説明

水産動物用餌料とその製造方法

【課題】水産動物を養殖するための餌料となる浮遊ケイ藻の生産に関するものであり、光合成培養で生産されていた珪藻を従属栄養培養することよって、高密度培養、安定培養、低コスト培養を実現しようとするものである。
【解決手段】有機炭素資化能を持つ羽状類ケイ藻、好ましくはシリンドロテカ(Cylindrotheca)属の藻種を使用し、培地に有機炭素源、好ましくは炭素数4以下の有機酸を添加して従属栄養培養をおこなう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水産動物を養殖するための餌料となる浮遊ケイ藻に関するものである。
【背景技術】
【0002】
水産養殖の分野では、水産動物の餌料として多種類の浮遊ケイ藻類が利用されている。例えば、キートセロスカルシトランス(Chaetseros calcitoranse)、キートセロスグラシリス(Chaetseros gracilis)、キートセロスセラトスポラム(Chaetseros ceratosporum)、ファエオダチラムトリコヌタム(Phaeodactylum tricornutum)、スケルトネマコステイタム(Skeltonema costatum)、タラシオシラシュードモナ(Thalassiosira pseudomona)などが使用され、その対象動物は貝類、甲殻類、動物プランクトンなど多様である。これらの浮遊ケイ藻類の培養は全て光合成培養によって生産されているが、光合成培養は培養密度が低い(光は藻類細胞に吸収され培養液の内部に届かないため原理的に密度は高くならない)、安定培養が困難(培養容積が大きくなるため完全な環境制御とコンタミ生物からの遮断ができないため)、高コスト(光源、温度制御などのコストが多大)、上記理由により必要なときに必要量を生産することができない、などの欠点があった。
【0003】
近年、上記のケイ藻の光合成培養の欠点を改善する研究が行われ、光照射条件、培地条件、培養装置の形状などを改善することによって、培養の安定化を図り、培養密度を高める開発が行われた(特許文献1、非特許文献1、非特許文献2)。しかし、これらは全て浮遊ケイ藻類の光合成培養の効率化を目的とするものであり、光合成培養の欠点を根本的に改善するものではなかった。
【0004】
微細藻類の培養方法は、光照射下で光合成によって増殖させる光合成培養と有機の炭素源を与えて暗黒下で培養する従属栄養培養の2種類に分けることができる。光合成培養では光が必須であるが、光は藻類細胞による吸収によって減衰して培養液の内部に届かないため、培養液の藻類細胞密度が高くならない欠点がある。一方、従属栄養培養では培養液中の全ての藻類細胞に培地に溶解した有機炭素源を与えることができるため高密度培養が可能であるが、従属栄養培養時の増殖速度が高いこと、生産された藻類細胞の栄養成分がすぐれていること(従属栄養培養した藻類細胞は低タンパク質、高飽和脂肪、低色素になりやすい)が必須であるため、産業規模の藻類生産で従属栄養培養が実用化されているのはクロレラなど一部の藻種に限られる。
【0005】
浮遊ケイ藻類の内、幾つかの種は有機の炭素源を利用して増殖できることは既に知られていたが(非特許文献3、非特許文献4)、これらの文献では光合成培養に比べて従属栄養培養の方が増殖速度および増殖密度が劣っていることを記載しており、浮遊ケイ藻類が従属栄養培養によって産業的に生産できることを示唆するものではなかった。また、従属栄養培養した浮遊ケイ藻類の栄養成分に関する知見や海産動物に対する有効性を示す知見は見出すことができなかった。
【0006】
【特許文献1】特開2004−187675号公報
【非特許文献1】「珪藻類の高密度・大量培養技術と種苗生産への可能性」、養殖、緑書房、2月号、82〜85頁、2003
【非特許文献2】「濃縮浮遊珪藻の開発」、アクアネット、6巻、9号、60〜64頁、2003
【非特許文献3】Lewin & Lewin (Auxotrophy and Heterotrophy in Marine Littoral Diatoms., Canadian Journal of Microbiology, 6, 127−137, 1960)
【非特許文献4】Lewin & Helebust (Canadian Journal of Microbiology, 16, 1271123−1128, 1970)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
浮遊ケイ藻類は光合成培養による生産が行われているため、光合成培養は培養密度が低い、安定培養が困難、高コスト、必要な餌料を必要なときに効率よく生産することができない、などの欠点があった。本発明は、浮遊ケイ藻類を従属栄養培養で生産することによって光合成培養の生産面の欠点を根本的に改善すると共に、水産動物に対して高い餌料価値を持つケイ藻を生産しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、従属栄養によって生産性が高い浮遊ケイ藻類の調査、生産性が高い従属栄養培養方法の開発、従属栄養培養したケイ藻の内容成分の調査および水産動物に対する餌料価値の確認によって本件発明を完成した。
【0009】
自然界から多数のケイ藻を分離すると共にカルチャーコレクションから保存株を入手し、液体培養による従属栄養培養が可能な株の調査を行った。従属栄養増殖が可能な株については、更に炭素源の種類と添加方法、窒素源の種類と添加方法、人工海水の組成、培養温度について検討し効率的な培養方法を確立した。
【0010】
従属栄養培養が可能であっても、生産された藻体が光を受けないことによってタンパク質や葉緑素含量が低下して海産動物に対する餌料価値が低下する株、培養中に凝集を起こし水産動物が摂餌困難となる株は除いた。
【0011】
上記の広範囲の株と培養条件の調査によって、羽状目のケイ藻には従属栄養培養が可能な藻種が存在すること、その中でも特にシリンドロテカ 属は従属栄養培養での生産性が高く、従属栄養培養しても内容成分の劣化が起こらないことが確認された。
【0012】
