説明

樹脂の劣化度測定方法

【課題】少量で精度良くテレフタルエステル系樹脂の劣化度が測定できる方法の提供。
【解決手段】テレフタルエステル系樹脂を主成分とする樹脂材料をヘキサフルオロイソプロパノールを含む溶解溶媒に常温で溶解して樹脂溶液を調製する工程と、前記テレフタルエステル系樹脂由来のテレフタル酸末端カルボキシ基に定量可能な置換基を結合する工程と、前記定量可能な前記テレフタル酸末端カルボキシ基を定量する工程と、を有することを特徴とする。つまり、常温で溶解でき、溶解時の劣化が実質的に無視できるヘキサフルオロイソプロパノールを用いた結果、テレフタルエステル系樹脂を劣化させることなく末端カルボキシ基に定量性が向上できる置換基を導入することができた。また、その後の定量工程においても劣化が進行しないので、より正確な定量結果を得ることができる。従って、前記各工程はすべて常温で行うことが望ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テレフタルエステル系樹脂の劣化度を簡易に測定できる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
テレフタルエステル系樹脂(特にポリブチレンテレフタレート:以下、ポリブチレンテレフタレートは「PBT」と称する)は機械的特性と電気的特性とのバランスに優れ、且つ高温での使用にも耐えるなど、小型軽量化が進む自動車用の材料として汎用されている。
【0003】
ここで、テレフタルエステル系樹脂は、高温環境や屋外での使用により、熱分解、光分解などが進行することが知られている。従って、テレフタルエステル系樹脂について再利用などを意図する場合に樹脂の劣化度を評価することが望ましい。
【0004】
テレフタルエステル系樹脂の劣化度を測定する方法としては、試験試料から引張試験用の試験片を作成して実際に測定する方法がある。
【0005】
しかしながら、引張試験用の試験片を作成するためには大きな平板状の部材が必要であり、実際に回収できる材料から取得することは困難である。また、引張試験はバルクとしての評価になるので劣化している部分(例えば表面部分)のみの評価を行うことは困難である。
【0006】
そこで、テレフタルエステル系樹脂の劣化を化学的に評価する方法が望まれる。従来の評価方法としては、劣化により生成する酸無水物を水酸化テトラメチルアンモニウムの存在下で、熱分析クロマトグラフ/MSで定量する方法が開示されている(特許文献1)。また、テレフタルエステル系樹脂の分解により生成する末端カルボキシ基を滴定により測定する方法が開示されている(非特許文献1)。
【特許文献1】特開2001−356116号公報
【非特許文献1】Anal.Chem.,1954,26,1614
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、末端カルボキシ基を直接定量していないので、劣化度との直接的な関係は不明であり、劣化解析には不充分である。また、非特許文献1に記載の方法ではカルボキシ基の定量に大量の試料が必要であることや、挙げられた溶媒では高温でしかテレフタルエステル系樹脂を溶解することができず、評価中でにテレフタルエステル系樹脂の劣化が進行するおそれがあって精度の高い測定結果が得られ難いなどの不都合があった。
【0008】
そこで、本発明では、少量の試料でも迅速に精度良くテレフタルエステル系樹脂の劣化度を測定することができる方法を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)上記課題を解決する目的で、本発明者らが鋭意検討を行った結果、テレフタルエステル系樹脂を溶解する溶媒として、従来知られていないヘキサフルオロイソプロパノールを採用することで、常温にて溶解できることを発見した。ヘキサフルオロイソプロパノールは、テレフタルエステル系樹脂を常温で溶解できるとともに、常温では温度による劣化がほとんど無視できるものであった。以上の知見に基づき、以下の発明を完成した。すなわち、本発明の樹脂の劣化度測定方法は、テレフタルエステル系樹脂を主成分とする樹脂材料をヘキサフルオロイソプロパノールを含む溶解溶媒に常温で溶解して樹脂溶液を調製する工程と、
前記テレフタルエステル系樹脂由来のテレフタル酸末端カルボキシ基に定量可能な置換基を結合する工程と、
前記定量可能な前記テレフタル酸末端カルボキシ基を定量する工程と、を有することを特徴とする。
【0010】
