説明

椎間板ヘルニア治療剤

【課題】脊髄硬膜外遊走型椎間板ヘルニア、経靭帯性脱出型椎間板ヘルニア等の、髄核が脊髄硬膜外に存在するタイプの椎間板ヘルニアの治療に用いることができる医薬組成物および薬剤を提供する。
【解決手段】グリコサミノグリカン分解酵素、好ましくはコンドロイチナーゼ、より好ましくはコンドロイチナーゼABCを、硬膜外に存在する髄核を溶解するために有効な量含有する、硬膜外遊走型椎間板ヘルニア、経靭帯性脱出型椎間板ヘルニア等の、髄核が脊髄硬膜外に存在するタイプの椎間板ヘルニアの治療用の医薬組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリコサミノグリカン分解酵素の医薬用途に関する技術分野に属する。さらに詳細には、グリコサミノグリカン分解酵素及び医薬担体を含有する、脊髄硬膜外腔投与用の医薬組成物、およびグリコサミノグリカン分解酵素を有効成分とする硬膜外遊走型椎間板ヘルニア、経靭帯性脱出型椎間板ヘルニア等の、突出や遊離等によって髄核が脊髄硬膜外に存在するタイプの椎間板ヘルニアのための治療剤に関わる技術分野に属する。
【背景技術】
【0002】
椎間板ヘルニアは、椎間板内の髄核の突出等に起因する疾患であり、突出した髄核が付近の神経を刺激するために、腰痛等の症状が現れる。
【0003】
椎間板ヘルニアの中でも、硬膜外遊走型椎間板ヘルニアは、Macnabの分類においてsequestered type herniated intervertebral discとして分類される椎間板ヘルニアである。これは、椎間板内の髄核が線維輪の最外層と後縦靱帯を破り、中央椎間板とは完全に遊離して、脊柱管内の脊髄硬膜外腔に遊走した椎間板ヘルニアである。硬膜外遊走型椎間板ヘルニアは、期間が経過すれば自然に消失する椎間板ヘルニアであるが、自然消失するまでの期間は激痛を伴うことから、自然消失するまでの間、患者にとっては非常に苦痛であり、一刻も早く激痛から免れることができる治療が望まれている。また、椎間板ヘルニアの中でも、経靭帯性脱出型椎間板ヘルニアは、Macnabの分類において transligamentous extrusion type herniated intervertebral discとして分類される椎間板ヘルニアである。この経靭帯性脱出型椎間板ヘルニアは、椎間板内の髄核が線維輪の最外層と後縦靱帯を破って硬膜外に突出しているが中央椎間板とは遊離していない点で上記硬膜外遊走型椎間板ヘルニアとは異なる椎間板ヘルニアである。しかし、経靭帯性脱出型椎間板ヘルニアは、髄核が硬膜外に存在している点で硬膜外遊走型椎間板ヘルニアと共通しており、それにより症状が似通っているため、経靭帯性脱出型椎間板ヘルニアにおいても上記同様の治療が望まれている。
【0004】
従来、椎間板ヘルニア症の治療に、キモパパインや、バクテリア由来のコラゲナーゼ等の蛋白分解酵素を、該ヘルニア症患者の椎間板内に注入し、ヘルニア部分を溶解する椎間板溶解療法(ID療法)が開発され、キモパパインが医薬品(商品名;キモダイアクチン)として市販されている。
【0005】
しかし、上記蛋白分解酵素を用いるID療法は、脊椎・椎間板のヘルニア部分のみならず、周辺の構造組織の蛋白部分をも分解し、神経麻痺や、アレルギー発現等、副作用を生じやすい欠点を有する。
【0006】
特に、脊髄硬膜外腔に突出したり遊走したりしている髄核を溶解するために上記蛋白分解酵素を脊髄硬膜外腔内に投与すると、蛋白質分解酵素が髄核を溶解すると同時に脊髄をも溶解してしまうことから、このような投与および治療は行うことができない。
【0007】
近年、コンドロイチナーゼABCまたはコンドロイチナーゼACを椎間板に投与して椎間板ヘルニアを治療する試みが行なわれており、椎間板ヘルニアの治療薬としての用途が期待されている(特許文献1、非特許文献1)。
【0008】
例えば、コンドロイチナーゼABC(chondroitinase ABC)〔EC 4.2.2.4〕は、グリコサミノグリカンを不飽和オリゴ糖および不飽和二糖に分解する酵素で、哺乳動物軟骨由来のコンドロイチン硫酸A、鮫軟骨由来のコンドロイチン硫酸Cおよび哺乳動物皮膚由来のコ
ンドロイチン硫酸B(デルマタン硫酸)の分解を強力に触媒し、ヒアルロン酸の分解に対しては弱く触媒する酵素である。
【0009】
上記したコンドロイチナーゼは、従来、椎間板内に直接投与されてきているが、このような投与では、髄核が脊髄硬膜外に存在するタイプの椎間板ヘルニアを治療するには有効ではない。これは、椎間板内へのコンドロイチナーゼ投与では、脊髄硬膜外腔に遊走している髄核を溶解できず、また、突出している髄核を溶解しにくいからである。
【0010】
従来、コンドロイチナーゼのようなグリコサミノグリカン分解酵素を脊髄硬膜外腔に投与するための組成物は知られておらず、またコンドロイチナーゼのようなグリコサミノグリカン分解酵素を有効成分とする髄核が脊髄硬膜外に存在するタイプの椎間板ヘルニアのための治療剤も知られていない。
【特許文献1】米国特許4696816号明細書
【非特許文献1】Clinical Orthopaedics, 253,301-308(1990)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このように、脊髄硬膜外遊走型椎間板ヘルニア、経靭帯性脱出型椎間板ヘルニア等の、突出や遊離等によって髄核が脊髄硬膜外に存在するタイプの椎間板ヘルニアのための治療に用いることができる医薬組成物および薬剤が望まれていた。
【0012】
