説明

気体の分子量測定装置

【課題】リアルタイムの計測が可能で、小型化が可能で、測定圧力領域が大気圧以上から減圧まで対応できる分子量測定装置を提供する。
【解決手段】被測定気体でみたされる測定室と、測定室内に設置された振動子と、振動子を励振するとともに振動子の励振パラメータを測定する励振測定部と、振動子が置かれている気体の圧力を測定する圧力測定子と、振動子の温度を測定する温度測定子とを備えた気体の分子量を測定する装置において、前記励振測定部で測定した励振パラメータと前記圧力測定子で測定した圧力と前記温度測定子で測定した温度とから気体の分子量を演算する演算部を備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は気体の分子量測定装置に関する。とくに、気体の分子量測定について、リアルタイムの計測が可能であること、真空排気系を持たないため小型化が可能であること、測定圧力領域が大気圧以上から減圧まで対応できること、以上を特徴とした分子量測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
気体の分子量を測定するためには、いくつかの方法が知られている。
質量分析計を用いる方法では、気体を真空中に導入してイオン化し電界中を飛行させて質量電荷比(m/e)の違いによってイオンを分離して検出する計測方法がある(特許文献1)。
また、被測定気体が理想的なものに近いとみなせる場合、気体の状態方程式を用いて体積/温度/圧力を測定することで分子量を算出できる。例えば酸素・窒素・水素・ヘリウムなどは、そのモル体積が室温付近で約10気圧以下のときには理想気体からのずれが1%以下となり、理想気体に近い性質を示す。
振動子を用いた気体計測の応用として濃度計測法が示されている。特許文献2では、水晶振動子1個を用いて気体の粘性によって変化する2個のパラメータを測定している。そして、構成気体が既知で濃度が未知の2成分混合気体について、濃度と粘性に単調な関係があるとき、測定した2個のパラメータから濃度を計測できることを示している。また特許文献3では、気体の圧力と粘性の双方に敏感な圧力計と、圧力のみに敏感な圧力計とを用いることで、濃度と粘性に単調な関係がある場合においては、2つの圧力指示値から2成分混合気体の濃度を計測できることを示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−192692号公報
【特許文献2】特開2005−241355号公報(特許第4266850号)
【特許文献3】特開2001−330543号公報(特許第3336384号)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
質量分析計を用いる方法では、真空を作るための排気ポンプが必要となり装置容積が大きくなってしまうという課題があった。
気体の状態方程式を用いる方式では、気体が理想気体に近い必要があり測定できる気体に制限があるという課題があった。また被測定気体の容器への充填が必要なため、配管中を流下する被測定気体の測定など、リアルタイム測定やその場計測が必要な用途に用いることが難しいという課題があった。
鋭意研究の結果、水晶振動子1個を用いて気体の粘性によって変化する2個のパラメータの詳細な解析を行うと粘性という物性量を計測できることが明らかとなったが、同時にまた気体の分子量という物性量はこの方法で求めることはできないという課題も明らかになった。このため振動子を用いて2成分混合気体の濃度を測定するとき、粘性と濃度に単調な関係を持たない混合気体では、粘性を計測しても濃度が一意には求まらず、その結果算出した濃度が複数存在してしまうという問題が生じていた。そこで混合ガスの濃度を計測するためには、粘性値ではなく分子量を計測する手法が必要となった。
振動子を用いた計測では、振動子の温度変動によって共鳴振動する周波数が変化し気体の測定の妨げになる。ところが振動子の温度は大気圧力では気体の温度に左右されやすいという問題があった。
振動子による気体の計測では、振動子が気体に露出しているため、気体中に微粒子が含まれているとその微粒子が振動子に付着して計測に影響を与える場合があった。
本発明は、以上の課題を解決すると共に、気体の分子量測定について、リアルタイムの計測が可能であること、真空排気系を持たないため小型化が可能であること、測定圧力領域が大気圧以上から減圧まで対応できること、気体の温度変動に関係なく分子量測定が行えること、以上を特徴とした分子量測定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、本発明の気体の分子量測定装置は、被測定気体でみたされる測定室と、測定室内に設置された振動子と、振動子を励振するとともに振動子の励振パラメータを測定する励振測定部と、振動子が置かれている気体の圧力を測定する圧力測定子と、振動子の温度を測定する温度測定子とを備えた気体の分子量を測定する装置において、前記励振測定部で測定した励振パラメータと前記圧力測定子で測定した圧力と前記温度測定子で測定した温度とから気体の分子量を演算する演算部を備えていることを特徴とする。
