説明

機械パルプの退色性改善方法

【課題】 十分な退色抑制効果が短時間に達成できる環境に優しい機械パルプの退色性改善方法と退色性が改善されたパルプを提供すること。
【解決手段】 リグニンを含有するユーカリ属由来の漂白済み機械パルプをアルカリ・ニトロベンゼン酸化処理して生成するシリンガアルデヒドとバニリンの重量比(S/V)が2.5以上である機械パルプを製造し、次いで、還元剤存在下で紫外又は可視光を照射することを特徴とする機械パルプの退色性改善方法。

【発明の詳細な説明】
【発明の属する技術分野】
【0001】
本発明は、機械パルプの退色性を改善する方法に関し、更に詳しくはE.globulus由来の機械パルプの退色性改善方法、及び該方法に退色性が改善されたパルプに関する。
【従来の技術】
【0002】
機械パルプは木材を摩砕して繊維化するため、パルプ収率は90〜95%に達する。そのため、機械パルプの用途拡大は森林資源の有効利用に繋がる。しかし、機械パルプは経時による白色度の低下、すなわち退色の問題があるため、特に白色度が高い、また保存性が要求される印刷用紙や記録用紙へ使用が限定されている。機械パルプの退色は、その過酸化水素漂白時に酸化されたリグニンからハイドロキノンが生成し、このハイドロキノンは容易に酸化されキノンとなることで、強い着色を呈することが大きな要因の一つである。また、ハイドロキノンは漂白を強化するほど生成量が多くなるため、高白色度を有する機械パルプほど退色は激しくなる。さらに、機械パルプ中に含まれる酸化されずに残っているリグニンも、紫外光より励起、酸化分解することでキノン系化合物が新たに生成し、着色を呈する。従って、機械パルプ退色の主要因はキノン系化合物であり、このキノン系化合物を予め分解・除去することができれば、機械パルプの退色を抑制でき、その用途を大幅に広げることが可能となる。
【0003】
この問題を解決するために、古くから数多くの提案がなされており、例えば、水溶性紫外線吸収剤と光安定剤を併用する方法(非特許文献1)、機械パルプ中のリグニンが有する芳香環を還元する方法(非特許文献2)等が検討されている。しかしながら、紫外線吸収剤等も紫外線により劣化するため、その効果は長期にわたり持続しない欠点を有する。一方、リグニン芳香環の還元にロジウム系触媒を用いた場合、木材から単離したリグニンの芳香環水素化反応を室温、アルコール水溶液中で行った結果、芳香環を部分的水素化するのに5日間という長期間を要し、さらに、使用する触媒がエマルションであるため、パルプ繊維内に存在するリグニンと直接反応することは極めて困難であると考えられる。従って、従来の方法は、いずれの場合も十分な退色抑制効果が得られない、処理時間が長い、経済性、実用性がないといった問題点を抱えているのが現状である。
【0004】
本発明者らは、還元剤等の助剤の存在下で、機械パルプに紫外・可視レーザー光を照射すると顕著な退色抑制効果があることを既に見出している(特許文献1)。大量の機械パルプを処理する場合、照射面積の小さいレーザーでは効率が悪く、高出力タイプの低圧若しくは中圧(高圧)紫外線ランプ等の使用が適している。しかしながら、紫外線ランプでレーザーと同等の機械パルプの退色抑制効果を得ようとすると、長時間の紫外線照射処理が必要となり、それに付随して著量の還元剤を消費するため経済性・実用性に課題があった。
【特許文献1】WO2004/042139号公報
【非特許文献1】Yuan, Z., et al.,J. Pulp Paper Sci., 28(5),159(2002)
【非特許文献2】Hu, T. Q., et al.,J. Pulp Paper Sci., 25(9),312(1999)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、十分な退色抑制効果が短時間に達成できる環境に優しい機械パルプの退色性改善方法と退色性が改善されたパルプを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、かかる従来技術の難点を解消するために鋭意検討した結果、リグニンを含有するユーカリ属由来の漂白済み機械パルプをアルカリ・ニトロベンゼン酸化処理して生成するシリンガアルデヒドとバニリンの重量比(S/V)が2.5以上、好ましくは、3.0以上である機械パルプを製造し、次いで、還元剤、好ましくは水素化ホウ素化合物の存在下で紫外線ランプによる存在下で紫外又は可視光を照射することにより、その目的が達成し得ることを見出し、その知見に基づき本発明をなすに至った。
