説明

標的物質検出素子、標的物質検出方法、標的物質検出素子の製造方法

【課題】標的物質を捕捉する標的物質捕捉体を標的物質検出素子の表面の所望の領域に配向性良く固定化した標的物質検出素子、該標的物質検出素子を製造する方法、該標的物質検出素子を用いた検出方法を提供すること。
【解決手段】検体中の標的物質の有無もしくは濃度を検出する標的物質検出素子であって、前記標的物質検出素子が、少なくとも、複数の層からなる検出基板と、該検出基板の表面に固定された標的物質捕捉体とからなり、前記標的物質捕捉体が、前記検出基板を構成する複数の層のうちの第一の層を特異的に認識して結合する第一のペプチド領域と、前記複数の層のうちの前記第一の層とは異なる第二の層を特異的に認識して結合する第二のペプチド領域とを少なくとも有し、
前記第一の層と前記第二の層は隣接していることを特徴とする標的物質検出素子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標的物質検出素子、標的物質検出方法、標的物質検出素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
DNA、RNAといった遺伝子を含む核酸分子やアプタマー、糖結合たんぱく質、酵素や抗体といった生体物質の有する分子認識能を利用した、所謂バイオセンサーに関し、その広範な応用を目的として、多くの研究開発が行われてきた。
【0003】
バイオセンサーに関しては、環境汚染物質の問題や社会的安全性、更には、健康に対する関心の高まりと共に、例えば、多様な検出対象への適用を目標とする、更なる技術開発の要求が高まっている。
【0004】
具体的には、上記のように、各生体物質分子が有する分子認識の選択性を利用する検出装置の開発が広く行われている。例えば、デオキシリボ核酸(以下、DNAと記す)鎖間における、塩基配列依存の相補的水素結合(相補鎖間のハイブリダイズ反応)を利用したDNAセンサーチップが挙げられる。また、タンパク質分子と低分子間またはタンパク質分子同士などの特異的な結合能に由来する分子認識能、例えば、抗原抗体反応や糖−レクチン結合を利用して、血液中に溶出する疾病マーカー等を検出する抗体センサーやタンパク質チップがある。さらには、糖尿病患者のためのグルコースセンサーに代表される、酸化還元酵素や加水分解酵素を利用して、基質物質の濃度を検出する酵素センサー等のバイオセンサーを初めとする、各種の検出手法に基づく検出装置の開発が挙げられる。
【0005】
現在、これら生体物質を応用するバイオセンサーでは、利用されるDNA等の核酸分子や抗体・酵素等のタンパク質などの生体物質を、基板または担体などの基体表面に固定化して生体物質固定化基体の形態で使用する方式をとるものが一般的である。
【0006】
また、昨今開発が進められているバイオセンサーに要求される性能品質の一つに、高感度且つ小型化が挙げられる。この「高感度且つ小型化」の目標を達成するためには、如何にして微小な反応場または検出場の空間を有効に利用するとともに検出感度を上げるかが重要な技術課題となる。小型化の狙いとしては、患者から採取する検体をより少量にすることで患者の負担を軽減させることにある。その結果として、非常に少量の検体中に存在する標的分子を高感度に検出できる技術が望まれている。
【0007】
生体物質、特にタンパク質等の生体物質を基板等に固定化する方法としては、例えば、基板表面にタンパク質溶液の塗布層を形成した後、該塗布層に含有される溶媒を除去・乾燥することで、物理吸着によってタンパク質を基板表面上に固定化する手法がある。あるいは、反応性官能基を導入する目的で、基板表面またはタンパク質分子に化学修飾を施した後に、導入される反応性官能基間の反応を利用して化学結合を形成することによって、基板表面にタンパク質分子を化学結合的に固定化する手法が挙げられる。また分子認識を利用した基板表面へのタンパク質の固定等などが現在まで知られている。
【0008】
物理吸着による固定化法の一例として、特許文献1には導電性基板の表面上に形成された有機電荷移動錯体層を介して基板表面に酵素タンパク質を物理的吸着・固定化する手法を適用した酵素電極の作製方法が開示されている。
【0009】
化学結合を用いた固定化法の一例として、非特許文献1には白金蒸着したシリコン基板表面に施したアミン系シランカップリング剤由来のアミノ基とペプチド鎖との間を架橋剤を用いて化学的結合により連結して固定化する方法が開示されている。その他にガラス基板上に抗体を固定化してなるバイオセンサー等の検出装置を作製する際にも、ガラス基板の表面にシランカップリング剤処理によって反応性官能基を導入し、架橋剤を用いて化学的結合を介してペプチド鎖を固定化する方法が適用されている。
【0010】
分子認識を利用した固定方法の一例として基板表面に配置した酸化珪素に親和性を有する親和性ペプチドをタンパク質に融合することで付与される分子認識能により特異的に且つ配向性を持たせてタンパク質を該基板に固定する技術が特許文献2に開示されている。この方法ではタンパク質の標的物質結合能を最大限に保持させることができる。
【0011】
また、固定化技術の進展の一方で、バイオセンサーへより付加価値を持たせるための検出技術の開発も加速している。例えば、非標識での標的物質の検出により検出工程の低減、時間短縮あるいは速度論的解析を可能にし、かつ更なる高感度検出あるいは低分子検出等を目的として局在表面プラズモン共鳴(以下LSPR)現象を利用したバイオセンサーの開発が試みられている。
【0012】
非特許文献3は、基板表面ナノオーダーの金属構造体(リング状とドット状)を配置したLSPR素子を用いて、ビオチン−アビジンの生体反応を検出することについて開示している。また、非特許文献4では種々の形状LSPR素子における電場強度の分布を計算により評価し、より効果的なセンサーの開発を試みている。また、半導体磁気センサーの一種であり、ホール効果を利用したホール素子をバイオセンサーに応用することで、磁性体で標識した標的物質を原理的に定量的に更には超高感度検出を目的とした技術も知られている(非特許文献2、特許文献3)。また、非特許文献5では感磁面内における位置とホール電圧と磁束密度分布について計算により評価し、より効果的なセンサーの検討を試みている。
【0013】
また、反応促進方法の一例として、高周波交流電圧を印加し、生体分子を誘電泳動させることにより微量の標的物質を濃縮し反応を促進させリアルタイムに短時間で生体分子の相互作用を検出する技術が特許文献4に開示されている。
【0014】
しかしながら、上述のような検出技術または反応促進方法は原理的にセンシングまたは反応促進領域において、電場あるいは磁場強度が勾配を有する等の不均等な分布を有している。そのため、これらの領域への従来の生体物質固定化技術が、定量的な検出等の点で必ずしも最適化されているとは言えない。バイオセンサーをより高付加価値化する上でより効果的な生体物質の固定化技術の開発が重要な課題であると言える。つまり、従来固定化技術のような配向的な、または均質的な固定技術に加え、特にバイオセンサー全体として検出手段または反応促進手段も含めた、より精密な、または効果的なタンパク質固定化技術が望まれている。
【特許文献1】特開平06−003317号公報
【特許文献2】特開2005−95154号公報
【特許文献3】特開2006−234762号公報
【特許文献4】特開2006−145400号公報
【非特許文献1】Sensor and Actuators B 15-16 p127 (1993)
【非特許文献2】IEEE TRANSACTIONS ON MAGNETICS, VOL. 41, NO. 10, OCTOBER 2005
【非特許文献3】Langmuir 2006, 22, 7109-7112
【非特許文献4】Journal of Fluorescence Vol.14 No.4 (2004)
【非特許文献5】Journal of Applied Physics Vol.83 No.11 (1998) p6161-p6165
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上述するタンパク質固定化技術は、センシングまたは反応促進領域に略均質的に固定することと固定化生体物質に配向性を付与することに主眼を置いている。一方で、電場強度や磁場強度が反応領域内で不均等な分布を有する場合、センサー部材またはその近傍領域において略均質的に標的物質捕捉体が固定化されているため、標的物質捕捉体と標的物質との相互作用する位置によって得られるシグナルが変化する。言い換えると反応した標的物質あたりのシグナルにばらつきが生じ、感度低下に繋がる恐れが生じる。また同様に、上述するような磁性体標識標的物質がセンシング領域内で作用する位置によって一つの磁性体から得られるシグナルにばらつきが生じ、定量的に検出することができない恐れもある。
【0016】
換言するならば、基板上に固定化される標的物質捕捉体が、その用途に適する配向性を制御した上で、所望の領域への固定化が達成されていないと、検出感度および定量性の点で精度を上げるための障害となる。そのため、固定した標的物質捕捉体の量に見合う所望の検出感度を得るために検体の量を増やしたり、あるいは定量性などの高機能化を得るためにセンサー領域自体を大型化し、相似的に所望の領域に固定するなどの対応が余儀なくされることになる。標的物質捕捉体を固定化する基板の面積を過度に広くすると、装置自体の小型化を図る上で大きな障害となる。また、その作製に大きなコストを要する、所望の領域以外に固定されたセンシングに寄与が低い生体物質材料も含めて使用量が増すと、装置全体としてコストアップの要因となり、工程当たりの必要コストを低減する上で大きな障害となる。ならびに検体量を増やすことは患者に負担をかけることになる。
【0017】
したがって、基板上に固定化される標的物質捕捉体を、その用途に適する配向性を制御し、かつ、所望の領域に固定化できるタンパク質固定化技術が望まれている。特にバイオセンサー装置全体として検出または反応促進技術に適した、より精密な、または効果的なタンパク質固定化技術が望まれている。
【0018】
よって本発明の目的は、標的物質を捕捉する標的物質捕捉体を標的物質検出素子の表面の所望の領域に配向性良く固定化した標的物質検出素子、該標的物質検出素子を製造する方法、該標的物質検出素子を用いた検出方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明は、
検体中の標的物質の有無もしくは濃度を検出する標的物質検出素子であって、
前記標的物質検出素子が、少なくとも、複数の層からなる検出基板と、該検出基板の表面に固定された標的物質捕捉体とからなり、
前記標的物質捕捉体が、前記検出基板を構成する複数の層のうちの第一の層を特異的に認識して結合する第一のペプチド領域と、前記複数の層のうちの前記第一の層とは異なる第二の層を特異的に認識して結合する第二のペプチド領域とを少なくとも有し、
前記第一の層と前記第二の層は隣接していることを特徴とする標的物質検出素子である。
【0020】
また、別の本発明は、
標的物質検出素子の製造方法であって、
検出基板を構成する複数の層のうちの第一の層を特異的に認識して結合する第一のペプチド領域と、前記複数の層のうちの前記第一の層とは異なる第二の層を特異的に認識して結合する第二のペプチド領域とを有する標的物質捕捉体を用意する工程と、
前記標的物質捕捉体を、前記検出基板に接触させることで、前記標的物質捕捉体が有する第一のペプチド領域を前記検出基板が有する第一の層に結合させ、かつ前記標的物質捕捉体が有する第二のペプチド領域を前記検出基板が有する第二の層に結合させる工程と、
