説明

構造物の維持管理計画最適化方法及びその装置並びにそのプログラム

【課題】 構造物をその耐用年まで維持するにあたり、構造物の劣化や費用を考慮して最適な維持管理計画を立案することが可能な技術を提供する。
【解決手段】 構造物を構成する各構成要素それぞれについて、現在から将来に渡る基本のリスクカーブをその構成要素の劣化予測に基づいて作成する工程と、基本のリスクカーブに基づき、構成要素のリスクが、その構成要素の耐用年までの間に予め設定されたリスク上限値を超えることのないように構成要素に対して実施すべき補修・更新計画を複数パターン立案する処理を各構成要素それぞれについて行う工程と、各構成要素毎にそれぞれ立案された複数の補修・更新計画それぞれについて費用に関する評価を行い、評価結果が最も高い補修・更新計画を最適な計画案として選択し、各構成要素毎にそれぞれ選択された補修・更新計画案を構造物の維持管理計画として決定する工程とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、広くは、装置、設備等の構造物を維持管理するに際し、経済性を考慮した最適な維持管理計画を得る技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、構造物としてのプラント設備の維持管理を、余寿命を評価して適切な保守管理を行うことで対応するようにした技術がある。この技術では、プラント設備の運転条件を変更することで、具体的にはプラント等設備に作用する外力のレベルを下げることで寿命消費率を調整し、プラントリスクがその上限値を超えないように制御するようにしている(例えば特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2002−73155号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記従来技術は、上述したように運転条件を変更することでプラント設備の破損を未然に防止し、耐用年まで安全に維持管理するようにしたものである。構造物を耐用年まで維持管理するにあたっては、上記従来技術とは異なるアプローチとして、構造物の劣化部分に対し、適宜、補修・更新を行って耐久力を復元させることで対処する方法が考えられる。この場合、構造物の劣化予測を行いながら計画的に補修・更新等を実施することが望まれるが、費用などの経済的な面も考慮して最適な維持管理計画を立案することは難しいという問題があった。
【0004】
本発明のこのような点に鑑みなされたもので、構造物をその耐用年まで維持するにあたり、構造物の劣化や費用を考慮して最適な維持管理計画を立案することが可能な構造物の維持管理計画最適化方法及びその装置並びにプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る構造物の維持管理計画最適化方法は、構造物を維持管理するにあたり、最適な維持管理計画を立案する構造物の維持管理計画最適化方法であって、構造物を構成する各構成要素それぞれについて、現在から将来に渡る基本のリスクカーブをその構成要素の劣化予測に基づいて作成するリスクカーブ作成工程と、各構成要素それぞれについて、その構成要素に対して実施可能な複数の補修・更新工法と、その補修・更新工法に要する費用とを対策工法データベースに対応付けて記憶しておき、その対策工法データベースに記憶された各種情報と、作成された基本のリスクカーブと、予め設定されたリスク上限値とに基づいて、構成要素のリスクが、その構成要素の耐用年までの間にリスク上限値を超えることのないように構成要素に対して実施すべき補修・更新計画を複数パターン立案する処理を各構成要素それぞれについて行う補修・更新計画立案工程と、各構成要素毎にそれぞれ立案された複数の補修・更新計画それぞれについて対策工法データベースに記憶された費用を用いて費用に関する評価を行い、評価結果が最も高い補修・更新計画を最適な計画案として選択し、各構成要素毎にそれぞれ選択された補修・更新計画案を構造物の維持管理計画として決定する維持管理計画決定工程とを備えたものである。
【0006】
