説明

毛髪特性データの取得方法および取得装置

【課題】毛髪特性を記述するための定量的な情報を簡便に取得する方法を提供する。
【解決手段】毛髪特性データの取得方法は、画像取得工程とデータ取得工程とを含む。画像取得工程では、ヒトの毛髪50に含まれるコルテックス細胞52を構成する複数種類の繊維状組織(オルト細胞52a、パラ細胞52b)が互いに識別可能に可視化された、毛髪50の断面画像を取得する。データ取得工程では、可視化された複数種類の繊維状組織(オルト細胞52a、パラ細胞52b)の分布状態を示す数値情報を断面画像より取得する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、毛髪特性データの取得方法および取得装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、毛髪のくせ毛の程度を客観的に記述するために、カール半径やカール曲率などがその指標として用いられている(非特許文献1)。また、毛髪のハリ・コシや柔らかさなどの感触に関わる毛髪の物性を客観的に記述するために、毛髪の太さや引張り弾性、曲げ応力などがその指標として用いられている(非特許文献2)。
【0003】
カール半径やカール曲率は、一般に、一本の毛髪の全体的な湾曲形状を実測して算出する。このほか、くせ毛の評価方法としては、毛髪に対する有機物や無機塩類の浸透速度を解析する方法が知られている(特許文献1)。また、コルテックス細胞を構成する繊維状組織の束に着目し、毛髪の断面画像から、この束に含まれるアミドI(C=O結合)とアミドII(N−H結合)の吸光度の比を求めてくせ毛の程度を評価する方法も提案されている(特許文献2)。
【0004】
ヒトの毛髪(頭髪)は、毛髪表面を覆う鱗状(層状)のキューティクル細胞と、毛髪内部の大部分を占める繊維状のコルテックス細胞と、毛髪中心部に存在する多孔質のメデュラを構成するメデュラ細胞とから成る。このうち、毛髪内部に存在するコルテックス細胞には、羊毛のパラコルテックス細胞に類似した細胞と、羊毛のオルトコルテックス細胞に類似した細胞の少なくとも2種類のコルテックス細胞があると言われている(非特許文献3)。
【0005】
非特許文献3では、これらの2種類のコルテックス細胞の存在比と毛髪の形状との関係について、アジア人毛(モンゴロイド)、白人毛(コーカシアン)、エチオピア人毛(アフリカン)に大別して、人種ごとの毛髪のくせの傾向と、2種類のコルテックス細胞の存在比との間に一定の傾向があることが記載されている。
非特許文献4に関しては後述する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平9−178738号公報
【特許文献2】特開2006−170915号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】R. De la Mettrie, et al.著,Human Biology,Vol.79 No.3,pp.265-281,2007年
【非特許文献2】C.R. Robbins著、"Chemical and Physical Behavior of Human Hair" 4th Ed.,Springer-Verlag New York Inc.,pp.386-473,2002年
【非特許文献3】"Morphology and histochemistry of human hair" in "Formation and Structure of Human Hair",A. J. Swift著,P. Jolles, H. Zahn, and H. Hocker, Eds.,Birkhauser Verlag,Basel,pp.149-175,1997年
【非特許文献4】W. G. Bryson, et al.著,Journal of Structural Biology,Vol.166,pp.46-58,2009年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1、2に記載の評価方法では、コルテックス細胞を複数種類の細胞に区別して評価していないため、毛髪特性を正確に定量化することが困難であった。
また、非特許文献3には、ヒトの毛髪を構成する複数種類のコルテックス細胞の存在比が毛髪特性に対して一定の寄与をしていることが示されているものの、毛髪特性を記述するための定量的な考察は、いまだなされていなかった。
【0009】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、毛髪特性を記述するための定量的な情報を簡便に取得するための方法および装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の毛髪特性データの取得方法は、ヒトの毛髪に含まれるコルテックス細胞を構成する複数種類の繊維状組織が互いに識別可能に可視化された、前記毛髪の断面画像を取得する画像取得工程と、可視化された前記複数種類の繊維状組織の分布状態を示す数値情報を前記断面画像より取得するデータ取得工程と、を含む。
【0011】
また本発明の毛髪特性データの取得装置は、ヒトの毛髪に含まれるコルテックス細胞を構成する複数種類の繊維状組織が互いに識別可能に可視化された、前記毛髪の断面画像を取得する画像取得手段と、可視化された前記複数種類の繊維状組織の分布状態を示す数値情報を前記断面画像より取得するデータ取得手段と、を含む。
【0012】
なお、上記発明において、毛髪の断面画像とは、毛髪軸に対して交差する方向の断面(横断面)の画像をいう。また、対象の毛髪のコルテックス細胞を構成する繊維状組織の径方向に関する分布状態が把握できる画像であるかぎり、当該毛髪の物理的な切断面に関する画像であってもよく、または透過画像でもよい。
また、毛髪の断面画像において複数種類の繊維状組織が互いに識別可能に可視化されているとは、目視または画像処理手段により当該複数種類の繊維状組織が互いに識別されることをいう。
【0013】
なお、本発明の各種の構成要素(手段)は、個々に独立した存在である必要はなく、複数の構成要素が一個の部材として形成されていること、一つの構成要素が複数の部材で形成されていること、ある構成要素が他の構成要素の一部であること、ある構成要素の一部と他の構成要素の一部とが重複していること、等でもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明にかかる毛髪特性データの取得技術によれば、コルテックス細胞を構成する繊維状組織の分布状態が数値情報として取得されるため、毛髪特性の定量的な評価や、適切な毛髪処理方法やヘアケア剤の客観的な選択が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の第一実施形態にかかるデータ取得装置の一例を示すブロック図である。
【図2】ヒトの毛髪の断面模式図である。
【図3】実施例1における毛髪断面の全体画像である。
【図4】図3の拡大図であり、キューティクル細胞を示す図である。
【図5】図3の拡大図であり、コルテックス細胞のうちパラ細胞(詳細後述)に分類される細胞を示す図である。
【図6】図3の拡大図であり、コルテックス細胞のうちオルト細胞(詳細後述)に分類される細胞を示す図である。
【図7】図3の拡大図であり、メデュラ細胞を示す図である。
【図8】実施例1の可視化画像である。
【図9】実施例2における毛髪断面の全体画像である。
【図10】実施例2の可視化画像である。
【図11】実施例3における毛髪断面の全体画像である。
【図12】図11のR値の画像である。
【図13】図11のG値の画像である。
【図14】図11のB値の画像である。
【図15】実施例3の可視化画像である。
【図16】実施例4における毛髪断面の全体画像である。
【図17】図16のR値の画像である。
