説明

植物の分枝形成促進、矮化、不稔化、および花芽複数形成促進方法

【課題】植物の分枝形成促進、矮化、不稔化方法、および花芽複数形成、さらに、植物の分枝形成を促進および/または矮化および/または不稔化および/または花芽複数形成を促進する薬剤を提供すること。
【解決手段】ファイトプラズマは植物の分枝形成促進および/または矮化および/または不稔化および/または花芽複数形成を引き起こす病原微生物である。このファイトプラズマのPAM765ペプチドを植物個体に導入することによって、植物の分枝形成促進および/または矮化および/または不稔化および/または花芽複数形成を促進することができる。また、PAM765ペプチド、または、PAM765ペプチドをコードする遺伝子を含有する、植物の分枝形成促進および/または矮化および/または不稔化および/または花芽複数形成を促進する薬剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は植物の分枝形成促進、矮化、不稔化、および花芽複数形成促進方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物の生育調整や形態形成制御が可能となれば、光合成効率の向上や穂数増など農作物の収量増につなげることができる。また、園芸植物についても、形態的特徴を制御することによって付加価値の飛躍的向上が期待できる。従来は、変異原処理等を行うことによって植物の一連の形態形成関連遺伝子群の変異を促し、そのうち有用なものを選択して分子育種に使用することが一般的に行われていた。しかし、この方法では、その形質導入が品質や生育特性等の他の各種形質に及ぼす影響が未知であり、有用かつ実用的な遺伝子となり得るかどうかを予測することが困難であった。
【0003】
ファイトプラズマ(Phytoplasma asteris)は700種類以上の植物に感染し、特徴的な形態変化を引き起こす植物病原微生物である(例えば、非特許文献1参照)。その感染によって植物に見られる形態異常として、萎縮、分枝増加(叢生症状)、黄化、縮葉、花器官の葉への変換(葉化)、花器官のシュート構造への転換(突き抜け)等がある(例えば、非特許文献1参照)。これらは農業上重要病害であり、大きな被害をもたらしている。一方で、葉化症状を呈したアジサイ、叢生症状を呈したポインセチア等もファイトプラズマの感染によって引き起こされる病徴として知られているが(例えば、非特許文献2参照)、これらの形態異常植物個体はその形態のユニークさから植物の商品価値を高め、品種登録されて珍重されている。
【0004】
以上のことから、病原微生物であるファイトプラズマの感染を利用して、植物個体の生育や形態を制御し、分枝形成や矮化等の有用形質を持たせることが可能であると考えられる。しかし、通常、ファイトプラズマの感染は媒介昆虫であるヨコバイ類を介して拡大するため(非特許文献3参照)、ファイトプラズマが感染した植物個体は、たとえ有用形質を持っていたとしても他植物個体における新たな病気の発生源となる恐れがあった。
【0005】
【非特許文献1】Lee IM et al., Annual Review of Microbiology 54: 221-255 (2000)
【非特許文献2】Lee IM et al., Nature Biotechnology 15:178-182 (1997)
【非特許文献3】Suzuki S et al., Proceedings of the National Academy of Sciences 103: 4252-4257 (2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明は、ファイトプラズマの感染を介さず、植物の分枝形成促進、矮化、不稔化、および花芽複数形成促進する方法、さらに植物の分枝形成を促進および/または矮化および/または不稔化および/または花芽複数形成促進する薬剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ファイトプラズマ(Phytoplasma asteris)のDNA上にコードされると予測される遺伝子全てを一つずつ植物個体に発現させ、個体の形態変化を観察することによって、植物の分枝形成・矮化を促進するペプチド候補のスクリーニングを行った。その結果、分枝の増加および萎縮の形態異常を促進するPAM765ペプチドを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
なお、ここで、「分枝」とは、植物個体の主軸を形成する茎の節から生じた側芽が成長して形成された枝のことをいう。この枝は成長に伴い、茎構造に加えて葉や花を持つこともある。また、「花芽複数形成」とは植物の茎の一つの節から、分枝を伴わずに複数の花芽が形成されることであり、「花芽形成」とは花芽の創始、分化、および発達の過程を含む。