本発明が解決すべき課題は、このような治療に用いることができる脊髄硬膜外腔投与用の医薬組成物、および硬膜外遊走型椎間板ヘルニア、経靭帯性脱出型椎間板ヘルニア等の、突出や遊離等によって髄核が脊髄硬膜外に存在するタイプの椎間板ヘルニアのための治療剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、脊髄硬膜外腔にグリコサミノグリカン分解酵素を投与すると、脊髄硬膜外腔内の髄核が顕著に溶解され、かつ脊髄には全く影響を与えないことを見出し、これに用いる医薬組成物および治療剤を提供することに成功し、本発明に至った。
【0014】
すなわち本発明は、グリコサミノグリカン分解酵素及び医薬担体を含有する、脊髄硬膜外腔投与用の医薬組成物(本明細書中では単に「本発明組成物」ともいう)、およびグリコサミノグリカン分解酵素を有効成分とする、髄核が硬膜外に存在するタイプの椎間板ヘルニアのための治療剤(本明細書中では単に「本発明治療剤」ともいう)を提供する。
【0015】
さらに本発明は、コンドロイチナーゼを有効成分とする、炎症細胞の浸潤及び出現促進剤、コンドロイチナーゼを有効成分とし、脊髄硬膜外腔に投与されることを特徴とする、炎症細胞による脊髄硬膜外腔内の髄核の貪食促進剤およびこれらの促進剤を含む椎間板ヘルニア治療剤を提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、グリコサミノグリカン分解酵素と医薬担体とを含有する脊髄硬膜外腔投与用医薬組成物、及びグリコサミノグリカン分解酵素を有効成分とする、硬膜外遊走型椎間板ヘルニアや、経靭帯性脱出型椎間板ヘルニア等の、突出や遊離等によって髄核が脊髄硬膜外に存在するタイプの椎間板ヘルニアのための治療剤が提供される。この組成物および治療剤は、硬膜外遊走型椎間板ヘルニアや経靭帯性脱出型椎間板ヘルニア等における脊髄硬膜外腔内の髄核を、速やかに、かつ顕著に溶解する作用を有し、また炎症細胞による髄核の貪食をも促進するので、髄核が脊髄硬膜外に存在するタイプの椎間板ヘルニアに伴
う激痛を速やかに緩解することができる。またこの組成物および治療剤は、脊髄に影響を与えないので、安全な医薬品として極めて有用性が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に、本発明の実施の形態について説明する。
<1>本発明組成物
本発明組成物は、グリコサミノグリカン分解酵素及び医薬担体を含有する、脊髄硬膜外腔投与用の医薬組成物である。以下に、本発明組成物で用いることができるグリコサミノグリカン分解酵素及び医薬担体について詳述する。
【0018】
(1)グリコサミノグリカン分解酵素
本発明組成物に用いることができるグリコサミノグリカン分解酵素は、髄核中に含有されるグリコサミノグリカンの1種または2種以上を分解する作用を有するものであれば特に限定されないが、コンドロイチン硫酸を分解する作用を有する酵素(コンドロイチナーゼ)又はケラタン硫酸を分解する作用を有する酵素(ケラタナーゼ)であることが好ましい。特にコンドロイチナーゼであることがより好ましい。
【0019】
本発明組成物で用いることができるコンドロイチナーゼは、コンドロイチン硫酸を分解する酵素である限り特に限定されるものではない。コンドロイチナーゼとして、具体的には、コンドロイチナーゼABC(Proteus vulgaris由来;特開平6−153947号公報、T. Yamagata, H. Saito, O. Habuchi, S. Suzuki,J. Biol. Chem., 243, 1523(1968)、S. Suzuki, H. Saito, T. Yamagata, K. Anno, N. Seno, Y. Kawai, T. Furuhashi, J. Biol. Chem., 243, 1543(1968))、コンドロイチナーゼAC(Flavobacterium heparinum由来;T. Yamagata, H. Saito, O. Habuchi, S. Suzuki, J. Biol. Chem., 243, 1523(1968))、コンドロイチナーゼACII(Arthrobacter aurescens由来;K. Hiyama, S. Okada, J.
Biol.Chem.,250, 1824 (1975)、K. Hiyama, S. Okada, J. Biochem.(Tokyo), 80, 1201(1976))、コンドロイチナーゼACIII(Flavobacterium sp. Hp102由来;宮園博文、菊池博、吉田圭一、森川清志、徳安清親、生化学、61、1023(1989))、コンドロイチナーゼB(Flavobacterium heparinum由来;Y. M. Michelacci, C. P.Dietrich, Biochem. Biophys. Res. Commun.,56, 973(1974)、Y. M. Michelacci, C. P. Dietrich, Biochem. J., 151, 121(1975)、前山賢一、多和田明、上野暁子、吉田圭一、生化学、57, 1189(1985))、コンドロイチナーゼC(Flavobacterium sp. Hp102由来;宮園博文、菊池博、吉田圭一、森川清志、徳安清親、生化学、61、1023(1989))等が知られており、これらのコンドロイチナーゼのいずれをも用いることができる。また、特開平9−168384号公報に記載されているヒト由来のコンドロイチン硫酸分解酵素や、コンドロイチン硫酸ABCエキソリアーゼ(chondroitin sulfate ABC exolyase; A. Hamai, N. Hashimoto, H. Mochizuki, F.