また、本発明の気体の分子量測定装置は、被測定気体でみたされる測定室と、測定室内に設置された振動子と、振動子を励振するとともに振動子の励振パラメータを測定する励振測定部と、振動子が置かれている気体の圧力を測定する圧力測定子と、振動子の温度を一定にする恒温部とを備えた気体の分子量を測定する装置において、前記励振測定部で測定した励振パラメータと前記圧力測定子で測定した圧力と前記温度とから気体の分子量を演算する演算部を備えていることを特徴とする。
また、本発明は、上記気体の分子量測定装置において、前記の励振パラメータは、振動子の共振周波数と、振動子に流れる電流及び印加電圧から求まる抵抗値とを用いることを特徴とする。
また、本発明は、上記気体の分子量測定装置において、被測定気体は被測定気体を透過するフィルターをとおして前記測定室に導かれることを特徴とする。
また、本発明は、上記気体の分子量測定装置において、前記演算部における気体の分子量の演算は、まず、励振パラメータを用いて気体の分子量と気体の圧力の積の値を求め、次に、その積の値を、前記圧力測定子で計測した気体の圧力で除算することにより気体の分子量を求めることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明では、従来の質量分析装置に比べて、真空排気系が必要なく、小型・低価格とすることができ、また被測定気体のイオン化が必要ないので気体の分解や測定後の気体の廃棄の必要がない。
また、圧力変動のある箇所に設置しても圧力の影響を受けることなく計測でき、その結果圧力変動の大きい箇所での計測が可能で、たとえば流量変動に伴い圧力変動が発生しやすい配管内の気体を計測対象とすることができる。
さらに、本発明では、振動子による気体計測を実現するため、以下の技術的3点に留意している。
そのひとつは振動子の温度の計測制御である。振動子は温度によって共鳴振動する周波数が変化しこれを無視すると分子量計測が正確に行えないということを明らかにした。気体中で励振する振動子は気体の温度に左右されやすいため、振動子の温度を計測して温度による周波数変動を補償するか、振動子の温度を一定に保つ手段か、いずれかが必要であり本発明ではこれらを実現している。
もう一つは微粒子の付着防止である。振動子による気体の計測では振動子が気体に露出しているため、気体中に微粒子が含まれているとその微粒子が振動子に付着して計測に影響を与える場合があった。そこで流下している気体が振動子に触れる前にフィルターを通過する構造とし、汚染を防止している。
またフィルターのもう一つの役割は、気体の熱交換である。気体はフィルターを通過する際にフィルターと熱交換を行い、フィルター通過後には気体の温度はフィルターの温度に等しくなる。そこでフィルターの温度を一定に保てば流下している気体に温度変動があっても振動子の温度に影響を与えることはない。温度一定の機構をフィルターが持たない場合では、フィルターの温度を計測することでそれが振動子の温度と見なすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】本発明で用いる振動子とその駆動方法。
【図2】本発明の気体分子量測定装置の一実施形態である実施例1の構成図。
【図3】本発明の気体分子量測定装置の一実施形態である実施例2の構成図。
【図4】本発明の気体分子量測定装置の一実施形態である実施例3の構成図。
【図5】本発明の気体分子量測定装置による分子量測定例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0008】
振動子を被測定気体中に置いて共鳴振動させるとき、振動子はその周りの気体から振動を妨げようとする外力を受ける。その外力の大きさは気体の圧力や粘性や分子量によって左右される。そこでその外力を計測することにより気体についての情報を得ることができる。振動子が受ける外力は振動子の状態を示す指標(励振パラメータ)の測定で行うことができる。
振動子を励振させる方法としては、磁性材料を用いて振動子を作製し外部から交流磁界を与えてその周波数を振動子の共鳴周波数と一致させて励振を行う方法や、圧電材料を用いて振動子を作製し振動子の表裏面に電極を形成し交流電界を印加してその周波数を振動子の共鳴周波数と一致させて励振を行う方法などがある。