【0009】
すなわち、本発明の植物の分枝形成促進および/または矮化および/または不稔化および/または花芽複数形成促進方法は、非組換えファイトプラズマを感染させることなく、PAM765ペプチドを有するペプチドを植物個体に導入することを特徴とする。PAM765ペプチドは、DQDDDIENVITLX4ETKENQTEX5IKX6QCQDLLQKGEKDA(配列番号1)、DQDDDIENVITLIETKENQTEQIKIQCQDLLQKGEKDA(配列番号2)またはDQDDDIENVITLTETKENQTEEIKMQCQDLLQKGEKDA(配列番号3)のいずれかのアミノ酸配列を有するペプチドであることが好ましく、配列番号1〜3において、数アミノ酸残基が欠失、挿入、または置換されたアミノ酸配列を有し、植物の分枝形成を促進および/または植物を矮化および/または不稔化することのできるペプチドであってもよい。(なお、上記配列中、X4−6はいずれのアミノ酸であってもよい。)
【0010】
本発明の植物の分枝形成を促進および/または植物を矮化および/または不稔化および/または花芽複数形成促進する方法は、PAM765ペプチドをコードするDNAを該植物個体で発現させて行ってもよい。また、前記DNAの該植物個体における発現は、トランスジェニック植物を作成することにより行ってもよい。
【0011】
本発明の植物の分枝形成を促進および/または植物を矮化および/または植物を不稔化および/または植物の花芽複数形成促進方法する農薬組成物または薬剤は、PAM765ペプチドまたはPAM765ペプチドをコードする遺伝子を含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、非組換えファイトプラズマの感染を介さず、植物の分枝形成促進および/または矮化および/または不稔化する方法、さらに、植物の分枝形成を促進および/または矮化および/または不稔化および/または花芽複数形成促する薬剤を提供することができるようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、上記知見に基づき完成した本発明の実施の形態を、実施例を挙げながら詳細に説明する。ただし、本発明は下記実施例に限定されない。
【0014】
実施の形態及び実施例に特に説明がない場合には、J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001); F. M. Ausubel, R. Brent, R. E. Kingston, D. D. Moore, J.G. Seidman, J. A. Smith, K. Struhl (Ed.), Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons Ltd.等の標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや測定装置を用いる場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールを用いる。
【0015】
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例等は、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図ならびに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々に修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0016】
〈1.植物の分枝形成促進、植物を矮化、不稔化および花芽複数形成促進する方法〉
本発明による植物の分枝形成促進、植物を矮化、不稔化および花芽複数形成促進する方法は、非組換えファイトプラズマを感染させることなく、PAM765ペプチドを植物個体に導入することを特徴とする。
ここで、非組換えファイトプラズマとは、遺伝子組み換え技術を用いて作製したファイトプラズマ以外のファイトプラズマであって、例えば、野生型ファイトプラズマや自然突然変異を有するファイトプラズマが例示できる。
また、PAM765ペプチドとは、長さが最大70アミノ酸残基のペプチドを意味し、
(1)以下の配列番号4〜6のアミノ酸配列を有するペプチド、
MVKLX1KX2KX3KLLIFAGFWAILLFLNHNYLIFADQDDDIENVITLX4ETKENQTEX5IKX6QCQDLLQKGEKDA(配列番号4)(式中、X1−6はいずれのアミノ酸でもよいが、XはKかQ,XはHかD,XはAかV、XはIまたはT、XはQまたはE、XはIまたはMであることが好ましい)
MVKLKKHKAKLLIFAGFWAILLFLNHNYLIFADQDDDIENVITLIETKENQTEQIKIQCQDLLQKGEKDA(配列番号5)
