説明

核酸増幅方法

【課題】流路内の核酸を超高速に増幅するための方法を提供する。
【解決手段】少なくとも1回のPCRサイクルを行うことができる蛇行流路を備えた核酸増幅装置にPCR試料液を供給してPCR反応を行う核酸増幅方法において、前記核酸増幅装置は、片側のループ部に対応する1つの変性温度帯とアニーリングおよび/または伸
長を行う1つまたは2つの温度帯を有し、かつ、PCR試料液は気体によりPCRの1サイクル分或いはそれ以上隔てられた状態で前記蛇行流路内に供給されることを特徴とする、核酸増幅方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛇行流路内の核酸を超高速に増幅するための方法に関する。より具体的には、本発明は、連続流マイクロ流体システムを用いて、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を実行する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
核酸の検出は、医薬品の研究開発、法医学、臨床検査、農作物や病原性微生物の種類の同定など、様々な分野において中核をなすものである。癌を含む種々の疾患、微生物の感染、分子系統解析に基づいた遺伝子マーカーなどを検出する能力は、疾患および発症リスク診断、マーカーの探索、食品や環境中の安全性評価、犯罪の立証、および他の多くの技術にとって普遍的技術となっている。
【0003】
少量の核酸を高感度に検出する最も強力な基礎技術の1つは、核酸配列の一部または全部を指数関数的に複製し増幅した産物を分析する手法である。PCRは、おそらく、様々な増幅技術のうち最も汎用的に利用されているものである。
【0004】
PCRは、DNAのある特定領域を選択的に増幅する強力な技術である。PCRを用いると、テンプレートDNAの中の標的とするDNA配列について、単一のテンプレートDNAから数百万コピーのDNA断片を生成することができる。PCRは、サーマルサイクルと呼ばれる三相の温度条件を繰り返すことにより、単一鎖へのDNAの変性、変性されたDNA一本鎖とプライマーのアニーリング、および熱安定性DNAポリメラーゼ酵素によるプライマーの伸長という個々の反応が順次繰り返される。このサイクルは、分析に必要な十分なコピー数が得られるまで繰り返し行われる。原理上、PCRの1回のサイクル
で、コピー数を倍にすることが可能である。実際には、サーマルサイクルが続くと、必要な反応試薬の濃度が減少するので、増幅されたDNA産物の集積が、最終的に止まる。PCRの一般的詳細については、「Clinical Applications of PCR」、Dennis Lo(編集)、Humana Press(ニュージャージー州トトワ所在)(1998年)、および「PCR Protocols A Guide
to Methods and Applications」、M.A.Innisら(編集)、Academic Press Inc.社(カリフォルニア州サンディエゴ所在)(1990年)を参照のこと。
【0005】
この10年程の間に、例えば、半導体微細加工技術等を応用して作製したマイクロ流体デバイスを用いて、分析や化学反応を実行する多くの高生産性アプローチが開発され報告されている。このようなトレンドの中、PCRによるDNA増幅に関するマイクロ流体デバイスも開発され、試料のサーマルサイクリングは、通常、3つの方法のいずれかでなされる。第1の方法では、試料液がデバイス内に導入され、溶液が同じ部分に保持されたまま時間の経過とともに温度サイクリングが行われる方法である。これは従来のPCR計測器と非常によく似ている。第2の方法では、空間的に離れた複数の温度帯が微小流路で結ばれており、試料液がこれらの温度帯上を所定の時間ずつ停止するように、交互に移動する方法である。また、第3の方法では、同様に微小流路を通じて試料液が空間的に離れた複数の温度帯を移動するが、試料液は止まることなく連続的に送り込まれる連続流PCRと呼ぶ方法である。
【0006】
第1の方法の例として、Lagallyら(Anal Chem 73:565−570(2001年))や、民谷および永井ら(特許第3041423号および、Anal Chem 73:1015−1019(2001年))は、それぞれ280nlや86p