圧電効果を持つ材料として、チタン酸バリウム(BaTiO3)、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、リン酸二水素カリウム(KDP)、窒化アルミニウム(AlN)、石英(水晶)(SiO2)、などが知られており電界励振型の振動子として用いることができる。ただ気体中で振動させるため、測定対象の気体に対して化学的に安定なものを選択する必要がある。また大気中での取扱も考慮して湿気に対しても安定なものがなお好ましい。また電極を形成するため、電極材料(AuやCrなど)が安定に固着できるものが望ましい。
振動子の形成は、Micro Electro Mechanical Systems(MEMS)技術を用いれば微小なものや任意形状のものを作製することができる。形状としては、片側を固定した片持ち梁や、梁の両側を固定したものや、音叉型のもの、などがある。
【0009】
励振パラメータとして振動子の周波数変化(ΔF)を選ぶことができる。ΔFは真空中での振動子の周波数(F)に対する変化量として与えられる。このΔFは、大気圧付近では分子量に比例し、圧力が分子流領域となる真空領域では分子量と粘性係数の積の平方根に比例する性質を持つ。
この他の励振パラメータとして抵抗値がある。抵抗値は、振動子の材料に圧電効果を持つものを選び振動子の共鳴周波数と等しい交流電圧を振動子に印加したとき、流れる電流と印加電圧との比として求めることができる。ΔRは真空中での振動子の抵抗値(R)に対する変化量として与えられる。ΔRは、大気圧付近では気体の粘性係数に比例し、圧力が分子流領域となる真空領域では分子量と粘性係数の積の平方根に比例する性質を持つ。
圧電効果をもつ材料として石英を選んで振動子を作製し、振動子に交流電圧を印加してその周波数が振動子の共鳴周波数と等しくなるような励振測定部を作製し、励振パラメータΔFとΔRを同時に計測する手法開発など、鋭意研究の結果、分子量Mと励振パラメータΔFやΔRとの関係はつぎの式1で近似できることがわかった。
【0010】
【数1】

【0011】
ここでMは気体の分子量、Pは気体の圧力、K,K,Kは定数である。
ここで圧力の範囲は1Pa以上2MPa以下、好ましくは10Pa以上1MPa以下、最も好ましくは100Pa以上0.13MPa以下である。
また定数K、K、Kは、あらかじめ高純度酸素ガスなどの既知の気体を用いて励振パラメータを測定することにより得ることができる。
式1より、MとPの積は振動子センサーの励振パラメータΔFとΔRの測定から得られることがわかる。そこで、本発明では、圧力Pを圧力測定子を用いて測定することにより、式1から分子量Mを求めている。
振動子はその温度が変動すると、圧力や気体分子量が同じでも、励振パラメータとくにΔFに影響を与える。
そこで本発明では、あらかじめΔFの温度特性ΔF(T)を評価しておくことで、振動子の温度からたとえば25℃における値(ΔF25)を演算して求める方法を取ることができる。温度の補償範囲はたとえば15℃〜35℃とすることができる。振動子は材料や形状等で各種温度特性を持つが、扱いやすい振動子は周波数補償量が温度の1次関数ないしは2次関数など簡単な関数で近似できるものである。
また別の本発明では、温度補償による手順を省略するため、振動子の温度を一定に保つ方法を採っている。その温度は室温よりも若干高い温度が扱いやすい。一定とする温度は25〜50℃の間のいずれかの温度、望ましくは30〜45℃の間のいずれかの温度、さらに望ましくは45℃である。
フィルターの平均孔径は10ミクロンから0.001ミクロンの範囲内にあることが望ましい。またフィルターの材質はステンレスまたはアルミナ等のセラミックが望ましい。
【実施例】
【0012】
(実施例1)
石英基板を切り出して振動子を作製した例を図1に示す。振動子の幅・長さ・厚さは任意に加工可能である。たとえば長さ1mm、幅0.1mm、厚さ0.05mmとすることもできる。この振動子の両面に交流印加用のAu電極を蒸着する。印加する交流電圧は振動子の共鳴周波数と一致させる。そのために振動子を発振回路の帰還回路の一部に組み込んでいる。なお振動子の形状は図1では片梁式であるが、音叉型のものや、両端固定型の梁など、振動部が一部にあればよく、図1の振動子形状に限定するものではない。
図2は、配管を流下している気体の分子量を計測するための一例である実施例1の構成図である。
流下している気体の一部はフィルターを通して振動子のある測定室に導かれる。
振動子は外部にある駆動・測定部の回路から交流電圧が印加されその周波数が振動子の共鳴周波数と自動的に一致するように発振器と連携している。また印加される電圧と流れる電流と周波数とを計測するための励振パラメータ測定器を内部に備えている。振幅調節器は印加する交流電圧を制御し安定な振動を継続させている。
