説明

樹脂フィルムの加熱方法

【課題】炉内温度やフィルム温度の上昇を抑制しながら、共有結合に作用する近赤外線を集中的に放射し、樹脂フィルムを効率よく加熱することができる方法を提供する。
【解決手段】3.5μm以下の電磁波の吸収スペクトルを持つ樹脂フィルムFを炉体1の内部で走行させながら、赤外線ヒータ4により加熱する。赤外線ヒータ4はフィラメントの外周が3.5μm以上の赤外線を吸収する複数の管によって覆われ、これらの複数の管の間にヒータ表面温度の上昇を抑制する冷却用流体の流路を形成した構造であり、主波長が3.5μm以下の赤外線を照射し、炉内温度の上昇を抑制しつつ樹脂フィルムFを加熱する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線ヒータを用いた樹脂フィルムの加熱方法に関するものであり、更に詳細には、リチウムイオン電池のセパレータ等に使用されるポリエチレンフィルムやポリプロピレンフィルム等を効率よく加熱する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
成形された樹脂フィルムに対してアニーリング等の熱処理を施すために、加熱を要する場合がある。そのためには例えば特許文献1に示すように、樹脂フィルムをロールトゥロール方式により炉内を走行させながら、熱風吹き付けと赤外線照射によって加熱する方法が一般的である。その赤外線ヒータとしては、ガラス製の保護管の内部にフィラメントを収納した構造のもの(例えば特許文献2)が広く使用されている。
【0003】
加熱工程の生産性を高めるためには、赤外線ヒータから多くの熱量を樹脂フィルムに放射することが必要である。そこで従来は、赤外線ヒータのフィラメント温度を高め、放射エネルギーを増加させる方法を取るのが普通であった。フィラメント温度が高まると放射スペクトルのピークが短波長側に移行することが知られており、特にフィラメント温度を700℃以上とすると、図1に示すように放射スペクトルの主波長が近赤外線領域である3.5μm以下となる。このような近赤外線はポリエチレンフィルムやポリプロピレンフィルムの分子構造中の共有結合に作用し、効率よく乾燥を進行させることができる。
【0004】
ところが、赤外線ヒータのフィラメント温度を高めると、次第にその周囲を取り巻く保護管の温度も上昇し、保護管自体が放射体となって赤外線を放射することとなる。例えば保護管の温度が300℃となると、図1に示すように主波長が5μmの赤外線が炉内に放射されることで、樹脂フィルムとともに炉壁が加熱される。但しその条件ではねらいとする3.5μm以下の近赤外線領域の輻射エネルギーは微々たる量であるため、加熱効率が不十分である。
【0005】
そこで当該3.5μm以下の輻射エネルギーを増大させようとすると、遠赤外領域の輻射エネルギーも更に増大し、樹脂フィルム及び炉壁を過熱してしまう。このようにして炉内温度が上昇し過ぎて樹脂フィルムの軟化点を超えると、アニーリング等の熱処理を適切に施すことができなくなる。このため従来は、フィルム温度や炉内温度の上昇を抑制しながら、樹脂フィルムを効率的に加熱することはできなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−299216号公報
【特許文献2】特開2006−294337号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って本発明の目的は上記した従来の問題点を解決し、炉内温度やフィルム温度の上昇を抑制しながら、共有結合に作用する近赤外線を集中的に放射し、樹脂フィルムを効率よく加熱することができる樹脂フィルムの加熱方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するためになされた本発明の樹脂フィルムの加熱方法は、3.5μm以下の電磁波の吸収スペクトルを持つ樹脂フィルムを炉体の内部で走行させながら、フィラメントの外周が3.5μm以上の赤外線を吸収する複数の管によって覆われ、これらの複数の管の間にヒータ表面温度の上昇を抑制する冷却用流体の流路を形成した構造の赤外線ヒータから、主波長が3.5μm以下の赤外線を照射し、炉内温度の上昇を抑制しつつ樹脂フィルムを加熱することを特徴とするものである。
