構造物の非破壊診断方法
【課題】ガイド波超音波を用いて構造物の欠陥を検出する非破壊探傷技術に関し、特に周波数により伝搬速度が変化する速度分散性ガイド波超音波を用いた診断の際に、ガイド波の速度分散性の影響により、探傷波形が崩れ空間分解能が著しく低下する問題と、探傷信号のSN比をより向上させる課題とを同時に解決する方法が求められている。速度分散性ガイド波超音波に対しても適用できるよう、新たな処理アルゴリズムを考案する。
【解決手段】励起時間波として広帯域なチャープ信号等を用い、後に受信された受信時間波情報と、励起時間波情報と、ガイド波超音波の速度分散情報に基づき、構造物中の欠陥の空間分布と、励起空間波の空間分布である励起空間波の自己相関関数との畳み込み波形に相当する空間波パルス圧縮波形を算出する。これにより、高い空間分解能と高いSN比とを有する探傷波形を得ることができる。
【解決手段】励起時間波として広帯域なチャープ信号等を用い、後に受信された受信時間波情報と、励起時間波情報と、ガイド波超音波の速度分散情報に基づき、構造物中の欠陥の空間分布と、励起空間波の空間分布である励起空間波の自己相関関数との畳み込み波形に相当する空間波パルス圧縮波形を算出する。これにより、高い空間分解能と高いSN比とを有する探傷波形を得ることができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、速度分散性を有するガイド波超音波を用い、構造物の欠陥を非破壊で診断する構造物の非破壊診断方法、いわゆるガイド波探傷方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガイド波探傷方法は、探傷を行おうとする構造体にガイド波超音波を伝搬させ、伝搬経路中に存在する欠陥により反射されるエコー信号を基にその欠陥の検出を行う方法である。
【0003】
ガイド波超音波は、周波数によって伝搬速度が異なる速度分散性と呼ばれる性質を本質的に有している。この速度分散性は、水中や大きな金属ブロック中を伝搬する一般のバルク超音波では見られないガイド波超音波特有の性質である。対象とする構造体にガイド波超音波を励起すると、ガイド波超音波は周波数によって伝搬速度の異なる速度分散性を示し、励起信号に含まれる周波数の低い成分と、周波数の高い成分とが、それらの伝搬速度の違いから、伝搬に伴って次第に分離する現象が起こる。例えば、周波数が高くなるほど伝搬速度が速くなるような速度分散性を示すガイド波超音波について、インパルス状の広帯域信号を励起した場合、励起信号のうち高周波成分ほど速く伝搬し、低周波成分ほど遅く伝搬する現象が起こる。その結果、伝搬距離が長くなるに従って、ガイド波超音波の波形は、パルス形状から徐々に形状が崩れ、長く伸びた状態になる。
【0004】
図12〜14には、比較的インパルス形状に近い2波のハミングバースト信号を励起時間波として用い、L(0,1)モードのガイド波超音波を直径32mmの鉄棒中に励起させた場合の受信時間波を示している。図12〜14より、伝搬距離が長く、その結果遅い時刻に観測されるガイド波超音波ほど、波形は大きく崩れている様子がわかる。
【0005】
前述のようなガイド波超音波の速度分散性による波形崩れは、非破壊診断においては、欠陥検出における空間分解能の著しい低下に繋がるため、大きな問題となっている。例えば、従来のガイド波超音波を使った薄鋼板の欠陥診断においては、励起時に十波から数十波のトーンバースト信号を用いて周波数帯域を狭く限定することにより、伝搬に伴う著しい波形崩れの影響を避けてきた。ところが、周波数帯域を狭く限定したトーンバースト信号は元々時間的に長い信号であるので、それにより空間分解能を犠牲にしていた面があり、この場合には板材の端部に数十mm程度の診断不能領域が発生する等の問題が生じていた。
【0006】
一方、ガイド波超音波に限らない超音波技術全般において、診断精度を良くするよう、受信信号のSN比を改善する種々の努力が払われている。とりわけ、ガイド波超音波による診断では、工場内の様々な強電機器近傍での診断や、稼働中のポンプやコンベア等のノイズ源の近傍で診断を行う場合がしばしばあり、SN比の改善が求められている。また、診断の自動化のためには、電磁超音波、空気伝搬超音波、レーザ超音波等の非接触式の超音波技術を用いると、その診断が容易となるが、非接触の診断方法は一様に感度が低く、SN比不足のため、なかなか実用には至ってないのが現実である。
【0007】
これに対し、SN比改善の信号処理技術の1つであるパルス圧縮技術がある(例えば、非特許文献1参照)。この技術は、以前からレーダや超音波探傷法等への適用が図られており(例えば、特許文献1、2参照)、また非速度分散性のガイド波超音波に対しても、パルス圧縮の適用例がある(特許文献3参照)。パルス圧縮技術とは、送信時にバースト波やパルス波の代わりに時間的に長い広帯域信号を励起し、その受信波形に対して適切な参照信号により相互相関演算を施すことで、パルス状の時間分解能の良いパルス圧縮信号を得るものである。その際、参照信号と相関性を持たないノイズ成分とは相互相関演算によって打ち消されるため、パルス圧縮技術は優れたノイズ除去効果を有する。また、ガイド波超音波の分散曲線の導出も、半解析的有限要素法として公知である(非特許文献2)。
【0008】
【非特許文献1】レーダーハンドブック,スコルニケット,マクグロウヒル社,1970(Radar handbook, Skolniket., McGraw-Hill Inc., 1970)
【非特許文献2】Takahiro Hayashi and Joseph L. Rose, Guided wave simulation and visualization by a Semi-Analytical Finite Element Method, Materials Evaluation Vol.61, No.1 (2003) pp.75-79
【特許文献1】特許第3022108号公報
【特許文献2】特許第3036387号公報
【特許文献3】特開2007−121092号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところが、従来のパルス圧縮技術は、周波数に依らずに音速が一定であることが前提となっており、一般のガイド波超音波のような速度分散性を有する場合には、そのままでは適用不可能である。
【0010】