そこで、従属栄養培養によって生産された羽状目のケイ藻、シリンドロテカフシホルミス を用いて水産動物アサリ及びクルマエビ幼生を飼育した。シリンドロテカの細胞サイズは、40×8μm程度と従来から使用されていたケイ藻類(全てが数ミクロンである)に比べて大型であるため、浮遊幼生期のアサリは摂餌することができなかったが、稚貝は摂餌することができた。特に、殻長が2mm以上の稚貝は活発に摂餌することができ、アサリの生長は従来から使用されているケイ藻類に比べてすぐれていた。また、クルマエビの餌料としてもすぐれていた。
【発明の効果】
【0013】
羽状目の浮遊ケイ藻類を従属栄養培養することによって、水産動物に対して高い餌料価値を持つ藻類細胞を、高密度培養できる、安定生産できる、安価に生産できる、という効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明では、有機物炭素を資化して増殖できる羽状目のケイ藻類を使用することができる。使用する羽状目のケイ藻は常法によって得ることができ、例えば、沿岸域やタイドプールから採取した海水をエルドシュウライバーの培地に接種して予備培養を行い、増殖してきたケイ藻を希釈法などで純水分離し、分離株の暗黒下における有機物炭素の資化性を明らかにすることによって得ることができる。
【0015】
羽状目ケイ藻のなかでも、シリンドロテカ 属に分類されるケイ藻は従属栄養培養時の生産性がすぐれ、水産動物に対する餌料価値がすぐれており、本発明に好ましい。
【0016】
培養に使用する培地はケイ藻が増殖できる培地であれば特に限定するものではないが、例えば、エルドシュライバーの 培地に有機炭素源を添加して用いることができる。
有機の炭素源の種類は特に限定するものではなく、例えば、有機酸や糖類などを使用することができるが、炭素数4以下の有機酸またはその塩を使用することが好ましい。有機酸を使用する場合、藻体の増殖に合わせて添加する流下式の培養法によって、高濃度の有機酸の藻類細胞に対する阻害を防ぎ、特に高密度までの培養が可能になる。
【0017】
培養するための装置は、培地を滅菌でき、増殖に必要な酸素を供給でき、培養温度を制御できるものであれば、特に限定するものではない。例えば、小規模の場合はフラスコに培地を入れてオートクレーブ滅菌をした後、種培養を接種し、しんとうすることによって培養できる。大規模の場合、通気撹拌装置および温度制御装置が設置され、滅菌機能(加熱滅菌またはろ過滅菌)を持つステンレスのタンク(ジャーファメンター)を使用して培養することができる。
【0018】
通常、光合成培養ではケイ藻類の細胞密度は乾物重量濃度で50〜200mgDW/L程度までしか達しないのに対し、本発明による従属栄養培養では20〜30gDW/Lと100〜600倍にまで高めることができる。このことは、従来100mの培養が必要であったものが、166〜1000Lの培養液量で生産できることを意味し、極めて集約的且つ効率的なケイ藻類の大量培養が可能である。
培養されたケイ藻は、そのまま水産動物の餌料として使用することができる。また、遠心分離機や中空糸膜などで濃縮した後、水産動物の餌料として用いてもよい。
【0019】
ケイ藻類の商業的生産では、一般に、生産工場において培養されたケイ藻を濃縮して冷蔵保存し、クール宅配便などで水産動物の飼育機関に輸送した後、餌料として使用する。ケイ藻は中空糸膜などによって濃縮されるが、その濃縮のために多大な労力が必要である。また、培養液をそのまま流通させる方法もあるが容積が大きいため、冷蔵庫のなかで大きな保管スペースが必要な上に、輸送のコストも極めて大きい。一方、本発明による従属栄養培養では高密度に培養できるため、培養終了時には高密度のケイ藻懸濁液を得ることができ、濃縮工程を必要とせずに小容量で保管および流通できることは大きな利点である。
【0020】
その他にも、生産されたケイ藻は水産動物用飼料に配合して用いることができる。ケイ藻は天然水域に最も多く存在する藻類群であり、海産動物の餌として価値が高いが、ケイ藻類の生産は光合成培養によって生産するために極めて高コストであり、飼料への配合する原料藻体を生産することはできなかった。本発明によってケイ藻類を安価に大量培養することができ、ケイ藻を飼料に配合することが可能になる。
【実施例1】
【0021】
コハク酸を炭素源として従属栄養培養によって生産されたケイ藻シリンドロテカフシホルミス(Cyrindrotheca fusiformis UTEX2087)を冷蔵保存して、アサリ稚貝の飼育を行った。
飼育には500L角形プラスチック水槽を用い、平均殻長2.1mmの稚貝15000個を収容した。1日1回転の灌水を行い、11.5℃〜14.2℃で30日間の飼育を行った。対照区にはキートセルスグラシリス(Chaetseros gracilis)の懸濁液(細胞密度400万細胞/ml、40mgDW/ml)4Lを2回に分けて与えた。テスト区には、ケイ藻シリンドロテカフシホルミスの懸濁液(20gDW/L)8mlを2回に分けて与えた。
その結果、シリンドロテカフシホルミスを給餌した稚貝の実験終了時の平均殻長3.10mm、生残率96.0%であり、キートセロスグラシリスを給餌した稚貝は平均殻長3.04mm、生残率は95.8%であった。シリンドロテカフシホルミスの稚貝に対する餌料価値はキートセロスグラシリスに勝るとも劣らなかった。最もすぐれたアサリ用の餌料として普及しているが、光合成培養しかできないため安定生産が困難で生産コストが極めて高いキートセロスグラシリスの代替餌料として使用できることが確認された。
【実施例2】
【0022】
コハク酸を炭素源として従属栄養培養によって生産されたケイ藻シリンドロテカフシホルミス(Cyrindrotheca fusiformis UTEX2087)を冷蔵保存してクルマエビ幼生の飼育を行った。
飼育には20Lプラスチック水槽を用い、平均体長2mmのクルマエビ幼生300尾を収容した。1日1回転の灌水を行い、24℃〜25℃、微通気、ケイ藻シリンドロテカフシホルミスを餌料として15日間の飼育を行った。
その結果、飼育終了時にはクルマエビ幼生は体長6mmに達し、生残率も85%と高く、クルマエビの餌料として高い効果を示した。
【実施例3】
【0023】
従属栄養培養及び光合成培養によってケイ藻シリンドロテカフシホルミスCyrindrotheca fusiformis UTEX2087の生産を行った。
使用した培地を表1に示す。
【表1】