【図18】図16のG値の画像である。
【図19】図16のB値の画像である。
【図20】実施例4の可視化画像である。
【図21】(a)は基準毛に関するカール半径と重心間距離との関係を示す散布図および検量線データであり、(b)は基準毛に関する曲げ弾性率とパラ細胞(詳細後述)の存在比率との関係を示す散布図および検量線データである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。尚、すべての図面において、同様な構成要素には同様の符号を付し、適宜説明を省略する。
【0017】
<第一実施形態>
図1は、本実施形態にかかる毛髪特性データの取得装置(データ取得装置100)の一例を示すブロック図である。
【0018】
はじめに、本実施形態のデータ取得装置100の概要について説明する。
データ取得装置100は、ヒトの毛髪のコルテックス細胞を構成する複数種類の繊維状組織が互いに識別可能に可視化された、毛髪の断面画像を取得する画像取得部10と、可視化された複数種類の繊維状組織の分布状態を示す数値情報を断面画像より取得するデータ取得部20と、を含む。
【0019】
図1に例示するデータ取得装置100は、画像取得部10としてのデジタルカメラ11と、データ取得部20としてのパソコン本体21とが、通信回線30によって接続されてなる。
画像取得部10は、ヒトの毛髪(図1には図示せず)の断面画像を取得してデータ取得部20に送信する。画像取得部10としては種々の手段を用いることができ、デジタルカメラ11はその例示である。
画像取得部10としては、デジタルカメラ11に代えて、イメージスキャナ12を使用してもよい。すなわち、毛髪の断面写真を撮影し、これをイメージスキャナ12によって画像情報に変換してデータ取得部20に送信してもよい。
また、毛髪の断面画像は、ウェブサーバ(図示せず)に格納された断面画像を、インターネット13および通信回線30を通じてデータ取得部20に送信してもよい。かかる場合、ウェブサーバおよびインターネット13が画像取得部10として機能する。
【0020】
本実施形態のデータ取得部20は、具体的には、所定の演算機能を備え、演算部および記憶部として機能するパソコン本体21である。データ取得部20には、情報入力部としてのキーボード22、および情報出力部としてのディスプレイ40が付随している。
情報出力部は、コルテックス細胞を構成する繊維状組織の分布状態や、毛髪特性の評価結果を出力する。
情報出力部としては、ディスプレイ40のほか、通信回線30を介してデータ取得部20に接続されたプリンタ41やインターネット13を用いてもよい。
【0021】
次に、本実施形態の毛髪特性データの取得方法(以下、本方法という場合がある)について詳細に説明する。
本方法は、画像取得工程とデータ取得工程とを含む。
画像取得工程では、ヒトの毛髪に含まれるコルテックス細胞を構成する複数種類の繊維状組織が互いに識別可能に可視化された、毛髪の断面画像を取得する。
データ取得工程では、可視化された複数種類の繊維状組織の分布状態を示す数値情報を断面画像より取得する。
【0022】
以下、各工程について詳細に説明する。
【0023】
<画像取得工程>
この工程では、任意の被験者の毛髪の断面画像を取得して、毛髪内部の細胞の形態または構造、物性、蛋白組成、化学組成などを示す情報を画像情報として取得する。
より具体的には、ヒトの毛髪に含まれるコルテックス細胞を構成する複数種類の繊維状組織を互いに識別可能に可視化する工程(可視化工程)と、毛髪の断面画像を取得する工程(撮影工程)とを含む。
【0024】
画像取得工程の具体例は後述する。可視化工程と撮影工程との先後は任意であり、同時に行ってもよい。
具体的には、毛髪の断面を染色するなどして可視化工程を行い、予め繊維状組織を互いに識別可能に可視化した状態で、毛髪の断面画像を画像取得部10で取得してもよい。この場合、可視化工程の後に撮影工程を画像取得部10で行うこととなる。後述の染色法、遺伝子観察法がこれに該当する。
また、毛髪の断面の可視化工程と断面画像の撮影工程を同時に行ってもよい。後述のスペクトル測定法やX線散乱法がこれに該当する。
また、目視では繊維状組織が互いに識別できない状態の毛髪について、その断面画像を画像取得部10で撮影し、その後に画像処理によって繊維状組織を識別可能に可視化してもよい。この場合、撮影工程を画像取得部10で行い、可視化工程をデータ取得部20で行うこととなる。後述のTEM観察法、マイクロプローブ観察法がこれに該当する。
【0025】
ここで、ヒトの毛髪の構造について説明する。図2はヒトの毛髪50の一部を示す断面模式図である。
図2に示すように、毛髪50は、その表面を覆う鱗状(層状)のキューティクル細胞51と、毛髪50の内部の大部分を占める繊維状のコルテックス(毛皮質)細胞52と、毛髪中心部に存在するメデュラ(毛髄質)53を構成するメデュラ細胞54とからなる。
日本人の毛髪は、メデュラ53がスポンジ状に多孔質化している場合が多い。また、羊毛は主にキューティクル細胞51とコルテックス細胞52からなり、多くの場合、メデュラ53を含んでいない点でヒトの毛髪と相違する。
【0026】
コルテックス細胞52は、人毛の主要な部分を構成し、細胞と細胞間結合物質を含んでいる。コルテックス細胞52には、後述するオルト細胞52aおよびパラ細胞52bのほか、異型コルテックス細胞などを含んでいる。オルト細胞52aとパラ細胞52bは、メデュラ53の周囲において、それぞれ繊維状組織を構成している。
【0027】
コルテックス細胞52は、マクロフィブリル55と呼ばれる直径0.1〜0.6μm程度の繊維単位が束状に寄せ集まって構成されている。
マクロフィブリル55は、さらに細径(直径約7nm)の中間径フィラメント(IF)が束状に寄せ集まって構成されている。
【0028】
本発明では、ヒトの毛髪50のコルテックス細胞52のうち、コルテックス細胞内の複数のマクロフィブリル55が融合し、比較的大きなミクロンオーダーのドメインを形成している細胞を、パラ細胞52bと呼ぶ。パラ細胞52bを形成するマクロフィブリル55の内部では、多数の中間径フィラメント(IF)が毛髪軸方向にほぼ平行に配向している。
一方、コルテックス細胞52のうち、サブミクロンオーダーのサイズの複数のマクロフィブリル55が、個々の形態を維持したまま寄せ集まっている細胞をオルト細胞52aと呼ぶ。オルト細胞52aを形成するマクロフィブリル55の内部では、IFがらせん状に傾斜して配向している。
それゆえ、マクロフィブリル55の大きさやIFの配向性に基づいて、オルト細胞52aとパラ細胞52bとを互いに識別可能に可視化することができる。
また、パラ細胞52bは毛髪軸に沿って比較的直線状に配向していることから、オルト細胞52aに比べて引張弾性率が高い。
なお、ヒトの毛髪50のパラ細胞52bは、マクロフィブリル形態やIF配列構造の観点から、羊毛のパラコルテックス細胞またはメソコルテックス細胞に類似の構造であり、ヒトのオルト細胞52aは、羊毛のオルトコルテックス細胞に類似の構造である。しかしながら、ヒトの毛髪50のオルト細胞52aと羊毛のオルトコルテックス細胞、およびヒトの毛髪50のパラ細胞52bと羊毛のパラコルテックス細胞またはメソコルテックス細胞とでは、互いに含有成分や物性が相違している。また、ヒトの毛髪と羊毛とでは、上述のようにメデュラの占有率も大きく相違している。このため、羊毛におけるコルテックス細胞の組成と毛特性との関係から、ヒトの毛髪におけるコルテックス細胞の組成と毛特性との関係を推測することは困難である。
【0029】
以下、画像取得工程の複数の具体例を詳細に説明する。
【0030】
(画像取得方法1.染色法)
本方法は、毛髪50の断面を1種類または2種類以上の染料で染色して、複数種類の繊維状組織(オルト細胞52a、パラ細胞52b)を識別可能に可視化する方法である。