すなわち、速度分散性を有するガイド波超音波を用いて、SN比の良い構造物の探傷を行うためには、パルス圧縮技術の適用を考えると、ガイド波超音波の励起に広帯域の励起時間波を用いることが前提となる。
【0011】
しかし、背景技術で述べたように、速度分散性を有するガイド波超音波では、伝搬に伴う著しい波形崩れが生じる。従来のパルス圧縮処理を施すと、確かにノイズ除去効果はあるが、速度分散性による著しい波形崩れの影響を除去することができない。
【0012】
図3は、速度分散性を有するガイド波超音波の例として、直径32mmの鉄棒中を伝搬するL(0,1)モードの群速度分散曲線の例を示す。また、図12〜14は、前述のモードについて、励起時間波として、比較的広帯域な2サイクルのハミングバースト信号を用いた場合の受信時間波を示す。図15〜17は、同じガイド波超音波モードについて、励起時間波として、広帯域なチャープ信号を用い、従来のパルス圧縮技術にて処理された時間波パルス圧縮波形の例を示す。
【0013】
図12〜14の波形を見ると、ハミングバースト信号励起時の受信時間波には速度分散性による著しい波形崩れが起こり、分解能の低下が起こっている状況が見られる。一方、図15〜17を見ると、従来のパルス圧縮技術の適用により、ノイズレベルは低減し、SN比の改善は見られるが、速度分散性による著しい波形崩れが依然残っている。このことから、速度分散性を有するガイド波超音波には、従来のパルス圧縮技術をそのまま適用するには不適当であることがわかる。
【0014】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたもので、SN比が高く、かつ空間分解能の優れた構造物の非破壊診断方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の構造物の非破壊診断方法は、速度分散性を有するガイド波超音波を用い、構造物の欠陥を非破壊で診断する構造物の非破壊診断方法であって、
広帯域波形を有する励起時間波によって、前記構造物に前記ガイド波超音波を励起させる励起工程と、
該構造物を伝搬する該ガイド波超音波を受信する受信工程と、
該受信工程によって得られた受信時間波と、該励起工程で用いられた該励起時間波と、該ガイド波超音波についての速度分散情報とにより、該構造物中の前記欠陥の空間分布と、該励起時間波の空間分布である励起空間波の自己相関関数との畳み込み波形に相当する空間波パルス圧縮波形を算出する空間波パルス圧縮算出工程と、
該空間波パルス圧縮波形を画面表示する表示工程とを備えることを特徴とする。
【0016】
本発明の非破壊診断方法では、周波数により伝搬速度が変化する速度分散性を有するガイド波超音波を用いて広帯域な信号を励起し、後に励起時間波と、速度分散情報とに基づいた信号処理を高速に行う。このため、この非破壊診断方法又は非破壊診断装置によれば、SN比が高く、かつ空間分解能の優れたパルス圧縮波形を得ることができる。つまり、この非破壊診断方法は速度分散性のガイド波に適合したパルス圧縮探傷法であり、この非破壊診断装置はこのパルス圧縮探傷法を採用した装置である。
【0017】
空間波パルス圧縮算出工程は、以下のような考え方に基づいて構成される。
【0018】
図1は、時刻t=0、位置x=0にて励起されたガイド波超音波の伝搬の様子を模擬的に示した時間空間ダイアグラムである。t=0、x=0を発したガイド波超音波は、速度分散性による伝搬速度の違いから空間的に拡がりながら伝搬する。その後、反射源分布z(x)によって反射され、再び位置x=0に到達したガイド波超音波は、時刻t=0に仮想発信源分布y(x)より励起されたガイド波超音波と等しくなる。ここで、実反射源分布z(x)と仮想発信源分布y(x)とは次の式1の関係を満たす。
【0019】
【数1】
【0020】
ところで、ガイド波超音波の速度分散情報が分かっていれば、ある1カ所で観測されたガイド波超音波の時間波又はある時刻におけるガイド波超音波の空間波をもとに、任意の時刻・位置におけるガイド波超音波の空間波形・時間波形が計算によって求められる。
【0021】
仮想発信源分布y(x)より、時刻t=0に対し、広帯域な励起時間波s(t)を一斉に励起する場合を考える。位置x=0における受信時間波r(t)は次の式2ように表される。
【0022】
【数2】
【0023】
ここで、s(t)のフーリエ変換をS(ω)とする。また、k(ω)は、励起されたガイド波超音波の速度分散情報から得られる波数kの分散情報である。ここで、r(t)のフーリエ変換R(ω)と式2とを比較することにより、次の式3の関係が得られる。
【0024】
【数3】
【0025】
一方、波数kの分散情報k(ω)がわかると、ωの関数としていたS(ω)、R(ω)を波数kの関数として置き換えることができる。実際の信号処理で取り扱うのは、S(ω)、R(ω)とも等間隔のωに対する離散データであり、これを等間隔のkに対する離散データS(k)、R(k)に置き換えることになる。
【0026】
それぞれの置き換えは補間法により行う。この置き換えができるのは、kとωとが単調増加の関係にある領域に限られる。この範囲から外れるのは、dω/dk≦0、つまり0以下の群速度を持つ特殊な領域ということになるが、実用的な非破壊診断の範囲ではほとんどの場合、正の群速度であるので、あまり気にする必要はない。よって式3より、等間隔のkに対し次の式4が成り立つ。
【0027】
【数4】
【0028】
ここで、空間波パルス圧縮波形c(x)として、次の式5のようなものを定義する。ここで、corr.は相関演算を示し、conv.は畳み込み演算を示している。
【0029】
【数5】
【0030】
式5中の、s(x)corr.s(x)の部分は、励起空間波に対する自己相関関数であり、パルス圧縮の信号処理部分に相当する。また、式5全体では、前述の自己相関関数と仮想発信源分布との畳み込みとなっており、励起空間波が波数kについて、十分広帯域で、その自己相関関数がよりパルス状になるほど、空間波パルス圧縮波形c(x)は仮想発信源分布により近いものとなる。さらに、式5を展開して、式4を代入すると、以下の式6のようになる。ここで、記号*は複素共役を示している。
【0031】
【数6】
【0032】
最後に、仮想発信源分布に相当する空間波パルス圧縮波形c(x)から実際の欠陥分布に相当するz(x)を求めるため、式1を参考に次の式7の計算をする。
【0033】
【数7】
【0034】
受信時間波r(t)及び励起時間波s(t)とから最終的にz(x)を得るには、2回のFFT演算と1回の補間演算とさえ行えばよいので、計算に掛かる時間は短くて済む。