また、本発明に係る構造物の維持管理計画最適化方法は、上記補修・更新計画が、補修・更新工法とその工法の実施時期との組み合わせでなり、補修・更新計画立案工程では、補修・更新工法とその実施時期との組み合わせを適宜変更しながら構成要素のリスクカーブを再評価する処理を繰り返し行い、再評価後のリスクカーブがその構成要素の耐用年までの間にリスク上限値を超えない計画を、構成要素に対して実施すべき補修・更新計画とするものである。
【0007】
また、本発明に係る構造物の維持管理計画最適化方法は、上記補修・更新計画において、補修・更新工法とその工法の実施時期との組み合わせが複数設定されているものである。
【0008】
また、本発明に係る構造物の維持管理計画最適化方法は、上記対策工法データベースに、補修・更新工法実施後のリスクカーブを決定するためのリスクカーブ決定情報を各構成要素それぞれについて更に対応付けて記憶しておき、補修・更新計画立案工程では、リスク評価手段で作成された基本のリスクカーブと、リスクカーブ決定情報とに基づいてリスクカーブの再評価を行うものである。
【0009】
また、本発明に係る構造物の維持管理計画最適化方法は、対策検討開始リスクレベルを設定しておき、補修・更新計画立案工程において補修・更新工法とその実施時期との組み合わせを適宜変更するにあたり、実施時期として設定するその設定範囲を、構成要素のリスクが対策検討開始リスクレベルに達する時期とリスク上限値に達する時期との間とするものである。
【0010】
また、本発明に係る構造物の維持管理計画最適化方法は、費用の評価にNPV(Net Present Value:正味現在価値)を用いるものである。
【0011】
また、本発明に係る構造物の維持管理計画最適化方法は、上記維持管理計画決定工程に代えて、各構成要素それぞれについて立案された複数の補修・更新計画案を総合的に判断して、補修・更新工法の実施時期が、ある年度に集中せず分散し且つ各年度において年間予算を超えない補修・更新計画案の組み合わせを求め、求められた組み合わせのそれぞれについて対策工法データベースに記憶された費用を用いて費用に関する評価を行い、評価結果が最も高い補修・更新計画案の組み合わせを、構造物の維持管理計画として決定する維持管理計画決定工程を備えたものである。
【0012】
また、本発明に係る構造物の維持管理計画最適化方法は、上記リスクカーブを、構造物の劣化状態を判断可能な検査結果を示す検査データ、検査方法の精度を示す精度情報、設計情報、構造物の損傷に関する統計及び構造物の構造信頼性に関わる種々の特性データでなる信頼性データに基づいて作成するものである。
【0013】
本発明に係る最適化装置は、上記の何れかに記載の構造物の維持管理計画最適化方法をコンピュータが実行することにより実現されるものである。
【0014】
本発明に係るプログラムは、上記の何れかに記載の構造物の維持管理計画最適化方法をコンピュータに実行させるものである。
【発明の効果】
【0015】
以上説明したように本発明によれば、予め設定したリスク上限値以下に全体のリスクを保ちつつ経済性を考慮した最適な維持管理計画を立案することができる。これにより、低コストと安全性の確保を両立させた構造物の維持管理を行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
実施の形態1.
図1は、本発明の実施の形態1及び実施の形態2の最適化装置を示す図である。
最適化装置1は、プラント設備やパイプラインなどの構造物を耐用年まで維持管理するにあたり、構造物の劣化や費用を考慮した上で最適な維持管理計画を立案して出力するものである。維持管理計画は、構造物を構成する各構成要素それぞれに対する補修・更新計画で構成され、補修・更新計画は、構成要素に対して行うべき対策工法(補修・更新工法)と、その補修・更新工法の実施時期とを特定するものである。
【0017】
最適化装置1は、具体的にはパソコンなどのコンピュータで構成され、CPU2に、ディスプレイなどの表示装置3、マウス4aやキーボード4bなどの入力装置4、メモリ5、ハードディスク6、対策工法データベース7、CD−ROM駆動装置8、プリンタ9が接続された構成となっている。
【0018】