ヒトの毛髪50内部に存在するキューティクル細胞51、および2種類のコルテックス細胞(オルト細胞52a、パラ細胞52b)、メデュラ細胞54は、それぞれを構成する蛋白組成や形態が異なるため、各種染料による染色性が異なる。その結果、適切な染料を用いることにより、各細胞の分布状態を反映した断面画像を取得することができる。
【0031】
本方法に用いられる染料は、オルト細胞52aとパラ細胞52bの一方のみを専ら着色するものであれば特に限定されない。そして、実質的にオルト細胞52aのみを着色する染料と、パラ細胞52bのみを着色する染料とを、すなわち2種類以上の染料を併せて使用することで、両者を互いに鮮明に識別することができる。但し、髪色の影響を考慮すると、毛髪構成成分に由来する蛍光とは異なる波長領域に蛍光を有する蛍光染料を用いることが好ましい。具体例としては、オルト細胞52aに関しては橙色の蛍光を有するスルフォローダミン、パラ細胞52bに関しては黄緑色の蛍光を有するフルオレセインまたはそのアルカリ金属塩によって、当該細胞のみを特定色に染色することができる。
【0032】
(画像取得方法2.TEM観察法)
毛髪50を透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)で観察することにより、複数種類の繊維状組織(オルト細胞52a、パラ細胞52b)を構成する細胞の分布状態を反映した断面画像を取得する方法である。
キューティクル細胞51、および2種類のコルテックス細胞(オルト細胞52a、パラ細胞52b)、メデュラ細胞54は、それぞれを構成する蛋白組成や形態が異なるため、透過型電子顕微鏡で用いられる電子染色剤による染色性が異なる。その結果、透過型電子顕微鏡で観察される各細胞の形態の違いに基づいて、各細胞の分布状態を反映した断面画像を取得することができる。
【0033】
(画像取得方法3.スペクトル測定法)
毛髪50の断面に関する赤外吸収スペクトルまたはラマンスペクトルを測定して、複数種類の繊維状組織(オルト細胞52a、パラ細胞52b)を断面画像にて互いに識別可能に可視化する方法である。
キューティクル細胞51、および2種類のコルテックス細胞(オルト細胞52a、パラ細胞52b)、メデュラ細胞54は、それぞれを構成する蛋白組成や形態が異なるため、フーリエ変換赤外分光光度計(FT−IR)で測定される赤外吸光特性が異なる。それゆえ、適切な赤外信号を選択すれば、信号強度あるいは複数の信号強度の比に基づいて各細胞の分布状態を反映した断面画像を取得することができる。
また、キューティクル細胞51、および2種類のコルテックス細胞(オルト細胞52a、パラ細胞52b)、メデュラ細胞54は、偏光励起レーザーを照射することにより得られるラマンスペクトルが異なる。それゆえ、適切なラマンスペクトルバンドを選択すれば、信号強度あるいは複数の信号強度の比に基づいて各細胞の分布状態を反映した断面画像を取得することができる。
【0034】
(画像取得方法4.マイクロプローブ観察法)
毛髪50の断面をマイクロプローブ顕微鏡で観察することにより、複数種類の繊維状組織(オルト細胞52a、パラ細胞52b)の分布状態を反映した断面画像を取得する方法である。ここで、マイクロプローブ顕微鏡とは、先端を尖らせた探針(プローブ)を、測定試料である毛髪の断面上で走査して、表面の微細な領域の情報を得る顕微鏡の総称である。本方法に用いられるマイクロプローブ顕微鏡としては、原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)を例示することができる。
キューティクル細胞51、および2種類のコルテックス細胞(オルト細胞52a、パラ細胞52b)、メデュラ細胞54は、それぞれを構成する蛋白組成や構造が異なる。それゆえ、マイクロプローブ顕微鏡で観測される物性や形態に基づいて各細胞の分布状態を反映した断面画像を取得することができる。
【0035】
(画像取得方法5.X線散乱法)
毛髪50のX線散乱像をミクロビームX線で観測することにより、複数種類の繊維状組織(オルト細胞52a、パラ細胞52b)の分布状態を反映した断面画像を取得する方法である。
キューティクル細胞51、および2種類のコルテックス細胞(オルト細胞52a、パラ細胞52b)、メデュラ細胞54は、ミクロな構造が異なるためX線散乱像が異なる。それゆえ、ミクロビームX線を用いることによりX線散乱像の違いに基づいて各細胞の分布状態を反映した断面画像を取得することができる。
【0036】
(画像取得方法6.遺伝子観察法)
ヒトの毛包における遺伝子発現挙動を観察することにより、複数種類の繊維状組織(オルト細胞52a、パラ細胞52b)の分布状態を反映した断面画像を取得する方法である。
キューティクル細胞51、および2種類のコルテックス細胞(オルト細胞52a、パラ細胞52b)、メデュラ細胞54は、構成する蛋白組成が異なるため毛包において発現する遺伝子(mRNA)が異なる。それゆえ、毛包における遺伝子発現挙動を観察することにより、遺伝子発現の違いに基づいて各細胞の分布状態を反映した断面画像を取得することができる。
【0037】
具体的な画像取得工程は、上記のいずれか一以上を選択して行うことができる。
このうち、髪色による影響の受け難さの観点からは、上記のうち、蛍光染料を用いた染色法、TEM観察法、スペクトル測定法(赤外吸収スペクトル法)、マイクロプローブ観察法、X線散乱法、遺伝子観察法が好ましい。また、空間分解能の観点からは、染色法、TEM観察法、マイクロプローブ観察法、X線散乱法、遺伝子観察法が好ましい。また、簡便性の観点からは染色法、スペクトル測定法(赤外吸収スペクトル法、ラマンスペクトル法)、マイクロプローブ観察法が好ましい。
以上により、キューティクル細胞51および2種類のコルテックス細胞(オルト細胞52a、パラ細胞52b)、場合によっては、さらにメデュラ細胞54を含む合計4種類の細胞の分布状態を反映した画像情報を得ることができる。以下、断りなき場合、4種類の細胞とは、キューティクル細胞51、オルト細胞52a、パラ細胞52bおよびメデュラ細胞54をいう
【0038】
<データ取得工程>
この工程では、撮影された断面画像の画像解析によって、複数種類の繊維状組織(オルト細胞52a、パラ細胞52b)の分布状態を示す数値情報を取得する。
より具体的には、撮影された断面画像を画像解析する工程(解析工程)と、画像解析された結果に基づいて数値情報を取得する工程(数値化工程)とを含む。
【0039】
(解析工程)
解析工程では、断面画像のデジタル処理等により、ヒトの毛髪内部に存在する例えば4種類の細胞分布を画像化する。
ここで、キューティクル細胞51、コルテックス細胞52およびメデュラ細胞54に関しては、細胞形状等の差異に基づいて、毛髪50の断面画像上で互いに容易に識別することができる。たとえば、キューティクル細胞51は毛髪50の表面に層状に存在するため、その形態に基づいてキューティクル細胞51とコルテックス細胞52とを機械的に判別することができる。また、毛髪50の中心部に存在するメデュラ細胞54は、特に日本人の場合は多孔質であるため、その形態に基づいてコルテックス細胞52と機械的に判別することができる。
【0040】
一方、オルト細胞52aとパラ細胞52bの2種類のコルテックス細胞52に関しては、その形態の差異はサブミクロンオーダーで異なる。したがって、空間分解能がサブミクロン以下の場合には、形態に基づいて互いに識別することができる。
【0041】
空間分解能がサブミクロンよりも粗い場合でも、取得した画像情報が細胞の構造や蛋白組成を反映している場合、それらを反映した情報に基づいて他の細胞と判別することができる。たとえば、染色法やスペクトル測定法、X線散乱法などにより、オルト細胞52aとパラ細胞52bをそれぞれ全体に着色または輪郭化することで、色情報の違いやパターン形状によって両者を互いに識別することができる。