lといった極微量のPCRチャンバー内でテンプレートDNAを増幅し、検出できることを実証している。これらの参考文献では、試料量の低減により熱容量を小さくし、サーマルサイクルの高速化を目指しているが、チャンバーやヒーター自身の熱容量の低減に限界があるため、十分な増幅反応を行うには、少なくとも1サイクル当たり30秒程度必要であった。
【0007】
第2の方法として、例えば、Enzelbergerら(米国特許第6,960,437号)は、3つの温度帯を有する円状の回転流路を備えるマイクロ流体デバイスについて説明している。各温度時間を自由に設定してサーマルサイクル可能な点で優れており、試料を導入し、ポンプを使って回転する形でそれらの温度帯に送り込むために、多数の一体化された弁およびポンプが使用される。
【0008】
また、Shenderovら(PCT公開特許出願第WO2006/124458号)は、静電的な液滴駆動を利用して、微小流路内に設けられた2つ以上の温度帯へ、試料液滴を交互に移動させる方式に基づいたPCRデバイスを説明している。この技術は、試料液の送液や停止のための弁やバルブの代わりに絶縁被覆された電極アレイによる液滴駆動を利用しているが、いずれの技術においても精密なプログラム制御に基づいている。
【0009】
これに対し第3の方法として、Koppら(Science 280:1046−1048(1998年))は、蛇行流路が95℃(変性)、72℃(伸長)、および60℃(アニーリング)の3つの一定温度帯を通過するガラス基板を使用して連続流PCRを実証している。このPCR技術は、反応槽の表面全体を加熱することに基づいていないため、流路やヒーター自身の熱容量が影響する加熱/冷却速度ではなく、ただ流量によって決定される。PCRにおいて、変性およびアニーリングの過程は1秒以内で完了する非常に高速な反応であることが知られていることから、流速を速めることで高速なPCRを実現できると期待されるが、その場合、伸長反応に必要な反応時間を十分に取れないことにより増幅効率が著しく低下するため、結局、十分な増幅を行うには1サイクル当たり1分以上必要であった。
【0010】
また、DNAの増幅効率は、目的とするDNA断片以外の副生成物の形成により、必要な反応試薬が浪費され、本来増幅されるべきDNA断片の生成が阻害されることによっても減少する。PCRにおけるアニーリング温度は、プライマーのDNA配列のGC(グアニン及びシトシン)含量に基づいて決定されるが、このようなPCRにおいて望ましくない副生成物は、95℃の変性温度から約60℃のアニーリング温度まで下がる途中の過程で、アニーリング温度より高温でも安定に結合する目的外のDNA配列や、プライマー同士でアニーリングし、そのまま伸長反応が進行することによって生じるプライマーダイマー等として生成される。
【0011】
連続流PCRにおいては、ガラス基板上に均一に各温度領域を形成しやすいために、95℃、72℃、60℃の温度帯が順番に配置される構成となるため、伸長反応の72℃の温度領域が中央に配置される。そのため、十分な伸長反応を行うために、72℃の温度領域を延長すると、95℃から約60℃まで降温する過程も同時に長くなり、プライマーダイマー等の副生成物が増幅し、その結果、目的とするDNA断片の増幅効率が著しく低下する。したがって、高速かつ高効率な連続流PCRにおいては、サーマルサイクルにおける三相の温度条件のうち、約60℃と95℃に挟まれた72℃の伸長反応を低速に、一方、蛇行流路上で95℃、72℃、約60℃の順に戻りまで過程を高速に送液することが必要である。
【0012】
Parkら(Anal Chem 75:6029−6033(2003年))は、円筒状に形成した3つの温度制御ブロックの周りにらせん状に巻かれた内径100μmのポ
リイミドコーティング溶融シリカキャピラリーを使用する連続流PCRデバイスを説明している。この形状では、一般的な連続流PCRに用いられる平板状のマイクロ流体デバイスと異なり、キャピラリーとヒーターが一体的となるため、ディスポーサブルな用途には不適ではあるが、95℃から約60℃の間に72℃の温度領域が入らないため、理想的なサーマルサイクルが可能な点で注目に値する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特許第3041423号
【特許文献2】米国特許第6,960,437号
【特許文献3】PCT公開特許出願第WO2006/124458号
