説明

水産動物油含有水素添加油脂の製造方法

【課題】魚油などの水産動物油に対してトランス酸の生成をできるだけ少なくするように低温での水素添加を円滑に進めることを可能とし、しかも実用性を損なわないようにして比較的簡単な操作によって効率よく水素添加油脂を製造し、またはそのような水産動物油含有の水素添加油脂を得ることである。
【解決手段】水産動物油20〜80質量%と、ヨウ素価が前記水産動物油より低く水産動物油を含まない食用油80〜20質量%との混合油またはエステル交換油を水素添加し、この水素添加によるトランス酸の増加量が18質量%以下であるように水素添加によるヨウ素価の低下量1単位当たりの油脂温度上昇率が0〜0.5に調整して水産動物油含有水素添加油脂を製造する。ヨウ素価が前記水産動物油より低く水産動物油を含まない食用油は、水素添加の速度が遅いので、相対的に水産動物油の水素添加反応が速く起こり、混合油またはエステル交換油は、水産動物油の単独の場合に比べて低温で速やかに水素添加し、その間のトランス酸の増加は抑制されて、トランス酸の増加を抑制しながら充分に水素添加ができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、食用加工油脂として、業務用のマーガリンやショートニングなどに利用される水産動物油含有水素添加油脂およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、製菓製パン業界での業務用に広く利用されるマーガリンやショートニングは、魚油を水素添加して硬化した油脂(魚油硬化油と称される場合がある)を原料とするものの品質が良いことが知られている。
【0003】
しかし、近年では、硬化油に含まれるトランス脂肪酸の弊害が喧伝されたことにより、水素添加工程中に発生するトランス酸を多く含む魚油硬化油の使用が需要者に敬遠される傾向にある。
【0004】
このような魚油硬化油の代替品としては、魚油以外の油脂を原料とするエステル交換油も広く用いられるようになったが、製菓製パン用には、その物性が魚硬化油に比べて必ずしも満足できるものではなく、またエステル交換油では、それに含まれる飽和脂肪酸含量によって所要の「ちょう度(consistency)」を保持しているのであるが、この飽和脂肪酸についても過剰摂取の場合には健康上に問題があることが指摘されている。
【0005】
ところで、マーガリンやショートニングの原料として魚油などの水産動物油を使用する場合には、水素添加することによりヨウ素価を下げて魚油の生臭みを可及的に除去すると共に、クリーミング性や吸水性などの所要特性も満足できるように原料の魚油を硬化させる必要がある。
【0006】
魚油などの水産動物油のヨウ素価は、他の動植物油に比べるとかなり高く、マーガリンやショートニングとして実用可能な30〜45℃程度の融点にまで水素添加すると、どうしても水素添加の程度が深くなり、その分だけトランス酸の量が増加してしまう。
そのため、マーガリンやショートニングの主たる需要者である製菓製パン業界にも敬遠されないようなトランス酸含有量の少なく、それらに加工したときに物性の良い魚油を含む硬化油脂の製造が求められている。
【0007】
トランス酸含有量の少ない硬化油脂を製造する方法としては、低温で活性を有する特定のニッケル触媒を用いて、20℃以上80℃未満の低温の反応温度条件で油脂を溶融させて水素添加する方法が知られている(特許文献1)。
【0008】
また、原料油である魚油に対し、予め飽和脂肪酸をある程度含む油脂または炭素数8〜12程度の低級脂肪酸を多く含む油脂とエステル交換して融点の上昇を抑制し、二重結合部分に選択的に水素添加させて酸化安定性を高めた可塑性油脂が知られている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2010−1366号公報
【特許文献2】特開平9−194876号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、上記した従来の製法による水素添加油脂では、魚油などの水産動物油に対する水素添加方法として、以下のように改良の余地がある。
すなわち、特許文献1では、ニッケル触媒の特定の温度間の活性の差を測定し、低温で活性の強い触媒を採用したものであって、本願の発明のように食用油脂を溶剤として利用するものではないことから、目的を達成するための手段に相違がある。