【0035】
このため、本発明に係る速度分散性による波形崩れの影響除去により、欠陥検出における空間分解能が向上する。これにより、欠陥信号の認識が明瞭となり、診断精度が向上する。また、構造体端面からの反射や溶接部からの反射等、構造体の形状が要因となる大きな反射信号と欠陥信号との分離が容易となるので、例えば、薄鋼板のインライン欠陥診断等で問題となっている端面近傍の不感帯が縮減し、診断有効領域が拡大する。
【0036】
また、本発明に係るSN比向上効果により、これまでノイズに埋もれて検出できなかった微小な欠陥エコー信号を明確に捕らえることができるようになり、探傷精度を向上させることができる。
【0037】
また、製品診断の自動化や、高温構造体の診断のためには、超音波の送受信として、電磁超音波(EMAT)、空気伝搬超音波(ACT)等の非接触の診断方法を用いることが実用上必要となっているが、これら非接触の診断方法は一様に感度が低いので、容易には自動診断若しくは高温体の診断が実現されないケースが多かった。本発明により、信号処理によりSN比が向上することから、前記の非接触の診断方法を採用できるようになるため、これまで実現困難であった診断の自動化や高温体の診断も可能となる。
【0038】
ここで、励起工程で用いられる超音波入射手段としては、信号発生器及び超音波を発生することのできる公知の超音波センサを用いることができる。通常は、超音波センサに必要な電圧レベルまで増幅するため、信号増幅装置を用いる。また、任意の励起時間波を発生できるよう、信号発生器は任意波形を発生する機能を持つものであることが望ましい。具体的な超音波センサとしては、汎用の圧電セラミック探触子の他、電磁超音波探触子(EMAT)、圧電樹脂フィルム(PVDF)等が採用され得る。
【0039】
また、受信工程で用いられる超音波受信手段としては、超音波を受信することのできる公知の超音波センサを用いることができる。通常は、観測可能な電圧レベルまで増幅するために信号増幅器を用いたり、励起時間波の周波数帯域外のノイズを除去するための周波数フィルタ装置を用いたりする。具体的な超音波センサとしては、汎用の圧電セラミック探触子の他、電磁超音波探触子(EMAT)、圧電樹脂フィルム(PVDF)、レーザ振動計等が採用され得る。
【0040】
励起工程では、励起時間波として、チャープ時間波を用いることが好ましい。なぜなら、最終的に得られる空間波パルス圧縮波形の空間分解能は、励起時間波の周波数帯域幅とガイド波超音波の伝搬速度とによって決まるが、チャープ時間波は簡単なパラメータの変更により周波数帯域幅を自由に制御することができ、これにより空間波パルス圧縮波形の空間分解能を制御することができるからである。
【0041】
また、励起工程では、励起時間波として、波数について広帯域性を有する予め定義された定義済み励起空間波を前記ガイド波超音波についての速度分散情報により変換したものを用いることが好ましい。この定義済み励起空間波から励起時間波への変換は以下のように行うことができる。
【0042】
すなわち、励起時間波s(x)及びそのフーリエ変換S(ω)並びに
励起空間波s(x)及びそのフーリエ変換S(k)には、以下の関係がある。
【0043】
定義済み励起空間波s(x)より、式8を用いてS(k)を得る。その後、波数kの分散情報k(ω)を用いて、波数kの関数としていたS(k)について、角周波数ωの関数S(ω)への置き換えを補間法により行う。その後、式9により励起時間波s(t)が得られる。
【0044】
【数8】
【0045】
【数9】
【0046】
最終的に得られる空間波パルス圧縮波形の空間分解能は、励起空間波の波数帯域幅によって決まる。該励起空間波の波数帯域幅は、励起時間波の周波数帯域幅とガイド波超音波の伝搬速度との両方に依存するため、特にガイド波超音波の速度分散性(周波数に対する伝搬速度の変動)が大きい領域では、励起時間波の周波数帯域幅から、空間波パルス圧縮波形の空間分解能をおおよそ制御することが困難となる。予め定義された定義済み励起空間波をガイド波超音波についての速度分散情報により変換したものを励起時間波とすれば、ガイド波超音波の速度分散性の大小に関係なく、空間波パルス圧縮波形の空間分解能を制御することが可能となる。
【0047】
励起工程では、励起時間波として予め定義された定義済み励起空間波をガイド波超音波についての速度分散情報により変換したものを用いる際に、定義済み励起空間波として、チャープ空間波を用いることが好ましい。定義済み励起空間波としてチャープ空間波とすれば、簡単なパラメータ変更により、チャープ空間波の波数帯域幅を容易に制御でき、それにより空間波パルス圧縮波形の空間分解能を制御することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0048】
以下、本発明を具体化した実施例を説明する。
【実施例1】
【0049】
実施例1では、鉄棒の中を長手方向に伝搬するガイド波超音波を例にとって実験を行い、速度分散性を有するガイド波超音波のパルス圧縮技術、従来のパルス圧縮技術及び従来のバースト励起法について、比較を行った。
【0050】
実験装置の概要を図2に示す。対象とする構造物1としては、直径32mm、長さ2mの丸鉄棒を用いた。この構造物1の一方の端E1から500mmの位置には、磁歪タイプのLモードガイド波超音波用の送信センサT及び受信センサRを配置させた。また、この構造物1の他方の端E2から500mmの位置にはスリット状の欠陥1aが設けられている。送信センサT及び受信センサRは、鉄の磁歪効果によって構造物1に軸対称な長手方向の垂直歪みを支配的に与え又は捕らえるタイプのセンサであり、軸対称のLモードガイド波超音波をほぼ単一的に励起又は受信できることが特徴である。
【0051】
図3は、構造物1中を伝搬する軸対称モードガイド波超音波の群速度分散曲線である。100kHz以下の領域には、非速度分散性のT(0,1)モードと、分散性のL(0,1)モードとが存在するが、ここでは分散性のあるL(0,1)モードを用いる。このうち、分散性の強さ(分散曲線の傾き)の異なるA:36kHz、B:50kHz、C:64kHzの3つの中心周波数を選び、それぞれの結果を比較した。
【0052】
分散性ガイド波超音波パルス圧縮技術及び従来パルス圧縮技術において用いられる励起時間波s(t)としては、式10で表されるチャープ信号を用いた。なお、チャープ信号を表す式は多様に存在し、式10の定義に限られるものではない。
【0053】