CPU2は、最適化装置1を統括して制御するものであり、ハードディスク6にインストールされた最適化プログラムに従って、当該プログラムに基づく処理を行う。この最適化プログラムは、当該プログラムを記録した記録媒体(例えばCD−ROM等)によって提供され、CD−ROM8aによって提供された場合には、CD−ROM駆動装置8を介してハードディスク6にインストールされる。なお、この最適化プログラムとCPU2とにより、リスク評価手段2a及び最適化手段2bが実現される。
【0019】
リスク評価手段2aは、入力装置4から入力されたリスクカーブの作成に必要な情報に基づいて、構造物を構成する各構成要素それぞれの基本のリスクカーブを自動的に作成する手段である。リスクカーブは現在から将来に渡るリスクを示したもので、図2に示すように横軸に経過年、縦軸にリスクをとって示したものである。
【0020】
ここで、リスクカーブの作成に必要な情報とは、構成要素の劣化予測を示す情報であり、具体的には、検査データ、精度、設計情報、構造物の損傷に関する統計及び信頼性データなどから構成される。なお、「検査データ」は、構造物の劣化状態(損傷状態)を判断可能な検査結果を示すデータであり、例えば埋設管の肉厚等を検査した検査データである。「精度」は、検査方法の精度であり検査データの信頼性を決める値である。「設計データ」は、配管の口径、形状などのデータ、「構造物の損傷に関する統計」は、評価対象と同種の構造物に関する過去の損傷事例や、その採取データをある項目で分析して得られた情報である。例えば、ガスの漏洩が年間x件発生しているなどである。また、「信頼性データ」は評価対象となる構造物の構造信頼性に関わる種々の特性データで、例えば埋設管に使用している鋼材の強度分布、構造物に負荷される外力分布などである。
【0021】
最適化手段2bは、リスク評価手段2aで作成された基本のリスクカーブと、対策工法データベース7に格納された各種情報と、構造物管理者から入力装置4を介して入力されるリスク上限値とに基づいて、各構成要素それぞれに対する最適な補修・更新計画を立案する手段である。リスク上限値とは、これ以上のリスクは許容できず直ちに補修・更新を施す必要があるというしきい値であり、その構造物に要求される安全性に応じて設定される。なお、リスク上限値は、全構成要素に対して同じ値が設定される。
【0022】
対策工法データベース7には、各構成要素それぞれに対して適用される複数の補修・更新工法と、その補修・更新工法に要する費用(材料費、製造費、施工費など)と、その補修・更新工法を実施したことによる効果と、その補修・更新工法実施後のリスクカーブを決定するためのリスクカーブ決定情報とが対応付けて記憶されている。リスクカーブ決定情報は、補修・更新工法が適用されたことによってその適用部位のリスクがどの程度低減されるかを示す情報と、その補修・更新工法実施後のリスクの増加傾向を示す値とで構成される。具体的には工法実施直後のリスク値(例えば減肉の場合では、管厚が元に戻ったという条件で再計算した値)と、その後のリスクの増加率(減肉の進行率など)であり、このリスクカーブ決定情報に基づいて補修・対策工法実施後のリスクカーブが決定できるようになっている。
【0023】
ここで、構成要素が埋設管である場合の損傷の内容を図3によって説明し、その損傷に対する補修・更新工法の具体例を図4によって説明する。
【0024】
図3は、埋設管における損傷の説明図である。
通常、埋設管には腐食用のコーティングが施されており、これが傷つくと管表面に水分が進入する状態となって腐食が発生し、管厚が減少する。腐食が進行すると、次第に腐食減肉量が増大して、いずれ、腐食による穴が管を貫通し、内部のガスが漏洩する。
【0025】
図4は、埋設管に対して実施される補修・更新工法の具体例を示す図である。
埋設管に適用される補修・更新工法としては、例えば以下の3種類あり、順に説明する。
(a)工法A(更新(入取替)):埋設管のある場所を掘って、損傷部位を含むある長さの管を切断し、代わりに新しい管を挿入する。
(b)工法B(研削・再防食):埋設管のある場所を掘って、損傷部位のコーティングを剥がし、腐食部の腐食生成物(錆など)を削り落として表面を滑らかに仕上げた後、新しく防食コーディングを施す。
(c)工法C(部分溶接補修):埋設管のある場所を掘って、損傷部位のコーティングを剥がし、腐食部の腐食生成物(錆など)を削り落とす。そして、腐食部の上に当て板をし、縁端を管体に溶接した後、補修部に新しい防食コーティングを施す。