つまり、常温で溶解でき、溶解時の劣化が実質的に無視できる溶媒を用いた結果、テレフタルエステル系樹脂の劣化に関連性が高い末端カルボキシ基に定量性が向上できる置換基を導入する時間的余裕を得ることができた。また、その後の定量工程においても劣化が進行しないので、より正確な定量結果を得ることができる。従って、前記各工程はすべて常温で行うことが望ましい。
【0011】
そして、前記置換基結合工程は、前記テレフタル酸末端カルボキシ基に結合でき且つ紫外線を吸収できる誘導化試薬及び前記テレフタル酸末端カルボキシ基と反応可能な縮合剤とを前記樹脂溶液中に添加する工程と、前記誘導化試薬を前記樹脂溶液中にて反応させる工程と、を有することが望ましい。すなわち、定量可能な置換基をそのまま導入するのではなく、末端カルボキシ基を誘導化試薬と反応させるために縮合剤を用いて2段階で反応させている。つまり、誘導化試薬をそのまま導入する場合には、テレフタル酸末端カルボキシ基との反応性が充分でないが、2段階で反応を行うことで、室温での反応が可能になり、末端カルボキシ基に紫外線吸収能を持たせることが可能になって、可視・紫外線分光光度計により容易に定量を行うことができる。
【0012】
ここで、前記誘導化試薬は、下記一般式(1)で示される化合物から選択されることが望ましい。
【0013】
【化1】

(式(1)中、Yは−S−又は−NH−であり;X14は水素、ニトロ基、アルコキシ基、フェニル基及び炭化水素基からそれぞれ独立して選択される)
【0014】
また、前記誘導化試薬としてはテレフタル酸末端カルボキシ基に結合した誘導体の紫外線吸収領域が320nm以上になる化学構造を有する化合物も望ましい。
【0015】
具体的に好ましい前記誘導化試薬としては、6−ニトロ−2−メルカプトベンゾチアゾール(以下、「NMB」と称する)又は2−メルカプト−5−ニトロベンズイミダゾールである。
【0016】
また、前記縮合剤は、一般式(3):Q1−SS−Q2(式(3)中、Q1及びQ2はピリジル基、フェニル基、シクロヘキシル基、並びに、ピリジル基、フェニル基及びシクロヘキシル基の任意の水素がアルキル基、アルコキシ基で置換された置換基から独立して選択される)で表される化合物と、一般式(4):PR3(式(4)中、Rは、フェニル基、シクロヘキシル基、シクロヘキシル基の任意の水素がアルキル基、ニトロ基、アルコキシ基、Brで置換された置換基、並びに、フェニル基のオルト位及び/又はパラ位の水素がニトロ基、アルキル基、アルコキシ基及び/又はBrで置換された置換基から独立して選択される)で示される化合物の組み合わせであることが望ましい。
【0017】
(2)更に、上記課題を解決する本発明の樹脂の劣化度測定方法としては、(i)上記(1)で記載した劣化度測定方法において前記テレフタルエステル系樹脂の前記溶解溶媒として用いた、前記ヘキサフルオロイソプロパノールに加えて又は代えて、それ以外の溶媒を採用したこと、(ii)該溶解溶媒への溶解温度として、常温に代えて、常温超の温度で行うこと、(iii)前記テレフタルエステル系樹脂を前記温度にて前記溶解溶媒中に放置する時間に応じた劣化度の補正を行うことの3点が大きく異なる方法である。
【0018】
つまり、テレフタルエステル系樹脂が高温により劣化するような条件であっても、その条件に曝した条件・時間を考慮して定量結果を補正することで、正確な定量結果を得る方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明の樹脂の劣化度測定方法は上記構成を採用することで、劣化度と関連がある末端カルボキシ基を感度よく定量することが可能になり、劣化度測定に必要な試料も極めて少量にすることができる。
【0020】
また、定量化のための置換基を導入する工程として、誘導化試薬と縮合剤との組み合わせを採用することで、簡易な反応を採用することができるとともに、吸光光度計などの測定者の技量に影響されがたい機器を採用できる利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の樹脂の劣化度測定方法について、実施形態に基づき以下詳細に説明する。本発明が測定対象とする樹脂としてはテレフタルエステル系樹脂を主成分とする樹脂材料であり、テレフタルエステル系樹脂としてはポリブチレンテレフタレートや、ポリエチレンテレフタレートが例示できる。これらのテレフタルエステル系樹脂は劣化によりテレフタル酸とジアルコールとの間で分解され、テレフタル酸由来のカルボキシ基(末端カルボキシ基)が出現する。本測定方法はこの末端カルボキシ基に定量に適した置換基を導入した上で定量を行う方法である。そして測定対象の樹脂材料としては、テレフタルエステル系樹脂の単体はもちろんのこと、フィラー、酸化防止剤、着色剤などの添加剤や、表面に塗布された塗料、アロイ化した場合に混合した他のポリマーなどが存在するものであっても適用可能である。但し、後述する置換基結合工程、定量工程において、末端カルボキシ基の定量に影響を与える場合には、その影響を考慮した補正を行ったり、何らかの方法にて影響を与える物質を除去乃至無影響化することで本測定方法が適用できる。