MVKLQKDKVKLLIFAGFWAILLFLNHNYLIFADQDDDIENVITLTETKENQTEEIKMQCQDLLQKGEKDA(配列番号6)
(2)以下の配列番号1〜3のアミノ酸配列を有するペプチド、
DQDDDIENVITLX4ETKENQTEX5IKX6QCQDLLQKGEKDA(配列番号1)(式中、X4−6はいずれのアミノ酸でもよいが、XはIまたはT、XはQまたはE、XはIまたはMであることが好ましい)
DQDDDIENVITLIETKENQTEQIKIQCQDLLQKGEKDA(配列番号2)
DQDDDIENVITLTETKENQTEEIKMQCQDLLQKGEKDA(配列番号3)
(3)配列番号5のアミノ酸配列からなるペプチドをコードする遺伝子のホモログやオーソログがコードするペプチドのうち、配列番号2のアミノ酸配列に対応するアミノ酸配列からなる部分ペプチドを有するペプチド、
(4)配列番号1〜3のアミノ酸配列または(3)に記載の配列番号2のアミノ酸配列に対応するアミノ酸配列を有し、配列番号4〜6の一部のアミノ酸配列からなるペプチド、
(5)(1)から(4)に記載のいずれかのペプチドの配列において、数アミノ酸残基(例えば、10アミノ酸残基、好ましくは、8アミノ酸残基、より好ましくは、6アミノ酸残基、さらに好ましくは4アミノ酸残基、さらに好ましくは2アミノ酸残基)が欠失、挿入、または置換されたアミノ酸配列を有し、植物の分枝形成を促進および/または植物を矮化および/または植物を不稔化することのできる変異ペプチドを意味するが、好ましくはN末端にメチオニンが付加された以下の変異ペプチド(配列番号7〜9)である。
MDQDDDIENVITLX1ETKENQTEX2IKX3QCQDLLQKGEKDA(配列番号7)
MDQDDDIENVITLIETKENQTEQIKIQCQDLLQKGEKDA(配列番号8)
MDQDDDIENVITLTETKENQTEEIKMQCQDLLQKGEKDA(配列番号9)
なお、(5)の変異ペプチドは、(1)〜(4)のペプチドにおいて、分枝形成促進活性、矮化促進活性、または不稔化促進活性に必要なアミノ酸に、変異が生じていないか、変異が生じていても分枝形成促進活性、矮化促進活性、または不稔化促進活性を失わせないような変異を有する変異ペプチドであり、当業者にとって(1)〜(4)のペプチドと均等物であることが明らかなペプチドのことを意味する。なお、これらのペプチドは、糖鎖修飾などの修飾がなされていてもよい。
【0017】
本発明の方法を用いることのできる対象となる植物は、前記PAM765ペプチドによって分枝形成、矮化、不稔化、または花芽複数形成を促進することができる植物種であれば特に制限がないが、onion yellows (OY)ファイトプラズマまたはAster yellows witches’-broom(AYWB)ファイトプラズマによって、疾患の表現系が現れる植物が好ましく、Nicotiana benthamiana、Arabidopsis thaliana、Chrysanthemum coronarium、Petunia hybridaが例示できる。
【0018】
実施例に示すように、OYファイトプラズマが有する、配列番号2のアミノ酸配列を有するペプチドは、植物の分枝形成、矮化、不稔化および花芽複数形成を促進する活性を有する。一方、配列番号3のアミノ酸配列を有するペプチドは、AYWBファイトプラズマにおけるホモログであり、同じ活性を有すると考えられる。これらのペプチドにおいては、3ヶ所のアミノ酸残基(配列番号1におけるX1-3に相当する)が保存されておらず、従って、これらのアミノ酸残基は、植物の分枝形成、矮化、および不稔化を促進する活性には重要でないと考えられる。従って、それらのアミノ酸残基を特定していない配列番号1のアミノ酸配列を有するペプチドも、植物の分枝形成、矮化、不稔化または花芽複数形成を促進する活性を有すると考えられる。
【0019】
PAM765ペプチドの植物個体への導入方法は、特に限定されず、PAM765ペプチド自体の導入、PAM765ペプチドをコードするDNAを植物個体で発現させることによる導入、またはPAM765ペプチドを発現する細胞を移植することによる導入など、いずれの方法によって行ってもよい。なお、PAM765ペプチドは分子量が顕著に小さいため、植物個体の一部に導入すれば、機能すべき場所に拡散する。従って、PAM765ペプチドを植物個体の一部に導入しても全体に導入してもかまわない。
【0020】
〈2.PAM765ペプチドの製造と植物個体への導入〉
上記のように、PAM765ペプチドを植物個体に導入するには、PAM765ペプチド自体を植物個体に導入してもよい。
【0021】