【0026】
図5は、対策工法データベースに格納される各種情報を示す図で、ここでは、構成要素が埋設管の場合を示しており、工法A〜Cはそれぞれ図4の工法A〜Cに対応している。図5に示すように、対策工法データベース7には、埋設管に対して適用される3種類の工法と、その工法を実施したことによる効果、その工法に要する費用が記憶されている。なお、リスクカーブ決定情報については図示省略している。
【0027】
図6は、本発明の実施の形態1に係る最適化装置の動作概略を示すフローチャートである。以下、最適化装置1の動作概略を図6を参照して説明し、その後、各ステップの詳細説明を行う。
最適化装置1では、まず、リスク評価手段2aが、構造物を構成する各構成要素それぞれについて、現在から将来に渡る基本のリスクカーブをその構成要素の劣化予測に基づいて作成する(リスクカーブ作成工程)(S1)。そして、最適化手段2bが、対策工法データベース7に記憶された各種情報と、ステップS1で作成された基本のリスクカーブと、予め設定されたリスク上限値とに基づいて、構成要素のリスクが、その構成要素の耐用年までの間に前記リスク上限値を超えることのないように前記構成要素に対して実施すべき補修・更新計画を複数パターン立案する処理を構成要素それぞれについて行う(補修・更新計画立案工程)(S2)。ついで、最適化手段2bは、各構成要素毎にそれぞれ立案された複数の補修・更新計画それぞれについて対策工法データベース7に記憶された費用を用いて費用に関する評価を行い、評価結果が最も高い補修・更新計画を最適な計画案として選択し、各構成要素毎にそれぞれ選択された計画案を構造物の維持管理計画として決定する(維持管理計画決定工程)(S3)。
【0028】
以下、構成要素を埋設管とした場合を例に、図6のフローチャートの各工程の処理について具体的に順次説明する。
まず、ステップS1のリスクカーブ作成工程について説明する。リスクカーブは、現在の損傷程度(消耗度)に対して、今後の進行度を適切に設定して将来のリスクを求めることで得られる。具体的には、リスクカーブの作成に必要な情報に含まれる検査データに基づき、肉厚が薄くなっている部分を特定し、特定された部分の腐食減肉の進行度(使い始めてから現在までの当該部分の腐食進行具合)を判定し、その進行度に基づいて将来のリスクの予測カーブを算出するものである。例えば、使い始めてから現在までに管厚が3mm減っていた場合、その経過年数と腐食減肉量(3mm)とから進行度を判定し、今後も同じペースで減ると仮定して将来のリスクカーブを推定していくといった具合である。
【0029】
以下、リスクの具体的な算出方法について説明する。ここで、リスクとは損傷頻度と被害規模の積として定義され、リスクを求めるにあたっては、損傷頻度と被害規模とをそれぞれ算出する。損傷頻度は、例えば図7に示すように信頼性工学における応力−強度モデルを用いて発生応力の分布と強度の分布から求めることが可能である。以下、埋設管の管厚が減少する場合の損傷頻度を、図7の応力−強度モデルから求める場合について説明する。
【0030】
評価値Xは、損傷か非損傷かを区別するために用いる直接的な値を指し、内圧破壊を評価するための「応力」がXに相当する。これは内圧による管の「発生応力」が、管厚が減少した管の「許容応力」(強度)を超えたら損傷とみなすという条件を用いた場合であり、発生変位が許容変位を超えることを破壊条件とした場合、Xは変位となる。なお、評価値Xは確率変数である。ここでは、前者の条件を用いた場合を例に説明する。
【0031】
まず、損傷頻度(損傷確率)は、図7中の(1)式により求める。この(1)式により、内圧による管の発生応力がxのとき、肉厚が減少した管の許容応力がx以下である確率(fL (x)×FR (x))を、その発生応力xを0から∞まで変化させて足しあわせた値が求められることになり、これが損傷頻度(損傷確率)となる。但し、関数f(x)は、評価値Xの確率密度関数である。添字Lは発生応力を指し、Rは許容応力を指している。よって、fL (x)は発生応力が値xとなる確率を示し、fR (x)は許容応力が値xとなる確率を示している。また、関数F(x)は、評価値Xの累積分布関数であり、f(x)を0からxまで積分した値に相当し、評価値Xが横軸上の値x以下である確率を示している。
【0032】