【0022】
(第1実施形態)
本実施形態の樹脂の劣化度測定方法は樹脂溶液調製工程と置換基結合工程と定量工程と必要に応じて採用されるその他の工程とを有する。
【0023】
樹脂溶液調製工程は樹脂材料をヘキサフルオロイソプロパノールに常温にて溶解し樹脂溶液を得る工程である。樹脂材料としては測定を欲する部位のみ(例えば表面の劣化度を測定したい場合は表面のみ)を用いる。
【0024】
置換基結合工程は、溶解したテレフタルエステル系樹脂由来の末端カルボキシ基に対して、定量可能な置換基を結合する工程である。ここで、末端カルボキシ基に結合する置換基としては定量性が確保できるものが採用される。すなわち、一定の末端カルボキシ基に対して、比例する定量値が求められる置換基である。置換基が定量可能にする方法としては、何らかの波長に吸光度を有する置換基、放射性物質にてラベル化された置換基、酸化還元反応により変化可能な置換基、不対電子をもつ置換基などである。これらの置換基を結合させる反応としては特に限定されず、一般的なカルボキシ基の反応に関するものが採用できる。なお、吸光度の変化を伴う置換基としてはテレフタルエステル系樹脂が最初から有する吸収波長との重なりが少ないものを採用することが望ましい。具体的には310nm以上、更には320nm以上の波長に吸収を有するものが好ましい。
【0025】
ここで、置換基結合工程としては縮合剤を反応させる工程と誘導化試薬を反応させる工程とをもつことができる。ここで、縮合剤を採用する理由としては、定量可能な置換基をそのまま導入すると反応が進まないなどの消極的理由が挙げられる。
【0026】
誘導化試薬としては前述の一般式(1)又は(2)で示される化合物を採用することが望ましい。特に好ましい誘導化試薬としては、6−ニトロ−2−メルカプトベンゾチアゾール又は2−メルカプト−5−ニトロベンズイミダゾールが挙げられる。
【0027】
縮合剤は末端カルボキシ基と誘導化試薬とに反応することで反応を促進させる試薬である。縮合剤として好ましい化合物は誘導化試薬との関係で限定できないが、一般式(1)で示されるような化合物を誘導化試薬として採用する場合には上述の一般式(3)及び(4)で示される化合物の組み合わせを採用することが望ましい。
【0028】
一般式(3)の化合物において、Q1及びQ2はピリジル基、フェニル基及びシクロヘキシル基から選択されることが望ましい。特に、ピリジル基及びフェニル基から選択されることがより望ましい。そして、一般式(4)の化合物において、Rはフェニル基であることが望ましい。
【0029】
定量工程としては結合した置換基の種類に応じて変化する。結合した置換基を定量した結果から劣化度を算出するためには実際に劣化したテレフタルエステル系樹脂における劣化度を他の方法にて評価(例えば、引張強度が問題になる場合には引張試験)した結果から検量線を作成することで算出可能である。
【0030】
必要なその他の工程としては測定対象の樹脂材料の前処理などが例示できる。
【0031】
(第2実施形態)
本実施形態の樹脂の劣化度測定方法は、第1実施形態の樹脂の劣化度測定方法における溶解溶媒としてヘキサフルオロイソプロパノールの他の溶媒であっても採用した上で、溶解する温度として常温超を採用する方法である。常温超で溶解を行う結果、テレフタルエステル系樹脂の有る程度の劣化進行が不可避になるので常温超に曝した時間や条件に応じた補正を行う工程を付加したことで正確な劣化度の測定が実現できる。その他については(1)と同様であるので記載を省略する。
【実施例】
【0032】
・末端カルボキシ基の定量
被測定対象である樹脂材料として、試験試料1:PBT(新品)、試験試料2:PBT(150℃で24時間加水分解)、そして試験試料3:PBT(150℃で48時間加水分解)の3種類の試験試料を用意した。これらの試験試料それぞれ0.02gを溶解溶媒としてのヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)2mL中に溶解した(樹脂溶液調製工程)。
【0033】