【0011】
また、本願の発明者等の発明に係る先願の特許文献2に記載された発明は、反応温度を高くしており、当初よりトランスを低減するという目的を有するものではない。
水産動物油に対し、充分にヨウ素価を下げ、いわゆる深い水素添加を行なう場合には、比較的高温の反応条件(150〜200℃程度)が必要であり、それによってトランス酸が生成されやすくなる。
【0012】
トランス酸の生成を抑えるためには、できるだけ前記温度よりも低温で水素添加を行なうことが好ましいが、魚油などの水産動物油には、かなりの「触媒毒」と称される触媒を被毒する物質が含有されており、低温では触媒の活性が低く、そのため、「触媒毒」が高温時よりもより以上に水素添加反応を阻害するので、トランス酸の生成を少なくするための条件である低温での水素添加は容易なことではなかった。
【0013】
このような水産動物油であっても有機溶剤で希釈して水素添加すると、「触媒毒」も希薄化されるので、低温でも水素添加は可能になることが知られているが、そのようにすれば水素添加反応後に有機溶剤の除去処理等が必要になって処理工程数が多くなり、また水素添加の装置は、より複雑になって製造効率が低下し、コストも増大し、水素添加による実用性が損なわれてしまうという問題点がある。
【0014】
そこで、この発明の課題は、上記した問題点を解決して、魚油などの水産動物油に対してトランス酸の生成をできるだけ少なくするように低温での水素添加を円滑に進めることを可能とし、しかも実用性を損なわないようにして、比較的簡単な操作によって効率よく水素添加油脂を製造し、またはそのように製造した水素添加油脂を配合した水産動物油含有水素添加油脂組成物とすることである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記の課題を解決するために、この発明においては水産動物油20〜80質量%と、ヨウ素価が前記水産動物油より低く水産動物油を含まない食用油80〜20質量%との混合油またはエステル交換油を水素添加し、この水素添加によるトランス酸の増加量が18質量%以下であるように、水素添加によるヨウ素価の低下量1単位当たりの油脂温度上昇率を0〜0.5に調整する水産動物油含有水素添加油脂の製造方法としたのである。
【0016】
この発明の水素添加油脂は、水産動物油20〜80%と、魚油を含まないこの水産動物油よりもヨウ素価が低くより少ない不飽和度の食用油80%〜20%との混合油またはエステル交換油を水素添加することにより、水産動物油を、前記水産動物油よりもヨウ素価が低い水産動物油を含まない食用油で混合して希釈し、またはエステル交換してから水素添加する。
【0017】
ヨウ素価が前記水産動物油より低く水産動物油を含まない食用油は、水産動物油に比べて水素添加のスピードが遅く、すなわち相対的に水素添加される割合が低いので、水産動物油の水素添加反応が前記食用油に比べて速く起こる。
【0018】
このようにして混合油またはエステル交換油は、水産動物油の「触媒毒」を希薄化させ、水産動物油を単独で原料に用いる場合に比べて、低温でも速やかに水素添加でき、その結果として水素添加反応においてトランス酸の増加を抑制できる。
これにより、魚油などの水産動物油に対してトランス酸の生成を少なくするようにできるだけ低温での水素添加を円滑に進めることが可能になる。
【0019】
また、水産動物油の溶剤として添加される食用油は、ヨウ素価が前記水産動物油より低く水産動物油を含まないものであるが、食用油として水産動物油と同様に食用可能であるから、水素添加反応後に、分離する必要のないものであり、水産動物油と一緒に精製することができるため、食用に適さない有機溶媒を分離するための工程やそのための特別な装置を設ける必要がなく、例えば原料油脂をマーガリンやショートニングに加工する場合などに、比較的簡単な操作によって効率よく水素添加油脂を得る方法になる。
【0020】
そして、この発明では、水素添加を行う際に魚油を含む原料油脂のトランス酸増加量が18%以下であるように調整するために、水素添加反応を60〜75℃の温度範囲内で行なう。また、ヨウ素価の低下量1単位当たりの油脂温度上昇率を0〜0.5になるように水素添加反応条件としての温度変化を調整する。
【0021】
このような低温かつ安定した温度範囲で水素添加反応を円滑に進めるために、ヨウ素価が水産動物油より低く水産動物油を含まない食用油をいわゆる溶剤として採用する。
【0022】