一方、被害規模は、図8に示すように各構成要素(Element1,Element2,…)について、仮に損傷が生じた場合の1.補修・更新費用Cequip、2.人的な被災の補償費用Cinjury、3.生産もしくは供給の支障に伴う営業損失費用Coutageを設定し、これら1〜3を加算した値となる。
【0033】
以上のようにして求めた損傷頻度と被害規模との積を算出することでリスクを求める。ここで、損傷頻度は時間経過とともに増加するので、リスクも時間とともに増加する。管の腐食の例で説明すると、腐食が進行して管厚が減少し、管厚の減少によってその部分の発生応力が増加するので、損傷頻度も結果として増加することになる。
【0034】
次に、図6のステップS2、S3の各処理ついて説明する。ステップS2、S3は最適化手段2bによって行われる処理である。
最適化手段2bは、まず、ステップS2の補修・更新計画立案処理として、構造物管理者によって入力装置4から設定入力されたリスク上限値と、リスク評価手段2aで算出された構造物の各構成要素の基本のリスクカーブと、対策工法データベース7に格納された各種情報とを用いて、各構成要素それぞれに行うべき補修・更新計画を立案する。ここで立案される補修・更新計画は、構成要素をその耐用年まで維持するにあたり、耐用年までの間にその構成要素に対して実施すべき対策工法とその対策工法を実施する時期との組み合わせであり、その構成要素のリスクが耐用年までの間にリスク上限値を超えないように計画される。ここでは、補修・更新計画が複数立案される。
【0035】
図9は、複数立案された補修・更新計画に基づくリスクカーブを示す図である。
計画案1は、X2年にA工法を実施しており、これによりリスクがR5からR1に一旦下がっている。その後、リスクは再度上昇するが、耐用年においてリスク上限値を超えないように計画されている。また、計画案2は、X1年にB工法を実施してリスクがR3からR2に一旦下がった後、再度上昇してR6になったX3年に今度はC工法を行っている。これにより、リスクがR6からR4に下がり、その後再度リスクが上昇するが、耐用年においてリスク上限値を超えないように計画されている。
【0036】
図9に示したような補修・更新計画を補修・更新計画立案工程において立案するわけであるが、その立案手順について以下に説明する。
まず、ある構成要素に対して、対策工法と、その対策工法を実施する時期とを任意に設定する。実施時期には、その構成要素のリスクカーブのリスクがリスク上限値を超える時期以前に設定される。図9より明らかなように、1つの構成要素に2つ以上の実施時期を割り当てることも可能である。
【0037】
最適化手段2bは、設定した実施時期に補修・更新工法を実施後のリスクカーブを、リスク評価手段2aで算出された基本のリスクカーブと対策工法データベース7のリスクカーブ決定情報とに基づいて再計算(再評価)して取得する。そして、その再評価後のリスクカーブが、耐用年までの間にリスク上限値を超えるか否かをチェックし、超えていなければ、前記設定した対策工法と実施時期とを補修・更新計画案の1つとして決定する。最適化手段2bでは、補修・更新工法と実施時期との組み合わせを適宜変更しながら上記と同様の処理を行い、補修・更新計画を立案していく。
【0038】
なお、以上の処理は、補修・更新工法の実施時期を1回とした場合の例であるが、複数回設定する場合も同様にして補修・更新計画を立案することができる。例えば実施時期を2回設定する場合には、1回目の再評価後のリスクカーブを基本のリスクカーブと見なして上記処理を行えばよい。このような手順により立案された複数の補修・更新計画それぞれに基づくリスクカーブが、先の図9に示したものに相当する。
【0039】
ここで、図9中の対策検討開始リスクレベルとは、補修・更新計画立案工程において補修・更新工法とその実施時期との組み合わせを適宜変更するにあたり、実施時期として設定するその設定範囲の下限側を特定するためのもので、対策検討開始リスクレベルを設定することにより、基本のリスクカーブに基づく構成要素のリスクが対策検討開始リスクレベルに達するX0年以降から、リスク上限値に達する時期までが対策工法の実施対象期間とされる。よって、補修・更新計画を立案するに際し、実施時期については、対策検討開始リスクレベルに達するX0年以降を検討対象とし、X0年より前の期間については対象外とされる。これにより、補修・更新計画立案に要する時間を短縮することが可能となっている。以上がステップS2の処理である。