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】「Clinical Applications of PCR」、Dennis Lo(編集)、Humana Press(ニュージャージー州トトワ所在)(1998年)
【非特許文献2】「PCR Protocols A Guide to Methods and Applications」、M.A.Innisら(編集)、Academic Press Inc.社(カリフォルニア州サンディエゴ所在)(1990年)
【非特許文献3】Lagallyら(Anal Chem 73:565−570(2001年))
【非特許文献4】永井ら(Anal Chem 73:1015−1019(2001年))
【非特許文献5】Koppら(Science 280:1046−1048(1998年))
【非特許文献6】Parkら(Anal Chem 75:6029−6033(2003年))
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、流路内の核酸を超高速に増幅するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者は上記課題に鑑み検討を重ねた結果、連続流PCRにはなかった空気に挟まれた試料プラグの形態を利用することで、これまでの平板型マイクロ流体デバイスを用いた連続流PCRにおいて課題であった高速と高効率の両立を、試料液自身の蒸気圧を活用することで実現できることを明らかにした。
【0017】
本発明は、以下の核酸増幅方法を提供するものである。
項1. 少なくとも1回のPCRサイクルを行うことができる蛇行流路を備えた核酸増幅装置にPCR試料液を供給してPCR反応を行う核酸増幅方法において、前記核酸増幅装置は、片側のループ部に対応する1つの変性温度帯とアニーリングおよび/または伸長を
行う1つまたは2つの温度帯を有し、かつ、PCR試料液は気体によりPCRの1サイクル分或いはそれ以上隔てられた状態で前記蛇行流路内に供給されることを特徴とする、核酸増幅方法。
項2. 前記蛇行流路は、両側のループ部とその間の直線部を有し、片側のループ部に対応する1つの変性温度帯と、他方のループ部に対応するアニーリング温度帯と、直線部分に対応する伸長温度帯の3つの温度帯から構成される、項1に記載の核酸増幅方法。
項3. 前記蛇行流路は、両側のループ部とその間の直線部を有し、片側のループ部に対
応する1つの変性温度帯と、他方のループ部及び直線部に対応しアニーリング温度から変性温度の途中の温度で、伸長過程を実施する温度帯の2つの温度帯から構成される、項1に記載の核酸増幅方法。
項4. PCR試料液がセグメントフロー方式でポンプにより蛇行流路内に送液される、項1〜3のいずれかに記載の核酸増幅方法。
項5. より低温のアニーリング領域からより高温の変性領域へ向かうPCR試料液の移動速度は変性領域の蒸気圧により減少され、変性領域からアニーリング領域へのPCR試料液の移動速度は高温の変性領域の蒸気圧により増加される、項1〜4のいずれかに記載の核酸増幅方法。
【発明の効果】
【0018】
連続流PCRにおいては、マイクロ流体デバイスの長所としてシステムの小型化に適した特性が求められることから、出来るだけ高速で高効率な増幅を目指しながらも、比較的少ない量のPCR試薬を使用し、温度サイクリングに少ないエネルギーを使用することが望ましい。本発明では、連続流PCRにはなかった空気に挟まれた試料プラグの形態を利用することで、これまでの平板型マイクロ流体デバイスを用いた連続流PCRにおいて課題であった高速と高効率の両立を、試料液自身の蒸気圧を活用することで実現することができる。これにより、新たに特別な外部装置を必要とせず、マイクロ流体デバイスの長所を最大限に生かした連続流PCRシステムの小型化に資する特徴を備える。
【0019】
従来の連続送液方式は多量サンプル液が必要であり、95℃領域において生じる気泡発生の防止が必要なのに対し、本発明は通常のポンプによる送液においてセグメントフロー方式を利用することで、95℃領域からの蒸気圧を、マイクロチャンネル内送液力として追加的に利用する事ができ、高速PCR可能な送液系とした。つまり、フロースルー下で不要なPCRタイムロスを最小限に抑える事ができ、更に、長時間必要な伸張反応プロセスも、特別な操作なしに安定確保出来る。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】連続流PCR用微小流体デバイスを示す図である。
