説明

植物の凍結・低温ストレス耐性レベルの簡易評価方法および装置

【課題】植物の低温・凍結耐性レベルを簡便で、短時間に、評価する植物を枯らすことなく評価できるものとすること。
【解決手段】評価する植物体は幼植物から成体植物まで、その植物種に適した栽培条件で育成した個体の組織の一部、例えば葉(葉が小さく数多く付くものは葉一枚を、また大きな葉を付けるものは葉の一部を切り取って使用)を切り取って、これを水中で凍結させ、その後室温に戻し、葉から溶出されたアミノ酸をニンヒドリンと反応させ分光器により570nmの吸光度を測定しその含量を測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物(花卉園芸植物、作物、芝など)の品種育成において、育成したあるいは育成途中の植物を短時間で、簡便にその低温及び凍結ストレスに対する耐性レベルを評価する簡易評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の低温耐性評価には、イネを用いた幾つかの方法が知られている。1つは、自然災害の一つである冷害を利用(冷害の起こる場所と時期を利用)する方法、つまり自然条件で発生する冷害時期に合わせてイネサンプルを育成する方法である。これには早播早植法や晩播晩植法がある。早播早植法は冷害期に合わせてイネの生育を早め、また晩播晩植法は秋冷に合わせイネの生育を遅らせる方法であり、最終的には冷害に曝すことでイネに不稔を発生させ評価する方法である。これらの方法では、冷害時期に処理したいサンプルの生育時期を合致させるのが難しく、そのため移植時期などを変えるなどして生育ステージの異なる材料を多数養成する必要がある。
【0003】
二つ目には、冷水を掛け流すことで処理する方法がある。寒冷地や山間高冷地では、冷水による生育障害発生の常習地であるため、この冷水を積極的に利用することで耐冷性を評価しようとするものである。これには、長期冷水掛流し法、中期冷水掛流し法、短期深水冷水処理法、冷水噴霧法などがある。いずれの方法も評価するイネに短、中、長期で冷水を掛け流したり、あるいは穂ばらみ期にこの冷水を噴霧することで、最終的にその不稔発生率により評価する方法である。いずれの方法も自然を利用するため廉価な方法と言えるが、準備するサンプルの数が多く、また冷水の温度誤差や処理タイミングが難しく時間と経験を要する方法と言える。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
自然発生する冷害を利用する方法は、これに合わせてイネサンプルを準備育成しなければならず、タイミング良くこの冷害の発生時期に合わせるのは難しいので育成期間の異なった多くのサンプルを準備しなければならない。このことは多大な労力を必要とする。一方、冷水掛け流し法は寒冷地や山間高冷地の冷水を使用するため安価な方法と言えるが、上記冷害を利用する方法同様に処理するタイミングが難しく準備するサンプルの数も多くなる。また、用いる冷水の温度に誤差があるため時間と経験が必要になり、正確に評価することが難しい方法と言える。
【0005】
本発明では、評価に使用するサンプルは植物体の組織の一部であり、その後の生育を阻害することはない。また、評価に使用するサンプルは幼植物体から成熟した植物体、ひいてはその培養細胞と幅広く測定することが可能で、評価する時間も短時間であり、幼植物体を評価サンプルに用いれば評価までにかかる時間を更に短縮することができる。さらに、一番の特徴は、評価した植物体は枯死することはないので、そのまま選抜個体として利用することができるという点にある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記課題を解決するために、評価する植物体は幼植物から成体植物まで、その植物種に適した栽培条件で育成した個体の組織の一部、例えば葉(葉が小さく数多く付くものは葉一枚を、また大きな葉を付けるものは葉の一部を切り取って使用)を切り取って、これを水中で凍結させ、その後室温に戻し、葉から溶出されたアミノ酸をニンヒドリンと反応させ分光器により570nmの吸光度を測定しその含量を測定する。ニンヒドリン反応は別名アプデルハルデン反応とも呼び、アミノ基を有する化合物とニンヒドリンとが反応して、ケチミンが生じ、このケチミンが脱炭酸されアルジミンになりさらにアルデヒドが遊離して中間体アミンになる。