【数10】
【0054】
中心周波数fcは、分散性の強さの異なるA:36kHz、B:50kHz、C:64kHzの3種類とした。チャープ信号の掃引周波数帯域Bw及び時間長さTwは、それぞれ2fc、10/fcとした。窓関数W(t)はハミング窓を用いた。また、比較用のバースト信号としては、A〜C各中心周波数におけるサイクル数2のハミングバーストを用いた。なお、ここでは、ガイド波超音波の分散曲線k(ω)の導出には、上記非特許文献2による公知の技術である半解析的有限要素法を用いている。
【0055】
図4〜6に実施例1による最終出力結果を示す。一方、図12〜14に従来のバースト励起法による最終出力結果を示す。また、図15〜17に従来のパルス圧縮技術による最終出力結果を示す。各波形に付記された記号はガイド波超音波の伝搬経路を示している(例えば、記号“E1E2”は、T/R→E1→E2→T/Rの経路を示す。)。
【0056】
従来のバースト励起法及び従来のパルス圧縮技術では、速度分散性による波形歪みが目立つ結果となっているが、実施例1の速度分散性を有するガイド波超音波のパルス圧縮技術では、分散性が強いC:64kHzの場合でも、分散性の影響が除去され、きれいなパルス状信号となって空間分解能が向上されたことが示されている。
【0057】
また、実施例1の速度分散性を有するガイド波超音波のパルス圧縮技術では、従来のバースト励起法に比べ、ノイズが除去され、SN比が向上していることも合わせて示されている。
【実施例2】
【0058】
次に、予め定義された定義済み励起空間波から、ガイド波超音波の分散情報を用いて変換した励起時間波を用いる場合について実施例を以下に示す。なお、実験装置や検査対象等の環境は、実施例1と同じものを用いている。
【0059】
定義済み励起空間波s(x)としては、式11で表されるチャープ空間波を用いた。なお、中心波数をkc、波数帯域幅をKw、空間幅をLwとし、窓関数をW(x)とする。なお、チャープ信号を表す式は多様に存在し、式11の定義に限られるものではない。
【0060】
【数11】
【0061】
ここでは中心波長λc(=2π/kc)は70mm、チャープ空間波の波数帯域幅Kwは2kc、空間幅Lwは29λc(約2m)とした。また、窓関数W(t)はハニング窓を用いた。
【0062】
次に、ガイド波超音波の分散情報を用いて、チャープ空間波を励振時間波に変換する。このときの定義済みチャープ空間波を図7に示し、変換された励振時間波を図8に示す。さらに、チャープ空間波の振幅の波数スペクトルを図9に示し、変換された励振時間波の振幅の周波数スペクトルを図10に示す。もしガイド波超音波に速度分散がなければ、チャープ空間波、変換された励振時間波及びそれぞれの振幅スペクトルは相似形状となるのであるが、実際には速度分散性の存在により、波形や振幅スペクトルはそれぞれ大きく異なっている。図8に示す励起時間波を励起すると、検査対象を伝搬するガイド波超音波の空間波に対する振幅の波数スペクトルは図9のように対称な形となる。この変換された励振時間波を用いてガイド波超音波を励起した場合の最終出力結果(空間波パルス圧縮波形)は図11のようになる。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明の構造物の非破壊診断方法は、配管、板、棒等の構造物の定期検査等に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】ガイド波超音波の伝搬の様子を模擬的に示した時間空間ダイアグラムである。
【図2】実施例1、2の実験装置の概要を示す模式側面図である。
【図3】実施例1、2において、鉄棒中を伝搬するガイド波超音波の群速度分散曲線である。
【図4】実施例1に係り、中心周波数が36kHzの場合の最終出力結果である。
【図5】実施例1に係り、中心周波数が50kHzの場合の最終出力結果である。
【図6】実施例1に係り、中心周波数が64kHzの場合の最終出力結果である。
【図7】実施例2に係り、定義済みチャープ空間波の波形である。
【図8】実施例2に係り、変換された励起時間波の波形である。
【図9】実施例2に係り、定義済みチャープ空間波の振幅の波数スペクトルである。
【図10】実施例2に係り、変換された励起時間波の振幅の周波数スペクトルである。
【図11】実施例2に係り、変換された励起時間波を励起した場合の最終出力結果である。
【図12】従来のバースト励起法に係り、中心周波数が36kHzの場合の最終出力結果である。
【図13】従来のバースト励起法に係り、中心周波数が50kHzの場合の最終出力結果である。
【図14】従来のバースト励起法に係り、中心周波数が64kHzの場合の最終出力結果である。
【図15】従来のパルス圧縮技術に係り、中心周波数が36kHzの場合の最終出力結果である。
【図16】従来のパルス圧縮技術に係り、中心周波数が50kHzの場合の最終出力結果である。
【図17】従来のパルス圧縮技術に係り、中心周波数が64kHzの場合の最終出力結果である。
【符号の説明】
【0065】
1…構造物
1a…欠陥
T…送信センサ
R…受信センサ
【技術分野】
【0001】
本発明は、速度分散性を有するガイド波超音波を用い、構造物の欠陥を非破壊で診断する構造物の非破壊診断方法、いわゆるガイド波探傷方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガイド波探傷方法は、探傷を行おうとする構造体にガイド波超音波を伝搬させ、伝搬経路中に存在する欠陥により反射されるエコー信号を基にその欠陥の検出を行う方法である。
【0003】
ガイド波超音波は、周波数によって伝搬速度が異なる速度分散性と呼ばれる性質を本質的に有している。この速度分散性は、水中や大きな金属ブロック中を伝搬する一般のバルク超音波では見られないガイド波超音波特有の性質である。対象とする構造体にガイド波超音波を励起すると、ガイド波超音波は周波数によって伝搬速度の異なる速度分散性を示し、励起信号に含まれる周波数の低い成分と、周波数の高い成分とが、それらの伝搬速度の違いから、伝搬に伴って次第に分離する現象が起こる。例えば、周波数が高くなるほど伝搬速度が速くなるような速度分散性を示すガイド波超音波について、インパルス状の広帯域信号を励起した場合、励起信号のうち高周波成分ほど速く伝搬し、低周波成分ほど遅く伝搬する現象が起こる。その結果、伝搬距離が長くなるに従って、ガイド波超音波の波形は、パルス形状から徐々に形状が崩れ、長く伸びた状態になる。