前記標的物質捕捉体が少なくとも前記第一の層および第二の層の両方を特異的に認識して結合している場合の結合強度と、前記標的物質捕捉体が前記第一の層もしくは前記第二の層のいずれかのみを特異的に認識して結合している場合の結合強度の差を利用して、前記第一の層のみもしくは第二層のみを特異的に認識して結合している標的物質捕捉体を取り除く工程と、
を有することを特徴とする標的物質検出素子の製造方法である。
【0021】
また、別の本発明は、
検体中の標的物質の有無もしくは濃度を検出する標的物質検出方法であって、
少なくとも、複数の層からなる検出基板と、該検出基板の表面に固定された標的物質捕捉体とからなる前記標的物質検出素子に検体を接触させる工程と、
前記標的物質検出素子からシグナルを得る工程と、
を有し、
前記標的物質検出素子が有する前記標的物質捕捉体が、前記検出基板を構成する複数の層のうちの第一の層を特異的に認識して結合する第一のペプチド領域と、前記複数の層のうちの前記第一の層とは異なる第二の層を特異的に認識して結合する第二のペプチド領域とを有し、
前記第一の層と前記第二の層は隣接していることを特徴とする標的物質検出方法である。
【発明の効果】
【0022】
本発明を用いることにより、表面の所望の位置に配向性良く標的物質捕捉体を固定させた標的物質検出素子、および該標的物質検出素子を製造する方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明に関して、より詳しく説明する。
(標的物質検出素子)
本発明の標的物質検出素子は、検体中の標的物質の有無もしくは濃度を検出する標的物質検出素子であって、少なくとも、複数の層からなる検出基板と、該検出基板の表面に固定された標的物質捕捉体とからなる。標的物質捕捉体は、検出基板を構成する複数の層のうちの第一の層を特異的に認識して結合する第一のペプチド領域と、第一の層とは異なる第二の層を特異的に認識して結合する第二のペプチド領域とを少なくとも有する。そして、第一の層と第二の層は隣接していることを特徴とする。ここで、第一の層と第二の層が異なるとは第一の層を構成する材料と第二の層を構成する材料が異なるという意味である。例えば、第一の層を構成する分子もしくは原子と第二の層を構成する分子もしくは原子が異なるという場合などである。
【0024】
図1に本発明の標的物質検出素子の一例を示す。
【0025】
標的物質検出素子1は、検出基板2および標的物質捕捉体3とを有する。検出基板2は第一の層4と該第一の層に隣接する第二の層5とを有し、標的物質捕捉体3は、標的物質捕捉部位6と第一のペプチド領域7と第二のペプチド領域8とを有する。
【0026】
標的物質捕捉体3が有する第一のペプチド領域7は、検出基板2が有する第一の層4を特異的に認識して結合し、標的物質捕捉体3が有する第二のペプチド領域8は、検出基板が有する第二の層5を特異的に認識して結合する。ここで、本発明において「特異的に認識して結合する」とは、非特異吸着結合と分別できることである。言い換えるならば、該ペプチド領域が検出基板を構成する他の材料に対する非特異的吸着結合力に比べて目的の材料に対する結合力が、解離定数(KD)が二倍以上低いことである。より好ましくは一桁以上低いことである。更に好ましくは、各ペプチド領域の解離定数(KD)が、0.1%Tween20存在下のバッファー条件下、室温で1×10-4M以下であり、上記非特異吸着と分別できることである。また、標的物質捕捉体全体として、各ペプチド領域が作用する結果として見かけ上のKD値が各ペプチド領域の解離定数(KD)より二倍以上小さいことを満たしていれば良い。より好ましくは一桁以上低いことであり、標的物質捕捉体の解離定数(KD)が、0.1%Tween20存在下のバッファー条件下、室温で1×10-6M以下である。上記Kdの差があれば、結合強度の差を利用して非特異吸着分子を取り除くことができ、当該目的を達成することができる。更に1×10-6M以下であることで固定化用のアンカ−分子として十分に機能することができる。
【0027】
これにより、検出基板2を構成する第一の層4と第二の層5との境界近傍に標的物質捕捉体3を配置させることができる。なお、ここで、近傍とは標的物質捕捉体のサイズと不均一な分布領域の関係を考慮して500nm以内のこととする。より好ましくは、100nm以内、更に好ましくは20nm以内である。また、標的物質捕捉体3を所望の位置(第一の層4と第二の層5の境界近傍)のみに配向性良く配置させることが可能となる。このように配置することで、例えば、検出に利用する磁場強度に不均等な分布が存在する場合、磁場強度の強い部分のみに標的物質捕捉体を固定させることができる。より具体的には、LSPR素子では、金属構造体の端部の検出感度が良いことがわかっているため、金属構造体の端部のみに標的物質捕捉体3を配置させることによって、感度の良いLSPR素子を得ることができる。
【0028】
第一の層4および第二の層5としては、検出基板を構成する層であり、第一の層と第二の層が隣接していればいかなる層でも良い。例えば、図2(I)に示すように、検出基板が、基材10と、該基材10の表面に存在する検出部9からなり、検出部9が第一の層であり、基材10が第二の層である場合が挙げられる。また、図2(II)に示すように、基材10と、該基材上に存在する検出部9と、基材10と検出部9との間に存在する中間層11とからなる検出基板を用いることができる。この場合、検出部9が第一の層であり、中間層11が第二の層、検出部9が第一の層で、基材10が第二の層であるなどが挙げられる。また、図2(III)に示すように、検出基板が基材10と、該基材10の表面に存在する検出部9およびブロッキング層12とからなり、検出部9が第一の層であり、ブロッキング層12が第二の層である場合などが挙げられる。また、検出部が第一の層ではない場合として、例えば、図2(IV)に示すような検出基板が挙げられる。この検出基板は、基材10と、該基材10の表面に存在する検出部9と、該検出部の表面に存在するブロッキング層12とからなり、ブロッキング層12が第一の層であり、基材10が第二の層である。また、図2(V)に示すような検出基板を用いても良い。この検出基板は、基材10と、基材10の表面に存在する検出部9と、該検出部9の表面に存在するブロッキング層12と、該ブロッキング層12の表面に存在する層13とからなり、層13が第一の層であり、ブロッキング層12が第二の層である。なお、本発明において、「第一の層と第二の層が隣接している」とは「第一の層と第二の層が境を接して存在している」こととするが、第一の層と第二の層との間に接着層などの第一の層および第二の層とは異なる極薄い層が存在する場合も、第一の層と第二の層は隣接しているものとする。ここで、「極薄い」とは50nm以内の厚みのこととする。
【0029】
以下、検出基板を構成する各部について説明する。
【0030】
検出基板は第一の層と第二の層とを少なくとも有する複数の層で構成されている。また、検出基板は、標的物質を検出する検出部を有している。ここで、前述したように、検出部は第一の層であっても良いし、第二の層であってもよい。また、第一の層および第二の層とは別に存在しても良い。また、ここで「層」とは、複数の部分が重なって構成されたもののうちの一つの部分という意味である。したがって、ここでの層は平坦な膜のようなものに限られず、基材上に形成されたドットなどのパターンなども含む概念とする。
【0031】
検出部を構成する材料としては、LSPRやホール効果などの物理的もしくは化学的現象を利用するセンシング(検出)に用いられるものであればいかなるものであっても良い。例えば、LSPRを利用した検出を行なう場合には、検出部は、金属、例えば金(Au)、銀(Ag)、チタン(Ti)などを用いることができる。また、磁気検出、例えばホール素子検出などであれば、半導体、例えばシリコン(Si)、ゲルマニウム(Ge)、ガリウム・ヒ素(GaAs)、インジウム・ヒ素(InAs)、インジウム・アンチモン(InSb)などを検出部を構成する材料として用いることができる。
【0032】
検出基板が有する複数の層のうち、検出部以外の層を構成する材料としては、例えば、金属、金属酸化物、無機半導体、有機半導体、ガラス類、セラミクス、天然高分子、合成高分子、プラスチックから選ばれる何れか1以上或いはその複合体を含んでなる材質などが挙げられる。このような材料としては、特開2005−312446号公報に開示されている基体の材質(材料)などが使用できるが、これらに限定されるものではない。また、基材の形状は板状、粒子状、多孔体状、突起状、繊維状、筒状、網目状などの形状とすることができる。また、基材の大きさは使用用途に応じて種々選択することが可能である。
【0033】
ここで、基材とは検出基板全体を支持する支持体として機能するものである。したがって、例えば、検出部などの検出基板を構成する基材以外の層が支持体としての機能を果たす場合は、基材は存在しなくても良い。
【0034】
また、検出基板を構成する複数の層が、図2(III)〜(V)のように、標的物質の非特異的吸着を阻害する能力を有するブロッキング層を有する場合、ブロッキング層12には親水性の官能基を有する材料を用いることが好ましい。そのような材料の例としては、例えば、非特異吸着防止能を有するタンパク質(たとえばBSA(ウシ血清アルブミン)やカゼイン類など)、PEG(ポリエチレングリコール)などの有機高分子、あるいは親水性ポリマーなどが挙げられる。また、図2(IV)および(V)のように、検出部表面をブロッキング層12で被覆する場合には、耐水性を有する材料をブロッキング層12に用いることができる。これによって、ブロッキング層12は、標的物質の非特異的吸着を防止する機能に加えて、検出部が水に対して耐性が弱い場合などに耐水性を高める機能を果たすことができる。なお、ブロッキング層を設けない場合は、界面活性剤などの検体溶液中への添加を行うことが好ましい。
【0035】
なお、基材の表面に検出部を形成する場合は、例えば、フォトリソグラフィー技術やエッチング技術を利用したパターニングなどにより行うことができる。
【0036】
次に標的物質捕捉体について述べる。
【0037】
標的物質捕捉体は、前記第一のペプチド領域と前記第二のペプチド領域を有しており、標的物質を捕捉することができるものであれば、いかなるものであっても良い。
【0038】
図3(a)〜(f)に標的物質捕捉体の一例を示す。
【0039】
図3に示すように標的物質捕捉体3は、検出基板が有する第一の層4を特異的に認識して結合する第一のペプチド領域7と、検出基板が有する第一の層4とは異なる第二の層5を特異的に認識して捕捉する第二のペプチド領域8と、標的物質捕捉部位6とからなる。
【0040】
ここで、第一のペプチド領域は、アミノ酸配列からなる構造であり、第一の層を特異的に認識して結合すれば、一次構造、二次構造、三次構造のいずれの構造によっても形成され得る。よって、例えば、第一のペプチド領域がβシートなどの三次構造において局在する領域によって形成される場合は、第一のペプチド領域を構成するアミノ酸配列は一次構造において非連続となってもよい。また、同様に、第二のペプチド領域についても同様に、第二の層を特異的に認識して結合すれば、一次構造、二次構造、三次構造のいずれの構造によっても形成され得る。また、第一のペプチド領域をなすアミノ酸配列と、第二のペプチド領域をなすアミノ酸配列は異なる配列である。
【0041】