【発明の効果】
【0007】
本発明では、アルカリ・ニトロベンゼン酸化のよって生成したシリンガアルデヒドとバニリンの比(S/V比)が2.5以上の漂白済みのユーカリ由来の機械パルプに対して、還元剤共存下で紫外光又は可視光を照射することで、従来法である紫外線レーザー処理では困難であった機械パルプを大量、かつ高効率で退色抑制処理することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の退色性改善の対象となるパルプには、リグニンの酸化分解反応であるアルカリ・ニトロベンゼン酸化で得られるシリンガアルデヒド(S)とバニリン(V)の比(S/V比)が2.5以上であるユーカリ由来の漂白処理した機械パルプである。シリンガアルデヒドはリグニンのシリンギル核、バニリンはリグニンのグアイヤシル核から各々アルカリ・ニトロベンゼン酸化によって生じるもので、シリンガアルデヒド、バニリンを定量することによってリグニン中のシリンギル核、グアイヤシル核の存在比を推定できる。シリンギル核含有率が高く、S/V比が2.5以上を期待できるユーカリ属としては、E.globulus、E.nitens、E.regnans、E.gigantea、E.diversicolor、E.maculata等が挙げられる。特に、E.globulusはS/V比が3.0〜5.0と非常に高く、本発明による退色抑制効果に優れるのみならず、パルプの白色度、密度、強度のバランスに優れる。ただし、前記ユーカリ属の樹種であっても樹齢や生育環境によりS/V比が変動することがあるので、ユーカリ属であれば必ずS/V比が2.5以上になるわけではない。また、ユーカリ属以外のS/V比が2.5以上の広葉樹由来の漂白済み機械パルプに本発明を適用しても、退色性の改善は不十分であった。
【0009】
本発明の漂白済み機械パルプとは、丸太を原料としグラインダーによりパルプ化を行う砕木パルプ(GPあるいはSGWと標記される)、加圧砕木パルプ(PGW)、木材チップを原料としリファイナーによりパルプ化を行うリファイナーメカニカルパルプ(RGPあるいはRMP)、アルカリ過酸化水素機械パルプ(APMP)、サーモメカニカルパルプ(TMP)、ケミサーモメカニカルパルプ(CTMP)、アルカリ過酸化水素サーモメカニカルパルプ(APTMP)などが挙げられる。本発明では、これらの機械パルプをさらに過酸化水素、オゾン、過酢酸、次亜塩素酸等の酸化剤、あるいはハイドロサルファイト(亜二チオン酸ナトリウム)、硫酸水素ナトリウム、水素化ホウ素ナトリウム、ホルムアミジンスルフィン酸(FAS)等の還元剤により漂白したものである。
【0010】
本発明で用いる還元剤としては、漂白剤・脱色剤として使用されている従来公知の還元剤を全て使用することができる。特に、リグニンの光還元能力に優れ、かつ水溶性である水素化ホウ素化合物、例えば水素化ホウ素ナトリウムの使用が好ましい。また、本発明で使用する溶媒として環境面を考慮すると、水を使用することが好ましい。水素化ホウ素化合物は酸性及び中性水で分解し易いため、この無効分解を抑制すれば、還元剤の使用量を減らすことができる。従って、その最も安価で簡便な方法は予めpHをアルカリ性(8.0〜12.0)にすればよい。アルカリ試薬としては水酸化ナトリウム等、液性がアルカリ性になればよく、特に限定されない。還元剤の使用量は、溶媒に対する添加剤の飽和濃度以下であれば特に制限はないが、好ましくは溶媒に対して、0.01〜40重量%、より好ましくは0.1〜20重量%とするのが適当である。
【0011】
紫外光又は可視光としては、特別な制約はないが、波長が180〜800nm、好ましくは200〜500nm程度のものを用いることが望ましい。これはリグニン、パラキノン、オルソキノンの最大吸収波長がそれぞれ280nm、360nm、390〜410nmであるためである。機械パルプを大量に処理する点から鑑みて、その光源としては低圧水銀ランプ、中圧水銀ランプ、高圧水銀ランプ、無電極ランプ、キセノンフラッシュランプ、発光LED等の通常の光源を用いることが望ましい。
【0012】