Kato, Y. Makiguchi, K. Horie and S. Suzuki, J. Biol. Chem.,272, 9123-9130(1997))等のコンドロイチナーゼも用いることができる。
【0020】
これらの各種コンドロイチナーゼはあくまで例示であり、本発明組成物で用いることができるコンドロイチナーゼはこれらに限定されるものではない。なお、本発明組成物において用いるコンドロイチナーゼは、1種類のコンドロイチナーゼであってもよく、あるいは複数種のコンドロイチナーゼの混合物であってもよく、本明細書において単に「コンドロイチナーゼ」といった場合には、これら両方の意味を包含する。
【0021】
また、本発明組成物に用いることができるケラタナーゼとして具体的には、例えばエシェリキア・フロインディ(Escherichia freundii)由来のエンド−β−ガラクトシダーゼ(H.Nakagawa, T.Yamada, J-L.Chien, A.Gardas, M.Kitamikado, S-C.Li, Y-T.Li, J.Biol.Chem., 255, 5955(1980))、シュードモナス・エスピー.(Pseudomonas sp.)IFO-13309株由来のエンド−β−ガラクトシダーゼ(K.Nakazawa, N.Suzuki, S.Suzuki, J.Biol.C
hem., 250, 905(1975)、K.Nakazawa, S.Suzuki, J.Biol.Chem.,250, 912(1975))、特公昭57−41236号公報に開示されているシュードモナス・レプティリボーラ(Pseudomonas reptilivora)が産生するエンド−β−ガラクトシダーゼ、バチルス・エスピー.(Bacillus sp.)Ks36由来のエンド−β−N−アセチルグルコサミニダーゼ(橋本信一、森川清志、菊池博、吉田圭一、徳安清親、生化学、60, 935 (1988))、バチルス・サーキュランス(Bacillus circulans)KsT202由来のエンド−β−N−アセチルグルコサミニダーゼ(WO96/16166号公報に記載)等が知られており、これらのケラタナーゼのいずれをも本発明組成物において用いることができる。
【0022】
これらの各種ケラタナーゼはあくまで例示であり、本発明組成物で用いることができるケラタナーゼはこれらに限定されるものではない。なお、本発明組成物において用いるケラタナーゼは、1種類のケラタナーゼであってもよく、あるいは複数種のケラタナーゼの混合物であってもよく、本明細書において単に「ケラタナーゼ」といった場合には、これら両方の意味を包含する。
【0023】
本発明組成物に用いるグリコサミノグリカン分解酵素としては、コンドロイチナーゼABCを用いることが極めて好ましい。また、コンドロイチナーゼABCの中でも、特に、Proteus vulgaris由来のコンドロイチナーゼABCを用いることが好ましい。
【0024】
本発明組成物に用いるグリコサミノグリカン分解酵素は、医薬として使用できる程度に精製され、医薬として混入が許されない物質を実質的に含まない酵素であることが好ましい。例えばグリコサミノグリカン分解酵素としてコンドロイチナーゼを用いる場合、300U/mg蛋白以上の酵素活性を有する精製されたコンドロイチナーゼであることが好ましく、300U/mg蛋白以上の酵素活性を有し、エンドトキシンを実質的に含まず、核酸、プロテアーゼ含量が検出限界以下である精製されたコンドロイチナーゼがより好ましく、このような特性をもつ精製されたコンドロイチナーゼABCが特に好ましい。
【0025】
なお、本明細書においてグリコサミノグリカン分解酵素の1U(単位)は、至適pHおよび至適温度付近の条件において、グリコサミノグリカンから1分間に1マイクロモルの反応生成物を遊離させる酵素量である。念のため、以下に各種グリコサミノグリカン分解酵素の1Uの定義を示す。
【0026】
コンドロイチナーゼABCの1Uとは、pH8.0、37℃で1分間にコンドロイチン 6-硫酸から1マイクロモルの不飽和二糖を遊離させる酵素量と定義される。またコンドロイチナーゼAC(Flavobacterium heparinum由来)の1Uとは、pH7.3、37℃で1分間にコンドロイチン 6-硫酸から1マイクロモルの不飽和二糖を遊離させる酵素量と定義される。
【0027】
また、コンドロイチナーゼACII(Arthrobacter aurescens由来)の1Uとは、pH6.0、37℃で1分間にコンドロイチン 6-硫酸から1マイクロモルの不飽和二糖を遊離させる酵素量と定義される。
【0028】
また、コンドロイチナーゼB(Flavobacterium heparinum由来)の1Uとは、pH8.0、30℃で1分間にデルマタン硫酸から1マイクロモルのヘキスロン酸残基に相当するUV吸収物質を遊離させる酵素量と定義される。
【0029】
また、エシェリキア・フロインディ(Escherichia freundii)由来のエンド−β−ガラクトシダーゼの1Uとは、pH5.8、37℃で1分間にケラタン硫酸から1マイクロモルのガラクトースに相当する還元基を遊離させる酵素量と定義される。
【0030】
また、シュードモナス・エスピー.(Pseudomonas sp.)IFO-13309株由来のエンド−β
−ガラクトシダーゼの1Uとは、pH7.4、37℃で1分間にケラタン硫酸から1マイクロモルのガラクトースに相当する還元基を遊離させる酵素量と定義される。
【0031】
また、バチルス・エスピー(Bacillus sp.)Ks36由来のエンド−β−N−アセチルグルコサミニダーゼの1Uとは、pH6.5、37℃で1分間にケラタン硫酸から1マイクロモルのN−アセチルグルコサミンに相当する還元基を遊離させる酵素量と定義される。
【0032】
例えば、酵素活性が300U/mg 蛋白以上であるコンドロイチナーゼABCを使用することにより、注射用医薬品として生体内に投与した際に周辺組織に影響を与えること無く、目的部位(例えば、硬膜外遊走型椎間板ヘルニアや経靭帯性脱出型椎間板ヘルニアの脊髄硬膜外腔)のプロテオグリカンを適切に分解することができ、安全性と有効性が高い医薬とすることができる。このようなコンドロイチナーゼABCは、例えば、特開平6−153947号公報に記載の方法で得ることができる。
【0033】
本発明組成物においては、1種類のグリコサミノグリカン分解酵素を用いてもよく、あるいは複数種のグリコサミノグリカン分解酵素の混合物であってもよい。例えば1種類又は2種類以上のコンドロイチナーゼと1種類又は2種類以上のケラタナーゼとの混合物も、本発明組成物に用いることができる。
【0034】