【図2】図1に示す連続流PCR用微小流体デバイスにおいて、サーマルサイクルのため、蛇行流路の領域毎に温度を制御する方法を示す図である。
【図3】図2に示す微小流体デバイスを用いて、試薬液量と送液速度を変化させ連続流PCRを行った結果、DNA断片の増幅に伴って得られた蛍光強度を示す図である。
【図4】PCR試薬の液量を変化させ、高温領域と低温領域との往復における各移動時間を計測した結果を示す図である。
【図5】炭疽菌の検出に使用される2種類の毒素関連のPA遺伝子とCAP遺伝子のそれぞれについて、送液速度を変化させて連続流PCRを行った結果を示す図である。
【図6】(A)セグメントフローにおける2つのサンプルの間隔が1サイクル以上の場合を示す。(B)アニーリング領域からより高温の変性領域に移動する場合には気体の膨張(expansion)のために流れが遅くなり、変性領域からより低温のアニーリング領域に移動する場合には気体の膨張(expansion)のために流れが速くなることを示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は、微小流路内において極めて迅速に、かつ効率よくポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により核酸を増幅するための方法に関する。より具体的には、本発明は、連続流PCRのための平板型マイクロ流体システムにおいて、微量の試料液を試料プラグ(気-液-気の形態で導入された液滴)として送液することにより、試料プラグの両端に蒸気圧の差が発生し、昇温過程では流路内の局所的に試料を低速で移動させ、降温過程では高速に移動させることで、高速かつ高効率な核酸増幅を実行する方法に関する。
【0022】
断りのない限り、本明細書で使用されるすべての技術および科学用語は、本発明が関係している技術分野の当業者に通常理解される意味と同じ意味を有する。次に実施の形態を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施の形態のみに限定されるものではなく、本明細書で説明されているものと類似のまたは同等の多数の方法および材料についてどれも本発明を実施する際に使用することができる。好ましい材料および方法について以下に説明する。
【0023】
本発明を実施するための連続流PCR用微小流体デバイス4の模式図を図1に示す。このデバイスは、PCR試薬の注入口1、蛇行流路2、PCR反応後の液を貯蔵するリザーバー3を備える。PCRの1サイクルは、両側の1対のループ部分(高温の変性領域と低温のアニーリング領域に対応)、ループ部分を結ぶ2つの直線部分からなる1つのユニットにより行うことができる。本発明で使用する微小流体デバイスは、このユニットが1つの蛇行流路3により形成されてもよく、前記ユニットが多数連結された蛇行流路3により形成されてもよい。1つのPCR試料液が蛇行流路を進んでいくと、蛇行流路のユニット数に応じて1サイクルのPCR反応或いは多数のサイクルのPCR反応が行われ、必要な数のPCR産物が形成されてリザーバーに放出される。
【0024】
アニーリング、伸長及び変性の好ましい各温度と時間の推奨比率を以下の表1に示す。
【0025】
【表1】

【0026】
核酸増幅装置が、片側のループ部に対応する1つの変性温度帯と他方のループ部に対応するアニーリング温度帯と両側のループ部をつなぐ直線部に対応する伸長温度帯の3つの温度帯を有する場合には、上記表1の推奨比率になるように設定すればよく、片側のループ部に対応する1つの変性温度帯と、他方のループ部/直線部に対応する伸長過程が実施
できる温度帯(伸長過程はアニール温度から変性温度の途中の温度で実施する)の2つの温度設定のサーマルサイクルでPCRを行う場合には、表1の推奨比率に対応するように実施すればよい。
【0027】