【0040】
続いてステップS3においては、複数の補修・更新計画案それぞれについて費用に関する評価を行う。費用は、対策工法データベース7に格納された費用を用いる。費用の評価方法は、ユーザ毎に任意の方法を採用することが可能であるが、ここでは、金融工学で使用されているNPV(Net Present Value :正味現在価値)といった投資判断指標を適用して評価するものとする。NPVとは、ある事業から得られるであろう将来のキャッシュフロー(設備の取得から廃棄までの全期間において、その投資による各年のお金の流入・流出の増減)を割引率で換算した現在価値から、投資額の現在価値を差し引いた金額で表されるもので、ある事業の経済的価値を測定する指標である。式(2)に、NPVを求める一般式を示す。
【0041】
【数1】

【0042】
ここで、Biはi年時の収入、Ciはi年時の支出、rは金利、mは耐用年を示す。
【0043】
このNPVがプラスであれば、その事業は投資家の要求するリターンを上回っていて価値を生み出すことを意味しており、その事業は採用とされ、一方マイナスならば却下されることになる。
【0044】
このNPVを本例に適用して費用の評価を行う場合、構造物の補修・更新費のみを考慮するためBi=0として計算される。このため、NPVは全ての計画案について負の値となる。その中で0に近い方が評価が高いと判断され、最も0に近い値を取る計画案を採用とする。なお、Ciは本例では補修時の費用であり、同じ工法についてはどの年度でも同じ数値となる。図9に示した計画案1と計画案2のNPVは、それぞれ図9中の(3)式及び(4)式で求められる。
【0045】
以上に説明した補修・更新計画の立案、費用評価は各構成要素毎に行われ、最終的には各構成要素毎にそれぞれ最適な補修・更新計画が決定される。なお、補修・更新計画は、上述したように、とり得る全てのパターンについて評価し最適なものを見つける他、一般の最適化アルゴリズム(例えば、遺伝的アルゴリズムなど)を活用して最適案を探索するようにしてもよい。以上のようにして決定された個々の構成要素毎の補修・更新計画が構造物全体の維持管理計画として表示装置3に表示され、構造物管理者に通知される。なお、プリンタ9で印刷して出力するようにしてもよい。
【0046】
このように、実施の形態1によれば、構造物を耐用年まで維持管理するにあたり、設定したリスク上限値以下に全体のリスクを保ちつつ経済性を考慮した最適な維持管理計画を立案できる。これにより、構造物全体に対して低コストと安全性の確保を両立させた構造物の維持管理を行うことが可能となる。
【0047】
また、補修・更新計画を立案するに際し、補修・更新の実施時期を複数回設定可能としているので、組み合わせの幅が広がり、多様な組み合わせパターンから最適な補修・更新計画を得ることが可能となる。また、1回の補修・更新だけではなく、2回目、3回目も視野に入れた上での計画とすることができるので、長期的な視野で維持管理計画を立案することが可能となる。換言すれば、構造物を耐用年までもたせるための計画を最初の時期に決めることが可能となる。
【0048】
なお、本例では、費用の評価に際しNPVを用いるようにしたが、評価方法は任意であり、例えば単純に費用の合計で評価し、費用が最も安い計画案を採用するようにしてもよい。
【0049】
また、リスク上限値をどの程度に設定するかは、その構造物に要求される安全性に応じて決めるとしたが、構造物の管理者側で独自に決めるのではなく、社会的な基準に基づいて決める必要がある場合(例えばリスクが及ぶ範囲が大規模である場合など)には、設備の重要度、社会の受容度を考慮して設定する。例えば、まず損傷頻度についてはAPI581のsection8において示されている機器類の一般的な損傷頻度(損傷確率)10-4を用い、被害規模については構造物の各構成要素の被害規模の平均値を適用し、これらを乗じて求める。また、英国の産業安全基準では社会的に受容される個人の年間死亡確率を10-6〜10-4の範囲に定めており、この数値を損傷頻度として用いても良い。
【0050】
実施の形態2.