なお、図3(a)では、紙面の上から標的物質捕捉部位6、第一のペプチド領域7、第二のペプチド領域8の順に存在する。そして標的物質捕捉部位6と第一のペプチド領域7および第一のペプチド領域7と第二のペプチド領域8とがリンカー14で結合された標的物質捕捉体3の図である。一方、図3(e)のように第一のペプチド領域7と第二のペプチド領域8が標的物質捕捉部位6を間に挟んで存在し、各部分をリンカー14で結合していても良い。また、各部分の間にリンカーが存在していることが好ましいが、図3(b)、(c)、(d)のように各部分が直接結合していても良い。さらに、図3(f)のように検出基板を構成する層が、第一のペプチド領域7および第二のペプチド領域8が特異的に認識して結合する層(第一の層および第二の層)とは異なる第三の層を認識して結合する第三のペプチド領域15が存在しても良い。なお、各部分を結合するリンカー14は同じものであっても良く、異なるものであっても良い。
【0042】
本発明の標的物質検出素子が検出対象とする標的物質は、非生体物質と生体物質に大別される。
【0043】
非生体物質の具体的な例としては、環境汚染物質としての塩素置換数/位置の異なるPCB類、同じく塩素置換数/位置の異なるダイオキシン類、いわゆる環境ホルモンと呼ばれる内分泌撹乱物質等が挙げられる。内分泌撹乱物質の例としては、ヘキサクロロベンゼン、ペンタクロロフェノール、2,4,5−トリクロロ酢酸、2,4−ジクロロフェノキシ酢酸、アミトロール、アトラジン、アラクロール、ヘキサクロロシクロヘキサン、エチルパラチオン、クロルデン、オキシクロルデン、ノナクロル、1,2−ジブロモ−3−クロロプロパン、DDT、ケルセン、アルドリン、エンドリン、ディルドリン、エンドスルファン(ベンゾエピン)、ヘプタクロル、ヘプタクロルエポキサイド、マラチオン、メソミル、メトキシクロル、マイレックス、ニトロフェン、トキサフェン、トリフルラリン、アルキルフェノール(炭素数5〜9)、ノニルフェノール、オクチノニルフェノール、4−オクチルフェノール、ビスフェノールA、フタル酸ジ−2−エチルヘキシル、フタル酸ブチルベンジル、フタル酸ジ−n−ブチル、フタル酸ジシクロヘキシル、フタル酸ジエチル、ベンゾ(a)ピレン、2,4−ジクロロフェノール、アジピン酸ジ−2−エチルヘキシル、ベンゾフェノン、4−ニトロトルエン、オクタクロロスチレン、アルディカーブ、ベノミル、キーポン(クロルデコン)、マンゼブ(マンコゼブ)、マンネブ、メチラム、メトリブジン、シペルメトリン、エスフェンバレレート、フェンバレレート、ペルメトリン、ビンクロゾリン、ジネブ、ジラム、フタル酸ジペンチル、フタル酸ジヘキシル、フタル酸ジプロピル)等が挙げられる。
【0044】
なお、これら生体内で好ましくない作用を発揮する汚染物質は、生体内細胞が産生する受容体タンパク質など、当該汚染物質に対する結合能を示すタンパク質、あるいは、複合体形成能を有する核酸分子を介して、様々な臓器、組織、細胞へ取り込まれる。従って、これら汚染物質の検出には、当該汚染物質に対する結合能を示すタンパク質、あるいは、複合体形成能を有する核酸分子を、本発明にかかる生体物質固定化センサー素子における、有機物として利用することが好適である。
【0045】
検出対象の生体物質の例としては、核酸、タンパク質、糖鎖、脂質及びそれらの複合体から選択される生体物質が含まれ、更に詳しくは、核酸、タンパク質、糖鎖、脂質から選択される生体分子を含んでなるものである。具体的には、DNA、RNA、アプタマー、遺伝子、染色体、細胞膜、ウイルス、抗原、抗体、レクチン、ハプテン、ホルモン、レセプタ、酵素、ペプチド、スフィンゴ糖、スフィンゴ脂質の何れかから選択された物質を含むものであれば検出することができる。更には、前記の「生体物質」を産生する細菌や細胞そのものも、細菌や細胞に由来する「生体物質」の検出に本発明にかかる検出方法を適用することで、広義の「標的物質」とすることが可能である。
【0046】
また、前記タンパク質の具体例としては、所謂、疾病マーカーが挙げられる。かかる疾病マーカー・タンパク質の一例としては、
胎児期に肝細胞で産生され胎児血中に存在する酸性糖蛋白であり、肝細胞癌(原発性肝癌)、肝芽腫、転移性肝癌、ヨークサック腫瘍のマーカーとなるα−フェトプロテイン(AFP)、
肝実質障害時に出現する異常プロトロンビンであり、肝細胞癌で特異的に出現することが確認されるPIVKA−II、
免疫組織化学的に乳癌特異抗原である糖蛋白で、原発性進行乳癌、再発・転移乳癌のマーカーとなるBCA225、
ヒト胎児の血清、腸および脳組織抽出液に発見された塩基性胎児蛋白であり、卵巣癌、睾丸腫瘍、前立腺癌、膵癌、胆道癌、肝細胞癌、腎臓癌、肺癌、胃癌、膀胱癌、大腸癌のマーカーである塩基性フェトプロテイン(BFP)、
進行乳癌、再発乳癌、原発性乳癌、卵巣癌のマーカーとなる糖鎖抗原であるCA15−3、
膵癌、胆道癌、胃癌、肝癌、大腸癌、卵巣癌のマーカーとなる糖鎖抗原であるCA19−9、
卵巣癌、乳癌、結腸・直腸癌、胃癌、膵癌のマーカーとなる糖鎖抗原であるCA72−4、
卵巣癌(特に漿液性嚢胞腺癌)、子宮体部腺癌、卵管癌、子宮頸部腺癌、膵癌、肺癌、大腸癌のマーカーとなる糖鎖抗原であるCA125、
上皮性卵巣癌、卵管癌、肺癌、肝細胞癌、膵癌マーカーとなる糖蛋白であるCA130、
卵巣癌(特に漿液性嚢胞腺癌)、子宮体部腺癌、子宮頸部腺癌のマーカーとなるコア蛋白抗原であるCA602、
卵巣癌(特に粘液性嚢胞腺癌)、子宮頸部腺癌、子宮体部腺癌のマーカーとなる母核糖鎖関連抗原であるCA54/61(CA546)、
大腸癌、胃癌、直腸癌、胆道癌、膵癌、肺癌、乳癌、子宮癌、尿路系癌等の腫瘍関連のマーカー抗原として現在、癌診断の補助に最も広く利用されている癌胎児性抗原(CEA)、
膵癌、胆道癌、肝細胞癌、胃癌、卵巣癌、大腸癌のマーカーとなる糖鎖抗原であるDUPAN−2、
膵臓に存在し、結合組織の弾性線維エラスチン(動脈壁や腱などを構成する)を特異的に加水分解する膵外分泌蛋白分解酵素であり、膵癌、膵嚢癌、胆道癌のマーカーとなるエラスターゼ1、
ヒト癌患者の腹水や血清中に高濃度に存在する糖蛋白であり、肺癌、白血病、食道癌、膵癌、卵巣癌、腎癌、胆管癌、胃癌、膀胱癌、大腸癌、甲状腺癌、悪性リンパ腫のマーカーとなる免疫抑制酸性蛋白(IAP)、
膵癌、胆道癌、乳癌、大腸癌、肝細胞癌、肺腺癌、胃癌のマーカーとなる糖鎖抗原であるNCC−ST−439、
前立腺癌のマーカーとなる糖蛋白質であるγ−セミノプロテイン(γ−Sm)、
ヒト前立腺組織から抽出された糖蛋白であり、前立腺組織のみに存在し、それゆえ前立腺癌のマーカーとなる前立腺特異抗原(PSA)、
前立腺から分泌される酸性pH下でリン酸エステルを水解する酵素であり、前立腺癌の腫瘍マーカーとして用いられる前立腺酸性フォスファターゼ(PAP)、
神経組織及び神経内分泌細胞に特異的に存在する解糖系酵素であり、肺癌(特に肺小細胞癌)、神経芽細胞腫、神経系腫瘍、膵小島癌、食道小細胞癌、胃癌、腎臓癌、乳癌のマーカーとなる神経特異エノラーゼ(NSE)、
子宮頸部扁平上皮癌の肝転移巣から抽出・精製された蛋白質であり、子宮癌(頸部扁平上皮癌)、肺癌、食道癌、頭頸部癌、皮膚癌のマーカーとなる扁平上皮癌関連抗原(SCC抗原)、
肺腺癌、食道癌、胃癌、大腸癌、直腸癌、膵癌、卵巣癌、子宮癌のマーカーとなる糖鎖抗原であるシアリルLeX−i抗原(SLX)、
膵癌、胆道癌、肝癌、胃癌、大腸癌のマーカーとなる糖鎖抗原であるSPan−1、
食道癌、胃癌、直腸・結腸癌、乳癌、肝細胞癌、胆道癌、膵癌、肺癌、子宮癌のマーカーであり、特に他の腫瘍マーカーと組み合わせて進行癌を推測し、再発予知・治療経過観察として有用である単鎖ポリペプチドである組織ポリペプタイド抗原(TPA)、
卵巣癌、転移性卵巣癌、胃癌、大腸癌、胆道系癌、膵癌、肺癌のマーカーとなる母核糖鎖抗原であるシアリルTn抗原(STN)、
肺の非小細胞癌、特に肺の扁平上皮癌の検出に有効な腫瘍マーカーであるシフラ(cytokeratin;CYFRA)、
胃液中に分泌される蛋白消化酵素であるペプシンの2種(PG I・PG II)の不活性型前駆体であり、胃潰瘍(特に低位胃潰瘍)、十二指腸潰瘍(特に再発、難治例)、ブルンネル腺腫、ゾーリンガーエリソン症候群、急性胃炎のマーカーとなるペプシノゲン(PG)、
組織障害や感染により、血漿中で変化する急性相反応蛋白であり、急性心筋梗塞等により心筋に壊死が起こると、高値を示すC−反応性蛋白(CRP)、
組織障害や感染により、血漿中で変化する急性相反応蛋白である血清アミロイドA蛋白(SAA)、
主に心筋や骨格筋に存在する分子量約17500のヘム蛋白であり、急性心筋梗塞、筋ジストロフィー、多発性筋炎、皮膚筋炎のマーカーとなるミオグロビン、骨格筋,心筋の可溶性分画を中心に存在し、細胞の損傷によって血液中に遊出する酵素であって、急性心筋梗塞、甲状腺機能低下症、進行性筋ジストロフィー症、多発性筋炎のマーカーとなるクレアチンキナーゼ(CK)(骨格筋由来のCK−MM型,脳、平滑筋由来のCK−BB型,心筋由来のCK−MB型の、三種のアイソザイム、ならびに、ミトコンドリア・アイソザイムや免疫グロブリンとの結合型CK(マクロCK))、
横紋筋の薄いフィラメント上でトロポニンI,Cとともにトロポニン複合体を形成し,筋収縮の調節に関与している分子量39,000の蛋白であり、横紋筋融解症、心筋炎、心筋梗塞、腎不全のマーカーとなるトロポニンT、
骨格筋・心筋いずれの細胞にも含まれる蛋白であり、測定結果の上昇は骨格筋、心筋の障害や壊死を意味するため、急性心筋梗塞症、筋ジストロフィー、腎不全のマーカーとなる心室筋ミオシン軽鎖I、
また、近年、ストレス・マーカーとして注目されてきているクロモグラニンA、チオレドキシン、8−OhdG、等が挙げられる。
【0047】
上述する核酸、タンパク質、糖鎖、脂質及びそれらの複合体から選択される生体物質の多くは、当該生物が産生する内因性物質であるが、異種の生物においては、免疫原性物質として機能する。従って、当該生物が産生する内因性物質を、異種生物に対して、免疫原性物質として免疫感作することで、特異的な反応性を示す抗体を創製することが可能である。例えば、タンパク質あるいはタンパク質成分を含む複合体を免疫原とすると一般に立体構造を有するタンパク質分子上には複数のエピトープ部位が存在する。これに対応して、各エピトープ部位と選択的に反応する抗体複数種、抗体複数種を含む坑血清、あるいはポリクローナル抗体を創製することが可能である。
【0048】
また、糖鎖、脂質も多くの場合、免疫原として機能し、特異的な反応性を示す抗体を創製することが可能である。従って、標識物質である糖鎖、脂質を免疫原として、特異的な抗体複数種を創製することが可能である際には、特異的な抗体の一つを、本発明にかかる生体物質固定化センサー素子における、有機物として好適に利用することができる。加えて、糖鎖、脂質に対して、当該生物自体がそれらに対する受容体タンパク質を有していることもある。そのような内因性の受容体タンパク質が存在している、標識物質である糖鎖、脂質については、その内因性の受容体タンパク質を、本発明にかかる生体物質固定化センサー素子における、有機物として好適に利用することができる。特に、糖鎖自体が、糖鎖間の相互作用が可能な構成を有する場合、この糖鎖間の相互作用を利用するプローブとして、本発明に利用することも可能である。
【0049】
標的物質捕捉体は、前記標的物質を捕捉する機能を有する。例えば、核酸分子、一以上のアミノ酸からなるペプチドまたはタンパク質、糖鎖および糖鎖−タンパク質複合体、脂質などを挙げることができる。
【0050】