図1の連続流PCR用マイクロ流体デバイスは、長さ80mm、幅40mm、厚さ2mmのシクロオレフィン樹脂(COP)の平板に、CAD上でデザインした流路形状を、NC加工機を用いて切削加工して作製した。微小流路の切削は、直径200μmの樹脂用ボールエンドミルを使用し、流路断面の形状は、幅400μm、深さ500μmの半円状とした。なお、微小流路の注入側の末端からCOP板の端まで幅および深さが0.65mmの直線上の溝を切削し、出口側の末端には、直径2mmの円筒状のリザーバーが接続する形状とした。注入側の溝部分に外径0.65mmの金属チューブを挿入し、液漏れを防ぐために接着剤を金属チューブの外周部のみに滴下後、圧力感受性の粘着剤がコートされたマイクロプレートシール(3M製9795)を全面に接合することにより、連続流PCR用マイクロ流体デバイスを作製した。なお、微小流路出口側のリザーバーを覆う部分のシールについてはカットした。
【0028】
ヒーターを内蔵した3本の長さ150mm、幅15mm、高さ10mmのアルミブロック5,6,7を平行に、0.5mmから1mm程度の間隔をおいて図2のように配置し、
その上に作製した連続流PCR用マイクロ流体デバイスと接触させることで、3ヶ所の接触領域について個別かつ局所的に温度を制御した。各ヒーターは、アルミブロック表面を均一に、120℃以上まで加熱可能な性能を有しており、また、底面側にペルチェ素子を接合させることで、5℃以下まで冷却する機能を持たせた。
【0029】
微小流路のデザインについては、30mmの長さ毎に400μm以上の間隔をおきながら連続的に折り返す蛇行流路とし、3つのアルミブロックと蛇行流路が直交し、かつ蛇行流路の折り返すループ部分が、両端のヒーターと7mmずつ接触するように設計した。また、3本のアルミブロックのうち、両端のアルミブロック上で、各40回ずつ折り返すデザインとすることで、PCRに要するサーマルサイクルを40回実行できる設計とした。図1,2は、サーマルサイクルを40回実行できる蛇行流路と3つの温度帯を用いた例を
示しているが、サーマルサイクルを1回実行できるように蛇行流路を設計してもよく、温度帯を2つになるように設計してもよい。
【0030】
各アルミブロック5,6,7の温度は、内部に設けた温度センサーに基づきPID制御することで、ヒーターもしくはペルチェ素子により均一かつ一定に保持される。図2に示す個々のアルミブロック5,6,7の設定温度は、試料液の温度がPCRの変性、伸長、アニーリングに必要な95℃、72℃、55℃となるように設定した。なお、一度設定したアルミブロックの温度については、同じ条件で連続流PCRを実施する限り変更する必要はない。
【0031】
PCRの試料液としては、リアルタイムPCRの標準的なキット(Takara製PCR Core Kit)を利用した。キット付属の134bpのDNA試料(Positive Control)を、PCRにおける増幅対象とし、キット通りにPCR試薬を調整した。PCR試薬の1μlから30μlを、シリンジポンプ(Harvard製Model11)に接続した内径0.5mmのシリコンチューブを通して、連続流PCR用マイクロ流体デバイスの金属チューブから注入した。その際、試料液が連続流PCR用マイクロ流体デバイスの金属チューブから微小流路出口のリザーバーまで流れきるように、シリンジポンプには十分量の空気をあらかじめ満たしておく。シリンジポンプの流速は、65〜225μl/minに設定し、微小流路の出口末端のリザーバーに排出されるまで連続的に送液した。これは、連続流PCRにおける1サイクル分の流路長さを流れる所要時間として、1sec/cycleから10sec/cycleに相当する。
【0032】
PCRによるDNAの増幅は、リザーバーに到達した試料液を回収し、FAM色素用に設定した蛍光プレートリーダー(Thermoscientific製Fluoroscan Ascent)にて、連続流PCR前後における蛍光強度の変化量を求めることで確認した。連続流PCRの結果、目的のDNA断片の増幅を示す蛍光強度の増加は、図3に示す通り、1サイクル毎の所要時間に依存した。これは、流速を遅くして1サイクル毎の所要時間を長くすると、PCRの変性、アニーリング、伸長の各反応に必要な熱伝導と反応時間が十分確保されたためである。
【0033】
一方、本発明の特徴である試料プラグとして、連続流PCRを実施した場合、試料液の体積が少なくなるほど、PCRの効率が良くなることが明らかとなった。図4に示す通り、試薬溶液量が10μl以上のときは、一定の速度で流れるために、伸長反応に寄与する55℃から95℃へ向かう間の72℃の領域と、折り返して、95℃から55℃へ冷却する間に挟まれた72℃の領域の移動時間は等しい。しかし、使用した蛇行流路の直線部分の流路長さは30mmであり容積は約5.5μlに相当するため、試料液の体積が5.5μlより小さくなると、試料プラグは直線部分の中に収まるサイズとなる。そのため、サーマルサイクルのための加熱もしくは冷却において、試料プラグの上流および下流の気液界面においては、個々に蒸気圧の変化が生じ、蛇行流路の位置に依存して刻一刻と変化す