計測室内には圧力測定子が置かれ振動子周囲の気体の圧力を計測している。なお圧力測定子の場所は振動子の圧力が計測できる位置にあれば良く計測室内になくても良い。
計測室は振動子恒温部により35℃の一定の温度に保たれている。
気体配管と計測室の間に設置されているフィルターは平均孔径0.01ミクロンのものを使用している。このフィルターで気体の熱交換を行って計測室内へ流入する気体の温度を35℃にしている。
分子量演算器は、駆動・測定部からの励振パラメータ(周波数と抵抗値)から分子量と圧力の積の値を求め、次に圧力計の値から分子量を求めて出力する。
【0013】
(実施例2)
図3は、気体の流路内に計測室を設けた実施例2の構成図である。気体はフィルターを通して測定室に流れ込む。出口側のフィルターは逆流があったときに下流側からの微粒子流入を防ぐためのものである。本構造は配管の一部にすることができて組み込みが容易であるが、フィルターによる圧力損失があるため気体の流量が少ないときには適用できる。
【0014】
(実施例3)
図4は、振動子の温度を一定としない方法であり、振動子の温度を測定して振動パラメータの温度依存性をもとに温度補償する方式である実施例3の構成図である。温度測定子は振動子の近くに配置して気体の温度を測定する。あるいはまた振動子と熱的に一体として振動子の温度を測定する。温度測定子として、図1の振動子の基板上に温度依存性を持つ金属を蒸着して抵抗測温体を形成し、これを用いることもできる。
分子量演算器では、振動子の温度をもとに得られた励振パラメータの温度補償を行う。
あらかじめΔFの温度特性ΔF(T)を評価して演算器内部に記憶しておき、振動子の温度から25℃における値(ΔF25)を求める。温度の補償範囲は15℃〜35℃である。振動子は周波数補償量が温度の2次関数であらわされるものを使用している。
【0015】
図5は、図2で示した実施例1の装置を使用し、気体としてアルゴン、酸素、窒素、ネオンを用い、圧力を変えながら分子量測定して得られた結果の一例である。ここで酸素を参照気体としてあらかじめΔFとΔRを計測し、前記式1のK1〜K3を求めた。酸素以外の分子量は、K1〜K3と各気体のΔFとΔRの計測値から算出を行って酸素の分子量をM=32として規格化して得られたものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定気体でみたされる測定室と、
測定室内に設置された振動子と、
振動子を励振するとともに振動子の励振パラメータを測定する励振測定部と、
振動子が置かれている気体の圧力を測定する圧力測定子と、
振動子の温度を測定する温度測定子とを備えた気体の分子量を測定する装置において、
前記励振測定部で測定した励振パラメータと前記圧力測定子で測定した圧力と前記温度測定子で測定した温度とから気体の分子量を演算する演算部を備えていることを特徴とする気体の分子量測定装置。
【請求項2】
被測定気体でみたされる測定室と、
測定室内に設置された振動子と、
振動子を励振するとともに振動子の励振パラメータを測定する励振測定部と、
振動子が置かれている気体の圧力を測定する圧力測定子と、
振動子の温度を一定にする恒温部とを備えた気体の分子量を測定する装置において、
前記励振測定部で測定した励振パラメータと前記圧力測定子で測定した圧力と前記温度とから気体の分子量を演算する演算部を備えていることを特徴とする気体の分子量測定装置。
【請求項3】
前記の励振パラメータは、振動子の共振周波数と、振動子に流れる電流及び印加電圧から求まる抵抗値とを用いることを特徴とする請求項1又は2記載の気体の分子量測定装置。
【請求項4】
被測定気体は被測定気体を透過するフィルターをとおして前記測定室に導かれることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の気体の分子量測定装置。
【請求項5】
前記演算部における気体の分子量の演算は、まず、励振パラメータを用いて気体の分子量と気体の圧力の積の値を求め、次に、その積の値を、前記圧力測定子で計測した気体の圧力で除算することにより気体の分子量を求めることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の気体の分子量測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−15362(P2013−15362A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−147222(P2011−147222)
【出願日】平成23年7月1日(2011.7.1)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)