核酸分子としては、例えば、デオキシリボ核酸分子、リボ核酸分子等が挙げられる。例えば、DNAチップなどでは、固定化されるDNA分子の塩基配列と相補的な塩基配列を有する核酸分子を、ハイブリダイズ反応によって認識する機構を利用するため、該DNA分子は、所定の塩基配列を有する一本鎖のDNA分子とされる。加えて、核酸分子の一部は、特定の立体構造を形成し、かかる立体構造に由来する分子認識能を有することも判明している。この種の立体構造に由来する分子認識能を有する核酸分子は、アプタマーと総称され、例えば、SELEX法に代表される分子進化工学的手法により、多様な塩基配列のうちから、高い分子認識能を有する塩基配列を選別取得することも可能である。さらには、DNA結合性タンパク質において、そのターゲットとなる二重鎖DNAの塩基配列も特定されており、この種の二重鎖DNA分子も、本発明に適用可能な標的物質捕捉体として、選択可能である。
【0051】
また、標的物質捕捉体として選択可能なタンパク質分子の例としては、酵素、抗体、レセプター分子、または足場タンパク質分子が挙げられる。抗体分子としては、抗原物質を被検体動物に導入し、その免疫反応の結果産出される免疫抗体分子などが挙げられる。さらには、免疫抗体の構造を部分的もしくは全体的に遺伝工学的に改変された組換え抗体分子など、種々の方法で採取される免疫グロブリン分子が挙げられる。これら抗体は、モノクロ−ナル抗体、またはポリクロ−ナル抗体のいずれであってもよい。これら抗体分子は、任意の免疫グロブリン・クラスに含まれ、例えば、ヒトIgG、IgM、IgA、IgD、およびIgEから選択できる。これらのクラスのなかでも、IgGクラスの抗体分子は、より好適に利用できる。
【0052】
免疫グロブリン分子に加えて、抗体断片分子を利用することもでき、Fab、Fab’、F(ab’)2等が挙げられる。例えば、Fab断片分子は、抗体グロブリンのパパイン消化によって得られる抗体断片分子と、ほぼ同じ断片分子である。F(ab’)2は、抗体グロブリンのペプシン消化によって得られる抗体断片分子と、ほぼ同じ断片分子である。これら抗体断片分子の調製は、抗体グロブリンを酵素的または化学的分解して作製する方法もあるが、多くは、遺伝子工学的に組み換え生産する方法も適用可能である。さらには、scFv(single chain Fv)を利用することもできる。これは、免疫グロブリン分子中の抗原認識部位である、可変領域部(Fv)を構成する重鎖部(VH)と軽鎖部(VL)とを、ペプチド・リンカーで連結して、抗原認識能を具える、遺伝子工学的に組み換え生産された分子とされる。
【0053】
(標的物質検出素子の製造方法)
本発明の標的物質検出素子の製造方法は、
(A)検出基板を構成する複数の層のうちの第一の層を特異的に認識して結合する第一のペプチド領域と、前記複数の層のうちの前記第一の層とは異なる第二の層を特異的に認識して結合する第二のペプチド領域とを有する標的物質捕捉体を用意する工程と、
(B)前記標的物質捕捉体を、前記検出基板に接触させることで、前記標的物質捕捉体が有する第一のペプチド領域を前記検出基板が有する第一の層に結合させ、かつ前記標的物質捕捉体が有する第二のペプチド領域を前記検出基板が有する第二の層に結合させる工程と、
(C)前記標的物質捕捉体が少なくとも前記第一の層および第二の層の両方を特異的に認識して結合している場合の結合強度と、前記標的物質捕捉体が前記第一の層もしくは前記第二の層のいずれかのみを特異的に認識して結合している場合の結合強度の差を利用して、前記第一の層のみもしくは第二層のみを特異的に認識して結合している標的物質捕捉体を取り除く工程と、
を有することを特徴とする標的物質検出素子の製造方法である。
【0054】
したがって、結合ドメインを予め結合してなる生体物質−結合ドメイン融合体において、標的物質捕捉部位として働く生体物質の本来の機能(分子認識能や触媒能)が発揮されていることを前もって確認しておくことができる。また、第一のペプチド領域および第二のペプチド領域を有する標的物質捕捉体を検出基板に固定化する際には、標的物質捕捉体の捕捉能を低下させるような試薬等を利用する化学的な反応を利用していない。そのため、前記標的物質捕捉体を検出基板に固定化した際にも、固定化される標的物質捕捉体は、その機能を十分発揮できる状態に保持されたものとなる。加えて、第一の層を構成する材料に応じて、スクリーニングによって、予め所望の結合能を有するアミノ酸配列を選別することができる。また、対象とする標的物質捕捉部位として働く生体物質に応じて生体物質と予め結合させる結合ドメインの結合形態と、結合ドメイン中に含まれる材料に対する結合能を示すアミノ酸配列とを設計できる。よって、本発明にかかる生体物質固定化センサー素子は、利用する基体材料、対象とする生体物質の双方ともに、広範囲に適用することが可能である。
【0055】
(A)の工程については、
標的物質捕捉体を用意する工程は、
(A−1)第一のペプチド領域および第二のペプチド領域を用意する工程、
(A−2)第一のペプチド領域および第二のペプチド領域と標的物質捕捉部位を結合する工程、
によって構成される場合と、
(A’−1)前記第一のペプチド領域および前記第二のペプチド領域をコードする遺伝子を、標的物質捕捉部位をコードする遺伝子の上流もしくは下流に読み枠を一致させて挿入した発現ベクターを構築することにより、安定に第一および第二のペプチド領域と、標的物質捕捉部位とを有する標的物質捕捉体を得る工程、
によって構成される場合の2つがある。
【0056】
(A−1)の工程について
標的物質捕捉体を構成する第一のペプチド領域は、例えば、ランダム・ペプチド・ライブラリーをスクリーニングすることによって簡便に取得することができる。
【0057】
以下に、第一のペプチド領域を取得するための、ランダム・ペプチド・ライブラリーのスクリーニング法について記載する。
【0058】
スクリーニングに利用可能なランダム・ペプチド・ライブラリーとしては次のものが挙げられる。
(a)ランダム・ペプチドを可溶性の形で化学的に合成したランダム合成ペプチド・ライブラリー。
(b)樹脂ビーズ上で合成した固相固定化ペプチド・ライブラリー。
(c)化学合成されたランダム配列のDNAをリボソ−ム無細胞系で生合成したペプチド・ライブラリー。
(d)M13系ファージの表面蛋白質(例えば、geneIII蛋白質)のN末端側遺伝子にランダム合成遺伝子を連結して調製されたファージ・ディスプレイ・ペプチドライブラリー。
(e)(d)と同様の手法で細菌の層タンパク質、Omp A(Francisco ら, 1993, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90, 10444−10448あるいはPistor と Hoborn, 1989, Klin. Wochenschr., 66, 110−116)、PAL(Fuchs ら, 1991, Bio/Technology, 9, 1369−1372)、Lamb(Charbit ら, 1988, Gene, 70, 181−189及び Bradbury ら, 1993, Bio/Technology, 1565−1568)、フィンブリン(Hedeg AardとKlem M., 1989, Gene, 85, 115−124及び Hofnung, 1991, Methods Cell Biol.、 34, 77−105)、およびIgAプロテア−ゼβ領域(Klauser ら, 1990, EMBO J., 9, 1991−1999)に融合して提示したランダム・ペプチド・ライブラリー。
【0059】
これらのランダム・ペプチド・ライブラリーを用いて、センサー素子を構成する第一の層に対して親和性を有する第一のペプチド領域をスクリ−ニングする手法として、化学合成ペプチド・ライブラリーを用いる場合には、次のように行う。まず、ペプチド・ライブラリーをセンサーに用いる第一の層を構成する材料と同じ材料からなるカラムやプレート等の担体もしくは基板に吸着させる。その後、第一の層に対して親和性を有しないペプチドを洗浄工程により除き、しかる後に第一の層に結合しているペプチドを回収して第一のペプチド領域を決定し、エドマン分解等を用いることで第一のペプチド領域のアミノ酸配列を知ることができる。
【0060】
一方、ファージ・ディスプレイ・ペプチドライブラリーを用いる場合には、第一の層を構成する材料と同等の材料に、上記のライブラリーを添加することによって、結合ファージを残し、非結合ファージは洗浄で洗い流す。洗浄後残ったファージを酸などにより溶出し緩衝液で中和した後、大腸菌に感染させファージを増幅する。この選別(パンニング操作)を複数回繰り返すと、目的の第一の層に親和性のある複数のクローンが濃縮される。ここで単一のクローンを得るため再度大腸菌に感染させた状態で培地プレート上にコロニーを作らせる。それぞれの単一コロニーを液体培地で培養した後、培地上清中に存在するファージをポリエチレングリコ−ル等で沈澱精製し、その塩基配列を解析すれば、目的とする第一のペプチドのアミノ酸配列を知ることができる。
【0061】
ファージ・ディスプレイ・ペプチド・ライブラリーを用いた第一のペプチド領域のスクリーニングは、第一の層に対してより強く結合するファージを濃縮する、いわゆるパンニング操作を含んでいる。そのために、より信頼性のあるペプチド候補を選別できるので、本発明の目的に好適に用いることができる。ファージ・ディスプレイ・ランダム・ペプチド・ライブラリーを構築する方法としては、例えば、M13系ファージの表面蛋白質(例えば、geneIII蛋白質)のN末端側遺伝子にランダム合成遺伝子を連結し作製すれば良い。その方法としては、Scott、 J.K. and Smith、 G.P., Science Vol.249, 386 (1990)やCwirla、 S.E. et al.、 Proc. Natl. Acad. Sci. USA Vol.87、 6378、 (1990)等の報告がある。挿入する遺伝子の大きさは、ペプチドが安定に発現できれば、特に制限はない。好ましくは、作製したライブラリーがすべてのランダム配列を網羅し、しかも親和性を有するためには6から40アミノ酸に相当する長さ(分子量約600から4000に相当)が適当で、中でも7から18アミノ酸が好ましい。
【0062】
第一のペプチド領域は、ペプチド・ライブラリーのスクリ−ニングによって得られた第一の層に対して親和性を有するアミノ酸配列を直列に繰り返しつないで形成してもよい。また、ペプチド・ライブラリーのスクリ−ニングによって得られたアミノ酸配列が二種類以上ある場合、適宜選択することができ、前記得られた複数種類のアミノ酸配列を組み合わせて第一のペプチド領域を形成しても良い。また、複数種類のアミノ酸配列のうちの少なくとも一つが全長を含んでいれば良い。この際、アミノ酸配列の間には適当なリンカー配列を設けることが望ましい。リンカー配列としては、約3から約400アミノ酸の範囲で、連結する表面材料部材に対して親和性を有するアミノ酸配列が有する、第一のペプチド領域の第一の層に対する親和性に悪影響を及ぼさないものとすることが可能である。また、第一のペプチド領域の第一の層への親和性および第二のペプチド領域の第二の層への親和性を阻害するものでなければ、リンカー配列はいかなるアミノ酸を含んでもよい。なお、第一のペプチド領域および第二のペプチド領域と、標的物質捕捉部位とを有する標的物質捕捉体の発現性、および安定性を考慮する場合、リンカー配列は、3から15アミノ酸の範囲に選択することがより好ましい。最も好ましくは、リンカー配列は、標的物質捕捉部位の機能を妨害せず、また、標的物質捕捉体が検出基板に結合するのを妨害しないものである。
【0063】
第一および第二のペプチド領域は、前述のペプチド・ライブラリーのスクリ−ニングによって決定されたアミノ酸配列として得ることができる他、第一の層の化学的性質により合理的に設計することでアミノ酸配列を決定して得ることもできる。それらでライブラリーを構成し、上記のようなスクリーニング方法により、更に親和性の高いアミノ酸配列を選択することもできる。