水素添加では、原料油中の魚油などの水産動物油のヨウ素価を風味の低下を来さない程度まで低下させ、全体のトランス酸増加量が18%以下であるように水素添加条件を調整する。
【0023】
本願の発明では、水産動物油20〜80質量%と、ヨウ素価が前記水産動物油より低く水産動物油を含まない食用油80〜20質量%との混合油またはエステル交換油を水素添加した油脂とする。
なぜなら、水素添加油の原料中で水産動物油が20質量%未満であれば、硬化された水産動物油の特性を有効に利用できずに好ましくなく、また水産動物油が80質量%を超える多量では、水産動物油以外のヨウ素価がより低い食用油量が相対的に少なくなって、溶剤としての機能を充分に発揮できないので好ましくないからである。
【0024】
また、水産動物油としては、サンマ油、サバ油、イワシ油、タラ油、ニシン油、アジ油、アンチョビ油、メンヘーデン油(Menhaden oil)、鮭油および鯨油から選ばれる一種以上の水産動物油を単独でまたは混合して採用して所期した好ましい結果を得ている。
【0025】
この発明に用いるヨウ素価が水産動物油より低く水産動物油を含まない食用油は、多価不飽和脂肪酸(複数の二重結合を持つ脂肪酸をいい、ポリエン酸または高度不飽和脂肪酸ともいう。)が好ましくは20質量%以下、より好ましくは15質量%以下の油脂であることが好ましい。
【0026】
水産動物油の不飽和度より低い不飽和度の食用油として適用される具体例は、例えばヤシ油や、パーム核油(パームカーネル油とも別称される)等のラウリン系油脂であり、またはそれらの分別油や硬化油である。またそれら以外のパーム油やその他の植物油、ラード、牛脂などの動物油脂も使用可能である。これらの原料油脂は、単に水産動物油脂とその他の油脂の混合油脂であってもよく、またはそれらのエステル交換油であっても良い。
【0027】
特にラウリン系の油脂は、元々不飽和度が低く、ヨウ素価も低いものであるため、水素添加の作用をあまり受けない。水素添加する場合は、ヨウ素価の低い(飽和度の高い)ラウリン系の油脂は、殆ど水素添加が起こらないと考えられるため、トランス酸の生成が魚油などの水産動物油に集中的に起こると考えられる。
【0028】
この発明における水素添加は、ニッケル触媒下でヨウ素価を1単位低下させる際のトランス酸の増加量が0.05〜0.25質量%であり、かつ60〜75℃の温度範囲内で行なう。
【0029】
このように所定の低温で水素添加すると、ヨウ素価の低下とトランス酸の増加は、主として魚油などの水産動物油に起こると考えられる。またその際には、ヨウ素価が水産動物油より低く水産動物油を含まない食用油が、水素添加されるよりもより早くヨウ素価が高く、すなわち不飽和度の高い水産動物油から水素添加が起こり始める。
【0030】
そのように水素添加された油脂を原料とするマーガリン、ショートニングには本来の水産動物油脂の水素添加油の好ましい性能が備わっていることにこの発明の利用価値がある。
このような効果が奏される油脂組成物として、上述のように水素添加によって得られた油脂を25%以上含む水素添加油脂組成物としても良い。
【0031】
上記の方法で得られた魚油を含む水素添加油脂は、トランス酸の増加量を18%以下に低く抑えながら混合油脂中の水産動物油のヨウ素価は、概ね80以上低下するように充分な水素添加が行なわれ、その結果、水素添加油脂の風味も良好になる。水素添加反応の際には反応を制御するため反応温度を穏やかにコントロールしながら可及的に低温で行なっている。
【0032】
なお、魚油などの水産動物油のヨウ素価が80以上下がっているのを確認するにはガスクロマトグラフィを用いて水添前の原料組成物の脂肪酸組成、配合に用いた魚油単体の脂肪酸組成を各々分析しておき、それを元に判断をすればよい。また一度それを行っておけば、その後は、簡単な分析で魚油のヨウ素価の低下を判断できる。
【0033】
この操作によって水素添加はコントロールしやすい条件で行われ、このようにして硬化させた油脂は、魚油特有の生臭みもなく風味が良好で、しかもトランス異性体の含有量の少ないマーガリン、ショートニングの原料用油脂となる。
【0034】
水素添加時の所定の温度上昇条件としては「ヨウ素価の低下量1単位当たりの油脂温度上昇率を0〜0.5に調整した水素添加」であり、この条件によれば、トランス酸の増加量を低く抑えながら配合油中の魚油などの水産動物油のヨウ素価が、概ね80以上低下するように、反応温度を低く調整すると共に水素供給圧力の調整を厳密に行ない、トランス酸の増加を抑制しながら水素添加を効率よく行なえる。