この時この中間体アミンがもう1分子のニンヒドリンと反応して赤紫色のジケトヒドリンジリデン−ジケトヒドリンダミン(ルーヘマン紫)が生成させる。この発色した生成物の濃度を測定することで溶出されたアミノ酸の量を知ることができる。そして、得られた数値により、耐性レベルの強弱を判定する。本発明の評価方法は、耐性評価用として鉢や路地植えした植物ばかりではなく、植物自体を移動や輸送できない希少なものや大きな個体などにも適用することができる。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、植物の低温・凍結耐性レベルを短時間で、簡便にしかも評価する植物体を枯らすことなく評価できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下の実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0009】
(実施例)
供試材料として日本型栽培品種の朝の光に低温耐性の効果のある遺伝子AtASProDHを組み込んだ形質転換イネと本遺伝子を除いたベクターのみを導入した形質転換イネ(コントロール)の2種を用いた。各種子は、抗生物質であるハイグロマイシンを含む0.1%ベンレート液に浸漬して3日間殺菌と吸水を行った。発芽した種子は、スーパーソイル:バーミキュライト=1:1混合土壌に播種し、人工気象器内で、温度27℃、湿度60%、光照射量20,000lux(明暗サイクル:14/10h)条件下、十分潅水し、10日間育成する。
【0010】
図1はイネ幼植物体からの低温・凍結耐性評価試験用サンプル調製する概念図である。葉の極先端部分を除く葉片AあるいはBの部分10mg分を植物体から切り取る。この葉片を、純水の入った1.5mlのマイクロチューブに入れ、かるく遠心し葉片を沈める。葉片の入ったチューブは、−20℃の暗黒条件下で5時間放置し凍結させる。その後、チューブは軽く振とうしながら、室温で1時間溶解させる。溶解させたサンプルはニンヒドリン溶液を加え、沸騰水中で15分間加熱し、その後急冷し、エタノールを加え570nmの吸光度を測定する。アミノ酸の濃度は、チロシンなど標品として市販されているアミノ酸を予め適量溶かしたサンプルを同様の方法でニンヒドリン反応を行い吸光度を測定して作成した検量線を指標に算出する。
【0011】
図2は、標品としてチロシン(0〜100μg)を用いてのニンヒドリン反応を行った時の反応産物の着色変化を示す図である。
【0012】
図3は、実際に凍結耐性のある組換えイネの幼植物体から取った葉片を用いて本発明を適用し、その低温・凍結耐性を評価した結果の一例を示す図である。ベクターコントロールを含む各耐凍結性のある組換えイネ系統(A、B、C)の数値は各系統4個体の平均値で表している。コントロールの0.68に対して組換えイネのいずれの系統においても低い値を示していることが分かる。このことは凍結耐性の低い植物(ここではイネ)ほど、細胞の凍結により細胞壁および細胞膜が破壊され細胞質内の溶質が溶出されて、数値としては高い値を示すことが上記の図から判断できる。つまり、耐性のある植物は凍結処理により、細胞壁や細胞膜が破壊され難くなっており、本法では、溶出されるアミノ酸量が少ないことで判定できる。
【0013】
図4A、図4Bは、プロリンを蓄積させ塩害や乾燥に強いことが知られているインド型のイネ(DGWG)とこれらのストレスに弱いインド型のイネ(IR28)を用いて0℃で7日間処理を行ったときの結果の一例を示す図である。また、アミノ酸測定には図1のAの部分を使用した。
【0014】
まず、低温処理後の葉を取り出し、新しいマイクロチューブに移して液体窒素中で破砕し、上記マイクロチューブにHO1mlを加え97℃,6min加熱して氷中で冷却する。次いで、回転数15000rpmで10min遠心し、上清を1200μlに調整する。これに、試薬25%TCAを300μl加えて混合し、回転数15000rpmで10min遠心する。得られた結果の上清をニンヒドリン反応で測定して残留アミノ酸量とする。
【0015】