判別した4種類の細胞の分布状態をデジタル処理等で明確に画像化するため、データ取得部20(図1を参照)では、画像処理によりそれぞれの細胞を複数の色で塗り分けてもよい。
【0042】
(数値化工程)
本方法の数値化工程で取得される数値情報は特に限定されるものではなく、毛髪特性を定量的に記述するためのパラメータを種々に選択することができる。
【0043】
具体的には、本実施形態では、(i)繊維状組織の重心間距離、(ii)繊維状組織の存在比率、(iii)パラ細胞の断面二次モーメント、(iv)繊維状組織の分散度、を例示する。
【0044】
本実施形態において繊維状組織の重心間距離とは、断面画像における一の繊維状組織(オルト細胞52a)の重心と、他の繊維状組織(パラ細胞52b)の重心との距離をいう。
また、繊維状組織の存在比率とは、コルテックス細胞52に対する繊維状組織(オルト細胞52aまたはパラ細胞52bのいずれか)の存在比率をいう。
【0045】
また、本実施形態においてパラ細胞52bの断面二次モーメントとは、断面画像における弱軸方向の断面二次モーメントをいう。
また、繊維状組織の分散度とは、一の繊維状組織(オルト細胞52a)が、他の繊維状組織(パラ細胞52b)に対して混じり合っている程度をいう。
【0046】
(i)繊維状組織の重心間距離
ヒトの毛髪内部に存在する4種類の細胞の存在部位によって、毛髪50の形状や物性は異なる。ただし、4種類の細胞のうち、キューティクル細胞51は、どんな毛髪でも毛髪表面近傍に存在し、メデュラ細胞54は、存在する場合は毛髪中心近傍に存在する。それゆえ、キューティクル細胞51とメデュラ細胞54に関しては、毛髪50による存在部位の違いは小さい。その結果、キューティクル細胞51とメデュラ細胞54の存在部位の違いに起因する毛髪50の形状や物性に対する影響も小さい。
これに対し、2種類のコルテックス細胞(オルト細胞52aとパラ細胞52b)の毛髪内部での分布は多様であり、これらの細胞の存在部位によって毛髪の形状や物性は大きく異なる。
特に、オルト細胞52aとパラ細胞52bの重心間距離と、毛髪50のくせの程度を示す指標値であるカール曲率とが正の相関を有することが、発明者らの検討により明らかとなっている。
【0047】
そこで、これら2種類のコルテックス細胞の存在部位の違い、特に細胞分布の偏りを示す数値として、断面上におけるオルト細胞52aとパラ細胞52bそれぞれの分布重心を求め、オルト細胞52aとパラ細胞52bの重心間距離を算出することが有効である。
この重心間距離は、毛髪断面上でオルト細胞52aとパラ細胞52bが均一にまたは等方的に分布していれば0に近く、これらの細胞が偏って不均一に分布していれば数値が大きくなる。したがって、オルト細胞52aとパラ細胞52bの分布の偏りを示す数値として、オルト細胞52aとパラ細胞52bの重心間距離を用いることができる。
【0048】
具体的には、毛髪50の断面画像において、オルト細胞52aを構成する画素の座標平均を算出して、オルト細胞52aの重心(面心)位置を求めることができる。パラ細胞52bに関しても同様である。そして、オルト細胞52aの重心位置とパラ細胞52bの重心位置との距離を演算することで、オルト細胞52aとパラ細胞52bの重心間距離を求めることができる。
【0049】
(ii)繊維状組織の存在比率
4種類の細胞は、構成する蛋白組成や構造、形態が異なりミクロな物性も異なることから、これらの細胞の存在比率によって毛髪50の物性は異なる。
特に、コルテックス細胞52に占めるパラ細胞52bの存在比率と、毛髪50の曲げ剛性を示す指標値である曲げ弾性率とが正の相関を有することが、発明者らの検討により明らかとなっている。
【0050】
これらの細胞の存在比率は、例えば以下のような画像解析で求めることができる。すなわち、まず、毛髪50の断面画像において4種類の細胞が占める面積を、各細胞種に含まれる画素数の積算によってそれぞれ求める。そして、4種類の細胞の総面積(毛髪50の断面積)に対する各細胞の占める面積の比率を演算するとよい。
また、オルト細胞52aおよびパラ細胞52bの2種類のコルテックス細胞52の占める総面積に対して、オルト細胞52aとパラ細胞52bがそれぞれ占める面積比率を求め、これらの細胞の存在比率を算出するとよい。
【0051】
(iii)繊維状組織の断面二次モーメント
また、オルト細胞52aとパラ細胞52bの物性の相違により、断面画像におけるこれらの細胞の断面二次モーメントによって毛髪50の物性は異なる。ここで、オルト細胞52aに比べてパラ細胞52bは引張剛性が高いため、断面画像におけるパラ細胞52bの断面二次モーメントが大きいほど、一般に、当該毛髪50の曲げ剛性が高くなる。
なお、毛髪50の屈曲は弱軸方向に生じることから、毛髪50の重心から放射状に複数本の軸を設定し、各軸方向についての断面二次モーメントを算出するとよい。そして、最小値を示す軸方向を弱軸方向とし、当該方向の断面二次モーメントを、パラ細胞52bの断面二次モーメントとして取得するとよい。
【0052】
具体的には、毛髪50の断面画像においてパラ細胞52bに含まれる画素の位置と面積とから、任意の軸方向に関する断面二次モーメントを積算するとよい。
【0053】
(iv)繊維状組織の分散度
オルト細胞52aとパラ細胞52bに対するヘアケア剤の浸透性は、オルト細胞52aで速く、パラ細胞52bで遅いことが発明者らの検討により明らかとなっている。それゆえ、一般に、パラ細胞52bの分散性が低くパラ細胞52bの大きなドメインが存在する毛髪50では、パラ細胞52bのドメイン内部へのヘアケア剤の浸透が抑制される。これに対し、パラ細胞52bの分散性が高い毛髪50では、ヘアケア剤の浸透性が良好となる。
したがって、数値化工程においては、毛髪50におけるパラ細胞52bの分散度を定量化して取得するとよい。
【0054】
パラ細胞52bの分散度は、種々の方法によって算出することができる。
第一の方法としては、パラ細胞52bの小クラスターの面積率に着目する方法が挙げられる。具体的には、パラ細胞52bのクラスター(凝集塊)のうち所定の閾値面積を超えるものの総面積を計算し、パラ細胞52bの総面積における、上記の閾値面積以下の小クラスターの占有面積をもって分散度とする。
第二の方法としては、毛髪50の断面画像をセグメントに分割し、各セグメントにおけるパラ細胞52bの含有率に着目する方法が挙げられる。具体的には、毛髪50の断面画像を、その重心を通る放射状かつ等面積のセグメントに分割し、各セグメントに含まれるパラ細胞52bの画素をカウントする。そして、各セグメントにおける、パラ細胞52bの面積率を二乗平均することで、毛髪50におけるパラ細胞52bの分散性を定量化することができる。
【0055】
数値化工程では、このほか、毛髪50の断面積や偏平率(長径または短径長さ)などの物理形状に関する数値を取得してもよい。
【0056】
本方法においては、コルテックス細胞52に加えて、毛髪に含まれるキューティクル細胞51またはメデュラ細胞54の少なくとも一方の分布状態を示す数値情報をさらに取得することができる。
特に、コルテックス細胞52に加えて、キューティクル細胞51の分布状態を示す数値情報を併せて取得するとよい。
【0057】
ここで、ヒトの毛髪50を構成するキューティクル細胞51、コルテックス細胞52およびメデュラ細胞54は、互いにその性質が大きく異なるため、これらの細胞の存在比率によって毛髪50の性質は異なる。
そして、キューティクル細胞51は他の細胞に比べてシスチン含有量が高く細胞内部のジスルフィド結合密度が高いため、一般に、上記3種類の細胞の中では最も硬い細胞である。このキューティクル細胞51は毛髪の表面を覆う形で中心から遠い位置に存在するため、特に毛髪繊維の曲げ応力やねじり剛性に大きく寄与する。
したがって、キューティクル細胞51が多く存在する毛髪ほど、大きな曲げ応力やねじり剛性を示す。したがって、コルテックス細胞52と併せてキューティクル細胞51の分布状態を数値情報として取得することで、より正確な毛髪特性の評価が可能になる。