その後、誘導化試薬としてのNMB0.02gと、縮合剤としての2,2’−ジピリジルジスルフィド(DPDS:NMBの1.5倍モル量)及びトリフェニルフォスフィン(TPP:NMBと等モル量)とを加えて、室温で20時間反応させた(置換基結合工程:縮合剤作用工程及び誘導化試薬反応工程)。
【0034】
この反応液をクロロホルム中に注ぎ入れて析出させ、析出した誘導体をミリポアフィルターでろ過し、クロロホルムで洗浄後、乾燥させた。得られた析出物を0.01g/mLでHFIPに溶解させ、波長322nmで吸光度を測定した(定量工程)。
【0035】
・引張試験
試験試料1〜3について、それぞれ引張試験を行った。引張試験は、厚み3.2mm、ダンベル平行長さ50mmの試験片を作成し、ASTM−D639に準拠して行った。試験速度は10mm/分、チャック間距離114mm、試験温度は23℃、0.5%歪み時の引張強度を測定した。
【0036】
・結果
それぞれの試験結果を表1及び図1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
表1及び図1より明らかなように、本発明方法で測定した吸光度の値は実際の劣化の程度をよく示す引張応力の値と非常に高い相関を示した。これは、本方法が劣化の結果、生成する末端カルボキシ基の量を直接的に測定しているためと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】実施例における試験結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
テレフタルエステル系樹脂を主成分とする樹脂材料をヘキサフルオロイソプロパノールを含む溶解溶媒に常温で溶解して樹脂溶液を調製する工程と、
前記テレフタルエステル系樹脂由来のテレフタル酸末端カルボキシ基に定量可能な置換基を結合する工程と、
前記定量可能な前記テレフタル酸末端カルボキシ基を定量する工程と、
を有する樹脂材料の劣化度測定方法。
【請求項2】
前記置換基結合工程は、
前記テレフタル酸末端カルボキシ基に結合でき且つ紫外線を吸収できる誘導化試薬及び前記テレフタル酸末端カルボキシ基と反応可能な縮合剤とを前記樹脂溶液中に添加する工程と、
前記誘導化試薬を前記樹脂溶液中にて反応させる工程と、
前記誘導化試薬と前記テレフタル酸末端カルボキシ基と縮合剤とを反応させる工程と、を有する請求項1に記載の樹脂の劣化度測定方法。
【請求項3】
前記各工程はすべて常温で行う請求項1又は2に記載の樹脂の劣化度測定方法。
【請求項4】
前記テレフタルエステル系樹脂の前記溶解溶媒として前記ヘキサフルオロイソプロパノールに加えて又は代えて、それ以外の溶媒を採用し、該溶解溶媒への溶解温度として、常温に代えて、常温超の温度で行い、
前記テレフタルエステル系樹脂を前記温度にて前記溶解溶媒中に放置する時間に応じた劣化度の補正を行う請求項1〜3のいずれかに記載の樹脂の劣化度測定方法。
【請求項5】
前記誘導化試薬は、下記一般式(1)で示される化合物である請求項2〜4のいずれかに記載の樹脂の劣化度測定方法。
【化1】

(式(1)中、Yは−S−又は−NH−であり;X14は水素、ニトロ基、アルコキシ基、フェニル基及び炭化水素基からそれぞれ独立して選択される)
【請求項6】
前記誘導化試薬としてはテレフタル酸末端カルボキシ基に結合した誘導体の紫外線吸収領域が320nm以上になる化学構造を有する化合物である請求項2〜5のいずれかに記載の樹脂の劣化度測定方法。
【請求項7】
前記誘導化試薬は、6−ニトロ−2−メルカプトベンゾチアゾール又は2−メルカプト−5−ニトロベンズイミダゾールである請求項5に記載の樹脂の劣化度測定方法。
【請求項8】
前記縮合剤は、一般式(3):Q1−SS−Q2(式(3)中、Q1及びQ2はピリジル基、フェニル基、シクロヘキシル基、並びに、ピリジル基、フェニル基及びシクロヘキシル基の任意の水素がアルキル基、アルコキシ基で置換された置換基から独立して選択される)で表される化合物と、一般式(4):PR3(式(4)中、Rは、フェニル基、シクロヘキシル基、シクロヘキシル基の任意の水素がアルキル基、ニトロ基、アルコキシ基、Brで置換された置換基、並びに、フェニル基のオルト位及び/又はパラ位の水素がニトロ基、アルキル基、アルコキシ基及び/又はBrで置換された置換基から独立して選択される)で示される化合物の組み合わせである請求項2〜7のいずれかに記載の樹脂の劣化度測定方法。

【図1】
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