従属栄養培養は培養装置としてジャーファメンターを用い、培養温度25℃、暗条件下で通気攪拌して培養を行った。従属栄養基礎培地6Lに無菌培養した種培養200mlを接種し、コハク酸の資化に伴うpHの上昇に応じてフィード液を添加した。最終的に20Lの液量になるまで10日間の培養を行った。
光合成培養は、培養装置として透明パンライト水槽を用い、0.5%の炭酸ガスを含む空気を通気し、培養温度25℃、白色蛍光灯にて約8,000luxの光を照射して培養を行った。光合成用培地20Lに無菌培養した種培養200mlを接種して10日間の培養を行った。
その結果、従属栄養培養では、培養終了時には細胞濃度はPCV105ml/L、DW21g/L、細胞密度で1.1億細胞/mlに達したのに対し、光合成培養ではPCV1ml/L、DW0.2g/L、0.1億細胞/mlに過ぎなかった。従属栄養培養は光合成培養に比べて約100倍量のケイ藻を生産することができた。
【実施例4】
【0024】
実施例3で培養した、従属栄養培養藻体と光合成培養藻体の生化学的な成分分析を行った。
脂質の分析はメタノール・クロロホルム混液抽出法、タンパク質はケルダール法、脂肪酸の分析はガスクロマトグラフィー、クロロフィルの分析はアルカリ性ピリジン抽出法によって行った。
その結果、表2の示すように藻体の成分は光合成培養したものと大差なかった。高密度培養が可能であるが細胞成分の劣化が起こりやすい従属栄養培養によっても、高密度安定培養が困難な光合成培養と同等の優れた品質の藻体を生産できることが確認された。
【表2】