【0058】
本方法では、取得した数値情報を用いて、当該毛髪50の特性として、毛髪50の形状(曲率)や毛髪繊維の力学物性を評価してもよい。
【0059】
具体的には、上記の画像取得工程およびデータ取得工程に加えて、基準取得工程と評価工程をさらに行ってもよい。
基準取得工程では、ヒトの毛髪試料を基準毛として、数値情報と毛髪特性との関係を示す検量データを取得する。
評価工程では、データ取得工程で取得した毛髪の数値情報と、検量データとから、毛髪に関する毛髪特性を評価する。
【0060】
基準取得工程は、画像取得工程またはデータ取得工程の後に行ってもよく、またはこれらの工程よりも先に行ってもよい。
【0061】
<基準取得工程>
この工程では、予め弾性率等の毛髪特性のわかっている毛髪試料を基準毛として、上記の数値情報を取得しておく。基準毛は一本でもよく、複数本(多数本)でもよい。
そして、基準毛に関する数値情報と毛髪特性を、基準点データまたは検量データとして取得しておくことで、新たに取得した対象毛髪の数値情報を用いて、その毛髪特性を推定することができる。
具体的には、一本の基準毛を比較基準として、対象毛髪の毛髪特性を単純比較してもよい。または、多数の基準毛に基づいて、特定の数値情報と毛髪特性との関係を検量線としてテーブルまたは関数としてデータ取得しておく。そして、対象毛髪の数値情報と検量線とから、当該毛髪の特性を推定してもよい。
【0062】
より具体的には、たとえばカール半径やカール曲率が既知の多数の基準毛に関して、断面画像を画像解析してオルト細胞52aとパラ細胞52bとの重心間距離を算出する。そして、カール半径またはカール曲率と、オルト細胞52aとパラ細胞52bとの重心間距離と、の関係を統計処理して相関関数を求めるとよい。
【0063】
<評価工程>
この工程では、対象となる毛髪50の断面画像から取得した数値情報(オルト細胞52aとパラ細胞52bとの重心間距離)を、例えば上記の相関関数に適用して、対象の毛髪50のくせの程度を示す指標値であるカール半径またはカール曲率を算出する。
【0064】
なお、カール半径やカール曲率に代えて、本方法では、多数の基準毛に関して、曲げ弾性率とパラ細胞52bの存在比率とを求め、その相関関係を統計的に算出してもよい。
そして、評価対象の毛髪50におけるパラ細胞52bの存在比率から、当該毛髪の曲げ剛性を示す指標値である曲げ弾性率を算出してもよい。
【0065】
なお、図1に示す本実施形態のデータ取得装置100では、基準取得工程および評価工程はデータ取得部20(パソコン本体21)によって行うことができる。この場合、パソコン本体21の記憶部には、検量データを予め格納しておくとよい。
【0066】
<出力工程>
毛髪50の撮影画像、各細胞を可視化した断面画像、取得した数値情報、および評価結果を示す情報の一部または全部は、データ取得装置100から任意の手段によって出力するとよい。評価対象の毛髪50を可視化した断面画像と、基準毛を可視化した断面画像とを並べて表示してもよい。
【0067】
出力手段としては、パソコン本体21が備えるディスプレイ40、または通信回線30もしくは無線を通じてパソコン本体21と接続されたディスプレイ、プリンタ41からの印刷出力などを任意で用いることができる。
【0068】
なお、本実施形態のデータ取得装置100の各種の構成要素は、その機能を実現するように形成されていればよい。たとえば、データ取得部20は、所定の機能を発揮する専用のハードウェア、所定の機能がコンピュータプログラムにより付与されたデータ処理装置、コンピュータプログラムによりデータ処理装置に実現された所定の機能、これらの任意の組み合わせ、等として実現することができる。
また、本実施形態のデータ取得装置100は、コンピュータプログラムを読み取って対応する処理動作を実行できるように、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、I/F(Interface)ユニット等の汎用デバイスで構築されたハードウェア、または所定の処理動作を実行するように構築された専用の論理回路、これらの組み合わせ、等として実施することができる。
【0069】
上記本実施形態の毛髪特性データの取得技術によれば、毛髪のツヤに大きな影響を与えるくせ毛の程度や、毛髪のボリュームや柔らかさに大きな影響を与える曲げ弾性率などのパラメータを定量的な数値情報として取得することができる。このため、対象の毛髪から取得した数値情報に基づいて、これらの毛髪特性を評価したり、適切な毛髪処理方法やヘアケア剤の選択を補助するための客観的な情報を提供したりすることができる。
【0070】
毛髪の全体的な湾曲形状を実測してカール半径やカール曲率を算出する従来の場合、一本の毛髪から求まるカール半径やカール曲率、曲げ弾性率などの毛髪特性は各一つの値のみであった。これに対し、本実施形態の毛髪特性データの取得技術では、一本の毛髪において異なる長さ位置から複数の断面画像および数値情報を取得することにより、一本の毛髪における長さ位置ごとに毛髪特性を算出することができる。これにより、本実施形態によれば、一本の毛髪の特性をより多面的に評価することができる。
【0071】
さらに、従来の算出方法の場合、毛髪特性の測定には所定の毛髪長さが必要であった。また、一本の毛髪は、毛先部は古い細胞によって構成されていることから、毛髪特性の測定に際して毛先部の影響を強く受けるほど、評価された毛髪特性は、現在の毛髪の状態ではなく、過去の毛髪の特性を示すものとなる。これに対し、本実施形態の場合、毛髪の根元部の断面画像から数値情報を取得することができるため、現在の髪質に関する毛髪特性を評価することができる。そして、現在の毛髪が成長した場合の、将来的なくせ毛の程度や曲げ弾性率などの毛髪特性を予測することができる。
【実施例】
【0072】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明する。以下、断りなき場合、要素名の符号は図2に対応している。
【0073】
(実施例1:くせ毛)
本実施例は、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて毛髪の断面画像を取得し、画像解析を行うことにより毛髪の形状および物性を記述する数値情報を取得する方法に関する。
【0074】
[画像情報の取得]
透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、オスミウム酸および酢酸ウラニルを用いて電子染色した毛髪断面の画像を取得し、細胞の形態の違いに基づいて毛髪内部における細胞の分布状態を反映した画像情報を取得した。
【0075】
対象となる毛髪は、パーマやブリーチ、ヘアカラーなどの化学的な毛髪処理を行っていない30代の白人女性Aの頭髪を、頭皮近くの根元から採取した。対象の毛髪は、根元から約12mmの長さに切断して毛髪サンプルとした。
用意した毛髪サンプルをシャンプーで洗浄し、イオン交換水で充分に濯いだ後、乾燥した。乾燥した毛髪サンプルのカール半径を測定したところ、カール半径は0.9cmであった。かかるカール半径は、クセ毛に分類される値である。
【0076】
この毛髪サンプルを、1.0質量%のオスミウム酸を含む0.05Mリン酸緩衝溶液(pH6.7)中に1時間浸漬して染色した後、イオン交換水で過剰なオスミウム酸を濯ぎ、乾燥させた。
つぎに、オスミウム酸で染色した毛髪サンプルをエポキシ樹脂中に包埋した後、ミクロトームを用いて厚さ100nmの毛髪横断面を切り出し、透過型電子顕微鏡(TEM)用の銅メッシュ上に固定した。
銅メッシュ上に固定した毛髪断面を、2.0質量%の酢酸ウラニル水溶液中に4時間浸漬して染色を行った後、過剰な酢酸ウラニルをイオン交換水で濯ぎ、さらにこれを乾燥させた。このオスミウム酸と酢酸ウラニルによって二重染色された毛髪断面を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察することにより、毛髪断面画像が得られた。