【0009】
好ましい実施形態においては、樹脂フィルムはリチウムイオン電池の電極隔壁として使用されるセパレータである。また樹脂フィルムはポリエチレンフィルムまたはポリプロピレンフィルムである。これらの樹脂フィルムを、ロールトゥロール方式により炉内を走行させることが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の樹脂フィルムの加熱方法においては、樹脂フィルムの加熱手段として、フィラメントの外周が3.5μm以上の赤外線を吸収する複数の管によって覆われ、これらの複数の管の間に赤外線ヒータの表面温度の上昇を抑制する冷却用流体の流路を形成した構造を有する赤外線ヒータを用いる。この赤外線ヒータはフィラメントを700〜1200℃の高温にして、分子中の共有結合に作用する3.5μm以下の短波長の赤外線を選択的に放射し、搬送手段によって炉内を走行する樹脂フィルムを効率的に加熱することができる。しかも冷却用流体により赤外線ヒータの表面温度の上昇を抑制するため、波長が3.5μm以上の長波長の赤外線による炉内温度の上昇を抑制することができ、エネルギーの無駄をなくすことができるとともに、乾燥対象物である樹脂フィルムや炉内温度の上昇を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】赤外線ヒータの放射スペクトルを示すグラフである。
【図2】本発明の実施形態の乾燥炉を示す断面図である。
【図3】本発明に用いられる赤外線ヒータの断面図である。
【図4】本発明に用いられる赤外線ヒータの放射スペクトルを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に図面を参照しつつ、本発明の実施形態を説明する。
図2は本発明に使用される乾燥炉を示す模式的な断面図であり、1はトンネル状の炉体、2はこの炉体1の入口側に設けられた払い出しロール、3は出口側に設けられた巻き取りロールである。樹脂フィルムFはいわゆるロールトゥロール方式により炉内を右方向に走行する。
【0013】
樹脂フィルムFは例えばリチウムイオン電池のセパレータ等に使用されるポリエチレンフィルムまたはポリプロピレンフィルムであり、何れも分子構造中に共有結合を有し、3.5μm以下の電磁波の吸収スペクトルを持つ。具体的には、ポリエチレンは2.7〜3.5μmに吸収域を持ち、ポリプロピレンは2.5〜3.3μmnに吸収域を持つ。
【0014】
炉体1の天井部には多数の赤外線ヒータ4が配置され、走行する樹脂フィルムFに赤外線を照射する。これらの赤外線ヒータ4は、図3に示すようにフィラメント5の外周が3.5μm以上の赤外線を吸収する複数の管6、7によって覆われた構造を持つ。内側の管6はフィラメント5の保護管であり、石英ガラス等の赤外線透過性のガラス管である。また外側の管7は3.5μm以上の赤外線を吸収する石英ガラスやホウケイ酸クラウンガラスなどからなり、ローパスフィルタとして機能するものである。
【0015】
製品物性に起因する上限温度が定められた加熱炉内において、共有結合を有する樹脂フィルムの加熱に効果的であると考えられる短波長(3.5μm以下)の赤外線ふく射が支配的になるように制御することは実際には容易ではない。その理由として、プランクの放射法則により、当該波長域を主体とする放射体の温度が最低でも700℃を超える高温になるという点が挙げられる。これにより炉内温度が上がると樹脂フィルムFが軟化し、目的とするアニーリングが行えなくなる。また仮に許容されたとしても、放射の理論面から以下のような問題点が推察される。
【0016】