植物個体に導入するためのPAM765ペプチドは、その取得・調製法によって特に限定されず、天然由来のペプチドであっても、遺伝子組換え技術を用いて製造された組換えペプチドであっても、または周知の方法で化学合成したペプチドであってもよい。天然由来のペプチドは、タンパク質の単離・精製法を適宜組み合わせることにより、PAM765ペプチドを発現しているファイトプラズマから取得することができる。あるいは、ファイトプラズマに感染した媒介昆虫や植物器官等から精製してもよい。ここで、ファイトプラズマの系統は、分枝形成を促進するか、矮化を引き起こすか、不稔化を引き起こすか、または花芽複数形成を促進するものであれば、特に制限はない。化学合成により本発明に係るペプチドを調製する場合には、例えばFmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)やtBoc法(t-ブチルオキシカルボニル法)等の当業者に周知の化学合成法に従って製造することができる。また、各種市販のペプチド合成機を利用してPAM765ペプチドを製造することもできる。遺伝子組換え技術によりペプチドを調製する場合には、PAM765ペプチドをコードするDNAの塩基配列を好適な発現ベクターに導入した後、培養細胞等の宿主を形質転換し、ペプチドを発現させればよい。
【0022】
このようにして得られるPAM765ペプチドを植物体に導入する方法は特に限定されず、注射器等で、葉等の植物個体の一部に注入してもよく、維管束内に注入してもよい。
【0023】
〈3.PAM765ペプチドをコードするDNAを植物個体で発現させることによる、PAM765ペプチドの植物個体への導入〉
上記のように、PAM765ペプチドを植物個体に導入するには、PAM765ペプチドをコードするDNAを植物個体で発現させてもよい。
【0024】
PAM765ペプチドをコードするDNAを植物個体で発現させるため、まず、PAM765をコードするDNAを植物細胞で発現させるための適切なプロモーターの下流に挿入した発現ベクターを作製する。この発現ベクターを生体植物に導入するか、あるいは、生体植物から単離した組織、器官、または、植物由来の株化細胞、カルスに導入した後、植物個体に再生することによって、植物個体へPAM765ペプチドを導入することができる。
【0025】
DNAを植物個体で発現させる方法においては、まず、当業者に周知の方法を用い、PAM765ペプチドをコードするDNAを発現ウイルスベクターに組込み、組換えウイルスベクターを作成する。ここで、使用するウイルスベクターは、例えばpCAMV(ポテトウイルスXベクター)等を用いることができるが、特に制限されない。
【0026】
このようにして作製した組換えウイルスベクターを植物個体に導入する。この工程は、生体植物を用いる方法、あるいは、植物から単離した組織、器官、もしくは、植物由来株化細胞、カルスを用いる方法、から選択できる。以下、各々について詳細に説明する。
【0027】
まず、生体植物を用いて組換えウイルスベクターを植物に導入する方法としては、例えば、アグロバクテリウムを介するアグロバクテリウム法が挙げられる。アグロバクテリウム法では、例えばエレクトロポーテーション法(Nagel et al., Microbiology Letters, 67:325, 1990)等の当業者に周知の方法を用いて、組換えウイルスベクターをアグロバクテリウムに導入する。
【0028】
次いで、組換えウイルスベクター導入アグロバクテリウムを浸漬バッファーに懸濁したアグロバクテリウム菌液を作製し、生体植物の一部または全体を浸漬する(Gelvin et al., Molecular Biology Manual, Academic Press Publishers; Cough & Bent, The Plant Journal, 16:735-743, 1996)。これによって、浸漬した生体植物の部分の細胞にPAM765ペプチドをコードするDNAを導入することができ、その場所で、PAM765ペプチドを発現・分泌させることができる。
【0029】
あるいは、前記組換えウイルスベクターを、エレクトロポーテーション法やパーティクルガン法等の当業者に周知の方法を用いて生体植物個体の細胞に直接導入することができる。これによって、PAM765ペプチドをコードするDNAを導入されたこの細胞においてPAM765ペプチドを発現させることができる。
【0030】
一方、植物由来の組織、器官、株化細胞、カルスなどの培養下にある細胞を用いて、組換えベクターを植物個体に導入する場合、アグロバクテリウムを介して、あるいは、直接、前記植物由来細胞に組換えウイルスベクターを導入することにより、まず、PAM765ペプチド発現する形質転換細胞を作製する。
【0031】