本発明組成物においては、このようなグリコサミノグリカン分解酵素を、硬膜外に存在する髄核を溶解するために有効な量を含有せしめることが好ましい。ここで「有効な量」とは、突出、遊走等により脊髄硬膜外腔に存在する髄核(以下、「硬膜外髄核」ともいう)を溶解し、硬膜外髄核による影響を排除せしめるのに有効な量を意味する。この量は、患者の症状、年齢等によって異なるものであり、硬膜外髄核を溶解し、硬膜外髄核による影響を排除せしめるのに有効な量である限りにおいて特に限定されるものではないが、通常、1箇所に1回投与する分の本発明組成物中においては5U以上が好ましく、5〜400Uがより好ましく、5〜200Uがさらに好ましい。
【0035】
また、本発明組成物には、グリコサミノグリカン分解酵素と共に、このグリコサミノグリカン分解酵素以外の髄核溶解作用を有する物質を有効成分として配合することができる。なお、ここにいう「グリコサミノグリカン分解酵素以外の髄核溶解作用を有する物質」は、グリコサミノグリカン分解酵素との組合せ配合又は組合せ投与により、重篤な副作用が惹起されたり、一方の物質が他方の物質の本来有する髄核溶解作用を阻害する物質ではない限りにおいて特に限定されない。尚、本発明組成物は脊髄硬膜外腔内に投与するので、本発明組成物と脊髄を溶解するような蛋白分解酵素等との組合わせ配合又は組合わせ投与は行わないように注意すべきである。
【0036】
(2)医薬担体
本発明組成物に用いる医薬担体としては、慣用の賦形剤、結合剤、滑沢剤、着色剤、崩壊剤、緩衝剤、等張化剤、保存剤、無痛化剤等、通常医薬に用いられる成分が例示される。
【0037】
本発明組成物に用いる医薬担体としては、医薬担体1gあたり還元性不純物の量が、アンモニウムセリウムニトレートを用いた滴定法において0.4mL以下、特に0.36mL以下であるものが好ましく、さらに、過酸化物濃度が20ppm以下、特に18.5ppm以下であるものがより好ましい。こうすることにより、本発明組成物が凍結乾燥物として提供される場合、凍結乾燥前後でグリコサミノグリカン分解酵素の酵素活性の低下を極めて少なくすることができる。また常温で長期間保存しても、グリコサミノグリカン分解酵素の酵素活性の低下を極めて少なくすることができる。例えば、窒素充填したガラス容器内で40℃で30日間保存した場合、保存開始時のグリコサミノグリカン分解酵素の酵素
活性の90%以上を保持させることも可能である。
【0038】
グリコサミノグリカン分解酵素の酵素活性の測定は公知の方法で行うことができるが、例えば、グリコサミノグリカンを基質にして、グリコサミノグリカン分解酵素を作用させた時に生成する二糖類を、吸光光度法で測定することにより求めることができる。
【0039】
医薬担体中の還元性不純物の量は、アンモニウムセリウムニトレートを用いた滴定法により測定することができる。「アンモニウムセリウムニトレートを用いた滴定法」とは、医薬担体2gを25mLの温水に溶解させ、希硫酸25mLとフェロイン(トリス(1,10−フェナントロリン)鉄(II)錯体:[Fe(C12H8N2)3]2+)0.1mLを加え、0.01Nのアンモニウムセリウムニトレートで、赤色から青緑色に変色し30秒維持するまで滴定する方法である。
【0040】
また、医薬担体中の過酸化物濃度は、医薬担体1gを正確にはかりとり、蒸留水を加えて10mLとし、すなわち10%(w/v)水溶液とし、この水溶液0.8mLに20%(v/v)硫酸0.25mLと1M TiSO4(BDH製)0.15mLを加え、408nmの紫外部吸収を測定し、その後既知濃度のH2O2を用いて作成した検量線を基に、H2O2濃度を算出する方法によって測定することができる。
【0041】
本発明組成物において使用することを望む医薬担体中の還元性不純物の量及び/又は過酸化物濃度が前記で規定する限度を超えている場合、あるいは所期のレベル以下に低下させたい場合には、例えば、医薬担体を常法により活性炭で処理することにより、還元性不純物の量及び過酸化物濃度を低減させることができる。また、過酸化物濃度は医薬担体を加熱処理することによっても低減させることができる。
【0042】
本発明組成物で用いることができる医薬担体として具体的には、例えば、デキストラン類、サッカロース、ラクトース、マルトース、キシロース、トレハロース、マンニトール、キシリトール、ソルビトール、イノシトール、血清アルブミン、ゼラチン、クレアチニン、ポリエチレングリコール、非イオン性界面活性剤(例えば、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ショ糖脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール)などが挙げられる。
【0043】
ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル(ポリソルベート(polysorbate))としては、ポリオキシエチレンソルビタン(エチレンオキシドの重合度約20)のモノラウレート、モノパルミテート、モノオレエート、モノステアレート、トリオレエート等を挙げることができる。市販品としては、ポリソルベート80 (ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート(20 E.O.))、ポリソルベート60(ポリオキシエチレンソルビタンモノステアレート(20 E.O.))、ポリソルべート40(ポリオキシエチレンソルビタンモノパルミテート (20
E.O.))、ポリソルベート20(ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(20 E.O.))、ポリソルベート21, 81, 65, 85等を例示することができる(ここで20 E.O. とは、ポリオキシエチレン部分のエチレンオキシドの重合度が約20であることを意味する)。ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油としては、市販品のHCO−10、HCO−50、HCO−60(日光ケミカルズ)等を例示することができる。またショ糖脂肪酸エステルとしては、市販品のDKエステルF−160(第一工業製薬(株))、リヨウトーシュガーエステル(三菱化学食品)等を例示することができる。ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール(ポロキサマー(poloxamer))としては、市販品のプルロニックF−68(旭電化工業(株))等を例示できる。
【0044】
また、緩衝剤としては生理学上許容されるものであればよく、特に限定されるものではなく、例えば、塩酸、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、リン酸
、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、アミノ酢酸、安息香酸ナトリウム、クエン酸、クエン酸ナトリウム、酢酸、酢酸ナトリウム、酒石酸、酒石酸ナトリウム、乳酸、乳酸ナトリウム、エタノールアミン、アルギニン、エチレンジアミン等の1種以上を含有する緩衝剤が例示される。