実施の形態1では、各構成要素それぞれに対する補修・更新計画の最適化が、構造物全体の維持管理計画の最適化にも繋がるものとして維持管理計画が構成されていた。すなわち、構造物の維持管理計画は、各構成要素それぞれに対して最適な補修・更新計画から構成されるとしていた。しかしながら、各構成要素それぞれに対する補修・更新計画の最適化が、構造物全体の維持管理計画の最適化にも繋がるとは必ずしも言えない場合があり、実施の形態2では、そのような場合も考慮した構造物の維持管理計画の立案に関するものである。
【0051】
まず、各構成要素それぞれに対して最適な補修・更新計画が、構造物全体の維持管理計画として考えた場合に最適とは言えない場合とは、いかなる場合かを次の図10により説明する。
【0052】
図10は、構造物全体の維持管理計画の説明図で、(a)は各構成要素それぞれの補修・更新計画に基づくリスクカーブを示しており、(b)は(a)の補修・更新計画に基づく費用の棒グラフを示している。
図10に示した維持管理計画における個々の構成要素の補修・更新計画は、それぞれ費用面での評価が最も高いと判断された計画案である。しかしながら、28年度に工事が集中しており、その年に大規模設備投資が必要となっている。この場合、予算的な問題で実行不可能となることが考えられ、別の計画が望まれることになり、個々の構成要素に対する最適化が、全体の最適化に繋がっていない。
【0053】
このような場合を鑑み、本実施の形態2では、年間投資額と管理側の予算との比較を行い、各構成要素それぞれについて立案された補修・更新計画案を総合的に判断して最適な維持管理計画を得る。
【0054】
実施の形態2は、実施の形態1を基本としたものであり、以下、実施の形態1と異なる部分を中心に説明する。
実施の形態2では、まず、実施の形態1の補修・更新計画立案工程で各構成要素それぞれについて立案された複数の補修・更新計画案を総合的に判断し、補修・更新工法の実施時期が、ある年度に集中せず分散し且つ各年度において年間予算を超えない補修・更新計画案の組み合わせを求める。そして、求められた組み合わせのそれぞれについて対策工法データベース7に記憶された費用を用いて費用に関する評価を行い、評価結果が最も高い補修・更新計画案の組み合わせを、構造物の維持管理計画として決定する。以上のようにして決定された構造物の維持管理計画は図11に示すようになる。
【0055】
ここで、補修・更新工法の実施時期が、ある年度に集中せず分散し且つ各年度において年間予算を超えない補修・更新計画案の組み合わせを求めるにあたっては、とり得る全ての組み合わせパターンを求め、それぞれについてこの条件を満たすものを検討する他、一般の最適化アルゴリズム(例えば、遺伝的アルゴリズムなど)を活用して最適案を探索するようにしてもよい。また、実施の形態1では各構成要素毎に費用の評価が最も高い補修・更新計画を1つ選定するとしたが、1つを選定するのではなく、評価が高い順に数パターン選定しておき、その上で全構成要素で考えたときに、費用が、ある時期に集中せず分散し且つ年間予算を超えない補修・更新計画案の組み合わせを選定するようにしても良い。
【0056】
実施の形態2によれば、実施の形態1とほぼ同様の効果が得られるとともに、構造物全体の補修・更新計画を総合的に判断して費用が特定の時期に集中しないようにしたので、短期的な費用負担の突出を避けることができ、また、年間予算を超えないようにしたので、実用に即した合理的な維持管理計画を立案することが可能となる。
【0057】
なお、上記では、各構成要素毎にそれぞれ独立して補修・更新計画の立案、費用評価を行う場合を説明したが、例えば位置的に近接した複数の構成要素において同じ時期に工事を実施する計画がある場合や、同種の工事を行う計画がある場合等には、費用を低減して評価を行うようにするなど、他の構成要素における対策工法の実施時期やその対策工法の種類なども考慮して費用評価を行うようにしてもよい。この場合、実運用に即した費用評価が可能となり、引いては、より合理的な維持管理計画の立案が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明の実施の形態1及び実施の形態2の最適化装置を示す図である。
【図2】リスクカーブを示す図である。
【図3】埋設管における損傷の説明図である。
【図4】埋設管に対して実施される補修・更新工法の具体例を示す図である。
【図5】対策工法データベースに格納される各情報を示す図である。
【図6】本発明の実施の形態1に係る最適化装置の動作概略を示すフローチャートである。
【図7】応力強度モデルを示す図である。
【図8】被害規模の説明図である。
【図9】複数立案された補修・更新計画に基づくリスクカーブ及び各計画案のNPVに基づく費用評価結果を示す図である。
【図10】構造物全体の維持管理計画の説明図である。
【図11】図10の維持管理計画の改善計画案を示す図である。
【符号の説明】
【0059】
1 最適化装置
2 CPU
2a リスク評価手段
2b 最適化手段
3 表示装置
4 入力装置
4a マウス
4b キーボード
5 メモリ