アグロバクテリウムを介する場合、上記のような培養下にある細胞を組換えウイルスベクター導入アグロバクテリウムと共培養し、アグロバクテリウムをそれらの細胞に導入することにより、形質転換細胞を作製する。一方、組換えウイルスベクターを直接細胞に導入する場合、培養下にある細胞に対し、エレクトロポーテーション法、パーティクルガン法等の当業者に周知の方法を用いればよい。
【0032】
得られた形質転換細胞はPAM765ペプチドを発現する。この形質転換細胞を、常法に従って植物体再生用の植物ホルモン(オーキシン、サイトカイニン等)を添加した培地で培養することによって植物体に再生することができる。このようにして、個体全体の細胞が、PAM765ペプチドをコードするDNAを有するトランスジェニック植物を得ることができる。このDNAは、PAM765ペプチドの上流に付加されているプロモーターの制御下で、このペプチドを発現する。あるいはPAM765ペプチドをコードするDNAを有する組換えウイルスを植物体の一部に導入すると、組換えウイルスが植物体全体に移行し、全身でこのペプチドを発現するようになる。
【0033】
〈4.植物の分枝形成を促進および/または植物を矮化および/または不稔化および/または花芽複数形成を促進する薬剤〉
本発明に係る植物の分枝形成を促進および/または植物を矮化および/または不稔化および/または花芽複数形成するための農薬組成物は、PAM765ペプチド、またはPAM765ペプチドをコードする遺伝子のいずれか、もしくはこれらのうち2つ以上の組み合わせを含有する。この農薬組成物は、当業者に周知の製剤用添加物を用いて、剤形化することができるが、その形態は特に限定されず、例えば、乳剤、液剤、油剤、水溶剤、水和剤、フロアブル剤、粉剤、微粒剤、粒剤、エアロゾール、くん蒸剤、ペースト剤等の形態にすることができる。この薬剤には、殺虫剤、殺菌剤、殺虫殺菌剤、除草剤などの他の農薬の有効成分を配合してもよい。なお、この、植物の分枝形成を促進および/または植物を矮化および/または不稔化する薬剤の適用方法および適用量は、適用目的、剤型、適用場所などの条件に応じて当業者が適宜選択可能である。
【実施例】
【0034】
〈実施例1〉
本実施例では、ファイトプラズマのPAM765ペプチドが植物の分枝形成および矮化を促進することを示す。
【0035】
==PAM765ペプチドをコードする遺伝子の植物個体への導入==
植物の分枝形成および矮化を促進するOYファイトプラズマ由来のPAM765oyペプチド(配列番号8)をコードするDNA配列(配列番号10)をKOD DNAポリメラーゼ(東洋紡社)を用いたポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により増幅した。ここでは、鋳型として、ファイトプラズマ感染植物よりcetyltrimethylammonium bromide法(Namba et al., Phytopathology, 83:786-791, 1993)によって抽出した全DNAを用いた。PCRプライマーは、以下の配列を有するオリゴヌクレオチドを用いた。
プライマーS1:acgcgtcgacATGGACCAAGATGATGATATTGAAAACGTGATAACTC(配列番号11)
プライマーAS1:tgacccgggTTAGGCATCTTTCTCGCCCTTTTGCAATAAATCTTGACA(配列番号12)
【0036】
PCR産物を制限酵素(SalI、SmaI)で切断し、binaryポテトウイルスX(PVX)ベクター(pCAMV、pCAMVはアグロバクテリウムのbinaryベクターpCAMBIAにPVXのcDNA pP2C2S (Baulcombe DC, Chapman S, Santa Cruz S, The Plant Journal 7:1045-1053 1995)を挿入したもの)のマルチクローニングサイトに挿入することにより、pCAMV−TENGU組換えウイルスベクターを作製した。このpCAMV−TENGU組換えウイルスベクターを、アグロバクテリウム(A. tumefaciens)EHA105系統にエレクトロポレーション法によって導入した。対照群として、挿入DNAを持たないpCAMVベクター、および、異なるペプチドPAM486をコードするDNAを挿入した組換えベクターであるpCAMV−PAM486を、上記と同様にアグロバクテリウムに導入した。
【0037】
アグロバクテリウムは、50μg/mlカナマイシンを添加した選択培地を用いて選択し、その後、菌濃度が0.8(OD600)になるまで28℃で培養した。このアグロバクテリウムを、浸漬バッファー(10 mM morpholineprapanesulfonic acid、10 mM MgCl、150μM acetosyrigone、 pH5.6)に菌濃度0.8(OD600)で懸濁し、このアグロバクテリウム懸濁液に双葉を有した3週齢のタバコ(N. benthamiana)の植物個体を浸漬することにより、タバコにアグロバクテリウムを感染させた。こうして得られた感染タバコ個体を25℃に保たれたチャンバーで生育させ、成長後の感染タバコ個体を観察した(図1)。なお、感染個体で、PAM765oyペプチドをコードする遺伝子が実際に発現していることは、RT−PCRで確認した。