【発明の効果】
【0035】
この発明の水産動物油含有の水素添加油脂の製造方法は、水産動物油と、ヨウ素価が前記水産動物油より低く水産動物油を含まない食用油との所定組成の混合油またはエステル交換油を原料とし、これを水素添加する際に、油脂温度上昇率および水素添加によるトランス酸増加量を所定範囲内にして調製された水素添加油脂としたので、原料の水産動物油に対して効率よく充分に水素添加された油脂になり、トランス酸の増加は抑制され、魚油などの水産動物油に対してトランス酸の生成を少なくできる低温での水素添加を促進したものとなり、かつ実用性を損なわないように比較的簡単な操作によって効率よく製造される水産動物油含有の水素添加油脂となる利点がある。
【発明を実施するための形態】
【0036】
この発明の実施形態としては、魚油などの水産動物油と、ヨウ素価が前記水産動物油より低く水産動物油を含まない食用油との所定割合の混合油またはエステル交換油を水素添加した油脂とし、これを前記水素添加によるヨウ素価の低下量1単位当たりの油脂温度上昇率と、前記水素添加によるトランス酸増加量を調整して製造する。
【0037】
より詳細に説明すると、水産動物油20〜80質量%と、ヨウ素価が前記水産動物油より低く水産動物油を含まない食用油80〜20質量%とを混合し、またはエステル交換し、次いで得られた混合油またはエステル交換油に対して水素添加し、この水素添加によるトランス酸増加量が18質量%以下であるように、60〜75℃に温度調整し、かつヨウ素価の低下量1単位当たりの油脂温度上昇率が0〜0.5に調整して水素添加油脂を得る。
【0038】
この発明に用いる水産動物油は、特に限定されるものではなく、魚油、肝油、鯨油などのように海産または淡水産の水産動物から得られる油脂を総称するものであり、例えばサンマ油、サバ油、イワシ油、タラ油、ニシン油、アジ油、アンチョビ油、メンヘーデン油(Menhaden oil)、鮭油などの魚油、または鯨油等を挙げることができる。
【0039】
この発明における油のヨウ素価は、不飽和度を示すものであり、水素が添加される可能性のある不飽和結合(二重結合)の数を示すものである。この発明では原料に使用する油脂の種類から不飽和度の大小は判別できる。
【0040】
このようにしてヨウ素価が原料の水産動物油より低く、水産動物油を含まない食用油食用油を水産動物油に所定量ずつ混合またはエステル交換して使用する。
【0041】
そして、水産動物油以外のヨウ素価が原料の水産動物油より低い食用油は、脂肪酸組成における高度不飽和脂肪酸(ポリエン酸)の含量が20質量%以下、より好ましくは15質量%以下の油脂を採用することが好ましい。このようなポリエン酸として最適なものは、例えばヤシ油やパーム核油等のラウリン系油脂であり、またはそれらの分別油や硬化油がある。
【0042】
原料油脂を水素添加するときにどの程度までヨウ素価を低下させるかについては、魚油などの水産動物油と混合する際の油脂の量と種類またはエステル交換された油脂の量と種類によって異なるが、概ね25から80程度を低下させる必要がある。このとき、原料油脂に含まれる魚油などの水産動物油のヨウ素価については、概ね80以上を低下させていると考えられる。
【0043】
このようにして、前記水素添加による配合油中のトランス酸増加量が18質量%以下であるように水素添加を行なう。その際の反応温度は60〜75℃であり、その際全体油脂のヨウ素価の低下量1単位当たりの油脂温度上昇率を0〜0.5に調整して水産動物油含有の水素添加油脂とする。
【0044】
この発明に水素添加反応に用いる触媒は、硬化油の製造に使用可能な周知なものを採用できる。我国の食品衛生法で認可されている食用油脂の硬化触媒としてはニッケル触媒があり、ニッケルのフレーク状のものや安定化ニッケルを使用できる。市販品としては、堺化学工業社製のフレーク状ニッケル触媒のSOシリーズ(SO−750、SO−450など)などが挙げられる。
【0045】
水産動物油含有油脂をトランス酸の少ない水素添加油脂とするためには、水素添加油脂の製造を従来行われてきた水素添加よりも遙かに低い温度で水素添加反応だけに必要な温度上昇を許容し、しかも制限された温度範囲で行うことが重要である。
【0046】
そのようにすると、魚油などの水産動物油に配合されたヨウ素価が、前記水産動物油より低く水産動物油を含まない食用油が溶剤的に機能し、水産動物油に低温での水素添加が起こりやすくなる。