【0004】
図12〜14には、比較的インパルス形状に近い2波のハミングバースト信号を励起時間波として用い、L(0,1)モードのガイド波超音波を直径32mmの鉄棒中に励起させた場合の受信時間波を示している。図12〜14より、伝搬距離が長く、その結果遅い時刻に観測されるガイド波超音波ほど、波形は大きく崩れている様子がわかる。
【0005】
前述のようなガイド波超音波の速度分散性による波形崩れは、非破壊診断においては、欠陥検出における空間分解能の著しい低下に繋がるため、大きな問題となっている。例えば、従来のガイド波超音波を使った薄鋼板の欠陥診断においては、励起時に十波から数十波のトーンバースト信号を用いて周波数帯域を狭く限定することにより、伝搬に伴う著しい波形崩れの影響を避けてきた。ところが、周波数帯域を狭く限定したトーンバースト信号は元々時間的に長い信号であるので、それにより空間分解能を犠牲にしていた面があり、この場合には板材の端部に数十mm程度の診断不能領域が発生する等の問題が生じていた。
【0006】
一方、ガイド波超音波に限らない超音波技術全般において、診断精度を良くするよう、受信信号のSN比を改善する種々の努力が払われている。とりわけ、ガイド波超音波による診断では、工場内の様々な強電機器近傍での診断や、稼働中のポンプやコンベア等のノイズ源の近傍で診断を行う場合がしばしばあり、SN比の改善が求められている。また、診断の自動化のためには、電磁超音波、空気伝搬超音波、レーザ超音波等の非接触式の超音波技術を用いると、その診断が容易となるが、非接触の診断方法は一様に感度が低く、SN比不足のため、なかなか実用には至ってないのが現実である。
【0007】
これに対し、SN比改善の信号処理技術の1つであるパルス圧縮技術がある(例えば、非特許文献1参照)。この技術は、以前からレーダや超音波探傷法等への適用が図られており(例えば、特許文献1、2参照)、また非速度分散性のガイド波超音波に対しても、パルス圧縮の適用例がある(特許文献3参照)。パルス圧縮技術とは、送信時にバースト波やパルス波の代わりに時間的に長い広帯域信号を励起し、その受信波形に対して適切な参照信号により相互相関演算を施すことで、パルス状の時間分解能の良いパルス圧縮信号を得るものである。その際、参照信号と相関性を持たないノイズ成分とは相互相関演算によって打ち消されるため、パルス圧縮技術は優れたノイズ除去効果を有する。また、ガイド波超音波の分散曲線の導出も、半解析的有限要素法として公知である(非特許文献2)。
【0008】
【非特許文献1】レーダーハンドブック,スコルニケット,マクグロウヒル社,1970(Radar handbook, Skolniket., McGraw-Hill Inc., 1970)
【非特許文献2】Takahiro Hayashi and Joseph L. Rose, Guided wave simulation and visualization by a Semi-Analytical Finite Element Method, Materials Evaluation Vol.61, No.1 (2003) pp.75-79
【特許文献1】特許第3022108号公報
【特許文献2】特許第3036387号公報
【特許文献3】特開2007−121092号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところが、従来のパルス圧縮技術は、周波数に依らずに音速が一定であることが前提となっており、一般のガイド波超音波のような速度分散性を有する場合には、そのままでは適用不可能である。
【0010】
すなわち、速度分散性を有するガイド波超音波を用いて、SN比の良い構造物の探傷を行うためには、パルス圧縮技術の適用を考えると、ガイド波超音波の励起に広帯域の励起時間波を用いることが前提となる。
【0011】
しかし、背景技術で述べたように、速度分散性を有するガイド波超音波では、伝搬に伴う著しい波形崩れが生じる。従来のパルス圧縮処理を施すと、確かにノイズ除去効果はあるが、速度分散性による著しい波形崩れの影響を除去することができない。
【0012】
図3は、速度分散性を有するガイド波超音波の例として、直径32mmの鉄棒中を伝搬するL(0,1)モードの群速度分散曲線の例を示す。また、図12〜14は、前述のモードについて、励起時間波として、比較的広帯域な2サイクルのハミングバースト信号を用いた場合の受信時間波を示す。図15〜17は、同じガイド波超音波モードについて、励起時間波として、広帯域なチャープ信号を用い、従来のパルス圧縮技術にて処理された時間波パルス圧縮波形の例を示す。
【0013】
図12〜14の波形を見ると、ハミングバースト信号励起時の受信時間波には速度分散性による著しい波形崩れが起こり、分解能の低下が起こっている状況が見られる。一方、図15〜17を見ると、従来のパルス圧縮技術の適用により、ノイズレベルは低減し、SN比の改善は見られるが、速度分散性による著しい波形崩れが依然残っている。このことから、速度分散性を有するガイド波超音波には、従来のパルス圧縮技術をそのまま適用するには不適当であることがわかる。
【0014】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたもので、SN比が高く、かつ空間分解能の優れた構造物の非破壊診断方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の構造物の非破壊診断方法は、速度分散性を有するガイド波超音波を用い、構造物の欠陥を非破壊で診断する構造物の非破壊診断方法であって、
広帯域波形を有する励起時間波によって、前記構造物に前記ガイド波超音波を励起させる励起工程と、
該構造物を伝搬する該ガイド波超音波を受信する受信工程と、
該受信工程によって得られた受信時間波と、該励起工程で用いられた該励起時間波と、該ガイド波超音波についての速度分散情報とにより、該構造物中の前記欠陥の空間分布と、該励起時間波の空間分布である励起空間波の自己相関関数との畳み込み波形に相当する空間波パルス圧縮波形を算出する空間波パルス圧縮算出工程と、
該空間波パルス圧縮波形を画面表示する表示工程とを備えることを特徴とする。
【0016】