【0045】
本発明組成物で用いる医薬担体は、医薬として使用できる程度の純度であり、医薬として混入が許されない物質を実質的に含まないものが好ましい。本発明組成物においては、これら医薬担体を適宜組合わせて用いることができる。その中でも、ポリエチレングリコール及びサッカロースのいずれかもしくはこれらの混合物、またはポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、特にポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート(20 E.O.)が好ましい。
【0046】
ポリエチレングリコールとサッカロースとの混合物は、凍結乾燥形態で本発明組成物を提供する場合、凍結乾燥後のグリコサミノグリカン分解酵素の酵素活性低下を抑え、凍結乾燥物中の水分含量を低く保持することができ、凍結乾燥物を再溶解した時に澄明でかつ異物が存在せず、また、凍結乾燥物の長期間保存によるグリコサミノグリカン分解酵素の酵素活性低下が少ないという効果を有する点から、特に好ましい。
【0047】
この場合に用いるポリエチレングリコールとしては、ポリエチレングリコール1gあたりの還元性不純物の量が、アンモニウムセリウムニトレートを用いた滴定法において0.4mL以下、特に0.36mL以下のものが好ましいが、さらに、ポリエチレングリコール1g中の過酸化物濃度が、20ppm以下、特に18.5ppm以下であるものを用いることがより好ましい。
【0048】
また、ポリエチレングリコールは平均分子量が200〜25000であるものが好ましく、さらには常温で固体であるもの、例えば、平均分子量が2000〜9000であるものがより好ましく、2000〜4000であるものが特に好ましく、3000〜4000であるものが極めて好ましい。平均分子量が3000〜4000であるポリエチレングリコールとしては、例えば平均分子量3250、3350および4000のものを例示することができる。
【0049】
ポリエチレングリコールと併用されるサッカロースもまた、還元性不純物の量がアンモニウムセリウムニトレートを用いた滴定法においてサッカロース1gあたり0.4mL以下、特に0.36mL以下であるものを用いることが好ましい。さらに、サッカロース1gあたりの過酸化物濃度が、20ppm以下、特に18.5ppm以下であるものを用いることがより好ましい。
【0050】
なお、市販のサッカロースは、一般にエンドトキシン含量が高いので、活性炭処理等により10%(w/w)サッカロース溶液中におけるエンドトキシン濃度が0.03EU/mL以下、望ましくは0.01EU/mL以下、より一層望ましくは0.006EU/mL以下となるように処理することが好ましい。
【0051】
サッカロース中のエンドトキシン濃度は、公知のエンドトキシンの測定法を用いて測定することができるが、カブトガニ・アメボサイト・ライセート成分を用いるリムルス試験法が好ましい。リムルス試験法に用いるリムルス試薬としては、エンドトキシン特異的リムルス試薬を用いることが好ましい。リムルス試薬としては、例えば次に挙げる市販のリムルス試薬を用いることができる;トキシカラーシステムLS−6,LS−20,LS−200、エンドスペシーES−6,エンドスペシーES−200(以上、生化学工業株式会社販売)、リムルスES−IIテストワコー,リムルスES−IIシングルテストワコー,リムルスES−IIIテストワコー,リムルスES−Jテストワコー(以上、和光純薬工業
株式会社販売)。
【0052】
なお、医薬担体としてポリエチレングリコールとサッカロースとの混合物を用いる場合、ポリエチレングリコールとサッカロースの混合物1gあたりの還元性不純物の量がアンモニウムセリウムニトレートを用いた滴定法において0.4mL以下、特に0.36mL以下となるようにすることが好ましく、さらに、ポリエチレングリコールとサッカロースの混合物1g中の過酸化物濃度が20ppm以下、特に18.5ppm以下となるようにすることがより好ましい。
【0053】
医薬担体としてポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルを用いる場合、該エステル1gあたりの還元性不純物の量がアンモニウムセリウムニトレートを用いた滴定法において0.4mL以下、特に0.36mL以下であるポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルを使用することが好ましい。さらに該エステル1gあたりの過酸化物濃度が、20ppm以下、特に18.5ppm以下であるものを用いることがより好ましい。
【0054】
医薬担体としてポリエチレングリコールとサッカロースの混合物を用いる場合、ポリエチレングリコール/サッカロースの重量比が一般に0/1〜10/1程度となるように配合することが好ましく、ポリエチレングリコール/サッカロースの重量比が2/1程度となるように配合することが特に好ましい。
【0055】
等張化剤としては、塩化ナトリウムなどの塩類、糖類などが挙げられる。
【0056】
本発明組成物中のグリコサミノグリカン分解酵素と医薬担体の配合比率は特に限定されるものではなく、投与量や本発明組成物の形態等に応じて、当業者が適宜決定することができる。例えば、本発明組成物を凍結乾燥状態で提供(保存)する場合、本発明組成物中のグリコサミノグリカン分解酵素の含量は、凍結乾燥ケーキの形状が維持できる程度とすることが好ましい。
【0057】
本発明組成物の調製は、グリコサミノグリカン分解酵素及び前記の如き医薬担体を用い、製剤学的に公知の方法を用いて行なうことができる。また、本発明組成物は、溶液状態、凍結状態、乾燥状態のいずれの状態であってもよい。
【0058】
これらの中で、本発明組成物の好ましい状態は乾燥状態であり、より好ましくは凍結乾燥状態、すなわち凍結乾燥物である。凍結乾燥物として提供される本発明組成物の場合、一般に水分含量が低いほど凍結乾燥製剤の安定性が向上すると考えられていること、および凍結乾燥製剤の水分含量としては3%(w/w)以下を目標に設定することが製剤学上通常行われていることから、本発明組成物の凍結乾燥物中の水分含量もまた、3%(w/w)以下とすることが好ましい。水分含量は、例えば、サンプルを以下の条件で加熱し、加熱前後の重量をマイクロ天秤で測り、減少した重量を水分とする(加熱条件:サンプルを25℃から105℃まで、2.5℃/分で加熱し、105℃に達したら20分間105℃で保持する)、乾燥減量法(TG法)、あるいはサンプルをメタノール中で3分間攪拌し、水分を抽出し、抽出された水分に電量滴定を行い、要した電気量(クーロン)から水分量を換算する、カールフィッシャー法で測定することができる。