光照射強度に特に制限はないが、短時間で処理するにはランプ表面における照度として50mW/cm以上が好ましい。光照射処理の際の温度には特に制限はないが、還元剤の熱分解と機械パルプの熱退色をできるだけ抑制するのは、30〜60℃であることが好ましい。光照射時間は、原料パルプに含まれる潜在的着色物質量、還元剤の種類やその濃度さらには、照射紫外又は可視光の種類や光強度等を考慮することにより適宜定められるが、通常、1〜3時間あれば充分である。
【0013】
本発明は、ユーカリ由来の漂白済みの機械パルプを還元剤の存在下で紫外光又は可視光を照射すればよく、特にその実施の態様に制限はない。好ましい実施の態様としては、原料パルプを還元剤を含む水に分散した後、紫外又は可視光を照射する方法が挙げられる。
【0014】
本発明の退色性の改善されたユーカリ由来の漂白済みの機械パルプは紙に好適に使用される。紙の用途としては、書籍用紙の他、オフセット印刷用紙、凸版印刷用紙、グラビア印刷用紙、新聞印刷用紙、電子写真用紙、あるいは塗工紙、インクジェット記録用紙、感熱記録紙、感圧記録紙等の原紙として使用することができる。
【0015】
本発明のパルプを含有する紙は、原料パルプとして化学パルプ、機械パルプ、脱墨パルプを単独または任意の割合で混合して使用してもよい。抄紙時のpHは酸性、中性、アルカリ性のいずれでもよい。
【0016】
本発明のパルプを含有する紙には、紙力増強剤を含有させることができる。紙力増強剤としては、澱粉、加工澱粉、ポリアクリルアミド、ポリビニルアルコール、ポリアミド・ポリアミン系樹脂、尿素・ホルマリン系樹脂、メラミン・ホルマリン系樹脂、ポリエチレンイミンなどが例示される。紙力増強剤の含有量としては、パルプ絶乾重量当り0.1重量%以上2重量%以下が好ましい。
【0017】
また、本発明のパルプを含有する紙は填料を含有してもよい。填料としては、ホワイトカーボン、タルク、カオリン、クレー、重質炭酸カルシウム、軽質炭酸カルシウム、酸化チタン、合成樹脂填料等の公知の填料を使用することができる。
【0018】
さらに、本発明のパルプを含有する紙は、必要に応じて硫酸バンド、サイズ剤、歩留まり向上剤、濾水性向上剤、着色剤、染料、消泡剤、嵩高剤、蛍光増白剤等を含有してもよい。
【0019】
本発明のパルプを含有する紙は、全く塗工処理をしていないか、あるいは顔料を含まない表面処理剤を塗工してもよい。非塗工用紙の場合、表面強度やサイズ性向上の目的で、水溶性高分子を主成分とする表面処理剤を塗工することが望ましい。水溶性高分子としては、澱粉、加工澱粉、ポリアクリルアミド、ポリビニルアルコール等の表面処理剤として通常使用されるものを単独、あるいはこれらの混合物を使用することができる。また、表面処理剤の中には、水溶性高分子の他に耐水性、表面強度向上を目的とした紙力増強剤やサイズ性付与を目的とした外添サイズ剤を添加することができる。表面処理剤の塗布量としては、表面処理剤は、2ロールサイズプレスコーター、ゲートロールコーター、ブレードメタリングコーター、ロッドメタリングコーター等の塗工機によって塗布することができる。表面処理剤の塗布量としては、片面当り0.1g/m以上3g/m以下が好ましい。
[作用]
本発明によるユーカリ由来の機械パルプが退色抑制に優れる理由について以下のように推察している。広葉樹材のキセノンランプ照射による光劣化に関する研究から、リグニンのグアイヤシル核のほうがシリンギル核よりも光分解を受け易いことが分かっている(Colom,X., et al.,Polym.Degradation Stab., 80(3),543(2003))。また、光照射した木材からの化学発光と生成ラジカル量、カルボニル基量、光変色との関係を調査した結果、グアイヤシル核のみを有する針葉樹は、グアイヤシル核及びシリンギル核を有する広葉樹よりも光照射で濃色化し、ラジカルや光増感剤となるカルボニル基の生成量が大きいことが分かっている(ケミルミネッセンス、化学発光の基礎・応用事例、大澤善次郎(著)、2003、丸善書籍)。さらに、広葉樹由来の機械パルプ表面に局在するリグニン量をESCA分析で定量したところ、ユーカリ由来の機械パルプはポプラあるいはカンバ由来の機械パルプよりも少ないこと、及びパルプ表面のリグニンは脂溶性抽出成分で被覆され難いことが示唆されている(Widsten, P., et al., Holzforschung,56(1),51(2002))。これら一連の研究結果から、シリンギル核を豊富に含むユーカリ由来の機械パルプは光で退色し難く、パルプ表面に局在するリグニンは光還元反応を受け易いことが推測できる。