図4Aは、10mg生重量あたり溶出されるアミノ酸の量と溶出されずに組織あるいは細胞内に残ったアミノ酸量を表す図である。また、図4Bは図4Aに示す割合を%で表示した図である。これらの結果からDGWGは溶出されるアミノ酸量が多く、細胞内に残っているアミノ酸量が多いことが分かる。つまり、凍結ストレスに対して強いことがこの結果により明らかである。一方、IR28は溶出されるアミノ酸量が多く、弱いイネであることがこの結果により知られる。
【産業上の利用可能性】
【0016】
本発明は、品種選抜や冷害地への導入品種選定に適用して有効である。特に、植物の根や葉といった僅かな組織を使って耐性レベルを検定することができるので、検定する植物体に与えるダメージが少なく、また検定個体自身を生かせるので、品種選抜の検定に要する時間を少なくすることができ、農業および園芸上有用な方法になりうる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】イネ幼植物体からの低温・凍結耐性評価試験用サンプルを調製する概念図。
【図2】標品としてチロシン(0〜100μg)を用いてのニンヒドリン反応を行った時の反応産物の着色変化を示す図。
【図3】実際に凍結耐性のある組換えイネの幼植物体から取った葉片を用いて本発明を適用し、その低温・凍結耐性を評価した結果の一例を示す図。
【図4A】葉片10mgの生重量あたり溶出されるアミノ酸の量と溶出されずに組織あるいは細胞内に残ったアミノ酸量を表す図。
【図4B】図4Aに示す割合を%で表示した図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被評価植物の葉片を採取すること、
採取した葉片を、水を入れた容器中に沈めること、
前記容器を水が凍結する温度の液中に所定時間曝して容器内の水を凍結させること、
前記容器を室温に戻し、凍結した水を解凍すること、
前記解凍した水中に溶出した所定の成分の含量を、ニンヒドリン反応を利用して測定すること、
により被評価植物体の低温及び凍結耐性レベルを評価することを特徴とする植物の凍結・低温耐性レベル簡易評価方法。
【請求項2】
前記被評価植物体の葉片に代えて、被評価植物体の根の一部を用いる請求項1記載の植物の凍結・低温耐性レベル簡易評価方法。
【請求項3】
前記解凍した水中に溶出したアミノ酸量を、ニンヒドリン反応を利用して測定した後、前記水中にある前記被評価植物体を容器中に取り出して破砕し、これに水を加えて、水中に溶出した所定の成分の含量を、ニンヒドリン反応を利用して測定して、被評価植物体の残留アミノ酸量とするとともに、残留アミノ酸量と当初溶出したアミノ酸量との比を表示する請求項1または2に記載の植物の凍結・低温耐性レベル簡易評価方法。
【請求項4】
前記成分が解凍した水中に溶出したアミノ酸である請求項1または2に記載の植物の凍結・低温耐性レベル簡易評価方法。
【請求項5】
前記被評価植物体が遺伝子組換え技術の利用により作出された形質転換植物である請求項1ないし4のいずれかに記載の植物の凍結・低温耐性レベル簡易評価方法。
【請求項6】
被評価植物の葉片を採取する手段、
採取した葉片を収容する水を入れた容器、
前記容器を水が凍結する温度の液中に所定時間曝して容器内の水を凍結させる手段、
前記容器を室温に戻し、凍結した水を解凍する手段、
前記解凍した水中に溶出した所定の成分の含量を、ニンヒドリン反応を利用して測定する手段、
を備え、被評価植物体の低温及び凍結耐性レベルを評価することを特徴とする植物の凍結・低温耐性レベル簡易評価装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【公開番号】特開2006−10476(P2006−10476A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−187528(P2004−187528)
【出願日】平成16年6月25日(2004.6.25)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成15年度、農林水産省、独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構 環境ストレス耐性遺伝子組換え作物の開発、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】