6 ハードディスク
7 対策工法データベース
8 駆動装置
8a CD−ROM
9 プリンタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造物を維持管理するにあたり、最適な維持管理計画を立案する構造物の維持管理計画最適化方法であって、
構造物を構成する各構成要素それぞれについて、現在から将来に渡る基本のリスクカーブをその構成要素の劣化予測に基づいて作成するリスクカーブ作成工程と、
各構成要素それぞれについて、その構成要素に対して実施可能な複数の補修・更新工法と、その補修・更新工法に要する費用とを対策工法データベースに対応付けて記憶しておき、その対策工法データベースに記憶された各種情報と、前記作成された基本のリスクカーブと、予め設定されたリスク上限値とに基づいて、構成要素のリスクが、その構成要素の耐用年までの間に前記リスク上限値を超えることのないように前記構成要素に対して実施すべき補修・更新計画を複数パターン立案する処理を各構成要素それぞれについて行う補修・更新計画立案工程と、
前記各構成要素毎にそれぞれ立案された複数の補修・更新計画それぞれについて前記対策工法データベースに記憶された費用を用いて費用に関する評価を行い、評価結果が最も高い補修・更新計画を最適な計画案として選択し、各構成要素毎にそれぞれ選択された補修・更新計画案を構造物の維持管理計画として決定する維持管理計画決定工程と
を備えたことを特徴とする構造物の維持管理計画最適化方法。
【請求項2】
前記補修・更新計画は、補修・更新工法とその工法の実施時期との組み合わせでなり、前記補修・更新計画立案工程では、補修・更新工法とその実施時期との組み合わせを適宜変更しながら前記構成要素のリスクカーブを再評価する処理を繰り返し行い、再評価後のリスクカーブがその構成要素の耐用年までの間にリスク上限値を超えない計画を、構成要素に対して実施すべき補修・更新計画とすることを特徴とする請求項1記載の構造物の維持管理計画最適化方法。
【請求項3】
前記補修・更新計画において、補修・更新工法とその工法の実施時期との組み合わせが複数設定されていることを特徴とする請求項2記載の構造物の維持管理計画最適化方法。
【請求項4】
前記対策工法データベースに、補修・更新工法実施後のリスクカーブを決定するためのリスクカーブ決定情報を各補修・更新工法それぞれについて更に対応付けて記憶しておき、前記補修・更新計画立案工程では、前記リスク評価手段で作成された基本のリスクカーブと、前記リスクカーブ決定情報とに基づいてリスクカーブの再評価を行うことを特徴とする請求項2又は請求項3記載の構造物の維持管理計画最適化方法。
【請求項5】
対策検討開始リスクレベルを設定しておき、前記補修・更新計画立案工程において補修・更新工法とその実施時期との組み合わせを適宜変更するにあたり、実施時期として設定するその設定範囲を、構成要素のリスクが対策検討開始リスクレベルに達する時期と前記リスク上限値に達する時期との間とすることを特徴とする請求項2乃至請求項4の何れかに記載の構造物の維持管理計画最適化方法。
【請求項6】
費用の評価にNPV(Net Present Value:正味現在価値)を用いることを特徴とする請求項1乃至請求項5の何れかに記載の構造物の維持管理計画最適化方法。
【請求項7】
前記維持管理計画決定工程に代えて、前記各構成要素それぞれについて立案された複数の補修・更新計画案を総合的に判断して、補修・更新工法の実施時期が、ある年度に集中せず分散し且つ各年度において年間予算を超えない補修・更新計画案の組み合わせを求め、求められた組み合わせのそれぞれについて前記対策工法データベースに記憶された費用を用いて費用に関する評価を行い、評価結果が最も高い補修・更新計画案の組み合わせを、構造物の維持管理計画として決定する維持管理計画決定工程を備えたことを特徴とする請求項1乃至請求項6の何れかに記載の構造物の維持管理計画最適化方法。
【請求項8】
前記リスクカーブを、構造物の劣化状態を判断可能な検査結果を示す検査データ、検査方法の精度を示す精度情報、設計情報、構造物の損傷に関する統計及び構造物の構造信頼性に関わる種々の特性データでなる信頼性データに基づいて作成することを特徴とする請求項1乃至請求項7の何れかに記載の構造物の維持管理計画最適化方法。
【請求項9】
請求項1乃至請求項8の何れかに記載の構造物の維持管理計画最適化方法をコンピュータが実行することにより実現される最適化装置。
【請求項10】
請求項1乃至請求項8の何れかに記載の構造物の維持管理計画最適化方法をコンピュータに実行させるプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2006−63537(P2006−63537A)
【公開日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−244031(P2004−244031)
【出願日】平成16年8月24日(2004.8.24)
【出願人】(000004123)JFEエンジニアリング株式会社 (1,044)
【Fターム(参考)】