【0077】
[細胞分布の可視化]
二重染色された毛髪断面を透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した場合に得られた毛髪断面の全体画像を図3に示す。
図4〜7は、高倍率で撮影したキューティクル細胞51、パラ細胞52b、オルト細胞52a、メデュラ細胞54の典型的な画像をそれぞれ示している。図3〜7には、図中に縮尺を表記している。図3は、図4〜7に示したような高倍率の画像を集めて再構成した画像である。
【0078】
なお、図3〜7において、直径0.2μm前後のサイズの黒い顆粒状の部分はメラニン顆粒である。また、不定形の黒い部分は、コルテックス細胞52の細胞核残渣である。そして、白く抜けている部分は、毛髪内部の空洞、または毛髪外の包埋樹脂である。
【0079】
高倍率画像である図4〜7を用いてキューティクル細胞51、パラ細胞52b、オルト細胞52aおよびメデュラ細胞54を判別し、その結果を図3に適用した。
【0080】
図4に示すように、キューティクル細胞51は毛髪の表面近傍に層状に存在するため、その形態の違いに基づいて、隣接する2種類のコルテックス細胞52(パラ細胞52bとオルト細胞52a)と互いに判別することができる。
また、図7に示すように、メデュラ細胞54は、毛髪の中心部に存在し、かつ多孔質構造を有するため、同様に形態の違いに基づいて、2種類のコルテックス細胞52と互いに判別できる。
【0081】
そして、パラ細胞52bとオルト細胞52aの2種類のコルテックス細胞52は、その形態がサブミクロンオーダーで異なるため、形態に基づいて互いに機械的に判別することができる。
図5に示すように、パラ細胞52bではマクロフィブリルが融合して比較的大きなミクロンオーダーのドメインを形成している。
これに対し、オルト細胞52aでは、図6に示すように、サブミクロンオーダーのサイズのマクロフィブリルが集合した形態を示している。
このようなマクロフィブリルの形態の違いに基づいて、パラ細胞52bとオルト細胞52aとを判別することができる。
【0082】
以上の形態の違いに基づく判別基準に従って、図3の断面画像を画像解析し、毛髪内部の4種類の細胞(キューティクル細胞51、オルト細胞52a、パラ細胞52b、メデュラ細胞54)を、それぞれ順に黒色、濃い灰色、薄い灰色、白色で塗り分けて得た可視化画像を図8に示す。なお、図8中、毛髪以外の領域は格子パターンで示した。また、図8の縮尺は図3と同じスケールである。
【0083】
図8から、黒色のキューティクル細胞51と白色のメデュラ細胞54に加えて、薄い灰色のパラ細胞52bと、濃い灰色のオルト細胞52aの毛髪断面上での分布状態が明確に可視化されていることがわかる。
薄い灰色のパラ細胞52bは、図8の毛髪断面上の左上にやや偏って分布しているのに対し、濃い灰色のオルト細胞52aは、毛髪断面の右下に偏って分布している様子が可視化されている。
すなわち、本実施例に用いた毛髪は、断面画像におけるパラ細胞52bとオルト細胞52aの分布が、図8に示すように偏っていたことが分かる。
【0084】
[細胞の存在比の数値化]
図8の可視化画像に基づいて、毛髪断面上で4種類の細胞の占める面積および毛髪断面の面積(総断面積)を、画像解析により求めた。結果を下記に示す。
【0085】
キューティクル細胞の占める面積: 491μm
オルト細胞の占める面積: 984μm
パラ細胞の占める面積:1681μm
メデュラ細胞の占める面積: 47μm
毛髪断面の面積:3202μm
【0086】
さらに、それぞれの細胞の占める面積比率を求めた。結果を下記に示す。
【0087】
キューティクル細胞の占める面積比率:15.3%
オルト細胞の占める面積比率:30.7%
パラ細胞の占める面積比率:52.5%
メデュラ細胞の占める面積比率: 1.5%
【0088】
つぎに、2種類のコルテックス細胞(オルト細胞52a、パラ細胞52b)の占める総面積に対するパラ細胞52bとオルト細胞52aの面積比率を求めた。結果を下記に示す。
【0089】
オルト細胞の面積比率:36.9%
パラ細胞の面積比率:63.1%
【0090】
[各細胞の存在部位の数値化]
図8の可視化画像に基づいて、本実施例の毛髪断面上におけるパラ細胞52bとオルト細胞52aの重心位置を画像解析で求め、パラ細胞52bとオルト細胞52aの重心間距離を求めたところ、8.5μmであった。
【0091】
(実施例2:直毛)
本実施例は、対象の毛髪を変更して、実施例1と同様の方法で画像解析を行い、パラ細胞52bとオルト細胞52aの重心間距離を求めたものである。
[画像情報の取得]
本実施例の対象となる毛髪は、パーマやブリーチ、ヘアカラーなどの化学的な毛髪処理を行っていない30代の白人女性Bの頭髪を頭皮近くの根元から採取したものである。
実施例1と同様に洗浄、乾燥した後、カール半径を測定したところ、カール半径は5.0cmであった。
この毛髪サンプルから、実施例1と同様にしてオスミウム酸と酢酸ウラニルによって二重染色された毛髪断面を得た。
二重染色された毛髪断面を透過型電子顕微鏡で観察した場合に得られた毛髪断面画像を図9に示す。
【0092】
[細胞分布の可視化]
実施例1と同様にして、図9の断面画像を画像解析し、毛髪内部の4種類の細胞(キューティクル細胞51、オルト細胞52a、パラ細胞52b、メデュラ細胞54)を、それぞれ順に黒色、濃い灰色、薄い灰色、白色で塗り分けて得た可視化画像を図10に示す。
なお図10中、毛髪以外の領域は格子パターンで示した。また、図10の縮尺は図9と同じスケールである。
【0093】
この毛髪の場合、白色のメデュラ細胞54は存在しないが、図10から、黒色のキューティクル細胞51に加えて、薄い灰色のパラ細胞52bと濃い灰色のオルト細胞52aの毛髪断面上での分布状態が明確に可視化されていることがわかる。薄い灰色のパラ細胞52bは、図10の毛髪断面上の中心部に分布しているのに対し、濃い灰色のオルト細胞52aは、その周辺部に分布している様子が可視化されている。
【0094】
[細胞の存在比の数値化]
図10の可視化画像に基づいて、毛髪断面上で4種類の細胞の占める面積および毛髪断面の面積を画像解析で求めた。結果を下記に示す。
【0095】
キューティクル細胞の占める面積: 633μm
オルト細胞の占める面積:1184μm
パラ細胞の占める面積:1376μm
メデュラ細胞の占める面積: 0μm
毛髪断面の面積:3193μm
【0096】
さらに、それぞれの細胞の占める面積比率を求めた。結果を下記に示す。
【0097】
キューティクル細胞の占める面積比率:19.8%
オルト細胞の占める面積比率:37.1%
パラ細胞の占める面積比率:43.1%
メデュラ細胞の占める面積比率: 0.0%
【0098】
つぎに、2種類のコルテックス細胞(オルト細胞52a、パラ細胞52b)の占める総面積に対するパラ細胞52bとオルト細胞52aの面積比率を求めた。結果を下記に示す。
【0099】
オルト細胞の面積比率:46.2%
パラ細胞の面積比率:53.8%
【0100】
[各細胞の存在部位の数値化]
図10の可視化画像に基づいて、本実施例の毛髪断面上におけるパラ細胞52bとオルト細胞52aの重心位置を画像解析で求め、パラ細胞52bとオルト細胞52aの重心間距離を求めたところ、2.1μmであった。
【0101】
実施例2の毛髪はカール半径5.0cmのほぼ直毛であるが、毛髪断面上におけるパラ細胞52bとオルト細胞52aの分布は、図10に示すように等方的であった。そして、この2種類のコルテックス細胞52の重心間距離は2.1μmと、実施例1(カール半径0.9cm、重心間距離8.5μm)に比べ小さな値であった。
【0102】