【0064】
前記第一の層を用いる代わりに前記第二の層を用いることで、第二のペプチド領域を得ることができる。
【0065】
(A-2)の工程について
第一のペプチド領域、第二のペプチド領域および標的物質捕捉部位とを結合させる場合は、次の修飾を予め行う。すなわち、標的物質捕捉部位もしくは第一のペプチド領域および第二のペプチド領域を含む結合ドメイン、あるいは双方に対して、その機能に重大な影響を及ぼさない範囲で両者の連結に利用される反応性官能基の導入等の化学的修飾・変換を予め施す。具体的には、両者の連結に利用される反応性官能基として、マレイミド基とスルファニル基(−SH)、スクシイミド基とアミノ基、イソシアネート基とアミノ基、ハロゲンとヒドロキシ基、ハロゲンとスルファニル基(−SH)、エポキシ基とアミノ基、エポキシ基とスルファニル基(−SH)の組み合わせが挙げられる。このような組み合わせになるように、標的物質捕捉部位もしくは第一のペプチド領域および第二のペプチド領域のいずれか、あるいは双方に予め化学的修飾・変換を施した後に官能基間で化学的な結合を形成させることで標的物質捕捉体を形成することができる。
【0066】
さらには、標的物質捕捉部位が脂質の場合には、第一のペプチド領域および第二のペプチド領域に加えて、遊離の疎水性基を有するアミノ酸を複数含む「疎水ペプチド構造」をも具えている構造とする。遊離の疎水性基を有するアミノ酸としては、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン、トリプトファン、フェニルアラニン、プロリンなどが挙げられる。そうすることで、脂質分子の「疎水ペプチド構造」に対する疎水結合により、標的物質捕捉部位と、第一のペプチド領域と、第二のペプチド領域とを有する複合体を形成して、標的物質捕捉体とすることも可能である。
【0067】
(A’−1)の工程について
前記(A−1)および(A−2)の工程の代わりに、(A’−1)の工程を用いることも可能である。
【0068】
本工程では、前記第一のペプチド領域および前記第二のペプチド領域をコードする遺伝子を、標的物質捕捉部位をコードする遺伝子の上流もしくは下流に読み枠を一致させて挿入した発現ベクターを構築する。これにより、安定に第一および第二のペプチド領域と、標的物質捕捉部位とを有する標的物質捕捉体を作製する。
【0069】
該発現ベクターに使用するプロモーター配列や、形質転換確認用の抗生物質耐性遺伝子配列等は、従来既知のものから選択して使用することができる。
【0070】
材料に対して結合能を有するペプチドのアミノ酸配列は、上述する方法により取得し決定されたアミノ酸配列もしくは材料部材の化学的性質により合理的に設計されたアミノ酸配列でも良い。また、公知の材料とその材料親和性ペプチドの知見があれば、本発明にかかるセンサー素子にその材料を表面材料に適用することが可能であり、結合ドメインに公知材料親和性ペプチドを用いることができる。前述するように材料は特に制限が無く本発明にかかるセンサー素子の構成を満たしていれば良い。例えば、半導体、金属、金属酸化物、保護層を含む絶縁体などの無機材料に対する親和性ペプチド、有機材料例えば生体高分子、例えば生体反応におけるブロッキング層として用いられるタンパク質や高分子材料に対しての親和性ペプチドが利用できる。また、本発明にかかる基体表面材料にNature Materials 2003 Vol.2 577-585に記載される材料を利用し、開示される種々材料に結合能を有するペプチド配列も利用可能である。また、材料に対して結合能を有するペプチドのアミノ酸配列の1もしくは数個のアミノ酸の欠失、置換または付加がなされた改変アミノ酸配列を有するペプチドであって、改変前のアミノ酸配列と同様の各材料に対する親和性を具えるものであれば何ら問題はない。なお、アミノ酸の付加は、通常、かかるアミノ酸配列のN末、C末に更なるアミノ酸配列を付加する形態とすることが望ましい。また、アミノ酸の欠失は、通常、かかるアミノ酸配列のN末、C末から、合計1または数個のアミノ酸を除去してなる、末端短縮型のアミノ酸配列とする形態が望ましい。一方、アミノ酸の置換は、通常、置換を受けるアミノ酸に対して、所謂、相同的な置換と称されるアミノ酸置換を施す形態が望ましい。改変を受けるアミノ酸数の総和が、数個を超えない範囲で、複数種の変異を施すことも可能である。その際、改変アミノ酸配列において、元となるアミノ酸配列と一致する。
アミノ酸数は、少なくとも7個以上、より好ましくは8個以上であることが好ましい。また、これらのアミノ酸配列の全部または一部の繰り返し構造を有していてもよい。
【0071】
(B)の工程について
(B)の工程では、第一のペプチド領域および第二のペプチド領域を有する標的物質捕捉体を水性溶液に含有させ、該溶液を第一のペプチド領域が親和性を有する第一の層と第二のペプチド領域が親和性を有する第二の層とからなる検出基板に接触させる。それにより、標的物質捕捉体が有する第一のペプチド領域が前記第一の層を特異的に認識して結合し、標的物質捕捉体が有する第二のペプチド領域が前記第二の層を特異的に認識して結合する。よって、第一の層と第二の層との境界近傍に対して標的物質捕捉体を特異的に固定化することができる。
【0072】
標的物質捕捉体と検出基板との接触方法は、検出基板を標的物質捕捉体が含まれる溶液に浸漬させる方法でも良いし、検出基板の表面に前記溶液を滴下する方法であっても良い。なお、前者の方法で接触させる際には、検出基板と標的物質捕捉体を含む溶液を接触させる容器を適当な強度で振盪あるいは攪拌することが望ましい。また、後者の方法で接触させる場合、検出基板を攪拌させることが望ましい。このようにすることで、標的物質捕捉体が有する第一のペプチド領域および第二のペプチド領域が、第一の層と第二の層との境界近傍に均等に結合されるようになる。
【0073】
前記標的物質捕捉体が含まれる混合溶液の溶媒としては、前記標的物質捕捉体を水性溶液に含ませることによって作製する。このような水性溶液は、固定化される標的物質捕捉体と標的物質との結合反応を妨げないものであればいかなるものでもよい。具体的には、緩衝液などを用いることができる。緩衝液としては、生化学的反応に用いられる一般的な緩衝液、例えば、酢酸バッファー、リン酸バッファー(PBS)、リン酸カリウムバッファー、3−(N−モルフォリノ)プロパンスルフォン酸(MOPS)バッファー、N−トリス(ヒドロキシメチル)メチル−3−アミノプロパンスルフォン酸(TAPS)バッファー、トリス塩酸バッファー、グリシンバッファー、2−(シクロヘキシルアミノ)エタンスルフォン酸(CHES)バッファー、HEPESバッファーなどが好適に用いられる。
【0074】
上記固定化処理において、第一のペプチド領域および第二のペプチド領域に含まれるアミノ酸配列の表面電荷の電荷量、疎水性が変化するので、利用される水性溶液の組成は水性媒体のpHや塩濃度、界面活性剤によって、それを考慮した組成とするのが望ましい。好ましくは、ペプチド・ライブラリーをスクリーニングする際のバッファーを用いる。また、第一、第二のペプチド領域をスクリーニングする際の条件とpH、塩濃度を同じにすることが好ましい。
【0075】
(C)の工程について
(C)の工程では、標的物質捕捉体が少なくとも第一の層および第二の層の両方を特異的に認識して結合している場合の結合強度と、標的物質捕捉体が第一の層もしくは第二の層のいずれかのみを特異的に認識して結合している場合の結合強度の差を利用する。この差を利用して、前記第一の層のみもしくは第二の層のみを特異的に認識して結合している標的物質捕捉体を取り除く工程である。
【0076】
本工程においては、前者の結合強度の方が後者の結合強度よりも強いことを利用して、後者の結合のみを解除させる。これにより第一の層および第二の層以外の層に結合している標的物質捕捉体、第一の層以外の層と第二の層に結合している標的物質捕捉体、第二の層以外の層と第一の層に結合している標的物質捕捉体を取り除く。すなわち、第一の層と第二の層との境界近傍に存在し、第一の層および第二の層のいずれにも結合している標的物質捕捉体のみ基板に固定させることができる。
【0077】
このような工程を行うためには、前記第一の層のみもしくは第二の層のみを特異的に認識して結合している標的物質捕捉体を取り除くための洗浄の条件を、より選択的に標的物質捕捉体を第一の層と第二の層との境界近傍に残す条件とすれば良い。具体的には、洗浄溶液の組成、温度、洗浄時間、洗浄回数を調整するなどの方法がある。好ましくは、第一もしくは第二のペプチド領域と第一もしくは第二の層との夫々の解離定数のいずれに対しても、標的物質捕捉体が第一および第二のペプチド領域の両領域で検出基板に結合している場合の標的物質捕捉体と検出基板との解離定数の方が二倍以上より好ましくは1桁程度以上低くなるような洗浄溶液の組成とする。
【0078】
同様に、上記境界近傍の領域に対する、結合ドメインの解離定数が、上記境界近傍領域を形成する材料以外の表面材料への標的物質捕捉体の特異、非特異結合の解離定数よりも二倍以上より好ましくは1桁程度以上低くなるような水性媒体の組成を選択することもできる。または、第一もしくは第二のペプチド領域と第一もしくは第二の層との夫々の解離定数がともに、上記境界領域を形成する材料以外の表面材料への特異、非特異結合の解離定数よりも二倍以上より好ましくは1桁程度以上低くなるような水性媒体の組成を選択することもできる。
【0079】
さらに、第一の層と第二の層との境界に対する、第一のペプチド領域および第二のペプチド領域の結合量を直接測定して、溶液組成を調整することもできる。結合量の測定は例えば、ある一定面積の第一の層と第二の層との境界近傍領域に濃度既知の標的物質捕捉体溶液を添加し、固定化処理を行った後、溶液中に残余している当該標的物質捕捉体の濃度を測定し、差し引き法により結合量を求めることで可能となる。
【0080】
標的物質捕捉体の固定化処理を行う時間は、1分間から48時間が望ましく、より望ましくは、10分間から3時間である。過剰な静置あるいは放置は、固定化された標的物質捕捉体の標的物質を捕捉する捕捉能を低下させる場合あるため、一般に好ましくない。
【0081】
好ましくは、標的物質捕捉体の検出基板に対する解離定数Kdが10e−6以下であることが特異的な結合を分別する上で望ましい。さらに好ましくは10e−8以下である。また、結合ドメインを構成する、第一のペプチド領域および第二のペプチド領域において以下の解離定数を有することが標的物質捕捉体を固定化する際の洗浄における非特異吸着物の除去が容易である点から好ましい。すなわち、第一のペプチド領域の第一の層に対する解離定数、および第二のペプチド領域の第二の層に対する解離定数が10e−6以下であることが好ましい。
【0082】
上述する解離定数は、ペプチド領域の配列の選択、繰り返し数、種々の配列変異などにより、所望の解離定数を得ることができる。解離定数の決定は、速度論的解析が種々の分析装置が利用できる。例えば、SPR装置、QCM装置、カロリメトリー装置などで達成できる。
【0083】
なお、本発明にかかる検出方法では、前記標的物質捕捉体および検出基板からなる標的物質検出素子に標的物質を接触させて、該標的物質検出素子からシグナルを得ることによって検体中の標的物質の有無もしくは量を検出する。このようなシグナルは屈折率、水晶振動数、電位、磁気、標識物質量などの変化などが挙げられる。
【0084】