【0047】
したがって、この発明の水素添加油脂を製造するには、水素添加反応の温度を60〜75℃になるように温度調整する。60℃未満の低温では、反応速度が極端に遅くなり実用的ではなく好ましくない。また、75℃を越える高温ではトランス異性体の増加が大きくなりすぎ、かつまた反応速度が温度に比例して速くなり温度コントロールが困難になって所期の目的を達せられないからである。この際、魚油に配合されたその他の油脂、特にラウリン系の油脂は殆ど反応に関与しない。
【0048】
本願の発明では、上記のように温度調整を厳密に行なえるように、水素添加反応系に対する冷却熱量もしくは水素供給量または両方を調整することが好ましい。
【0049】
冷却熱量を調整するには、具体的には反応装置の反応容器中の油温を検出し、それに対応して冷却器の水流量を制御する。その制御能力が限界に近くなる場合は供給する水素を停止して反応自体を抑制する。
【0050】
反応装置を用いて水素供給量を調整するには、反応容器内に通じる管路の水素供給圧力、すなわち反応容器内の水素圧を0.5Mp(ゲージ圧)以下とし、反応温度を60〜75℃、好ましくは65〜75℃に調整する。
【0051】
そして、水素添加反応で低下するヨウ素価の1単位当りの油脂全体の温度上昇率が0〜0.5に所定の方法で調整する。
ヨウ素価の1単位当りの油脂温度上昇率が0.5を超える状態では、魚油やその他の油脂にトランス異性体の過剰な発生が起こってトランス酸増加量を18質量%以下にすることが困難になる。また、油脂温度上昇率が0未満では効率よく水素添加することが困難となり、水素添加によって混合油脂中の魚油などの水産動物油のヨウ素価を概ね80以上低下させることが困難になり、硬化油脂の風味も魚油の生臭みが残り好ましくない。
【0052】
また、ニッケル触媒下で60〜75℃の温度範囲内での水素添加反応を行なうと共に、その際にはヨウ素価1の低下に対するトランス酸の増加が0.05〜0.25質量%になるように調節することが好ましい。
【0053】
ヨウ素価1の低下に対するトランス酸の増加が0.05未満となるような水素添加反応は、水素添加反応の速度からみて不合理であり、またヨウ素価1の低下に対するトランス酸の増加が0.25質量%を超える場合には、トランス異性体の過剰な発生が起こってトランス酸増加量を18質量%以下にすることが困難になるので好ましくない。水素添加反応を終了した油脂は濾過タンクへと移送される。
【0054】
このように本願発明の水産動物油含有の油の水素添加については、上記以外の操作は従来の水素添加反応における操作と変わりがなく、また反応終了後の精製もごく普通の操作で充分である。
【0055】
この発明においては、魚油などの水産動物油に対して溶剤となり、自らはあまり水素添加されない油脂を加えることにより、水産動物油の水素添加が低温においてもスムーズに進み、その結果原料魚油のトランス酸の増加も抑制される。また低温における反応はその反応のコントロールが容易である。
【0056】
このようにして得られる油脂はマーガリン、ショートニングの原料油脂として用いられると、従来のエステル交換油を原料としたものに対しても、より良い物性のものが得られる。
【実施例】
【0057】
以下の実施例、比較例および参考例において、原料として使用した油脂(魚油、ラード、パーム、ヤシ極度硬化油、大豆白絞油)のヨウ素価(以下、IVで示す場合がある。)、トランス脂肪酸(以下、TAで示す場合がある。)含有量、多価不飽和脂肪酸量および融点を表1に示した。表中の%は質量%であり、trは極微量を意味する。また、実施例に使用した原料の魚油は、水産動物油脂の代表例としてメンヘーデン油とサンマ油を使用した。
【0058】
上記したヨウ素価(IV)は、基準油脂分析試験法2.3.4.1−1996ヨウ素価(ウィイス−シクロヘキサン法)により測定し、脂肪酸組成は、基準油脂分析試験法暫15−2003にて調べ、トランス脂肪酸(TA)の含有量は、基準油脂分析試験法暫17−2007にて測定し、融点は基準油脂分析試験法2.2.4.2融点(上昇融点)−1996で分析を行なった。
【0059】
【表1】

【0060】
[実施例1]
魚油75質量部と、弊社工場において作製したヤシ極度硬化油25質量部を混合した油に、0.3質量部のナトリウムメトキシドを加え、70℃で30分混合攪拌してランダムエステル交換反応を行ない、反応後水洗して触媒を除去し、脱色してエステル交換油脂(ヨウ素価:118.2、原料のトランス酸量:1.5質量%、多価不飽和脂肪酸量:19.1質量%)を得た。