【0059】
凍結乾燥物として提供される本発明組成物は、該凍結乾燥物を生理食塩水で溶解した時に、澄明でありかつ異物が存在しないものであることが好ましい。澄明であることおよび異物が存在しないことは、肉眼による観察により容易に判定することができる。
【0060】
本発明組成物は、溶液状態(本発明組成物が凍結状態である場合は、凍結前および融解後の溶液状態、本発明組成物が凍結乾燥組成物である場合は、凍結乾燥前および溶媒添加
による再溶解後の溶液状態)で、通常、pH5〜9、好ましくは6〜8を示すように調整することが望ましい。このために本発明組成物には、通常該pH領域に維持可能な緩衝剤が配合される。そのような緩衝剤としては生理学上許容されるものであればよく、特に限定されず、例えば、塩酸、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、リン酸、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、アミノ酢酸、安息香酸ナトリウム、クエン酸、クエン酸ナトリウム、酢酸、酢酸ナトリウム、酒石酸、酒石酸ナトリウム、乳酸、乳酸ナトリウム、エタノールアミン、アルギニン、エチレンジアミンまたはそれらの混合物が例示される。特にリン酸塩緩衝液(剤)が好ましい。これらの緩衝剤によって本発明組成物を溶液状態においてpH領域を5〜9、好ましくは6〜8に調整、保持することができる。なお、pH5より低い場合および9より高い場合にはグリコサミノグリカン分解酵素が失活したり、溶液状態で不溶物が生成することがある。また、本発明組成物中の緩衝剤の濃度は、溶液状態で1mM以上、好ましくは10〜50mMとすることができる。本発明組成物は、緩衝剤のほかに、等張化のために必要な成分(塩化ナトリウムなどの塩類、糖類など)や、保存剤、無痛化剤等を含有していてもよい。
【0061】
本発明組成物は、そのまま医薬品として投与するための最終剤形として用いることができ、あるいは他の最終剤形医薬品、例えば、液剤、凍結乾燥剤等の原料として使用することもできる。
【0062】
本発明組成物は、グリコサミノグリカン分解酵素を有効成分とする注射用製剤として主に使用される。本発明組成物を溶液状態の注射用製剤として提供する場合、前記の方法で製造される溶液状態の本発明組成物を、アンプル、バイアル、注射用シリンジ等の適当な容器に充填・密封し、そのまま流通させあるいは保存し、注射剤として投与に供することができる。
【0063】
本発明組成物を凍結状態の注射用製剤として提供する場合、アンプル、バイアル、注射用シリンジ等の適当な容器中に、前記の方法で製造される凍結状態の本発明組成物を密封状態で保持させて、流通させあるいは保存し、投与前に融解させて注射剤として投与に供することができる。
【0064】
また、本発明組成物を乾燥状態の注射用製剤として提供する場合、アンプル、バイアル、注射用シリンジ等の適当な容器中に前記の方法で製造される乾燥状態の本発明組成物を密封状態で保持させて、流通させあるいは保存し、投与前に注射用蒸留水、生理食塩水、ブドウ糖水溶液またはソルビトール水溶液等で溶解し、注射剤として投与に供することができる。乾燥状態の本発明組成物は、溶解用の溶媒とセットで提供してもよい。
【0065】
以上に述べた注射用製剤の中でも、乾燥状態のものが好ましく、凍結乾燥状態のものがより好ましい。すなわち、本発明組成物は注射用凍結乾燥組成物の形態であることが特に好ましい。
【0066】
本発明組成物は、注射剤として脊髄硬膜外腔に投与することができる。なお、本発明組成物は特に硬膜外遊走型椎間板ヘルニアや、経靭帯性脱出型椎間板ヘルニア等の、突出や遊離等によって髄核が脊髄硬膜外に存在するタイプの椎間板ヘルニアの治療に有用であることから、前記髄核が脊髄硬膜外に存在するタイプの椎間板ヘルニアの脊髄硬膜外腔に投与されることがより好ましい。
【0067】
投与量は、患者の症状、年令等によって個別に設定されるべきものであり特に限定されないが、例えば、グリコサミノグリカン分解酵素としてコンドロイチナーゼABCを用い、1箇所に投与する場合、1回あたり概ね5〜200U程度を投与することができる。
【0068】
また本発明組成物は、硬膜外遊走型椎間板ヘルニアや、経靭帯性脱出型椎間板ヘルニア等の、突出や遊離等によって髄核が脊髄硬膜外に存在するタイプの椎間板ヘルニアを発症しうる脊椎動物、特に哺乳動物の前記髄核が脊髄硬膜外に存在するタイプの椎間板ヘルニアの脊髄硬膜外腔に投与する組成物とすることができるが、ヒトの硬膜外遊走型椎間板ヘルニアまたは経靭帯性脱出型椎間板ヘルニアの脊髄硬膜外腔に投与する組成物とすることが好ましい。
【0069】
<2>本発明治療剤
本発明治療剤は、グリコサミノグリカン分解酵素を有効成分とする、硬膜外遊走型椎間板ヘルニアや、経靭帯性脱出型椎間板ヘルニア等の、突出や遊離等によって髄核が脊髄硬膜外に存在するタイプの椎間板ヘルニアのための治療剤である。本発明治療剤の有効成分として用いることができるグリコサミノグリカン分解酵素、有効成分の含有量、含有せしめることができる医薬担体、投与対象、投与部位、投与量、その他の説明は、上記した本発明組成物と全く同様である。
【実施例】
【0070】
以下に、本発明の実施例を試験例及び製剤例として具体的に説明する。しかしながら、これらにより本発明の技術的範囲が限定されるべきものではない。
【0071】
〔試験例〕
(1)急性毒性試験
グリコサミノグリカン分解酵素(ここではコンドロイチナーゼABC(生化学工業株式会社製);以下、単にCABCともいう)の急性毒性試験を行った。
【0072】
(i)ラットを用いた急性毒性試験
雌雄各5匹のラットに対し、2000U/kgのコンドロイチナーゼABCを、静脈内に単回投与した。投与後14日間、一般状態及び生死についての観察と体重の測定とを行った。14日後に剖検して主要臓器の肉眼的観察を行った。
【0073】
その結果、死亡した動物は観察されず、一般状態、体重、剖検所見のいずれにおいても変化は認められなかったことから、ラット静脈内投与によるコンドロイチナーゼABCの無影響量は2000U/kgと推定される。
【0074】
(ii)ビーグル犬を用いた急性毒性試験
雌雄各2匹のビーグル犬に対し、40U/個体のコンドロイチナーゼABCを、脊柱管内の硬膜外に単回投与した。投与後4週間、一般状態及び生死についての観察と体重の測定とを行った。4週後に剖検して主要臓器の肉眼的観察を行った。
【0075】
その結果、死亡した動物は観察されず、一般状態、体重、剖検所見のいずれにおいても変化は認められなかったことから、イヌの硬膜外腔内投与によるコンドロイチナーゼABCの無影響量は40U/kgと推定される。
【0076】
(2)薬効薬理試験