まず当該高温の放射体からは、たしかに短波長の放射が優先的に放射されるが、一方でステファン・ボルツマンの法則により、単位面積あたりの放射エネルギーも莫大なものになる。そうすると、最終的には炉内各部において必要以上の温度上昇を招き、特に省エネルギー性や、搬送停止時における製品の耐熱性の面から、大量生産目的の乾燥プロセスとして成立させることが不可能であった。
【0017】
これに対して図3に示した形状のヒータにおいては、放射体が細いフィラメント形状をなしているため放射面積および熱容量がともに小さく、ヒータ1本あたりで見た場合「短波長の赤外線を少量放射する」という放射源としての特徴を持つことを意味する。すなわち、当該フィラメント自身の温度上昇が容易で、当該フィラメントの温度を変更し、さらにはヒータ設置本数(ピッチ)の調整により、炉内単位体積中での放射面積(総エネルギー生成量)の制御も容易である。また、700℃〜1200℃で通電しているフィラメントは通電を停止すれば瞬時に温度が低下するため、搬送停止時における安全性もきわめて高い。当該特徴に加えさらに管の冷却機構を導入することにより、前述の各問題が解消され、幅広い用途を前提とした乾燥炉内のふく射の波長制御が可能になる。
【0018】
フィラメント5は700〜1200℃に通電加熱され、図4に示すように波長が3μm付近にピークを持つ赤外線を放射するが、石英ガラスやホウ珪酸クラウンガラスなどは、3.5μm以下の波長の赤外線を透過し、ハッチングで示した3.5μm以上の波長の赤外線を吸収するローパスフィルタとしての機能を有するため、管6および管7はフィラメント5から放射された電磁波のうち、波長が3.5μm未満の赤外線を選択的に透過して炉内に供給する。この波長領域の赤外線エネルギーは樹脂フィルムFの分子中の共有結合の振動数とも合致するため、樹脂フィルムFを効率よく加熱することができる。
【0019】
しかし管6および管7は、3.5μmよりも長波長領域においては逆にふく射の吸収体となり、赤外線エネルギーを吸収することによりそれ自体が昇温する。前述の温度におけるフィラメント5からは3.5μmよりも長波長領域の赤外線も相当量放射されているため、そのままでは管温度が上昇する懸念が生ずる。またその結果、管自身も赤外線の放射体となり、主として3.5μmよりも長波長の赤外線を炉内に二次放射することは前述の通りである。このような長波長の赤外線は、3μm付近の赤外線に比較すると加熱効果への寄与低下が考えられるのみならず、炉内壁における当該赤外線の吸収による壁温度上昇を経由して炉内流体温度をも上昇させ、樹脂フィルムFの温度を過度に上昇させる恐れがある。
【0020】
そこで本発明では管6と管7との間の空間を、赤外線ヒータの表面温度の上昇を抑制する冷却用流体の流路8とし、冷却用流体を流す。これにより管6および管7に一旦吸収された長波長領域の赤外線のエネルギーを、対流熱伝達の形で変換して冷却流体に伝達し系外に除去することが可能になる。その結果、最終的に炉内に供給される赤外線の波長を短波長域に限定するとともに、フィラメント5が高温で継続的に通電加熱されている状況においても、管6および管7、とりわけ外側の管7を200℃以下、より好ましくは150℃以下に維持することが可能になる。
【0021】
冷却流体は例えば空気、不活性ガスなどであるが、本実施形態では流体供給口9から空気を吹き込み、加熱された空気を流体排出口10から取り出している。なお、流体排出口10から取り出された空気は100℃以上の熱風となる場合もあるから、炉内に供給する等の有効利用を図ることが好ましい。
【0022】
このような構造の赤外線ヒータ4は、波長が3.5μm未満の赤外線を選択的に炉内に供給することができ、しかも赤外線ヒータ4の表面温度は低温に保たれているので、炉内温度の上昇を抑制することができる。このため樹脂フィルムFの過熱も防止される。また炉体1の内壁を赤外線放射率の小さい反射性材料により構成すれば、炉壁の昇温をより効果的に抑制することができる。そのような材料としては例えば、光沢のあるステンレス鋼板を使用することができる。