本発明の非破壊診断方法では、周波数により伝搬速度が変化する速度分散性を有するガイド波超音波を用いて広帯域な信号を励起し、後に励起時間波と、速度分散情報とに基づいた信号処理を高速に行う。このため、この非破壊診断方法又は非破壊診断装置によれば、SN比が高く、かつ空間分解能の優れたパルス圧縮波形を得ることができる。つまり、この非破壊診断方法は速度分散性のガイド波に適合したパルス圧縮探傷法であり、この非破壊診断装置はこのパルス圧縮探傷法を採用した装置である。
【0017】
空間波パルス圧縮算出工程は、以下のような考え方に基づいて構成される。
【0018】
図1は、時刻t=0、位置x=0にて励起されたガイド波超音波の伝搬の様子を模擬的に示した時間空間ダイアグラムである。t=0、x=0を発したガイド波超音波は、速度分散性による伝搬速度の違いから空間的に拡がりながら伝搬する。その後、反射源分布z(x)によって反射され、再び位置x=0に到達したガイド波超音波は、時刻t=0に仮想発信源分布y(x)より励起されたガイド波超音波と等しくなる。ここで、実反射源分布z(x)と仮想発信源分布y(x)とは次の式1の関係を満たす。
【0019】
【数1】
【0020】
ところで、ガイド波超音波の速度分散情報が分かっていれば、ある1カ所で観測されたガイド波超音波の時間波又はある時刻におけるガイド波超音波の空間波をもとに、任意の時刻・位置におけるガイド波超音波の空間波形・時間波形が計算によって求められる。
【0021】
仮想発信源分布y(x)より、時刻t=0に対し、広帯域な励起時間波s(t)を一斉に励起する場合を考える。位置x=0における受信時間波r(t)は次の式2ように表される。
【0022】
【数2】
【0023】
ここで、s(t)のフーリエ変換をS(ω)とする。また、k(ω)は、励起されたガイド波超音波の速度分散情報から得られる波数kの分散情報である。ここで、r(t)のフーリエ変換R(ω)と式2とを比較することにより、次の式3の関係が得られる。
【0024】
【数3】
【0025】
一方、波数kの分散情報k(ω)がわかると、ωの関数としていたS(ω)、R(ω)を波数kの関数として置き換えることができる。実際の信号処理で取り扱うのは、S(ω)、R(ω)とも等間隔のωに対する離散データであり、これを等間隔のkに対する離散データS(k)、R(k)に置き換えることになる。
【0026】
それぞれの置き換えは補間法により行う。この置き換えができるのは、kとωとが単調増加の関係にある領域に限られる。この範囲から外れるのは、dω/dk≦0、つまり0以下の群速度を持つ特殊な領域ということになるが、実用的な非破壊診断の範囲ではほとんどの場合、正の群速度であるので、あまり気にする必要はない。よって式3より、等間隔のkに対し次の式4が成り立つ。
【0027】
【数4】
【0028】
ここで、空間波パルス圧縮波形c(x)として、次の式5のようなものを定義する。ここで、corr.は相関演算を示し、conv.は畳み込み演算を示している。
【0029】
【数5】
【0030】
式5中の、s(x)corr.s(x)の部分は、励起空間波に対する自己相関関数であり、パルス圧縮の信号処理部分に相当する。また、式5全体では、前述の自己相関関数と仮想発信源分布との畳み込みとなっており、励起空間波が波数kについて、十分広帯域で、その自己相関関数がよりパルス状になるほど、空間波パルス圧縮波形c(x)は仮想発信源分布により近いものとなる。さらに、式5を展開して、式4を代入すると、以下の式6のようになる。ここで、記号*は複素共役を示している。
【0031】
【数6】
【0032】
最後に、仮想発信源分布に相当する空間波パルス圧縮波形c(x)から実際の欠陥分布に相当するz(x)を求めるため、式1を参考に次の式7の計算をする。
【0033】
【数7】
【0034】
受信時間波r(t)及び励起時間波s(t)とから最終的にz(x)を得るには、2回のFFT演算と1回の補間演算とさえ行えばよいので、計算に掛かる時間は短くて済む。
【0035】
このため、本発明に係る速度分散性による波形崩れの影響除去により、欠陥検出における空間分解能が向上する。これにより、欠陥信号の認識が明瞭となり、診断精度が向上する。また、構造体端面からの反射や溶接部からの反射等、構造体の形状が要因となる大きな反射信号と欠陥信号との分離が容易となるので、例えば、薄鋼板のインライン欠陥診断等で問題となっている端面近傍の不感帯が縮減し、診断有効領域が拡大する。
【0036】
また、本発明に係るSN比向上効果により、これまでノイズに埋もれて検出できなかった微小な欠陥エコー信号を明確に捕らえることができるようになり、探傷精度を向上させることができる。
【0037】
また、製品診断の自動化や、高温構造体の診断のためには、超音波の送受信として、電磁超音波(EMAT)、空気伝搬超音波(ACT)等の非接触の診断方法を用いることが実用上必要となっているが、これら非接触の診断方法は一様に感度が低いので、容易には自動診断若しくは高温体の診断が実現されないケースが多かった。本発明により、信号処理によりSN比が向上することから、前記の非接触の診断方法を採用できるようになるため、これまで実現困難であった診断の自動化や高温体の診断も可能となる。
【0038】
ここで、励起工程で用いられる超音波入射手段としては、信号発生器及び超音波を発生することのできる公知の超音波センサを用いることができる。通常は、超音波センサに必要な電圧レベルまで増幅するため、信号増幅装置を用いる。また、任意の励起時間波を発生できるよう、信号発生器は任意波形を発生する機能を持つものであることが望ましい。具体的な超音波センサとしては、汎用の圧電セラミック探触子の他、電磁超音波探触子(EMAT)、圧電樹脂フィルム(PVDF)等が採用され得る。
【0039】
また、受信工程で用いられる超音波受信手段としては、超音波を受信することのできる公知の超音波センサを用いることができる。通常は、観測可能な電圧レベルまで増幅するために信号増幅器を用いたり、励起時間波の周波数帯域外のノイズを除去するための周波数フィルタ装置を用いたりする。具体的な超音波センサとしては、汎用の圧電セラミック探触子の他、電磁超音波探触子(EMAT)、圧電樹脂フィルム(PVDF)、レーザ振動計等が採用され得る。
【0040】
励起工程では、励起時間波として、チャープ時間波を用いることが好ましい。なぜなら、最終的に得られる空間波パルス圧縮波形の空間分解能は、励起時間波の周波数帯域幅とガイド波超音波の伝搬速度とによって決まるが、チャープ時間波は簡単なパラメータの変更により周波数帯域幅を自由に制御することができ、これにより空間波パルス圧縮波形の空間分解能を制御することができるからである。
【0041】