る。これにより、55℃から95℃へ向かう伸長反応の過程では、上流側の気液界面での蒸気圧は、下流側より高まるために流れ方向に逆らう力が発生し、図4に示すように、試料プラグは低速で移動する(図6(B)参照)。それに対し、95℃から55℃へ向かう微小流路内では、下流側の気液界面側の蒸気圧が高くなり流れを加速するように働くため、試料プラグは2〜3倍の速度で移動する。
【0034】
図3から明らかなように、試料液の体積が、5μl以下の場合のPCRによる蛍光増幅量と、10μl以上の場合を比較すると、同じ平均流速であっても、2倍から6倍ほど高効率であった。このように、試料プラグ両端の蒸気圧の差を利用することで、55℃に続く72℃の伸長反応の時間は長くPCR反応に有利となり、一方、蛇行流路のデザイン上の制約による変性領域(95℃)からアニーリング領域(55℃)に戻る間のPCRに不要な伸長領域(72℃)を高速に通過することで、副生成物のない理想的なサーマルサイクルが実現でき、連続流PCRの高速化と高効率化の両立が初めて実現された。
【0035】
他の遺伝子検出の実例として、炭疽菌の毒素(PA)遺伝子および夾膜(CA)遺伝子を対象に連続流型PCRによるDNA断片の増幅を検討した。Takara製Cycleave PCR炭疽菌Detection Kit Ver.3.0を使用し、PA遺伝子とCA遺伝子のそれぞれ対するPCR試薬をキット通りに調整した。各PCR試薬については個別に連続流PCRを行った。調整したPCR試薬を、1μlずつの3個の試料プラグとして、同時に連続流PCR用微小流体デバイス内に注入し、シリンジポンプ(Harvard製Model11)により、100から680μl/minの流速で送液した。
【0036】
微小流路のデザインについては、30mmの長さ毎に400μm以上の間隔をおきながら連続的に折り返す蛇行流路とし、3つのアルミブロックと蛇行流路が直交し、かつ蛇行流路の折り返すループ部分が、両端のヒーターと7mmずつ接触するように設計した。また、3本のアルミブロックのうち、両端のアルミブロック上で、各40回ずつ折り返すデザインとすることで、PCRに要するサーマルサイクルを40回実行できる設計とした。
【0037】
各アルミブロックの温度は、試料液の温度がPCRの変性、伸長、アニーリングに必要な95℃、72℃、55℃となるよう、個々のアルミブロックの設定温度を設定した。
【0038】
複数の試料プラグを同時に導入して連続流PCRを行った際、微小流路上の1サイクル分の長さに2個以上の試料プラグが同時に入ると、理想的なサーマルサイクルに必要な蒸気圧を利用した送液のリズムが乱れてしまう。そのため、各試料プラグについては、1サイクル分以上の十分な間隔をおいて注入した(図6(A))。これにより、個々の試料プラグにおいて、伸長過程が減速し、冷却過程が加速化される送液のリズムが確認され、1回の連続流PCRにおいて、試料プラグの数は1個に限定されず、大量の試料液量にも対応できる。
【0039】
連続流PCR用微小流体デバイスのリザーバーに回収されたPCR試薬について、FAM色素用に設定した蛍光プレートリーダー(Thermoscientific製Fluoroscan Ascent)を用いて、連続流PCR前後における蛍光強度の変化量を求めるところ、図5のように、PA遺伝子とCAP遺伝子の双方で、同様な連続流PCRによるDNA断片の増幅が確認された。DNA断片の増幅率に着目すると、PA遺伝子とCAP遺伝子ともに、40サイクルの連続流PCRの時間が240sec以上の条件において、蛍光強度変化が飽和し十分な増幅が確認された。
【0040】
なお、これらの検討においては、蛍光変化によってDNA断片の増幅を確認するリアルタイムPCR法を用いているが、本明細書で使用される技術は、リアルタイムPCRに限
定されるものではなく、RT-PCRを含むPCR法を利用した核酸増幅技術に利用可能
である。
【0041】