この標的物質検出素子の基体上に結合する標的物質を検出する手法は、センサー面を有する従来既知の検出方法から適宜選択して用いることが可能である。例えば、SPR、QCM、LSPR、磁気検出、電気化学的検出などが挙げられる。
【0085】
なお、標的物質を検出する際には、標識物質を用いても良い。このような標識物質としては、例えば、金等の金属またはラテックス等の有機材料から微粒子、特定波長域の励起光により蛍光を発する蛍光物質やその蛍光物質を反応生成物とする酵素(HRP等)などが挙げられる。なお、これらは複合体として用いても良い。また、これらの標識物質と二次抗体とを結合させて標識物質とすることもできる。二次抗体等のタンパク質を標識する方法としては、物理吸着による方法、あるいは、反応活性のある官能基を標識物質/或いは被標識物質に導入し、それを架橋点として化学結合を形成する化学結合法が挙げられる。なお、標的物質に標識物質と二次抗体とを結合させる場合、標的物質に予め標識物質を結合させて標的物質と標識物質との複合体を形成した上で、該複合体を検出基板表面に存在する標的物質捕捉体が前記複合体を捕捉することによって検出しても良い。また、検出基板表面に存在する標的物質捕捉体が標的物質を捕捉した後に、該標的物質を更に標識物質で標識させて検出しても良い。
【0086】
このような標識物質には、該標識物質によって標識される標的物質における部位とかかる抗体に対するエピトープ部位とが相違しているモノクロナル抗体、もしくは、そのような抗体を含む抗体群(ポリクローナル抗体)などを利用することができる。なお、場合によっては、標的物質捕捉体によって標的物質が結合された状態では、標的物質自体には存在していないエピトープの発現が起こる場合もある。その際、前記標識物質と標的物質との複合体に特有のエピトープ部位に特異的な反応性を有する抗体は、より選択性の高い二次抗体として好適に利用できる。
【0087】
標的物質を特異的に認識・結合する物質に付されている標識を検出する方法としては、従来既知の検出方法を用いることができる。二次抗体に付す標識物質として、従来既知の標識物質、例えば、蛍光物質、発光物質、金属及び金属酸化物微粒子等を用いると、これら標識物質によって検出感度が向上する場合がある。
【0088】
標識化に利用可能な、蛍光物質としては、従来既知の蛍光色素である、4−メチルウンベリフェロン,7−ヒドロキシ−4−ビフェニル−ウンベリフェロン,3−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸2−フェニルアニリド,3−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸2,4−ジメチルアニリド,6−ブロモ−2−ヒドロキシ−3−ナフトエ酸2−メチルアニリド,3−ヒドロキシ−2−アントラノイック酸2−メチルアニリド,ピレン,フルオレセイン,ペリレン,ローダミン,テキサスレッド等が挙げられる。
【0089】
標識化に利用可能な、発光物質として、例えば、ルミノール、ルミノール誘導体、ルシフェリン、ルシゲニンなどが広く用いられている。
【0090】
標識化に利用可能な、金属としては、金や銀、銅、白金、亜鉛、アルミニウム、リチウム、カリウムなどのアルカリ金属元素、ベリリウム、マグネシウム、カルシウムなどのアルカリ土類金属元素、鉄、コバルト、ニッケルなどの磁性を帯びる金属など、任意の金属元素を含む金属元素含有微粒子が従来から利用されている。これら微粒子状の標識の検出には、例えば、プラズモン共鳴法が高い感度の点から好適に利用される。従って、プラズモン共鳴が起こりやすい金や銀、銅、アルミニウム、亜鉛、カリウムなどが、好適な例として挙げられるが、これらの金属元素に限定されるものではない。
【0091】
また、標識化に利用可能な、半導体微粒子としては、ZnS,ZnSe,ZnTe,CdS,CdSe,CdTe,InGaAs,InPの半導体ナノ微粒子が挙げられる。また、一種類の半導体種から形成される微粒子のみでなく、より幅の広いバンドギャップを持つ半導体材料により被覆した半導体微粒子も含まれる。これら半導体微粒子の粒子径は、好ましくは、1nm〜50nmの範囲、より好ましくは、2nm〜20nmの範囲に選択することが望ましい。
【0092】
標識化に利用可能な、強磁性材料微粒子としては、例えば、Fe34、γ−Fe23、Co−γ−Fe23、(NiCuZn)O・Fe2O3、(CuZn)O・Fe23、(Mn・Zn)O・Fe23、(NiZn)O・Fe23、SrO・6Fe23、BaO・6Fe23、SiO2で被覆したFe34、(粒子径 約20nm)[Enzyme Microb. Technol.,vol.2, p.2〜10(1980)参照]を挙げることができる。更には、各種の高分子材料(ナイロン、ポリアクリルアミドタンパク質等)とフェライトとの複合微粒子等を挙げることができる。
【0093】
また、本発明の標的物質検出素子は、特定の領域のみに標的物質捕捉体を固定させることができるため、標的物質検出素子が検出感度の高い部分と検出感度の低い部分を有していることが好ましい。例えば、センサー面に対してZ軸方向に電場強度の分布を有し、誘電率の変化を検出するSPRセンサーやセンサー面に対して3次元空間的に電場強度の分布を有するLSPRセンサーがある。また、磁気センサーでは、センサー面に対して3次元空間的に磁場強度の分布を有するTMRセンサーやホールセンサーなどが挙げられる。磁気センサーに適用する場合は標的物質または、二次抗体などの標的物質に特異的に結合する分子に磁性を有する分子を標識する必要がある。上述する電磁場を標的物質の検出に利用するセンサーにおいても前述の標識物質などが適用できる。
【0094】
また、本発明にかかる検出装置は、検体中の標的物質を検出する用途に適合する検出装置であり、その検出方式には、専ら、上述の本発明にかかる検出方法を適用するものである。したがって、上述の本発明にかかる検出方法において、好適とされる態様は、本発明にかかる検出装置においても、好適な態様となる。
【実施例】
【0095】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0096】
標的物質には、可溶性鶏卵白リゾチームタンパク質(HEL;生化学工業code No.100940)を用いる。また、標識物質として、抗HELポリクローナル抗体(Anti−HEL;ROCKLAND Inc. code No.200-4672 (Anti-Lysozyme, Hen Egg White, Rabbit-Poly, Biotin))、及び、ストレプトアビジンコート磁性微粒子(SA-Beads; Invitrogen社 code No. DB65001(Dynabeads MyOne Streptavidin 1μm))を併用して用いる。
【0097】
また、以下に記す組換えDNA法はSambrookら著書のモレキュラークローニング:実験マニュアル第二版Cold Spring Harbor Laboratory, New York(1989)に基づいて行う。また、本センサー素子をLSPR素子とホール素子として利用したバイオセンサーの例を開示する。各々の素子作製方法は従来既知の蒸着技術、フォトリソグラフィー技術とエッチング技術を用いて作製することができる。
【0098】
(実施例1)第一のペプチド領域および第二のペプチド領域を有する標的物質検出素子の作製
HEL結合性scFv(HyHEL10)を標的物質捕捉部位、第一のペプチド領域として金(Au)結合性ペプチド、第二のペプチド領域として酸化ケイ素(SiO2)結合性ペプチド領域を用い、融合体タンパク質を作製する。具体的には、HEL結合性scFv(Biophysical Journal Vol.83,2946-2968
(2002))のC末端側にリンカー配列(GGGGS)×3を介して、Au結合性ペプチド領域(MHGKTQATSGTIQS)×3を連結する。更に、第一のペプチド領域と第二のペプチド領域間のリンカー配列(SASGSGGGGSGGGSGGGSEGGGSEGGGSGGGSGS)を介してSiO2結合性ペプチド領域(IPMHVHHKHPHV)×2を連結した融合体を以下の工程で作製する。
【0099】
(1)発現ベクター作製
HEL結合性scFv(HyHEL10))のDNA配列は公知であり、且つ上記するAu結合性ペプチド領域およびSiO2結合性領域の配列、ならびに各リンカー配列には図7に記載した配列を用いることができる。よって、例えば合成オリゴヌクレオチドを設計しオーバーラップPCRにより標的物質捕捉体をコードするDNA配列を得ることができる(Sambrookら1989、前出)。各機能領域の順列を図4に、この融合体配列(配列番号1)を図5及び6に示す。上記融合体をコードするDNA配列は最後の工程として5’末端に制限酵素NcoIサイト、3’末端に制限酵素EagIサイトを導入するためプライマー1,2(配列番号2,3;表1)を用いてPCRをおこなう。なお、PCR反応は、市販のPCRキット(タカラバイオ LA−Taqキット)を使用し、業者推奨のプロトコールに従って行う。
【0100】
【表1】

【0101】
PCR反応後、得られるPCR産物は、2%アガロース電気泳動を行って、目的とする塩基長のDNA断片のバンドとして回収する。次に、ゲル抽出キット(Promega社)を使用して、ゲルから粗精製を行い、約1000bpのDNA断片を得る。
【0102】
そしてNcoI制限酵素での切断とEagIでの切断を行う。受けてのベクターには大腸菌分泌シグナルpelBを有するpET-20b(+)ベクター(Novagen社)を用い、NcoI/EagIでの切断を行う。そして、pET-20b(+)ベクター(Novagen社)のNcoI/EagIサイトへの末端NcoI/EagI導入した融合体DNA断片のライゲーションを、市販のT4リガーゼキット(Roche社)を業者推奨の方法にて調合して行う。
【0103】
次に、上記ライゲーション反応液を用いて、JM109コンピテントセル溶液40μLを形質転換する。形質転換は、ヒートショックを氷中→42℃×90sec→氷中の条件でおこなう。ヒートショックにより形質転換した上記JM109溶液にLB培地750μLを加え、一時間37℃にて振盪培養を行った。その後、6000rpm×5分間遠心を行い、培養上清650μLを廃棄し、残った培養上清と沈殿となった細胞画分を攪拌し、LB/amp.プレートに撒き、一晩37℃にて静置する。プレートから無作為にコロニーを選択し、各コロニーをLB/amp.液体培地3mLにて振盪培養を行う。培養液から、集菌した後、市販のMiniPrepキット(プロメガ社製)を用いて、業者推奨の方法により、組換え菌株からプラスミドを抽出する。回収したプラスミドを最終的にシークエンスを行い、目的の塩基配列を有し、且つフレームが正しいことを確認する。
【0104】
配列を確認したプラスミドを用いて、40μLのBL21(DE3)溶液中のコンピテントセルを形質転換する。形質転換は、上記同様ヒートショック法で行う。ヒートショックにより、形質転換された菌株を含むBL21溶液に、LB培地750μLを加え、37℃で、一時間振盪培養を行う。その後、6000rpm×5分間遠心を行い、培養上清650μLを廃棄する。残った培養上清と沈澱となった細胞画分を攪拌し、LB/amp.プレート上に撒き、37℃で、一晩静置する。
【0105】
(2)予備培養
プレート上のコロニーを無作為に選択し、3.0mL LB/amp.培地にて、28℃で、一晩振盪培養を行う。
【0106】
(3)本培養
上記予備培養溶液をTB+0.5%グルコース培地 1Lに植え継ぎ、更に、28℃で培養を継続する。培養液のOD600が0.8を超えた時点で、終濃度が1mMとなるようにIPTGを加え、更に、28℃で、終夜培養を行う。
