6】
木粉を請求項1から3の何れかに記載の溶媒に溶解することを含む、木粉溶液の製造方法。
【請求項7】
木粉を請求項1から3の何れかに記載の溶媒に溶解することにより得られる木粉溶液を用いることを特徴とする、木粉に含まれる化学成分を誘導体化する方法。
【請求項8】
木粉を請求項1から3の何れかに記載の溶媒に溶解することにより得られる木粉溶液を用いることを特徴とする、木粉に含まれる化学成分の分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−48591(P2010−48591A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−211334(P2008−211334)
【出願日】平成20年8月20日(2008.8.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年2月29日 第58回日本木材学会大会研究発表要旨集にて発表 平成20年3月19日 第58回日本木材学会大会にて発表
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】