【実施例5】
【0025】
従属栄養培養ができるケイ藻について調査をおこなった。自然界からの分離株、カルチャーコレクションから入手した株など多数の株をグルコース又はコハク酸を5g/L添加したエルドシュウライバーの培地に接種し、培養容器として試験管(培養液量10ml)を用い、培養温度25℃、暗条件下で10日間のしんとう培養を行って増殖の有無を判定した。
その結果、従属栄養培養が可能であったものを表3にまとめた。従属栄養培養可能な株は全て羽状類のケイ藻であった。
【表3】

【実施例6】
【0026】
ケイ藻シリンドロテカフシホルミスCyrindrotheca fusiformis UTEX2087を用い、種種の有機物5g/Lを添加したエルドシュウライバーの培地に接種し、培養容器として坂口フラスコ(培養液量100ml)を用い、培養温度25℃、暗条件下で10日間のしんとう培養を行って従属栄養培養に使用できる炭素源について確認した。
その結果、表4に示す様に、炭素数4以下の有機酸が炭素源としてすぐれていた。
【表4】

【実施例7】
【0027】
ケイ藻シリンドロテカフシホルミスCyrindrotheca fusiformis UTEX2087を従属栄養培養によって継代培養し、暗黒下で従属栄養培養によって長期に安定して培養可能かどうかを調べた。
培養には表1に示した従属栄養用基礎培地を用い、培養容器は坂口フラスコ(培養液量100ml)を用いた。オートクレーブ滅菌した培地に培養液量の1/100量の無菌培養した種培養を接種し、25℃、暗条件下で5〜7日間のしんとう培養を行い、培養終了時の培養液を次の培養の種として、8代にわたって継代培養を行った。
その結果、図1に示すように従属栄養培養は49日間にわたって高い増殖能(平均倍加時間15時間)を維持し、光照射を全く必要とせずに、長期間安定して培養できることが確認された。

【産業上の利用可能性】
【0028】
水産動物の養殖用の餌料および配合飼料の原料として使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】ケイ藻シリンドロテカフシホルミスを従属栄養培養で継代したときの増殖

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水産動物の養殖において従属栄養培養した羽状目の浮遊ケイ藻類を使用することを特徴とする水産動物用餌料
【請求項2】
請求項1記載の羽状目の浮遊ケイ藻類がシリンドロテカ(Cylindrotheca)属であることを特徴とする水産動物用餌料
【請求項3】
請求項1〜2記載の水産動物として二枚貝類及び甲殻類に使用することを特徴とする水産動物用餌料
【請求項4】
請求項1〜3記載の羽状目浮遊ケイ藻類の従属栄養培養時の炭素源として炭素数4以下の有機酸又はその塩を使用することを特徴とする水産動物用餌料の製造方法

【図1】
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【公開番号】特開2007−6763(P2007−6763A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−190939(P2005−190939)
【出願日】平成17年6月30日(2005.6.30)
【出願人】(000105051)クロレラ工業株式会社 (8)
【Fターム(参考)】