【0107】
(4)精製
形質転換菌株中において、発現した融合体は培地上清に分泌されている。下記の工程に従って、本融合体の単離、精製を行う。
【0108】
(i)培地上清の濃縮
上記本培養で得られる菌体培養液1Lにプロテアーゼ阻害剤カクテル(EDTAフリー 100×)(ナカライテスク社 code;03969−21)を10ml添加する。続いて、クロスフロー濾過(ビバフロー200フリップフローろ過 MWCO10000 PES 型番VF20P0)装置を用いておよそ20mlまで濃縮する。
【0109】
(ii)透析
次に、濃縮培地中の低分子などを除去するため、Trisバッファー(pH8.0)を外液として4℃で透析を行う。
【0110】
(iii)Hisタグを有するポリペプチドの金属キレートカラム精製
Hisタグを利用するカラム精製に用いる、金属キレートカラム担体として、His−Bind(Novagen社製)を用いている。カラム調製、サンプル負荷、ならびに、カラム洗浄工程、条件は、業者の推奨方法に準拠し、4℃にて行う。サンプル負荷、カラム洗浄工程後、該金属キレートカラムに吸着されている、Hisタグ融合のポリペプチドの溶出は、100mM イミダゾール/Tris溶液を用いて行う。溶出液について、SDS−PAGE(アクリルアミド15%)上での泳動によって分析し、単一バンドが観測されることを確認する。観測される、ほぼ単一バンドの見掛けの分子量は目的のポリペプチド鎖に相当することから、精製されていることが確認される。
【0111】
(iv)ゲルろ過精製
上記カラム溶出したサンプルをゲルろ過カラム(Superdex 200 pg10/300 GL)を装着するアクタ-10s装置(GEヘルスケア)にセットする。次にTrisバッファー(pH8.0)で流速0.5ml/minでゲルろ過を行い、目的サイズのフラクションを取得する。SDS−PAGE(アクリルアミド15%)とウェスタン解析(HRP標識抗His抗体)により、目的タンパク質の単一画分取得を確認する。
(v)透析
回収されたタンパク質溶液に対して、更に外液をリン酸バッファー(以下、PBS pH7.4)に替え、透析を行い、緩衝液の変換を行う。融合体タンパク質のPBS pH7.4溶液が得られる。
【0112】
(実施例2)第一の層および第二の層への標的物質捕捉体の固定化
(i)第一の層および第二の層を有する検出基板の作製
まず、スライドガラスをアセトン溶液内で30分間超音波をかけながら洗浄し有機物を除去する。ついで、IPA、EtOH、超純水にスライドガラスを入れ替え順次超音波洗浄を行う。次工程を行うまで新しい超純水中で保管する。スライドガラスの水分をN2ガスで除き、真空蒸着装置にスライドガラスの半分を成膜せずにガラス表面を残すためにアルミ箔で被覆しセットする。電子ビーム照射により、クロム、金の順にスライドガラスに成膜する。各層の厚みは、クロム2nm、金200nmとする。作製した構造体のアルミ箔で被覆した領域を第一の層とし、成膜した金層を第二の層とすることができる。最終的に作製した構造体をO/Nで濃塩酸に浸漬し、ついてアセトン、IPA、EtOH、超純水に置換し超音波処理を施し、金表面、ガラス表面の洗浄を完了する。標的物質捕捉体を固定するまで、超純水中で保管する。
【0113】
(ii)標的物質捕捉体の検出基板への結合と洗浄条件の検討
実施例1で得られる標的物質捕捉体溶液(PBS pH7.4)を最終濃度が1μMになるように調製する。その際、界面活性剤Tween20を最終濃度0.1%になるよう添加する(PBSTバッファー)。上記で作製した構造体をN2ガスで水分を除き、各タンパク質溶液を材料境界領域に100μlスポットし、カバーガラスをかけモイスチャーチャンバー内で乾燥しないように30分間室温放置する。
【0114】
ついで、PBSTで軽く洗浄後に非特異防止を目的として、0.5%牛血清アルブミン(BSA PBSTバッファー)で同様に処理する。その後、下記に示す種々のバッファー1L中に、処理したスライドガラスを漬け、スターラーで攪拌しながら5分間洗浄する。この洗浄を新しいバッファーに交換し3回行う。洗浄の温度として、室温25℃と37℃で行う。
【0115】
バッファー組成としては、界面活性剤Tween20の濃度を0%、0.001%、0.01%、0.1%、0.5%、1%から選択する。またPBSバッファーの塩化ナトリウム濃度を1mM、20mM、50mM、100mM、200mM、500mM、1Mから選択する。そして、これらの濃度条件を組み合わせてバッファーを調製する。ここで、Tween20の濃度を0.01%、塩化ナトリウム濃度を20mMとするPBSTバッファーでは、PBS−T0.01/N20とするように各々について各濃度を頭文字表記しておく。
【0116】
(iii)選択的配置の検証
(ii)で洗浄が完了したスライドガラスの金層とガラス層との境界領域付近に標的物質500nM HELタンパク質を200μl滴下し、カバーガラスをかけ室温で30分反応後、各バッファーで洗浄する。次に、100nM FITC標識したHELポリクローナル抗体1mlをスポットし、モイスチャーチャンバー内でインキュベートする。その後、各バッファーで洗浄し、蛍光顕微鏡で520nmのFITC蛍光を観察する。
【0117】
その結果として、FITCの蛍光が金層とガラス層の境界近傍に選択的に固定されていることが観察できる。換言すると、固定した標的物質捕捉体が金層とガラス層との境界近傍に選択的に配置されていることを示す。標的物質捕捉体の選択的な配置を反映して、標的物質捕捉体に捕捉されたHELに対して結合能を有するFITC標識抗HEL抗体がHELと特異的に結合し、標識物であるFITCが金層とガラス層との境界領域近傍に選択的に確認できるからである。また、洗浄温度が25℃と37℃の両温度とも、塩濃度が高くなると金層とガラス層との境界近傍以外の金、ガラス両面に若干多くFITC蛍光が残ることが観察される。このことより、標的物質捕捉体の金結合性ペプチドおよびガラス結合性ペプチドの両者による結合以外による結合が増えることがわかる。また、界面活性剤が多くなると金層とガラス層との境界を含め金ガラス面のFITC蛍光が全体的に低くなり、標的物質捕捉体の金結合性ペプチドとガラス結合性ペプチドの両者を介した第一の層と第二の層との境界近傍への結合が少なくなることが確認できる。その中で、選択的な固定と実質的な結合、標的物質結合能が期待できるバッファーとしてPBS−T0.001、T0.01、T0.1のNaCl濃度がN20、N50、N100、N200、N500の組み合わせである。以下の実施例では、PBS−T0.1−N100のバッファーを用い洗浄(37℃)と標的物質結合(室温)を行う。
【0118】
(実施例3)LSPR検出実証
(i)LSPR素子作製と検出装置(図10)
図6に本実施例で用いる検出装置の概略の構造を示す。素子18は、膜厚20nmの金薄膜を625μm厚の石英基板22上に形成し、この金薄膜を所定の金属構造体としてのパターンに電子線描画装置を用いてパターニングすることで製作できる。本実施例で作製する素子18の金属構造体の平面形状外形は200nm×200nmの正方形状であり金薄膜の下地に2nmのクロム層を設けている。各パターンは、250nmのスペースを開けてアレイ状に3mm×3mmの領域に配置されている(図10参照)。このようなパターンにおいて金属構造体の周辺領域において電場強度に分布を有し、金属構造体の略四角柱のエッジ領域、特に反応領域側の頂点付近を筆頭に辺領が電場強度が高いことが知られている。
【0119】
(ii)標的物質捕捉体の固定化
上記LSPR素子の金属構造体表面に捕捉能を付与するため、実施例1で得られる標的物質捕捉体をPBS−T0.1−N100バッファーに1μMになるように調製した溶液を素子に作用し、モイスチャーチャンバー内で室温で30分インキュベートする。次にPBS−T0.1−N100のバッファーを用いて37℃で実施例2の洗浄工程を行い、金層とガラス層との境界近傍以外の領域に結合する融合体タンパク質を除く。
【0120】
参照実験として、LSPR素子を1mMアミノウンデカチオールに浸漬し2時間攪拌する。超純水で洗浄後、EDC/NHS(EDC;1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)-カルボジイミド、NHS;N-ヒドロキシコハク酸イミド)により金表面のアミノ基を活性化する。その後、標的物質捕捉体を作用させ、モイスチャーチャンバー内で30分インキュベートする。次いで超純水で洗浄し、活性化されたアミノ基をエタノールアミンでブロッキングする。標的物質捕捉体がランダムに固定化された対照センサー素子として用意することができる。最後に、両素子ともに非特異吸着防止のため0.5%BSA溶液(PBS−T0.1−N100バッファー)を作用させ、洗浄する。以上より、金結合性ペプチドとガラス結合性ペプチドを有する標的物質捕捉体が金層とガラス層の境界近傍に固定化されたLSPR素子と標的物質捕捉体がセンサー表面にランダムに略均質的に固定化した対照LSPR素子が作製できる。
【0121】
以下の操作により、図8に示す検出装置で特異的に検体中の標的物質HEL濃度を測定することができる。
(1)作製した素子に標的物質であるHELを含んだ検体をインレット19より導入し、HELを構造体上に捕捉させる。
(2)検体を排出し、PBS−T0.1−N100バッファーをインレット19より導入し、反応ウェル21内部を洗浄する。
(3)最終濃度が100nMになるようにPBS−T0.1−N100バッファーに調製した標識物質ビオチン化抗HELポリクローナル抗体を両素子上の固定化HELと反応させる。
(4)標識物質を排出し、PBS−T0.1−N100バッファーをインレット19より導入し、反応ウェル21内部を洗浄する。
(5)最後にPBS−T0.1−N100バッファーを充填して、金の構造体の吸収スペクトルを測定する。
【0122】
吸収スペクトルについて反応前と反応後を比較すると、図9に1例を示すように、特異的な抗原抗体反応によって標的物質さらには標識物質が検出素子表面に結合することで吸収スペクトルがシフトする。ここで、吸収スペクトルのピーク強度、あるいはピーク波長のシフト量とHEL濃度の相関は、あらかじめ既知のHELコントロール溶液により求められており、濃度未知の検体の微量HEL濃度を求めることができる。
【0123】
このような標的物質検出素子を利用すると、標的物質の濃度に依存して検出できるピーク強度、あるいはピーク波長のシフト量との間に良好な相関を得ることが期待できる。換言するならば、参照としてランダムに固定した標的物質捕捉体は電場強度に分布を有する素子表面に略均質的に固定化されており、標的物質は確率論的に固定化された標的物質捕捉体と反応する。その結果として、電界の強弱に関係なく結合するため、結合した標的物質に由来する屈折率(誘電率)応答にバラツキが生じる。更には、標的物質がより低濃度領域であると検出シグナルが素子面の結合した部分に支配され、トータルとして検出限界濃度値が濃くなる恐れがある。一方、本実施例の標的物質検出素子では、電場強度の強い領域(本実施例では金材料で形成されるナノパターン構造のエッジ領域)に標的物質捕捉体を固定化できるように金層とガラス層の境界を設定している。そのため、標的物質に由来する屈折率応答が向上し且つより均質的となるため、結果として標的物質が低濃度でも相関良く検出することが可能となる。つまり、本実施例の標的物質検出阻止は固定化した標的物質捕捉体の配向性の向上と電場強度の強い領域への効果的な固定により、検出限界を従来のものに比べてよくする効果が期待できる。
【0124】