【0061】
これに対油0.5質量%のニッケル触媒(堺化学工業社製 SO-750)を添加し、水素圧力0.4MPa下で攪拌しながら65〜75℃で、ヨウ素価の低下量1単位当たりの油脂温度上昇率を0〜0.5に調整して水素添加反応を行なった。ヨウ素価50.5で水素添加反応を停止し、触媒を除去後、脱色、脱臭して水素添加油脂を得た。得られた水素添加油脂のトランス酸増加量、トランス酸増加率、及び油脂組成物のヨウ素価、トランス酸含量、多価不飽和脂肪酸量、融点を表2に示した。
【0062】
表中のトランス酸増加率は、水素添加反応で低下するヨウ素価(IV)の1単位当りに増加するトランス酸(TA)の量を以下の数1の計算式により算出したものである。なお、式中の%は、いずれも質量%である。
【0063】
【数1】

【0064】
[実施例2]
メンヘーデン油50質量部と、弊社工場において作製したヤシ極度硬化油50質量部を混合した油を用い、実施例1と同様の手順でエステル交換油脂(ヨウ素価:78.4、原料のトランス酸量:1.1質量%、多価不飽和脂肪酸量:7.3質量%)を得た。
これに、ヨウ素価32.3で水素添加反応を停止した以外は、実施例1と同様の方法にて水素添加を行ない、水素添加油脂を得た。この水素添加油脂100質量部を油脂組成物とし、実施例1と同様にして得られた結果を表2に示した。
【0065】
[実施例3]
メンヘーデン油25質量部と、弊社工場において作製したヤシ極度硬化油75質量部を単に混合した油を用い、実施例1と同様の手順でエステル交換油脂(ヨウ素価:40.0、原料のトランス酸量:1.1質量%、多価不飽和脂肪酸量:6.4質量%)を得た。
これに、ヨウ素価16.0で水素添加反応を停止した以外は、実施例1と同様の方法にて水素添加を行ない、水素添加油脂を得た。この水素添加油脂100質量部を油脂組成物とし、実施例1と同様にして得られた結果を表2中に示した。
【0066】
[実施例4]
メンヘーデン油75質量部と、弊社工場において作製したヤシ極度硬化油25質量部を単に混合した油(ヨウ素価:118.2、原料のトランス酸量:1.5質量%、多価不飽和脂肪酸量:19.1質量%)を得た。
これに、ヨウ素価47.7で水素添加反応を停止した以外は、実施例1と同様の方法にて水素添加を行ない、水素添加油脂を得た。この水素添加油脂100質量部を油脂組成物とし、実施例1と同様にして得られた結果を表2中に示した。
【0067】
[実施例5]
メンヘーデン油50質量部と、弊社工場において作製したヤシ極度硬化油50質量部を単に混合した油(ヨウ素価:78.4、原料のトランス酸量:1.1質量%、多価不飽和脂肪酸量:7.3質量%)を用い、ヨウ素価33.5で水素添加反応を停止した以外は、実施例1と同様の方法にて水素添加を行ない、水素添加油脂を得た。この水素添加油脂100質量部を油脂組成物とし、実施例1と同様にして得られた結果を表2中に示した。
【0068】
[実施例6]
メンヘーデン油50質量部と、ラード50質量部を混合した油を用い、実施例1と同様の手順でエステル交換油脂(ヨウ素価:106.9、原料のトランス酸量:1.7質量%、多価不飽和脂肪酸量:16.4質量%)を得た。
【0069】
これに、ヨウ素価61.3で水素添加反応を停止した以外は、実施例1と同様の方法にて水素添加を行ない、水素添加油脂を得た。この水素添加油脂100質量部を油脂組成物とし、実施例1と同様にして得られた結果を表2中に示した。
【0070】
[実施例7]
メンヘーデン油50質量部と、パーム油50質量部を単に混合した油(ヨウ素価:104.8、原料のトランス酸量:1.3質量%、多価不飽和脂肪酸量:17.81質量%)を用い、ヨウ素価56.4で水素添加反応を停止した以外は、実施例1と同様の方法にて水素添加を行ない、水素添加油脂を得た。この水素添加油脂100質量部を油脂組成物とし、実施例1と同様にして得られた結果を表2中に示した。
【0071】
[実施例8]
サンマ油50質量部と、弊社工場において作製したヤシ極度硬化油50質量部を単に混合した油を用い、実施例1と同様の手順でエステル交換油脂(ヨウ素価:77.5、原料のトランス酸量:1.1質量%、多価不飽和脂肪酸量:30.8質量%)を得た。