グリコサミノグリカン分解酵素による、脊髄硬膜外遊走髄核の消失促進作用の検討ウサギの脊髄硬膜外に遊走した髄核のグリコサミノグリカン分解酵素による消失促進作用を検討するために、蛍光標識髄核をウサギ硬膜外腔に移植後、グリコサミノグリカン分解酵素を脊髄硬膜外腔に投与し、移植された蛍光標識髄核中のグリコサミノグリカン量の変化を測定した。この実験において、移植された蛍光標識髄核中のグリコサミノグリカン量が減少していれば、髄核の消失が促進されたことが示される。
【0077】
(2−1)試験の概略
蛍光標識髄核を作製した後、ウサギ脊髄硬膜外腔に約50mgを移植した。直ちに25U/mlのグリコサミノグリカン分解酵素(ここではコンドロイチナーゼABC)を2ml、ウサギ脊髄硬膜外腔中に投与した。翌日屠殺し、蛍光標識髄核を採取した。採取した蛍光標識髄核中のグリコサミノグリカン量を測定した。
【0078】
(2−2)材料
(2−2−1)動物
髄核を採取する動物(髄核採取動物)として、体重3kg前後の、正常なJW種雌ウサギを使用した。
【0079】
髄核が移植される動物(髄核移植動物)として、体重3kg前後の、正常なJW種雌ウサギを使用した。
【0080】
(2−2−2)試験物質
以下の試験物質は、全て無菌のものを使用した。
【0081】
陰性対照物質として、リン酸生理食塩液(PBS)を使用した。被験物質(グリコサミノグリカン分解酵素)として、コンドロイチナーゼABC(生化学工業株式会社製;1000U/mL)の0.5mLとリン酸緩衝生理食塩液10mLを混合した溶液を使用した。
【0082】
(2−3)髄核移植動物の群構成
本試験における群構成を表1に示す。
【0083】
【表1】

【0084】
(2−4)蛍光標識髄核の調製
以下の操作は全て無菌的に行った。髄核採取動物(ウサギ)のL6/L7、L5/L6、L4/L5、L3/L4及びL2/L3の椎間板を摘出し、髄核を採取して50mLの遠沈管にプールした。髄核がプールされた50mLの遠沈管に、50mg/mLのフルオレセインイソチオシアネート(FITC)溶液(N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)に溶解)を10μL添加し混合した。この遠沈管を遮光して、5日間、0℃で放置した。6日目に遠沈管内の髄核を50mgずつに分けて、リン酸生理食塩液を入れたチューブに入れ、遠心によって洗浄した。これによって得られた髄核を「蛍光標識髄核」とした。
【0085】
蛍光標識髄核は、対照物質投与群5匹、CABC投与群6匹への移植に用いた。
【0086】
(2−5)蛍光標識髄核の硬膜外腔への移植
蛍光標識髄核の硬膜外腔への移植は、ハロタン(商品名;武田薬品工業株式会社)の吸入麻酔下で行った。背中から尾にかけて毛刈した髄核移植動物をエタノールとイソジン(商品名;明治製菓株式会社)で消毒後、固定する。背部皮膚に4cm程メスを入れ、切開した。棘突起と椎弓を取り除き、L5とL6の間の黄色靱帯を縦切開し、スパーテルで隙間をつくりながら、蛍光標識髄核50mgを尾側に移植した。蛍光標識髄核は、L6の硬膜外腔
内に移植された。移植後、切開した部位を縫合した。
【0087】
(2−6)試験物質の投与
試験物質を投与するために、蛍光標識髄核を移植した部位より尾側のL6/L7の椎間板付近の皮膚を切開し、蛍光標識髄核を移植した部位より尾側のL6/L7の椎間板から硬膜外腔内に試験物質をインフュージョンポンプを用いて、0.5mL/分の速さで投与した。投与終了後、傷口を縫合してイソジン(商品名;明治製菓株式会社)で消毒した。
【0088】
(2−7)移植蛍光標識髄核の回収
翌日、放血屠殺し、腰椎部L2〜馬尾までを摘出した。摘出後、腹側より脊柱管を露出させた。次いで脊髄下の埋め込み部より蛍光標識髄核を回収した。
【0089】
(2−8)蛍光標識髄核中のグリコサミノグリカン量の測定
(2−8−1)凍結乾燥
回収した蛍光標識髄核を凍結乾燥した。凍結乾燥終了後、重量を測定した。重量を測定した試料を別のチューブに移した。
【0090】
(2−8−2)アクチナーゼ消化
0.25%アクチナーゼ溶液1mLを加え、55℃で約3時間半消化した。消化後、アクチナーゼを失活させるため、100℃で10分間加熱処理し、アクチナーゼ消化した蛍光標識髄核の溶液を得た。
【0091】
(2−8−3)グリコサミノグリカンリアーゼによる消化
蛍光標識髄核中の各種グリコサミノグリカン(コンドロイチン硫酸、ケラタン硫酸及びヒアルロン酸)を定量するため、アクチナーゼ消化した蛍光標識髄核の溶液を、以下のグリコサミノグリカンリアーゼにより消化した。
【0092】
(2−8−3−1)コンドロイチナーゼによる消化
アクチナーゼ消化した蛍光標識髄核の溶液 100μLをチューブに採取した。これに5U/mLのコンドロイチナーゼABC(生化学工業株式会社製)を20μL添加した。軽く攪拌し、37℃で2時間消化した。消化終了後、5U/mLのコンドロイチナーゼAC−II(生化学工業株式会社製)を20μL、1M酢酸ナトリウム緩衝液(pH 6.0)20μLを添加した。軽く攪拌し、37℃で2時間消化して、蛍光標識髄核のコンドロイチナーゼ消化物を得た。この消化物は、蛍光標識髄核中のコンドロイチン硫酸及びヒアルロン酸の定量用サンプルとして用いた。
【0093】
なおこの消化物に含まれるコンドロイチン硫酸由来のΔDi-6S(2-acetamido-2-deoxy-3-O-(β-D-gluco-4-enopyranosyluronic acid)-6-O-sulfo-D-galactose)、ΔDi-4S(2-acetamido-2-deoxy-3-O-(β-D-gluco-4-enopyranosyluronic acid)-4-O-sulfo-D-galactose)およびΔDi-0S(2-acetamido-2-deoxy-3-O-(β-D-gluco-4-enopyranosyluronic acid)-D-galactose)を、後述する高速液体クロマトグラフィーで検出することにより、蛍光標識髄核中のコンドロイチン硫酸を定量することができる。また、この消化物に含まれるヒアルロン酸由来のΔDi-HA(2-acetamido-2-deoxy-3-O-(β-D-gluco-4-enopyranosyluronic acid)-D-glucose)を後述する高速液体クロマトグラフィーで検出することにより、蛍光標識髄核中のヒアルロン酸を定量することができる。
【0094】
(2−8−3−2)ケラタナーゼによる消化
アクチナーゼ消化した蛍光標識髄核の溶液 100μLをチューブに採取した。これに0.1U/mLのケラタナーゼ(WO96/16166号公報に記載の方法で調製)を20μL、1M酢酸ナトリウム緩衝液(pH6.0)を20μL添加した。軽く攪拌し、37℃で48時間消化し、蛍光標識髄核
のケラタナーゼ消化物を得た。この消化物は、蛍光標識髄核中のケラタン硫酸の定量用サンプルとして用いた。