また、実施例1と実施例2との比較により、毛髪のカール半径と、2種類のコルテックス細胞52の重心間距離とは正の相関があることが分かった。
【0103】
(実施例3:直毛)
本実施例は、毛髪断面を2種類の染料で染色することにより細胞の分布状態を反映した毛髪断面画像を取得し、画像解析を行うことにより毛髪の形状および物性を記述する数値情報を取得する方法に関する。
【0104】
[画像情報の取得]
毛髪の断面を、黄緑色の蛍光を有する黄色202号および橙色の蛍光を有するスルフォローダミン101で染色した。これにより、2種類のコルテックス細胞52のうちパラ細胞52bが黄緑色に、そしてオルト細胞52aが橙色に染色された。そして、染色された毛髪内部における細胞の分布状態を反映した画像情報を取得した。
【0105】
対象となる毛髪は、パーマやブリーチ、ヘアカラーなどの化学的な毛髪処理を行っていない30代の日本人女性Cの頭髪を頭皮近くの根元から採取したものである。
実施例1と同様に洗浄、乾燥した後、カール半径を測定したところ、カール半径は3.9cmであった。
この毛髪サンプルをエポキシ樹脂中に包埋した後、ミクロトームを用いて厚さ1.5μmの毛髪横断面を切り出し、スライドグラス上に固定した。
【0106】
スライドグラス上に固定した毛髪断面を、上記した非特許文献4に記載の方法に従って黄色202号(AcidYellow 73)とスルフォローダミン101で順次染色した。具体的には、かかる毛髪断面を、0.002質量%の黄色202号(Acid Yellow 73)水溶液中に18時間浸漬し、イオン交換水で濯いだ後、乾燥させた。引き続き、0.0005質量%のスルフォローダミン101水溶液中に浸漬し、イオン交換水で濯いだ後、乾燥させることによって、2種類の染料で染色された毛髪断面を得た。
【0107】
2種類の蛍光染料で染色された毛髪断面を蛍光顕微鏡で観察した場合に得られた毛髪断面画像を、図11に示す。図11は、カラー画像として取得された毛髪断面画像を白黒二値化処理したものである。
図12〜14は、取得したカラー画像のRGB値をそれぞれ画像化したものである。具体的には、図12はR値の画像、図13はG値の画像、図14はB値の画像を、それぞれ示している。
本実施例の場合、図11に示された毛髪断面の構造は、G値の画像(図13)によって鮮明に識別することが可能である。具体的には、黄緑色の蛍光染料(黄色202号)で染色された部位が図13において比較的淡色に示されている。なお、橙色の蛍光染料(スルフォローダミン101)で染色された部位は、図12において比較的淡色に示されている。すなわち、図11〜14、特に図12および13から、毛髪断面が黄緑色と橙色の2色に染分けられている様子がわかる。
【0108】
[細胞分布の可視化]
本実施例の場合、黄緑色の蛍光染料(黄色202号)で染色される部位をパラ細胞52bと定義する。
また、橙色の蛍光染料(スルフォローダミン101)で染色される部位は、オルト細胞52a、キューティクル細胞51およびメデュラ細胞54である。橙色の蛍光染料で染色されるこれら3種類の細胞は、存在部位と形態が異なるため、互いに判別可能である。たとえば、キューティクル細胞51は毛髪表面近傍に層状に存在するため、形態の違いに基づいて、隣接するオルト細胞52aと判別することができる。また、メデュラ細胞54は、毛髪中心部に存在し多孔質構造を有するため、同様に形態の違いに基づいて、オルト細胞52aと判別することができる。
染色された色の違いと形態の違いに基づく以上の判別基準に従って、図11の画像情報を画像解析した。毛髪内部の4種類の細胞(キューティクル細胞51、オルト細胞52a、パラ細胞52b、メデュラ細胞54)を、それぞれ黒色、濃い灰色、薄い灰色、白色で塗り分けて得た可視化画像を図15に示す。なお、図15中、毛髪以外の領域は格子パターンで示した。
また、図15に示す可視化画像は、図13に基づいて作成してもよい。この場合、G値がある閾値以上である部位を黄緑色(パラ細胞52b)と判定し、この閾値以下の部位を橙色(オルト細胞52a、キューティクル細胞51またはメデュラ細胞54)と判定するとよい。そして、橙色の部位に関しては、形態の違いに基づいてオルト細胞52a、キューティクル細胞51およびメデュラ細胞54に識別することができる。
【0109】
[細胞の存在比の数値化]
図15の可視化画像に基づいて、毛髪断面上で4種類の細胞の占める面積および毛髪断面の面積を画像解析で求めた。結果を下記に示す。
【0110】
キューティクル細胞の占める面積:1132μm
オルト細胞の占める面積:4412μm
パラ細胞の占める面積:3022μm
メデュラ細胞の占める面積: 175μm
毛髪断面の面積:8741μm
【0111】
さらに、それぞれの細胞の占める面積比率を求めた。結果を下記に示す。
【0112】
キューティクル細胞の占める面積比率:12.9%
オルト細胞の占める面積比率:50.5%
パラ細胞の占める面積比率:34.6%
メデュラ細胞の占める面積比率: 2.0%
【0113】
つぎに、2種類のコルテックス細胞(オルト細胞52a、パラ細胞52b)の占める総面積に対するパラ細胞52bとオルト細胞52aの面積比率を求めた。結果を下記に示す。
【0114】
オルト細胞の面積比率:59.3%
パラ細胞の面積比率:40.7%
【0115】
[各細胞の存在部位の数値化]
図15の可視化画像に基づいて、本実施例の毛髪断面上におけるパラ細胞52bとオルト細胞52aの重心位置を画像解析で求め、パラ細胞52bとオルト細胞52aの重心間距離を求めたところ、4.7μmであった。
【0116】
実施例3の毛髪はカール半径3.9cmであり、ややクセのある直毛であるが、毛髪断面上におけるパラ細胞52bとオルト細胞52aの分布は、図15に示すようにやや偏っていた。そして、この2種類のコルテックス細胞52の重心間距離は4.7μmであった。
実施例1、2、3の結果を比較すると、カール半径の順序と、2種類のコルテックス細胞52の重心間距離の順序が一致している。したがって、毛髪のカール半径と、2種類のコルテックス細胞52の重心間距離との間に正の相関があることがさらに明確となった。
【0117】
(実施例4:くせ毛)
本実施例は、対象の毛髪を変更して、実施例3と同様の方法で画像解析を行い、パラ細胞52bとオルト細胞52aの重心間距離を求めたものである。
[画像情報の取得]
本実施例の対象となる毛髪は、パーマやブリーチ、ヘアカラーなどの化学的な毛髪処理を行っていない20代の日本人女性Dの頭髪を頭皮近くの根元から採取したものである。
実施例3と同様に洗浄、乾燥した後、毛髪サンプルのカール半径を測定したところ、カール半径は0.55cmであった。
実施例3と同様に、この毛髪サンプルをエポキシ樹脂中に包埋した後、ミクロトームを用いて厚さ1.5μmの毛髪横断面を切り出し、黄色202号(Acid Yellow 73)とスルフォローダミン101で染色された毛髪断面を得た。
【0118】
2種類の蛍光染料で染色された毛髪断面を蛍光顕微鏡で観察した場合に得られた毛髪断面画像を図16に示す。図16は、カラー画像として取得された毛髪断面画像を白黒二値化処理したものである。
図17〜19は、取得したカラー画像のRGB値をそれぞれ画像化したものである。具体的には、図17はR値の画像、図18はG値の画像、図19はB値の画像を、それぞれ示している。
本実施例に関しても、実施例3と同様に、図16に示された毛髪断面の構造は、G値の画像(図18)によって特に鮮明に識別することが可能である。
【0119】
[細胞分布の可視化]
実施例3と同様に、図16の画像情報を画像解析し、毛髪内部の4種類の細胞(キューティクル細胞51、オルト細胞52a、パラ細胞52b、メデュラ細胞54)を、それぞれ黒色、濃い灰色、薄い灰色、白色で塗り分けて得た可視化画像を図20に示す。
なお、図20中、毛髪以外の領域は格子パターンで示した。
【0120】
[細胞の存在比の数値化]