また、励起工程では、励起時間波として、波数について広帯域性を有する予め定義された定義済み励起空間波を前記ガイド波超音波についての速度分散情報により変換したものを用いることが好ましい。この定義済み励起空間波から励起時間波への変換は以下のように行うことができる。
【0042】
すなわち、励起時間波s(x)及びそのフーリエ変換S(ω)並びに
励起空間波s(x)及びそのフーリエ変換S(k)には、以下の関係がある。
【0043】
定義済み励起空間波s(x)より、式8を用いてS(k)を得る。その後、波数kの分散情報k(ω)を用いて、波数kの関数としていたS(k)について、角周波数ωの関数S(ω)への置き換えを補間法により行う。その後、式9により励起時間波s(t)が得られる。
【0044】
【数8】
【0045】
【数9】
【0046】
最終的に得られる空間波パルス圧縮波形の空間分解能は、励起空間波の波数帯域幅によって決まる。該励起空間波の波数帯域幅は、励起時間波の周波数帯域幅とガイド波超音波の伝搬速度との両方に依存するため、特にガイド波超音波の速度分散性(周波数に対する伝搬速度の変動)が大きい領域では、励起時間波の周波数帯域幅から、空間波パルス圧縮波形の空間分解能をおおよそ制御することが困難となる。予め定義された定義済み励起空間波をガイド波超音波についての速度分散情報により変換したものを励起時間波とすれば、ガイド波超音波の速度分散性の大小に関係なく、空間波パルス圧縮波形の空間分解能を制御することが可能となる。
【0047】
励起工程では、励起時間波として予め定義された定義済み励起空間波をガイド波超音波についての速度分散情報により変換したものを用いる際に、定義済み励起空間波として、チャープ空間波を用いることが好ましい。定義済み励起空間波としてチャープ空間波とすれば、簡単なパラメータ変更により、チャープ空間波の波数帯域幅を容易に制御でき、それにより空間波パルス圧縮波形の空間分解能を制御することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0048】
以下、本発明を具体化した実施例を説明する。
【実施例1】
【0049】
実施例1では、鉄棒の中を長手方向に伝搬するガイド波超音波を例にとって実験を行い、速度分散性を有するガイド波超音波のパルス圧縮技術、従来のパルス圧縮技術及び従来のバースト励起法について、比較を行った。
【0050】
実験装置の概要を図2に示す。対象とする構造物1としては、直径32mm、長さ2mの丸鉄棒を用いた。この構造物1の一方の端E1から500mmの位置には、磁歪タイプのLモードガイド波超音波用の送信センサT及び受信センサRを配置させた。また、この構造物1の他方の端E2から500mmの位置にはスリット状の欠陥1aが設けられている。送信センサT及び受信センサRは、鉄の磁歪効果によって構造物1に軸対称な長手方向の垂直歪みを支配的に与え又は捕らえるタイプのセンサであり、軸対称のLモードガイド波超音波をほぼ単一的に励起又は受信できることが特徴である。
【0051】
図3は、構造物1中を伝搬する軸対称モードガイド波超音波の群速度分散曲線である。100kHz以下の領域には、非速度分散性のT(0,1)モードと、分散性のL(0,1)モードとが存在するが、ここでは分散性のあるL(0,1)モードを用いる。このうち、分散性の強さ(分散曲線の傾き)の異なるA:36kHz、B:50kHz、C:64kHzの3つの中心周波数を選び、それぞれの結果を比較した。
【0052】
分散性ガイド波超音波パルス圧縮技術及び従来パルス圧縮技術において用いられる励起時間波s(t)としては、式10で表されるチャープ信号を用いた。なお、チャープ信号を表す式は多様に存在し、式10の定義に限られるものではない。
【0053】
【数10】
【0054】
中心周波数fcは、分散性の強さの異なるA:36kHz、B:50kHz、C:64kHzの3種類とした。チャープ信号の掃引周波数帯域Bw及び時間長さTwは、それぞれ2fc、10/fcとした。窓関数W(t)はハミング窓を用いた。また、比較用のバースト信号としては、A〜C各中心周波数におけるサイクル数2のハミングバーストを用いた。なお、ここでは、ガイド波超音波の分散曲線k(ω)の導出には、上記非特許文献2による公知の技術である半解析的有限要素法を用いている。
【0055】
図4〜6に実施例1による最終出力結果を示す。一方、図12〜14に従来のバースト励起法による最終出力結果を示す。また、図15〜17に従来のパルス圧縮技術による最終出力結果を示す。各波形に付記された記号はガイド波超音波の伝搬経路を示している(例えば、記号“E1E2”は、T/R→E1→E2→T/Rの経路を示す。)。
【0056】
従来のバースト励起法及び従来のパルス圧縮技術では、速度分散性による波形歪みが目立つ結果となっているが、実施例1の速度分散性を有するガイド波超音波のパルス圧縮技術では、分散性が強いC:64kHzの場合でも、分散性の影響が除去され、きれいなパルス状信号となって空間分解能が向上されたことが示されている。
【0057】
また、実施例1の速度分散性を有するガイド波超音波のパルス圧縮技術では、従来のバースト励起法に比べ、ノイズが除去され、SN比が向上していることも合わせて示されている。
【実施例2】
【0058】
次に、予め定義された定義済み励起空間波から、ガイド波超音波の分散情報を用いて変換した励起時間波を用いる場合について実施例を以下に示す。なお、実験装置や検査対象等の環境は、実施例1と同じものを用いている。
【0059】
定義済み励起空間波s(x)としては、式11で表されるチャープ空間波を用いた。なお、中心波数をkc、波数帯域幅をKw、空間幅をLwとし、窓関数をW(x)とする。なお、チャープ信号を表す式は多様に存在し、式11の定義に限られるものではない。
【0060】
【数11】
【0061】
ここでは中心波長λc(=2π/kc)は70mm、チャープ空間波の波数帯域幅Kwは2kc、空間幅Lwは29λc(約2m)とした。また、窓関数W(t)はハニング窓を用いた。
【0062】