【0095】
なおこの消化物に含まれるケラタン硫酸由来のGal-GlcNAc(6S)(以下、L2ともいう)およびGal(6S)-GlcNAc(6S)(以下、L4ともいう)(Galはガラクトース残基を、GlcNAcはN−アセチルグルコサミン残基を、(6S)は6-O-硫酸エステルを、-はグリコシド結合をそれぞれ表す)を、後述する高速液体クロマトグラフィーで検出することにより、蛍光標識髄核中のケラタン硫酸を定量することができる。
【0096】
(2−8−4)限外濾過
グリコサミノグリカンリアーゼによる消化後、それぞれの消化物の全量を、分画分子量1万の遠心限外濾過チューブ(商品名:ウルトラフリー、ミリポア社製)にのせて限外濾過した。
【0097】
(2−8−5)高速液体クロマトグラフィー(HPLC)
限外濾過の濾液5〜10μLをHPLCカラムにアプライし、HPLCを行った。ΔDi-6S、ΔDi-4SおよびL4を分析する時のHPLCの条件を以下に示す。
【0098】
(1)カラム:センシューパック N(CH3) 2-315-N、φ8mm×15cm(センシュー科学株式会社製)
(2)溶出:20mM Na2SO4/アセトニトリル=9/1
(3)流速:0.65ml/分
(4)反応液:0.1%2−シアノアセトアミドを含む50mM四ホウ酸ナトリウム
(5)反応液流速:0.65mL/分
(6)反応温度:150℃
(7)反応コイル:φ0.4mm×10m
(8)検出:励起波長331nm、蛍光波長383nmまたΔDi-HA、ΔDi-0SおよびL2を分析する時のHPLCの条件を以下に示す。
【0099】
(1)カラム:アサヒパック NH2P、φ4.6mm×25cm×2本(旭化成工業株式会社製)
(2)溶出:25mMテトラメチルアンモニウム−酢酸緩衝液(pH8.5)/アセトニトリル=9/1(3)流速:0.5ml/分
(4)反応液:0.1%2−シアノアセトアミドを含む50mM四ホウ酸ナトリウム
(5)反応液流速:0.5mL/分
(6)反応温度:150℃
(7)反応コイル:φ0.4mm×10m
(8)検出:励起波長331nm、蛍光波長383nm
【0100】
対照物質投与群およびCABC投与群における蛍光標識髄核中のヒアルロン酸量の指標となるΔDi-HA量、コンドロイチン硫酸量の指標となるΔDi-CS(ΔDi-6S、ΔDi-4SおよびΔDi-0S)量、およびケラタン硫酸量の指標となるDi-KS(L2およびL4)量を図1に示す。なお、図1においてPBSは対照物質投与群を、C-ABCはCABC投与群をそれぞれ示す。また、図1中、HA、CS及びKSは、それぞれヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸及びケラタン硫酸を表し、**は、2群間のt検定の結果p<0.05で有意差があること、*は同じくp<0.1で有意差があることを示す。
【0101】
その結果、CABC投与群の移植髄核(蛍光標識髄核)中のグリコサミノグリカン量は、いずれも対照物質投与群に比較して顕著に減少していた。特に、CABC投与群の移植髄核(蛍光標識髄核)中のコンドロイチン硫酸量およびケラタン硫酸量は、対照物質投与群に比べて統計学的に有意な減少が見られた。
【0102】
また組織学的観察の結果、CABC投与群では対照物質投与群よりも短時間で炎症細胞の浸潤が観察され、多数の顆粒球やマクロファージの出現が見られた。硬膜外遊走髄核はこれら炎症細胞によって貪食される。このことから、CABC投与によって、炎症細胞による硬膜外遊走髄核の貪食も促進できることが示された。
【0103】
また観察の結果、CABCは脊髄には全く影響を与えていなかった。この結果から、脊髄硬膜外腔に投与されたCABCは、脊髄硬膜外腔内の髄核を極めて効率的に消化する作用を有すると共に、炎症細胞による硬膜外遊走髄核の貪食も促進し、極めて有効に硬膜外遊走髄核を消失させることが示された。また脊髄には全く影響を与えず、脊髄硬膜外腔内の髄核のみを消化することが示された。
【0104】
以上の結果から、脊髄硬膜外腔内投与用のグリコサミノグリカン分解酵素組成物、およびグリコサミノグリカン分解酵素を有効成分とする硬膜外遊走型椎間板ヘルニア治療剤は、脊髄硬膜外腔に遊走した椎間板ヘルニアの髄核を効率的に消化し、また炎症細胞による髄核の貪食をも促進することによって、極めて効率的かつ有効に硬膜外遊走髄核を消失せしめることができ、かつ脊髄に全く影響を与えないという効果を有することが示された。
【0105】
〔製剤例〕
(i)コンドロイチナーゼABC(生化学工業株式会社製;1000U/mL)0.5mLとリン酸緩衝生理食塩液10mLとを混合し、これを無菌濾過した後、2mlずつアンプルに分注し密封して、硬膜外遊走型椎間板ヘルニア治療用注射剤を製造した。
(ii)10mMリン酸緩衝液(pH7.0)に、ケラタナーゼII(Keratan sulfate endo-β-N-acetylglucosaminidase;生化学工業株式会社製)(終濃度20U/mL)、サッカロース(終濃度1%(w/w))およびポリエチレングリコール4000(終濃度2%(w/w))を溶解し、1バイアルあたり0.5mLで分注し、凍結乾燥した。凍結乾燥は、室温から−45℃まで冷却凍結後、減圧下(60 mTorr)で12時間一次乾燥し、次に25℃まで昇温(12時間)し、25℃で10時間二次乾燥した。乾燥後、窒素ガスで復圧し、打栓して、脊髄硬膜外腔投与用の注射用凍結乾燥組成物を製造した。
【図面の簡単な説明】
【0106】
【図1】コンドロイチナーゼABCを脊髄硬膜外腔に投与したときの、脊髄硬膜外腔内の蛍光標識髄核中の各種グリコサミノグリカン量を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンドロイチナーゼを有効成分とする、炎症細胞の浸潤及び出現促進剤。
【請求項2】
脊髄硬膜外腔における炎症細胞の浸潤及び出現を促進する、請求項1に記載の促進剤。
【請求項3】
脊髄硬膜外腔に投与されることを特徴とする、請求項1又は2に記載の促進剤。
【請求項4】
コンドロイチナーゼを有効成分とし、脊髄硬膜外腔に投与されることを特徴とする、炎症細胞による脊髄硬膜外腔内の髄核の貪食促進剤。

【図1】
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【公開番号】特開2008−50372(P2008−50372A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−291689(P2007−291689)
【出願日】平成19年11月9日(2007.11.9)
【分割の表示】特願平10−235454の分割
【原出願日】平成10年8月21日(1998.8.21)
【出願人】(000195524)生化学工業株式会社 (143)
【Fターム(参考)】