【0038】
図1に示すように、PAM765oyペプチドが導入された個体(B:pCAMV−TENGU)は、対照個体(A: pCAMVベクターのみ、C: pCAMV−PAM486)と比較して分枝が著しく促進され、矮小化した。この分枝形成はファイトプラズマの感染により特徴的に引き起こされる分枝形成と同様であった。
【0039】
また、図2に示すように、PAM765oyペプチドが導入された個体(pCAMV−TENGU)では、対照個体(pCAMV)と比較して、優位に葉数が多かった。
【0040】
このように、PAM765ペプチドは、植物の分枝形成および矮化を促進する活性を有する。しかも、生体植物の一部でPAM765ペプチドを発現させるだけで、個体全体にその効果が生じる。
【0041】
〈実施例2〉
本実施例では、PAM765トランスジェニック植物個体が、ファイトプラズマ感染野生個体と同様に分枝促進、矮化、不稔、および花芽複数形成の症状を呈することを示す。
【0042】
==トランスジェニック植物の作製==
PAM765oyペプチドを発現するTenguトランスジェニックシロイヌナズナ(A. thaliana)の作製方法を以下に述べる。
まず、PAM765oyペプチドをコードするDNA配列(配列番号10)をKOD DNAポリメラーゼ(東洋紡社)を用いてPCRにより増幅した。PCR反応の鋳型として、前記実施例1と同様に作製した全DNAを用い、プライマーは、以下の配列を有するオリゴヌクレオチドを用いた。
プライマーS2:cgggatcctggtcagtcccttATGGACCAAGATGATGATATTGAAAACG(配列番号13)
プライマーAS2:cgagctcTTAGGCATCTTTCTCGCCCTTTTGCAATAAATCTTGACA(配列番号14)
【0043】
PCR産物を制限酵素(BamHI、 SacI)で切断し、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)の35Sプロモーターを有するbinaryベクターpBI121(Clontech社)のマルチクローニングサイトに挿入することにより、pBI121−TENGU組換えウイルスベクターを作製した。次いで、得られた組換えプラスミドベクター(pBI121−TENGU)をエレクトロポレーション法を用いてアグロバクテリウムEHA105系統に導入した。対照群として、GUS(βグルクロニダーゼ)タンパク質をコードする遺伝子(GUS遺伝子)を挿入した組換えベクター(pBI121−GUS)(Clontech社)を、同様にしてアグロバクテリウムEHA105系統に導入した。
【0044】
これらのアグロバクテリウムを用い、floral dip法(Cough & Bent, The Plant Journal, 16:735-743, 1996)によりシロイヌナズナ(A. thaliana、ecotype Col-0)を形質転換した。形質転換体は、T1植物の種子をカナマイシン選択培地(ムラシゲ・スクーグ培地用塩類(和光社)、MSビタミン(Sigma社)、1%ショ糖、0.7 %寒天、50μg/mlカナマイシン)に播種することにより選択した。なお、PAM765oyペプチドをコードする遺伝子の発現は、RT−PCR法によって確認した。
【0045】
Tenguトランスジェニック群(N=87)、およびGUSトランスジェニック対照群(N=25)において、発芽後1ヶ月後に各個体を観察し、症状を発現する個体及び正常個体を計数した。表1に、その計測結果を示す。
【表1】

表1より明らかなように、GUSトランスジェニック対照群では症状を呈する個体が全く観察されなかったが、Tenguトランスジェニック群では27.6%の個体が症状を呈し、分枝促進および/または矮化率が有意に高かった(Fisherの直接確率法)。
【0046】
==ヨコバイを介したファイトプラズマの野生型個体への感染==
シロイヌナズナ(A. thaliana、ecotype Col-0)は25℃に保たれたチャンバーで生育させた。4〜5枚のロゼット葉を有する成長段階の個体を透明な管で覆った。5匹のOYファイトプラズマ感染ヨコバイ(M. striifrons)を、植物を覆ったこの管の中に5日間放虫することによって野生型シロイヌナズナをファイトプラズマに感染させた。
【0047】
上記表1に示した症状を発現するTenguトランスジェニック個体の一例を、ヨコバイを介してファイトプラズマを感染させた個体、非感染個体、及びGUSトランスジェニック個体の各一例と比較した結果を図3に示す。
【0048】