【0023】
上記した赤外線ヒータ4のほか、炉内底部には熱風を樹脂フィルムFに向かって吹き付けるための熱風噴出手段11を多数配置し、熱風による乾燥を併用することが好ましい。これらの熱風噴出手段11は炉内で樹脂フィルムFを支持する手段としても機能する。これらの熱風噴出手段は炉体1の天井面にも形成し、炉内を走行する樹脂フィルムFの上面及び下面から熱風を吹き付けるようにしておくことができる。しかしこの点は本発明の要部ではなく、適宜変更することが可能である。
【0024】
セパレータ用ポリエチレンフィルムの加熱における代表的なヒータの設定例を表1に示す。ヒータ表面温度の設定温度としてはフィラメント温度ではなく外側の管7の温度を示す。放射赤外線の主体部分は中心のフィラメントから放射され、管7を透過して外部に出てくるものなので、管7の温度が低くとも加熱効果において全く問題ない。実際の運用時には、ヒータへの通電量(w)、気体流量により制御することも可能である。
【0025】
【表1】

【0026】
上記した実施形態では図2に示すように、炉体1を入口側から3ゾーンに区画し、異なる個数の赤外線ヒータ4を配置したが、このようなレイアウトは加熱対象物の性状に応じて適宜変更が可能であり、例えば炉内全体を単一ゾーンとしたり、同一ゾーン内においても赤外線ヒータ4のピッチを変えたりすることができる。また上記した実施形態では図2に示すように、樹脂フィルムFの下面を熱風噴出手段11からの熱風により支持させたが、ロールで支持させたりするなど適宜変更が可能である。
【0027】
以上に説明したように、本発明によれば、炉内温度やワーク表面温度の上昇を抑制しながら、分子間の共有結合に作用する近赤外線を集中的に放射し、樹脂フィルムを効率よく乾燥することができる。
【実施例】
【0028】
従来型の赤外線ヒータと、本発明による赤外線ヒータを各々同一の加熱装置に設置してアニーリングの効果を比較した。フィルム表面のキープ温度を120℃、キープ時間を30秒、昇温時間を10秒、冷却時間を5秒となるように各ヒータ発熱条件を調整した状態で、フィルムを加熱装置内で搬送させてアニーリングさせた。アニーリング効果は、キープ時間を3分滞在させた状態を100、アニール前の状態を1として定量する。その結果は、従来型の赤外線ヒータで90のアニーリング効果であり、本発明による赤外線ヒータで97のアニーリング効果を示した。同一の温度履歴であっても本発明による赤外線ヒータの効果が確認された。
【符号の説明】
【0029】
1 炉体
2 払い出しロール
3 巻き取りロール
4 赤外線ヒータ
5 フィラメント
6 内側の管
7 外側の管
8 冷却用流体の流路
9 流体供給口
10 流体排出口
11 熱風噴出手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
3.5μm以下の電磁波の吸収スペクトルを持つ樹脂フィルムを炉体の内部で走行させながら、フィラメントの外周が3.5μm以上の赤外線を吸収する複数の管によって覆われ、これらの複数の管の間にヒータ表面温度の上昇を抑制する冷却用流体の流路を形成した構造の赤外線ヒータから、主波長が3.5μm以下の赤外線を照射し、炉内温度の上昇を抑制しつつ樹脂フィルムを加熱することを特徴とする樹脂フィルムの加熱方法。
【請求項2】
樹脂フィルムが、電池の電極隔壁として使用されるセパレータであることを特徴とする請求項1に記載の樹脂フィルムの加熱方法。
【請求項3】
樹脂フィルムが、ポリエチレンフィルムまたはポリプロピレンフィルムであることを特徴とする請求項2に記載の樹脂フィルムの加熱方法。
【請求項4】
樹脂フィルムを、ロールトゥロール方式により炉内を走行させることを特徴とする請求項1に記載の樹脂フィルムの加熱方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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