【実施例】
【0020】
次に実施例に基づき、本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものでえはない。実施例、比較例で得られた機械パルプについて、白色度測定、光退色試験を以下に従って行った。
・パルプの白色度測定: パルプを離解した後、JIS P 8222に従って坪量60g/mの手抄きシートを作製し、JIS P 8148に準じてパルプのISO白色度を測定した。
・光退色試験: キセノンランプウェザーメーターを用いて行った。キセノンランプから発生する紫外線を1時間サンプルに照射した後、ISO白色度(JIS P 8148)を測定した。退色試験は温度30℃、光量67W/mで実施した。
・アルカリ・ニトロベンゼン酸化によるシリンガアルデヒドとバニリンの比(S/V比)の測定: アセトン−水(10:1,v/v)で前抽出した試料400mgを2N水酸化ナトリウム水溶液6mLおよびニトロベンゼン0.5mLと共に20−mL容ステンレスオートクレーブに封入し、170℃、2時間、振とうしながら処理した。処理後、内容物はガラスフィルターでろ別し、ろ液をジクロロメタンで抽出し、過剰のニトロベンゼンを除去した。水層は1N塩酸でpH2とした後、内部標準として3-エトキシ-4-ハイドロキシベンズアルデヒドを含むジクロロメタン1mLを加え、ジクロロメタンでニトロベンゼン酸化分解物を抽出した。減圧乾燥した後、トリメチルシリル化してガスクロマトグラフィーでバニリンとシリンガアルデヒドを定量し、S/V比を算出した。
[実施例1]
E.globulus由来の漂白済み機械パルプをサンプルとした。このパルプをアルカリ・ニトロベンゼン酸化処理したところ、S/V比は2.6であった。サンプル40g(絶乾)を含む固形分濃度2重量%のパルプスラリー(総容量2L)に水素化ホウ素ナトリウムを2g(対パルプ5重量%)添加した後、400W高圧水銀ランプ(ランプ表面照度:365nmは200mW/cm以上、254nmは46mW/cm)を30分間攪拌下で照射した。紫外線照射終了後、サンプルを水洗し、手抄きシートを作製し、白色度を測定した。また、手抄きシートはさらに退色試験を行った後、白色度を測定した。
[実施例2]
実施例1において、S/V比が5.0であるE.globulus由来の機械パルプに代えた以外は同様の操作を行った。
[実施例3]
実施例1において、500W低圧水銀ランプ(ランプ表面照度:254nmは50mW/cm)に代えた以外は同様の操作を行った。
[実施例4]
実施例1において、E.regnans(S/V比は2.8)を用いた以外は同様の操作を行った。
[比較例1]
実施例1において、S/V比1.8のE.globulus由来の漂白済み機械パルプを用いた以外は同様の操作を行った。
[比較例2]
実施例2において、S/V比2.6のポプラ由来の漂白済み機械パルプを用いた以外は同様の操作を行った。
【0021】
結果を表1に示した。
【0022】
【表1】

【0023】
実施例のS/V比が2.5以上のユーカリ由来の機械パルプに水素化ホウ素ナトリウム共存下で紫外線ランプで紫外光を照射すると、退色し難くなることが明らかとなった。特に、E.globulusの退色抑制効果は顕著であった。一方、比較例1に示されるようにE.globulusであってもS/V比が2.5未満であれば、本発明を適用しても退色抑制効果は不十分であった。また、比較例2に示されるようにS/V比が2.5以上でもユーカリ以外の広葉樹に本発明を適用しても退色抑制効果は不十分であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグニンを含有するユーカリ属由来の漂白済み機械パルプをアルカリ・ニトロベンゼン酸化処理して生成するシリンガアルデヒドとバニリンの重量比(S/V)が2.5以上である機械パルプを製造し、次いで、還元剤存在下で紫外又は可視光を照射することを特徴とする機械パルプの退色性改善方法。
【請求項2】
漂白済み機械パルプがEucalyptus globulus由来の機械パルプであることを特徴とする請求項1記載の機械パルプの退色性改善方法。
【請求項3】
還元剤が水素化ホウ素化合物であることを特徴とする請求項1ないし2いずれか記載の機械パルプの退色性改善方法。
【請求項4】
請求項1〜3いずれか記載の方法で退色性が改善されたユーカリ属由来の漂白済機械パルプ。