(実施例4)磁気検出実証
(i)ホールセンサー素子作製と検出装置
図10に本実施例で用いるホールセンサーの構造および検出回路を示す。本実施例で用いるホールセンサーは、高感度な磁界測定で一般的に用いられるp-HEMT構造のホール素子であるが、本発明はこの構造あるいは材料に限られるものではなく、ホールセンサーであればどのような構造あるいは材料であっても適用可能である。p-HEMT構造のホールセンサーは以下の様にして作製する。GaAs基板上にCVD成膜法を用いて、GaAs薄膜とAlGaAs薄膜からなる超格子膜、GaAs膜を800nm、InGaAs膜を12nm、AlGaAs膜を40nmそしてn-GaAs膜を20nm連続して成膜する。作製した多層膜を一般的に用いられる半導体プロセスで、十字型の素子に加工する。エッチング深さは約80nmとする。素子の幅は20μmで、中央部は20μm×20μmの正方形とする。この正方形の領域が磁界検出領域となる。また、素子の周辺は80nmのSiO2絶縁膜(層間絶縁膜)で覆う。その後、AuGe膜を50nm蒸着し、素子の端部4箇所に電極を形成する。この4つの電極のうち2つは検出電流を流す為に用いられ、他の2つはホール電圧(検出信号)を取得する為に用いられる。ホール素子を覆うようにCVD成膜法によって、50nmのSiO2膜を成膜し、さらにホール素子の磁界検出領域とホール電圧取得電極の界面付近に20nmの膜厚のAu膜をスパッタ成膜法によって成膜する。その後、再びホール素子を覆うように50nmのSiO2膜を成膜する。ドライエッチング法でホール素子の磁界検出領域上部のSiO2膜とAu膜を除去し、磁界検出領域周辺の一部にAu膜の断面を露出させる。
【0125】
上記の作製プロセスによって得られるホールセンサーに、検出電流を流す電源と検出信号を取得するためのロックインアンプを接続する。磁性微粒子を磁化させるために、磁性微粒子の磁化が飽和する大きさのDC磁界(バイアス磁界)をコイルによってホールセンサーの膜面垂直方向に印加する。磁性微粒子の検出は磁性微粒子から発生する浮遊磁界をホールセンサーで検出することによって行うが、感度良く検出するために磁性微粒子の磁化を横方向に振動させ、それによって生じる浮遊磁界の変動を読み取る。磁性微粒子の磁化を横方向に振動させるために、ホールセンサーの膜面内方向にAC磁界(プローブ磁界)をコイルによって印加する。プローブ磁界の周波数をfとすると、磁性微粒子から生じる浮遊磁界の変動は2fの周波数を持つ。したがって、ロックインアンプで2fの周波数の信号のみを検出することで、高感度に磁性微粒子を検出することが可能である。また、ホールセンサー素子表面に固定される磁性微粒子の数に伴って、浮遊磁界の大きさが異なるので、得られた信号強度によって、磁性微粒子の数を知ることが可能である。
【0126】
(ii)標的物質への磁性体標識
図10に例示するホールセンサー素子上に実施例1で得られる標的物質捕捉体をPBS−T0.1−N100バッファーに1μMになるように調製した溶液を滴下し、モイスチャーチャンバー内で室温で30分インキュベートする。次にPBS−T0.1−N100のバッファーを用いて37℃で実施例2の洗浄工程を行い、材料境界領域以外の領域に結合する融合体タンパク質を除いた。参照実験として、ホールセンサー素子を1mMアミノウンデカチオールに浸漬し2時間攪拌する。超純水で洗浄後、EDC/NHSし、金表面のアミノ基を活性化し、標的物質捕捉体を30分間作用させ固定する。次いで、超純水で洗浄し、未結合の活性化アミノ基をエタノールアミンでブロッキングする。標的物質捕捉体がランダム固定化された対照センサー素子を用意することができる。最後に、両センサー素子ともに非特異吸着防止のため0.5%BSA溶液(PBS−T0.1−N100バッファー)と反応させ、洗浄する。次に標的物質であるHELタンパク質をセンサー面に滴下し、カバーガラスをかけ室温で30分反応後、バッファーで洗浄する。
【0127】
以下の操作により、特異的に検体中の標的物質HEL濃度を測定することができる。
(1)作製した素子に標的物質であるHELを含んだ検体を作用させ、HELを構造体上に捕捉させる。
(2)PBS−T0.1−N100バッファーで洗浄し、未反応の検体を除去する。
(3)最終濃度が100nMになるようにPBS−T0.1−N100バッファーに調製した標識物質ビオチン化抗HELポリクローナル抗体を両センサー素子上の固定化HELと反応させる。
(4)PBS−T0.1−N100バッファーで洗浄し、未反応の標識物質を除去する。
(5)次いでストレプトアビジンコート磁性微粒子(SA-Beads;Invitrogen社 code No. DB65001(Dynabeads MyOne Streptavidin 1μm))を固定化HELに標識されたビオチンに作用させる。この作用により生じるビオチンーアビジン反応により磁性微粒子を特異的に結合させる。
(6)最後にPBS−T0.1−N100バッファーで洗浄後、磁気センサー面をN2ガスで乾燥させて磁気検出する。
【0128】
ここで、磁性微粒子由来の浮遊磁界による磁気センサー素子の磁界変化量とHEL濃度の相関は、あらかじめ既知のHELコントロール溶液により求められており、濃度未知の検体の微量HEL濃度を求めることができる。別の方法としては、標識物質である抗体あたりのビオチン数とストレプトアビジンあたりの磁性微粒子数がある程度制御されていれば、磁界強度の変化量より、磁性微粒子の数を見積もることができ、直接的に標的物質濃度を定量的解析が可能となる。
【0129】
(iii)磁気検出
本実施例の標的物質検出素子を利用すると、標的物質の濃度に依存して検出できる磁気強度に良好な相関を示すことが期待できる。ホールセンサーでは、磁界検出領域よりも小さな領域に局所定な磁界が印加される場合には、その磁界の印加場所によって、信号強度が異なる。つまり、従来のように磁界検出領域内でランダムに磁気微粒子が固定される場合には、磁気微粒子の固定される位置によって信号強度が異なり、磁気微粒子の数を精度良く検出することができない。一方、本発明にかかるセンサー素子では、印加磁界の大きさと検出信号の大きさの比が一定である位置に磁気微粒子を固定することができるので、磁気微粒子の数を精度良く検出することが可能となる。さらに、本実施例の標的物質検出素子は固定化した標的物質捕捉体の配向性の向上と磁場強度の強い領域への効果的な固定により、検出限界を従来のものに比べてよくする効果が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0130】
【図1】本発明の標的物質検出素子に用いる検出基板の構成の一例を示す模式図である。
【図2】本発明の標的物質検出素子に用いる検出基板の構成の一例を示す模式図である。
【図3】本発明の標的物質検出素子に用いる標的物質捕捉体の構成の一例を示す模式図である。
【図4】本発明の標的物質検出素子に用いる標的物質捕捉体の各機能領域の順列を示す模式図である。
【図5】図4に示す標的物質捕捉体の各機能領域の順列の融合体配列(前半部)を示す図である。
【図6】図5の融合体配列のつづき(後半部)を示す図である。
【図7】本発明の標的物質検出素子に用いる標的物質捕捉体の配列の一例を示す。
【図8】実施例3で用いるLSPR素子を備える検出装置の概略の構造を示す図である。
【図9】実施例3の金の構造体の吸収スペクトルを反応前後で比較したグラフである。
【図10】実施例4のホールセンサーの構造および検出回路を示す図である。
【符号の説明】
【0131】
1 標的物質検出素子
2 検出基板
3 標的物質捕捉体
4 第一の層
5 第二の層
6 標的物質捕捉部位
7 第一のペプチド領域
8 第二のペプチド領域
9 検出部
10 基材
11 中間層
12 ブロッキング層
13 ブロッキング層との外側隣接層
14 リンカー
15 第三のペプチド領域
17 コリメータレンズ
18 素子
19 インレット
20 アウトレット
21 反応ウエル
22 基板
23 分光光度計

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体中の標的物質の有無もしくは濃度を検出する標的物質検出素子であって、
前記標的物質検出素子が、少なくとも、複数の層からなる検出基板と、該検出基板の表面に固定された標的物質捕捉体とからなり、
前記標的物質捕捉体が、前記検出基板を構成する複数の層のうちの第一の層を特異的に認識して結合する第一のペプチド領域と、前記複数の層のうちの前記第一の層とは異なる第二の層を特異的に認識して結合する第二のペプチド領域とを少なくとも有し、
前記第一の層と前記第二の層は隣接していることを特徴とする標的物質検出素子。
【請求項2】
前記第一の層と前記第二の層は層を構成する材料が異なることを特徴とする請求項1に記載の標的物質検出素子。
【請求項3】
前記標的物質捕捉体は、前記第一のペプチド領域と前記第二のペプチド領域との間に、一以上のアミノ酸からなるリンカーを有していることを特徴とする請求項1または2に記載の標的物質検出素子。
【請求項4】
前記第一のペプチド領域と第二のペプチド領域とはアミノ酸配列が異なることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の標的物質検出素子。
【請求項5】
前記第一の層が検出部であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の標的物質検出素子。
【請求項6】
標的物質検出素子の製造方法であって、
検出基板を構成する複数の層のうちの第一の層を特異的に認識して結合する第一のペプチド領域と、前記複数の層のうちの前記第一の層とは異なる第二の層を特異的に認識して結合する第二のペプチド領域とを有する標的物質捕捉体を用意する工程と、
前記標的物質捕捉体を、前記検出基板に接触させることで、前記標的物質捕捉体が有する第一のペプチド領域を前記検出基板が有する第一の層に結合させ、かつ前記標的物質捕捉体が有する第二のペプチド領域を前記検出基板が有する第二の層に結合させる工程と、
前記標的物質捕捉体が少なくとも前記第一の層および第二の層の両方を特異的に認識して結合している場合の結合強度と、前記標的物質捕捉体が前記第一の層もしくは前記第二の層のいずれかのみを特異的に認識して結合している場合の結合強度の差を利用して、前記第一の層のみもしくは第二層のみを特異的に認識して結合している標的物質捕捉体を取り除く工程と、
を有することを特徴とする標的物質検出素子の製造方法。
【請求項7】
検体中の標的物質の有無もしくは濃度を検出する標的物質検出方法であって、
少なくとも、複数の層からなる検出基板と、該検出基板の表面に固定された標的物質捕捉体とからなる前記標的物質検出素子に検体を接触させる工程と、
前記標的物質検出素子からシグナルを得る工程と、
を有し、
前記標的物質検出素子が有する前記標的物質捕捉体が、前記検出基板を構成する複数の層のうちの第一の層を特異的に認識して結合する第一のペプチド領域と、前記複数の層のうちの前記第一の層とは異なる第二の層を特異的に認識して結合する第二のペプチド領域とを有し、
前記第一の層と前記第二の層は隣接していることを特徴とする標的物質検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−232914(P2008−232914A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−74857(P2007−74857)
【出願日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】