以下の表2には、本発明(1)と文献(2〜5)に記載PCRチップを用いた高速・高増幅PCRによるフロー時間(秒/サイクル)と生成物のサイズ(bp)を示す。
【0042】
【表2】

【0043】
文献(2):Sang-Hoon et al.Ultra-rapid real-time PCR for the detection of Paenibacillus larvae, the causative agent of American Foulbrood (AFB), Journal of Invertebrate Pathology 99 (2008) 8-13
文献(3):Pavel Neuzil et al.Ultra fast miniaturized real-time PCR: 40 cycles in less than six minutes, Nucleic Acids Res. 2006; 34(11): page1-9 of 9
文献(4):Jeong Ah Kim1, et al. Fabrication and characterization of a PDMS-glass hybrid continuous-flow PCR chip, Biochemical Engineering Journal 29 (2006) 91-97
文献(5):Martin U.K. et al. Chemical amplification continuous-flow PCR on a chip. Science 1998; 280: 1046-1048.
【0044】
上記の結果から、本発明が非常に高速にPCR反応を行えることが明らかになった。
【符号の説明】
【0045】
1 PCR試薬注入用金属チューブ
2 蛇行流路
3 リザーバー
4 連続流PCR用微小流体デバイス
5 アニーリング用アルミブロック
6 伸長反応用アルミブロック
7 DNA変性用アルミブロック
8 試料プラグ(sample)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1回のPCRサイクルを行うことができる蛇行流路を備えた核酸増幅装置にPCR試料液を供給してPCR反応を行う核酸増幅方法において、前記核酸増幅装置は、片側のループ部に対応する1つの変性温度帯とアニーリングおよび/または伸長を行う1つ
または2つの温度帯を有し、かつ、PCR試料液は気体によりPCRの1サイクル分或いはそれ以上隔てられた状態で前記蛇行流路内に供給されることを特徴とする、核酸増幅方法。
【請求項2】
前記蛇行流路は、両側のループ部とその間の直線部を有し、片側のループ部に対応する1つの変性温度帯と、他方のループ部に対応するアニーリング温度帯と、直線部分に対応する伸長温度帯の3つの温度帯から構成される、請求項1に記載の核酸増幅方法。
【請求項3】
前記蛇行流路は、両側のループ部とその間の直線部を有し、片側のループ部に対応する1つの変性温度帯と、他方のループ部及び直線部に対応しアニーリング温度から変性温度の途中の温度で、伸長過程を実施する温度帯の2つの温度帯から構成される、請求項1に記載の核酸増幅方法。
【請求項4】
PCR試料液がセグメントフロー方式でポンプにより蛇行流路内に送液される、請求項1〜3のいずれかに記載の核酸増幅方法。
【請求項5】
より低温のアニーリング領域からより高温の変性領域へ向かうPCR試料液の移動速度は変性領域の蒸気圧により減少され、変性領域からアニーリング領域へのPCR試料液の移動速度は高温の変性領域の蒸気圧により増加される、請求項1〜4のいずれかに記載の核酸増幅方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−200193(P2011−200193A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−72461(P2010−72461)
【出願日】平成22年3月26日(2010.3.26)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度 文部科学省「生物剤検知用                      バイオセンサーシステムの開発」委託研究、産業技術力強化法第                      19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】