これに、ヨウ素価32.0で水素添加反応を停止した以外は、実施例1と同様の方法にて水素添加を行ない、水素添加油脂を得た。この水素添加油脂100質量部を油脂組成物とし、実施例1と同様にして得られた結果を表2中に示した。
【0072】
【表2】

【0073】
[比較例1]
メンヘーデン油100質量部を用い、これに対油0.5質量%のニッケル触媒(堺化学工業社製 SO-750)を添加し、水素圧力0.4MPa下で攪拌しながら65〜75℃で水素添加反応を行なったが、反応が進まなかったため、反応開始から二時間後に作成を中止した。回収した油脂の100質量部を油脂組成物とし、ヨウ素価、トランス酸含量、多価不飽和脂肪酸量を表3中に示した。
【0074】
[比較例2]
メンヘーデン油100質量部を用い、対油0.3質量%のニッケル触媒(堺化学工業社製 SO-750)を添加し、水素圧力0.3MPa下で攪拌しながら150〜200℃で水素添加反応を行なった。ヨウ素価65.6で水素添加反応を停止し、触媒を除去後、脱色、脱臭して水素添加油脂を得た。得られた水素添加油脂を実施例1と同様にトランス酸増加量、トランス酸増加率、及び油脂組成物のヨウ素価、トランス酸含量、多価不飽和脂肪酸量、融点を表3中に示した。
【0075】
[比較例3]
比較例2で得られた水素添加油脂(ヨウ素価:65.6、原料のトランス酸量:44.9質量%、多価不飽和脂肪酸量:8.0質量%)50質量部と、弊社工場において常法により作製したヤシ極度硬化油50質量部を混合して得られた油脂のヨウ素価、トランス酸含量、多価不飽和脂肪酸量、融点を表3中に示した。
【0076】
[参考例1]
大豆白絞油を用い、ヨウ素価64.0で水素添加反応を停止した以外は、比較例2と同様の方法にて水素添加を行ない、水素添加油脂を得た。この水素添加油脂のトランス酸増加量、トランス酸増加率、及び油脂組成物のヨウ素価、トランス酸含量、多価不飽和脂肪酸量、融点を表3中に示した。
【0077】
[参考例2]
パーム油50質量部と、ヤシ極度硬化油50質量部を混合した油を用い、実施例1と同様の手順でエステル交換油脂(ヨウ素価:26.2、原料のトランス酸量:0.5質量%、多価不飽和脂肪酸量:12.3質量%)を得た。この油脂組成物のヨウ素価、トランス酸含量、多価不飽和脂肪酸量、融点を表3中に示した。
【0078】
[実施例9]
メンヘーデン油50質量部と、大豆白絞油50質量部を用い、実施例1と同様の手順でエステル交換油脂(ヨウ素価:132.3、原料のトランス酸量:2.0質量%、多価不飽和脂肪酸量:55.5質量%)を得た。
【0079】
これを用い、ヨウ素価65.0で水素添加反応を停止した以外は、実施例1と同様の方法にて水素添加を行ない、水素添加油脂を得た。この水素添加油脂100質量部を油脂組成物とし、トランス酸増加量、トランス酸増加率、及び油脂組成物のヨウ素価、トランス酸含量、多価不飽和脂肪酸量、融点を表3中に示した。
【0080】
【表3】

【0081】
表2、表3に示した結果からも明らかなように、各水素添加油脂におけるトランス酸含有量を比較すると、実施例のトランス酸含有量は明らかに低減されており、所期した課題(マーガリンやショートニングに加工するための原料として魚油を原料としてトランス酸の低減された油脂組成物を得ること)は充分に達成されていることがわかった。
【0082】
[ショートニングの作成]
表4に示すように、実施例および比較例などの油脂組成物と、その他の油脂とを合計100質量%となるように配合して油脂配合例1〜6を調製した。
【0083】
表4に示した各油脂組成物100質量部に対してグリセリンモノステアリン酸エステル0.5質量部、レシチン0.2質量部を添加し、70℃に加熱し撹拌溶解した。さらにこれをクリスタライザー(armfield社製)にて急冷捏和処理した後で、各油脂組成物の上昇融点より5℃低い温度で48時間熟成(テンパリング)し、バタークリーム用ショートニングを得た。
【0084】
作成したショートニングを下記の基準により乳化性、起泡性、風味について評価し、得られた結果を表5に示した。
【0085】
[吸水性(乳化性)]
ショートニング100gが乳化し得る水の最大量。
ショートニング300gを、各油脂組成物の上昇融点より10℃低い温度で一晩調温し、ミキサー(ホバートジャパン(株)社製 N50)を用いて、中速回転で撹拌しながら25℃に調温した水を添加していき、最大量を測定した。
【0086】
[クリーミング価(起泡性)]
試料100g当たりに含気される空気量。