図20の可視化画像に基づいて、毛髪断面上で4種類の細胞の占める面積および毛髪断面の面積を画像解析で求めた。結果を下記に示す。
【0121】
キューティクル細胞の占める面積: 847μm
オルト細胞の占める面積:3181μm
パラ細胞の占める面積:1959μm
メデュラ細胞の占める面積: 159μm
毛髪断面の面積:6145μm
【0122】
さらに、それぞれの細胞の占める面積比率を求めた。結果を下記に示す。
【0123】
キューティクル細胞の占める面積比率:13.8%
オルト細胞の占める面積比率:51.8%
パラ細胞の占める面積比率:31.9%
メデュラ細胞の占める面積比率: 2.6%
【0124】
つぎに、2種類のコルテックス細胞(オルト細胞52a、パラ細胞52b)の占める総面積に対するパラ細胞52bとオルト細胞52aの面積比率を求めた。結果を下記に示す。
【0125】
オルト細胞の面積比率:61.9%
パラ細胞の面積比率:38.1%
【0126】
[各細胞の存在部位の数値化]
図20の可視化画像に基づいて、本実施例の毛髪断面上におけるパラ細胞52bとオルト細胞52aの重心位置を画像解析で求め、パラ細胞52bとオルト細胞52aの重心間距離を求めたところ、20.4μmであった。
【0127】
実施例4の毛髪はカール半径0.55cmであり、かなりクセの強いクセ毛であるが、毛髪断面上におけるパラ細胞52bとオルト細胞52aの分布は、図20に示すようにかなり偏っていた。そして、この2種類のコルテックス細胞52の重心間距離は20.4μmであった。
実施例1、2、3、4の結果を比較すると、カール半径の順序と、2種類のコルテックス細胞52の重心間距離の順序が一致している。したがって、毛髪のカール半径と、2種類のコルテックス細胞52の重心間距離との間に正の相関があることがさらに明確となった。
【0128】
(実施例5:基準毛との比較1)
カール半径の異なる41本の基準毛について、実施例1のTEM観察法の場合と同様に、画像情報の取得ステップ、細胞分布の可視化ステップ、および各細胞の存在部位の数値化ステップを行った。
図21(a)は、このようにして得られた基準毛のカール半径と、パラ細胞52bとオルト細胞52aとの重心間距離との関係を示す散布図である。
【0129】
同図に基づいて最小二乗法によりカール半径と重心間距離との関係式を求めたところ、下式(1)の関係が得られた。同図には、カール半径と重心間距離の検量線データとして、下式(1)のグラフを表示している。
【0130】
カール半径/cm = −0.22×重心間距離/μm+6.3 ・・・式(1)
【0131】
この関係式(1)に基づいて、20代の日本人女性Aの頭髪(重心間距離=4.7μm)のカール半径を推算すると5.4cmとなった。この予測カール半径は、実測したカール半径(6cm)とよく一致した。
【0132】
(実施例6:基準毛との比較2)
実施例5に用いた41本の基準毛について、コルテックス細胞52に占めるパラ細胞52bの存在比率と、曲げ弾性率とをそれぞれ求めた。
図21(b)は、このようにして得られた曲げ弾性率と、パラ細胞52bの存在比率との関係を示す散布図である。
【0133】
同図に基づいて最小二乗法により曲げ弾性率とパラ細胞52bの存在比率との関係式を求めたところ、下式(2)の関係が得られた。同図には、曲げ弾性率とパラ細胞の存在比率の検量線データとして、下式(2)のグラフを表示している。
【0134】
曲げ弾性率/GPa = 0.45×パラ細胞の存在比率+0.67 ・・・式(2)
【0135】
上記の式(1)、(2)を用いれば、対象の毛髪におけるオルト細胞52aとパラ細胞52bとの重心間距離や、コルテックス細胞52に対するパラ細胞52bの存在比率を取得するだけで、当該毛髪のカール半径や曲げ弾性率を評価することができる。
本実施形態のデータ取得方法およびデータ取得装置100によれば、毛髪サンプルの様々な特性を記述するための定量的な指標を、毛髪の断面画像より取得することができる。
【符号の説明】
【0136】
10 画像取得部
11 デジタルカメラ
12 イメージスキャナ
13 インターネット
20 データ取得部
21 パソコン本体
22 キーボード
30 通信回線
40 ディスプレイ
41 プリンタ
50 毛髪
51 キューティクル細胞
52 コルテックス細胞
52a オルト細胞
52b パラ細胞
53 メデュラ
54 メデュラ細胞
55 マクロフィブリル
100 データ取得装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトの毛髪に含まれるコルテックス細胞を構成する複数種類の繊維状組織が互いに識別可能に可視化された、前記毛髪の断面画像を取得する画像取得工程と、
可視化された前記複数種類の繊維状組織の分布状態を示す数値情報を前記断面画像より取得するデータ取得工程と、を含む毛髪特性データの取得方法。
【請求項2】
ヒトの毛髪試料を基準毛として、前記数値情報と毛髪特性との関係を示す検量データを取得する基準取得工程と、
前記データ取得工程で取得した前記毛髪の前記数値情報と、ヒトの毛髪試料を基準毛として前記数値情報と毛髪特性との関係を示す検量データとから、前記毛髪に関する毛髪特性を評価する評価工程と、をさらに含む請求項1に記載の毛髪特性データの取得方法。
【請求項3】
前記データ取得工程にて、前記断面画像における一の前記繊維状組織の重心と他の前記繊維状組織の重心との距離を、前記数値情報として取得する請求項2に記載の毛髪特性データの取得方法。
【請求項4】
前記評価工程にて、前記毛髪のくせの程度を示す指標値を算出する請求項3に記載の毛髪特性データの取得方法。
【請求項5】
前記データ取得工程にて、前記コルテックス細胞に対する前記繊維状組織の存在比率を、前記数値情報として取得する請求項2に記載の毛髪特性データの取得方法。
【請求項6】
前記評価工程にて、前記毛髪の曲げ剛性を示す指標値を算出する請求項5に記載の毛髪特性データの取得方法。
【請求項7】
前記データ取得工程にて、前記毛髪に含まれるキューティクル細胞またはメデュラ細胞の少なくとも一方の分布状態を示す数値情報をさらに取得することを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の毛髪特性データの取得方法。
【請求項8】
前記毛髪の断面を染料で染色して、複数種類の前記繊維状組織を識別可能に可視化する工程をさらに含む請求項1から7のいずれかに記載の毛髪特性データの取得方法。
【請求項9】
前記毛髪の断面に関する赤外吸収スペクトルもしくはラマンスペクトルを測定して、または前記毛髪の断面をマイクロプローブ顕微鏡で走査して、または前記毛髪を透過型電子顕微鏡で観察して、複数種類の前記繊維状組織を前記断面画像にて互いに識別可能に可視化する工程をさらに含む請求項1から7のいずれかに記載の毛髪特性データの取得方法。
【請求項10】
ヒトの毛髪に含まれるコルテックス細胞を構成する複数種類の繊維状組織が互いに識別可能に可視化された、前記毛髪の断面画像を取得する画像取得手段と、
可視化された前記複数種類の繊維状組織の分布状態を示す数値情報を前記断面画像より取得するデータ取得手段と、を含む毛髪特性データの取得装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate

【図19】
image rotate

【図20】
image rotate

【図21】
image rotate


【公開番号】特開2011−30844(P2011−30844A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−181066(P2009−181066)
【出願日】平成21年8月3日(2009.8.3)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】