次に、ガイド波超音波の分散情報を用いて、チャープ空間波を励振時間波に変換する。このときの定義済みチャープ空間波を図7に示し、変換された励振時間波を図8に示す。さらに、チャープ空間波の振幅の波数スペクトルを図9に示し、変換された励振時間波の振幅の周波数スペクトルを図10に示す。もしガイド波超音波に速度分散がなければ、チャープ空間波、変換された励振時間波及びそれぞれの振幅スペクトルは相似形状となるのであるが、実際には速度分散性の存在により、波形や振幅スペクトルはそれぞれ大きく異なっている。図8に示す励起時間波を励起すると、検査対象を伝搬するガイド波超音波の空間波に対する振幅の波数スペクトルは図9のように対称な形となる。この変換された励振時間波を用いてガイド波超音波を励起した場合の最終出力結果(空間波パルス圧縮波形)は図11のようになる。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明の構造物の非破壊診断方法は、配管、板、棒等の構造物の定期検査等に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】ガイド波超音波の伝搬の様子を模擬的に示した時間空間ダイアグラムである。
【図2】実施例1、2の実験装置の概要を示す模式側面図である。
【図3】実施例1、2において、鉄棒中を伝搬するガイド波超音波の群速度分散曲線である。
【図4】実施例1に係り、中心周波数が36kHzの場合の最終出力結果である。
【図5】実施例1に係り、中心周波数が50kHzの場合の最終出力結果である。
【図6】実施例1に係り、中心周波数が64kHzの場合の最終出力結果である。
【図7】実施例2に係り、定義済みチャープ空間波の波形である。
【図8】実施例2に係り、変換された励起時間波の波形である。
【図9】実施例2に係り、定義済みチャープ空間波の振幅の波数スペクトルである。
【図10】実施例2に係り、変換された励起時間波の振幅の周波数スペクトルである。
【図11】実施例2に係り、変換された励起時間波を励起した場合の最終出力結果である。
【図12】従来のバースト励起法に係り、中心周波数が36kHzの場合の最終出力結果である。
【図13】従来のバースト励起法に係り、中心周波数が50kHzの場合の最終出力結果である。
【図14】従来のバースト励起法に係り、中心周波数が64kHzの場合の最終出力結果である。
【図15】従来のパルス圧縮技術に係り、中心周波数が36kHzの場合の最終出力結果である。
【図16】従来のパルス圧縮技術に係り、中心周波数が50kHzの場合の最終出力結果である。
【図17】従来のパルス圧縮技術に係り、中心周波数が64kHzの場合の最終出力結果である。
【符号の説明】
【0065】
1…構造物
1a…欠陥
T…送信センサ
R…受信センサ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
速度分散性を有するガイド波超音波を用い、構造物の欠陥を非破壊で診断する構造物の非破壊診断方法であって、
広帯域波形を有する励起時間波によって、前記構造物に前記ガイド波超音波を励起させる励起工程と、
該構造物を伝搬する該ガイド波超音波を受信する受信工程と、
該受信工程によって得られた受信時間波と、該励起工程で用いられた該励起時間波と、該ガイド波超音波についての速度分散情報とにより、該構造物中の前記欠陥の空間分布と、該励起時間波の空間分布である励起空間波の自己相関関数との畳み込み波形に相当する空間波パルス圧縮波形を算出する空間波パルス圧縮算出工程と、
該空間波パルス圧縮波形を画面表示する表示工程とを備えることを特徴とする構造物の非破壊診断方法。
【請求項2】
前記励起工程では、前記励起時間波として、チャープ時間波を用いることを特徴とする請求項1記載の構造物の非破壊診断方法。
【請求項3】
前記励起工程では、前記励起時間波として、波数について広帯域性を有する予め定義された定義済み励起空間波を前記ガイド波超音波についての前記速度分散情報により変換したものを用いることを特徴とする請求項1記載の構造物の非破壊診断方法。
【請求項4】
前記励起工程では、前記定義済み励起空間波として、チャープ時間波を用いることを特徴とする請求項3記載の構造物の非破壊診断方法。
【請求項1】
速度分散性を有するガイド波超音波を用い、構造物の欠陥を非破壊で診断する構造物の非破壊診断方法であって、
広帯域波形を有する励起時間波によって、前記構造物に前記ガイド波超音波を励起させる励起工程と、
該構造物を伝搬する該ガイド波超音波を受信する受信工程と、
該受信工程によって得られた受信時間波と、該励起工程で用いられた該励起時間波と、該ガイド波超音波についての速度分散情報とにより、該構造物中の前記欠陥の空間分布と、該励起時間波の空間分布である励起空間波の自己相関関数との畳み込み波形に相当する空間波パルス圧縮波形を算出する空間波パルス圧縮算出工程と、
該空間波パルス圧縮波形を画面表示する表示工程とを備えることを特徴とする構造物の非破壊診断方法。
【請求項2】
前記励起工程では、前記励起時間波として、チャープ時間波を用いることを特徴とする請求項1記載の構造物の非破壊診断方法。
【請求項3】
前記励起工程では、前記励起時間波として、波数について広帯域性を有する予め定義された定義済み励起空間波を前記ガイド波超音波についての前記速度分散情報により変換したものを用いることを特徴とする請求項1記載の構造物の非破壊診断方法。
【請求項4】
前記励起工程では、前記定義済み励起空間波として、チャープ時間波を用いることを特徴とする請求項3記載の構造物の非破壊診断方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【公開番号】特開2009−14345(P2009−14345A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−172924(P2007−172924)
【出願日】平成19年6月29日(2007.6.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人日本非破壊検査協会主催、安心・安全な社会を築く先進非破壊計測技術シンポジウム(平成19年2月22日〜平成19年2月23日)
【出願人】(591079487)広島県 (101)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年6月29日(2007.6.29)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人日本非破壊検査協会主催、安心・安全な社会を築く先進非破壊計測技術シンポジウム(平成19年2月22日〜平成19年2月23日)
【出願人】(591079487)広島県 (101)
【Fターム(参考)】
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