ショートニング300gを、各油脂組成物の上昇融点より10℃低い温度で一晩調温し、ミキサー(ホバートジャパン(株)社製 N50)を用いて中速回転で10分間ホイップし、ヘラを用いて撹拌後のショートニングを計量カップ(100ml)に充填し、重量を測定した。表中のクリーミング価は、以下の計算式により算出したものである。
【0087】
クリーミング価
=撹拌前のショートニングの重量/撹拌後のショートニングの重量×100
【0088】
[官能検査(風味)]
作製した各ショートニングについて風味を評価した。また、以下の方法によりクッキーを作成し、焼成後の食感および口溶けを評価した。尚、生地作成にはミキサー(ホバートジャパン(株)社製 N50)を用いた。
【0089】
作成したショートニング50質量%に砂糖30質量%及び少量の香料を添加し、すり混ぜた。これに全卵20質量%を少量ずつ数回に分け混ぜ合わせ、次いで水10質量%を同様にして混ぜ合わせた。最後に薄力粉100質量%をふるい入れ、軽く混ぜ合わせた後、生地を冷蔵庫で60分休ませた。その後、麺棒で延ばして型抜きし、180℃で11分間焼成した。
【0090】
(食感)
5:非常にサクサクしている
4:ややサクサクしている
3:普通
2:やや硬い
1:非常に硬い
【0091】
(口溶け)
5:非常に口溶けがよい
4:やや口溶けがよい
3:普通
2:やや口溶けが悪い
1:非常に口溶けが悪い
【0092】
【表4】

【0093】
【表5】

【0094】
表5に示した結果からも明らかなように、トランス酸の増加量を抑えると共に混合油脂中の魚油の風味を低下させないように水素添加した硬化油脂は、ショートニングに加工した際に、エステル交換油や従来の魚硬化油と比較しても遜色のない良好な風味と物性を示し、かつ従来の魚硬化油に比べてトランス異性体の含量が少ない優れた原料油脂になり得ることが実証された。参考例の魚油硬化油を用いないショートニングは、魚油硬化油を用いたものに比べて、吸水性、クリーミング性のいずれかに劣っていた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水産動物油20〜80質量%と、ヨウ素価が前記水産動物油より低く水産動物油を含まない食用油80〜20質量%との混合油またはエステル交換油を水素添加し、この水素添加によるトランス酸の増加量が18質量%以下であるように前記水素添加によるヨウ素価の低下量1単位当たりの油脂温度上昇率を0〜0.5に調整する水産動物油含有水素添加油脂の製造方法。
【請求項2】
上記水産動物油が、サンマ油、サバ油、イワシ油、タラ油、ニシン油、アジ油、アンチョビ油、メンヘーデン油、鮭油および鯨油から選ばれる一種以上の水産動物油である請求項1に記載の水産動物油含有水素添加油脂の製造方法。
【請求項3】
上記ヨウ素価が水産動物油より低く水産動物油を含まない食用油が、脂肪酸組成における高度不飽和脂肪酸20質量%以下の食用油である請求項1または2に記載の水産動物油含有水素添加油脂の製造方法。
【請求項4】
上記ヨウ素価が水産動物油より低く水産動物油を含まない食用油が、ヤシ油、パーム核油もしくはこれらの硬化油または分別油からなるラウリン系油脂である請求項3に記載の水産動物油含有水素添加油脂の製造方法。
【請求項5】
上記調整が、水素添加の反応温度60〜75℃での調整である請求項1〜4のいずれかに記載の水産動物油含有水素添加油脂の製造方法。
【請求項6】
上記水素添加が、ニッケル触媒下において水素圧力0.5MPa以下で攪拌しながらヨウ素価を1単位低下させる際のトランス酸の増加量が0.05〜0.25質量%の水素添加である請求項1〜5のいずれかに記載の水産動物油含有水素添加油脂の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法で得られた水産動物油含有水素添加油脂を25質量%以上含有する水産動物油含有水素添加油脂組成物。

【公開番号】特開2012−239446(P2012−239446A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−115012(P2011−115012)
【出願日】平成23年5月23日(2011.5.23)
【特許番号】特許第4955825号(P4955825)
【特許公報発行日】平成24年6月20日(2012.6.20)
【出願人】(000189970)植田製油株式会社 (18)
【Fターム(参考)】