ヨコバイを介してファイトプラズマを感染させた個体(BおよびC)では、非感染野生型個体(A)と比較して著しい矮化と分枝が見られた。一方、Tenguトランスジェニック個体(pBI121−TENGU)もファイトプラズマを感染させた個体と同様の形態を示し、茎の節間が短くなって矮化し、不稔の花を呈する個体(E)や著しい分枝形成を示す個体(F)が観察された。なお、対照群であるGUSトランスジェニック個体(D)では、非感染個体(A)と同様、症状を示さなかった。
【0049】
さらに、図4に示すように、ヨコバイを介してファイトプラズマが感染した個体(G〜I)およびTenguトランスジェニック個体(B〜E)では一つの節から花芽を有する複数の枝を生じる症状(B〜D)、および、一つの節から複数の花芽を生じる症状(D)を呈し、不稔の花(生殖器を持たない)(E)も観察された。一方、対照群であるGUSトランスジェニック個体(A)および非感染野生個体(F)ではこれらの症状は観察できなかった。
【0050】
このように、PAM765ペプチドはファイトプラズマの引き起こす分枝形成、矮化、生殖器官形成不全(不稔)、および花芽複数形成を促進した。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明の一実施例において、pCAMVベクターのみ(対照群、A)、PAM765oyペプチドをコードするDNAを導入したpCAMVベクター(pCAMV−TENGU、B)、または、PAM486を導入したpCAMVベクター(対照群、C)のいずれかをアグロバクテリウムを介して遺伝子導入したタバコを示した図である。
【図2】本発明の一実施例において、pCAMVベクターのみ(対照群、A)またはPAM765oyペプチドをコードするDNAを導入したpCAMVベクター(pCAMV−TENGU、B)のいずれかアグロバクテリウムを介して遺伝子導入したタバコの葉の数を示した図である。なお、データは平均値+標準偏差で示す(*p<0.05)。N=4 (pCAMV)、N=8 (pCAMV−TENGU)。
【図3】本発明の一実施例において、ファイトプラズマ非感染野生型(A)、ヨコバイ媒介感染(B、C)、GUSトランスジェニック(D)、Tenguトランスジェニック(E)のシロイヌナズナを示す。
【図4】本発明の一実施例において、GUSトランスジェニック(A)、ヨコバイ媒介感染(B〜E)、ファイトプラズマ非感染野生型(F)、Tenguトランスジェニック(G〜H)のシロイヌナズナを示す。スケールバー、50mm。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の分枝形成を促進および/または植物を矮化および/または植物を不稔化および/または植物の花芽複数形成促進方法であって、
非組換えファイトプラズマを感染させることなく、PAM765ペプチドを植物個体に導入することを特徴とする方法。
【請求項2】
PAM765ペプチドが、配列番号1〜3のいずれかのアミノ酸配列を有することを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
PAM765ペプチドが、配列番号1〜3のいずれかのアミノ酸配列において、数アミノ酸残基が欠失、挿入、または置換されたアミノ酸配列を有し、
植物の分枝形成を促進および/または植物を矮化および/または植物を不稔化および/または植物の花芽複数形成促進することのできるペプチドであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の方法であって、
前記PAM765ペプチドをコードするDNAを該植物個体で発現させることを特徴とする方法。
【請求項5】
前記PAM765ペプチドをコードするDNAを用いてトランスジェニック植物を作製することを特徴とする請求項4に記載の方法。
【請求項6】
植物の分枝形成を促進および/または植物を矮化および/または植物を不稔化および/または植物の花芽複数形成促進するための農薬組成物であって、
PAM765ペプチド、またはPAM765ペプチドをコードする遺伝子を含有することを特徴とする農薬組成物。
【請求項7】
植物の分枝形成を促進および/または植物を矮化および/または植物を不稔化および/または植物の花芽複数形成促進するための薬剤であって、
PAM765ペプチド、またはPAM765ペプチドをコードする遺伝子を含有することを特徴とする薬剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−43024(P2010−43024A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−208152(P2008−208152)
【出願日】平成20年8月12日(2008.8.12)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】